雨竜沼湿原の雪解け - 日本湿地学会

湿地研究 Wetland Research Vol.3, 53-59(2013)
現地報告
雨竜沼湿原の雪解け
佐々木純一
雨竜沼湿原を愛する会
1.はじめに
2km,南北約 1km,面積 101.5ha の山地高層湿原で
北海道の春は遅い,新緑の 5 月,お花見が終わり
ある.湿原の気温環境は山岳の垂直的気温減率-
雨竜は田植えが始まる.遠望する増毛山地の主峰・
0.6℃ /100m 高度から算出した吉良(1948)の暖か
暑寒別岳(1,491m)は真っ白い山容が清々しく,連
さの指数(WI)と寒さの指数(CI)は WI.28.7m.d.,CI.
なる南暑寒岳(1,296m)の東方の高原台地にラム
- 70.4m.d. で亜高山帯中部に位置する.
サール条約湿地・雨竜沼湿原がある.
湿原の地形は辺縁部が標高約 850m で,南暑寒岳
日本海に裾野を落とす増毛山地は冬季季節風の影
北東斜面を源として湿原を西から東へ二分して流れ
響を直接に受け,当地一帯は日本海多雪地帯に属し,
るペンケペタン川(水面標高 849-844m)の浸食に
雨竜沼湿原も 11 月から翌 5 月まで雪で閉ざされる.
より比高があり,湿原全体が緩い凹地地形である.
雪解け時はペンケペタン川に割れ落ちる雪渓,湿原
湿原はペンケペタン川と湿原外縁部チシマザサ帯の
を平滑の滝のように流れる雪解け水,池塘を塞ぐ氷
融雪水・降雨水などを集めた支流の河道により分画
塊など山里の融雪風景とは異なり,雨竜沼を構成す
され,A,B,G,H,I,J の各ブロックは中央部が
る湿原域と池塘,ペンケペタン川が独自に情景を創
盛り上がった地形で大形円形池塘の存在や池塘複合
造して静かなドラマを繰り広げている.
体を形成している.また C,D,E,F,K の各ブロッ
冬の豪雪がもたらす雪解け水がペンケペタン川か
クは湿原辺縁部から傾斜地形で,広い湿原面かケ
ら尾白利加川に流れ,水量豊かな清流は雨竜の肥沃
ルミ - シュレンケ複合体を形成している特徴がある
な大地を拓き,人々は明治 20 年代から水稲耕作を
(Fig.1).
営んでいた.だが生活の糧となる湿原一帯の水も昭
和 24 年の大干ばつは深刻で,
農民は湿原の通称「大
沼」と近接する 2 池塘の堤を切り,池塘の水をペン
ケペタン川に流して水祈願に及び,今でも跡が残っ
ている.
古来,ウリウアイヌの時代から,そして開拓の礎
が入って以来続く湿原と人々の結びつき,豊富な水
が雨竜の繁栄と人々の生活と風土を育んできた.ラ
ムサール条約湿地・雨竜沼湿原の湿地と文化に係る
雪解けの情景を報告する.
Fig.1 A-K ブロックおよび支流 AR-KR,群馬岳支流
区分図
2.雨竜沼湿原の概況
湿原の集水域は 623.8ha で,ペンケペタン川は湿
雨竜沼湿原は北海道西部の日本海に面した増毛
原流入時で川幅 1m の小沢が流出時は川幅 20-30m
山地に位置して,南暑寒岳,群馬岳,恵岱別岳の
の大河と成長している.
山稜に囲まれた標高約 850m 台地に成立した東西約
湿原には雨竜沼の特徴である直径 50m を超す円
佐々木純一 [email protected]
(2012 年 10 月 25 日受付)
53
佐々木純一
形池塘やケルミ - シュレンケ地形の帯水湿地まで 741
と西風を主成分として西南西,西北西,北西の風
個が散在している(佐々木,2002).池塘や河川は
が 70%である.風速は冬季間が平均 5.6-7.4m/s と強
水生植物が豊富で固有種のウリュウコウホネやエゾ
く吹き,夏季(4 月から 10 月)は 1.9-5.1m/s(平均
ベニヒツジグサ,ウキミクリなど 150 種余の湿生植
2-3m/s)である.山系の東側山麓の新十津川町吉野
物が分布している(高橋・佐々木,2002).山地湿
や滝川は通年で 1.2-3.5m/s である.
