素の働きを阻害します。動物にはこれらの系がな 湛水された水田にイネがきれいに並んで青々と育 いので除草剤が動物に無害なのはよく理解できま っている姿を美しいと感じる人は多いのではない すが、除草剤の標的となる酵素は作物にも雑草に かと思います。この写真(図 1)のようにイネが も存在します。作物には無害という除草剤の性質 元気に育っている水田ではほとんど雑草が生えて は不思議です。 いません。それは除草剤が使用されているからで すが、よく考えてみると不思議な点に気が付きま せんか?除草剤を散布したのにも関わらずイネは このような「雑草には除草効果があるけれど、作 枯れずに元気に育っています。雑草もイネも同じ 物には無害」という除草剤の性質を選択性 植物です。なぜ除草剤は雑草のみに効果があるの (selectivity)といいます。選択性のメカニズムに でしょうか。 はいくつかありますが、多くの除草剤では作物特 異的に起こる除草剤の急速な解毒代謝(分解)を 利用しています。なぜ作物では除草剤が急速に分 解され、雑草では分解されないのかについての詳 細な(遺伝子レベルでの)メカニズムはまだあま りよく分かっていません。一般的には、作物にの み存在する、あるいは作物においてのみ活性の高 い酵素によって分解されていると考えられていま す。 農薬会社は、植物が持つ生理的特性を攻撃する 特性を持ちながら、一方で作物では分解されると 図 1 水田の様子 いう非常に洗練された化合物を、膨大な候補化合 雑草がほとんど生えていない。 物の中から膨大な労力をかけて選び出します。そ して、こうした優れた特性を持つもののみが、農 除草剤にはたくさんの種類がありますが、動物 耕地で使用される除草剤として商品化されている には無毒ないしそれに近いものがほとんどです。 ことになります。現在のところ、どのような作物 それは、除草剤の多くは植物固有の生理的な特性 の遺伝子が除草剤の分解に関わるのか分かってい を標的にするようにデザインされているからです。 ないものが多いですが、これらを 1 つ 1 つ明らか そうした標的の中には細胞壁(動物細胞にはない) にしていくことで、作物により安全で雑草にはよ の生合成系、光合成系(動物は光合成しない)など り効果の高い除草剤の開発につながるのではない があり、それぞれの除草剤はこうした系で働く酵 かと考えています。 合もあります。こうした複数の除草剤に抵抗性を 示す多剤抵抗性型の雑草も近年増えてきており、 同じ作物の中にも品種によってはこうした除草剤 除草剤抵抗性の問題は年々深刻になってきていま を分解する酵素(あるいはそれをコードする遺伝 す。 子)を持たないものがあることもあります。過去 には、このような遺伝子を持たないイネがある種 の除草剤によって枯れてしまい、大きな問題とな ったこともありました(農研機構プレスリリース https://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/press/lab oratory/narc/013033.html) 。 除草剤は現代農業において欠かすことのできな いツールとなっていますので、品種間の除草剤感 受性に影響する遺伝子を明らかにすることは重要 です。私たちもイネの品種間での除草剤感受性に 関わる遺伝子の同定に取り組みました(Saika et al. 2014)。この研究から、東南アジアで広く栽培され ているイネ品種はある種の除草剤を分解する酵素 (をコードする遺伝子)を持っているに対し、日 図 2 抵抗性型のタイヌビエと標準型の タイヌビエの除草剤反応 抵抗性型は除草剤(ベンスルフロンメチル) の影響をほとんど受けない。 本で栽培されている多くの品種ではこの遺伝子を 持っていないため、ある種の除草剤には感受性を 示すということが明らかになりました。このよう に除草剤の効果を決める遺伝子を同定し、その遺 伝子を持たない品種にその遺伝子を持つ品種を掛 け合わせてやることで、使用できる除草剤の種類 を増やすことができます。 ではこうした抵抗性タイプの雑草は除草剤がよく 効く通常のタイプの雑草とはどう違うのでしょう か。抵抗性のメカニズムに関する研究は、抵抗性 が大きな問題になり始めた 80 年代から積極的に 行われるようになり、いくつかの除草剤について はその抵抗性メカニズムも遺伝子レベルでよく理 解されています。多くの場合、抵抗性型の雑草は 除草剤の標的酵素に突然変異が生じ、特定の部位 のアミノ酸が別のアミノ酸に変わっています。そ 一方で雑草の方も除草剤にやられ続けている訳で の結果、酵素の立体構造が変化し、除草剤が標的 はありません。本来は除草剤に感受性を示す種で 酵素に結合できなくなることにより酵素の感受性 あっても、何年も繰り返し同じ除草剤のストレス が失われていました。 を受け続けると除草剤に抵抗性を持つ個体が出現 一方、これまで遺伝子レベルでほとんど分かっ し、水田や畑に広がって深刻な問題となることが ていなかった抵抗性のメカニズムが、除草剤の急 あります。