@ゾンビ――p−zombie―― - タテ書き小説ネット

@ゾンビ――p−zombie――
猫宮乾
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暇つぶ
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うぞ。
︻小説タイトル︼
@ゾンビ︱︱p−zombie︱︱
︻Nコード︼
しか言うことのない、ゾンビものです。
N3949CH
︻作者名︼
猫宮乾
︻あらすじ︼
※ゾンビ注意
しにご覧頂けたら嬉しいです。
1
<*>ゾンビを潰す俺の手
︱︱これは、そう遠くない現実の話だ。
夜。
日中が曇り空だったからなのか、星は見えない。当然救いの星なん
て無い。希望という星はどこにも見えない。だから、俺は潰すのだ。
殺す訳じゃない。なにせもう︱︱相手は死者なのだから。
鉈を持つ手が汗ばむ。木の柄の感触、木目。滑りそうになるのをぐ
っと堪える。
頭部を叩きつぶす感覚に、全身が熱くなった。
生焼けのハツを噛み切れ無かった時の感覚に似ている。ソレが口内
ではなく、生々しく掌に伝わってくる。頭蓋は案外固くて、砕ける
までには間があった。脂肪で黄ばんだ骨だったけど、血肉の赤の前
では、純白に見える。
﹁うあああああああああああああああああああああああ!!﹂
自分を鼓舞する叫び声。ありきたりな音が、周囲に響いたと思う。
それから何度も何度も、俺はバッドを振り落ろした。
アスファルトが赤く染まっていく。闇夜で赤という色が認識できる
とは思えなかったし、多分その色は、どす黒かった。骨を砕く感触
は、ポッキーを噛む時と似ている。
腐った肉体を持ち、死してなお動き続ける︱︱ゾンビだ。
2
飛び出した眼球。
眼窩からポロリと落ちたそれを、俺は踏みつけ、完全に脳を破壊し
た。
脳を破壊すれば、ゾンビは動きを止める。二度と立ち上がらなくな
る。
ソレを知ってはいたが、何度も何度もバットを振り下ろしていた。
気づけば泣いていた。ボロボロと頬を温水が濡らしていく。どうし
てこんな事になってしまったのだろう? 誰かに聞いて解答が返っ
てくるとは思わない。
正答なんて、多分どこにも無かった。
3
<0>SIDE:時島青
俺は購買で買った、イチゴのジャムパンをくわえた。
傍らには、ヨーグルト風味飲料。続いてそのストローを噛む。これ
は、毎日繰り返される昼休みの一光景だ。
﹁良く飽きないよね﹂
まきなが
正面で食べていた、槙永に言われた。
俺はフェンスに背を預けて、胡座をかきながら空を仰ぐ。ギシギシ
と音がした。
﹁良いだろう、好きなんだから﹂
白い入道雲がもくもくと浮かんでいた。ラピュタがありそうだ。
﹁それはイチゴジャムが? それとも高山先輩が?﹂
高山先輩とは、俺が男なのに、恋いこがれている男の先輩だ。
次の春で卒業してしまう。剣道部の主将だ。
髪を染めている槙永や俺とは異なり、自然のままの黒髪だ。あみに
槙永はピンクが強い茶色、俺は焦げ茶色に染めている。
この高山先輩が、無類の甘党なのだ。
出会いは購買だった。
俺が最後の一つのジャムパンを譲り渡した。その時先輩は、たった
一言﹁悪いな﹂と口にした。それだけだ。向こうは俺のことなど覚
えていないだろうが、俺はその日から、アーモンド型の先輩の視線
を追わない日は無くなっていき︱︱気がつけば恋をしていた。
4
﹁絶対に誰にも言うなよ﹂
たった一人だけ恋心を話した親友を、俺は目を細めてみた。
﹁僕の口が堅いのは知ってるだろ?﹂
俺が釘を刺すと、クスクスと槙永は笑った。
槙永は鋭い。何せあちらの方から、先輩を好きなのかと聞いてきた
のだ。