原の中でも種多様性,群落多様度に富む雨竜沼湿原
この強い日本海からの冬季季節風は暑寒別岳と群
は 1990 年に暑寒別天売焼尻国定公園特別保護地区,
別岳の稜線を越え南暑寒岳を巻き,湿原へ吹き降ろ
2005 年にラムサール条約湿地に登録されている.
しの風となる.湿原全域で木道両側に生育するヌマ
ガヤやホロムイスゲの風上側の枯葉が木道を被い隠
3.冬季の雨竜沼湿原
3.1 雨竜沼湿原の初雪と消雪
している事象や,池塘に浮かぶ浮島が風下となる東
雨竜沼湿原の積雪深過程を高橋(2002)は「積雪
している.
側の池塘縁に着いていることが初冬からの風向を示
は 10 月下旬から始まり,1 月下旬まで直線的に増
加する.その後ゆっくり増加して 3 月に最深積雪を
3.3 湿原の積雪深
記録,4 月中旬から融雪が始まると急激に積雪深は
厳冬期,湿原の周囲山稜から全てを覆う広大な大
減少,5 月下旬から 6 月初旬に消雪する」と報告し
雪原は,風の吹き降ろしと吹き抜けにより大きな雪
ている.
紋を残し,ゆるやかに窪んだ中央部に雨竜沼湿原が
湿原は 10 月初旬,池塘に薄氷が張り暑寒別岳は
ある.
初冠雪で湿原にも雪が舞う.北海道の主峰・大雪山
湿原の積雪深について井上は 2000-2001 年に当時
旭岳と同時期で最近 20 年間の暑寒別岳の初冠雪は
の大沼テラス(標高 848.1m)で 4.5m 以上を計測し
10 月 11 日,この時期の湿原の日最低気温の平均が
ている(井上,未発表).この結果と湿原各地域の
3.5℃と寒く,日平均気温は 7.7℃で湿原の根雪は 10
標高と施設構造を参考に雨竜沼湿原の積雪深を推定
月下旬である.
する.この計測年度は山麓各地域で平年降雪量で,
湿原の消雪は冬季降雪量と春の気象条件に大きく
湿原も 6 月上旬に消雪して湿原の積雪深は平年値と
影響を受ける.平年は 6 月 11 日頃が消雪日で,湿
推定できる.
原辺縁部の一部に雪渓が残り,主な池塘は結氷し
積雪深を計測した大沼テラスから西方約 150m の
ているが散策に支障がない早春の湿原である.最
浮島橋木道分岐エリア(標高 846.4m)は,湿原内
も早い消雪日は 2002 年 5 月 20 日頃で,全道的に
でも低地帯である.しかし大沼周辺と一体となる
「雪が少なく暖かい冬」で経過した年である.しか
積雪状況からこのエリアの積雪深は 6m 以上と推定
し 2005 年は 6 月 20 日過ぎで湿原 I ブロック地域は
される.だが大沼と浮島橋エリアは湿原の融雪時
雪渓が木道を越え池塘複合体まで覆い,消雪日は 6
で最初に消雪して池塘や木道が現れる地域である
月 28 日頃と最も遅かった.消雪が早い年は 1998 年, (Fig.2).
2004 年,2008 年で 5 月下旬頃,遅い年は 1996 年,
大沼木道は湿原内木道の中で高標高域に位置して,
1999 年,2006 年,2010 年で 6 月中 - 下旬で,暑寒
この時点で他の湿原域は 0.5-1m ほどの積雪で覆わ
別が表すとおり,1-2 年ごとに 30 日以上の時間差
れている.このことは早く消雪する大沼や浮島橋エ
が生じている湿原の消雪である.
リアは大雪原の緩やかに窪んだ最低部に位置して,
他地域より積雪深が浅い地域と推定できる.
3.2 湿原に吹く風 冬季季節風
また湿原入口 A ブロックの湿原テラス横を流れ
暑寒別山系は日本海からの海風が強い地域であ
るペンケペタン川の河岸は,吹き溜まりとなり遅く
る.日本海に面した増毛町の 11 月から翌 3 月の冬
まで雪渓が残る.この地点の水面標高は 844.3m で
季間の風向は,気象庁札幌管区気象台の統計による
積雪は湿原テラスの立杭(標高 853.7m 地点)を覆
54
雨竜沼湿原の雪解け
い隠し , ペンケペタン川の水面からの積雪深は 9.4m
ペンケペタン川の河道部分も全域で割れ落ちる.展
以上である.
