原発ADRの到達点と課題

論 説
原発ADRの到達点と課題
高 瀬 雅 男
目 次
1 はじめに
2 原発ADRの制度的特徴
3 原発ADRの活動
4 紛争解決規範
5 精神的損害(慰謝料)
6 原発ADRの到達点と課題
1 は じ め に
現在2014年12月、福島原発事故から3年9カ月、原子力損害賠償紛争解決
センター(以下「原紛センター」という。)の和解仲介手続(以下「原発AD
R」という。)が開始されてから3年4カ月が経過した。原発事故は未だ収束
せず、約12万人の県民が県内外に避難し、先の見えない不安な生活をおくっ
ている。この間、多くの被害者は、加害者・東京電力に対して謝罪、原状回
復、損害賠償を求めてきた。損害賠償請求についていえば、現在、東京電力に
対して、①直接請求、②原発ADR申立、③民事訴訟が並走している。
原発ADRは、大量不法行為をおこなった東京電力に対して、被害者が膨大
な損害賠償請求を行うことを予想し、直接請求や民事訴訟とは別に、裁判外紛
争解決制度として設けられたもので、その目的とするところは、原子力損害賠
償に係わる紛争の「迅速かつ適切な解決」
(仲介業務規程1条)である。
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1
行政社会論集 第 27 巻 第3号
原発ADRは、3年を超える活動の中で、一定の紛争を解決してきた(全部和
解件数(累積)が既済件数(累積)の約8割を占める。
)
。これに対して県内外
に避難している被害者、滞在者が提訴している集団訴訟は、目下審理中であ
り、判決で出るまでになお時間を要する。民事訴訟に先行する原発ADRにお
いて形成された紛争解決規範が、裁判所を拘束することはないが、事実上の影
響を与えることは考えられる。
本稿の目的は、3年を超えた原発ADRの制度的特徴、活動、紛争解決規範
及び慰謝料に関する公表和解事例の一部を、それが目的とする「迅速な解決」
「適正な解決」という観点から検討し、到達点と課題を明らかにすることであ
る。なお仲介委員が参照する指針を作成した原子力損害賠償紛争審査会(以下
「原賠審」という。
)の設置形態、委員の構成、指針の性格、精神的被害の調
査、避難慰謝料の根拠づけなどについて厳しい批判1)が寄せられている。し
かし本稿は、原則としてこれらの問題には立ち入らず、指針の枠組みを前提と
したうえで、原発ADRが、原子力被害の特質を踏まえて、どれだけ「迅速な
解決」「適正な解決」をしたのか、指針にどれだけ「横出し」
「上乗せ」したの
か検討することを目的とする。
2 原発ADRの制度的特徴
(1) 原発ADRの法的根拠
原発ADRは、どのような法的根拠に基いて設けられたのであろうか。わが
国では、原発事故により被害を被った者は、原則として民法・不法行為法(明
治29年法律89号)に基づき、加害者(原子力事業者)に対して損害賠償を請
求することができる。この場合、被害者は加害者の故意・過失、権利・法益侵
害、損害の発生と損害額、加害行為と損害の発生との間の因果関係などを立証
しなければならない。民法・不法行為法は、19世紀西欧の法思想を反映し、
立場の対等性・互換性ある抽象的市民を前提に、市民の自由な経済活動を保障
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2
原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
するため、従来の結果責任主義に代えて、過失責任主義を採用したものであ
る。しかし20世紀に入ると大企業の危険な活動が登場し、深刻な被害を発生
させるようになった。不法行為の合理性を担保してきた被害者と加害者の立場
の対等性・互換性が失われ、大企業は危険な活動からもっぱら利益を得る一
方、住民はもっぱら被害を受けるという構造が形成され、「受益」と「受害」
の立場の互換性が失われることになった。このような実態の下で過失責任主義
による責任限定は、大企業に一方的に有利に、住民に一方的に不利に働くこと
になる。そこで過失責任主義の合理性を担保してきた前提が消滅した以上、過
失を要件としない責任原理、すなわち無過失責任主義への転換が要請されるこ
とになった。
20世紀後半に実用化された原子力発電所は、核分裂によって危険な放射性
物質を生み出すものであり、ひとたび事故が起これば、その被害は甚大であ
る。わが国への原子力発電所の導入と合わせて制定された原子力損害の賠償に
関する法律(昭和36年法律147号、以下「原賠法」という。)は、無過失責任
主義を採用した民法の特別法である。原賠法は、相矛盾する「被害者の保護」
と「原子力事業の健全な発達」(1条)を目的とし、(a)原子力損害賠償制度及
び(b)原子力損害賠償に関する紛争解決制度について定めている。(a)について
原賠法は、原子力損害の定義(2条2項)、無過失責任・無限責任と「異常に
巨大な天災地変又は社会的動乱」の場合の免責(3条1項)、責任集中(4
条)、損害賠償措置制度(6~ 15条)
、賠償措置額を超えた場合の国の援助
(16条)
、事業者免責の場合の国の救済、被害拡大防止措置(17条)などにつ
いて定めている。
また(b)について原賠法は、
「原子力損害の賠償に関して紛争が生じた場合に
おける和解の仲介及び当該紛争の当事者による自主的解決に資する一般的な指
針の策定に係る事務」を行う原子力損害賠償紛争審査会の設置について定めて
いる(18条)
。すなわち原賠審は、①「原子力損害の賠償に関する紛争につい
ての和解の仲介」、②「原子力損害の範囲の判定の指針その他の当該紛争の当
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行政社会論集 第 27 巻 第3号
事者による自主的解決に資する一般的な指針」の策定、③「原子力損害の調査
及び評価」に関する事務を行うのである。原賠法18条は1999年のJCO事故
の教訓を踏まえて改正されたもので、紛争解決の方法として、①指針による当
事者間の直接交渉と②和解の仲介を予定している。
(2) 原発ADRの必要性
それでは原発ADRは、どのような必要性に基づいて設けられたのであろう
か。原子力発電所がひとたび事故を起こせば、放射性物質が広範囲に放出さ
れ、被害者数、損害の種類の多様性、請求数、賠償額などにおいて、前例のな
い大規模な請求が予想される。このような賠償請求を、被害者と東京電力との
直接交渉に委ねておけば、被害者の負担、解決の公平性・公正性・透明性にお
いて問題が残り、他方、裁判に委ねれば被害者の負担や裁判所の処理能力から
問題が残ることが予想される。そこで日本弁護士連合会は、「多数の被害者の
早期救済と公正な解決のために、この原子力損害賠償に係る紛争に特化した中
立的なADR機関を立法により設立すること」を政府に提案した2)。この提案
は政府に採り入れられたが、時間の関係で立法化は見送られ、政令改正によっ
て原賠審の下に原紛センターが設けられたのである。
(3) 原紛センターの組織
原紛センターは、
「原子力損害の賠償に関する紛争の迅速かつ適正な解決」
を図るため、原賠審の和解仲介手続を実施する組織として設けられたものであ
る(仲介業務規程1条)
。原紛センターは、総括委員会、パネル(仲介委員
会)
、原子力損害賠償紛争和解仲介室(以下「和解仲介室」という。
)から構成
されている。
総括委員会は、原賠審が指名した委員長及び委員2人(原賠審の特別委員、
非常勤の国家公務員、裁判官経験者、弁護士、学者などから指名)で構成さ
れ、①事件ごとの仲介委員の指名、②仲介委員の実施する業務の総括、③和解
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原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
の仲介手続に必要な基準の採択・改廃などの業務を行う3)。
仲介委員は、総括委員会の指名により事案ごとにパネルを構成し(単独また
は合議体)
、面談、電話、書面等による事情の聴取や中立・公正な立場からの
和解案の提示を行う。主に東京三弁護士会の推薦に基づき、選任され、2014
年11月現在、282名である。弁護士業との兼業が認められている。
調査官は、事案に関する調査、パネル間の調整、和解案の作成などを担当
し、仲介委員を補佐する。若手弁護士又は法曹資格者が採用されており、
2014年11月現在、188人である。大量採用のため、公募されている。
和解仲介室は、文部科学省研究開発局原子力課に置かれ(要綱7条)、和解
仲介に関する庶務を行うもので、文科省の職員のほか、法務省や裁判所の出向
者から構成されている。原紛センターの2014年度予算は47億円4)である。原
紛センターは、事務所として第一東京事務所、第二東京事務所、福島事務所及
び県北支所、会津支所、いわき支所、相双支所を置いているが、福島県、東京
都以外の地域に避難している被害者には不便である。
(4) 和解仲介手続
原紛センターの和解仲介手続は、どのようにおこなわれているのであろう
か。申立人が申立書類を東京事務所へ送付→総括委員会が担当仲介委員、調査
官を指名→事件担当の仲介委員、調査官が事件の審理方針等を協議(パネル協
議)→当事者から意見を聴取する口頭審理等→当事者への和解案提示→和解の
成立(不成立)→和解契約の締結である(政令5条以下、要領2条以下、仲介
業務規程10条以下)
。
仲介委員が和解仲介手続を行う場合の紛争解決規範は、
「法令、要綱、この
規程その他総括委員会の定める規則」である(仲介業務規程21条)
。
原紛センターは、発足当初、平均審理期間を3カ月と想定していたが、申立
件数が増加し、審理が大幅に遅延した。そこで原紛センターは人員体制の拡
充、審理の簡素化、総括基準の作成・公表、和解事例の公表などの対策を実施
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行政社会論集 第 27 巻 第3号
し、2014年現在の平均審理期間は6カ月程度になっているようである。
(5) 原発ADRの制度的特徴
以上のような原発ADRは、裁判外紛争解決制度として、どのような特徴が
あるのであろうか。第1に原発ADRの対象であるが、福島原発事故による原
