NO74

NO74号
事務局ニュース
﹁緊急提言﹂
ニ0十三年六月七日
発行責任者
残る記憶であり、語ることができる。
昨年12月の総選挙。議席数では自民党
の圧勝に終った。政権党﹁民主党﹂に対す
る不信と期待離れ、そして小選挙区制度の
結果が、自民党に議席を与えたという総括
がされている。果してその総括で良いのだ
ろうか。現に、改憲を鮮明にしていた安倍
自民党は逃げ隠れもしていなかったし原発
再稼動も明確にしていた。にもかかわらず、
その安倍自民党を勝たせてしまった事実は、
それを拒めなかった私たちの側にも大きな
責任があると受け止めるべきであろう。
幼くはあったが、軍国小国民であつた
起きてしまった事実に対し、私たちは、
得てして﹁被害者の立場﹂で考える。そし
て社会とか、為政者にその責任を求める。
女性随筆家の岡部伊都子は、﹁軍国女性と
しての誇りある送辞 で
」 婚約者を沖縄戦争
へ送り出した。その恋人は沖縄の地で戦死。
以来、岡部は、軍国女性であったことを悔
やみ﹁加害の人﹂という文を発表し﹁反戦
の文士﹂として一生を終えた。
少年、少女であったあの時代、私たちは
﹁間違いなく軍国小国民﹂であった。確か
[email protected]
社民党がんばれOB・
G福島の会
eメール
戦後を生き
今ある者の責任とは
300万を超える死亡者、そして東京大
空襲。広島・長崎の原爆投下に見られるよ
うな﹁非戦闘員﹂の大量殺傷。そして敗戦。
生き残ったとはいえ﹁生き地獄の様﹂に
あったことを忘れることができない。
次のようなことわざがある。
﹁七度の飢饉に遭うとも、
一度の戦争には遭うな﹂
一度起してしまった戦争が、どのような
悲惨をもたらすかということを物語る。
今、NHKの大河ドラマ﹁八重の桜﹂が
放映されている。この戊辰戦争の実像を語
るにも、145年間を隔てた年限が、この
歴史をどれだけ正しく伝えるか、知ること
ができるかを困難にしている。
しかし、第二次世界大戦は、幸いにもそ
のことを記憶し、語り、記述することがで
きる者が存在をしているということである。
子や孫にすれば﹁遠い昔のこと﹂かもし
れないが、爺・婆にとっては、今も鮮明に
(1)
に幼くはあった。しかし﹁今を生きている
者として﹂の責任は取らなければならない。
歴史に学ぶとは﹁記憶を記録し、記述し、
それを言葉にすることから始まる﹂。
サプライズ政治演出の怖さ
今回、日本国の主権回復としての祝賀式
が開催された。沖縄を無視し開催を強行、
そして天皇両陛下の政治利用。またこの時
期に何故国民栄誉賞なのかとの論議のあっ
た長嶋、松井両氏への東京ドームでの表彰
イベント。そして背番号96姿で現われた
﹁主審・安倍首相﹂。この﹁サプライズ政治
演出﹂は何を意味し、何を目論むのか。そ
して、あのサプライズ演出に何人の国民が
危機を感じたか。私たちはこのことに答え
を出さなくてはならない。
雨の明治神宮外苑の学徒行進の記憶
私たちの年代であれば、昭和18年10
月の﹁雨の明治神宮外苑学徒行進﹂を記憶
している。入場口のスタンドに配置された
女子学生。入場してくる学徒になだれをう
って駆け寄り、涙し、声限りの声援を送る。
学徒の多くは﹁この女性のため、国のた
めに死を覚悟﹂した。そして特攻に通じる
意識づくりを完成させた。まさに﹁世紀の
サプライズ演出﹂であった。現在の﹁安倍
保守反動﹂の姿にかつての戦時とダブル。
あらためて述べたい。
﹁今、子や孫に語る
責任があることを﹂。
混合診療を考える・その2
医療費を﹁
特約医療保険﹂
に
結びつけるのが混合診療だ
前号︵5月号2ページ︶では、混合診療
を﹁解禁すべきだ﹂という主張の一部を紹
介した。その根拠が﹁高度先進医療と公的
保険医療との併用﹂である例を示した。
医療の選択が増え、患者負担も少しは楽
になるとも読み取れる例示だが、そこには
大きな落とし穴があることを述べた。
今回は、その﹁落とし穴﹂に触れたい。
政府の検討会議に医療保険会社が
