クレジット市場の流動性分析 - ホーム • ウエスタン・アセット

トーマス・マクマホン
プロダクト・マネージャー
クレジット市場の流動性分析
要約
流動性: 資産価格に影響を与えることなく、資産や証券を市場でどの程度売買 できるかを示す指標。
 銀行は、新しい規制と財務 規制上の監督体制やルールが強化されたことを受けて、2008年に経験したような金融
上の制約を背景にリスク量 危機が再現するリスクは大幅に低下した。一方、新しい規制の副産物として、社債を保有
を落としているため、社債 する銀行に課される資本コストやその他の規制上、財務上の制約が高まった影響を大き
市場の流動性は格付け水
く受ける形で、社債市場の流動性が大きく低下している。その結果、銀行業界のビジネス
準にかかわらず広範に低下
モデルは変貌を遂げた。
している。
 流動性の低下によって、運
用マネージャーが合理的な
価格で取引することが困難
になる場合もあるが、一方
で、市場の非効率性が高ま
り、魅力的な投資機会が生
まれる可能性もある。
 パフォーマンスの大幅な改
善を企図して取引頻 度の
高い戦略を嗜好する投資
家にとっては、この先の市
場環境は困難なものとな
るであろうが、一方で、クレ
ジットのファンダメンタルズ
分析に長け、相対価値の投
資機会に重点を置いた長
期的アプローチを採用する
運用マネージャーは、市場
の非効率性が高まる中で恩
恵を受けるだろう。
 当社では、クレジット市場
においてアクティブ運用の
合理性がこれほど高まった
ことはなく、当社の運用ス
タイルはこのような環境に
適していると考えている。
 当社では、クレジット・ポー
トフォリオの流動性低下の
影 響を緩 和することを目
指した戦 略を複 数 活用し
ている。
この先、銀行がリスク量を落とす結果、社債市場の流動性は格付け水準にかかわらず世界
的に低下する見通しである。流動性の低下によって、運用マネージャーが合理的な価格で
取引することが困難になる場合もあるが、一方で、市場の非効率性が高まり、魅力的な投
資機会が生まれる可能性もある。また、強制売却を余儀なくされるケースでは、ポジション
を速やかに解消する代償として、フェア・バリューを下回る価格が提示されることも多い。こ
のような状況は、金融危機後の市場において頻繁に見られており、柔軟性のある投資家に
とっては魅力的な投資機会と言えるだろう。パフォーマンスを相応に改善するため取引頻
度の高い運用戦略を基本とする市場参加者にとっては、この先市場環境は困難になる可
能性が高い。これに対して、クレジット・ファンダメンタルズ分析に長け、相対価値の投資
機会に重点を置いた長期的アプローチを採用する運用マネージャーは、市場の非効率性
が高まる中で恩恵を受けるだろう。
全ての債券マネージャーは、クレジット関連のさまざまなアセットクラスの流動性が低下し
たことにもどかしい思いをすることもあろうが、当社では、当社の運用スタイルはこのよう
な環境に適していると考えている。また、当社はクレジット市場においてアクティブ運用の
合理性がこれほど高まったことはないと認識しており、当社のクレジット運用チームは、市
場の非効率性や歪みが生み出す投資機会を常にうかがっている。クレジット市場の運用マ
ネージャーである当社及び顧客のポートフォリオは、流動性低下の影響を受けてきたが、こ
の影響を相殺する戦略を有する長期的なバリュー投資家として、これを最小限にとどめてき
た。
下記では、流動性が低下した主な要因、市場に与える影響、クレジット・ポートフォリオ
が受ける影響を緩和するために当社が活用する戦略について詳述する。
クレジット市場の流動性が低下した主な要因
 リスクウエイトの厳格化
世界の金融セクターは2008年の金融危機において、1929年の大恐慌以降では最も
破たんに近い状態に追い込まれた。大恐慌の事例では、その教訓を踏まえて銀行
システムに対する当局の監督や規制が大幅に強化され、米国では、証券取引委員会
(SEC)や連邦預金保険公社(FDIC)が設立された。2008年の金融危機の事例でも
同様に、当局の監督が強化されることになった。具体的には、金融危機に対応する
形で、2010年に米議会で可決されたドッド・フランク法を初めとする多数の規制が新
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ウエスタン・アセットの顧客、その投資コンサルタント及びその他の当社が意図した受取人のみを対象として
作成されたものです。第三者への提供はお断りいたします。当資料の内容は、秘密情報及び専有情報としてお取り扱い下さい。無断で当資料のコピーを
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クレジット市場の流動性分析