子力損害賠償に係る紛争に特化したADRであり、その目的とするところは、
手数料無料で、紛争の「迅速な解決」
「適正な解決」を図ることである。
第2に原発ADRの類型であるが、行政機関が設置したADR、すなわち行
政型ADRであり、また和解案を提示することができるところから(要領3
条、仲介業務規程28条)
、実質裁定型ADRであり、さらにADRの主宰者が
弁護士(仲介委員282人及び調査官188人のほとんどが弁護士)であるところ
から、法曹ADRということができる。
第3に原発ADRの手続であるが、民事訴訟に比べ、厳格な立証手続を要せ
ず、処分権主義、弁論主義の適用はなく、請求の追加や訴えの追加的変更のよ
うな手続的制約もなく、円滑、迅速な紛争の解決をめざしていることである5)。
第4に原発ADRの設置主体であるが、原紛センターは、原賠審と同じく、
原子力開発を推進する文部科学省研究開発局に設置されている。研究開発局原
子力課は、高速増殖炉(もんじゅ)の研究開発などを進め、日本原子力研究開
発機構を監督する一方、同局参事官は、原子力損害賠償の事務を担当してい
る。原子力開発の推進と原子力損害賠償の和解仲介は「利益相反」の関係にあ
る。さらに和解仲介を行う仲介委員の「中立かつ公正な立場」を保障する制度
も整っていない6)。
第5に原発ADRの効果であるが、原発ADRは両当事者の和解案の「諾否
の自由」
(仲介業務規程28条)を保障しており、一方当事者、特に東京電力が
和解案に合意しなければ、紛争は解決しない。当事者の合意に依存するところ
に原発ADRの制度的限界がある。
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原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
3 原発ADRの活動
(1) 審理遅延問題とその対応
(a) 原紛センターの対応
原発ADRは、3年を超える期間、どのような活動をしてきたのであろう
か。原発ADRが、発足直後に直面した問題は、審理遅延問題である。審理遅
延の主な原因は、①原発ADRの体制未整備、②東京電力の問題行為、③多数
の本人申立である。そのうち③は本人の主張を聞き取るのに時間を要するとい
う問題で、調査官の増員などによって解決すべき問題である。ここでは①②の
原因と対応について検討する。
第1の遅延原因は、原発ADRの体制未整備であるが、まず【表1】により
3年間の月別申立件数、既済件数及び未済件数の推移をみてみよう。
【表1】月別申立件数、既済件数、未済件数
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
2011 年
申立件数
既済件数
未済件数
9月
10 月
11 月
12 月
38
0
38
80
1
117
143
1
259
260
4
515
2012 年
申立件数
既済件数
未済件数
248
8
755
355
23
1087
466
49
1504
447
91
1860
480
127
2213
409
160
2462
472
215
2719
395
235
2879
281
184
2976
347
266
3057
299
257
3099
343
241
3201
2013 年
申立件数
既済件数
未済件数
240
331
3110
314
336
3088
307
464
2931
340
457
2814
336
402
2748
322
426
2644
357
379
2622
266
406
2482
385
326
2541
417
432
2526
373
376
2523
434
332
2625
2014 年
申立件数
既済件数
未済件数
448
370
2703
543
392
2854
549
411
2992
461
570
2883
480
399
2964
422
439
2947
452
453
2946
304
434
2816
393
411
2798
376
422
2752
397
364
2785
累計
13979
11194
2785
(出典)原紛センター「立件数の結果等(平成26年12月8日現在の取扱状況)」。未済件数は累計である。
原紛センターが2011年9月より業務を開始すると、11月頃から申立件数が
増え始め、12月には200件台、2012年2月には300件台、4月~7月まで400
- -
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行政社会論集 第 27 巻 第3号
件台が続いた。増加の原因は、①広報による原発ADRの周知、②本人申立用
の申立書の簡易化、③東電の賠償姿勢への不満などである7)。その結果、未済
件数も2011年12月頃より増え始め、2012年2月には1,000件台、5月~9月
には2,000件台、10月~ 2013年2月まで3,000件台に達し、審理の遅れが顕著
になった。遅延の原因は、①初期段階での慎重な審理、②東電の中間指針に記
載のない損害への賠償の消極性や事件全般に対する認否保留の多さ、③言い分
の調査に時間がかかる本人申立の多さ8)などである。業を煮やしたふくしま
原発損害賠償弁護団(代表:岩渕敬、斉藤正俊、当時)は、原紛センターに対
して審理遅延の現状を訴え(結論が出るまで7カ月かかった、第1回の審理期
日開催まで5カ月かかった、原紛センターの釈明に応じて準備書面と証拠を提
出したのに、2カ月以上連絡がない、営業損害の審理遅延が目立ち、被害者が
直接請求に切り替える、総括基準で上積みを求める場合、厳密な立証を求めら
れ、時間がかかる)
、①被害者の損害の立証の簡素化、②被害の実態を踏まえた、
基準に束縛されない自主的な判断による和解案の速やかな提示を求めている9)。
そこで原紛センターは、【表2】にみられるように、2012年初めころから、
①人員体制の拡充、②審理の簡素化、③総括基準の作成・公表、④和解事例、
和解案提示理由書の公表などの対応をとり始めた。
【表2】原紛センターの活動
【2011年】
3.11 東日本大震災・原発事故発生
4.28
原賠審が「第一次指針」を公表
5.2
福島県原子力損害対策会議を設置(→7.17より対策協議会)
5.30
原賠審が「第二次指針」を公表
6.24
日弁連「原子力損害賠償ADRの態勢整備について」を政府に提出
7.27 「原子力損害賠償紛争審査会の組織等に関する政令」改正(政令229号)
8.5
原賠審が「中間指針」を公表
8.5
原賠審が「原子力損害賠償紛争審査会の和解の仲介の申立の処理等に関
する要綱」を決定
- -
8
原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
8.26
総括委員会決定「原子力損害賠償紛争解決センター和解仲介業務規程」
原紛センター東京事務所開所(総括委員3人、仲介委員22人、
調査官19人)
(総括委員:大谷禎男(長)、鈴木五十三、山本和彦、和解仲介室長:野山宏)
9.1 申立の受付開始
8.29
9.13
原紛センター福島事務所開所式(所長:浅井嗣夫)
12.6
原賠審が「第一次追補」(自主的避難)を公表
【2012年】
2012初
1.30
2.14
3.14
3.16
4.19
パネル原則3人体制から原則1人体制へ(2012.6.12、公表事例144あ
たりから1人体制)、審理の簡素化(推測)
原紛センター「活動状況報告書~初期段階(9~ 12月)における状況に
ついて」
総括委員会「総括基準に関する決定」
総括基準1(避難者の第2期の慰謝料)
総括基準2(精神的損害の増額事由等)
総括基準3(自主的避難を実行した者がいる場合の細目)
総括基準4(避難等対象区域内の財物の賠償時期)
総括基準5(訪日外国人を相手とする事業の風評被害等
総括基準6(弁護士費用)
原賠審が「第二次追補」(避難区域見直し、自主的避難)を公表
6.26
総括委員会「原子力損害賠償紛争解決センターの和解仲介取扱い状況の
認識及び取組方針」
総括基準7(営業損害算定の際の本件事故がなければ得られたであろう
収入額の認定方法)
総括基準8(営業損害・就労不能損害の算定の際の中間収入の非控除)
総括委員会「和解事例の公表について(方針)」
(和解契約書公表番号1
~ 826、2012.1.24 ~ 2013.12.26)
、( 和 解 案 提 示 理 由 書 1 ~ 22、
2012.1.24 ~ 2013.12.6)
総括委員会「決定」(中間収入の非控除)
7.1
福島事務所に4支所(県北、会津、いわき、相双)を設置
7.5
8.1
総括委員会「東京電力株式会社の対応に問題のある事例の公表に当たっ
ての総括委員会所見」(事例1~5)
総括基準9(加害者による審理の不当遅延と遅延賠償金)
総括基準10(直接請求における東京電力からの回答金額の取扱い)
総括基準11(旧緊急時避難準備区域の滞在者慰謝料等)
8.24
総括基準12(観光業の風評被害)
9.3
ふくしま原発損害賠償弁護団が原紛センターに「原子力損害賠償紛争解
決センターの現状に関する意見書」を提出
4.27
- -
9
行政社会論集 第 27 巻 第3号
11.8
総括基準13(減収分(逸失利益)の算定と利益率)
12.21
総括基準14(早期一部支払いの実施)
【2013年】
1.15
政府が支援機構・東電の改正・総合特別事業計画を承認→「5つのお約束」
(①迅速な賠償のお支払、②きめ細やかな賠償のお支払、③和解仲介案の
尊重、④親切な書類手続き、⑤誠実なご要望への対応)
1.30 原賠審が「第三次追補」(風評被害)を公表
2.
原紛センター「活動状況報告書~平成24年における状況について~」
3.5
6.
文科省研究開発局が東電に「原子力損害賠償紛争解決センター活動状況
報告書の公表に係る被害を受けた方への対応に関する要請」を交付
原紛センターが広報活動を開始
6.5
ADR時効中断特例法制定(2013年法律32号)
10.
原紛センターが建築の専門家2人を専門委員に任命
12.11
消滅時効特例法制定(2013年法律97号)
12.26
原子力損害賠償支援機構が「原子力損害賠償事例集」公表
12.26
原賠審が「第四次追補」(避難指示長期化)を公表
【2014年】
4.