日本における混合診療は、TPPのそれ
とは関係なく、安倍政権下の﹁規制改革・
民間開放推進会議﹂において、すでに解禁
の論議がされていることを報告したい。し
かも同会議の事務局員27名のうち14名
がオリックスや第一生命などからの出向組
である。これらの会社は、混合診療の解禁
を目当てにした﹁特約医療保険の商品﹂を
売りだしている会社である。ここに落とし
穴の一つを見ることができる。
医療行為は日進月歩、進歩している。よ
って、今は自由診療である高度先進医療も
やがては公的な認定を受け、保険適用の検
査、治療、投薬になっていくと主張する。
それが﹁自由診療の高度先進医療を、いず
れは保険適用診療に切り替える道をつくる
(2)
それだけではない。公的保険枠であった
治療や薬までもが、この﹁混合診療枠﹂と
して全額負担の﹁自由診療枠﹂に吸収され
る恐れすらあると考えなければならない。
ここを見極めなければならない。
医療費の増額が抑えられという主張を認
めますか。民間保険会社が潤うような﹁混
合診療の解禁﹂を認めますか。
次回は﹁高度先進医療と保険適用医療﹂
について具体的の実例を取り上げたい。
公的保険枠の診療にも制限の危惧が!
もの﹂というのが解禁の論拠である。
率いてきた宮内オリックス社長は﹁一度、
しかし一旦﹁混合診療枠﹂となった自由
混合診療になったものを、国民健康保険の
診療を﹁公的保険診療枠﹂にすることはま
適応にしてはいけません。なぜなら、私た
ずない。なぜなら、今後開発されていくだ
ち保険会社が保険をつくれないじゃないで
ろう高度先進医療のすべてが、認定され保
すか﹂と言っている。当時の自民党西島議
険適用診療枠となってしまえば﹁医療費﹂
員﹁医師出身﹂さえも、
﹁医療産業は100
はどうなるか、時の政府は考える。
兆円。医師会がどうして反対するのかわか
総医療費の膨大な額と、増加が課題とな
らない﹂という宮内発言に噛み付いている。
っているところに﹁高額医療の保険適用﹂
これで落とし穴の説明がつく。
などはあり得ないと考えるのが順当である。
一部であれ、混合診療の解禁は、国の医
療費の拡大を抑えられるし、医療の選択も
自由診療が﹁公的保険枠﹂になるのか?
拡大できる。但し、その負担が可能な患者、
家族に限るというのが一部解禁︵併用性の
拡大︶である。その時の費用は﹁特定医療
保険の給付﹂で賄うことができる。そこに
﹁アメリカの医療保険﹂も加わる。安倍首
相は﹁国民皆保険制度は守る﹂と宣言して
いるが、混合診療は否定していない。
前記した﹁規制改革会議﹂で﹁混合診療﹂
の解禁を検討していると述べた。その裏に
纏っている﹁衣﹂はどのようなものである
か。それは文字通りの﹁全面解禁の衣﹂で
はない。
﹁一部解禁﹂である。それは、現在
でも100種類余の高度先進医療と、国が
指定する、一部の医療機関で行われている
自由診療と保険適用診療の併用を踏襲する
ことであり、その拡大を計るというもので
ある。とすれば﹁それなら良いではないか﹂
という意見がここでも出てくる。ここに﹁第
二の落とし穴﹂がある。
何故、政府の改革会議に14名の出向組
みが参加しているのだろう。冒頭と重複す
るが、民間の保険会社からの派遣であるこ
とが明らかになっている。それを裏書きす
るかの発言がある。
かつて小泉内閣の時代の﹁規制改革会議﹂
親の看護・
介護の責任を考える
高齢問題を語るとき、どうしても﹁医療・
介護﹂の問題を取り上げなければならない。
ここに二つの事例を紹介したい。
今回、訪問先の会員からは、
﹁療養介護施
設﹂に入所していた奥さんが退所を求めら
れたと言う。﹁10余年にわたり施設にはお
世話になった。入所希望も多数であり、長
期の入所者に、退所の決断を求めたという
ことも仕方が無いことか﹂と。しかし在宅
の介護は無理であり、施設もそのことは承
知しているはずである。しかし﹁長いこと
お世話になった。施設は少ない。私のとこ
大企業は
利益を還元すべきだ!
