1 号(1 月)2015〕 トピックス 37 健康長寿と三大栄養素の関係 Relations of healthy longevity with three major nutrients カロリー制限が齧歯類の寿命を延ばす報告は良く知 1) 摂取した総タンパク質量が対照群と同等となった.し られている .しかし,国立老化研究所 National Insti- かし,総摂取カロリーを制限しても寿命の延長効果は tute on Aging(NIA)in Baltimore とウィスコンシン大学 みられなかった.この結果から,Solon-Biet ら 3)は今 Wisconsin National Primate Research Center(WNPRC)in までのカロリー制限による寿命延長効果は,カロリー Madison によるアカゲザルを用いた実験では,カロリー 以外の要素,例えばタンパク質の摂取量が同時に制限 制限の寿命に対する効果に違いが生じた.すなわち, されていたためではないかと述べている. WNPRC の研究グループでは,カロリー制限(自由摂 次に,Solon-Biet ら 3)は 25 種の餌を与えたマウス肝 取群の 30%減,ビタミンとミネラルは 30%補強)は寿 臓での mTOR(mammalian Target Of Rapamycin)活性化 2) 命の延長効果があると報告した .それに対して, および血中の分枝鎖アミノ酸(BCAA)濃度を調べた. NIA の研究グループでは,カロリー制限(自由摂取群 mTOR はセリン・スレオニンキナーゼの一種であり, の 20%減)により寿命の延長効果は見られなかったと その活性の抑制は寿命を延長することが報告されてい 報告している 2).これらの相違は,与えた栄養素,ア る 4).また,がんや糖尿病などの病態,疾患に深く関 カゲザルの遺伝的背景や餌の摂取方法などの違いが複 与している 4).BCAA は,mTOR 活性化とインスリン 雑に絡み合っているためと考えられる.カロリー制限 分泌の鍵となるシグナルとして作用する 5).Solon-Biet による寿命延長効果の有無が議論される中,Solon-Biet ら 3)が調べた結果,タンパク質を多く摂取したマウス 3) ら は,マウスに与える餌に含まれる三大栄養素(タ 群では,血中の BCAA 濃度が高かった.また,血中 ンパク質,脂質,炭水化物)の割合が寿命に影響を与 BCAA/ 血中グルコースの比が高いほど,肝臓 mTOR えることを報告した. の活性化が亢進していた.mTOR の活性化は,寿命延 3) Solon-Biet ら は,タンパク質,脂質,炭水化物の 長に対して負に働くと考えられる. 割合やカロリーの異なる 25 種類の餌をマウスに自由 これらの結果より,Solon-Biet ら 3)は高タンパク質食, 摂食させた.その結果,低タンパク質食または低炭水 または単なるカロリー制限では,健康寿命を達成でき 化物食では,マウスの摂食量が増加した.すなわち, ない.むしろ低タンパク食で血中 BCAA を下げるよう 高脂肪・低タンパク質食または高脂肪・低炭水化物食 な食事が健康寿命に必要だと述べている.また,必要 では,摂食量が増加し,結果的に総摂取カロリーも増 なカロリーは,脂質からではなく炭水化物から摂るべ 加した.一方,高脂肪食または低脂肪食は,マウスの きだと述べている.しかし,タンパク質は生命活動に 摂食量に影響を与えなかった. 必須であり,高齢者ではサルコペニア予防のためにも 寿命への影響では,総摂取カロリーには無関係にタ 高タンパク質食が推奨されている.そのため,極端な ンパク質量が少なく,炭水化物が多い餌を摂取したマ 低タンパク質食は健康を害する可能性がある. ウス群の中間寿命(50% 生存期間,median lifespan)は, 一方,この論文の責任著者である Raubenheimer が 他の餌を摂取したマウス群よりも長かった.また,タ Nature に寄稿した記事 6)によると,アメリカで供給さ ンパク質/炭水化物の比が低い餌を摂取したマウス群 れた食事に含まれる平均タンパク質量は,1971 年から では,耐糖能の上昇,HDL の増加,LDL の減少,血 2006 年にかけて約 0.8%減少しており,逆に脂質や炭 中中性脂肪の低下などが認められた.しかし,このマ 水化物から得られるカロリーは 8%も増加している. ウス群では同時に体脂肪率の増加や脂肪肝の所見も認 これは,生産業者が加工食品に含まれるカロリーをタ められるなど,良い効果ばかりではなかった.一方, ンパク質からより安価な脂質や炭水化物に置き換えた タンパク質/炭水化物の比が高い餌を摂取したマウス ことが原因であると Raubenheimer は述べている.すな 群では,餌の摂食量が少なく,やせ型を示した. わち,食品に含まれるタンパク質量が減少したため, カロリー制限との関連を明らかにするため,セル マウスの実験と同様にそれを補うために全体の摂食量 ロースで総カロリー量を減らした餌を用いて実験を が増加してより多くの脂質,炭水化物を摂取してし 行った.その結果,総カロリー量を減らした餌を摂取 まっている.事実,食品に含まれる平均タンパク質量 したマウス群では,摂食量の増加が見られ,結果的に が減ったにもかかわらず,アメリカ国民の摂取タンパ トピックス 38 〔ビタミン 89 巻 栄養バランスで食事を摂ってきた世代である.このま まの状態が続けば,日本は近いうちに平均寿命が世界 一ではなくなるかもしれない.