政府が支援機構・東電の新・総合特別事業計画を承認→「3つの誓い」(ⅲ
和解仲介案の尊重)
和解仲介室長の交代(野山宏→団藤丈士)
5.4
原賠センター「活動状況報告書~平成25年における状況について~」
1.15
5.14
文科省研究開発局長が東電に「原子力損害賠償紛争解決センター活動状
況報告書の公表に係る被害を受けた方への対応に関する要請」を交付
6.15 福島県原子力損害対策協議会が文科省に和解案の賠償増額を中間指針に
反映するよう要請
12. 福島事務所長交代(浅井嗣夫→浜田愃) 12. 原子力損害賠償紛争審査会特別委員(仲介委員名簿)
、原子力損害賠償紛
争解決センター組織規程、総括委員会運営規程、総括委員会開催結果を
文部科学省HPで公開
(出典)2011年・2012年・2013年活動状況報告書などから作成
第1に原紛センターの人員体制の拡充であるが、
【表3】にみられるように、
2011年12月の総括委員3人、仲介委員128人、調査官28人、和解仲介室職員
34人の193人体制から、2014年11月の総括委員3人、仲介委員282人、調査
- -
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原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
官188人、職員162人の635人体制まで拡大され、仲介委員が2.2倍、調査官が
6.7倍、職員が4.8倍に増員された。福島事務所の職員も3.5倍に増員された。
【表3】人員体制 ( )内は福島事務所
総括委員
仲介委員
調査官
和解仲介室職員
合 計
2011.9
3
22
19
2011.12 2012.12 2013.12 2014.11
3
3
3
3
128
205
253
282
28
91
193
188
34(8) 112(25) 154(26) 162(28)
193
411
603
635
(出典)2011年・2012年・2013年活動状況報告書、原紛センター「センター体制の現状」より作成
第2に審理の簡素化であるが、原紛センターは、2012年につぎのような審
理の簡素化を行った10)。
①訴訟のような厳格な手続を実施しない、②営業損害の逸失利益の請求にお
ける申立書と決算書・月次資料の同時提出、③手続の冒頭から審理の終局を見
据えて調査・審理を行う、④書面審理のみによる和解案提案を活用し、口頭審
理期日を厳選する、⑤口頭審理期日は原則として東京事務所で行う(来所が困
難な場合はテレビ会議システムなどを活用)、⑥書証が乏しくても申立人の陳
述、経験則等による常識的な事実認定に努める、⑦損害額の算定は緻密さを排
し、合理的な概算で足りる、⑧当事者間の釈明要求、資料提出要求を厳選する、
⑨和解案提示理由書は原則作成せず、作成する場合は必要な論点について簡素
なものにする、⑩和解契約書の内容の一部を標準化・定型化するなどである。
(なお原紛センターは、2012 年初め頃より日程調整に時間がかかるパネル3
人体制を、原則1人体制に改めた。筆者)
これらは、①迅速な審理、②早期の和解案提案をめざすものであり、その後
も修正・実施されている。なお口頭審理期日の厳選については、被害者が現地
で仲介委員に原子力損害の特質を直接、主張・立証できる重要な場であり、慎
重な判断が望まれる。
第3に総括基準、和解事例の公表であるが、原紛センターは、14本の総括
- -
11
行政社会論集 第 27 巻 第3号
基準を作成・公表している。総括委員会が定めた総括基準は、①中間指針等の
細目に当たる基準及び②中間指針等から漏れた事項についての紛争解決基準を
示したものがある(内容は後述)
。これらは、①和解案の迅速な提案、②被害
者間の公平の確保、③被害者と東京電力との円滑な相対交渉の促進をめざすと
ともに11)、④仲介委員の判断のバラツキを抑える面もある。
第4に和解契約書、和解案提示理由書の公表であるが、原紛センターは、和
解契約書183本(2014年6月11日現在、公表番号959まで公表)
、和解案提示
理由書12本(2014年8月4日現在、理由書29まで公表)を公表した。和解契
約書や和解案提示理由書は、原則として個別案件を対象に行われるものなの
で、それらにおいて一般的な基準が表明されていても、後の和解仲介において
それを参考とするかどうかは、後の担当仲介委員の判断に委ねられるという12)。
とはいえ和解契約書、和解案提示理由書の公表は、被害者の紛争解決に対する
予測可能性を高め、審理の透明性や申立人間の公平性を確保するのに役立ち、
原発ADRに対する被害者の信頼を高めるものと思われる。
(b) 東京電力の問題行為
第2の遅延原因は、東京電力の問題行為であるが、これには不当遅延行為と
不適切行為がある。まず不当遅延行為であるが、必要以上に多量の釈明要求や
資料の提出を要求する、全部和解案提示後に諾否回答を引き延ばす、確立した
和解先例を無視した主張をする、和解案提示後に今まで主張のない再考に値し
ない新たな事項を主張する、中間指針に具体的記述がないとの理由で認否を引
き延ばすなどがあるという13)。つぎに不適切行為であるが、東電から中間指針
に個別に明記されていない損害は支払わないといわれた、東電への直接請求と
原紛センターへの申立の両方をしている場合、直接請求の手続を進めてもらえ
ない、過去にセンターで和解し、その他の損害を直接請求で解決しようとした
ら、東電が所定の請求書用紙を送ってくれないなどの苦情14) が、原紛セン
ターに寄せられている。
- -
12
原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
原紛センターは、不当遅延行為に対しては、①東電の対応に問題のある事例
の公表、②審理を不当遅延させる態度をとった場合の遅延損害金(年5分)の
付加(総括基準9「加害者による審理の不当遅延と遅延損害金について」
15)
2012年7月5日)
、③東電の「5つのお約束」
の遵守などの対策を講じてい
る。また不適切行為に対しては、④文部科学省研究開発局長による東電社長に
対する改善要請16)、⑤原子力損害賠償支援機構を通じた東電への改善指導など
を行っている。しかし苦情は絶えない17)。
(2) その後の推移
上記の対策は、2013年以降も継続して行われている。特に人員の拡充につ
いては、建物賠償に備えて建築の専門家2人を専門委員として増員している。
また2013年より広報活動も始め、和解事例を抜粋した小冊子の作成・配布や
原子力損害賠償支援機構や被災自治体等と連携した住民説明会を福島県内各地
で行っている。
このような対策が功を奏したのか、【表1】にみられるように、2013年1月
に申立件数が240件、既済件数が331件となり、初めて既済件数が申立件数を
上回るようになった。この傾向は同年11月まで続き(9月を除く)
、未済件数
は1月の3,110件から、11月の2,523件まで減少した(最低は8月の2,482件)
。
2013年前半に申立てられた事件の半分程度の事件が5カ月以内に和解案提示、
6カ月以内に事件終了(和解成立、打切り、取下げ)になったという。同年前
半の月間申立件数が300件台であったので、標準的な事件では概ね申立てから
6カ月以内に事件が終了しているという。しかし残り半数は6カ月を超えてい
る。
2013年12月から再び申立件数が既済件数を上回るようになり、2014年3月
の申込件数は549件とピークに達した。未済件数は2,800 ~ 2,900件台を推移
し、予断を許さない状況にある。原紛センターの月間処理能力(既済件数)
は、400件前後と推定され、申立件数がこれを超えると未済件数が増加する傾
- -
13
行政社会論集 第 27 巻 第3号
向にある。2012年の対策によって、審理遅延問題は一定程度改善されてきた。
しかし平均審理期間を4~5カ月にするためには、現在の月間既済件数を400
件台から500件台に引き上げる必要があろう18)。そのためには更なる人員の増
員が要請される。改善されつつあるとはいえ、現在の平均審理期間ではいまだ
「迅速な解決」とは言い難い。
(3) 原発ADRの活動実績
(a) 賠償請求方式別実績
原発ADRは3年を超える活動において、どのような和解仲介を行ってきた
のであろうか、賠償請求方式別実績と損害項目別和解成立実績をみてみよう。
まず賠償請求方式別実績であるが、直接請求、原発ADR申立、民事訴訟をま
とめた資料はなく、【表4】は各種資料を継ぎ接ぎしたものである。
【表4】賠償請求方式別実績
請求区分
項 目
件 数
人 数
[ 直接請求 ]
本賠償(累計)
(2014.11.28)
東京電力
個人
自主的避難
法人・個人 ( 事 )
合計
約 607,000
約 1,288,000
約 258,000
約 2,153,000
-
-
-
-
[ 原発 ADR 申立 ] 申立
(累計)
既済
(2014.11.28) 全部和解
原紛センター
提訴
民事訴訟
毎日 2014. 5.19
13,979
11,194
9,240
20
54,061 ①
-
-
金額 ( 億円 )
処理期間
約 19,683 請求書確認約 14
約 3,530 日、支払手続日
約 20,012 数約7日
約 43,225 (2013.7)
-
-
和解額
1,352 億円②
目標4~5カ月
県内 4,108
県外 2,700
計 6,808
(出典)東京電力(2014年11月28日現在)19)、文部科学省(原紛センター)(2014年11月28日現在)20)、
毎日新聞2014年5月19日付、原紛センター調べ(①2014年8月現在)
、福島民報2014年8
月30日付(②2014年8月22日現在)より作成。
まず東京電力への直接請求であるが、【表4】により本賠償の実績(累計)
をみると、個人60万7千件(賠償金額約1兆9,683億円)
、自主的避難128万
8千件(約3,530億円)
、法人・個人事業者25万8千件(約2兆12億円)
、合計
215万3千件(約4兆3,423億円)である。賠償金額は既に4兆円を超えてお
- -
14
原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
り、原子力損害の甚大さを示している。平均処理期間は、請求書確認に約14
日、支払手続に約7日(2013年7月現在)を要しており、指針や東京電力の
賠償基準(以下「東電基準」という。)に従って請求する限り、処理は迅速に
みえる。
しかし加害者である東京電力が、被害者に一方的に損害項目や賠償額を決
め、請求書類を送ってくることに対する反発、直接交渉では自己の権利・利益
が十分に保障されないことへの不満などから、原発ADRへの申立や裁判所へ
の提訴を選択する被害者も少なくない。そこで手数料が無料で「迅速な解決」
「適正な解決」を目的とする原発ADRの存在意義が問われることになる。
原発ADRの活動実績(累計)であるが、【表4】によれば、申立件数1万