円安効果は、為替差益として苦労するこ
となく利益を生む。とりわけそのメリット
を大きく受けるが輸出産業であり、その横
綱が自動車産業であり﹁1ドル当たり1円
の円安で年間350億円の営業利益を懐に
入れている﹂。この自動車業界は、ほぼ70
円後半の為替をもって原価が計算されてき
た。それが下請け企業への発注額の低減、
原材料費の買い叩きに代表される原価低減
策であった。いみじくも自動車工業会の豊
田会長が述べている。﹁アベノミクスの﹃風﹄
もあろうが、各社がすさまじい努力をして
きた結果だ﹂と。ならば述べたい。為替差
(3)
額による利益を﹁すさまじい努力を課した
下請企業や労働者﹂に 還.元せよと。
自分の懐が本当に豊かになったのか
また﹁株高﹂がある。テレビでは東京証
券の映像を背景に株の価格を報じる。果て
は﹁ウハウハの高齢者投資家﹂の姿を映し
出す。そして国民の消費意欲は増大と宣伝
する。しかし、この株に手を出しているの
は﹁僅か4%足らず﹂であり、多くの国民
は広告チラシを手に財布と相談の買い物の
実態にある。しかもこの株高がバブルの様
相を呈してきたのも昨今の事実である。
にもかかわらず、国民大衆は自分の懐が
豊かになったと感じている。そこに政府、
財界、マスコミの徹底した啓蒙、宣伝が展
ろだけが居座るわけにはいかないだろう﹂。
悩みを共通するが故に、妻の退所を承諾し
た。現在、特別養護施設を探している。
白河の会員Yさんである。母親は100
歳になる。﹁妹と私とで交代での在宅介護を
続けてきた﹂と。よく﹁老人虐待﹂などと
言うが奇麗事では済まない地獄も味わった
と言う。ようやく特別養護施設に入所が叶
いほっとしているが、もし入院が3ケ月も
続けば契約は破棄される。今からそのこと
を考えていると気が重いと言う。
そして、このお二人に共通していること
は﹁必ず介護は必要になる。自分の思考が
開されていることを知らなければならない。
そして安倍首相の甲高い声は響く。
◆﹁株価の5割上昇は、閉塞感の中で悩
んでいた状況を私が変えた結果だ﹂
◆﹁経済界は、なるべく早く雇用者、あ
るいは勤労者に分配して欲しい﹂
◆﹁夏のボーナスは上がる。給与も1年
から2年にかけて上がる﹂
◆﹁年金も運用益で5兆円以上の上昇、
年金財政もしっかりしてきた﹂と。
しかし﹁求人数は求職数を下回っている﹂。
現金給与総額も前年を下回り、今後上回る
ことは考えられない。成長産業への労働者
移行というが低賃金、非正規の実態は変わ
らない。﹁眉にツバをつけ﹂、しっかり見極
め、考えることが重要だろう。
しっかりしている内に、
﹁老後の看護、介護
をどうするかについて、子どもと話し合う
べきだ﹂と。得てして﹁厄介なことや難し
いことは後回しにしたい﹂と思うが、それ
は間違いだと。
そのことと社会的に﹁高齢者の老いに責
任を持つべき﹂とする社会福祉の基本理念
とは矛盾しない。
前記のお二人の提起から、﹁高齢者︵親︶
への看護、介護の責任﹂を考えた。重たい
ものとして受け止めるべきと思うがどうだ
ろう。
(4)
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・・
原発再開発と原発輸出・
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原発再稼動が現実を帯びてきた。それが
五月十三日の参院予算委員会における首相
の発言である。
﹁各国より、わが国の原子力
技術への高い期待が示されている。私自身
