物 質と重金属集積植

地質と重金属集積植物 名古屋大学大学院生命農学研究科教授理学博士竹中千里
鉱山跡地を訪れると、必ずといっていいほど目にするシ
この植物は花が咲いていないとほと
ダ植物がある。ヘビノネゴザ(力ゐ函〟∽γ0丘0∫Ce乃∫e)、別
んど目立たない草なのだが、実は、高
名「金山草」ともいい、昔から鉱床を探す山師の指標植物
として知られている。このシダは、重金属である銅(Cu)、
濃度でCdやZnを集積することができ
亜鉛(Zn)、カドミウム(Cd)、鉛(Pb)、亜鉛(Zn)を高濃度
あdJJgrfge∽∽蜂rd)という名のアブラ
で蓄積する重金属集積植物である。春には、このシダの
ナ科の植物である。近年、このような
周辺に白い小さな花をつける草を見つけることができる。
重金属を高濃度で集積する植物は、重金属汚染土壌の
るハクサンハタザオ(Arα鋸dop∫わ
浄化への利用可能性から注目を集めている。現在、世界
中で400種以上の重金属集積植物が報告されている
が、そのうちの300種近くは、超塩基性でニッケル(Ni)を多
量に含む蛇紋岩地域で見つかっている。なぜこれらの植
物が重金属を高濃度で蓄積するのかについてはさまざま
な説があり、毒性をもつ重金属の蓄積による病原菌や捕
食者からの防御や、自らの落ち葉により根圏の重金属濃
度を高めて他の植物の侵入を防ぐ一種のアレロパシー効
果といった機能が報告されているが、いずれにしても、重
金属濃度の比較的高い土壌環境でそれらの植物が培っ
てきた生存戦略ということができる。
多田銀山
中ページに続く
重金属集積植物の利用
重金属集積植物を汚染土壌の浄化に利用する手法を
ファイトレメデイエーションという。2011年3月の福島第一
原子力発電所事故後、放射能汚染が問題となった地域
で、ヒマワリが至るところに植えられていた光景は、記憶に
新しいのではないだろうか。あれは、ヒマワリが放射性セシ
ウムを高濃度に吸収する能力をもつらしいという情報か
ら、ファイトレメデイエーションによる除染効果を期待して、
多くの人が植えたものである。しかしながら、「あまり効果が
タカノツメ
認められない」という農水省の報告によりその期待は裏切
い。この事実は、タカノツメがCdを積極的に吸収・蓄積し
られ、その後は排土・客土といった物理的な手法により除
ていることを意味する。
染が進められ現在に至っている。
カドミウムで汚染された土壌に対するファイトレメデイ
エーションの効果を、木本植物であるタカノツメと1年生草
本であるハクサンハタザオで比較してみる。ハクサンハタザ
オは菓中に最大1810mg/kgのCdを蓄積することができ
るが、バイオマスが非常に小さい。一方、タカノツメは樹体
中のCd濃度が平均して約80mg/kg程度であるが、バイ
オマスは大きく毎年増大する。ざっと見積もると、同じ汚染
レベルの土壌の浄化に、タカノツメではハクサンハタザオの
約10倍の時間を要すると試算された。1年生草本は、毎
年、種まきと収穫をしなくてほならないのに対し、タカノツメ
は伐採まで放置しておくだけである。手間暇をかけて短期
ヒマワリ
間で除染するか、手間をかけずに時間をかけて除染する
果たしてファイトレメデイエーションは使えない技術なの
だろうか。それを評価するには、汚染の程度や、除染にか
ける時間や費用を考慮すべきである。高濃度に汚染され
た土壌を短期的に除染しなくてはならない場合にはファイ
トレメデイエーションは不利である。しかし、低レベル汚染で
時間をかけることが許される場合、集積能力のある樹木を
植栽して浄化を行うことは有効であろう。重金属の集積能
力のある樹木のひとつとして、ウコギ科の落葉広葉樹であ
るタカノツメ(Gα∽鋸gd乃托OVα〝∫)を紹介する。タカノツメは
その冬芽が「鷹の爪」に似ていることが、その名の由来と
言われている。この樹木は、CdやZnを葉や木部に集積す
コシアブラ
る特徴をもつ。鉱山跡地のような土壌中のCdやZnの濃度
か、ファイトレメデイエーションはさまざまな状況に応じて、植
が高い場所のみならず、Cd濃度の非常に低い非汚染土
