薬物相互作用(暫定版)

薬物相互作用(暫定版)
処方監査にあたって、処方薬間の相互作用は常に考慮しておく必要がある。この作業を怠ると、
場合によっては、重大な問題に直面することになる。とは、言うものの、一概に薬物相互作用と
いってもその程度はまちまちである。すぐさま投薬を中止しなければならないようなものから、
実際にはほとんど無視できるレベルの物まである。このあたりの見極めも必要である。有用性が
危険性を上回るかが判断基準の一つになると思われる。また、患者さんの訴えなどから、著しい
相互作用や副作用が考えられるときには、迷わず処方医に疑義照会し、その対応にあたるようし
たいものである。
相互作用のレベルと対応
危険性レベル
危険性☆☆☆☆☆
危険性☆☆☆☆
危険性☆☆☆
危険性☆☆
危険性☆
対応
薬物併用による危険度が有用性を上回るため、併用禁忌
例)アステミゾール + (マクロライド or アゾール系抗真菌剤)
通常は併用しないが、有用性が危険性を上回る場合のみ併用
a.代替薬がある場合
テオフィリン + シメチジン
→ テオフィリン + (ファモチジン or ラニチジン)を考
慮
シメチジンによってテオフィリンの代謝が阻害される
b.危険性が有用性を大幅に上回らない場合
併用の危険性を評価したうえで、危険性が最小になるように対処し
併用
a.代替薬を考慮
フェニトイン + アゾール系抗真菌薬
→ (ケトコナゾール or イトラコナゾール)を考慮
b.薬物相互作用を最小になるように対処
金属カチオン含有制酸剤 + ニューキノロン系抗生剤 → 服
用時点をずらす
c.モニターし有害事象を早期発見
炭酸水素ナトリウムなどの制酸剤 + キニジン
→ キニジン血中濃度↑の危険性あり
副作用をモニターリング
危険性が低いので特別の注意は必要ない
無視できる
相互作用のメカニズム
薬物相互作用のメカニズムとしては大きく分けて薬力学的相互作用と薬物動態学的相互作用の 2
種類がある。
1)薬力学的相互作用
作用が相反する薬剤、または同効薬の併用により、作用の減弱や増強が見られる。
例えば、抗血小板薬、高血圧治療薬、消炎鎮痛薬の多剤併用の場合など。個別指導や集団指導に
見られる指摘事例の幾つかは、この範疇に属する。
*協力的に作用
抗コリン薬 + パーキンソン治療薬、フェノチアジン系抗精神病薬、三環形抗うつ薬
降圧薬 + 狭心症治療薬、血管拡張薬、フェノチアジン
中枢神経抑制薬 + アルコール、抗ヒスタミン薬、鎮静薬、抗精神病薬
*拮抗的に作用
抗凝固薬 + ビタミン K
血糖降下薬 + 糖質コルチコイド
催眠薬 + カフェイン
レボドパ + 抗精神病薬(副作用として薬剤性パーキンソンニズム)
*生理的条件変化を介する相互作用
ジキタリス配糖体 + カリウム喪失性利尿薬
塩化リチウム + 塩分摂取量の制限、塩分摂取量の増大
塩化リチウム + チアジド系利尿薬
*受容体やトランスポーターを介した相互作用
表.
薬力学的相互作用例
作用点が異なる場合
薬物
併用薬
相互作用
ジキタリス
利尿薬
ジキタリスの感受性増
機序
低K血症によりNa+、K+-ATPase抑制。
大
交感神経刺激薬
β遮断薬
Ca 拮抗薬
心室性不整脈
両者共に異所性刺激生成誘発
過度の低血圧、心不全
陰性変力作用の増強
血圧効果作用の増強
房室伝導遅延作用の増強
スルフォニル尿素
血糖コントロール不良、 β遮断薬による耐糖能低下。エピネフリン
系薬(糖尿病薬)
低血糖からの回復遅延
の血糖上昇作用抑制
インシュリン
低血糖からの回復遅延
エピネフリンの血糖上昇作用抑制
抗凝固作用の増強
サリチル酸系薬の血小板作用の抑制
ワルファリン
サリチル酸系薬
三環系抗うつ
MAO 阻害剤
薬
スルフォニル尿素
めまい、嘔気、異常高熱、 三環系抗うつ薬によるアドレナリン受容
神経過敏、痙攣
体の感受性増大
血糖効果作用増大
低血糖反応の変化
系薬
インシュリン
アカルボース
スルホニル尿素系
組織インシュリン感受性増加
低血糖
腸管からのブドウ糖吸収抑制とインシュ
薬