曰く︱︱いつも俺のことを見ているからとのことだった。流石は親
友だ。
俺と槙永は、同じ中学を卒業していたが、高校まではあまり話しを
することがなかった。仲良くなったのは、去年同じクラスになった
時のことだ。現在の俺達は高校二年生だ。
﹁それにしても、今日眠そうだけど、どうしたの?﹂
﹁昨日遅くまで映画を見てたんだよ﹂
俺はあくびを噛み殺した。
﹁またホラー? それとも自然災害パニック系?﹂
﹁ゾンビ﹂
﹁ゾンビかぁ︱︱時島は、哲学的ゾンビって知ってる?﹂
﹁なんだそれ?﹂
﹁自分が⋮⋮そうだな自分の意志が作られた物ではないと誰も証明
するのが難しいみたいな問いだよ。指向性の問題﹂
槙永の問いは、時に難しくてよく分からない。流石は図書委員だ。
少しだけ垂れ目の彼の顔は、どこか理知的だ。
5
﹁じゃあ米国の大学で、ゾンビ学の講義があるのは知ってるか?﹂
俺も負けじと雑学︵?︶を披露することにした。
﹁全く知らないよ﹂
そんなやりとりをしながら、俺はパンを一つ食べ終えた。次はコロ
ッケパンだ。
﹁だけど考えれば考えるほど、ゾンビって不思議な生き物だよな﹂
﹁心臓は動いてるの?﹂
﹁モノによるけど、頭を潰すと止まるパターンが多い﹂
﹁じゃあゾンビに血圧って有るのかな?﹂
﹁血圧?﹂
﹁人は死ぬときに血圧が下がるでしょう? そう言う言う意味では、
低血圧の時島なんかは、天国に最も近いところにいると言っても過
言ではないね﹂
ときしませい
時島青が、俺の名前だ。
﹁高血圧だってやばいんじゃないのか?﹂
﹁まぁね︱︱血管がバン﹂
そんなやりとりをしている内に昼休みは終わりを告げた。
そして放課後が訪れた。今日は、高山先輩の顔が見られなかった。
残念に思いながらも、まっすぐ俺は帰宅した。
6
﹁あれー、おかえり! 早かったね﹂
シキ
シロ
とき
リビングのソファに鞄をおいたとき、弟の、白に声をかけられた。
しまゆかり
みどり
ちなみに兄の名前は、色と言う。親戚の名前も、色シリーズだ。時
島紫と、緑だったりする。名付けが面倒だったのだろうか⋮⋮。
﹁今日はテスト前だからな﹂
俺はお世辞にも頭が良いとは言えない。
白は、天然物の色素の薄い髪を揺らしながら、肉じゃがを作ってい
た。
帰りが遅い父母の代わりに家事を引き受けてくれている。
俺は壊滅的に家事が出来ないので、任せっきりだ。
警察官の兄は、一人暮らしをしているし。
鼻を擽る良い匂いに食欲がそそられる。
俺にとって白は、本当に大切な弟だ。白がいるから、いつだって俺
は安心して家に帰ってくることが出来る。何があっても、兄として
力になりたいし、守ってやりたいと思っている。俺にソレが出来る
のかは不明だけど。
その後両親が帰宅した。父が言う。
﹁今日は肉じゃがか、丁度食べたかったんだ﹂
﹁本当に白は料理が上手ね。青、貴方もたまには作りなさい﹂
﹁あー、分かってるって﹂
﹁良いよ、俺、料理好きだから﹂
監視カメラを扱う会社の重役をしている父と、TVのアナウンサー
をしている母。そして弟。此処に兄さんがいれば完璧だった。
俺は心底家族に恵まれていると思う。
7
︱︱翌日。
今日は移動教室の時に、高山先輩を見ることが出来た。いつもは仏
頂面なのに、珍しく、くすりと笑っていた。その笑顔に心が温かく
なった反面⋮⋮笑みを浮かべた対象を見て、僕は胸が疼いた。そこ
にいたのは先輩の幼なじみの香堂先輩だったからだ。高山先輩は、
香堂先輩にだけは、柔和な笑みを時折見せるのだ。それが少し羨ま
しい。
その日の放課後は、槙永と何とはなしにハンズに行った。予定では、
その後サイゼで勉強することになっている。その前の軽い現実逃避
で向かったのだ。今日は曇天で、もうすぐ雨が降りそうだった。あ
