DEA による野球打者の評価 橋本昭洋 (筑波大学)

DEA による野球打者の評価
橋本昭洋 (筑波大学)
適用分野:スポーツ, 組織・人事・教育
適用手法:分類・評価法 (含む DEA)
1. 野球打者の評価
本研究は, プロ野球打者の評価をDEA (Data Envelopment Analysis)[3] を用い
て行ったものである.
野球打者の評価は, 「三冠王」の名が示すように, 打率, 本塁打, 打点の 3 部門
に視点が集中しがちである. しかし打者の使命を得点に貢献することと考える
とき, 盗塁, 犠打などほかにも考慮すべきものがある. すなわち, それらをも含め
た形で総合的に評価すべきである. 多次元のものを統合するときしばしば用い
られるものに, 加重和による総合化がある. しかし, 先験的な加重システムを得
ることは困難であり, またそれが得られたとしても, 個々の打者の「売り物」は
異なり, 一義的な評価は公平でない. 以上のように考えると, 打者の評価はいく
つかの側面を多元的に見ると同時に, 一義的な評価システムによらず, 個々の打
者の特徴を生かしたものであることが望ましい. このような要件を兼備するも
のとして, DEA がある.
2. DEA による非画一的総合評価
DEA の基本モデルは, m 入力・t 出力をもつ nDMU(Decision Making Unit) の
相対効率性 (0 ≤ hj0 ≤ 1, j0 = 1, ..., n) を測定する分数計画問題 (決定変数: ur , vi)
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として, 次のように定式化される:
t
Maximize
hj0 =
t
subject to
r=1
m
i=1
r=1
m
i=1
ur yrj0
vi xij0
(1)
ur yrj
≤ 1, j = 1, ..., n,
vi xij
ur , vi > 0, r = 1, ..., t, i = 1, ..., m,
ここで, yrj = DMU j からの出力 r の量, xij = DMU j への入力 i の量, ur = 出力
r のウェイト, vi = 入力 i のウェイト.
DEA は各 DMU が, 複数の入力をいかに効率よく複数の出力に変換しているか
を検討する. すなわち, 他と比較して小量の入力で大量の出力を産出する DMU
は, 効率的と見なされる. しかし数学的に見ると, DEA における入力と出力は, 生
産においてのように有機的関係があることを必ずしも要求しない [式 (1) 参照].
そこで, 入力を値が小さいほど望ましい評価項目, 出力を値が大きいほど望まし
い評価項目と置き換えて考えれば, DEA によりそれらの項目の一つの総合評価
ができる. また, その総合化は先験的加重システムによる一義的なものではなく,
評価される DMU ごとに, そのデータ特性を生かすべく加重システムが決定され
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るという, 従来とは異なるものである.
このような特徴をもつ DEA は, 相対効率性の分析だけでなく, 様々な分野の一
般的評価問題への適用が可能な筈である. 著者はこれを「非画一的総合評価」と
名付け, QOL (Quality-Of-Life, 生活の質) 分析 [7, 8], 一芸入試選抜システム [5],
順位投票システム分析 [6] などの社会システムへの適用を提案している. 本研究
もその一環である.
3. 打者評価への適用
ここでは 1991 年度の日本プロ野球を取り上げ, 規定打席に達した打者 66 (パ・
リーグ 36, セ・リーグ 30) 人を DMU とし, CCRモデル[4] を適用している. (規定
打席による制限を大幅に緩め, より多くの打者をBCCモデル[1] で分析するとい
うことも考えられよう. )
打者の評価に使用するデータとして本研究では, 2 入力 (打席, 併殺打), 5 出力
(安打, 四死球, 盗塁, 犠打, 打点) を取り上げている. これらの入出力は, 次のよう
に考えて選定している.
前述のように, 打者の使命を得点に貢献することと考え, 与えられる打席とい
う機会を, いかに効率的に得点への貢献に変換するかを基本的な考え方とする.
