氏 名 後藤 順子 ( 医 学 ) 博士の専攻分野の名称 博 士 学 号 医工博 4 甲 第 130 号 学 位 授 与 年 月 日 平成26年3月20日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当 専 先進医療科学専攻 位 記 番 攻 名 学 位 論 文 題 名 Usefulness of a real-time bowel sound analysis system in patients with severe sepsis (pilot study) (重症敗血症患者におけるリアルタイム腸音解析システムの検 討)(パイロットスタディ) 論 文 審 査 委 員 委員長 教 授 佐藤 弥 委 員 准教授 深澤 瑞也 委 員 講 師 飯嶋 哲也 学位論文内容の要旨 (研究の目的) 近年,重症患者に対する早期経腸栄養が推奨されているが,重症敗血症患者の中には嘔吐・胃 内容物逆流・誤嚥性肺炎などの合併症のために,早期経腸栄養を断念せざるを得ない症例が存在 する.それら合併症の発生要因の一つとして腸蠕動運動の低下が知られており,早期経腸栄養の 期間中は適宜,腸蠕動運動の変化を評価することが重要である.一方,IL-6 などの炎症性サイ トカインの推移は敗血症の重症度の評価と治療効果の判定に有用である.しかし,重症敗血症患 者において重症度と腸蠕動運動の経時的変化との関係を明らかにした研究は今まで存在しない. 我々は以前にリアルタイムに腸蠕動運動を定量・可視化することができる非侵襲的な モニ タリング システムを開 発し,健 常人を対象に システム の有用性を報 告した. 今回, 我々はサイトカインが上昇するような重症敗血症患者では腸蠕動運動が低下し,重症度 の指標の一つになりうると仮定し,このシステムを用いて重症敗血症患者の急性期の腸 蠕動運動の推移を長時間に亘り測定し,腸音数と炎症性サイトカインであるIL-6血中濃 度との相関を評価した. (方法) 当院ICUに入室し ,人 工呼吸器 を装着し た成 人重症敗 血症患者 での うち本研究に同意 を得られた人の中で,IL-6血中濃度が100 pg/mL以上かつICU入室第28病日までの急性期 を対象 とした.ステロイドの 投与はIL-6 血中濃度 に影響を与えることが あるため,こ れら対 象患者を経過中にステ ロイドを投与されてい ない群(ステロイド非投 与群) と投 与 された群 (ス テロイド 投与群 )とに 分けて解 析した. 毎朝採血 し, IL-6血中濃度 ,CRP を測 定した. 血糖値はおお よそ 4〜 8時間 毎に測定 した.患 者の腹部に 4つ の音響センサ ーを貼付し,記録装置と音響センサーで構成されているリアルタイム腸音解析システム を用いて, 1分間毎の腸音数をリアルタイムに測定した.IL-6血中濃度と腸音数の解析 方法については,IL-6血中濃度測定日の前日,当日,翌日各24時間の腸音回数の平均値 を求め,IL-6血中濃度と腸音数との相関を解析した. (結果) 2011年 6月 か ら 2012年 12月 に ICUに 入 室 し 人 工 呼 吸 器 を 装 着 し た 成 人 重 症 敗 血 症 患 者 のう ち,IL-6血中濃度が 100pg/mL以上で 同意を得 られたのは 5名 , 全測 定時間は62,399 分 で あ っ た . ス テ ロ イ ド 非 投 与 群 は 3名 , 測 定 時 間 は 31,544分 , ス テ ロ イ ド 投 与 群 は 2 名,測定時間は30,855分であった. IL-6 血中濃度と翌日 24 時間(0 時-24 時)の腸音数を測定した結果,ステロイド非投与群では IL-6 血中濃度と腸音数に逆の相関を認めた(R=-0.76, P<0.0001) が,ステロイド投与群では, IL-6 血中濃度と腸音数の間に相関を認めなかった(R=-0.25, P=0.27).IL-6 血中濃度と当日 24 時間(0 時-24 時)の腸音数については,ステロイド非投与群では IL-6 血中濃度と腸音数が逆の相 関を認めたが,翌日 24 時間の腸音数に比しやや弱い相関であった(R=-0.62, P=0.0017),一方, ステロイド投与群では,IL-6 血中濃度と腸音数の間に相関を認めなかった(R=-0.17, P=0.48). なお,IL-6 血中濃度と前日 24 時間(0 時-24 時)の腸音数は,ステロイド群,ステロイド非投与群 ともに相関を認めなかった(ステロイド非投与群:R=-0.35, P=0.12; ステロイド投与群:R=0.02, P=0.95) なお,CRP と前日,同日及び翌日 24 時間(0 時-24 時)の腸音数いずれもステロイド群, ステロイド非投与群との相関を認めず,血糖値と血糖測定時刻の前後計 1 時間の腸音数もステ ロイド群,ステロイド非投与群ともに相関を認めなかった(Data not shown). (考察) ステロイド非投与群では,IL-6 血中濃度と腸音数が逆の相関を認めた.