D.抗体医薬

D.抗体医薬
近年、モノクローナル抗体の持つ特異性を利用した医薬品の開発が進んでいる。抗体医
薬は標的となる抗原に対して特異的に働くためにこれまでの医薬品よりも副作用を軽減さ
せ、かつ高い治療効果が得られることが期待されている。
(1)抗体の構造
抗体すなわち免疫グロブリンは,Bリン
パ球細胞が抗原に接触して産生する糖タン
パク質である.4本のポリペプチド鎖から
なり,2つの同一軽鎖(L 鎖)と2つの同
一重鎖(H 鎖)がジスルフィド結合してお
り,左右対称の Y 字型をしている.ヒトの H
鎖には構造の異なるγ鎖、μ鎖、α鎖、δ
鎖、ε鎖の 5 種類があり、この違いにより
免疫グロブリンがそれぞれ IgG,IgM,IgA,IgD,IgE のクラスに分類される.
IgG は,血清中抗体の 75 ∼ 80%を占め,抗原と結合する Fab 領域(Fragment antigen
inding)と NK 細胞などエフェクター細胞と結合する Fc 領域(Fragment crystallizable)から構
成される.Fab は L 鎖と H 鎖から構成され,それぞれ可変領域(variabele region),VL,VH
と定常領域 constant region,CL,CH に分けられる.可変領域には,直接抗原と結合する変
化が特に大きい超可変領域(相補性決定領域 CDR;complementarily-determining region)が,
軽鎖と重鎖にそれぞれ 3 つずつ(CDR1 ∼ CDR3)が存在し,それ以外の比較的変異の少
ない部分をフレームワーク領域 (framework region: FR) と呼び,L 鎖と H 鎖の可変領域
に、4 つ (FR1 ∼ FR4) 存在する。
(2)モノクローナル抗体の名前
抗原には,複数の抗原決定基(エピトープ)があり,自然の状態で抗原に反応して産生
される抗体は各々のエピトープに対する抗体やほかの抗体分子種の混合物(ポリクローナ
ル抗体)であるのに対して,モノクローナル抗体は,単一のエピトープに対して特異的に
結合する同一の抗体である.モノクローナル抗体の名前は,大きく以下の部分から成り立
っている。
固有名
+
標的
+
語尾(抗体の種類)
●標的
抗がん抗体の場合
-co(l)- colon
疾患やターゲットにより
(大腸)
-ba(c)-
bacterial
-ma(r)- mammary (乳房)
-os-(presubstem)
bone
-me(l)- melanoma (メラノーマ、黒色腫)
-ci(r)-
cardiovascular
-le(s)-
inflammatory lesions
-li(m)-
immunomodulator
-vi(r)-
viral
-pr(o)- prostate
(前立腺)
-tu(m)- miscellaneous (いろいろ)
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●語尾
マウス抗体(語尾が∼ omab)
1980 年代に臨床試験が行われたが、Fc 部分がマウス由来であるため効果が不十分であ
り、また投与後早期に異種抗原が形成され,アナフィラキシーや重篤なアレルギー反応が
発現し,抗体の半減期も短く使用されなくなった。
キメラ抗体(語尾が∼ ximab)
可変領域はマウス由来であるが、その他の定常領域をヒト由来の免疫グロブリンに置換
したもの。抗原と結合する可変領域はマウス由来であるが,補体やエフェクター細胞と結
合する定常部(Fc 領域)を含めて全領域の 70~90 %がヒト由来であり,アレルギー反応
の低減や半減期の延長が得られた.また,Fc 領域のヒト化によりエフェクター細胞との
親和性が高まった.
ヒト化抗体(語尾が∼ zumab)
可変領域のうち相補性決定領域がマウス由来で、その他のフレームワーク領域をヒト由
来としたもの。免疫原性はキメラ抗体よりもさらに低減し,90 %以上がヒト由来。
ヒト抗体(語尾が∼ mumab)
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(3)市販されている抗体医薬品
(サイトカインあるいはその受容体に対する抗体)
標的
一般名(商品名)
TNF
IL-6
分
類
主な適応疾患
インフリキシマブ(レミケード)
キメラ抗体 関節リウマチ
アダリムマブ(ヒュミラ)
ヒト抗体
トシリズマブ(アクテムラ)*1
ヒト化抗体 関節リウマチ,キャッスルマン病
関節リウマチ
EGFR セツキシマブ(アービタックス注射液) キメラ抗体 進行・再発の結腸・直腸癌
HER2
トラスツズマブ(ハーセプチン)
ヒト化抗体 乳癌
トラスツズマブ(ハーセプチン)
ヒト化抗体 乳癌
VEGF ベバシズマブ(アバスチン)
IgE
*1
ヒト化抗体 大腸癌,非小細胞肺がん
ラニビズマブ(ルセンティス)*2
ヒト化抗体 中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性症
オマリズマブ(ゾレア)
ヒト化抗体 気管支喘息
IL-6 受容体には膜結合型 IL-6 受容体の他に血漿中に遊離している可溶性 IL-6 受容
体が存在する。血漿中に遊離している IL-6 は、可溶性 IL-6 受容体または膜結合性
IL-6 受容体に結合した後、複合体を形成し、さらに細胞表面上に発現するサイト
カイン受容体の gp130 に結合してシグナルを伝えることが知られている。
トシリズマブは、可溶性 IL-6 受容体や膜結合性 IL-6 受容体に結合して、遊離 IL-6
との結合を阻害することで、下流のシグナル伝達を止める働きをする。
*2
Fab 領域のみの断片。
(細胞表面抗原に対する抗体)
標
的
CD3
一般名(商品名)
分
類
主な適応疾患
ムロモナブ-CD3(オルソクローン OKT3) マウス抗体 腎移植後の急性拒絶反応腎移植後
の急性拒絶反応
CD20
イブリツモマブ チウキセタン(ゼヴァリン)
マウス抗体 低悪性度B細胞性リンパ腫
リツキシマブ(リツキサン)
キメラ抗体 B 細胞リンパ腫,B 細胞ホジキン
リンパ腫
CD25
バシリキシマブ(シムレクト)
キメラ抗体 腎移植後の急性拒絶反応腎移植後
の急性拒絶反応
CD33
ゲムツズマブ オゾガマイシン(マイロターグ) ヒト化抗体 急性骨髄性白血病
RS ウイ パリビスマブ(シナジス)
ヒト化抗体 新生児,乳幼児の RS ウイルス感染
ルス
による下気道疾患の発症抑制
CD(cluster of differentiation 分化抗原群)分類
細胞膜表面に発現する抗原を,同じ表面抗原を認識する抗体群として分類したもの。も
ともとは白血球の表面抗原に対する抗体の分類を目的としたものであったが、赤血球や赤
血球、血管内皮細胞、線維芽細胞などの細胞表面分子に対する抗体も含まれるようになっ
た。
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