こうした除草剤抵抗性雑草ではこれま 速な分解によるものです。こうした抵抗性タイプ でに 246 もの雑草種で報告されています(2015 年 が存在することは 1987 年に初めて報告されまし 5 月 2 日現在) 。抵抗性の雑草が出現したためにこ たが、抵抗性に関与する遺伝子はこれまでほとん れまでと異なる除草剤での防除を試みた結果、そ ど分かっていませんでした。私たちは、タイヌビ の除草剤にも抵抗性を示すようになってしまう場 エという水田に生息する雑草で見つかった除草剤 抵抗性型を材料に、この問題に取り組みました。 用と、それに対する植物の柔軟な対応能力を明ら その結果、除草剤抵抗性のタイヌビエはイネが除 かにし、農業や植物科学の発展に貢献したいと考 草剤を分解するのと非常によく似たメカニズムで えています。 除草剤を急速に分解することで抵抗性になってい ることが明らかになりました(Iwakami et al. 2014a)。 このタイヌビエのように除草剤を分解することに Iwakami S., Endo M., Saika H., Okuno J., Nakamura N., よって抵抗性になっていると推定されている抵抗 Yokoyama M., Watanabe H., Toki S., Uchino A. and Inamura 性型の雑草は日本でもヒメタイヌビエやオモダカ T. 2014a. Cytochrome P450 CYP81A12 and CYP81A21 are などで知られています(Iwakami et al. 2015, Iwakami associated with resistance to two acetolactate synthase et al. 2014b)。今後はこれらのメカニズムも明らか inhibitors in Echinochloa phyllopogon. Plant Physiol 165, にしていきたいと考えています。 618-629. Iwakami S., Watanabe H., Miura T., Matsumoto H. and Uchino A. 2014b. Occurrence of sulfonylurea resistance in Sagittaria 雑草の防除なくして効率的な作物生産はできませ trifolia L., a basal monocot species, based on target-site and ん。雑草防除において除草剤は現代農業に大きく non-target-site resistance. Weed Biol Manag 14, 43-49. 貢献してきましたが、これまではその作用メカニ Iwakami S., Hashimoto M., Matsushima K.-i., Watanabe H., ズム、選択性のメカニズムについて遺伝子レベル Hamamura K. and Uchino A. 2015. Multiple-herbicide ではよく理解されていませんでした。より安全で resistance in Echinochloa crus-galli var. formosensis, an より効果の高い除草剤の開発のためには、こうし allohexaploid weed species, in dry-seeded rice. Pestic Biochem た研究が必要とされています。また、多様性に富 Physiol 119, 1-8. む雑草を対象とした遺伝子レベルでの研究はこれ Saika H., Horita J., Taguchi-Shiobara F., Nonaka S., Nishizawa- まであまり行われていませんでしたが、近年の遺 Yokoi A., Iwakami S., Hori K., Matsumoto T., Tanaka T., Itoh 伝子解析技術の進展もあり、雑草が驚くようなメ T., Yano M., Kaku K., Shimizu T. and Toki S. 2014. A novel カニズムで抵抗性を獲得していることも明らかに rice cytochrome P450 gene, CYP72A31, confers tolerance to なってきました。当研究室では、作物の除草剤耐 acetolactate synthase-inhibiting herbicides in rice and 性メカニズムと雑草の抵抗性メカニズムを比較し Arabidopsis. Plant Physiol 166, 1232-40. ながら、人工の生理活性物質の洗練された薬理作 連絡先 筑波大学生命環境系 植物機能制御学研究室 岩上哲史:[email protected]
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