もリーダーシップを発揮し、わが国の技術
を提供していく﹂と。さらに﹁事故の経験
と教訓をもって、世界の原発の安全に貢献
することが責務だ﹂とも述べている。
︵福島民報5.14︶
大型連休に訪れたトルコ、アラブ首長国
連邦と原子力協定を結び、そして次はポー
ランドをはじめとする東欧四カ国が候補に
上げられている。そしてインドである。
何を言うのかと言いたい。電源が切断さ
れ爆発を防止できなかった技術。炉や燃料
の冷却にしどろもどろになった対応。そし
て今なお、何があっても不思議ではない不
安定な状況を解消も収束もできないでいる
知見と技術をどう説明するのか。しかも1
0万年単位の管理が必要な、最終処分方針
も決められないでいる実態をどう語るのか。
原発の海外輸出は
安全神話復活の逆輸入である
世界に向って﹁わが国の技術は最高であ
る﹂。また﹁原発の安全に貢献する﹂という
のであれば、﹁今の東電第一原発の火を完全
に消してから口にせよ﹂と言いたい。
原発輸出は、利潤を求める原発ビジネス
へのテコ入れではあろう。しかし、原発最
大の立地国である北米では、膨大な補修費
と安価な天然ガスの登場で原発産業は岐路
にたたされている。現に廃炉と新設計画の
変更が検討されている。
とすれば、安倍内閣の本音は、海外にお
ける﹁日本製原発の建設と稼動を事実化す
ることによって、再び国内における﹃安全
神話の復活の逆輸入﹄が狙いである﹂と見
るのが妥当と考えるべきだろう。
橋下攻撃だけで終ってはならない!
﹁きれいな戦争ってあるの﹂
橋下日本維新の会代表の﹁慰安婦問題﹂
についての発言は、米国も巻き込んだ論争
となっている。
この問題は、自民党安倍首相の﹁河野談
話の見直し﹂、さらには﹁村山元首相のお詫
び発言﹂への見直しなどの一連の中から出
てきたことは間違いない。
そこで、慰安婦発言について的を絞って
みる。この発言に対し﹁女性蔑視﹂
﹁品格を
問う﹂、﹁政党、自治体の代表を辞任せよ﹂
などの討論になっている。そして女性国会
議員団の会見の場においても同様な表明で
あった。それは当然のことである。しかし、
この四番打者を三振に打ち取り、終わりに
しただけでは何の解決にもならない。
寺島しのぶが、映画の国際舞台で最優秀
大統領との会談において︶
女優賞を受けた映画﹁キャタビラ﹂は、
﹁戦
争と性﹂をテーマに取り上げたものである。
その監督、若松孝二は問う。
﹁正義の戦争とは、どこにあるのか﹂と。
忘れるな、これが戦争だ・・・・・・・
戦争とは、
人間が人間に、犯され、切り刻まれ、
焼かれることだ。
人が、人を、犯すことだ。
人が、人を、切り刻むことだ。
人が、人を、焼き殺すことだ。
安倍内閣は、憲法96条の改定に手がけ、
9条を改定し﹁国防軍﹂を条項に入れるこ
とだとしている。その安倍首相は﹁元慰安
婦の方々に、首相として心から同情し、申
し訳ないという気持ちでいっぱいだ﹂と発
言している。︵第一次安倍内閣当時、ブッシュ米
ここに一人の主婦の発言がある。﹁女性の
役目は、戦場の男の高ぶり癒すことではな
く、男が戦場に行かないように声をあげる
ことこそ大事である﹂と。
︵毎日新聞5・19﹁みんなの広場﹂ 63歳︶
安倍首相は﹁戦争をしても、きれいな戦
争をします。殺さない、焼かない、犯さな
い戦争をします﹂と答えるのだろうか。
﹁戦争を起してならない、起させてはな
らない﹂。改憲阻止の行動があってこそ、橋
下発言を糾弾することになる。今問われて
いるのは、このことである。