あ、傘を持ってこなかったな。
﹁木工用具って、見てて何が楽しいの?﹂
俺が長生きの棒を手にしていると、槙永が半眼になっていた。
﹁猫用の遊び道具作ったり楽しいぞ﹂
﹁本当手先だけは器用なんだから﹂
俺の趣味は日曜大工だ。
それから大きめのペンチとネジとワイヤーを購入した時の事だった。
階段を、光の加減なのか青白く見える誰かが降りてきた。
﹁何か具合悪そうだな﹂
﹁そこで声をかけようとする時島の優しさが僕は嫌いじゃないよ﹂
ただし俺達がいた位置は階段から遠かった。
だから、先に声をかけた人物がいた。
8
﹁大丈夫ですか?﹂
﹁⋮⋮﹂
その瞬間だった。青白い人物が、声をかけた青年に噛みついたのは。
血が飛び散る。鮮血で白い床が汚れていく。
青白いと思っていた人物は、よく見れば、顔の色が紫色︱︱腐って
いるような、そんな趣だった。紫なんて色が人間にあるわけがない
から、思いこんでいたのだ。その時紫色の頬の肉が崩れ落ちた。辺
りには腐臭が漂う。
助けようとした青年の絶叫だけが、ただ嘘くさかった。。
フロアにいる人々は、皆動きを止めている。
︱︱映画かドラマの撮影だろうか?
多分誰もが思った事柄だろうし、俺もそう考えた。
人間とは不測の事態が訪れると、現実感を失うのかも知れない。
それが阿鼻叫喚に変わったのは、腐肉の主が、助けた青年の腕をと
り、喰べはじめた時の事だった。皆が悲鳴をあげながら階下へ向か
って走り始める。その時助けようとした青年が不意に立ち上がった。
見れば、眼窩から目が飛び出し、唇は紫に変色し、皮膚は腐り始め
ているのか、茶褐色に変わっている。
俺は未だ呆然としていた。
すると槙永に袖を引かれた。
﹁逃げよう﹂
﹁︱︱⋮⋮いや﹂
9
階下に緩慢な動きで向かっていく二人の︱︱”人であったモノ”を
見据え、俺は首を振った。先日見たゾンビ映画を思い出していたか
らだ。”あれら”は、たちの悪い病気にでも感染した患者なのだろ
うが、俺の中では”ゾンビ”にしか思えなかった。ゾンビといえば、
相手にするなら武器がいる。それに、人間の血肉を食べて存在を広
げていく存在ならば、より人が殺到している階下は危険に思えた。
だから視線で、安全そうなスタッフルームを見つけて、唇を噛んだ。
﹁とりあえず、あそこに避難して様子を見よう﹂
﹁⋮⋮分かった、付き合うよ﹂
こうして俺達は、そのフロアの小さな部屋に入り、中から施錠した。
︱︱多分、俺が”ゾンビ”だなんて考えたのは、現実逃避だ。
そんなことがあるわけがない。
しかし、現実は残酷だった。
10
<0.5>SIDE:時島紫︵前書き︶
盆栽バサミを片手に@ゾンビからの抜き出しですが、出来ればご覧
下さい。
11
<0.5>SIDE:時島紫
盆栽バサミを持ったまま、俺はたまには家の敷地外へと出てみよう
か悩んだ。
こちらの玄関の逆側は、コンビニになっている。
叔父さんが、自衛隊を辞めたあと、一念発起してはじめたのだ。
俺はそこでバイトを︱︱するでもなく、大学にもいかず就活もしな
いというダラダラ四回生生活を送っている。最近では、自他ともに
認める引きこもりだ。カノジョにすら、会う時はこの家に来てもら
っている。最近結婚を迫られているが、両親なくともこの家は叔父
さんのものであり、俺のものではない。財産もそうだ。それに今後
一生働かずに生きて行くことを考えると、家庭を持つのはちょっと
厳しい。
そろそろ別れどきだろうか。
ま、別れの季節だしな。
少しさみしいけど、俺よりは幸せにしてくれる男がいるだろう。
俺、人を幸せにするとか無理だし。
っぽく鳴いている。
そんなことを考えていたら、向かいの家の犬が、凄まじい声を立て
た。
﹁?﹂
ぐぉおおおおおおお??