望台から俯瞰すると河川流域や辺縁部の残雪の白色
雨竜沼湿原の積雪深は浮島橋周辺の湿原域で 6m
と湿原の焦げ茶色の比率が日々変化して「縞模様の
以上,他の湿原域や湿原辺縁部や吹き溜まりとなる
湿原」を描いているが,主な池塘は氷塊で塞がれて
地域で 7-9m 以上,南暑寒岳北東斜面の展望台の下
いる.湿原の雪解けは湿原域,河川,池塘などの湿
の斜面は雪田となり 10m 以上となる.
原構成要素が特徴をもった雪解け景観を醸しだして
いる(Fig.3).
4.1 湿原域の雪解け
雪原の表層も日ごとにシャーベット状に変わり,
水が浮き小さな流れができてくる.各湿原域で雪解
け水が表流水となってペンケペタン川に注いでいる
(Fig.4).
Fig.2 大沼(池塘 A-13)と木道が現れる、早い消雪地域
4.雨竜沼湿原の雪解け
湿原を覆う積雪は融解や昇華により消雪する.湿
原域に樹林,高木など遮へい物がなく日射,気温,
風などの融雪に係る気象条件は全域で同一である.
4 月から気温の上昇とともに融雪が進み,融雪量は
平均気温にほぼ比例して気温 1℃に付き降水量に換
Fig.4 雪解け水は青い一筋となり雪原を流れる
算して 2-6mm の雪が解けるという.消雪は各湿原
広い外縁部を持つ D,K ブロックは湿原域が消雪
域の立地条件や積雪深で異なるが 5 月初旬にペン
した後もチシマザサ帯からの雪解け水が湿原域を水
ケペタン川下流域の川幅 20-30m 区間で雪原が崩落,
鏡のように静かに流れる.やがて辺縁部の水路が現
河道が現れる.5 月中旬までに湿原テラスが,下旬
れると流入せず,湿原は乾燥する.
頃には浮島橋付近までペンケペタン川の河道が開き,
E,F ブロックの後背斜面は積雪 10m を越す雪田
大沼木道や浮島橋分岐エリアも現れる. 日ごとに
で多量の雪解け水が継続的に流れ込み,平滑の滝の
湿原の積雪が減少して消雪した湿原域が大きくなり,
ようにケルミ ‐ シュレンケ複合体を越流した後に
一部は E-27,E-39,E-56 の池底亀裂から地下水脈
Fig.3 消雪した湿原域と残雪が織りなす雪解けの
雨竜沼湿原 Fig.5 ケルミ - シュレンケ帯を越流する雪解け水
55
佐々木純一
に流入している(Fig.5)
.
雪原の融雪が進む 5 月,河道部分の積雪下層も融解
I ブロックの外縁部チシマザサ帯にダケカンバ樹
して水面との間に空洞ができる.層厚 1-2.5m となっ
林帯があり,この樹林帯により特異的に風が吹き抜
た雪原は自重で割れ落ち,その後も河道側に滑り割
け湿原辺縁部から木道を越え,池塘複合体まで堅く
れ落ち,5 月下旬頃は浮島橋付近まで河道が開いて
しまった雪渓が覆う年がある.他の湿原域が消雪し
いる(Fig.8,Fig.9).
た後もこの雪渓は 6 月下旬まで残り,I ブロック両
側の支流 IR,JR 流域の低地沿いは 6 月初めで雪厚
2m を超す状態である(Fig.6)
.
Fig.8 河道が開いたペンケペタン川と湿原テラス
Fig.6 湿原外縁から湿原を覆いペンケペタン川まで
伸びる雪渓 湿原域で雪厚 50cm 位になると刳り抜いたように
割れ落ちた雪原に出会うときがある.積雪層の下と
湿原表層との空間を満たして雪解け水が流れ出て,
再び積雪層の下に流れ込む.ここに河道はなく雪解
け水なのか,外気温も 10℃を超える頃は泥炭地温
により積雪層も下層から融雪していると考えられる
Fig.9 割れ落ちる雪渓 ペンケペタン川
(Fig.7)
.
数日のち,湿原域がまだ雪原に覆われる中でペン
ケペタン川の中流域付近まで開いた河道で,雪解け
水で満たされ積雪圧から開放された河道は水面を盛
り上げ勢い良く噴出して流れ出る.
湿原域が消雪する 6 月初旬すぎ,外縁部集水域か
ら雪解け水を集めたペンケペタン川本支流は通常水
位より 1-2m 上昇した最高水位となり,蛇行部を越
流した流域冠水となる.ペンケペタン川の流出口と
なる湿原東端部は岩床で湿原内の河床より河床標高
が高く,通常水位より上昇分がオーバーフローで排
Fig.7 ハート型に割れ落ちた雪原の下を雪解け水が流れる
出される形態である.そのため増水時の河川は流域
4.2 ペンケペタン川本・支流の雪解け
の湿原域も含めた貯水ダムの役目を果たし,ペンケ
ペンケペタン川の雪解けはドラマチックである.
