Astrophysics A 2009 Report - Omega

Astrophysics A 2009 Report
素粒子宇宙物理学専攻
At 研 M1
竹内 良貴
提出期限:09/07/20
Exercise 12
Explain the details of the baryon acoustic oscillation.
Overview
宇宙マイクロ波背景放射 (CMB) の温度ゆらぎは、さまざまな物理的過程によっ
てつくられる。温度ゆらぎの空間スケールによっても生成過程は異なっている。温
度ゆらぎの種となる密度ゆらぎは、インフレーションの過程で生成され、おのおの
の波長のゆらぎは独立に成長し、互いに混ざり合うことはない。密度ゆらぎは生ま
れるとすぐにインフレーションによってその波長がいったん宇宙の地平線の長さ
よりも引き伸ばされる。地平線の外にある限りゆらぎは進化することなく凍結さ
れる。インフレーションが終了し、時間とともに地平線のサイズがゆらぎの波長よ
りも早く拡大し始めると、やがて地平線が波長と等しくなる時期が訪れる。CMB
の温度ゆらぎにとって、この時期が再結合期 (宇宙の晴れ上がり又は水素原子結合
期と呼んだりもする) より前か後かでその発展が大きく異なったものとなる。
再結合期は宇宙誕生後およそ 40 万年、赤方偏移 zrec = 1100 である。共動座標系
(commoving) であらわしたその時期の宇宙の地平線の大きさ dC
H は物質優勢を仮
定すれば、
dC
H (trec ) ≡
trec
0
cdt
2c
√ (1+zrec )−1/2 = 180(Ωm h2 )−1/2
=
a
H0 Ωm
1100
1 + zrec
1/2
[Mpc]
となる。これを現在観測する天球上で見込む角度に換算すると θH = 1.7[deg] ほど
の大きさに対応する。
(i) 波長が再結合期の地平線よりも長いゆらぎは、再結合期までインフレーショ
ンでの値を凍結している。温度ゆらぎにもインフレーションによって生成された
部分が残っている。しかし、密度ゆらぎの存在がさらなる温度のゆらぎを生み出
す。再結合の時期に密度が集中している場所では重力ポテンシャルの値が負にな
る。そこから放たれたフォトンは重力の井戸から抜け出すために、エネルギーを
失う(赤方偏移)。一方、密度が平均よりも低い場所では重力ポテンシャルの値が
正であり、そこからのフォトンは青方偏移する。これらのような重力による赤方
偏移、青方偏移効果から生じるゆらぎを Sachs-Wolfe(SW) 効果と呼ぶ。この重力
ポテンシャル自身もまた、初期の値を凍結している。
(ii) 一方で、波長が再結合期の地平線よりも長いゆらぎは、まだ宇宙に大量の自
由電子が存在していた時期に地平線の中に入ることになる。再結合期以前では水
素がイオン化していられるくらい十分に高温であり、フォトンはトムソン散乱に
よって電子と相互作用を行っているが、電子とバリオンもクーロン相互作用によっ
て結びついている。したがってバリオンは、フォトンと電子を通じて密接に結合
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(tight coupling) している。そのためフォトン・バリオン・
(電子)は混合流体とし
て扱わなければならない。
流体は一般に密度変化が無視できる非圧縮性流体と、無視できない圧縮性流体
の 2 種類に分類でる。液体が前者、気体が後者の代表であり、混合流体は密度変
化が無視できない (それこそが密度ゆらぎ) ので、圧縮性流体ということになる。
圧縮性流体中での密度ゆらぎは音速に従って伝播する音波である。音速によっ
て到達できる限界領域を、光の場合の地平線に倣って音地平線と呼び、各時刻で
の音波はこの音地平線を最大波長とする定常波を構成する。
再結合期以前のフォトン・バリオン流体の音速は、そこでの圧力 p、密度 ρ をも
ちいて表される。
p˙
dp dρ
c2S = =
/
ρ˙
da da
この音速を用いて音地平線は、物質優勢を仮定すれば、
dC
S (trec )
trec
=
0
dt
cS
a
2 −1/2
[Mpc]
(cS /c)dC
H (t) = 84(Ωh )
これを天球面上で見込む角度に換算すると θS = 0.80[deg] であり、月の視直径 (お
よそ θ = 0.5[deg]) とほぼ同じ大きさの内部に、音波モードのフォトン・バリオン
流体の音響振動 (Acoustic Oscillation) が存在していることになる。
(iii) さらに短い波長のゆらぎは、音波としての振動の後にフォトンと電子の間に働
く粘性による減衰を被ることになる。この効果をシルクダンピング (Silk damping)
またはシルク減衰と呼ぶ。
再結合期以降は、フォトン・バリオン(むしろこのころは水素原子)
・電子は相
互作用せず、独立に発展する。フォトンは散乱することなく現在に至り、そのゆ
らぎは CMB の温度ゆらぎとして測定される。バリオンの密度ゆらぎは、温度ゆ
