危機に立つ音楽科教育

第47回関東音楽教育研究会「山梨大会」 第7分科会(中学校)
危機に立つ音楽科教育
~音楽する喜びを求めて~
山梨大学教育人間科学部附属中学校
教諭 薬袋 貴
学習指導要領の変遷
~これまでの学習指導要領を振り返って~
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昭和22年
昭和26年
昭和33年
昭和43年
昭和52年
平成元年
平成10年
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現行の指導要領の改訂
までの6回の変遷の中で
見えてくるものは何か?
*アンケートによる分析
*音楽之友社雑誌「教育音楽」小学校版
からの分析
アンケートによる分析
<大熊藤代子氏(京都市立上高野小学校教諭)の研究より
(兵庫教育大学大学院修了)>
 46の項目からなる質問(分類)
・音楽に関する基礎的能力について
読譜や旋律の認知・聞えた音楽への反応・和声感など
・経験した音楽科の授業や部活動などについて
音楽経験の印象や授業の楽しさ・教師からの影響など
・音楽科教育に対する意識について
音楽科の重要性や子どもへの希望など
・現在の日常生活での音楽経験について
生活の中での音楽愛好・音楽の好み・音楽愛好の意志など
17歳から60歳までの男女502名からなる(1998年調査)
アンケート分析から見えてきたこと Ⅰ

1.昭和43年世代は、他の世代より優れてい
る点が多いが、経験した音楽活動については
よい印象をもっていない。
2.昭和52年世代の「ゆとり教育」以降、音楽
的能力は低下の傾向にある。
3.平成元年世代においては音楽科教育の
様々な研究が進んでいる中で、音楽的能
力は戦後全体の中で下位を示している。
43世代・52世代・元年世代の比較
音楽教育雑誌「教育音楽」(音楽之友社)から
43年世代
心情面・・・・・・・・・・20%
態度・・・・・・・・・・・・・5%
音楽能力・・・・・・・・32%
感得させたい力・・・18%
感性に関する・・・・・12%
授業論・・・・・・・・・・・13%
52年世代
元年世代
心情面・・・・・・・・・・46%
態度・・・・・・・・・・・・33%
音楽能力・・・・・・・・・・6%
感得させたい力・・・・0%
感性に関する・・・・・・2%
授業論・・・・・・・・・・13%
心情面・・・・・・・・・・32%
態度・・・・・・・・・・・・33%
音楽能力・・・・・・・・・3%
感得させたい力・・・・3%
感性に関する・・・・16%
授業論・・・・・・・・・・13%
各年代ごとの音楽教育研究会での研究テーマを集計し、文言をキーワードとしてカテゴリー化
アンケート分析から見えてきたこと Ⅱ
 学習指導要領の音楽科目標を忠実に具
現化して、実践や研究が行われてきた。
・52年以降は心情面や態度に関する研究に偏重し、
「音楽 性の基礎を培う」目標が軽視されていた。
・平成元年からは、授業実践の題材は「音楽づく
り」に関す るものがほとんどである。公開研究会
では「つくって表現する」 授業が多く見られた。
はいまわる創造的音楽学習
<(内田有一氏(取手市立永山中学校教諭)の研究より
(兵庫教育大学大学院修了)>
創造的音楽学習(creative music making)は、
ジョン・ペインター(英)が提唱した音楽学習システ
ム
この学習の指導理論である経験創作(empirical composition)
は、自分の言いたいことを音と沈黙を素材にして試行錯誤の実験
を通して自分の判断でつくりあげるという完全自力解決の問題解
決学習である。
模倣が否定され学習者がいきなり音に立ち向
かい、試行錯誤しながら音楽をつくるシステム
子ども達が音楽をつくる目的や方法を十分理解で
きないまま、単に漠然としたイメージや気持ちをそ
のまま音にあらわそうとする実践
効果音や描写音などの擬音を中心とした「音」をつくる活
動にとどまってしまう傾向が強い。
(再生不能の場当たり的音楽)
音楽のスキーマ(さまざまな知識等)は、
音楽をつくるためのレディネスである。
音楽経験から獲得した知識等は、音楽的ス
キーマ(shema)として頭の中に構造化される。
音楽をイメージすることができるのには、さまざまな音
楽的スキーマがあるからである。すなわち、音楽的スキー
マは、音楽をつくるためのレディネスである。
現代音楽的手法に基づく音楽づくり
『子どもたちによってつくられ演奏された音楽は、音響的に、
あるいは音楽のあり方として、現代音楽との類似性を持っ
ている』(坪能由紀子)
問題点はここにある!
音楽のスキーマの獲得なしには、イメージの形成はできな
い。そのため児童生徒の経験創作による表現は音の羅列(擬
音等が中心)となる。ところが、経験創作では、児童生徒が試
行錯誤しながら音楽をつくるのは、自由様式の現代音楽と同
様であり、自由な発想による表現だと考える点。
現代音楽を児童生徒はイメージできるのか?
答えはNOである。
ジャズの即興、ピカソの現代的絵画は、さまざまなスキーマ
の習得によって生み出された芸術作品。
現代音楽をイメージできるレディネスは存在しない。
創造的音楽学習は、音の実験による試行錯誤を通して音楽をつくるという「問題
解決的な学習」である。問題解決学習は、問題を自力で解決できるレディネスが不
十分なまま学習を行う結果、低い水準の「はいまわる学習」に陥るといった批判さ
れた。問題解決学習には、その学習におけるレディネスが必要なのである。
音楽科において、こうした創造的音楽学習なる経験創作が延々と行われたため、
自由に音を作ることのみが重視され、いかなる知識や能力を獲得するのかという
目標設定ができない。
「活動あって、学習なし。活動あって、評価なし」の授業が展開された。
これが前学習指導要領によって、音楽科の学力低下が叫ばれた最大の原因
音楽聴取によるアンケート
中学生を対象としたアンケート(薬袋による研究/1998年)
(山梨大学教育人間科学部附属中学校・南アルプ市立八田中学校/461名を対象とする)
<検査質問項目/13項目>
メロディ・リズム・ハーモニー・副次3要素・その他からなる項目
<聴取曲/全12曲>
①調性音楽
ア、機能和声を中心とした対位法や和声学に基づく音楽
イ、非機能和声を含んだ音楽
ウ、旋律中心の音楽
エ、リズム中心の音楽
オ、歌詞中心の音楽
②無調性音楽(絶対音による音楽)
③偶然性の音楽
♪課外活動経験者群と非経験者群とによる検証
授業以外における音楽活動を行っている生徒は、“より豊
かな音楽的スキーマを獲得している”こと。そして、“音楽を
感じ取る力においても高い”であろうことを検証する。
経験群は、すべての質問項目において高得点を示し
た。中でも「旋律・リズム・ハーモニー」の項目は顕著な違
いが見られた。
情動の変化を見る座標軸
この表で、それぞれの楽曲を
聴いて気持ちがどこにあるの
かを座標軸上にマークする。
音楽を感じ取る力が高い人は、より心が動く
人は、音楽を聴くとうれしくなったり悲しくなったりと、さまざまな心の動きを経
験する。この心の動きを情動という。時には、音楽を聴いて「感動した」や「よか
った」などの言葉で、自分の心理状態を表現する。そして、鳥肌がたったり、思
わず涙してしまうのなどの身体的変化がみられる。音楽には、心の動きである、
“情動”が深く関わっている。
人が音楽を聴いたとき、より高次な音楽のスキーマを獲得
し、感じ取る力が高い人は、情動反応が大きいことを解明。
音楽科教育の基礎・基本とは
 学習指導要領に記述された中身がすべ
て基礎・基本である。
*「音楽を愛好する心情を育てる」ことが目標に掲げられ、音楽を好きにさせよう
とするねらいは、当然のことである。しかし、「楽しさ」とは、表層的なものから深
い内容に関するものまでさまざまな「楽しさ」があり、問題はその質である。
音楽科教育において「楽しさ」を捉えたとき、自ら音楽を楽し
んでいけるための能力を育成することが重要となる。つまり、
生涯において自らの力で音楽の楽しさを味わうことができるた
めのベーシックな能力の育成=義務教育で身につけるべき基礎・基本
音楽科教育の意義は・・・。

