血管撮影における ムダを省く取り組み

Routine & Idea
血管撮影における
ムダを省く取り組み
近畿大学医学部堺病院 放射線部
上田 傑,桑野 充央
た造影剤を続けて使用可能である.自動注入器は,む
はじめに
らのない造影,注入圧・注入量の細かい設定,注入プ
最近の血管撮影装置の進歩は,目を見張るものがあ
ロトコルを記憶させることができるなど,多くのメリッ
る.低線量で高画質,かつ高速表示とどれをとっても
トがあり有用である.ただし,メーカーマニュアルでは
旧来の血管撮影装置ではおよびもしない性能ばかりで
セッティング時,シリンジに造影剤を充填し,造影剤
ある.われわれ放射線技師にとって簡単操作で高度な
で気泡除去をすることになっている.当然ながら造影
画像提供が迅速に可能となり,より一層,患者を中心
剤で気泡除去を行うと,実使用可能造影剤量は少なく
としたチーム医療本位の業務が可能となった.次に目
なるというデメリット
(造影剤100mLで実使用可能造影
指すのは,安全を担保したコスト意識と業務効率を向
剤量は約76mL)があった.また,検査ごとに希釈造影
上させることであろう.血管撮影におけるコスト削減
剤を使い分ける場合,厳密にするならばシリンジを交
は,ガイドワイヤーやカテーテルなどデバイスの選択・
使用法による比重が大きい.この領域は,原則的にコ
メディカルスタッフは大きく関わることはない.しか
し,業務を行う上で,われわれコメディカルスタッフに
もコスト意識や業務効率の向上意識を持つことで血管
撮影におけるムダを省き業務効率向上を図れることは
多い.これまで当施設では,血管撮影室に関わる全ス
タッフで血管撮影時のムダを省く様々な取り組みを行
い,業務効率向上を目指してきた.本稿では,当施設
の血管撮影時のムダを省く取り組みとその効果につい
て述べる.
施設紹介
近畿大学医学部堺病院
診療科25科・病床数310床
(1994年 3 月開院)
血管撮影室
循環器内科・脳神経外科共用
(2008年 4 月設置)
血管撮影装置
AlluraXperFD10(Single Plane:FPD size 10inch,
PHILIPS)
自動注入器
Avanta
(MEDRAD,パワーアシストインジェクター)
スタッフ
医師 3 名・看護師 1 名・診療放射線技師 1 名
臨床検査技師・臨床工学技士どちらか 1 名
自動注入器(パワーアシストインジェクター)
について
血管撮影室で使用している自動注入器
(Avanta,MEDRAD:図 1)
は,患者ごとにシリンジ交換が不要
(連続
5 症例使用可能)
で,チューブ交換のみで前検査で残っ
図 1 自動注入器
(Avanta,MEDRAD)
29
換するか,シリンジ内の造影剤を一旦廃棄する必要が
VAIVTを行うことや,逆にVAIVT後にPCI・CAGを行
あった.これら自動注入器に関するムダを省く取り組み
うことがある.そのため自動注入器シリンジ内の造影
について述べる.
剤濃度をその都度調整し,その検査ごとに最適にする
1.セッティング操作時の造影剤のムダを省く
必要がある.すなわち,前検査後の残造影剤に生食を
この自動注入器セッティング時の造影剤のムダを省く
何mL注入すれば希望希釈濃度になるか,また,残った
ため当施設では,シリンジにまず生理食塩水
(生食)
を約
希釈造影剤に何mL原液を注入すれば,原液造影剤にど
40mL充填し,その生食でチューブ内の気泡除去を行っ
れくらい近くなるかの関係を知る必要がある.そこで表
ている.生食なので気軽に気泡除去を 3 回以上行え,完
計算ソフト
(図 3)
を用い,必要な数値を入力すれば簡
全な気泡除去が可能となる.そして気泡除去後の残った
単に計算できるようにしている.
シリンジ内の生食は,テストショットで全量排出する.
また,自動注入器シリンジ内の希釈造影剤濃度と造
造影剤が希釈されるのを防ぐための気泡混入防止ドリッ
影効果の関係,希釈方法の違いによる希釈濃度の変化
プチェンバー
(図 2)
内の生食を生食ボトルへ戻す.そし
に つ い てcomputed tomography
(CT,Aquilion ONE,
て,ここで初めて造影剤をシリンジに充填する.この方
TOSHIBA,図 4)を使った実験を用い検討を行った.
法でセッティングすると,実使用造影剤量は約98mLに
検討の結果,VAIVTは 2 倍希釈で検査上影響はなく,
なり,これらの操作で実使用造影剤量が20∼22mL増加
となった.チューブ内に生食
(約4.3mL)
が残っているの
自動注入器の入力画面
で,生食で造影剤が若干希釈されるが,この程度の希
釈は画像に影響は全く無いと言ってよい.ムダを省いた
造影剤量は20∼22mLであり,冠動脈造影
(coronary angiography:CAG)
約 3 ∼ 4 回分にもなる.