物種を選び利用する技術である。
壌においても、樹体中のCd濃度は他の樹種より有意に高
放射能汚染問題では、放射性セシウムの吸収能力の
高い樹木として、マンガン(Mn)の集積植物としても知られ
ているウコギ科木本植物コシアブラ(ge〟拍erococc〟∫
∫Cfd血タカyJJofde∫)が注目されている。コシアブラのセシウ
ムの吸収・蓄積メカニズムはまだ不明であるが、半減期が
30年と長い放射性セシウム汚染に対して、特に対策の進
んでいない森林域では、このコシアブラの特性を利用した
除染は有効かもしれない。ヒマワリで否定されたファイトレ
メデイエーション技術を、撹乱が少なく環境に優しい除染
方法として、もう一度見直して欲しい。
福島県川俣町の除染現場(2014年)
イチイガシ林が存続してきた要因を考える −その4:イチイガシの今一
理学博士・社叢学会副理事長 菅沼孝之
岐阜県内をくまなく調べたわけではないが、印象に残っ
ているイチイガシは、西南部の県境に近い垂井町に鎮座
する美濃国一宮である南宮大社の境内に生育している2
本である。
社叢でよくみられるイチイガシは、和歌山県では低山地に
ひろく分布し、近畿では広大な生育圏をもっているといえ
る。古代の近畿を想像できる林相の神社が点在している
が、こうした樹林の行く方を見据えておかないと、やがては
都市圏内の森林同様に現代の人間の好みの色彩に染め
られてしまうであろう。
京都府の南端の木
津川市に、和伎座天乃
夫岐頁神社、通称、涌
出宮が鎮座している。
不動川が木津川に合
流する直前に、不動川
イチイガシの葉
ばらくご無沙汰していたので、5月上旬に木津川の左岸、
近畿日本鉄道京都線の祝園(ほうその)駅側から遠望し
たが、森林が喬に包まれたようになって見えなかった。そこ
でJR奈良駅まで引き返し、棚倉駅で下車して涌出宮まで
足を運んだときのことである。イチイガシの若葉には葉の両
の流れに沿うように存在
面に黄褐色の星状毛が密生していることを思い出した。こ
の葉は昆虫たちにとって好物であったのではないか、さら
する宮城には、京都府
には、この木は食害から逃れ、生きのぴるために毛を葉の
では珍しいイチイガシの
全面に生やしたものではないかと。育ち盛りの苗木の葉が
樹林が生育している。し
盛んに食べられている光景が思い出された。
南宮大社のイチイガシ
植物の種問雑種形成
株式会社テイコク環境部 谷早央理
野外で植物を見ていると、2種類の植物の中間的な特
徴をもった、どっちつかずな植物に出会うことがある。この
ような植物は、もしかしたら異なる2種の種間交配によって
生まれた雑種かもしれない。人間の子どもが両親のそれ
ぞれの遺伝子を受け継いで見た目や体質が似るように、
雑種の植物も異なる2種の両親の特徴が混ざった中間的
な性質の子どもが生まれることがある。自然界において種
間雑種はよく観察されており、植物ではイネ科やコナラや
サクラ、マツの仲間などで見られる。東海地方にのみ生育
し、初春に華やかな花を咲かせて親しまれているシデコブ
シもその一つだ。シデコブシと遺伝的に近いタムシバとは、
シデコブシとタムシバの雑種の稚樹
近くに生育していれば自然交配を行い、雑種が形成され
れているが、種や生育環境など多くの要因が複雑に関連
ていることが分かっている。
種間交配が生
シデコブシ
していることから、種問交配の起こりやすさも種に与える影
じることによって、
響も様々であると考えられている。例えばシデコブシとタム
植物にどのような
シバの場合は、同種同士の交配ほどではないものの種間
影響がもたされ
交配による種子は多くつくられており、種子が発芽して成
るのだろうか。現
木になり、さらに繁殖も可能であることが分かっている。こ
在も世界中の
様々な植物を題
材に研究が行わ
のように、種間交配が長年にわたり繰り返されていけば、
未来はシデコブシとタムシバの雑種が別種として誕生して
いるかもしれない。
身近な川での魚採り 名古屋女子大学講師小椋郁夫
立春も過ぎ、岐阜市近郊の用水で魚の調査。胴長をは
ィ、ウグィ、カワムツ、アプラハヤ、ドジョウ、ウナギ、メダカ、カ