リンによる細胞内へのブドウ糖の取り込
み促進
作用点が同じ場合
薬物
併用薬
クエン酸シル
硝酸薬
デナフィル
NO
相互作用
機序
急激な血圧低下
cGMP 上昇(全身の血管拡張)
抗コリン作用のある薬の組み合わせ
中毒性精神作用の増強
抗コリン作用の増強
(抗パーキンソン薬、三環系抗うつ
口渇、閉尿、イレウス、
薬、フェノチアジン系薬)
散瞳
ドーパミン D2 受容体などを遮断する
薬剤性パーキンソンニ
薬の組み合わせ(フェノチアジン類と
ズムなどの増強
D2 受容体遮断
メトクロプラミドなど)
抗不安薬、睡眠薬
アルコール
抗不安薬などの作用増
GABA 受容体結合の増大
強
アミノ配糖体
末梢性筋弛緩薬
筋弛緩作用増強
神経―筋接合部抑制
呼吸抑制
フロセミド
腎毒性の増強
尿細管上皮ホスホリピッドに結合
麻薬作用の減弱
オピオイド受容体での拮抗
シスプラチン
麻薬性鎮痛薬
ナロキソン
β2 刺激薬
β遮断薬
気管支喘息発作の増悪
β2 受容体の阻害
ニューキノロン
NSAIDs
痙攣
ニューキノロン系抗生剤による GABA 受
系抗生剤
容体阻害と NSAIDs による増強
2)薬物動態学的相互作用
ADME(吸収・分布・代謝・排泄)の各段階においてみられる相互作用。
①
吸収過程の相互作用
A.
薬物溶解速度
吸収速度は溶解速度に比例する。 → Cmax、 Tmax の変化
1. 消化管 pH
酸性薬物、塩基性薬物の吸収変化
制酸剤、アルカリ化剤、牛乳等の摂取による pH 変化に注意
シメチジン(ファモチジン) + イトコナゾール(ケトコナゾール)
→ イトコナゾール(ケトコナゾール)の溶解度が低下↓ → 吸収↓
テトラサイクリン
→ 吸収↓
+ 炭酸水素ナトリウム
→
テトラサイクリン溶解度↓
2. 界面活性物質の共存
脂溶性薬物の吸収が上がる。
3. 飲食物の影響
飲食物が溶媒として作用
B.
消化管内移動速度・消化管血流量
1. 消化管 pH
胃内 pH 上昇 → 胃内容物排泄時間↓ + 小腸からの吸収↑
2. 消化管運動機能
小腸への到達時間が短縮 → 吸収↑
3. 消化管血流量
消化管血流量↑ → 消化管から受動的に吸収される薬物の吸収↑
4. 飲食物の影響
食物摂取 → 自律神経 → 消化管運動↑ + 消化管血流量↑
C.
薬物の物理化学的変化
消化管内容物との相互作用で薬物の吸収が左右される
1. 吸着による吸収阻害
薬物吸着 → 吸収↓
クレメジン + 各種薬物
2. 複合体の形成
難溶性塩の形成 → 吸収↓
鉄剤 + テトラサイクリン
金属カチオン含有製剤 + ニューキノロン剤
牛乳、ヨーグルト + ニューキノロン剤
3. 薬物の不活性化
胃酸による薬物分解
ダーゼン等 腸溶コーティング
D.
初回通過効果
吸収過程における肝臓での薬物代謝
1. 薬物代謝酵素
代謝を受ける薬物は代謝酵素活性に吸収が左右される
2. 蛋白結合率
蛋白結合の強い薬物は肝臓での代謝を受け難い
3. 肝血流量
肝血流量↑ → 肝臓への薬物供給↑
(特に肝臓での代謝速度の遅い薬物に影響)
E.
1.
薬物輸送担体(トランスポーター)
ATP などのエネルギーを利用し、薬物の吸収、排泄に関与する
P-糖蛋白質
薬物の消化管への排泄に関与
*P-糖蛋白質の基質となる薬物
ジゴキシン、ジギトキシン、ベラパミル、シクロスポリン、タクロリムス、
コルヒチン、ロペラミド、キニジン、レボフロキサシンなど
2. その他のトランスポーター
ペプチド、アミノ酸、ビタミン D などをそれぞれ能動的に輸送する(吸収)
* トランスポーターの種類
MRP1、MRP2、OATP-A、OATP-C、OAT-1、OCT1、OCT2、OCTN1、
OCTN2、PEPT1、PEPT2 それぞれが、肝臓、腎臓、小腸、脳などで部位特異に
存在し機能している
F.
腸内細菌叢
抗生物質投与や疾病などにより腸内細菌叢が変化 → 吸収、代謝が変化
エリスロマイシン + ジゴキシン → ジゴキシン中毒
クラリスロマイシン + ジゴキシン
ロキシスロマイシン + ジゴキシン
②
A.