このようにセッティング操作は多少煩雑であるが,
詳細なマニュアルを作成し研修を実施した結果,現在
では放射線技師だけでなく臨床検査技師,臨床工学技
士の血 管 撮 影 室のコメディカルスタッフ全 員がセッ
ティング操作可能となっている.
2.造影剤希釈使用時のムダを省く
当施設では基本的に経皮的冠動脈治療
(percutaneous
coronary intervention:PCI)
・CAGは原液造影 剤で行
い,シャントトラブルに対する血管内治療
(vascular access intervention therapy:VAIVT)
は希釈造影剤を使用
している.当施設では,PCI・CAG終了後の次検査に
生食用ドリップチェンバー
造影剤用ドリップチェンバー
使用造影剤濃度
350mgI/mL
シリンジ内造影剤残量
27mL
希釈割合
2 倍希釈
目的造影剤濃度
175mgI/mL
必要生食量
44mL
充填入力数値
70mL
残った造影剤に生食を何mL注入すれば希望希釈濃度になるか,
希釈造影剤に原液造影剤を何mL注入すれば原液にどれくらい
近くなるか,必要な数値を入力すると追加量が表示される.
図 3 追加する造影剤や生食を表示する表計算ソフト入力画面
Computed Tomography:Aquilion ONE,TOSHIBA
造影剤シリンジ
図 2 自動注入器Avantaの気泡混入防止ドリップチェンバー
30
図 4 希釈造影剤の実験に使用したCT装置
Routine & Idea
PCI・CAGは当然ながら原液に近い方が良好で,1.1倍
た.数例の平均では約10%程度減少した.その結果を
希釈まででは画像上に影響がなかった
(図 5)
.また,
踏まえ,現在では基本透視パルスレートを秒15フレー
シリンジを下向きのままで造影剤を吸入後に生食を吸
ムから秒7.5フレームへ変更している.
入した場合,撹拌なしで均一に希釈され,逆に生食を
この変更はコストに反映しないが,被曝を減らすと
吸入後に造影剤を吸入した場合には,比重の違いによっ
いう意味でムダを省くことになった.なお,PCIでは撮
て注射器下部に比重の重い造影剤が下に沈み 2 層構造
影の割合が増えるため結果に反映しないし,透視レー
となり分離した
(図 6)
.ただし,一旦混ざると分離する
トを落とすことによる手技への影響も考えられる.今後
ことはなかった.ほかには,常温と比べ加温する方が
も引き続いて検討する必要がある.
よりよく混ざった.以上を踏まえ,当施設では希釈する
透視保存への移行
場合,造影剤は当然ながら生食も加温し,シリンジの
向きを考慮して表計算ソフトを用いて希釈している.
PCI施行時にバルーン位置やステント位置などの確認
このような方法をとることで,造影剤のムダを少しで
撮影を,透視保存で代用することで被曝のムダを省く
も省くことが可能になった.
取り組みも行っている.透視保存とは,透視を終えた
時にボタンを一つ押すだけで時間を遡って保存する機
透視パルスレートの変更
能である.この機能を使えば,撮影回数自体を減らす
パルスレートは,数字が大きい方が滑らかな画像に
ことが可能である.患者の体 格や撮影角度にもよる
なる.当施設の血管撮影装置
(AlluraXperFD10,PHIL-
が,一般に撮影条件と透視条件を比較した場合,倍以
IPS)
の透視Modeは 3 種類に設定が可能で,導入当初は
上の差があり,その差がそのまま被曝線量低減につな
秒15フレ ーム でHigh,Normal,Lowの 3 段 階 の 透 視
がる.同一患者#9 に対するバルーンによる冠動脈拡張
Modeが設定されていた.ムダを省く取り組みの中で,
術
(plain old balloon angioplasty:POBA)
画像を図 7 に
最も 線 量 の 高 いHigh Modeを 無くし,秒7.5フレ ーム
示す.図 7Aが透視保存画像,図 7Bが撮影画像であ
Modeを新設した.透視パルスレートを秒15フレームか
る.このように位置関係だけの確認では,透視保存画
ら秒7.5フレームへ減らすと被曝は半分になるが,画像
像は充分その役割を果たしている.