図表1 投資適格社債の社債保有コスト(リスク加重資産)
4.0
パーセント(%)
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
バーゼル I
バーゼル II
バーゼル III
出所:国際決済銀行(BIS) 2014年12月31日時点
たに導入された。また、2011年には米連邦準備制度理事会(FRB)が、ドッド・フランク法
の規制に加えて、バーゼルⅢに規定された主要な自己資本規制を米国の銀行業界に適
用することに合意した。ドッド・フランク法とバーゼルⅢの施行は時間をかけて段階的に
進められているが、完全施行の前から市場流動性には影響が及んでおり、顕著な影響の
1つが、プライマリーディーラー(銀行)の社債保有コストが増加したことである。具体
的に説明すると、国際的な銀行規制当局は、銀行の所要自己資本比率を決定する際に、
リスク加重資産という概念を用いる。リスク加重資産の金額は、銀行の潜在的損失に
対するエクスポージャーを推計するために、各アセットクラスのリスク量に応じて算出さ
れる。その上で、規制当局は、銀行の所要自己資本比率を計算するためにリスク加重資
産を合算する。バーゼルⅢでは、投資適格社債のリスクウェイトが1%から3.4%に(図表
1)、ハイ・イールド債のリスクウェイトが5%に引き上げられたため、世界の大手銀行の社
債保有コストは、投資適格社債の場合は240%、ハイ・イールド債の場合は400%に軒並
み増加した。一方、米国政府及び政府支援機関向けの直接のエクスポージャーに係るリ
スクウェイトは、据え置きとなった。
 規制強化
ドッド・フランク法は、質の高いTier1資本を増やすこと、流動性をより高い水準に保つこと、
「高リスク」と見なされる業務(ヘッジ・ファンド投資など)の多くから撤退することを銀
行に義務付け、また、自己勘定取引を禁止している。従来、高リスク取引と自己勘定取引
はいずれも社債市場では活発に行われていた。また、ドッド・フランク法に基づき、さま
ざまな規制を監督するための政府機関や規定が数多く新設された。その1つの金融安
定監督評議会(FSOC)や、秩序立った清算権限(OLA)という規定の下で、破たんした
場合に経済に大きな悪影響を及ぼし得る大手金融機関(いわゆる「大きすぎてつぶせ
ない」金融機関)の財務の安定性が監督される。FSOCは、システミック・リスクを及ぼ
すほど大きいと考えられる銀行を分割する権限や、銀行に引当金の積み増しを義務付
ける権限を有する。同じように、連邦保険局(FIO)に対して、
「大きすぎてつぶせない」
と考えられる保険会社を特定しこれを監督する権限が付与された。ドッド・フランク法
の数千ページにもわたる膨大な規定とバーゼルⅢの新規制は、米国の金融システムに
内在するさまざまなリスクを軽減することを目的としている。その結果、金融セクター
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クレジット市場の流動性分析
に対する監督体制は強化され、金融規制はかつてないほど厳格になり、社債の保有コ
ストも過去最高水準となった。このため銀行は、意外なことではないが、大規模かつ高
コストの在庫を抱えるリスクを取ってまで、金融危機前のように社債のマーケット・メイ
カーとしての役割を継続することに消極的にならざるを得なかった。
流動性指標
債券市場の流動性を分析する方法は数多いが、単独では何れも明確な結論を導くために必
要な情報が揃っているとは言い難いようである。しかし、そのような個々の分析結果を総合的
に解釈することによって、時系列的な文脈における現在の市場環境を理解することは可能で
ある。ここでは、クレジット市場の流動性を計る際に頻繁に用いられる指標として、
(1)ディー
ラーの保有残高、
(2)取引量/回転率(3)ビッド・アスク・スプレッドを取り上げる。
1. ディーラーの保有残高
プライマリーディーラーは、ニューヨーク連銀(FRBNY)に週次で債券の保有残高を
提出するよう義務付けられており、FRBNYはこの情報をウェブサイト上で公表している
(http://www. newyorkfed.org/markets/primarydealers.html))。ここでディーラーの
社債保有残高を見ると、金融危機以降に劇的に減少したことがわかる(図表2)。もっ
とも、FRBNYが2013年4月に統計手法を変更した影響もあって、減少幅は見た目ほど大
きいわけではない。変更前(2013年4月以前)の数字には、プライマリーディーラーの社
債保有残高として、社債のほかCP、非政府機関系RMBS、CMBSが含まれていたが、2013
年4月からは、純粋に社債の保有残高のみが公表対象となっている。このため、統計手
法の変更前の数字はある程度割り引く必要があるが、過去データを細かく検証すること
