微小な刺激に対する筋・軟部組織の反応の光学的計測

筑波技術大学 紀要
National University Corporation
Tsukuba University of Technology
微小な刺激に対する筋・軟部組織の反応の光学的計測
筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻
鮎澤 聡,笹岡知子
キーワード:秩序,複屈折,筋
1.
4.
背景
筋組織の観察
鍼灸治療においてはいわゆる経穴に施術して治療を
良好な固定が得られなかったため,観察はミジンコ
行うが,どうして鍼のような微弱な刺激で治療効果が
がプレパラート上の水滴の中で横になり時折回転する
現れるのか,さらには経穴・経絡とは何か,いまだ明
ような状態で,ステージ手動で動かすことで追跡し,
らかになっていない。これまで研究代表者は,「経絡
肉眼とビデオカメラで観察を行った。偏光顕微鏡(Zeiss
とは生体の秩序生成と関係するコヒーレントな振動系
Axioimager POL)に温度制御ステージ(MAT500S)を
であり,筋・筋膜や軟部組織,およびその周囲に配向
装着し,プレパラート上の水滴内においたミジンコに
している水が関与する」という作業仮説のもとに研究
低温負荷(3℃)を行い,動きによるノイズが比較的少
を進めてきた
1)
。また,実験生物を用いてこのコヒー
レント性を複屈折という光学的指標を用いてライブで
ないと思われた触角筋(antenna muscle)を中心に輝度
変化や形態変化を経時的に観察した。
光学的に観察する方法を検討してきた。複屈折とは結
低温負荷を行うと動きが緩慢になることを予測して
晶や液晶にみられる特徴であり,組織の秩序性の指標
いたが,顕著な動作の低下は得られなかった。筋組織
となる。本研究期間においては,まず複屈折の変化を
についても,低温負荷後に即時的な変化は肉眼では観
経時的に観察する方法を検討し,次に生物に刺激・負
察されなかった。しかし,長時間観察し徐々に弱って
荷を与えた場合の複屈折の変化に関する検討を試みた。
くると,肉眼による観察では触角筋の輝度に「むら」
2.
が生じてくるように見えたが,定量的な評価はできず,
実験生物の養育環境の整備
試料の小生物としては透過観察で筋組織を観察する
また透見している甲殻の変化の可能性を否定できなか
ことができるミジンコ(大ミジンコ Daphnia magna)
った。また,もし複屈折に変化を生じていたとしても,
を採用した。まず実験資料を安定に使用することがで
本研究で目的としている微小な刺激による反応ではな
きるように濾過フィルターなどの飼育設備を整えた。
く,低酸素などによる組織変性に伴う形態複屈折の変
岡崎統合バイオサイエンスセンター・基礎生物学研究
化ではないかと考えている。
所よりDaphnia magnaを入手し,繁殖させることに成功
5.
した。
3.
今後の課題
ミジンコは筋組織が明瞭に透見される点においては
試料の固定方法の検討
優れたモデルと考えているが,本研究においては,動
ミジンコは胸脚を持続的に動かしており,画像解析
きの問題で精密な観測が困難であった。微小な刺激に
などを用いた複屈折の観察に十分な固定方法を検討す
対する複屈折の変化は筋の組織構造による形態複屈折
る必要があった。通常はパラフィンなどを用いること
と比して非常に小さいことが予測される。他の実験生
が多いが,パラフィンそのものが複屈折をするため,
物も視野に入れて,ライブ観察というメリットを生か
複屈折の観察においては不適であった。スライドガラ
しつつ複屈折を定量的に観測できる系を今後さらに検
スを加工し,前後左右や上下に圧迫固定する,溶解し
討していきたい。
たアガロースを用いて固定するなどの方法を試行錯誤
したが,圧迫による組織の変位が観察に影響するなど
引用文献
の問題があった。また,光強度の計測においては胸脚
[1] 鮎澤聡.偏光顕微鏡を用いた生体の秩序性の光学
の動きがかなり大きなノイズとなるなど,現状では満
的観察.人体科学.2013;22(1):32-35.
足のいく方法は得られていない。
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