Ⅲ 研究開発の内容

Ⅲ
研究開発の内容
1. 教育課程の開発
(1) 新領域「自律生活」の設定
自律生活は,自閉症児が,必要に応じて他者の一定の支援や援助を受け入れながらも,自らの
行動を適切に調整・改善し,主体的・意欲的に社会参加と自立を目指していくために必要な事柄
を,系統的・実際的に学ぶものである。
本校が開発した新領域「自律生活」の幼稚部のねらい及び小学部の目標並びに内容は,表2の
とおりである。
表2
「自律生活」の幼稚部のねらい及び小学部の目標並びに内容
(資料Ⅰ参照)
【幼稚部のねらい及び小学部の目標】
「個々の自閉症幼児児童が,自ら行動を適切に調整・改善し,将来の社会参加と自立を
目指していくために必要な知識,技能,態度及び習慣についての基礎的な力を養う。
」
【内 容】
1 基本的な社会の決まりの理解や社会的スキルの獲得及び遂行に関すること
(1) 社会に必要なルールやマナーの理解及び遂行に関すること。
(2) 公共施設,公共交通機関等の利用に関すること。
(3) 手伝いや簡単な仕事の遂行に関すること。
2 基本的な生活習慣の確立に関すること
(1) 食事,排せつ,着替えなどの処理に関すること。
(2) 清潔,清掃,整理・整とんなどの処理に関すること。
3 生活スキルの獲得に関すること
(1) いろいろな道具や用具の扱いに関すること。
(2) 金銭の理解及び扱いに関すること。
(3) スケジュールの理解,確認及び作成に関すること。
4 集団活動への円滑な参加に関すること
(1) 集団活動における他者の存在の意識の形成に関すること。
(2) 集団活動における役割の理解及び遂行に関すること。
5 余暇の時間の充実に関すること
(1) 余暇活動の主体的な選択や参加に関すること。
(2) 余暇活動のレパートリーの拡大に関すること。
(3) 余暇活動を通じた,人とのかかわりの促進や場の広がりに関すること。
(2) 社会参加と自立のために必要な力
「社会参加と自立のために必要な力」と一言で言っても,そのとらえは千差万別で,個人個人の実
態やニーズ,地域や家庭などの生活圏の状況等で変わるものと思われ,一つに規定することは困難な
面がある。このような大きなとらえで「社会参加と自立」を考えてみても,一人一人の実態に応じて
各種の手段を講じたり,他者の支援や援助を受け入れたりしながら,日常生活や社会生活に適応して,
主体的に社会に参加していくことを目指していくことには変わりはなく,自閉症児の場合においても,
このことは同様であると言える。
学校の教育活動において,幼児児童が社会参加と自立に必要な力を身に付けることができるように
促していくためには,教科別や領域別の授業,あるいは,領域・教科を合わせた指導の授業で学んだ
知識・技能等を,日常生活の中で主体的に生かしていけるようにしていくことが大切である。そのた
めには,それぞれの授業で培ってきた幼児児童の知識や技能等を,日常生活に生かしていく視点で整
理・再編成した教育課程を工夫し,それに基づいて指導実践を積み重ねていくことが必要であると考
える。とりわけ,自閉症児はその障害特性から,場面や人などが替わると,それまでに習得した知識
・技能等を,行動のまとまりとして再現することが困難な場合が多く,教育課程の編成に当たっては,
こういった特性を踏まえて,日常生活に生かしていく視点が極めて重要である。
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社会参加と自立に必要な力を,幼児児童が身に付けることができるように促す指導を行う必要があ
る場面には,「学校生活」の場面だけでなく,「家庭生活」や「地域生活」の場面などの様々な場面
があり,これらの複数の場面において,日常生活や社会生活に適応するための基礎的な力を幼児児童
が身に付けることができるように促していくことが大切であり,しかも,これらの複数の場面におけ
る指導が,有機的な関連をもって適切に行われなければならない。こうした一連の指導を通じて,幼
児児童の社会参加と自立の実現が図られていくものと考えられる。
このため,自閉症児の指導の中心となる「学校生活」の場面における,社会参加と自立に必要な力
について,幼児児童が身に付けるための指導のアプローチを考えると,教育課程に,「日常生活に生