によって有益なトレンドを確認することは可能だろう。2007年の後半に金融危機が始ま
って以来、ディーラーはこれらの証券の保有を大幅に削減してきた。このうち、純粋な
社債保有残高の減少分を特定することはできないが、全体の中で大きな割合を占める
と考えるのが合理的だろう。
実際の社債保有残高の減少額はさておき、現在のプライマリーディーラーの社債保有
残高が比較的小さくなったことは、さまざまな指標から確認される。具体的な数字を
図表2
プライマリーディーラーの投資適格社債保有残高
250
10億米ドル
200
150
100
50
0
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
出所:ニューヨーク連銀(FRBNY) 2014年12月31日時点
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クレジット市場の流動性分析
図表3
プライマリーディーラーのMBS保有残高
100,000
80,000
100万米ドル
60,000
40,000
20,000
0
-20,000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
出所:ニューヨーク連銀(FRBNY) 2014年6月18日時点
挙げると、現在の社債保有残高が150億ドルであるのに対して、社債市場の規模は11兆
ドル以上であり、1日の取引量は190億ドル、2014年の月間平均発行額は1,200億ドルに達
している。さらに、Medtronic Inc が昨年12月初旬に条件決定した大型案件に至っては、
一社の起債額だけでも170億ドルに達しており、上述の社債保有残高(150億ドル)を上
回っている。2007年の数字を割り引く必要があるとはいえ、全体の保有残高の減少額
は極めて大きく、金融危機以降にディーラーのリスク資産(社債を含む)の保有額がい
かに小さくなったかが確認されるだろう。
これとは対照的に、政府機関系RMBSの保有状況は大きく異なる。ディーラーの現在の
保有残高は、2013年初旬のピークからは減少しているものの、依然として長期平均を
大きく上回る(図表3)。ディーラーが高水準の残高を維持する主な理由が、バーゼル
Ⅲにおいてリスクウェイトが据え置かれたことであることは明らかである。このため、デ
ィーラーは現在でも2008年以前と同じように、さまざまなクーポンのRMBSに対してタ
イトなビッド・アスク・スプレッド(1%の32分の1)でマーケット・メイクを続けており、ま
た、現在でも2006年当時と同じように、前述のビッド・アスク・スプレッドで1億ドル単
位の取引が見られることも珍しくない。また、ディーラーの政府機関系RMBSの保有残
高が同市場全体に占める割合は、金融危機前は平均で1.1%だったのに対して、2014年
は平均で1.2%だった。資本賦課が比較的小さいため、ディーラーは引き続きマーケット・
メイクに積極的であり、大きな在庫を抱えることも可能である。このため、当該アセット
クラスの流動性がほとんどあるいは全く低下していないことは、意外なことではない。
2. 取引量/回転率
ディーラーの社債保有残高が減少する一方、社債の取引量は、金融危機の時期に減少
した後に増加傾向にあるため、一見すると市場流動性が高まったという印象を受ける。
しかし、データを細かく分析し、市場規模が増加したという事実に鑑みると、異なる状
況が見えてくる。バークレイズ米国社債インデックスには、2014年12月31日時点で、756
社の発行体による6,000銘柄以上の社債が含まれている。米国金融取引業規制機構
(FINRA)のデータによると、2014年には3.3兆ドル(額面ベース)の投資適格社債が取
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クレジット市場の流動性分析
図表4
市場規模対比での取引量は2005年には現在の半分程度だった
9000
投資適格社債の年間取引額
8000
投資適格社債市場の運用資産残高
10億米ドル
7000
6000
5000
4000
3000
2000
1000
0
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
出所:ブルームバーグ、バークレイズ、米国金融取引業規制機構(FINRA) 2014年12月31日時点 引されたが、このうちの50%が特定の44社の社債取引だった。これに対して、529社の
発行体(756社の70%に相当)の社債取引は、年間総取引量の僅か10%に満たなかった。
ハイ・イールド債市場でも状況は同様であり、全発行体の8%に満たない発行体の社債
の取引が総取引量の50%を占める一方で、55%の発行体の社債の取引は年間総取引量