き、タモ綱を持ち、下流から200mほどを採集する。突然、
ダヤシ等が採集できた。特定外来種のカダヤシ以外は、調
サギが飛び去る。気温6度、水温9度、川幅3m、水深30
査を終えたらリリース。どんどん殖えますように‥・。
∼60cm。
ふと地面を見たら、オオイヌノフグリの青い花が咲いて
水中や水際の水草の中、水中にある壊れた竹筒や塩ビ
いる。タンポポも春の七草のいくつかも。日差しが暖かい。
筒、空き缶、ゴミの間隙など、いろいろな場所に魚が潜む。
皆さんも時にはタモ綱を持って魚を採集し、その記録を交
竹筒や塩ビ管は本流などで仕掛けた漁具の一部が流さ
れてきたものだろう。川岸の畑で野菜を栽培している方に
流したらいかがであろうか。後々の貴重な資料になる。
声をかけられる。
「最近、県外の車までこんな用水に魚を釣りに来られるが
どうしてかな?」…・。観賞魚として人気のあるカネヒラ、ヤ
リタナゴ、アブラボテ、タイリクバラタナゴが生息しているの
である。一時間ほどで約300匹採集。半分がモロコ。ヤリタ
ナゴ、タイリクバナタナゴ、カネヒラ、アブラボテなどのタナゴ
の仲間が二割、ギンブナ二割、残りはモツゴ、シマドジョウ、
オイカワ、カワヨシノポリ、ナマズなど。別の日にはコィ、ニゴ
岐阜市郊外の用水
地 球
自然学総合研究所副理事長 篠田寿
太陽系第三惑星、地球。
濃度が上昇したことでオゾン層が形成されるなど、その後の
現在、私たちが知る限り生
進化への影響は極めて大きかった。
命体の存在する唯一の惑
出展:気象庁のひまわり8号による画像
古生代に入ると、突如「カンブリア爆発」と呼ばれる生物の
星である。太陽からの距離、
大進化が起きた。背椎動物を始め、現在の地球上で見られ
地球の大きさ、月の存在な
る動物界の門が出揃ったのは、わずか500万ないし1000万
どの様々な要因が偶然に
年の間の出来事であった。続いて陸上に進出した生命は5
重なり、表層に多くの水を湛
度の大量絶滅を乗り越え、多種多様に進化した。中生代と新
え、多様性に満ちた様々な
生代の境である5度目の大量絶滅によって恐竜が姿を消す
生物が活動する現在の地
と、晴乳類の多様性が増大して霊長類が出現した。二足歩
球環境が形成された。
行する人類が地球上に出現したのは、やっと470万年前のこ
地球誕生は約46億年前と推定されている。ガスや宇宙塵
とである。
がぶつかり合いながら巨大になり、徐々に冷えて固まった岩
46億年を経た地球にとって私たち人類は最も後発であり、
石質の惑星が形づくられた。また、大気に含まれていた水蒸
新参者だが、倣慢にも地球を創り、支配し、変えられるなどと
気は雨となり地上に降り注ぎ海が形成され、その海に大気中
の二酸化炭素等が吸収され、残された窒素が現在の大気
勘違いに陥りやすい。人間にとっての自然災害は、インフラ・
エネルギーなどの開発により傷ついた地球を、地球自ら地震・
の主成分となった。
土砂崩壊・洪水という形で治しているように思える。人間は地
生命体の最古の化石は約35億年前、古生代以前のもの
球に傷を付ければ付けるほど、災害というしっぺ返しを被る。
で、細菌の化石である。その後、時期は諸説あるが、光合成
様々な多くの偶然が、この美しい地球を創り上げ、それを自
によって酸素を排出するシアノバクデノアが大発生したことに
然と呼ぶならば、自然の偉大さに人間の及ぶところではない
よって、大気中の酸素濃度が上昇していった。大気中の酸素
と知る。
編集後記
木々もすっかり芽吹き、新緑の菜が茂る季節となりました。今回は「生命の起源、歴史、遺伝」「植物の歴史」をテーマに、各分野の方々
に執筆していただきました。お時間のあるときにでも是非お読みください。
編集委員長 村瀬弘
発行:一般財因法人自然学総合研究所 〒502−0933岐阜県岐阜市日光町7−27 TEL:058−297−3368 FAX:058−297−3378
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編集:D&U委員会
協賛:株式会社テイコク ランドアート&デザイン研究所 ㈱東海応用生物研究所