かしていく視点」から,「日常生活」や「社会生活」への適応へとつないでいく役割をもつ新たな枠
組が必要だと考えた(図2)。
図2
自律生活のイメージ図
(3) 「自律生活」設定の経緯
現行の学習指導要領においては,自閉症児の社会参加と自立を促していくための指導は,例えば,
「生活単元学習」に代表されるような領域・教科を合わせた指導の中で,児童の実態やニーズ,興味
・関心に合わせて,必要な指導内容を選定し単元化するなどして行われることが多い。本校では,昨
年度までの研究開発学校としての取組の中で,小学部においては,本校が開発した「養護学校におけ
る知的障害を伴う自閉症児を教育する場合の自立活動」と,知的障害特別支援学校小学部の教科の「生
活」を合わせた指導の形態を新たに設定し,これを「社会生活の指導」と呼称して,時間を特設して
指導実践を積み重ねてきた。しかしながら,知的障害特別支援学校小学部の教科の「生活」における
「基本的生活習慣」,
「健康・安全」,
「遊び」,
「交際」,
「役割」,
「手伝い・仕事」,
「決まり」,
「金銭」,
「自然」,「社会の仕組み」及び「公共施設」の 11 の観点を十分に生かし切れなかったり,指導内容
の妥当性の検証を行ったりすること等が,今後の課題として残された。
知的障害特別支援学校小学部の教科の「生活」は,それ自体を単独の教科として指導するよりも,
「生活単元学習」や「日常生活の指導」等の領域・教科を合わせた指導のコンテンツ(内容)として
取り扱うことが適切とされている。領域・教科を合わせた指導は,学校教育法施行規則第 73 条 11
第 2 項の規定を適用した指導の形態のことであり,多くの知的障害特別支援学校では,従前から領
域・教科を合わせた指導の形態として,先に述べた「生活単元学習」や「日常生活の指導」のほかに,
「遊びの指導」や「作業学習」が取り入れられ,実践が積み重ねられている。しかし,法令上はこれ
ら 4 つの指導の形態を必ず取り入れなければならないという規定は示されておらず,学校によって
は,学校や在学者等の実態を踏まえ,必要に応じて,これら 4 つの領域・教科を合わせた指導の形
態以外の独自のものを創意工夫して設けて指導実践を行っている。こうしたことから,昨年度,本校
の小学部においては,先に述べた新たな領域・教科を合わせた指導の形態である「社会生活の指導」
の時間を特設して指導に取り組んできた。
知的障害特別支援学校小学部の教科の「生活」における 11 の観点及びその内容は,社会参加と自
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立に必要な力を幼児児童が身に付けることができるように促す指導を行う際には,重要なものである。
しかしながら,自閉症児を指導する場合の「生活」の内容の取扱いを考えるとき,自閉症の障害特性
や,近年の障害観の変化等の視点から,「生活」の内容を中心に据えながら,その取扱いを工夫する
とともに,これらに幼児児童が身に付けておくと望ましい力や指導内容を加えて整理・統合し,自閉
症児にとって指導すべき内容を明確にしておく必要があると思われる。その際には,それらを領域・
教科を合わせた指導として整理・統合するよりも,これらの指導が学校の教育活動において極めて重
要なものであるという意図をより鮮明にするため,新たな領域を設けて取り扱うことが適切だと考え
た。そして,この新たな領域の指導に早期から取り組むことにより,社会参加と自立に必要な力を幼
児児童に身に付けるための指導が,効率的・系統的に展開できると考えた。また,幼児児童が,必要
に応じて他者の一定の援助や支援を受けながらも,自らを律し,行動を適切に調整・改善し,主体的,
意欲的に活動に参加できるようになることも,社会参加と自立には欠かせない力であり,こうした力
も併せて培っていく必要があるととらえた。
このような考え方から,本校では,自閉症児の社会参加と自立を促していくために必要な指導内容
を整理・再編成し,それらを扱う新領域を「自律生活」と呼称し,上記のような,幼稚部のねらい及
び小学部の目標,内容を定め,これを新設して取り組んでいくこととした。