未だ嘗て聞いたことのない声だ。みれば目玉が飛び出し、首輪を引
きちぎろうとするかのように、体を左右に激しく動かしている。
12
﹁!?﹂
いよいよ何事か、と思った。まさか首輪が変なところに絡まってい
るとか⋮⋮?
助けないと、と思ったら、向かいの家のご主人が出てきた。
﹁どうした太郎、⋮⋮ぐぁ!﹂
ご主人は漫画みたいに呻いた、が、俺の目には肉に突き刺さる牙、
飛び散る唾液、滴る赤と黒の血、殴りつけられ潰れた犬、なのにす
ぐに起き上がり、腐っていたらしく︱︱削げた犬の顔面から覗く骨
の白が、臨場感たっぷりに、なのに非現実的に広がった。
え、え?
なにこれ、なんだこれ?
救急車?
動物救急?
と、考えて呆然としていると、今度は倒れこんでいたご主人が立ち
上がった。
無事でよかった。
⋮⋮︱︱よな、無事だよな?
ご主人の顔面が潰れていた。ただ目だけが飛び出している。
ハサミを持ったまま俺は腕を組んだ。冷静になろう。
首輪に繋がれている犬と同様、ご主人も首を勢い良く左右に動かし
始めた。
転倒時に脳にダメージを受けたのだろうか。やはり、救急車か。
﹁あなたー?﹂
13
そこに向かいの奥さんの声が響いた。俺が通報しなくても良さそう
だと、情けないことに、ホッとしてしまった。
﹁きゃー∼∼!﹂
なんていうような、また漫画みたいな声がした。
確実に俺の頭の中で、﹁∼∼!﹂で、再生された。
しかし愛を交わし合うにはあまりにも程遠い感じで、字面のままご
主人が奥さんの首に噛み付いた。裂ける首筋、吹き出す血液。え、
警察?
これは、あれか。
転倒のせいで混乱して、奥さんに襲いかかってしまったのか。
じゃあやっぱり救急車?
が、直後奥さんの目もまた、今度は俺のまっ正面で飛び出してきて、
体を激しく動かし始めた。見守っていると、綺麗な手の先から、紫
色に腐るように変わって行き、次第に動きが緩慢になる。のそのそ、
と二人と一匹が動いている。
なんだ、なんだろう。あ、夢?
瞬間、向かいのご家族が俺を見た。なんかやばい。
そんな気がしたので、夢だと思うことにして、俺は門を閉めた。
江戸時代から続く武家屋敷的なものを、泥棒よけに最先端のシステ
ムで防衛している我が家の守りは硬い。地下には核シェルターもあ
る。
災害に備えて備蓄も、叔父さんがしている。
代々この時島家では、有事の際に備えて準備を万全にしろ、と、戦
国時代︵?︶から伝わっているらしい。嘘っぽい。
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まぁいいかと考えて家の中に戻ると、銃声が響いてきた。
叔父さんがFPSでもやってるんだろうかと思うと、何かが飛んで
きた。
薬莢ぽかった。本物を見たことがないから、多分だ。
﹁おーい叔父さん。銃刀法違反がバレるぞー﹂
声をかけたが、轟音が響いてくるだけだったので、両手で耳を塞ぐ。
﹁緑おじさーん﹂
テレビ見ろ!﹂
行き遅れ!﹂
と思いながら、俺は声の方に歩み寄った。
﹁うるせぇ紫!
は?
﹁うるせぇとはなんだ!
