臨床講義 2月6日 第2限 症例1 42歳 男性 【主訴】 呼吸困難 【現病歴】 12月1日より39.0℃の発熱を認め内服 加療されていたが、同月5日夜頃より呼 吸困難感を自覚するようになり、翌6日 に当院救急外来を受診した。 【既往歴】 35歳 39歳 胃潰瘍 生体肝移植ドナー (レシピエント:弟) 【家族歴】 弟 特発性門脈圧亢進症 (生体肝移植術施行) 【生活歴】 喫煙:20本/日×22年(20~42歳) 飲酒:機会飲酒 来院時所見 ① ② ③ ④ ⑤ 一般身体所見 血液検査所見 胸部X線写真 心電図 心エコー ① 一般身体所見 ・意識清明 苦悶様表情 ・SBP(収縮期血圧); 70-90 mmHg HR; 70/min SaO2; 96% (O2 8L/min投与下) ショック状態 肺うっ血など (左心不全) ・心音:減弱、心雑音なし 呼吸音:coarse crackles(水泡音)あり ・四肢末梢:冷感、チアノーゼあり 心不全症状・ショック状態 末梢循環障害 (左心不全) ② 血液検査所見-1 ABG (Arterial Blood Gas) *O2 8L/min投与下で測定 患者 pH 7.466 PO2 69.8(mmHg) PCO2 22.4(mmHg) HCO3 15.8(mmol/l) 基準値 ② 血液検査所見-1 ABG (Arterial Blood Gas) *O2 8L/min投与下で測定 患者 基準値 pH 7.466 7.36~7.44 PO2 69.8(mmHg) 80~100 PCO2 22.4(mmHg) 35~45 HCO3 15.8(mmol/l) 22~26 Henderson-Hasselbalchの式 HCO3 pH 6.1 log 0.03 Pco2 ガス交換能低下 ↓ 過換気 ↓ CO2の過剰な排出 ↓ PCO2低下 ↓初期変化 pH上昇 ↓代償性変化 HCO3低下、pH上昇抑制 ↓ 呼吸性アルカローシスの 完成 患者 WBC 11300 /μl RBC 492万 /μl Hb 14.6 g/dl Plt 178000 /μl AST 953 IU/L ALT 608 IU/L LDH 2070 IU/L ALP 398 IU/L C(P)K 1913 IU/L CK-MB 72 IU/L CRP 15.2 mg/dl Tn-T positive H-FABP positive 基準値 患者 基準値 WBC 11300 /μl 4000~8000 RBC 492万 /μl 410~530万 Hb 14.6 g/dl 14~18 Plt 178000 /μl 15~40万 AST 953 IU/L 10~30 逸脱酵素(心筋非特異的) ALT 608 IU/L 5~42 肝細胞逸脱酵素 LDH 2070 IU/L 120~242 逸脱酵素(心筋非特異的) ALP 398 IU/L 110~340 肝・胆管障害で上昇 C(P)K 1913 IU/L 60~250 逸脱酵素(心筋非特異的) CK-MB 72 IU/L CRP 15.2 mg/dl 0.2未満 炎症 Tn-T positive negative 筋原線維マーカー(心筋特異的) H-FABP positive negative 心臓型脂肪酸結合タンパク 炎症 逸脱酵素(心筋特異的) 心筋梗塞、心筋炎の可能性が考えられる ③ 胸部X線写真 ・心胸郭比(CTR) B+C/A=0.60 B C ・両肺うっ血 A ④心電図所見 ④心電図所見 ⇒左主幹部の心筋梗塞、心筋炎 P波とQRSのタイミングが不一致 →完全房室ブロック HR 約75 全体的にlow voltage ST上昇 R波が二峰性 →左脚ブロック V1~V4, I, aVLに異常Q波 →広範囲に前壁中隔梗塞 Wide QRS →心房から心室の伝導遅延 ⑤心エコー所見 中隔厚 15mm (正常8~12mm) 左室拡張末期径 36mm 後壁厚 15mm (正常8~12mm)⇒浮腫 左室収縮末期径 34mm 駆出率 14% (正常55~80) 左室壁運動 ⇒びまん性壁運動低下 ① ② ③ ④ ⑤ 一般身体所見 血液検査所見 胸部X線写真 心電図 心エコー ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ 心不全 MI,心筋炎 心不全 MI,心筋炎 心筋炎 これらの所見に加え、現病歴(39℃の発熱)や 若齢(42歳)であることを考慮した結果、 劇症型心筋炎と診断された ショック状態に対処するため、循環補助装置を使用した スワンガンツ カテーテル PCPS IABP 血行動態検査、心血管造影に用いる 冠血流量の増加、左心仕事量の減少効果 但しCOの増加はせいぜい15% ・左右心室の前負荷を 減らし、COを70% まで増加 ・低酸素血症の是正 ・左室後負荷は増大 臨床経過 9:00 血管造影室入室 IABP 開始 ・冠動脈造影:有意狭窄なし ・右心カテーテル: PCWP (肺動脈毛細管圧) 19mmHg (正常18未満) CI (心係数) 測定できず ・IABP+ノルアドレナリン投与でも収縮期圧は70mmHg →効果なし 10:12 PCPS開始 (右房脱血、右大腿動脈返血) 11:00 気管挿管 人工呼吸開始 臨床経過 450 100 pO2 radial 400 pO2 (mmHg) 90 FiO2(%) T-Bil 80 T-Bil(mg/dl) FiO2 350 70 300 Day 7 250 60 50 200 40 150 30 100 20 Peak T-bil 9.9 50 10 44 0 IABP PCPS ECMO intubation γ-gl 30g/day BiPAP hydrocortizone Sivelestat 心不全が 落ち着いた 12 .2 8 12 .1 6 12 .1 4 LVのEF(%) 13 5 3 23 20 28 12 .1 2 12 .1 12 .1 0 0 12 .8 12 .6 0 第36病日心電図 ⇒洞調律に改善した やや右脚ブロック 劇症型心筋炎とは • 心筋炎は一般的に予後良 好の疾患とされるが、劇症 型心筋炎は致死的不整脈 や急激な心不全、心原性 ショック、心静止を合併した 予後不良群である。 • 劇症型心筋炎の疫学、劇症 化の成因などは現在のとこ ろ不詳だが、大部分はウィ ルス性・特発性心筋炎と考 えられている。 病期 • 急性期初期(→ウィルス等の直接侵襲による) ・心筋壊死に細胞浸潤をほとんど伴わない。 ・心筋細胞内にウィルス抗原を確認。 • 急性期中期(→免疫学的機序による) ・著明な炎症細胞浸潤。 ・壊死病巣の急速な拡大。 ・NK細胞、Tリンパ球などが心筋細胞を傷害。 症状 • 心症状 ・突然の心不全 ・不整脈 ・急性心筋梗塞(一部の症例) • 心症状以外の初期症状 ・感冒様症状(発熱・頭痛・咳・咽頭痛) ・消化器症状(悪心・嘔吐・腹痛・下痢) ・関節痛・筋肉痛 • 自覚症状 ・胸痛、動悸、呼吸困難、失神など 心電図 • 通常、何らかの異常所見がみられる。 ・Ⅰ~Ⅲ度房室ブロック ・心室性・上室性期外収縮 ・心室頻拍 ・心房細動 ・心室内伝導障害 ・低電位差 ・異常Q波 ・ST・T波の変化 • 異常QRS群、完全左脚ブロックを認める症例では、最初の 心機能と関係なく予後が悪いとの報告もある。 その他の所見1 • 身体所見 ・頻脈、徐脈 ・心音減弱、奔馬調律、心膜摩擦音、収縮期雑音 • 血液検査所見(→炎症所見) ・心筋逸脱酵素の上昇 ・CRP陽性 ・赤沈亢進 ・白血球増加 • 胸部X線像 ・心拡大が認められることも多い。 その他の所見2 • 心エコー図 ・左心機能低下 ・心膜液貯留 • 心内膜心筋生検 ・多数の大小単核細胞の浸潤(通例、心筋細胞と近接) ・心筋細胞の断裂、融解、消失 ・間質の浮腫(時に、細線維増加) 鑑別診断 • 急性心筋梗塞との鑑別が必要な時もある。 ・冠動脈の閉塞の有無を確認する。 • 確定診断 ・通例、心内膜生検によるが陰性所見でも心筋炎は否定され ない。 治療方針 急性および慢性心筋炎の診断・治療に関するガイドライン Guidelines for Diagnosis and Treatment of Myocarditis (JCS 2004) より転載 治療1 • 安静病臥 ・酸素吸入を行うこともある。 • 発熱・胸痛 ・ NSAIDは急性期には禁忌 (→IFNの産生を抑制し、ウィルスの増殖や心筋壊死を助長 するため。慢性期の対処療法に限って使用する。) • 不整脈 ・高度房室ブロック (→体外式のペースメーカーを挿入) ・心室性頻拍症、心室細動 (→電気的徐細動) 治療2 • 心不全 ・利尿薬、血管拡張薬、カテコラミン • 心原性ショック ・IABP(大動脈内バルーン・パンピング) ・PCPS(経皮的心肺補助装置) 予後 • 完全回復 ・重症例であっても短期的には可逆性であることが多く、何ら かの形で急性期のショック状態を脱することができれば、救 命できる可能性は十分にある。 • 拡張型心筋症様の病態 ・一部には見られることがある。 • 死亡 ・1ヶ月以内の死因は心原性ショックが多く、それ以降の死因 は心不全が多いとされる。 結語 • 劇症型心筋炎は入院7日目までに壁運動改善を認めなけれ ば、死の転帰を辿る致命率の高い疾患であるが、補助循環 を行い入院7日までの急性期を乗り切れば救命することが望 める疾患でもある。 • 先行感染があり心筋炎が疑われた場合には、すぐに IABP,PCPS を行える施設に転送する必要がある。(これを怠 り裁判で敗訴となった事例も過去に存在する。) • 4日目くらいまでに壁運動改善が認められなければ、治療と 同時並行で心移植可能な施設に転送する等、次の治療選択 を常に考える必要がある。
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