3,979件、申立人数5万4,061人(2014年8月現在)
(この中には1件1万5千
人の浪江町の申立が含まれる)、既済件数11,194件、そのうち全部和解9,240
件(残りが取下げ984件、打切り969件、却下1件)
、既済件数に占める全部
和解件数の割合は83%である。和解金額は、東京電力の資料によれば,1,352億
円(2014年8月22日現在)21)である。処理期間は、当初3カ月を予定してい
たが、2014年現在、6カ月程度といわれている。原発ADRは、直接請求よ
り遅いが、下記の集団訴訟より早い。
さらに民事訴訟であるが、全国に避難した被災者から提訴された集団訴訟の
件 数 は20件、 原 告 数 は 県 内4,108人、 県 外2,700人、 合 計6,808人 で あ る
(2014年5月現在)22)。主な集団訴訟の提訴先(地裁)は、札幌、山形、仙台、
福島3(生業、避難者、市民)
、前橋、さいたま、千葉、横浜、東京2、新潟、
名古屋、京都、大阪、神戸、岡山、松山であり、全国の地裁で審理中である
が、なお判決がでるまでに時間を要する。以上、原発ADRの申立人は、民事
訴訟の原告数より数倍多く、被害者の一定の要求に応えているといえよう。
(b) 損害項目別和解成立実績
つぎに損害項目別和解成立実績であるが、
【表5】によれば、2012年の和解
- -
15
行政社会論集 第 27 巻 第3号
成立件数は1,202件、2013年の件数は3,926件であり、約3倍に増加している。
2013年の損害項目別和解成立割合は、大きい順に避難費用44.2%、精神的損
害43.5%、営業損害34.6%、就労不能損害20.3%であり、構成比は2012年
とあまり変わらない。増加したのは財物価値喪失(10.3%→17.4%)と弁護
士費用(15.9%→33.4%)である。2014年から宅地・建物の賠償が本格化し
たので、これらに関する申立が増加することが予想される。
【表5】損害項目別和解成立実績 (和解成立総件数 3,926 件/申立総件数 4,091 件)
和解成立 避難費用 生命・身 精神的損 営業損害 就労不能 検査費用 財物価値 除染費用 弁護士費
総件数
体的損害 害
損害
喪失
用
2012年
536
147
556
426
269
133
124
56
192
1,204
44.5%
12.2%
46.2%
35.4%
22.3%
11.0%
10.3%
4.7%
15.9%
2013年
1,736
492
1,709
1,357
798
473
682
316
1,310
3,926
44.2%
12.5%
43.5%
34.6%
20.3%
12.0%
17.4%
8.0%
33.4%
(出典)2012年・2013年活動状況報告書
4 紛争解決規範
(1) 民法・不法行為法
原発ADRの活動実績は、上記のとおりであるが、これらの紛争は、どのよ
うな紛争解決規範によって、どのように解決されてきたのであろうか、紛争解
決規範の内容と関係について検討しよう。仲介委員は、「法令、要綱、この規
程その他総括委員会の定める規則を遵守し」
(仲介業務規程21条)
、紛争の解
決にあたるものとされている。具体的に仲介委員が依拠すべき紛争解決規範
は、①民法及び関係法令のほか、②原賠審が定めた指針、③総括委員会が定め
た総括基準及び④和解事例(事実上)などである。
第1に民法及び関係法令であるが、民法の特別法である原賠法は、賠償され
るべき「原子力損害」を「…原子核分裂の過程の作用又は…放射線の作用若し
くは毒性的作用…により生じた損害」(2条3項)と規定しているが、賠償さ
- -
16
原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
れるべき原子力損害の範囲について明文の規定をおいていない。そこで損害の
範囲は、一般法である民法の解釈に戻ることになる。我が国の不法行為損害論
に大きな影響を与えたのは、交通事故損害賠償論と公害・薬害事件損害賠償論
である。交通事故損害賠償論は、人身損害を個別の損害項目に区分し、差額説
と相当因果関係説により賠償額を算定する個別損害評価方式である。すなわち
人身損害を財産的損害(積極的損害と消極的損害)と精神的損害に区別し、財
産的損害については金銭評価をする一方、精神的損害については、その性質
上、金銭評価が困難なところから、裁判官が口頭弁論に現れた諸般の事情を斟
酌し、裁量によって金額を定めることになる。裁判官は数額の算定根拠を示す
必要はなく、原告も請求に当たってその額を明示する必要はない。慰謝料は、
上記のように精神的損害を填補する機能があるとともに、柔軟に算定されると
ころから、財産的損害の算定を補完・調整する機能もある23)。他方、公害・薬
害事件損害賠償論は、人身損害を個別の損害項目に分けず、一つの非財産的損
害としてとらえ、生命侵害や身体被害の重傷度に応じて総額で損害賠償を算定
する方式である。
そこで福島原発事故の被害を全体としてみた場合、従来の損害賠償モデルで
は解決できない被害の広範性、継続性、長期性、深刻性があり、実態として存
在する被害をそのまま損害として把握する「あるがまま損害論」が提唱されて
いる24)。このような観点からみた損害には、①放射線被曝の恐怖・深刻な危機
感(高濃度汚染地域における避難の繰り返しによる被ばくの恐怖、高濃度汚染
地域に居住し続けたことによる健康被害の恐怖)、②避難・仮設生活における
精神的損害、③地域コミュニティ喪失による損害、④帰還できない地域の不動
産損害、⑤純粋な環境損害があるという25)。他方、並走する全国の集団訴訟に
おいも、避難慰謝料、ふるさと喪失慰謝料、コミュニティ喪失慰謝料などが主
張されているが、未だ裁判所の判断は示されていない。原子力被害の特質を踏
まえた不法行為損害論の構築が必要である。
- -
17
行政社会論集 第 27 巻 第3号
(2) 指 針
第2に指針であるが、現在までのところ、原賠審が定めた「原子力損害の範
囲の判定の指針」
(以下「指針」という。)には、中間指針(2011年8月5日)
、
第一次追補(同年12月6日)
、第二次追補(2012年3月16日)
、第三次追補
(2013年1月30日)
、第四次追補(同年12月26日)がある。そのうち「本件事
故による原子力損害の当面の全体像」を示したのが、中間指針である。
中間指針は、相当因果関係説の立場から、損害の範囲を「本件事故と相当因
果関係にある損害、すなわち社会通念上当該事故から当該損害が生じることが
合理的かつ相当であると判断される範囲」としている。これに基づき中間指針
は、本件事故と相当因果関係のある損害類型として、①「本件事故から国民の
生命や健康を保護するために合理的理由に基づいて出された政府の指示等に伴
う損害」、②「市場の合理的な回避行動が介在することで生じた損害」
、③「こ
れらの損害が生じたことで第三者に必然的に生じた間接的な被害」に区分し
(中間指針第2の1)、
「類型化が可能な損害項目やその範囲等」を提示してい
る(中間指針第1の4、第2の1)
。
指針は、従来の差額説と相当因果関係説による個別損害評価方式に立ちなが
らも、被害者、自治体、業界団体、福島県原子力損害対策協議会などの切実な
要請を受けて、風評被害、間接被害、精神的損害、除染費用、地方自治体等の
行う検査費用などを損害と認めるなど、原発事故被害をできるだけ広く拾い上
げようと努めている26)。他方、精神的損害に生活費増加分が含まれ、賠償額が
低額(10万円)であり、事故6カ月経過後に減額(5万円)され、緊急時避
難準備区域の精神的損害賠償額が総額10万円と低額であり、間接被害の賠償
範囲が狭く、風評被害を認める類型が狭いなどの批判もみられる27)。
このように指針には類型の狭さ、賠償範囲の狭さ、賠償額の低さなどの問題
点があるが、他方、指針にはこれらを一定修正する余地も残されている。すな
わち中間指針は、
「類型化が可能な損害項目やその範囲等」を提示する一方、
明示されなかった損害であっても「個別具体的事情に応じて相当因果関係のあ
- -
18
原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
る損害と認められることがある」
(中間指針第1の4、以下「個別事情損害」
という。)としている。また指針は賠償額を提示する場合、金額を「目安」と
しており、増額の余地を残している。さらに指針は、損害の範囲を「社会通念
上当該事故から当該損害が発生することが合理的かつ相当であると判断される
範囲」に限定しているが、何が「合理的かつ相当」か、解釈の余地を残してい
る。
さらに中間指針は、①損害の算定における定額賠償と証明による実費賠償、
②証拠収集が困難な場合における証明程度の緩和、③客観的な統計データ等の
利用による算定方法、④賠償金の支払い方法における賠償額全額の確定前にお
ける一部支払いなどを認めている(中間指針第2の5、6)
。
要するに指針には、個別事情損害、
「目安」
、
「相当かつ合理的」などにより、
類型の狭さ、賠償範囲の狭さ、賠償額の低さを一定修正する余地が残されてお
り、これらをいかに利用して賠償の範囲を拡大していくのかが、原発ADRの
課題になる。
(3) 総括基準
第3に総括委員会が定めた総括基準であるが、これは仲介委員が個々の和解
仲介を行う中で、形成されたものである。総括基準には、①中間指針等の細目
に当たる基準及び②中間指針等から漏れた事項についての紛争解決基準があ
り、今日まで14本の総括基準が作成・公表されている。総括基準は、和解仲
介において仲介委員が参照すべき共通基準であり、紛争解決における規範と位
置づけられている28)。総括基準が、指針の個別事情損害、「目安」、「相当かつ
合理的」などを活用して、類型の狭さ、賠償範囲の狭さ、賠償額の低さをいか
に改善していくのかが、総括基準の課題になる。
(4) 和解事例
第4に事実上の紛争解決規範として和解事例がある。総括委員会は、「和解
- -
19
行政社会論集 第 27 巻 第3号
仲介の結果が広く知られ、被害者に対する東京電力の損害賠償がより迅速・適
切に行われる」ことを期待して、成立した(しなかった)和解の和解契約書及
び和解案提示理由書をウェッブ・サイトで公開している29)。和解事例は、総括
基準と異なり、後の仲介委員を拘束するものではない。しかし公平の見地から
同一または類似の事案に対して同一の判断が要請されるところから、同一また
は類似の事案が集積すれば、事実上の紛争解決規範が形成されるものと考えら
れる。
(5) 指針と総括基準の関係
それでは紛争解決規範として指針と14本の総括基準は、どのような対応関
係にあるのであろうか。
【表6】指針と総括基準の対応関係
損害項目
一般原則
精神的損害
中
間
指
針
営業損害、
就労不能損害
指 針
総括基準
〇個別事情損害
[ はじめに、第1の4]
〇個別事情損害
[ 第3の6備考 11)]
1(避難者の第2期の慰謝料)
□目安 [ 第3の6備考 10)]