﹁どこに行けっていうんだよこの状況で!﹂
なんだか本気でキレているようなので、小心者の俺は、素直に居間
へ行った。
ミドリが叔父、俺がユカリだ。
そこには、つけっ放しのテレビがある。
緊急特番らしかった。
右上にデカデカと赤い文字で、
ゾンビ!
15
と、書いてある。
あー日本終わったなと思った。もう四月1日はとっくにすぎて冬だ
し、三月になって気が狂うよりは早いし、水銀がバカ売れなんて話
も聞かない。
ちなみに俺は大学で児童文学を学んでいて、卒論はありがちだがア
リスだ。院に行くわけでもないし、適当に選んだ。リアリストな叔
父といると、ファンタジックな世界に逃避したくなる。
両親が亡くなったのは、中学一年の時だったなぁ。
喪主を勤めてくれた叔父さん、あの日始めてあったんだなぁ。
懐かしいなぁ。
向かい
冗
なぁなぁなぁ、でいいんだよ。俺、なぁなぁでいきてきたからさぁ、
このテレビとかおじさんが仕込んだんだよな?
ゾンビとかいらねぇ、本気でいらない、マジ無理、ガチ無理!
談だろ?
いやぁよくしつけられた犬だ!
はっはっは⋮⋮はは、は⋮⋮⋮っ!
のご夫婦と犬とか共犯だよな?
はっはっは!
どうしよう俺、どうしろっていうんだよ俺に。
そうなの?
無理すぎるか
テレビの向こうで、アナウンサーさんが襲われて、向かいの奥さん
みたいになったよ。俺もああなるの?
らな、それ!
地上波の放送OUTだろうと思いながらグロ映像を見て立ちすくん
でいると、銃声がやんだ。シャッターか何かが閉まるような音がす
る。
いや、シャッターじゃない。この音は、シャッターのさら手前にお
じさんがしこんだ防弾ガラスの壁の音だ。二回だけ聞いたことがあ
る。
16
そんなことを考えていると、大型の銃はおいてきたのか、片手に普
通︵?︶の銃、もう一方の手に防弾ガラスの操作用タッチパネル式
リモコンを持った叔父さんがやってきた。
﹁大丈夫か紫?﹂
﹁いや、どのへんが?﹂
叔父は返り血をあびている。
﹁噛まれて、牙からZNBウイルスを注入されない限りゾンビには
ならない。”ゾンビ牙”の無い蚊やダニには噛まれても平気だ。こ
の家にはいないけどな﹂
させねぇけど﹂
﹁ちょっと待って。これってガチで、アイアムレジェンド的な感じ
なの?﹂
﹁外に出てみるか?
﹁は?﹂
﹁お前は俺が守るって十年くらい前に決めたからな﹂
﹁多分九年じゃね、それ﹂
﹁細かいことはいいんだよ﹂
あ、はい。
俺が黙ると叔父さんがタバコを銜えた。
鷹みたいな目つきだ。元々は空軍にいて、視力が悪くなって、陸軍
に行ったときいたが、本当にそんな変更ありえるんだろうか。あ、
叔父さん曰く、軍じゃなかった。ただ自衛隊にいたのは本当らしく、
シーツはピシッとしいてくれるし、歩調もなんかピシッとしている
し、地図もなんか変に読めるし、制服姿も見たことがある︱︱だけ
だったらただの変な人だが、上司や後輩や同級生︵?︶の人が、無
理やり連れて行かれた航空祭で声をかけてきたから、あれが盛大な
17
仕込みじゃない限り、本当に在籍していたのだろう。あの時は、綺
麗なカノジョさんですねとか言われて、俺はキレた。友達紹介して
ニラ?﹂
とか言われたから、当時男子校だったので、サバゲ好きなやつを紹
介してやった覚えがある。消えろ。
﹁とりあえず飯にするか﹂
普通に納豆と米と味噌汁だ﹂
﹁この状況で叔父さん、なに食うんだよ?
﹁ニラ?
レトルト!
そのまんま食べられるやつ!
我が家の定番である。味噌汁はレトルト、米はサトウノゴハンであ
る。
レンチン!