また,この指導に早期の段階から系統的・発展的に取り組み,小学部だけでなく,幼稚部において
も「自律生活」の領域を設定して,幼稚部,小学部一貫した教育課程の開発を目指すこととした。
(4) 「自律生活」の指導の形態
自律生活の幼稚部のねらい及び小学部の目標,内容に重点を置いて展開する授業においては,その
内容の性格から,独立した授業として展開するよりは,幼稚部,小学部の幼児児童の発達段階や,学
習指導要領上の教育課程の構造の特徴等に配慮し,各教科や自立活動,道徳及び特別活動の各領域と
相互に関連付けて,指導の形態を工夫して行うことが望ましいと考える。とりわけ自立活動に関して
は,社会参加と自立に必要な力を幼児児童に身に付けるための指導を展開していく際に,自閉症の障
害特性に基づく種々の困難の改善・克服を図る視点からも,新領域の「自律生活」と「自立活動」と
の有機的な関連を図っていくことが重要だと考える。
具体的には,本校では,自律生活のねらい及び目標,内容に重点を置いた領域を合わせた指導とし
て,幼稚部では「生活関連活動」及び「生活活動」,小学部では「生活活動の指導」,「社会生活の指
導」及び「余暇活動の指導」を新設又は再編成して指導実践に取り組んだ。
(5) 教育課程の特例について
P14に示したような,自律生活の設定を中心とする教育課程の特例を活用した。なお,上に述べた
「自律生活」の新設の経緯やその幼稚部のねらい及び小学部の目標,内容から,知的障害特別支援学
校小学部の各教科については,「生活」を除いて編成することにした。
① 幼稚部
幼稚部においては,従来の自立活動に加えて,自律生活,知的障害特別支援学校小学部の各教科を
教育課程に位置付けた。
自律生活のねらい,内容に重点を置いた領域を合わせた指導として,「生活関連活動」及び「生活
活動」を設定した。
知的障害特別支援学校小学部の各教科を教育課程上に位置付け,幼稚部においてこれまで行ってき
た「個別の課題学習」及び「遊び活動」を再編成することで,幼児期の発達段階や特性に配慮しなが
ら,認知面の発達や体の動きの面などの,自閉症の障害特性に応じた指導内容を,ねらいを明確にし
て,早期から継続的・系統的に実践していくことができると考えた。また,このことにより,小学部
の各教科の指導内容との関連性も示すことができるようになり,自立活動及び自律生活と同様,幼稚
部,小学部一貫した教育課程の開発を支えていくことができるようになると考えた(図3)
。
② 小学部
小学部においては,自律生活を新たに教育課程に位置付けた。教育課程の見直しを図る中で,小学
部においてこれまで行ってきた領域・教科を合わせた指導の形態である「日常生活の指導」と「社会
生活の指導」を解体し,自律生活の目標,内容を中心とする領域を合わせた指導としての「生活活動
の指導」及び「社会生活の指導」とし,さらに,余暇の指導の充実を目指した「余暇活動の指導」を
加えて再構成することとした(図4)。なお,小学部における「余暇活動の指導(よかタイム)」,「社
会生活の指導」,
「自立活動(のびのびタイム)」の 1 週当たりの授業時数を表2に示した。
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【幼稚部】
※「自立活動 」は「養護学校における 知的障害を伴う自閉症 児を教育する場合の自立 活動」
※「各教科」 は知的障害者である児童 に対する教育を行う特 別支援学校小学部の「国 語」, 「算数」, 「音楽」,「図画工作」 及び「体育」
幼 稚 部 教 育 要 領 5領 域
指 導 の 形 態
自律生活
各教科
自立活動
健康,人間関係,環境,言葉,表現
領域・教科を合わせた指導
領域を合わせた指導
生活関連活動
生活活動
課題活動
遊び活動
素材遊び
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運動遊び
幼稚部教育課程構造図と日課表
音楽遊び
室内・外遊び
個別の課題学習
学校行事等
生活習慣の学習
なかよしタイム
本校における
日課表上の表記名
図3
行事活動
【小学部】
自律生活
※「自立 活動」は「養護学校 における知的障害を 伴う自閉症児を教育 する場合の自立活動 」