2(精神的損害の増額事由等)
△第3の7指針Ⅰ)
7(本件事故がなければ得られ
たであろう収入額の認定方法)
△第3の7指針Ⅰ)、第 3 の 8 指針 8(中間収入の非控除)
財物損害
△第3の 10 備考1
4(避難等対象区域内の財物
損害の賠償時期)
5(訪日外国人を相手とする
〇個別事情損害
事業の風評被害等)
[ 第 7 の1指針Ⅲ ) ②、備考3)]
風評被害
△第7の1又は第4の4
間接損害
13(減収分 ( 逸失利益 ) の算定
と利益率)
〇個別事情損害 [ 第 8 の備考 1)]
〇個別事情損害 [ 第1の4]
- -
20
6(弁護士費用)
原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
第一次 第二次 第三次 第四次
自主避難・
精神的損害
〇個別事情損害 [ 第1の2]、[ 第
3(自主的避難の細目)
2の備考3)]、[第2の備考6)]
区域見直し・
精神的損害
〇個別事情損害 [ 第1の2]
11(旧緊急時避難準備区域の
滞在者慰謝料)
風評被害
〇個別事情損害 [ 第1の2]、
[第
12(観光業の風評被害)
2の備考2)]
一般原則
〇個別事情損害 [ 第1の2]
精神的損害
□目安 [ 第2の1備考3)]
9(加害者による審理の不当
遅延と遅延損害金)
10(直接請求における東京電
力からの回答金額の取扱い)
14(早期一部支払の実施)
【表6】によれば、総括基準は、(a)指針が、個別事情損害を認めている場合
(〇印)、その認められる損害の基準を定めた総括基準、(b)指針が賠償金額の
「目安」を定めた場合(□印)、その賠償金を増額する基準を定めた総括基準、
(c)指針の解釈基準、認定方法、算定方法等(△印)を定めた総括基準、(d)指
針と直接関係がなく、審理の迅速化に関する事項を定めた総括基準に大別でき
る。
(a)個別事情損害の基準を定めた総括基準には、下記のものがある。
総括基準1(避難者の第2期の慰謝料)は、中間指針が第2期の慰謝料
を 月 額 5 万 円 に 減 額 し た の で、 中 間 指 針 第 1 の 4、 第 3 の 6 の 備 考 11 を
適 用 し、 将 来 生 活 不 安 慰 謝 料( 5 万 円 ) が 認 め ら れ る と し た も の で あ る。
3(自主的避難を実行した者のいる場合の細目)は、中間指針第一次追補が
認める自主的避難対象区域に居住していた自主的避難者及び滞在者の定額賠償
額の目安額(子ども・妊婦 40 万円、その他の者8万円)について、第一次追
補第1の2、第2の対象区域備考3)、第2の対象者備考3) 、第2の損害項目
備考6) を適用し、自主的避難実行者について、個別事情により定額賠償金を
上回る金額の提案をできる場合を明らかにしたものである。
5(訪日外国人を相手にする事業の風評被害等)は、わが国に営業拠点のあ
- -
21
行政社会論集 第 27 巻 第3号
る観光業の風評被害のうち外国人観光客に関するものについて、中間指針第7
の 1 指針Ⅲ)②、備考3) を適用し、中間指針の具体的内容を明らかにしたも
のである。
6(弁護士費用)は、中間指針第1の4を適用し、本件事故と相当因果関係
が認められる弁護士費用(支払額の3%)について定めたものである。
11(旧緊急時避難準備区域の滞在者慰謝料)は、中間指針には記載されてい
なかった旧緊急時避難準備区域の滞在者慰謝料を認めたものである。
12(観光業の風評被害)は、観光業の風評被害について、中間指針が認めた
福島県など4県の風評被害のほか、第三次追補第1の2、第2の備考2) を適
用し、青森県など6県の風評被害も認めたものである。
(b)指針が賠償金額の「目安」を定めた場合、その賠償金を増額する基準を
定めた総括基準には、下記のものがある。
2(精神的損害の増額事由等)は、中間指針が認める避難指示区域からの避
難者の日常生活阻害慰謝料の目安額 10 万円(避難所 12 万円)について、中間
指針第3の6備考 10) を適用し、増額できる標準的な場合を定めたものである。
(c)指針の解釈基準、認定方法、算定方法等を定めた総括基準には、下記の
ものがある。
総括基準4(避難等対象区域内の財物損害の賠償時期)は、現地への立ち入
りができない等の理由により被害物の現状等が確認できない場合であっても、
速やかに賠償すべき損害と認められるとする。
7(本件事故がなければ得られたであろう収入額の認定方法)は、本件事故
がなければ得られたであろう収入額について、複数の合理的算定方法から一つ
の合理的算定方法を選択すれば足りるとする。
8(中間収入の非控除)は、避難先における営業・就労によって得た利益や
給与等は、月額30万円を目安に、原則として営業損害や就労不能損害の損害額
から控除しないとしたものである。
13(減収分(逸失利益)の算定と利益率)は、風評被害の減収分の算定にお
いて、東京電力が製造業の平均利益率32%を用いて損害額の算定を認めている
ときは、原紛センターにおいても同様の方法で算定するものとする。
- -
22
原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
(d)審理迅速化の事項を定めた総括基準には、下記のものがある。
総括基準9(加害者による審理の不当遅延と遅延損害金)は、東京電力が審
理を不当に遅延させる態度とった場合に、和解案に遅延損害金を付することが
できるようにしたものである。
10(直接請求における東京電力からの回答金額の取扱い)は、東京電力が直
接請求で認めた額については、格別の審理を実施せずに和解提案を行うことを
明らかにしたものである。
14(早期一部支払の実施)は、東京電力の答弁書提出段階で東京電力が認め
た額については一部和解を成立させることで、早期支払いを実現するものであ
る。
以上のように総括基準は、原発ADRの活動実績を踏まえ、指針の類型の狭
さ、賠償範囲の狭さ、賠償額の低さなどを一定修正しており、紛争解決規範と
して重要な役割を果たしている。
5 精神的損害(慰謝料)
(1) 慰謝料の基準
それでは上記の指針と総括基準が、紛争解決規範としてどのように事案に適
用されているのか、損害項目別和解成立件数(
【表5】
)において二番目に件数
が多く、不満の大きい精神的損害(慰謝料)について検討しよう。
まず【表7】により、原賠審の中間指針と原発ADRの総括基準の関係を確
認しておく。中間指針第3の6Ⅰ)は、「自宅以外での避難生活を長期間余儀な
くされ、正常な日常生活の維持・継続が長期にわたり著しく阻害されたために
生じた精神的苦痛」を賠償すべき損害(以下「日常生活阻害慰謝料」という。
)
として、つぎのように定めている。①事故から6ヶ月間(第1期2011.3 ~ 8)
は月額10万円(避難所12万円)
、②その後6ヶ月間(第2期2011.9 ~)は月
額5万円(避難所7万円)、③第2期終了から終期までは、改めて損害額を検
- -
23
行政社会論集 第 27 巻 第3号
討、④原則として生活費増加分を含む(
【表7】の(α)
)。
【表7】避難指示区域個人の慰謝料の基準
(δ)中間指針第3の6備考10)
(目安)
総括基準2(増額事由)
(α)中間指針第3の6Ⅰ)
(日常生活阻害慰謝料)
(β)中間指針第3の6備考11) (γ)中間指針第3の6備考11)
(個別事情)
(個別事情)
総括基準1(将来生活不安慰謝料) その他
他方、総括基準1(避難者の第2期の慰謝料、2012年2月14日決定)は、
中間指針第3の6備考11)の「その他の本件事故による精神的苦痛について
も、個別の事情によっては賠償の対象と認められうる」という規定に基づき、
第2期の慰謝料を、今後の生活の見通しへの不安に対する慰謝料(以下「将来
生活不安慰謝料」という。)として、月額5万円(避難所7万円)と定めた
(
【表7】の(β))
。(α)が第2期の日常生活阻害慰謝料を5万円に減額したの
で、新たに将来生活不安慰謝料5万円を設け(β)、合計10万円を賠償するもの
であり、(α)の「横出し」ということができる。また中間指針第3の6備考
11)は、将来生活不安慰謝料以外のその他の個別事情による慰謝料を認めて
おり(γ)、和解事例において(γ)がどの範囲まで認められるのか注目される。
(γ)も(α)の横出しである。
他方、総括基準2(精神的損害の増額事由等、2012年2月14日決定)は、
中間指針第3の6備考10)の「金額はあくまでも目安であるから、具体的な
賠償に当たって柔軟な対応を妨げるものではない」という規定に基づき、(α)
日常生活阻害慰謝料の増額事由として、つぎの8つの事由を定めている(【表
7】の(δ))。①要介護状態にあること、②身体または精神の障害があること、
③重度又は中程度の持病があること、④上記の者の介護を恒常的に行ったこ
と、⑤懐妊中であること、⑥乳幼児の世話を恒常的に行ったこと、⑦家族の離
別・二重生活等が生じたこと、避難所の移動回数が多かったこと、⑧避難生活
に適応が困難な客観的事情であって、上記の事情と同程度以上の困難さがある
- -
24
原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
こと。(δ)は(α)日常生活阻害慰謝料を増額するもので、(α)の「上乗せ」とい
うことができる。なお中間指針は、増額の方法として、月額を増額する方法と
一時金を上乗せする方法を認めている。
以上のように、総括基準は、賠償範囲が狭く、金額の低い中間指針の慰謝料
を、個別事情によってできるだけ拡大しようとするものである。それではどの
程度、賠償の範囲が拡大され、金額が増額されたのであろうか、避難指示区域
個人の慰謝料に関する公開和解事例及び集団申立における和解事例を検討しよ
う。
(2) 避難指示区域個人の慰謝料
まず避難指示区域個人の慰謝料であるが、検討するのは、公表番号219 ~
435(2012年10月19日~ 2013年3月29日)に含まれた避難指示区域個人の
慰謝料に関する和解事例である。ちょうど混乱の中で体制整備が行われ、安定
しつつある時期の事例である。この和解事例の仕分けは、平成25年度福島県
弁護士会原子力発電所事故被害者救済支援センター運営委員会『原子力損害賠
償紛争解決センター和解事例の分析 Ver.2』45-51頁(西ヶ谷尚人弁護士担
当)、101-114頁(2013年8月19日)によった。
【表8】の見方を説明をしよう。縦軸は、慰謝料の平均月額を1万円単位で
示したものである。慰謝料の金額と期間は、和解事例によってさまざまなの
で、平均月額(総慰謝料額÷受領月数)により比較できるようにした。また平
均月額は、基本慰謝料10万円(12万円)を既に受領したかどうかによって、
区分してある。横軸は、(1)二期慰謝料の増額(
【表7】の(β))
、(2) 9つの
増額事由(δ)、(3)その他の慰謝料(γ)に区分してある。表中の例えば
244x3、244x6は、公表番号244の申立人x3と申立人x6を表す。また欄外の