昔からいわれているが, 健康で長生きするためには,栄養バランスの取れた食 事が最も大切である. Key Words:aging, macronutrients, longevity, protein, carbohydrate 1 Molecular Regulation of Aging, Tokyo Metropolitan Insti- 2 Vascular Medicine and Geriatrics, Tokyo Medical and Den- tute of Gerontology 図 1 三大栄養素の日本における摂取割合の推移 (1965 年∼ 2013 年) 農 林 水 産 省 が 発 行 し た 平 成 25 年 度 食 糧 需 給 表(http:// www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/zyukyu/index.html)より作成 した.日本国民 1 人,1 日当たりのタンパク質,脂質, 炭水化物(糖質)の摂取量(kcal)をそれぞれ割合(%)で表 している.タンパク質の摂取割合は変わらないが,年々, 炭水化物の割合は減少し,脂質の割合は増加している. tal University, Keita Takahashi1,2, Akihito Ishigami1 1 東京都健康長寿医療センター研究所 老化制御研究 チーム 分子老化制御 2 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 血流制御 内科学 高橋 経太 1,2,石神 昭人 1 ク質量はほとんど変わっていない.Raubenheimer は, 文 献 増え続ける肥満の原因には,単に炭水化物や脂質の過 摂取だけではなく,食事に含まれる栄養素,特にタン パク質のバランスが重要であると述べている.日本で も同様なことがいえる.農林水産省が発行した平成 25 年 の 食 糧 需 給 表(http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/ zyukyu/index.html)によると,昭和 40 年から平成 25 年 (1965 年から 2013 年)の間,国民 1 人 1 日当たりの総 1)Sohal RS, Forster MJ (2014) Caloric restriction and the aging process: a critique. Free Radic Biol Med 73, 366-382 2)石神昭人(2012)カロリー制限しても寿命は延びない.ビタ ミン 86, 690-692 3)Solon-Biet SM, McMahon AC, Ballard JW, Ruohonen K, Wu LE, Cogger VC, Warren A, Huang X, Pichaud N, Melvin RG, Gokarn R, Khalil RM, Turner N, Cooney GJ, Sinclair DA, Rauben- 摂取カロリーおよびタンパク質量は変わっていない. heimer D, Le Couteur DG, Simpson SJ (2014) The ratio of mac- その一方で,炭水化物の摂取量が少なくなり,脂質の ronutrients, not caloric intake, dictates cardiometabolic health, 摂取量が多くなっている(図 1).日本では年々,欧米 aging, and longevity in ad libitum-fed mice. Cell Metab 19, 418- の値(特にアメリカでは脂質の摂取割合が 35 % を超 えている)に近づいており,これまで日本が長寿大国 となってきた一因である日本食の栄養バランスが崩れ 「日本人の食事摂取基準(2015 つつある.厚生労働省は, 年版)策定検討会」の報告書で摂取する総エネルギー量 430 4)Laplante M, Sabatini DM (2012) mTOR signaling in growth control and disease. Cell 149, 274-293 5)Chotechuang N, Azzout-Marniche D, Bos C, Chaumontet C, Gausseres N, Steiler T, Gaudichon C, Tome D (2009) mTOR, AMPK, and GCN2 coordinate the adaptation of hepatic energy に対するタンパク質,脂質および炭水化物の摂取エネ metabolic pathways in response to protein intake in the rat. Am J ルギー割合が,それぞれ 13 ∼ 20%,20 ∼ 30%,50 Physiol Endocrinol Metab 297, E1313-1323 ∼ 65%になるように摂取するよう高齢者と乳幼児を除 いて推奨している.今の日本での高齢者は,戦争によ り食べ物が少ない時代もあったが,日本食での整った 6)Simpson SJ, Raubenheimer D (2014) Perspective: Tricks of the trade. Nature 508, S66
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