※「各教 科」は知的障害者で ある児童に対する教 育を行う特別支援学 校小学部の「国語」 , 「算数 」,「音楽」,「図 画工作」,「体育」 及び小学校の各教科 の一部,知的障害者 で ある生 徒に対する教育を行 う特別支援学校中学 部の各教科の一部を 含む。
各教科
道 徳
特別活動
領域・教科別の指導
教科別の指導
自立活動
小学部における「余暇活動の指導(よかタイム)」,
「社会生活の指導」,
「自立活動(のびのびタイム)
」の1週当たりの授業時数
よかタイム
社会生活の指導
のびのびタイム
1年
隔週で
1
1
2年
3年
4∼6年
隔週で
1
1
1
2
3
2
2
1
※表中の数字は 1 単位時間(45 分)
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のびのびタイム
小学部教育課程構造図と日課表
個別の課題学習
図画工作
学校行事
図画工作
体 育
給 食
体育
音 楽
特別活動
音楽
表2
個別の課題学習
個別の課題学習
図4
領域別の指導
算数
国語
生活活動の指導
よかタイム
生活活動
の指導
余暇活動
の指導
社会生活の指導
本校における
日課表上の表記名
社会生活
の指導
指 導 の 形 態
領域を合わせた指導
自立活動
2. 幼稚部,小学部一貫した教育課程開発の取組
(1) 教育課程の特例の活用による各部間の指導内容のつながり
本校は教育課程を,昨年度までの 3 年間の研究開発学校の取組の成果である,「自閉症児のための
教育課程編成のための 3 つのポイント」を踏まえ,学校教育目標の具現化を目指し,編成した。そ
の中で,本年度からは,早期の段階から指導の効果を高めていく指導実践を行うため,幼稚部,小学
部一貫した教育課程の開発に取り組んだ。
研究開発課題設定の理由で述べたように,幼稚部と小学部の学習指導要領上の教育課程には構造上
の違いがある。しかしながら,実際の指導内容や指導の際のねらいや手だてを分析してみると,必ず
しも構造上の違いがあるために分断されているわけではなく,むしろ,指導内容のとらえ方を工夫し
たり,目指していくことを共通理解したりすることなどで,そのつながりを整理していくことが可能
と考えた。そこで,“幼稚部,小学部の一貫した”ということを,幼稚部と小学部の授業内容のつな
がりを明確にして取り組んでいくことと押さえ,教育課程開発の切り口とした。幼稚部で取り組んで
いる指導内容(授業)が,小学部の主にどの指導内容(授業)とつながっていくのかが分かりやすく
なることで,各部間の移行が円滑に進むと同時に,小学部卒業段階に必要な力を考えたとき,幼稚部
段階ではどのような力を身に付けておくことがよいのかが想定しやすくなるなど,幼児児童の成長・
発達を促す指導実践が効果的・効率的に展開できると考え,教育課程の特例を活用し,教育課程開発
に取り組み,いくつかの新たな指導の形態を設定し,図5に示したように,教育課程上の指導内容の
一貫性について整理を行った。
密接なつながりがあると考えられる
ものを実線で示した。
【小学部】
のびのびタイム
図画工作
自立活動
図画工作
体 育
遊び活動
素材遊び
運動遊び
図5 幼稚部・小学部の教育課程上の指導内容のつながり
音楽遊び
室内・外遊び
個別の課題学習
学校行事等
生活習慣の学習
なかよしタイム
【幼稚部】
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個別の課題学習
体育
音 楽
課題活動
学校行事
音楽
個別の課題学習
特別活動
算数
個別の課題学習
行事活動
給 食
国語
よかタイム
生活活動の指導
余暇活動
の指導
社会生活の指導
生活活動
の指導
社会生活
の指導
生活活動
生活関連活動
(2) 新設した指導の形態
新領域「自律生活」の設定に伴い,その指導内容を効果的に授業へ反映することのできる指導の形
態として,幼稚部では,領域を合わせた指導として「生活関連活動」,小学部では「余暇活動の指導」
を新設した。また,幼稚部においては,「遊び活動」,「課題活動」を領域・教科を合わせた指導とし
て,「生活活動」を自律生活の内容を中心とする領域を合わせた指導として,整理・再編成した。小