これこそが我が家の三種の神器︵?︶である。
このようにして、俺たちの新しい生活は始まった。
18
<1>人としての尊厳
室内の電灯が切れたのは、それから数時間後のことだった。
同時に切れた空調に、次第に寒さがつのってくる。俺は、槙永に毛
布を投げた。
﹁君が使いなよ﹂
﹁風邪ひきやすいのはお前だろ﹂
﹁⋮⋮有難う。ねぇ、時島﹂
﹁ん?﹂
﹁いつまで此処にいる?﹂
腕時計を見れば、もう七時に近づきつつあった。
幸い未だ日はあったけれど、今日は雨が降りそうな曇り空だ。いや、
降っている。時折、俺の背後の曇り硝子越しに、激しい雨の音が響
いていた。
﹁︱︱そろそろ、行くか﹂
ホームセンターに立てこもるというのは、ゾンビ映画の定番だ。
だけどここにいても、俺達にはどうすることも出来ない。
現状把握が出来ないのだ。俺も槙永もスマホの電源が切れてしまっ
た。
一体何が起こっているのか、さっぱり分からない。仮に、本当に、
ゾンビだったりして。
﹁やるよ、これ﹂
19
俺は買い物袋から、大きめのペンチを槙永に向かって差し出した。
自分では木の棒を取り出す。
﹁何これ?﹂
﹁護身用。何かあった時困るだろう﹂
﹁何か⋮⋮﹂
呟いた槙永は、無表情でじっとペンチを見ていた。受け取った白い
手が、少し震えて見えた。やはりもう少し毛布にくるまっていった
方が良いのだろうか。
それから少し経ってから、俺達は二人でスタッフルームの外に出た。
青白いフロアは無人で、人の気配がしなかった。
ただ血の臭いと腐敗臭だけがする。
外に出るならば今の内だと思った。そして、己がした選択が間違っ
ていなかったと、そう思った時だった。
﹁ッ!!﹂
影から腐肉を纏った人影が飛び出してきた。瞠目した俺は、動けな
い。
驚いて槙永はしりもちをついた。
ペンチが床と縦高い音が響く。
﹁グガァアアアアア﹂
多分そんな声だった。獣の鳴き声に似ているのに、確かに人間の声
がした。
20
遅い来る腕に、俺は思わず両手を交差させた。
そんな俺から進路を変えて、ゾンビは座り込んでいる槙永に向かう。
グシャリと音がした。
時が止まったような感覚だ。ペンチを拾い上げた槙永が、ゾンビの
心臓があるだろう部分にそれを突き立てていた。体液は散らない。
しかしゾンビの動きは一瞬だけ止まった。けれどその肩がピクリと
動き、再び両腕を伸ばそうとしているのを俺は見逃さなかった。
棒を握りしめ、俺は、ゾンビの頭部を殴った。
感覚で言うならばきっと、やったことはないが、スイカ割りに近い。
腐った肉がボトボトと落ちていき、黄ばんだ頭蓋骨が見えた。何度
も何度も棒を振り下ろして、俺は周囲のことなど何もカモを忘れて、
それを叩き割った。
﹁っ、あ、うあ﹂
漸くゾンビが床に倒れた時、俺は思わず安堵の吐息に声を乗せてい
た。
まだ槙永は呆然としたように座っている。
﹁た︱︱⋮⋮助けてくれて有難う﹂
俺はそんな槙永の声で、漸く我に返ることが出来た。自分がしたこ
とが怖くなって、俺は棒を取り落とした。コツン、なんて音がした。
どす黒い液体が、床を塗らしていく。俺はそれを踏んだ。ビチャリ
と音がして、それだけで吐き気がこみ上げてくる。
﹁た、助けてなんて無い﹂
﹁だけど時島がいてくれなかったら、僕は恐らく死んでいたよ︱︱
21
死ぬという言葉が正しいのかは分からないけどね。人としての尊厳
を失ったナニカになっていたと思う﹂
ナニカ︱︱⋮⋮?