得点への貢献をさらに, 出塁 (安打, 四死球), 進塁 (盗塁, 犠打), 得点 (打点) およ
び負の貢献 (併殺打) に分けて考える. このうち併殺打数は, 値が小さいほど望ま
しいから, 負の出力すなわち入力の一つとして考えることができる. また, 得点
に直結する本塁打, 進塁状況を表現する塁打も評価項目として当初考慮に入れた
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が, 相関分析の結果, いずれも打点との相関係数が極めて高く (それぞれ, 0.865,
0.843), 出力項目に含めていない. このような入出力の選定が, 通常の DEA 効率
性分析と, また野球打者を通常の三冠王フロンティアにより DEA 評価している
[9] との相違点となっている.
ここで打席は, 打者が自由にその数を増減できるものではないが, 他の入出
力が全く同数の打者を比較するとき, 打席数が少ないほど望ましいと考えるこ
とができる. このように他の入出力とは異なる性質をもつ打席を, 制御不能な
(nondiscretionary) 入力として特別に扱うことも可能であるが [2], そのとき入力
は併殺打のみとなり, その値が零をとる可能性もある. そこで本研究では, 打席
を 2 入力のうちの一つとしてそのまま扱い, 打席に関する特異性は, 後述する
DEA/AR 分析で考慮している.
4. 打者の非画一的総合評価
DEA 分析の結果, 66 打者中 16 打者が DEA 優秀 (DEA 評価値= 1) と判定され
た (表 1). これらの打者の特性はバラエティに富み, ここに非画一的評価の特徴
的な結果を見ることができる.
DEA と対極にあるのが先験的なウェイトによる一義的評価であり, その間に位
置する折衷案として, DEA/AR (DEA/ Assurance Region) 分析 [10] がある. DEA
モデルにおいて, (入) 出力のウェイト (vi )ur の比は (入) 出力のシャドウプライス
の比に等しいから, これらのウェイト比に制限をつけることにより, 入出力の重
要度に制約を課すことができる. すなわち DEA/AR 分析は, ウェイトの決定に制
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表 1: DEA および DEA/AR 評価値
落合 (中 )
レイノルズ (洋 )
秋山 (西 )
野村 (広 )
佐々木 (ダ )
ライアル (中 )
パチョレク (洋 )
広沢 (ヤ )
トレーバ (近 )
松永 (オ )
オマリ (神 )
堀 (ロ )
ブーマ (オ )
高木 (洋 )
デストラーデ (西 )
駒田 (読 )
大豊 (中 )
原 (読 )
石嶺 (オ )
古田 (ヤ )
池山 (ヤ )
ラガ (ダ )
DEA
評価値
1
1
1
1
1
0.9894
1
0.9659
0.9966
0.9660
0.9607
1
0.9664
1
1
0.9775
0.8888
0.9936
0.9013
1
0.8679
0.8868
DEA/AR
評価値
1
1
1
0.9750
0.9691
0.9642
0.9545
0.9536
0.9424
0.9277
0.9269
0.9172
0.9107
0.9055
0.8960
0.8894
0.8752
0.8736
0.8604
0.8599
0.8588
0.8578
ブラドリ (読)
ウィンタース (日)
門田 (ダ)
秦 (ヤ)
山崎 (広)
白井 (日)
レイ (ヤ)
高橋 (オ)
清原 (西)
宇野 (中)
宮里 (洋)
石毛 (西)
田辺 (西)
鈴木 (近)
平井 (ロ)
大野 (ダ)
八木 (神)
金村 (近)
正田 (広)
大島 (日)
田中 (日)
清水 (洋)
DEA
評価値
0.8804
0.8530
0.8445
0.9307
0.9185
1
0.9187
0.8691
0.8353
0.8242
0.9507
0.9694
0.9801
0.8364
0.9874
1
0.7927
0.8368
0.9478
0.8060
0.8094
0.8490
DEA/AR
評価値
0.8474
0.8473
0.8409
0.8372
0.8369
0.8284
0.8270
0.8144
0.8136
0.8132
0.8014
0.7937
0.7936
0.7929
0.7924
0.7829
0.7769
0.7754
0.7722
0.7672
0.7590
0.7553
愛甲 (ロ)
中島 (オ)
平野 (西)
福良 (オ)
湯上谷 (ダ)
立浪 (中)
岡田 (神)
辻 (西)
川相 (読)
和田 (神)
小川 (オ)
岡崎 (読)
大石 (近)
ベイス (日)
大内 (日)
ウィン (神)
西村 (ロ)
藤井 (オ)
前田 (広)
達川 (広)
本西 (オ)
伊東 (西)
DEA
評価値
0.8595
0.8613
1
0.9492
1
0.9445
0.7615
0.8767
1
0.9123
0.9192
0.8019
0.8749
0.7766
0.9845
0.7452
1
0.8254
0.9512
0.8118
0.8653
0.8626
DEA/AR
評価値
0.7548
0.7339
0.7338
0.7320
0.7317
0.7298