学部においても,従前の「日常生活の指導」と「社会生活の指導」を,同様に整理・再編成した。
ここでは,研究開発学校にかかわる教育課程の特例の活用により,本校が設定した指導の形態につ
いて,その目標を一覧にして示した(表3)。なお,本年度より新たに設定した幼稚部における「生
活関連活動」,小学部における「余暇活動の指導」については,その指導上の留意点も併せて示した
(P20∼21の教育課程構造図を参照のこと)。
表3
各指導の形態の目標一覧
【幼稚部】 ( )内は日課表上の表記名
指導の形態
ねらい及び教育課程上の位置付け
生活活動
主に食事・排せつ・清潔・衣服の着脱などの身辺自立を促す指導を通じ
(生活習慣の学習) て,生活に必要な態度や習慣及び生活のリズムの形成等を図る。
〔領域を合わせた指導〕
遊び活動
(運動遊び,音楽
遊び,素材遊び,
室内・外遊び)
身近な教師や友達とのかかわりをとおして,人とやりとりすることの楽し
さを味わわせたり,遊具を媒介とした遊びを通して,興味・関心の幅を広げ
たりするとともに,音楽や造形活動等を通して表現や鑑賞及び基本的な運動
に対しての基礎的な知識,技能及び態度を身に付ける。
〔領域・教科を合わせた指導〕
課題活動
身近な教師とのかかわりや,教材・教具を介しての人とのやりとりをとお
(個別の課題学習) して,コミュニケーション能力や社会性の向上を促したり,基礎的な認知力
をはぐくんだりする。
〔領域・教科を合わせた指導〕
生活関連活動
小集団活動を通して,教師や友達同士でかかわり合う力や簡単なルールや
(なかよしタイム) マナーのなどの社会性等を身に付ける。
〔領域を合わせた指導〕
○指導上の留意点
・大人や子供同士の共同・協働活動などを通して,他者の存在を意識できる
ようにし,より主体的な集団活動への参加を促していくようにすること。
・活動全体の流れに見通しを持てるように,実態に応じた環境設定や教材・
教具を工夫して行うこと。
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【小学部】 ( )内は日課表上の表記名
指導の形態
目標及び教育課程上の位置付け
生活活動の指導
着替え,排せつ,食事などの身辺処理や清潔,清掃,整理・整とんなどの
(生活活動の指導) 身辺生活の処理等の基本的生活習慣の確立及び手伝いや簡単な仕事の遂行に
必要な知識,技能,態度及び習慣を身に付ける。
〔領域を合わせた指導〕
社会生活の指導
公共施設,公共交通機関等の利用や調理学習等の実生活に役立つ活動をと
(社会生活の指導) おして,社会の基本的なルールやマナーを身に付けるとともに,生活経験の
拡大を図り,将来の豊かで質の高い生活を実現するために必要な知識,技能,
態度及び習慣についての基礎的な力を養う。
〔領域を合わせた指導〕
自立活動
個々の児童が自立を目指し,障害に基づく種々の困難を主体的に改善・克
(のびのびタイム, 服するために必要な知識,技能,態度及び習慣を養い,もって心身の調和的
個別の課題学習) 発達の基盤を培う。
※「のびのびタイ ※本校の小学部では,知的障害特別支援学校の教科の「国語」と「算数」,
ム」は小集団学
「養護学校における知的障害を伴う自閉症児を教育する場合の自立活動」
を,個別の授業形態による学習活動である「個別の課題学習」として位置
習を前提。
付けている。
〔領域別の指導〕
余暇活動の指導
(よかタイム)
余暇活動そのものの楽しさを味わうとともに,現在及び将来の余暇活動の
充実に必要な知識,技能,態度及び習慣についての基礎的な力を養う。
〔領域を合わせた指導〕
○指導上の留意点
・いろいろな余暇活動の中で,必要に応じて,教師等の支援や援助を受けな
がら,楽しさや満足感が得られる場面を増やし,余暇活動を自ら選択した
り,参加したりできるようにしていくこと。
・将来の家庭生活や地域生活を豊かにしていくために,余暇活動のレパート
リーを広げ,一人一人の楽しみや余暇活動の選択の幅を広げていくこと。
・余暇活動の家庭への広がりや地域資源の活用を視野に入れて,人とのかか
わりや場の広がりを促していくこと。
3. 授業改善,授業評価の取組
(1) 授業改善の取組
教育課程を具現化していくのは,日々の授業実践である。授業の充実を図ることが,教育課程開発