音楽がわかることの楽しさ、できることの楽しさ、そして音楽
との新鮮な出会いから生まれる楽しさなどを、学校だからこ
そ得られる音楽の感動体験を通して感得させることが、音
楽科教育の原点だと考える。
国民が生活に活かしている音楽は、旋律・リズム・和声(ハー
モニー)に基づく音楽が主流である。したがって、生涯にわたって
自らの力で音楽の楽しさを味わうことができるベーシックな能力
として、旋律・リズム・ハーモニーのスキーマは、音楽科教育
における重要な基礎・基本だと捉える。
工夫する
川池 聰先生より
中学校音楽科で身に付ける能力
歌唱表現 アイ
歌詞や曲想・曲
種に応じた発声
と言葉の表現
器楽表現 ウ
楽器の基礎的
な奏法
エ
音色の工夫
声部の役割・全体の響き
創作 オカ
歌づくり・ふしづくり
自由な発想の即興表現
音楽要素 キク
要素相互のかかわり・要素と曲想
鑑賞アイウエ
音楽の要素と曲想・我が国と外国
の音楽の特徴と多様性・文化や歴
史と音楽
山梨大会の重点
中学校学習指導要領の表現(キ)と(ク)と鑑賞(ア)(イ)
の指導事項の内容を学習活動の中核に据える。
<表現>
(キ)音色、リズム、旋律、和声を含む音と音とのかかわり合い 、形式などの働きを感じ取って表
現を工夫すること。
(ク)速度や強弱の働きによる曲想の変化を感じ取って表現を工夫すること。
<鑑賞>
(ア)声や楽器の音色、リズム、旋律、和声を含む音と音とのかかわり合い、形式などの働きと
それらによって生み出される楽曲の雰囲気や曲想を感じ取って聴くこと。
(イ)速度や強弱の働き及びそれらによって生み出される楽曲の雰囲気や曲想の変化を感じ取
って聴くこと。
これらの項目に共通して見出されること
→具体的な“音楽的要素”が記述されている。(上記下線個所が音楽的要素)
いつの時代もどんな時代も揺るぎなき音楽科教育を確立する。
第47回関東音楽教育研究会“山梨大
会”
第7分科会(中学校)授業分科会資料
終
平成17年10月21日(金)
山梨大学教育人間科学部附属中学校
教諭 薬袋 貴