北海道の多包条虫に対するネコの感受性及び市販スポットオン駆虫薬

道衛研所報 Rep. Hokkaido Inst. Pub. Health, 64, 97-99(2014)
北海道の多包条虫に対するネコの感受性及び市販スポットオン駆虫薬
(エモデプシド・プラジクアンテル製剤)の駆虫効果の検討
Susceptibility of Cats to the Hokkaido Isolate of Echinococcus multilocularis and Effect
of Commercial Anthelmintic (Emodepside/Praziquantel) Treatment
孝口
裕一
八木
欣平
Hirokazu KOUGUCHI and Kinpei YAGI
Key words:cat(ネ コ);Echinococcus multilocularis(多 包 条 虫);Hokkaido isolate(北 海 道
株);emodepside/praziquantel(エモデプシド・プラジカンテル)
北 海 道 に お け る エ キ ノ コック ス 症 は,多 包 条 虫
Table 1 Experimental Schedule
(Echinococcus multilocularis)の幼虫寄生によるもので,
近年は年間 10∼20名の新規患者が発生している.本疾患
Day
には著効を示す薬剤がなく,完治のためには病巣の外科的
切除しかないことから,道民にとって 衆衛生上の関心が
高い.北海道での主要な終宿主動物は,キツネ及びイヌで
あることが明らかにされている.一方,ネコについては,
自然感染例の報告はあるが,虫体の発育は未成熟であり ,
また,実験感染においても,定着率や発育が抑制されてい
ることから
重要な感染源とは認識されていなかった.
しかしながら,2008年に北海道の飼いネコ1頭の糞
中
から多包条虫の虫卵が検出された .このことは,北海道
においても,ネコの感染が人への感染リスクとなり得るこ
とを示している.終宿主動物への駆虫薬投与はエキノコッ
クス感染予防の上で,有効な手段であるが,ネコへの経口
投与はしばしば困難を伴う.これに対して,スポットオン
駆虫薬は投与が容易という利点を持つ.本研究の目的は北
海道で流行しているエキノコックスのネコへの感染に対し
て,市販スポットオン駆虫薬の有効性を評価する事にあっ
た.
1.供試動物
実験動物として市販されている5∼7カ月齢の雌ネコ
(narc:catus,三協ラボサービス)8頭を購入し,Table 1
に示した日程で試験を行った.体重は,感染開始4日前及
び感染後 20日目では 2.20∼3.00kg であった(Table 2)
.
供試動物は感染前に8日間馴化を行った.また,感染の前
日と5日前に寄生虫卵の有無を確認するために 糖浮遊法
による糞
離
内虫卵検査を行ったが,いずれも陰性であった.
な お narc:catus 系 統 の ネ コ は 2002年 に Siamese
Cat/CSK と北里大学獣医伝染病学教室で維持されていた
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−8
−7
−6
−5
−4
−3
−2
−1
0
1
2
3
4
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6
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23
24
25
Body
Egg
Necropsy
Infection Treatment
Weight
examination
○
○
○
○
○
○
○
Table 2 Body Weight of Experimental Animals
Cat number
I-1
I-2
I-3
I-4
II-1
II-2
II-3
II-4
Day-4
2.40
2.70
2.65
2.65
2.65
2.40
2.55
2.20
3.薬剤の投与
ネコへの感染 21日目に市販スポットオン駆虫薬(エモ
Day 20
2.85
2.95
2.75
3.00
2.90
2.70
2.85
2.50
デプシド・プラジクアンテル製剤)を,製剤の用法・用量
に従い,単回,頭蓋基部一カ所に滴下した.投与量は,動
物の体重が 2.5kg 以上5kg 以下であったことから,ピ
ペットの全量である 0.7mL を投与した.
4.剖検方法
感染 23日目にすべてのネコをセラクタール(キシラジ
ン)を用いて前麻酔し,3倍量のソムノペンチル(ペント
Body weight is indicated in kg.
バルビタールナトリウム)の過剰麻酔により安楽死させた.
剖検後小腸を採取し,6等 した断片を生理食塩水を満た
実験用ネコ( 雑種)を導入し, 雑種として生産開始し
したボトルに けた.それぞれの部位別に実体顕微鏡下で
たものである.
虫体を回収し,頭節を数えることにより虫体数を計測した.