を支えていくことになると考えた。そのためには,授業改善の視点をもって,指導実践を積み重ねて
いく必要がある。本年度は,特に個別の授業だけではなく,集団の授業における授業改善に意識的に
取り組んだ。
自閉症児は,その 3 つ組と言われる特性及び感覚の過敏性等,随伴する障害の特性のため,一人
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一人の状態が異なり,個に応じたきめ細かい手だてを講じて対応することが効果的であると言われて
いる。本校では,学校運営の重点努力目標にもあるように,「個に応じた指導の一層の充実」を目指
しており,その取組の一つが,日課表上に示してある「個別の課題学習」である。これには,本校が
自閉症学校として創設された当初から,重点的に取り組んできており,幼児児童の変容を促し,指導
内容・方法及び教材・教具等の充実が着実に見られるようになってきている。小学部においては,帯
状に「個別の課題学習」の時間を設定し,個別に対応して,認知面の発達や,教材・教具を介した人
とのやりとり等を促す指導を,継続的に行ってきた。幼稚部においても,本年度からは小学部同様,
「個別の課題学習」の時間を帯状に設定して実践し,早期からの一貫した取組を行うようにした。
しかし,学校教育においては,個別の授業だけでなく,集団での授業も存在し,それぞれの指導の
中で,幼児児童の発達,成長を促していかなければならない。また,社会生活の中では,集団での活
動は不可欠な要素で,必要に応じて他者の支援や援助を受けながらも,集団に適応し参加していくこ
とが求められる。本校が開発した新領域「自律生活」の内容を中心とした授業においては,社会参加
と自立の可能性を,授業の中で実現していくことが求められており,集団での授業を改善していく意
義は大きいと考える。
そこで,個別の指導で獲得した知識,技能及び態度を,いかに集団の活動の中に生かしていくかと
いう視点を持ち,個別の授業と集団の授業との機能的連携を考えて授業改善を図っていくことが大切
と考えた。
方法としては,スーパーバイザーによる研究全体会及び授業研究会等における講話と,月 1 回程
度,希望教室において行ったスーパーバイザーが同席したケースカンファレンス及び協議・検討等の
中で,どのような視点を持って授業改善を進めていくべきかについて教師間で確認・共有し,共通の
視点を持って授業に臨み,改善を図っていくようにした。その中で,“活動量と質”の確保と,いか
に“主体的”に幼児児童を活動に参加できるようにしていくかということが,ポイントとして確認で
きた。
取り組む内容の活動量を確保していくためには何が必要なのか,その上で活動の質を高めていくに
はどのようにしたらよいか,幼児児童が主体的に活動するためには何が足りないのか等,授業の中の
あらゆる機会を,このポイントと徹底的に関連させて授業改善に取り組んでいった。
また,授業改善のプロセスを形として残し,授業実践を積み重ねていくことで,授業改善をより確
かなものにしていくことができると考え,指導案の書式の検討も行った。その際,
①どういう視点で何を改善していくのかの方向性が分かりやすいこと
②授業のねらいや意図することを,明確に表すこと
③何を改善していったかを示すこと
④授業のねらいと内容に添った有効な手だてや配慮は,何かが分かること等
を指導案の中に反映できるように,それぞれの活動に対して,「教師のかかわり」,「環境設定」,「教
材・教具」の項目を設定し,指導案(略案)の書式を改訂した(P28 【学習指導案(略案) サンプ
ル】参照)。そして,授業のねらいを達成するために,それぞれの活動において,
「教師のかかわり」,
「環境設定」,「教材・教具」の視点でどのように取り組んだかを示し,データとして蓄積した。
(2) 授業評価の取組
授業評価に関しては,本年度は独立行政法人国立特別支援教育総合研究所(NISE)のプロジェク
ト研究「特別支援学校における自閉症の特性に応じた指導パッケージの開発研究−総合的アセスメン
ト方法及びキーポイントとなる指導内容の特定を中心に−」の研究協力校としての取組を中心に行っ
た。