分布過程の相互作用
結合蛋白質
結合蛋白質の奪い合い(競合) →
ワーファリン + フェニルタゾン
トルブタミド + アスピリン
フェニトイン + バルプロ酸
B.
遊離薬物量↑
臓器血流量
組織への薬物分布速度は血流量に比例する
C.
血中イオン化率
酸性薬物、塩基性薬物
アシドーシス、アルカローシスでイオン化率が変化
→ 関門透過性などが変化
→
薬効↑or 副作用↑
③
代謝過程の相互作用
A.
1.
2.
第一層反応
CYP 阻害、競合
CYP の阻害、競合 → 薬物代謝速度↓ → 副作用↑
*CYP を阻害する薬剤
エチニルエストラジオール、シメチジン、ケトコナゾール、
イトラコナゾール、クロラムフェニコール、エリスロマイシン、
パロキセチン、リトナビルなど
*CYP を阻害する嗜好品など
グレープフルーツジュース(腸管での薬物代謝阻害)
CYP 誘導
CYP 誘導 → 薬物代謝速度↑ → 効果↓
*CYP を誘導する薬剤
フェニトイン、フェノバルビタール、カルバマゼピン、プリミドン、
リファンピシン、オメプラゾール、エリスロマイシンなど
*CYP を誘導する嗜好品等
喫煙、エタノール、セントジョンズワート
3. その他の代謝酵素阻害
B. 第二層反応
1. 抱合反応の促進
薬物の効果や副作用が左右される
2. 抱合反応の阻害
薬物の効果や副作用が左右される
C. 肝血流量
D.
蛋白結合量
④
排泄過程の相互作用
代謝や排泄が変化することで Cmax や AUC が変化する
→ 効果・作用時間の変化
肝疾患、腎疾患の場合には排泄量が下がり、薬物の持続時間や効力が変化する。
薬物が腎排泄型か、肝排泄型か、考慮する必要がある。
薬物の腎排泄方を評価する場合は、未代謝産物がどの程度、腎から排泄されるかをみる
A.
尿中排泄
1. 腎血流量
腎血流量↑ → GFR↑ → 排泄速度↑
2. 蛋白結合率
蛋白結合型薬物は糸球体ろ過されない
3. 尿細管分泌競合
4. 尿細管再吸収
薬物は受動拡散で尿細管より再吸収
尿 pH の変化により再吸収が左右される
尿の酸性化 → 酸性薬物の再吸収↑
*尿を酸性化する薬物
アスコルビン酸、アスピリン、サリチル酸、塩化アンモニウム
*尿をアルカリ性化する薬物
炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、水酸化マグネシウム、
アセラゾラミド、チアジド系利尿薬
B.
胆汁排泄
1. 肝血流量
肝血流量↑ → 肝臓への薬物の供給速度↑ → 胆汁への排泄↑
2. 蛋白結合率
蛋白結合率↓ → 遊離型薬物量↑ → 肝への移行量↑ → 胆汁への排泄↑
3. P-糖蛋白質
4. 腸肝循環
一部の薬物は胆汁中に排泄された後、腸管から再吸収され薬効をしめす。
薬物相互作用というと、兎角ネガティブなイメージで捉えられがちであるが、それをうまく利用
することで薬効をコントロールしたり副作用を軽減できたりする場合もある。さらに、ある薬剤
はそれをうまく利用して薬効を現している。
例1)NSAIDsをうまく組み合わせれば蛋白結合率の変化を利用し、少量の薬剤で十分な効果を
引き出すことができる。薬剤使用量を抑えることで消化管副作用の軽減を同時に図ることができ
る。
例 2)コレバイン
コレステロールの腸肝循環に眼をつけ、腸内でコレステロールをトラップ
することで血清コレステロール量の低下効果が現れる。
参考文献)
1)疾患別 病態生理と治療薬 EBM に基づく薬物治療のために 中島光好 監修
2)薬局 Vol.54 2003 年 2 月号 特集 薬物相互作用への新たなアプローチ 南山堂
3)薬局 Vol.54
2003 年 11 月号 特集 チトクローム p450・トランスポーターと臨床上重
要な相互作用 南山堂
4)薬局 Vol.52
2001 年 12 月号 特集 薬の消化管吸収と相互作用 南山堂
5)薬局 Vol.52 2001 年 2 月号 特集 薬と食・西洋薬と漢方薬の相互作用 南山堂
6)薬局 Vol.50
1999 年 10 月号 特集 薬物代謝と薬物間相互作用 南山堂
7)臨床と薬物治療 Vol.19 2000 年 9 月号 特集 食品と医薬品―その適切なかかわりとは
ミクス