そうだ、これはなんなのだ。
本当にゾンビなのか? ゾンビとはそもそもなんだ。きらりと薄暗
い室内で光るペンチを見据えながら、俺は苦しくなって息を詰めた。
﹁これからどうする?﹂
響いた槙永の冷静な声に、俺は拳を握った。何故そんなに平静でい
られるのだろう。
いられない自分に対して苛立った。
﹁みんな無事なのかな。高山先輩とか﹂
﹁ッ﹂
﹁災害時は学校が避難場所になるよね。行ってみる?﹂
﹁あ、ああ⋮⋮﹂
不意に優しい先輩の笑顔が脳裏を過ぎった。
俺には向かない笑みだ。
︱︱無事、なのだろうか?
仮に学校が避難場所になっているとすれば、家族だって避難してい
る可能性が高い。
特に弟の白は、隣接する中学校にいるのではないだろうか。
今側にいてくれたのが槙永で本当に良かった。もしも一人だったな
らば、冷静に考えることなど出来なかったのではないかと思う。
ハンズの外に出ると、丁度豪雨が弱まりつつある所だった。
22
サイゼの前を通過しながら、電車は動いているのだろうかなんて話
し合う。
︱︱結果としては、駅は近づく前に血の臭いと腐った臭気に溢れか
えっていたから、回避した。俺達は、歩いて、すぐ近くにあるから
学校まで向かうことにした。電車で参分も徒歩十分もさして変わら
ない。
街は閑散としていて、人や人であったモノが密集している場所の他
は、誰もいないに等しかった。俺達は途中で自動販売機から飲み物
を調達し、雨に濡れながら歩いた。
そんなこんなで学校へとたどり着いたのだった。
23
<2>雨に濡れた校舎
平べったい四角い校舎、雨の匂い。俺は、校舎をたたきつける雨の
音を聞いていた。
俺と槙永がたどり着いた所で土砂降りに急もどりした雨。
校庭には誰もいなかったから、俺達は、ごくいつも通りに中へと走
り込んだ。
泥で水色の玄関の床が汚れて滑ったが、気にならない。
﹁やっぱり避難所になってるのかな?﹂
﹁かな、って、槙永が言ったんだろう?﹂
﹁正直半信半疑だったんだ。もうとっくに街に溢れかえっているか
なと思って﹂
﹁何が?﹂
﹁何って⋮⋮ゾンビでしょ、アレ﹂
﹁まぁ⋮⋮多分﹂
﹁ゾンビじゃないなら何なの? 僕たちは人を殺したって事?﹂
珍しく槙永の声が感情的に響いて聞こえた。その言葉を理解して、
思わずハッとしながら息を飲む。ゾンビは非現実的だが、殺人なら
ば世に溢れている。
その時ふらふらと、階段から下りてくる影があった。
槙永と俺はそろって息を飲んだ。足音は、近づいてくるたびに、グ
チャグチャと音を立てた。そして一番下まで降りてきた時、俺と目
があった。黄ばんだ眼球。目を剥いた途端、尋常ではない速度で、
ソレが走り寄ってきた。反射的に俺の腰は引けて、隣では槙永が後
退る。どこからどう見てもそいつは、学校の制服こそ着ていたもの
の、ハンズでみた”ゾンビ”に似ていた。同じモノにしか見えなか
24
った。棒を握る手に力を込め、俺は振りかぶった。
﹁うわぁああああああああああああああああああああああああ!!﹂
迫り来たゾンビを俺はたたき殴った。
周囲に腐肉が散っていく。ぐにゃりとした感触が最初にして、次に
は思ったよりも固いだなんて思った。現実感が、嗚呼、喪失してい
く。グルグルと視界が廻った気がした。
﹁時島⋮⋮もう﹂
﹁︱︱え?﹂
槙永の声で我に返れば、もう制服を着たゾンビは動かなくなってい
た。
俺は︱︱自分がしたことが怖くなった。
一体何をしているんだろう。そもそもこれらは、本当にゾンビなの
か?