1 学期は全教室において,NISE が提唱する「授業の評価・改善シート」と「自閉症教育の 7 つの
キーポイントと目標」を活用した実践を通して,授業改善に取り組んだ。1 学期末に,本校の教師に
対してアンケートを実施し,その効果や有効性を整理した。2 学期以降は,11 月に行われた自閉症
教育推進指導者研修での活用に向けて,教室ごとに研修を行っていった(図6)。
このような取組をとおして,授業改善・評価に対してのデータを蓄積し,将来,開発を目指してい
る本校としての授業評価システムへの知見を得ることを目的とした。
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《1学期》
《3学期》
《2学期》
平成
19
年度
自閉症教育推進指導者研修
授業の評価・改善シートを活用し
た連続5回の授業の記録を1セット
とする。
各教室ごとの取組
【小学部】
よかタイム(集団)
1セ ッ ト
社 会 生 活 の 指 導 ( 集 団 ) 1セ ッ ト
個 別 の 課 題 学 習 ( 個 別 ) 1セ ッ ト
授業の評価・改善シートについて
の職員アンケート実施
【幼稚部】
な か よ し タ イ ム ( 集 団 ) 1セ ッ ト
遊び活動(集団) 1セ ッ ト
個 別 の 課 題 学 習 ( 個 別 ) 1セ ッ ト
図 6 N IS E プ ロ ジ ェ ク ト 研 究 の 研 究 協 力 校 と し て の
授業の評価・改善シートの活用に関しての取組の概要
3. 課題別指導セット<コミュニケーション,認知,粗大運動・微細運動編>の作成
(1) 課題別指導セットとは
課題別指導セットとは,本校が昨年度開発した自閉症児のための「指導プログラム」と「教材・教
具」をまとめた指導ツールである。本校の指導実践の蓄積から得られた指導内容・方法,教材・教具
を整理して共通理解を図り,更には今後の指導に生かして発展できるようにしていくことを目的に作
成した。
表4
本校における課題別指導セットの指導の分野についての定義
社会性・適応性
(昨年度作成済み)
場や状況に応じて適切に行動しながら,人との関係,社会との関係の中に存在するル
ールやマナーを守り,対人関係の広がりを促し,そのためのスキルを獲得していき,社
会参加の基盤を培っていくことととらえ,そのためには,場や状況に応じて,自己選択,
自己決定するなどして,自律的に行動するという,自ら判断して行動できる力を養って
いく必要があると考える。
コミュニケーション
コミュニケーションとは,受信と発信の関係から成り立つ双方向の人と人とのやりと
りととらえる。知的障害特別支援学校に在学する自閉症児の多くは,コミュニケーショ
ン手段が限られていたり,音声言語の理解面と表出面にアンバランスさが見られていた
りして,円滑なコミュニケーションに困難を伴っている場合が多い。
コミュニケーションの指導では,コミュニケーション手段の獲得は大切な視点である。
個々の幼児児童の認知面の発達と,音声言語や身振りサイン,絵カード等,幼児児童の
実態に合ったコミュニケーション手段の獲得を促していく必要がある。幼児児童が,視
線や表情,体の動き等,原初的なコミュニケーション手段で発信している場合も多く,
そのような発信を教師が丁寧に受け止めて,情動を共有する経験を積み重ねて,幼児児
童がコミュニケーションしようとする意欲・動機付けを高めていくと同時に,そのよう
な手段の高次化を図っていくことも大切である。コミュニケーションは二者間の関係で
あり,かかわり手の対応,周囲の対応や関係も含めて,「社会性・適応性」,「認知」の
分野との密接な関連を図りながら,指導を進めていく必要があると考える。
認
知
粗大運動・微細運動
認知とは,環境からの多くの刺激を処理し,それに適応して行動していくための一連
の情報処理の過程ととらえる。自閉症児の場合,その障害特性から,一つの刺激に過剰
に反応したり,刺激の受け止め方が一様でなかったりして,対応が難しいことが多い。
認知の発達を促し高めていくことで,適応行動がスムーズにとれ,同時に対人関係の広
がりや情緒面の安定を図ることができると考える。具体的な学習内容としては,感覚運
動学習,弁別などの概念の学習,数概念の学習,文字・言葉の学習等が挙げられる。