ペタン川は流れを止めたようにゆっくりと流れる
(Fig.10).
湿原域と比高がある河川流域を同一面で塞いでいた
56
雨竜沼湿原の雪解け
では全域で氷塊が繋がり,池塘内で移動や回転など
が出来ない.その後,氷厚が薄くなり融解分離,浮
遊しながら解氷する.
5.池塘の解氷
雨竜沼湿原は特徴の一つに池塘が多く存在して,
佐々木(2002)は 741 個を記録,高田(未発表)は
主な 218 池塘の面積などを求積して最大の池塘 H-1
の面積は 4,563m2 ,池塘の総面積は約 5.6ha である.
池塘の解氷は一般的には日射,気温,風などの気
Fig.10 流域冠水 ペンケペタン川支流 BR の雪解け増水
象条件や池塘の面積,水深と泥炭層から熱伝導に
4.3 池塘とシュレンケ帯の雪解け
よる水温への影響などの物理的要因が考えられる.
消雪直後の池塘やシュレンケ帯は結氷している.
湿原が消雪していた 2012 年 6 月 3 日(日最高気温
シュレンケ帯の小湿地は消雪と同時に日射などによ
17℃)の池塘の解氷状況と池塘水温(池底水温)と
り地温の上昇もあり,開水面を塞ぐ氷は周囲から融
池塘堤の泥炭地温(深さ 10cm)の相関を報告する.
解してシャーベット状となり 1-2 日ほどで解氷する.
で,氷塊周囲から融解して 2-3 日後に解氷する.し
5.1 同一湿原域における 3 個の大形池塘の解
氷状況
かし長径 5m 以上の池塘の氷塊は 10-30cm 厚の雪層
池塘 A-13(大沼 水深 130cm 面積 2,826m2)の
長径 3m 以下の浅い水深の小池塘の解氷形態も同様
(氷層)を水面上に出し,日射でザラメ状かシャー
池塘縁と並行する木道地域は最初に消雪する地域で,
ベット状となり解けた水が表層を流れる時があるな
大沼は解氷率 50%で氷塊が浮遊して水温は 5℃,地
ど,シュレンケ帯や小池塘と解氷状況が異なる様相
温は 10℃である.木道を挟んだ池塘 A-14(カキツ
である.
バタ池塘 水深 152cm 面積 1,856m2)の解氷率は
氷塊は水深が 100cm ほどの池塘では池底付近ま
30%で氷塊の周囲が溶けた状態で水温は 2℃,さら
で成長して浮いた状態であるが,それ以上の水深で
に隣の池塘 A-15(カサスゲ池塘 水深 110cm 面
確認していない.池塘を塞ぐ氷塊も水面付近は融解
積 2,693m2)の北側池塘縁は残存雪渓があり,解氷
して小さく見えても,水面下の氷塊は二枚貝が舌を
率は 3%で結氷した表層を融解水が流れている.こ
出しているような形状で,池塘壁に接するまでの大
のように消雪が早い湿原域で,近接して形態が類似
きな氷塊である(Fig.11)
.
した円形池塘だが解氷状況は三者三様である.
5.2 池塘の解氷率による水温,地温の相関
この時点で解氷している中-大形池塘はなく,池
塘の解氷率が 0 ~ 20%でほぼ氷塊で塞がれている
状態で水温 1-2℃,地温 10-12℃と低い.解氷率が
30 ~ 80%で氷塊が浮遊もしくは分離浮遊している
状態の池塘で水温 3-5℃,地温 10-13℃と僅かに上
昇している.だが直径 3-5m,水深 50cm 以下の小
池塘はすでに解氷していて水温 13-15℃,地温 1215℃である(Fig.12,Fig.13).
Fig.11 水面上の雪層と水面下の氷層、周囲が解氷した
浮島(池塘 A-19) 氷塊で塞がれた池塘の水温は氷の融解熱の作用な
不定形池塘や固定浮島が多く立地する池塘複合体
どもあり水温は 1-2℃と低く,泥炭地温も影響を受
57
佐々木純一
けて低い.日射を受け氷塊が溶けると水温が上昇す
るが地温に大きな変化が認められない.既に解氷し
ている小池塘は水温と地温がほぼ同一温度で,外気
温ほどに温められている.