らぎと同様、音波もその振動や拡散による短い波長でのゆらぎの欠落などの特徴
を持つが、その後はダークマターに密度ゆらぎが作る重力によって引き寄せられ
る。フォトンとの間の相互作用が切れたことにより圧力がなくなったこと、また
この時期は物質優勢であるために重力が効率的に働くことからであり、結局現在
ではバリオンの密度ゆらぎはダークマターの密度ゆらぎとほとんど同じ分布とな
る。(バリオンの追いつき)
Acoustic Oscillations
はじめ地平線の外にあった波長が中に入ってくると、その波長のバリオンは重
力不安定性によってポテンシャルに引きずり込まれる。フォトンとバリオンは対
とカップリングしているため、フォトンもともに引きずり込まれて赤方偏移をう
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け、温度を上げる。しかしフォトンは圧力を持っているため、ポテンシャルに引
きずり込まれると反発して元に戻る。よって収縮してもフォトンの持つ放射圧に
よって跳ね返されて成長できず、この繰り返しが振動モードとなって現れ、音響振
動 (Acoustic Oscillation) を行なう。早く地平線内に入ってきたバリオンゆらぎは
何度も振動するため、その振動の位相はゆらぎの波長ごとに異なったものとなる。
圧縮性流体に生じる密度ゆらぎは音波(音響)モードの振動、すなわち音速に
よって伝わるゆらぎであり管楽器を例にとると、管楽器の中では圧縮性の流体で
ある空気が媒質となって音波モードの振動が生じている。この振動は密度の濃淡
が正弦波・余弦波として音速で伝播しているものであり、まさにこれと同じこと
がフォトン・バリオン流体にも生じる。
音響振動の物理過程をボルツマン方程式を通して理解するために、解析的に方
程式がどのように振舞うのか簡単にみてみる。
温度ゆらぎの等方成分を Θ0 ≡ (dΩ/4π)Θ とすると Θ0 に対するボルツマン方
程式は以下のようになる。
d2 Φ
R da dΦ k 2
d2 Θ0 1 da R dΘ0
2 2
+
c
Θ
=
−
−
+
k
− Ψ
0
S
dη 2
a dη 1 + R dη
dη 2
1 + R dη dη
3
c2S =
dpγ /dη
c2
=
dργ /dη + dρb /dη
3(1 + R)
宇宙膨張に起因する左辺第 2 項を除けば、左辺が単振動を表していることは明ら
かである。また、その振動数は音速 c2S で規定され、これはフォトン・バリオン・
電子混合流体に音波モードのゆらぎが生じていることを示すものである。
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次に、簡単な仮定の基で一般解を考える。右辺第 1 項は − ddηΦ2 は空間の伸びによ
2
R da dΦ
は宇宙膨張の効果、第 3 項 − k3 Ψ は重力ポ
る時間の遅れの効果、第 2 項 − 1+R
dη dη
テンシャルへの落ち込みによる青方偏移の効果である。物質優勢の宇宙では、宇
宙項が膨張に影響を及ぼすまでは Φ、Ψ ともに時間進化しない。また、R も時間
進化しないとすると右辺は第 3 項だけを考えればよく、初期条件を考慮すれば一
般解は以下のようになる。
Θ0 (η) = [Θ0 (0) + (1 + R)Φ] cos(kdC
S) +
1 dΘ0
(0) sin(kdC
S ) − (1 + R)Ψ
dcS η
初期条件についてだが、密度ゆらぎは「断熱ゆらぎ (adiabatic perturbation)」と
「等曲率ゆらぎ (isocurvature perturbation)」に分類でき、一般の密度ゆらぎの解
はそれらに種類のゆらぎの重ね合わせで書ける。この一般解の cos と sin はそれぞ
れに対応している。しかし、WMAP の観測からは等曲率ゆらぎは発見されておら
ず、上限値のみが決まっている。以下では初期条件として断熱ゆらぎのみを考え
ることにする。
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断熱ゆらぎは、曲率のゆらぎを起源として生成され、インフレーション由来の
ゆらぎは多くがこちらである。断熱ゆらぎでのは以下のようになる。
Θef f (η) = Θ0 (η) + Ψ = −
1
+ R |Ψ| cos(kdC
S ) + R|Ψ|
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実際に観測するのは温度ゆらぎであり、再結合期でのゆらぎが重力ポテンシャル
の分だけ重力赤方偏移を受けたものを温度ゆらぎとして観測することになる。よっ
て Θef f (η) = Θ0 (η) + Ψ が観測量であり、Θef f (η) は実効温度と呼んだりする。
その振動の中心の値は R|Ψ| で kdC
S = 0 での値が −|Ψ|/3、振幅 (1/3 + R)|Ψ| で
ある。振動は温度ゆらぎのピークが Km = mπ/dC