﹁行こう、こういう時なら体育館に集まっていると思う﹂
﹁⋮⋮ああ﹂
しかし俺の疑問はすぐに潰えることとなった。
職員室で合い鍵等々を入手し、体育館へと行くと、そこには地獄が
あった。学生服の生徒達がひしめき合っていた。
鍵がかかっていたので、俺が扉を開けた瞬間だった。
溢れるようにゾンビ達が出てくる所だったのだ。
慌てて扉を閉めようとした︱︱その時だった。
﹁待ってくれ!!﹂
﹁っ﹂
25
﹁出るぞ、遥香!!﹂
中から飛び出してくる人影があった。俺は押し倒される形になり、
後頭部を床にぶつけた。
俺を押し倒した人物は︱︱高山先輩は、俺の顔の真横に木刀を突く
と、息を飲んだ。
﹁⋮⋮時島?﹂
まさか名前を覚えていて貰ったとは思わなくて、そんな場合ではな
いというのに、照れそうになる。そしてすぐに、左手に香堂先輩の
手を握っているのを見て取り、思わず顔を背けた。
﹁もう良い? 閉めるよ﹂
槙永が、俺の手から落ちた鍵で、無理矢理扉を閉める。ゾンビの挟
まった腕がねじ切れて、床へと落ちていった。
それを眺めていた俺は、高山先輩に手を差し出された。おずおずと
手を取り、立ち上がる。
﹁中はもう駄目だ。俺と遥香以外⋮⋮﹂
﹁先輩達でも無事で良かったです﹂
遥香というのは、香堂先輩の下の名前だ。
今も二人は手を繋いでいる。僅かな嫉妬心が顔を出す。何もかもの
現実感が失せたせいなのか、よりそんなことを思った。
﹁第三体育館はもう駄目だ。他にいたほとんどの生徒は⋮⋮鍵をか
けて逃げた﹂
26
先輩が大きな溜息混じりに行った時、横にあった音楽室の扉が突き
破られた。
腐った体から骨が覗くゾンビが、こちらへ出てきた所だった。
﹁っ﹂
呆気にとられて動けないでいると︱︱先輩が木刀を振り下ろした。
俺の頬の方にまで腐った肉が飛び散ってくる。
べちゃりとしたその感触に息を飲んだ時、槙永が掃除用具入れから
モップを取り出したのを見た。二匹目に現れたゾンビに、槙永はソ
レを振り下ろした。俺が呆然としている前で、香堂先輩はと言えば、
見知らぬ瓶とライターを持っていた。
香堂先輩が瓶の液体をゾンビに浴びせ火をつけた。
燃え始めたゾンビを、高山先輩が横になぐ。
﹁大丈夫か、二年﹂
香堂先輩が、俺に向かって手を差し出した。こんな場では相応しく
思えないほどに、明るい表情をしていた。
﹁鍵、開けてくれて有難うな!﹂
香堂先輩は明るい。そんな所も俺とは違いすぎる。羨ましい。
手を握りたたせて貰いながら、俺はそこに繋がった温度に柄でもな
くドキリとした。
二体のゾンビを倒してから、俺達は職員室へと向かった。
職員室にはテレビがあるからだ;
﹁︱︱!!﹂
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画面の向こうでは、母親が丁度ゾンビに噛まれる姿が映っていた。
目を見開いた俺は、その場で硬直した。
俺の母親がアナウンサーだと言うことは誰にも話していない。
貪り食らわれていく母親。
だけど画面の向こうだから、現実感は相変わらず無い。
︱︱その時、ハッと家族のことを思い出した。
白は無事なのか。高校がこれだ。中学校はどうなっているんだろう?
﹁俺⋮⋮俺、家に帰る﹂
立ち上がった俺の言葉に、三人の視線が俺に向いた。
多分困惑混じりだったと思う。だけど、俺は弟のことが気になって
仕方がなかった。
﹁⋮⋮確かにどこに行けばいいか分からないしな﹂
﹁時島の家、ここから近いの?﹂
﹁時島が気になっているって言うんなら僕は良いよ﹂
こうして俺達は、学校を後にすることになった。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://novel18.syosetu.com/n3949ch/
@ゾンビ――p-zombie――
2014年9月18日17時25分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
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