新しいβ崩壊半減期のrプロセス元素合成へのインパクト[1] - 国立天文台

新しい β 崩壊半減期の r プロセス元素合成へのインパクト [1]
西村信哉
(バーゼル大学)
梶野敏貴
(国立天文台/東京大学)
鈴木俊夫
(日本大学)
MATHEWS, Grant J.
(ノートルダム大学)
西村俊二
(理化学研究所仁科センター)
速い中性子捕獲過程(r プロセス)元素合成は、鉄よりも
に停滞したためである。この A ~ 120 がもともとのモデル
重い元素の半分とすべての超寿命放射性元素を作り出す起
(FRDM)では、生成量がかなり低くなっていたが、新し
源である。数十年にわたる理論的研究や宇宙の観測の発展
い反応率を適用することで、これを埋める方向に働いてい
にもかかわらず、その天体サイトは未だ明らかになってお
る。ただし、それだけでは観測値とのギャップはまだ残る。
らず、天文学における大問題である。
その点は、我々の RIBF+ による計算により、さらに生成量
一方で、物理的な条件やその基礎過程は明らかになって
を増やしていることが解決の示唆を与える。さらなる A ≥
いる。r プロセスは、爆発的天体現象などの中性子密度が
115 での質量の測定など、この範囲の質量数に関連する物
大きい環境で、まず中性子捕獲過程が連続して起こり、安
理量の測定が期待される。
定核からはるか遠くのより質量数の大きい非常に中性子過
金属欠乏性で過剰な存在量が確認されている [8] 質量数
剰な原子核ができる。それらの中性子過剰な核は、途中
A ≤ 120 までの軽い重元素(特に、その生成過程は、LEPP:
で起こる β 崩壊により原子番号を一つ増やすことができる。
light-element primary process と呼ばれる)に大いに関わっ
これにより、r プロセスが進んでいる経路上では、同じ原
ている。これらの観測量は、我々が明らかにしたように、
子番号での中性子過剰核が次々とでき、β 崩壊が早く進め
A ~ 110–120 の元素の不定性が結果に大きく影響する部分
ばさらに原子番号が上がり、最終的には重い核ができる。
である。この特定の原子核の領域の解明は、観測的な問題
逆に、対応する核の寿命が長ければ、そこがボトルネック
の解明へと繋がるであろう。
になり、最終的にはより多くの量が残る。
このように β 崩壊の半減期は、r プロセス元素合成に
とって重要な物理量であるため、近年、実験的に測定が進
められている。最近では、理化学研究所の仁科センターの
実験により、これまで実験値がなかったものを含む 100Kr、
103–105
Sr、106–108Y、108–110Zr、111,112Nb、112–115Mo、116,117Tc
などの 38 個の原子核について β 崩壊率の値がより詳細に決
められた [2]。
我々は、新たに測定された β 崩壊半減期に着目し、MHD
超新星爆発モデル [3] に基づいて、r プロセス元素合成への
影響を調べた。以下の 3 つのネットワークを作成し元素合
成計算を行って結果を比較した。まず、[3,4] でも用いた標
準的な質量公式 [5] による理論である(反応率は REACLIB
図 1.MHD 超新星モデルに基づいた r プロセス元素合成計算の結果を太
陽系の観測値(黒い点で,[7] を採用)と並べて図示してある.赤
い実線、緑色の点線,青い破線はそれぞれ FRDM(標準モデル)
,
RIBF,RIBF+ のネットワークによる計算結果である.
[6] から採用した)
。これに、新たな β 崩壊半減期を適用し
修正したものを RIBF と名付けた。さらにもう一つ、中性
子捕獲反応への影響についても、新しい実験から示唆され
る変更を考慮したものを作成した。これは、RIBF+ として、
質量数が 97 から 115 までの原子核に関して中性子捕獲率を
決める Q 値を補正したものである。
図 1 にこれらの計算結果を示した(左右は、横軸の範
囲が違うものである)。計算結果とともに太陽系の r プロ
セス元素 [7] も図示している。新たな β 崩壊率(RIBF)で
は、標準モデル(FRDM)と比較して、A ~ 120 あたりの
生成物が増えていることが分かる。これは、新たな崩壊率
の実験値では、対応する r プロセス経路上の半減期が小さ
くなっていて、中性子捕獲過程との競合の結果、よりそこ
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I Scientific Highlights
参考文献
[1] Nishimura, N., et al.: 2012, Phys. Rev. C, 85, 048801.
[2] Nishimura, S., et al.: 2011, Phys. Rev. Lett., 106, 052502.
[3] Nishimura, S., et al.: 2006, ApJ, 642, 410.
[4] Otsuki, K., Tagoshi, H., Kajino, T., Wanajo, S.: 2000, ApJ, 533,
424.
[5] Möller, P., et al.: 1995, At. Data Nucl. Data Tables, 59, 185.
[6] Rauscher, T., Thielemann, F.-K.: 2000, ADNT, 75, 1.
[7] Arlandini, C., et al.: 1999, ApJ, 525, 886.
[8] Travaglio, C., et al.: 2004, ApJ, 601, 864.