S に現れる。波数の小さい、すな
わちサイズの大きなゆらぎから順に m = 1, 2, 3, · · · と増加していく。特徴的なこ
とは、m の値が奇数ならばピークの高さの絶対値は (1/3 + 2R)|Ψ| で、偶数ならば
(1/3)|Ψ| となることである。R ∝ Ωb h2 であるので、バリオンの量を増加すること
で奇数番目のピークだけが高くなり、偶数番目はその高さを変えないことがわか
る。つまり、Ωb h2 を変えることによってアコースティックピークの構造がユニー
クに変化し、奇数番目と偶数番目のピークの相対的な高さを測定することで Ωb h2
を決めることができ、1st ピークと 3rd ピークを同時に変化させるようなパラメー
タ依存性を示すのは Ωb h2 のみであり、CMB の観測から最もよく決まるパラメー
タである。。
Silk damping
いったん音波モードの振動を始めたゆらぎも、そのままずっと振動を続けられ
る訳ではない。再結合以前でもフォトンはバリオンと完全に結合している訳では
なく、フォトンとの結合が徐々に切れていく。宇宙膨張と伴に電子の密度が低下
していくためにフォトンの平均自由行程が徐々に伸びていくことで拡散していく。
だがまだバリオンと衝突するので、バリオンもフォトンによって引きずられて一
緒に拡散してしまう。これによって拡散スケール以下における混合流体の密度ゆ
らぎ(バリオンのゆらぎ)は混ぜられて消されてしまい、より長い波長のゆらぎ
が時々刻々と消されていくことになる。
拡散のスケールは酔歩の物理過程に従う。単位時間当たりのフォトンと電子の散
乱回数が cne σT であり、フォトンの平均自由行程 は共同座標系では、λC
f = 1/ane σT
である。宇宙年齢での散乱回数を N とすれば、その間にフォトンは衝突を繰り返
しながら N λC
f だけ進み、これが地平線の大きさに相当する。物質優勢において
C
N λf = 2c/Ha となる。
√
酔歩での拡散のスケールは λC
=
N λf C = 2cλC
d
f /Ha となる。
2 −1/4
λC
(Ωb h2 )−1/2 [Mpc]
d (trec ) = 2.55(Ωm h )
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天球面上で見込む角度にすると θd = 6.4[arcmin] となり、この値以下の波長の温度
ゆらぎは Silk damping によってかき消されてします。
Observation
近年では、SDSS(Sloan Digital Sky Survey) から得られた LRG(Luminous Red
Galaxies) の解析などから、バリオン音響振動が検出されている。(Eisenstein et al.
2005) バリオン振動は、その音響振動が現在の大規模構造に痕跡を残し銀河のク
ラスタリングのピークとして現れる。そのピークはおよそ 100Mpc であることが
観測されている。このピークのスケールを”標準ものさし”として観測することで、
見かけのスケールからダークエネルギーに対して信頼できる制限を与えることが
可能である。そのため、多くの研究グループによってバリオン音響振動を用いた
解析がなされ、他の観測と相補的にダークエネルギーをはじめとする宇宙論パラ
メータを制限する手法として確立されている。
具体的には、銀河分布とそれまでの距離 D、それを見込む角度 θ の関係は、D =
θ/100Mpc と表せる。もしダークエネルギーが優勢であれば、距離 D は伸び、見
込む角度 θ は小さくなる。逆にダークエネルギーが劣勢であれば距離 D は縮み、
見込む角度 θ は大きくなる。この関係から銀河分布までの距離を直接測ることが
できる。
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参考文献
1. W,Hu PhD Thesis, UC Berkeley (1995) [astro-ph/9508126]
”Wandering in the Background: A CMB Explorer”
2. W.Hu, N.Sugiyama, & J.Silk, Nature 386 37-43 (1997) [astro-ph/9604166],
”THE PHYSICS OF MICROWAVE BACKGROUND ANISOTROPIES”
3. W.Hu, & S.Dodelson, ARA&A 40 171 (2002) [astro-ph/0110414]
”Cosmic Microwave Background Anisotropies”
4. 小松栄一郎 修士論文「宇宙背景放射」(1999)
5. 二間瀬敏史・池内 了・千葉柾司 [編]
「シリーズ現代の天文学3 宇宙論 」(日本評論社, 2007)
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