自閉症児の障害特性の一つとして,姿勢・運動の異常やぎこちなさが見られる。歩き
方や走り方のぎこちなさ,不器用さ,筋緊張の欠如,バランスの拙劣さ,筋力,スピー
ド,敏捷性の不十分なコントロール,目と手の協応動作,協調動作の稚拙さ等の粗大運
動,微細運動の困難の改善・克服を,他の分野と関連付けながら図っていく指導を行っ
ていくことで,ボディイメージの形成,自分の周りの環境への働き掛けへと結び付くよ
うになる。
「認知」や「社会性・適応性」の発達とも,相乗作用があると考える。
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課題別指導セットを作成するに当たり,指導のねらいを明確にして,ツールとしての活用のしやす
さを考えたとき,指導の分野を整理・分類し,指導の対象の分野を絞っていく必要があると考えた。
この点については,昨年度作成の際,検討を行い,本校の幼児児童の調和のとれた発達を促す重要な
指導の分野として「社会性・適応性」,「コミュニケーション」,「認知」及び「粗大運動・微細運動」
が導き出された。これら 4 つの指導の分野の定義を,本校では表4のようにとらえて共通理解した。
これらの分野は,それぞれを単独の形で指導できるものではなく,相互に関連させて指導していく
ものであるが,研究の視点として,一つ一つの分野に絞った課題別指導セットを作成することにし,
昨年度は「社会性・適応性」の課題別指導セットを作成するに至った(図7)。そこで,本年度は,
昨年度の研究内容を継承し,「コミュニケーション」,「認知」及び「粗大運動・微細運動」の課題別
指導セットを作成した(図8)。本年度の課題別指導セット作成の流れは図9のとおりである。
図8
図7
課題別指導セット
(コミュニケーション,認知,
(社会性・適応性編)
7月
第1次データ
27セット
課題別指導セット
粗大運動・微細運動編)
9月
第2次データ
21セット
最終版
28セ ッ ト
計48セット
課題別指導セット
の内容検討作業→
素材表のカテゴリ
ー・内容整理
課題別指導セット
の内容検討作業→
最終選別
図9 課題 別指 導 セッ ト作 成 の流 れ
(2) 指導の分野の素材表について
昨年度「社会性・適応性」の課題別指導セットを作成する際に,活動のねらいを設定するスケール
となる指標が必要と考え,「社会性・適応性」の素材表を作成した。本年度も昨年度に準じて,「コ
ミュニケーション」,「認知」及び「粗大運動・微細運動」の素材表を作成した。
素材表作成の手順としては,表6に示した発達検査等におけるそれぞれの指導の分野に関連する項
目を発達段階順に並べ,さらに,その内容を各指導の分野ごとに暫定的にいくつかのカテゴリーに分
類して,課題別指導セットの内容の検討の際に,そのカテゴリーの整理を行い(表7),最終的に表8
のようにまとめて活用した。
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表6
「 コミュ ニケー ション」,「認知」,「 粗大運動 ・微細運動 」
素材表の項目作成の際に参考にした資料一覧
MEPA ーⅡ(感覚運動発達アセスメント)
田中ビネー知能検査法
遠城寺乳幼児発達検査
肢体不自由教育の手引き
ポーテージ乳幼児教育プログラム
KIDS(乳幼児発達スケール)
乳幼児精神発達診断法(津守式)
S-M 社会生活能力検査
等の関連項目から
表7
各指導の分野のカテゴリーの変遷
指導の分野
当初設定したカテゴリー
最終的なカテゴリー
コミュニケーション
・表出性コミュニケーション
・受容性コミュニケーション
・発声や文法に関すること
・人とのやりとりに関すること
・表出性コミュニケーション
・受容性コミュニケーション
・指示理解に関すること
・人や物との関係に関すること
・見立てや概念に関すること
・文字や言葉に関すること
・数に関すること
・学習に関すること(ことば,
かず等)
・生活に関すること
・粗大運動
・微細運動
・生活動作に関すること
・粗大運動
・微細運動
認
知
粗大運動・微細運動
【学習指導案(略案)
サンプル】
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