(注1)の例えば363-1、363-2は、公表番号363の和解契約書が2回に分けて
公表されたことを示す。以下、項目別にみてみよう。
- -
25
- -
26
19 万円~
20 万円~
242x
329x2
375x
310x2
270x2
270x3
309x2
354x3
16 万円~
17 万円~
18 万円~
265x1
265x2
244x6
244x3
15 万円~
14 万円~
4万円~
5万円~
13 万円~
3万円~
慰謝料 (1) 二期慰
平均月額 謝料増額 ①要介護
409x4
406x1
410x2
360x6
335x3
245x3
360x1
335x4
317x1
382x1
408x1
298x1
③持病
310x4
382x2
406x2
354x1
354x2
360x2
408x2
332x1
335x1
335x2
410x1
270x1
265x3
309x1
409x2
④恒常
介護者
245x1
245x2
371x2
⑤妊娠中
306x1
311x2
311x1
261x1
261x2
311x3
311x4
(3) その他
⑥乳幼児 ⑦別離・ ⑧避難所
⑨その他
世話
二重生活 多数移動
275x1
266x1
275x2
266x2
266x3
266x4
(2) 日常生活阻害慰謝料増額(総括基準の増額事由に該当)
②身体、
精神障害
21 万円~
~
28 万円~
310x1
(注1)②から 363-1、363-2、389、428 を、③から 296 を、④から 273 を除外した。
(注2)310 は x1 を②、x2 を①、x4 を④と仮定した。335 は x1、x2 を④、x3、x4 を②と仮定した。
未受領
10(12) 万
円受領済
みまたは
増額分
受領の有無
2012.10.19 ~ 2013. 3.29)
【表8】避難指示区域個人の慰謝料 (公表番号219 ~ 435、
行政社会論集 第 27 巻 第3号
原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
(a) 横出し
中間指針第3の6備考11)、総括基準1により、第2期の将来生活不安慰謝
料が認められた事例はない(
【表8】の(1))
。
中間指針第3の6備考11)により避難指示区域個人に慰謝料が認められた事
例は、つぎのとおりである(
【表8】の(3))
。
・災害関連死の死亡慰謝料[(公表番号268) 1人1,200万円、(271) 1人900万
円、(284) 1人925万円、(357) 2人計800万円、(391) 2人計600万円]
・介護・障害者施設のサービス不受給[(335) 4人各2万円、(389) 1人滞在者
慰謝料6割増]
・津波行方不明者の捜索困難[(282) 2人計100万円、(305)x1・45万円、x2・
145万円、x3・60万円、(348) 3人各40万円]。なお原紛センターの基準は、
支払い上限を1家族当たり300万円とし、①父母・子供の1親等と配偶者は
60万円、②孫など同居の2親等は40万円、③1、2親等以外の同居の親族
は20万円としているようである。
(b) 上乗せ
中間指針第3の6備考10)、総括基準2(増額事由)(【表8】の(2)
)によ
り、避難指示区域個人の慰謝料の増額が認められた事例は56人あり、310x1
(平均月額28万円)を除き、平均月額13万円~ 20万円の範囲に分布している。
① 要介護該当は12人おり、13万円~ 21万円の範囲に分布しているが、15
万円~ 20万円の事例が多い。個別事情がわかる事例を平均月額の低い順
からみていくと、自力外出不可(309x2)→両股関節機能全廃(270x2)
→認知能力低下(242x)
・寝たきり(329x2)
・要介護2(375x)の順に
なっている。障害が重度になる程増額される傾向がみえる。
② 身体・精神障害者該当は10人おり、310x1(平均月額28万円)を除き、
13万円~ 19万円の範囲に分布している。個別事情をみると、高齢3級
(360x1)→知的障害(335x4)→2級(335x3)→高齢1級(360x6)
→1級(406x1)→2級(410x2)→1級(409x4)の順になっている。
- -
27
行政社会論集 第 27 巻 第3号
障害が重度になる程増額される傾向がみえる。310x1(平均月額28万円)
は、身体障害者で、過酷な避難態様と避難生活を考慮して、避難による日
常生活阻害慰謝料の大幅な増額が認められている(2011年3月、4月は
月額35万円を上回り、15カ月間の総額は428万円)
。
③ 持病該当は3人おり、平均月額20万円台に2人分布している。個別事
情をみると、[糖尿病・心筋梗塞・パーキンソン病・脳梗塞](382x1)
・
認知症(408x1)であり、病状は重そうである。
④ 恒常介護者該当とは上記①~③を恒常的に介護した者で、17人おり、
最も多い。平均月額13万円(4人+2人)
、14万円(4人)
、15万円(3
人)、16万円(1人)、17万円(1人)に分布しているが、15万円以下が
多く、恒常介護者の評価が低いようにみえる。
⑤ 妊娠中該当は1人おり、平均月額14万円(371x2)である。
⑥ 乳幼児世話該当は3人おり、平均月額13万円(1人+2人)である。
⑦ 別離・二重生活該当は10人おり、平均月額13万円~ 16万円に分布して
いるが、8人が13万円である。
(c) 小 括
避難指示区域個人慰謝料の検討結果をまとめよう。第1に横出しであるが、
(1)総括基準による将来生活不安慰謝料に該当する事例はなく、(3)その他
の個別事情による慰謝料には、ペットの死、妊娠・人工妊娠中絶、災害関連
死、介護・障害者施設のサービス不受給、津波行方不明者の捜索困難に関する
慰謝料などが認められ、一定の範囲で「横出し」が行われている。
第2に上積みであるが、
(2)総括基準の増額事由に該当した事例は、つぎ
、要介護12件
のとおりである。件数が多い順に、恒常介護者17件(30.4%)
、身体・精神障害10件(17.9%)
、離別・二重生活10件(17.9%)
、
(21.4%)
、乳幼児3件(5.4%)
、妊娠中1件(1.8%)である。
持病3件(5.4%)
第3に増額事由による賠償金額であるが、多い順に平均月額28万円1人、
21万円1人、20万円6人、19万円2人、18万円3人、17万円2人、16万円
- -
28
原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
4人、15万円8人、14万円9人、13万円20人であった。「上乗せ」の範囲は
概ね13 ~ 20万円であり、13 ~ 15万円の人数が3分の2を占めている。
以上、避難指示区域個人は、申立することによって、一定の範囲で慰謝料を
獲得ないし増額することができたのである。
(3) 集団申立における慰謝料
(a) 集団申立の概要
同一の原因、同一の加害者で多数の被害者が発生した場合、請求や立証が共
通するので、集団申立は、費用や証拠収集の負担の軽減、団結による巨大加害
者への対抗、被害者間の対立の回避などで有効な場合がある。原発ADRにお
いても【表9】にみられるように、かなりの数の集団申立がなされてきた。主
な集団申立は14件あり(2014年11月末現在)、うち和解合意が7件、一部和
解合意が1件(飯舘村蕨平行政区)
、和解拒否中が1件(浪江町)
、審理中が5
件(申立人合計約9,700人)ある。最近の集団申立は、避難生活が長期化し、
我慢も限界に達し、声を上げたものもある。
【表9】集団申立
集 団 申 立
和 解 案
[1]<2011.12.28申立>南相馬市原町 (2012.4.16和解案)
区(旧緊急時避難準備区域)の住民34 ①慰謝料:自宅滞在者は1人月額10万
世帯130人が慰謝料、避難費用等の賠
円(2011.3.11 ~ 9.30)
、8万円
償を求めて集団申立
(2011.10.1~ 2012.2.29)
②生活費増加分の一部の定額化(証明
できれば実費賠償)
<2012.6.4東電受諾>
[2](2012.5.14申立)南相馬市原町
区ひばり太田地区(旧緊急時避難準備
区域)の住民284世帯931人が慰謝料、
避難費用等の賠償を求めて集団申立
<2013.3.8解決基準>
①慰謝料1人月額10万円(生活費増加
分含む)(2011.3 ~ 2012.8)
、9月以
降は特段の事情による、②生活費増加
分の一部の定額化(証明できれば実費
賠償)
<東電受諾>
- -
29
行政社会論集 第 27 巻 第3号
[3](2012.7.13申立)飯舘村長泥行 (2013.5.24和解方針)
政区(計画的避難準備区域→帰還困難 ・被爆不安慰謝料1人50万円(妊婦・
区域)の住民50世帯180人が①被爆不 子ども100万円)
安慰謝料として1人500万円、②避難 <2014.2.7東電受諾→慰謝料でなく
に伴う慰謝料として1,000万円の賠償を 解決金的性格>(民友2014.7.18)
求めて集団申立
[4](2012.7.31申立)南相馬市小高 (2013.6.28連絡書)
区(旧警戒区域→ほぼ避難解除準備区 ①生活費増加分の一部の定額化(証明
域)の住民193世帯606人が①コミュニ
できれば実費賠償)
ティー喪失による慰謝料、②避難費用 ②コミュニティー喪失慰謝料について
等の賠償を求めて集団申立
は判断せず
[5]
(2012.12.26申立)川俣町山木屋 ・帰還困難区域と同等の土地・建物の
地区(計画的避難準備区域→居住制限 全損扱い
区域、避難解除準備区域)の住民55人 <2014.3.14東電受諾>
が土地・建物の賠償を求めて集団申立 (民友2014.3.15)
[6](2013.1.25申立)飯舘村蕨平行政
区(計画的避難準備区域→居住制限区
域)の住民33世帯111人が①被爆不安
慰謝料として1人500万円、②避難に
伴う慰謝料(5年分)として1,000万
円、③土地・建物、家具道具、農機具類、
水道・光熱費の賠償を求めて集団申立
(2014.3.20和解案理由提示書)
① 6 年 間 の 避 難 慰 謝 料 1 人 月 額10万
円、計720万円、②宅地・建物の全損
扱い、③被爆不安慰謝料大人1人50万
円(妊婦・子供100万円)
<東電②の一部受諾、①③を拒否>
<2014.11.25東電②の残り受諾>
(民友2014.7.18)
[7](2013.2.5申立)特定避難勧奨 (2013.12.20和解案理由提示書)
地点周辺の伊達市霊山町小国地区・坂 ・ 被 爆 不 安・ 実 生 活 制 約 慰 謝 料 と し
ノ上・八木平地区、月舘町相葭地区の て 1 人 月 額 7 万 円(2011.6 .30 ~
住民330世帯1,008人が1人月額10万円 2013.3.31)
の慰謝料を求めて集団申立
<2014.2.7東電受諾>
[8](2013.5.29申立)住民約1万5千 (2014.3.20和解案)
人を代理して浪江町(旧警戒区域→帰 ① 全 員 に 月 額 5 万 円 を 加 算(2012.