5.駆虫薬の有効性の判定
2.実験感染
離株である.これは
回収した寄生虫数を Table 3に示す.投与群(Group
1987年5月 20日に北海道根室市で捕獲されたエゾヤチネ
:4 頭)は す べ て 0 で あった の に 対 し,未 処 理 群
ズミ Myodes rufocanus bedfordiae に感染していた多包条
虫の幼虫(多包虫)をコトンラットで継代し,さらに原頭
(Group :4頭)のネコ1頭あたりの寄生虫体数の(幾
何)平 は 71.2匹であった.
感染に用いた多包条虫は北海道
節をイヌに感染させ,それ以降イヌとコトンラットを用い
被検薬剤の有効性は以下のように計算した.
て虫卵を介した継代方法により北海道立衛生研究所で継代
有効率(減少率)
(%)
=(N2−N1)
/N2×100
維持されているものである.
N1=投与群による虫体数の幾何平
N2=未処理群における虫体数の幾何平
イヌの糞
中から得た虫卵 200個をコトンラットに経口
的に感染させた.外部から肉眼的に幼虫の発育を確認した
その結果,今回の試験における薬剤の有効率は 100%で
コトンラットを,ネコへの感染当日に安楽死させ,肝臓に
あった.
形成されたシストを 離した.水疱の形成の少ない,原頭
虫体の多くは未成熟であったが,頭節以外に2から3片
節が豊富であると えられる部位を選び,その一部の原頭
節を形成する虫体も少数ながら認められた(Fig.1).
節含有量を計測し,ネコへの投与量が 10万原頭節/頭と
なるようにシスト重量を調整した(約 2.3g)
.ネコへの
6.結論・ 察
感染は,このシスト塊を喉の奥に入れることにより行った.
本試験の結果,ネコの多包条虫北海道 離株感染に対し
すべてのネコは速やかに嚥下を行い,その後,嘔吐は認め
て,市販スポットオン駆虫薬(エモデプシド・プラジクア
なかった.
ンテル製剤)の投与が有効であることが明らかとなった.
今回の実験の未処理群における寄生虫体数および虫体の発
Table 3 Effect of Emodepside/Praziquantel Treatment on the Experimental Infection
of Echinococcus multilocularis in Cats
Group
Group I (treated)
I-1
I-2
I-3
I-4
Group II (untreated)
II-1
II-2
II-3
II-4
Number of adult worm harbored in the small intestine
1
2
3
4
5
6
Total
0
0
0
0
0
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0
0
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0
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9
1
14
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0
1
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91
0
1
4
661
0
2
118
794
0
5
302
121
2
18
425
1681
Small intestine was divided into six parts (number 1 to 6) from the pyloric region.
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それによってもたらされる多数の感染ノネズミの存在は,
ネコのエキノコックス感染の機会を高める事が予測される.
ノネズミを多数捕食できる環境にあるネコに対する本駆虫
薬の適用は,ヒトのエキノコックス感染予防に有効である
と えられた.
稿を終えるにあたり,本研究を支援していただいた,バ
イエル薬品㈱動物用薬品事業部及び Meiji Seika ファルマ
㈱動薬飼料部の皆様に深謝いたします.
文
献
1) 八木欣平,高橋 一,服部敬作:根室市で検出されたネコ
の未成熟多包条虫寄生例について.道衛研所報,34,6869(1984)
2) Kamiya M , Ooi HK, Ohbayashi M :Susceptibility of
cats to the Hokkaido isolate of Echinococcus
multilocularis. Jpn. J. Vet. Sci., 48, 763-767 (1986)
3) M atsumoto J, Yagi K:Experimental studies on
Echinococcus multilocularis in Japan, focusing on
biohazardous stages of the parasite.Exp.Parasitol.,119,
534-541 (2008)
4) Nonaka N,Hirokawa H,Inoue T,Nakao R,Ganzorig S,
Kobayashi F,Inagaki M ,Egoshi K,Kamiya M ,Oku Y:
The first instance of a cat excreating Echinococcus
multilocularis eggs in Japan. Parasitol. Int., 57, 519 -520
(2008)
Fig.1 Adult Worms Isolated from the Small Intestine
of an Experimental Cat in Group II (Untreated
Group)
Two or three proglottids were observed.
育状態は,北海道 離株多包条虫に対するネコの感受性は
低いというこれまでの疫学情報や,実験感染の結果から得
られた結論を支持するものであったが,ネコのリスクを否
定するものではなかった.キツネの高感染率状態が続き,
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