なかでも,IL-6 血中 濃度と翌日 24 時間の腸音数との間に最も強い相関を認めたことから,腸蠕動運動は IL-6 血中 濃度が高いほど抑制されることが示唆された. また,IL-6 血中濃度と前日 24 時間の腸音数と の間には相関を認めなかったことから,腸蠕動運動の抑制は,IL-6 血中濃度の上昇,つまり敗 血症により全身状態が悪化した結果であることが推測された. 一方,ステロイド投与群では,IL-6 血中濃度と腸音数の間に相関を認めなかった.ステロイ ドを投与すると有意に IL-6 血中濃度が低下することが報告されているが,今回ステロイド投与 群で IL-6 血中濃度と腸音数の間に相関を認めなかった.これは,ステロイド投与によって IL-6 血中濃度の値が低下しても重症度は IL-6 血中濃度の低下に相関して軽快しなかったためと思わ れる.反対にステロイド投与に影響を受けない腸音は,IL-6 血中濃度より重症度を反映するパ ラメータになる可能性があり,ステロイド投与群に対しては,より積極的に腸音数を継続的に測 定する意義があると考えている. このリアルタイム腸音解析システムを用いて腸音数と様々な臨床データとの相関を調べるこ とで,腸蠕動運動の関連について研究することが可能であり,さらに,経腸栄養剤投与のタイミ ングや特に人工呼吸器管理中の重症患者における至適な経腸栄養投与量についてリアルタイム に把握可能となることも期待される. (結論) 世界で初めてリアルタイムに腸蠕動運動を可視化・定量化することができる非侵襲的な モニタリングシステムを開発した.そのシステムを用いて重症敗血症患者の腸音数を計 測した結果,ステロイド非投与群では,IL-6血中濃度と翌日24時間の腸音数との間に最 も強い相関を認め,腸蠕動運動はIL-6血中濃度が高いほど抑制されることが示唆された. また,腸蠕動運動の抑制は,重症敗血症により全身状態が悪化した結果であることが推 測された.本モニタリングシステムは,重症敗血症患者においても腸蠕動運動を連続的, 定量的,非侵襲的に評価する方法として有用であると考えられた. 論文審査結果の要旨 腸管の蠕動運動を客観的に評価する方法として、共同研究者はリアルタイム腸音解析シスムを世界 で初めて開発した。このシステムでは、腹部に貼付した 4 つの音響センサーを用いて音を収集し、正 常腸音パターンのテンプレートと比較し、一致する 1 分間の腸音数をリアルタイムで計測することで、 腸蠕動運動を非侵襲的に可視化・定量化している。これまで、正常成人での評価が行われているが、 臨床上の有用性について検討は行われていなかった。 本研究では、ICU で管理され研究の承諾を得た重症敗血症患者(絶食、静脈栄養中)を対象にリア ルタイム腸音解析シスムを用いて 1 分間の腸音数を測定し、炎症性サイトカインの IL-6 や炎症に伴 い増加する CRP などの血中濃度との相関を評価・検討したものである。 重症敗血症患者のうち非ステロイド投与時では、IL-6 の血中濃度と測定当日および翌日の腸音数 が逆の相関を認めることを明らかにした。ステロイドの使用していない場合の IL-6 測定日前日やス テロイド使用時には、IL-6 の血中濃度と腸音数には相関が認められなかった。CRP 等測定された他の 検査データと腸音数には明らかな相関は認められなかった。このことより、腸蠕動の抑制は、IL-6 血中濃度が上昇する敗血症による全身状態の悪化によるものと推測している。IL-6 血中濃度はステ ロイド投与により低下するが、敗血症が改善したものではない。 以上の結果から、このモニタリングシステムで非侵襲的に測定される 1 分間の腸音数の変化が重症 敗血症における腸蠕動運動を連続的かつ定量的に評価する方法として有用であることを示唆したも のである。検討対象としたデータの処理方法に問題はない。検討対象の患者数が 5 例と少ないことが 問題であるが、パイロットスタディーと位置づけていることから、重症敗血症の重症度の評価方法と して「1 分間の腸音数」が使用できる可能性を強く示したことは新たな知見である。 腸蠕動運動を 1 分間の腸音数を指標として定量的かつリアルタイムに評価する手法について、臨床 的有用性を初めて明らかにしたもので、博士論文として適切であると判断された。
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