還困難区域、居住制限区域、避難解除
3.11 ~ 2014.2.28)
準備区域)が1人月額10万円の慰謝料 ②75歳以上の高齢者に月額3万円を加算
に月額25万円の加算(計35万円)を求 <2014.5.26浪江町受諾>
めて集団申立
<東電回答>75歳以上の傷病者に1人
月額2万円加算(2011.311 ~ 2012.
3.31)
(民友2014.6.27)
- -
30
原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
[9](2013.5申立)葛尾村(計画的避
難区域→帰還困難区域、居住制限区域、
避難指示解除準備区域)の住民68世帯
206人が宅地・建物の賠償を求めて集
団申立
(2014.8.22 和解案)
・村全域の宅地・建物を全損扱いにする
<東電回答2014.9.13>「今回に限り」
数世帯分につき全損扱いを受諾(民報
2014.9.14)
[10](2014.3.5申立)福島市、郡山市、いわき市の住民1,410世帯4,480人が慰
謝料を子ども1人月額8万円、大人1人月額4万円の増額を求めて集団申立(第
1次請求分2011.3.11 ~ 2013.4.30)
(民友2014.3.6)
[11](2014.9.30申立)川俣町小綱木地区の住民180世帯572人(住民の94%)
が1人月額10万円の慰謝料を求めて集団申立(民報2014.10.1)
[12](2014.10.1申立)相馬市玉野地区の住民140世帯419人(住民の約9割)
が1人月額7万円の慰謝料を求めて集団申立(民報2014.10.2)
[13](2014.11.8)飯舘村比曽地区(計画的避難区域→居住制限区域)の住民38
世帯160人(住民の47%)が宅地・建物の全損扱い、財物損害、田1,470 ~ 1,540
円、畑1,310 ~ 1,340円、日常生活阻害慰謝料1人月額35万円、被曝不安慰謝料
1人700万円の賠償を求めて集団申立(河北2014.11.6)
[14](2014.11.14)飯舘村村民が「原発被害糾弾飯舘村民救済申立団」(長谷川
健一団長)を設立し、737世帯2837人が、①東電の謝罪、②1人月額10万円の避
難慰謝料を月額35万円に増額、③被爆不安慰謝料1人300万円、③村での生活を
破壊されてことへの慰謝料1人2,000万円など6項目の賠償を求めて集団申立(朝
日2014.11.15)
[15](2014.11.18)福島市大波地区、伊達市霊山町掛田谷津地区・雪谷地区の住
民約1,240人が1人月額10万円の慰謝料を求めて集団申立(朝日2014.11.19)
(b) 集団申立における慰謝料
集団申立では、詳細な申立書が原紛センターに提出され、現地口頭審理が行
われ、和解案又は和解案理由書が提示されることが多いが、以下、結論だけ示
す。
(ⅰ) [1]南相馬市原町区(旧緊急時避難準備区域)の事例で、1人月額10万
。[2]
円(8万円)の慰謝料が認められた(2011.3.11 ~ 2012.2.29)
南相馬市原町区ひばり太田地区の事例で1人月額10万円の慰謝料が認め
。なお2012年9月以降は特段の事情があれ
られた(2011.3~ 2012.8)
ば、慰謝料の継続が認められる。
- -
31
行政社会論集 第 27 巻 第3号
(ⅱ) [7]特定避難勧奨地点に近接する伊達市霊山町小国地区、坂ノ上・八木
平地区、月舘町相葭地区の事例で、1人月額7万円の慰謝料が認められ
た。これは自主避難者の慰謝料とは別に、被曝不安・実生活制約慰謝料と
して認められたもので、新しい慰謝料類型として、前出【表7】の(γ)
に該当するものと考えられる。
(ⅲ) [3]飯舘村長泥行政区の事例で、被爆不安慰謝料1人50万円(妊婦・子
ども100万円)を認める和解案が提示され、東京電力は「解決金」として
受諾した。和解案は、高線量地域の居住した者については、被曝を受けた
こと自体を損害として、慰謝料を認めている。これも、新しい慰謝料類型
で、[7]と同様、前出【表7】の(γ)に該当するものと考えられる。
(ⅳ) [6]飯舘村蕨平行政区の事例で、被爆不安慰謝料1人50万円(妊婦・子
ども100万円)
、6年間の避難慰謝料として1人月額10万円を認める和解
案が提示されたが、東京電力は和解案を拒否している。和解案は長泥行政
区の放射線量と同等と評価し、同額の被爆不安慰謝料を認めたものである。
(ⅴ) [4]南相馬市小高区の和解案は、コミュニティ喪失慰謝料について判断
を示さなかった。住民は「本件事故のよって自宅から仮説住宅等への長期
避難を強いられたことにより、それまでの平穏な日常生活とその基盤と
なっていた地域コミュニティを喪失・破壊され、警戒区域解除後も従前の
コミュニティを取り戻すことができない状態に置かれている。これはコ
ミュニティ生活者の多様な無形の精神的、財産的・経済的、社会的、文化
的利益を侵害するコミュニティ生活享受権の侵害というべきものであり、
避難生活における日常生活阻害慰謝料とは別個独立の被害である」と主張
したが、仲介委員は判断を保留した。
(ⅵ) [8]浪江町の和解案は、全員に月額5万円の慰謝料の加算、75歳以上の
高齢者に3万円の加算を認めたが、東京電力は和解案を拒否している。こ
の慰謝料は、避難生活が長期化し、「今後の生活再建や生活設計の見通し
を立てることが困難」となり、「将来への不安」が「増幅」していること
- -
32
原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
を理由とするものである。
6 原発ADRの到達点と課題
(1) 到 達 点
原発ADRが活動を開始してから3年を超え、和解事例も集積してきた。本
稿は、指針の枠組みを前提としたうえで、
「迅速な解決」
「適正な解決」という
観点から、原発ADRの制度的特徴、活動、紛争解決規範、及び慰謝料に関す
る公表和解事例を検討してきた。最後に原発ADRの到達点と課題を確認して
おきたい。
まず到達点であるが、「迅速な解決」に係わって、つぎの到達点を確認でき
る。第1に審理遅延問題への対応であるが、人員体制の拡充、審理の簡素化、
総括基準の作成・公表、和解事例・和解案提示理由書の公表など現在の和解仲
介手続の基本的枠組みが形成され、遅延問題が徐々に解消されてきたことであ
る。また審理迅速化に関する総括基準(9、10、14)の作成、審理簡素化の
ための定額賠償(証明すれば実費賠償)の実施(小高区集団申立)、立証の緩
和など、手続の簡易化、迅速化の基準も、一定整備されてきた。現在の平均審
理期間は6カ月程度といわれているが、これを当面の目標である4~5カ月に
近づけるためには、人員増を含む更なる改善が求められる。
第2に総括基準の作成・公表であるが、これは、和解案の迅速な提案、被害
者間の公平の確保、相対交渉の円滑な促進をめざしたもので、提案の迅速化や
仲介委員間の判断のバラツキ抑制などで一定の効果があったもの思われる。
また和解事例・和解案提示理由書の公表、パンフレットの作成・配布である
が、これからADR申立を考えている被害者(代理人)が、紛争解決を予測す
るうえで、有益であると思われる。ただし公表された和解事例は、事実が簡略
なうえ、既に約千件に達し、被害者がこれらを読んで分析し、判断をするのは
容易ではない。原子力損害賠償支援機構が和解事例集を公表しているが、加害
- -
33
行政社会論集 第 27 巻 第3号
者・東京電力に賠償金を供給する支援機構が、和解事例集をつくることについ
ては制度上、疑問がある。むしろ「被害者の保護」を目的とする原賠法によっ
て和解仲介の権限を有する原紛センターが、つくるのにふさわしのではなかろ
うか。
第3に東京電力の問題行為であるが、東京電力は、指針が明示していない損
害を賠償しない傾向にあり、また問題行為もなかなか減らない。原紛センター
は、①問題事例の公表、②遅延損害金の賦課、③「3つの誓い」(ⅲ和解仲介
案の尊重)30)の履行遵守、④文部科学省研究開発局長による改善要請、④原子
力損害賠償支援機構による行政指導などを行っているが、より実効性ある対策
が求められる。
つぎに「適正な解決」に係わって、つぎの到達点を確認できる。指針には類
型の狭さ、賠償範囲の狭さ、賠償額の低さなどがあるが、これらが総括基準
(1、2、5、3、11、12)や和解事例によって、一定修正され、「横出し」
「上乗せ」されてきた。
避難指示区域個人の慰謝料であるが、災害関連死、介護・障害者施設のサー
ビス不受給、津波行方不明者の捜索困難に関する慰謝料が認められ、一定の
「横出し」が行われてきた。また増額事由に該当した場合、概ね平均月額13万
円~ 20万円の範囲で「上乗せ」が認められている。
また集団申立の慰謝料であるが、避難指示区域及びその隣接地域における被
曝不安慰謝料(飯舘村長泥、蕨平)や被曝不安・実生活制約謝料(伊達市小
国、坂ノ上・八木平、相葭)が認められた。これらは新しい慰謝料類型であ
り、前進といえよう。また避難指示区域において自治体が住民を代理して慰謝
料を申立てた事例(浪江町)において、各人の個別事情に共通する精神的損害
として一律5万円の慰謝料増額が認められたことは、画期的である31)。
他方、東京電力は、蕨平や浪江町の事例において、和解案を拒否している。
これは自ら定めた「3つの誓い」(ⅲ和解仲介案の尊重)に違反するだけでな
く、原賠法が定める和解仲介制度の存在意義を損ねかねないものである。