が秒15フレームよりも滑らかでなくなり,ガイドワイ
血管撮影室の清潔を保つ取り組み
ヤー操作などの手技への影響が懸念された.手技を行
う循環器内科医は,
「比較すると違和感があるが手技自
当施設の血管撮影室の清掃は,清掃業者が週 1 回定
体は慣れで行えるだろう」
ということであった.実際に
期的に行っている.そのため検 査ごとの清 掃はコメ
秒7.5フレームで手技を行い,透視Mode変更前後の同
ディカルスタッフが行うことになる.検査中に造影剤や
一患者の検 査データを比較すると,透 視時間は長く
血液が床に飛び散り,施行医やスタッフがそれらを踏
なっているが,被曝線量そのものは約20%低減してい
み歩くことで床全体が汚れてしまう.当施設では,そ
Extension Tube
(3.1mmφ)
5500
FPD
5000
5137.0±35.6
4749.7±19.6
4500
4498.8±29.8
Water 10cm
4000
3820.2±38.4
3500
3000
3232.2±23.6
2500
Xray−Tube
Protocal
Tube Voltage
Tube Current
Exposure Time
CAG15fps
55kV
88mA
3msec
2000
1500
2009.0±21.7
4.0
2.0
1.5
1.2
1.1
1.0
希釈 4 倍, 2 倍,1.5倍,1.2倍,1.1倍,1.0倍
図 5 造影剤希釈倍率とCT値の関係
31
れらを防ぐため,検査前に床に図 8のように寝台下まわ
子で来室することが多く,患者の目線的にも清潔感が
りに防水シーツを養生テープで貼っている.防水シー
あり好評である.
ツは液体を吸収するため,スタッフなどが飛び散った
血液や造影剤を踏んでも周囲に広がることはなく,剥
その他の取り組み
がして廃棄すれば清潔が保たれる.また,患者は車椅
当施設では,月 2 回カテーテルチーム
(カテチーム)
6000
5000
4000
3000
撹拌なしで均一に
希釈された
2000
1000
0
0
10 20 30 40 50 60 70 80
下からの距離
[mm]
–1000
–2000
7000
6000
5000
4000
注射器下部に造影剤
が沈み 2 層構造とな
り分離
3000
2000
1000
0
–1000
0
20
40
60
80
下からの距離
[mm]
–2000
図 6 シリンジを下向きのままで造影剤を吸入後に生食を吸入した場合とその逆の場合
バルーン位置確認
バルーニング位置確認
A 透視保存画像
B 撮影画像
バルーンの位置確認直後のバルーン拡張画像
図 7 バルーンによる冠動脈拡張術
(A,Bは同一患者)
32
Routine & Idea
養生テープで
床に貼る
防水シーツ
PHILIPS・AlluraXperFD10
図 8 防水シーツによる血管撮影室床の汚染防護
治療予定患者の治療戦略の検討
図 9 月 2 回のカンファレンス風景とスタッフ集合写真
によるカンファレンスを行っている
(図 9)
.内容は,過
の情報共有と再確認が行え,より安全な医療を患者に
去 2 週間分の症例検討,今後2週間分の治療予定患者
提供できるようになった.ほかにも,このカンファレン
の治療戦略
(対象病変部位,使用デバイス,穿刺部位,
ス内で検討した緊急カテ時の連絡網の整備は,全ス
など)
と患者情報
(臨床検査技師からエコー時の患者状
タッフのドアトゥバルーン時間
(病院に到着してからバ
態やトレッドミル,心臓CTの結果,など)の報告であ
ルーン挿入までの時間)短縮への意識向上につながっ
る.カテチームの全スタッフが情報を共有することで
た.これらのことは,このカンファレンスでの大きな収
検査時の確認作業や患者対応を迅速にしムダが省ける
穫と言える.
ことになる.また月 1 回,カンファレンスの後に勉強会
を行っている.これは,各コメディカルスタッフの専門
最後に
分野の基礎的・専門的事項の講演,外部講師の講演
本稿では,著者らが取り組んできたいろいろなムダ
会,メーカーからの新しいデバイスの紹介やハンズオ
を省くことによる業務効率向上について述べた.これ
ン,などを行っている.全スタッフが揃うカンファレン
らの中には,血管撮影室開設当時から取り組んでいる
スは,自由な意見交換による全スタッフ間のコミュニ
もの,形を変え現在に至っているもの,新しく取り組ん
ケーションと意思疎通が図られ,良好なチームワークを
だものもある.また,述べきれなかった細かなものもあ
保てる要因になっている.例えば,カンファレンスで,
る.まだ多くのムダがあることを念頭に置き,今後もこ
学会や研究会に参加したコメディカルスタッフからの
のような取り組みを続けていこうと考えている.要する
提案で,当施設でも検査前のタイムアウトの実施要望
に日常業務を行う上では
「安全を最優先させた上で,ム
があった.タイムアウトとは,ある時点で一時すべての
ダを省き業務効率を向上させるという意識」
を絶えず持
作業を中止しスタッフ全員集まり,検査の確認作業を
ち続けることが重要なのであろう.
することである.タイムアウト導入により,全スタッフ
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