また 6 月 24 日(日最高気温 21℃), 全て解氷し
ている 21 池塘の水温は 14-17℃,地温は 13-17℃と
ほぼ同じ温度である.しかしシュレンケ帯の小湿地
(水深 12-15cm)の地温は 17℃で他地域と変わらな
いが水温は 24-25℃と外気温より著しく高い結果に
なった.
Fig.12 湿原が消雪しても結氷している池塘(池塘 A-6)
池塘の解氷は長径 3m 以下の小池塘やシュレンケ
帯の小湿地は消雪と同時に融解するが,中形から大
形池塘では面積,水深,形状などによる解氷の速さ
に規則性が認められず,同一湿原域でも池塘ごとに
異なり個々の独立した水文環境を有していると推察
される.
6.天然の水がめ 雨竜沼湿原
高層湿原はミズゴケの存在で貯水機能と排水機能
を持つ.もし雨竜沼湿原が存在しなかったら雨竜は
大雨ごとに鉄砲水が流れ込み,今の繁栄は考えられ
Fig.13 不定形池塘の形どおりの解氷と固定浮島
(池塘 B-50) ない.雨竜沼湿原は春の雪解け水が水稲営農を,夏
は大雨被災を未然に防ぐ天然の水がめである.
降水量と融雪水量を同一山系で雨竜沼湿原の裾野
に真白い山肌に樹影が伸びる.最大積雪深が 10m
となる新十津川町・吉野の降水量と湿原一帯を含む
を超え約 624ha の集水域を持つ雨竜沼湿原の雪解け
流域の雪解け水を貯める雨竜町農業用水ダム・尾白
水と雨水はペンケペタン川から尾白利加川へ,そし
利加ダムの流入量(雨竜土地改良区による)を比較
て雨竜の水稲,畑作が潤される.「ゆめぴりか,な
した(Table 1)
.降水量は 4-6 月が年間で最底値だが,
なつぼし」などの米の銘柄は「全道米食味ランキン
水稲で最も水需要が多い 5 月は雪解け水の流入量が
グ」で長年最上位の評価を得ている.雨竜沼湿原一
年間の最大で平均 716m で,同月の降水量の 8.7 倍
帯域がもたらす豊富な水が雨竜の農業を,生活する
である.
人々と文化を育んでいる.
3
春の陽射しに山麓の雪が溶け出し,5 月は日ごと
Table 1 雨竜沼湿原山麓 新十津川町・吉野の降水量と雨竜町・尾白利加ダムの流入量
月
1月
空 知 吉 野(mm) 161.0
尾白利加ダム(m3)
―
2月
115.1
3月
101.3
4月
71.7
5月
82.7
6月
56.6
7月 8月 9月
108.4 150.5 168.8
―
―
307.9
716.3
224.4
175.2
91.4
52.1
10 月
170.3
11 月
194.5
12 月
187.3
―
―
―
備考 空知吉野の統計期間は 1981-2010 尾白利加ダムの統計期間は 2006-2011(10 月から翌 3 月まで貯水せず)
謝 辞
院農学研究院准教授 井上 京先生,GIS により池
本報告にあたり,雨竜沼湿原の積雪期の空中写真
塘の面積などを計測していただいた法政大学人間環
や積雪深のデータを提供いただいた北海道大学大学
境学部教授 高田雅之先生に感謝申し上げます.湿
58
雨竜沼湿原の雪解け
原の雪解け状況などの知見や同行いただいている岳
年記念論文集,北海道の湿原,189-203,財団法人前
田一歩園財団.
高橋英紀(2002):雨竜沼湿原の気象,辻井達一・橘ヒ
サ子(編),財団法人前田一歩園財団創立 20 周年記
念論文集,北海道の湿原,179-184,財団法人前田一
歩園財団.
高橋英樹・佐々木純一(2002):雨竜沼湿原のフロラと
絶滅危惧植物,辻井達一・橘ヒサ子(編),財団法人
前田一歩園財団創立 20 周年記念論文集 北海道の湿
原,205-216,財団法人前田一歩園財団.
友の簑島金次氏にお礼申し上げます.
引用文献
吉良龍夫(1948)
:温量指数による垂直的気候帯のわか
ちかたについて,寒地農学,2,143-173.
気象庁 過去の気象データ検索 <http://www.data.jma.
go.jp/obd/stats/etm/ >(参照 2012 年 7 月 10 日)
佐々木純一(2002)
:雨竜沼湿原の池塘地図,辻井達一・
橘ヒサ子(編),財団法人前田一歩園財団創立 20 周
59