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原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
原発ADRが認めた慰謝料の到達点として、①避難指示区域2期における将
来生活不安慰謝料(総括基準)、②避難指示区域及び隣接地域における被曝不
安慰謝料(長泥、蕨平)や被曝不安・実生活阻害慰謝料(小国等)を確認でき
る。しかしコミュニティ喪失慰謝料(南相馬市小高区)の判断は保留されてい
る。本慰謝料の獲得は、全国で並走する集団訴訟の課題でもある。
最後に被害者の賠償運動の到達点であるが、2014年11月16日、福島市公会
堂において「原発事故被害者集会」が開催された。全国で訴訟やADRを提起
している原告団、弁護団、支援団体など約30団体が、
「もう我慢はしない!立
ち上がる」として、原発事故後初めて集会を開いたもので、「もう我慢はしな
い!立ち上がる宣言」を採択した。考え方が異なり、なかなかまとまれなかっ
た被害者たちが結集の第一歩を踏み出した意義は大きい。
(2) 課 題
以上、指針の枠組みの範囲内での到達点を確認してきた。そのうえで、原発
ADRの今後の課題を確認しよう。第1は、総括基準の作成・公表である。総
括基準は、2013年以降、作成・公表されていない。総括基準は、①和案の迅
速な提案、②被害者間の公平の確保、③被害者と東京電力との円滑な相対交渉
の促進をめざしたものであり、また④仲介委員間の判断のバラツキを防ぐ面も
ある。また被害者が、千を超えなんとする公表事例を分析し、紛争解決を予測
することも容易ではない。原紛センターは、同一又は類似の事案に共通する基
準が形成されれば、判例法の法典化として、それらを総括基準に固定し、公表
することが、「被害者の保護」に資するものと思われる。
第2は、避難指示区域個人の慰謝料であるが、原発ADRが認める慰謝料
は、増額事由に該当しても、概ね平均月額13~20万円(実質上積み3~ 10万
円)程度である。申立人が和解案に合意しているとはいえ、金額に満足しての
合意ではなく、諸般の事情を考慮しての合意であろう。病気・障害を抱えての
過酷な避難生活を強いられた割には低額であり、増額部分と基本部分(月額
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行政社会論集 第 27 巻 第3号
10万円)の両方に問題がある。特に中間指針の定める慰謝料(基本部分)が、
日常生活不安慰謝料に限定され、金額が交通事故慰謝料基準に準拠している点
が問題である。原子力被害の特質を反映した紛争の「適正な解決」を図るため
には、実態調査を踏まえた指針の見直しが不可欠である。
第3は、原発ADRへの裁定機能の付与と独立性の付与である。まず前者で
あるが、2014年に入り、東京電力が仲介委員の和解案を拒否する事例(飯舘
村蕨平行政区、浪江町)がみられるようになった。原発ADRは、当事者に和
解案の「諾否の自由」
(和解仲介規程28条)を認めているが、
「正当な理由」
なく諾否の自由を認めていれば、紛争の「迅速な解決」はおぼつかず、原発A
DRの存在意義が問われることになる。そこで原発ADRに裁定機能を付与
し、原子力事業者は、原則として裁定を尊重するものとし、裁定を受取った
後、例えば1カ月以内に訴訟を提起しない限り、裁定通りの和解内容が成立す
るとみなすといった機能を法定することが考えられる32)。
つぎに後者であるが、原紛センターは、原賠審とともに、原子力開発を推進
する文部科学省研究開発局に設置されており、制度上、原紛センターの独立
性、中立性、公正性を疑わしめるものである。原紛センターを原子力行政から
中立的な行政機関(内閣府)に移管し、準司法機関として整備していくことが
必要である33)。
1)
吉村良一「原子力損害賠償紛争審議会『中間指針』の性格」法律時報86巻5
号(2014年)134-139頁、浦川道太郎「原発事故により避難生活を余儀なくさ
れている者の慰謝料に関する問題点」環境と公害43巻2号(2013年)9-16頁。
2) 日本弁護士連合会「原子力損害賠償紛争解決センターの立法化を求める意見
書」(2012年8月23日)
。
3)
2014年12月現在、総括委員長:大谷禎男、総括委員:鈴木五十三、山本和
彦、和解仲介室長:団藤丈士、福島事務所長:浜田愃。
4)
2012年度23億円(補正予算含む)
、2013年度46億円、原紛センター調べ。
5)
野山宏「原子力損害賠償紛争解決センターにおける和解の仲介の実務 1」判
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原発ADRの到達点と課題 (高瀬 雅男)
例時報2140号(2012年)3頁。
6) 類似機関に公害等調整委員会(以下「公調委」という。)がある。公調委は
法律によって総務省の外局に設けられた独立行政委員会であり、公害紛争の
あっせん、調停、仲裁、裁定を行い、委員長及び委員(計7人)の職権行使の
独立性が保障され、内閣総理大臣が両議院の同意をえて任命し(任期5年、再
任可)
、身分保障がある。これに対して原紛センターは、政令によって文部科学
省の原賠審の下に設置され、原子力損害に関する紛争の和解仲介を行い、仲介
委員、調査官は文部科学大臣が任命し(政令1条、4条)、仲介委員は「中立か
つ公正な立場」で紛争の迅速かつ適正な解決に努めるものとされているが、職
権行使の独立性や身分保障に関する規定はない。
7) 原子力損害賠償紛争解決センター「原子力損害賠償紛争解決センター活動状
況 報 告 書 ~ 平 成24年 に お け る 状 況 に つ い て ~」
(2013年 2 月 ) 1 頁。 以 下
「2012年活動状況報告書」として引用する。
8) 2012年活動状況報告書15頁。
9)
「原子力損害賠償紛争解決センターの現状に関する意見書」
(2012年9月3日)
。
10)
2012年活動状況報告書19頁。
11)
2012年活動状況報告書20頁。
12)
総括委員会「和解事例の公表について」(2012年4月27日)
。
13)
2012年活動状況報告書19頁、総括基準9「加害者による審理の不当遅延と
遅延損害金について」2012年7月5日)
。
14)
2012年活動状況報告書7頁、17頁、23頁。
15)
「5つのお約束」とは、①迅速な賠償のお支払、②きめ細やかな賠償のお支
払、③和解仲介案の尊重、④親切な書類手続き、⑤誠実なご要望への対応をい
う。原子力損害賠償支援機構と東京電力の「改正・総合特別事業計画」2013年
1月15日。
16)
「原子力損害賠償センター活動状況報告書の公表に係る被害を受けた方への
対応に係る要請」2013年3月5日。
17)
2013年活動状況報告書(2014年4月)13頁。
18)
2012年活動状況報告書14頁。
19)
http://www.tepco.co.jp/fukushima_hq/compensation/results/index-j.html
20) http://www.mext.go.jp/a_menu/genshi_baisho/jiko_baisho/detail/1329118.
htm
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行政社会論集 第 27 巻 第3号
21)
和 解 仲 介 申 立12,727件、 既 済 件 数9,924件、 全 部 和 解8,124件、 福 島 民 報
2014年8月30日付。
22)
毎日新聞2014年5月19日付。
23)
吉村良一『不法行為法』(有斐閣、4版、2010年)158-159頁。
24)
淡路剛久「福島原発事故の損害賠償の法理をどう考えるか」環境と公害43
巻2号(2013年)4頁。
25)
淡路・前掲注24) 4- 7頁。
26)
吉村良一「福島原発事故の救済」法時85巻10号(2013年)60頁。
27)
小島延夫「原子力損害賠償紛争解決センターでの実務と被害救済」環境と公
害43巻2号(2013年)20頁。
28)
総括委員会・前掲注12)
、2012年活動状況報告書20-21頁。
29)
総括委員会・前掲注12)
。
30)
原子力損害賠償支援機構と東京電力の「新・総合特別事業計画」2014年1
月15日。
31)
浪江町が、集団申立について双葉郡町村会の理解を得るのは容易ではなかっ
たようである。行政区長「報道によると、浪江町の集団申立に対して他町村長
から「迷惑」との発言があったようだが、そのような反発、状況について把握
していることがあれば説明を求む」
。馬場町長「双葉郡の一部の町村長からの話
は報道通りと思う。先日の町村会では、浪江町の真意が伝わらず35万円の増額
は突出しているのではないか、自立更生を妨げる、如何なものかとの発言が
あった。しかし理解はしていただいた。町村会の度にいっしょにやっていきま
しょうと話しているが、温度差、時間差がある。旧緊急時避難区域と避難区域
では違うところがある」。「交付金は浪江、小高原発に係る初期対策交付金は受
けているが、直接的な交付金は受けていない」
。「ADR申立て説明会質疑応答」
(2013年6月29日)
。
32)
日本弁護士連合会・前掲注2) 5頁。
33)
日本弁護士連合会・前掲注2) 6頁。
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