0.7275
0.7246
0.7207
0.7170
0.7150
0.7131
0.7109
0.6950
0.6922
0.6921
0.6876
0.6847
0.6818
0.6621
0.6607
0.6334
限をつける形で経験や専門家の意見などの情報を DEA に取り入れ, より現実的
な分析を行うことを目的としている.
本研究では, 入出力のウェイト vi, ur に
u[打点] ≥ u[安打] ≥ u[四死球] ≥ u[犠打],
u[安打] ≥ u[盗塁] ≥ u[犠打],
v[打席] ≥ 10v[併殺打],
という制限をつけた場合の DEA/AR 分析を行っている. ここで出力に関しては,
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得点に貢献するという打者の使命から打点を最重要と見なし, 次いで安打, 四死
球は一塁にしか出塁できず単打から本塁打までを含む安打より重要度は下, 犠打
はアウトを伴うので四死球より下, また一つ進塁する盗塁は四死球と無差別と仮
定している. 入力に関しては, シャドウプライスの比は打席と併殺打の限界代替
率を表すとも考えられ, 打席が制御不能であるから無限大の筈であるが, ここで
は恣意的に 10 以上と仮定している. すなわちここでの仮定は, 犠打よりも打点
を重視しており, いわゆる強打者に有利なものとなっている.
DEA/AR 分析の結果を表 1 に DEA 評価値とともに, DEA/AR 評価値の大きい
順に示す. ここで, DEA/AR 優秀打者が 3 名に減少しているのが注目される.
参考文献
[1] R. D. Banker, A. Charnes and W. W. Cooper, Some models for estimating technical and
scale inefficiencies in data envelopment analysis. Management Science 30, 1078–1092,
1984.
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[3] A. Charnes, W.W. Cooper, A. Y. Lewin and L. M. Seiford (eds.), Data Envelopmen
Analysis: Theory, Methodology, and Application. Kluwer Academic, 1994.
[4] A. Charnes, W. W. Cooper and E. Rhodes, Measuring the efficiency of decision making
units. European Journal of Operational Research 2, 429–444, 1978.
[5] A. Hashimoto, A DEA selection system for selective examinations. Journal of the Operations Research Society of Japan 39, 475–485, 1996.
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[6] A. Hashimoto, A ranked voting system using a DEA/AR exclusion model: A note.
European Journal of Operational Research 97, 600–604, 1997.
[7] A. Hashimoto and H. Ishikawa, Using DEA to evaluate the state of society as measured
by multiple social indicators. Socio-Economic Planning Sciences 27, 257–268, 1993.
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DEA approach. Social Indicators Research 40, 359–373, 1997.
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Analysis: Theory, Methodology, and Application (A. Charnes et al., eds.), Kluwer Academic, 369–391, 1994.
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evaluation for locating a high-energy physics lab in Texas. Interfaces 16, 36–49, 1986.
出典: 「DEA による野球打者の評価」, 『オペレーションズ・リサーチ』, 38(1994), 146–153.
連絡先: 橋本昭洋 (筑波大学 社会工学系)
〒 305–8573 つくば市天王台 1-1-1
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