の10%に過ぎない。このように、取引量は増加したものの、実は取引は非常に限られた
銘柄に集中しているのである。
金融危機以降、投資適格社債の市場は急速に拡大した。この背景には、銀行による資
金調達の動きや企業が債務の長期化を通じてCPへの依存を減らす動きがあるほか、経
済成長や資金需要の拡大という影響もある。
このような市場規模の拡大ペースに、取引量の増加は追い付いていない(図表4)。投
資適格社債の残高(額面ベース)は、2007年の後半に金融危機が始まる直前には5兆
ドルに満たなかったが、2014年12月31日時点では8兆ドルを超えるまでに拡大した。ま
た、市場規模対比での回転率(年間取引量÷額面ベースの市場規模)は、2005年には
75%を超えていたのに対して、2014年にはわずか47%まで低下した。社債市場の流動
性に関しては、取引量の増加を根拠に流動性が高まったと主張するよりも、取引が比
較的少数の銘柄に集中するとともに回転率が低下したと分析する方が、実態をより正
確に反映していると言えるだろう。
3. ビッド・アスク・スプレッド
MarketAxess社は、 金融危機の最中の2008年半ばに、社債のビッド・アスク・スプレッ
ド(ディーラーが特定のタイミングで特定の証券の売買を行ってもよいと考える買い値
と売り値の差)を計測する「MarketAxessビッド・アスク・スプレッド指数(BASI)」を開
発した。この指数は、取引頻度の高い50∼60社の発行体による1,000銘柄の投資適格
社債のビッド・アスク・スプレッドを対象とし、ディーラーがTRACE(Trade Reporting
and Compliance Engine、FINRAの一部門で出来高を日次で集計)への報告を義務付
けられる実際の取引と、MarketAxessの電子取引プラットフォームにおいて成立した取
引を情報源としている。構成銘柄の入れ替えは、社債の取引件数に基づき随時行われる。
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クレジット市場の流動性分析
図表5
MarketAxessビッド・アスク・スプレッド指数(BASI)
45
40
ベーシス・ポイント
35
30
25
20
15
10
5
0
2008年2月
2009年7月
2010年11月
2012年4月
2013年8月
2014年12月
出所:MarketAxess 2014年10月7日時点 ビッド・アスク・スプレッドは、2008年に極端に高い水準まで拡大した後、どちらかとい
うと縮小傾向にある(図表5)。
第一印象としては、図表5は、近年は取引コストが低下傾向にあることを示唆している
ように見える。一般的には、ビッド・アスク・スプレッドの縮小は、流動性の改善を示す
と解釈するのが自然であり、実際に、BASIによると、2008年に40bpを超えていたビッド・
アスク・スプレッドは、足元では6bpまで縮小しているからである。しかし、図表5からは
明確にわからない事実として、ディーラーは流動性が高い銘柄に限ってビッド・アスクを
提示することが多く、これらは、前述のように、市場取引の大多数を占める少数の発行
体の銘柄である。その他の銘柄については、ディーラーはエージェント(仲介人)として
取引することが多く、その場合、
マーケット・メイク業務として証券を売買するリスクを
負担するのではなく、単にノー・リスクで買い手と売り手の仲介の役割のみを担う。デ
ィーラーの社債保有残高が減少しているということは、ディーラーが負担するリスクが
減少し、おそらくリスクは流動性の高い一部の銘柄に集中していることを意味する。デ
ィーラーは、通常、リスクを伴う取引においては、リスクが小さいか全くない場合よりも
高い収益を獲得する、つまりワイドなビッド・アスク・スプレッドを提示する。2008年に
は、ディーラーは現在よりもはるかに大きい社債保有残高を抱え、ほとんどの場合はビ
ッドとアスクの差を収益源とするべくリスクを負担していたのに対して、現在では、一方の
顧客から一定期間オーダーを預かった上で、反対方向の相手を探すという、所謂「オー
ダー・ベースの取引」
(エージェントとしての取引)が多く、リスクをほとんど又は全く負担
せずに取引ごとに平均6bpの収益を獲得していることから、2008年当時と現在のビッド・
アスク・スプレッドを完全に同じ前提で比較することはできない。すなわち、ビッド・アス
ク・スプレッドが縮小した要因は、ディーラーが追加的なリスクを低く抑える代わりに少
ない収益で取引するようになったことと関連している可能性が高い。また、取引の大半
は流動性が高い銘柄に集中し、その他の銘柄の取引はディーラーがエージェントとして
行っていることも、ビッド・アスク・スプレッドが縮小した要因であり、これは、同スプレ
ッドの縮小が流動性の拡大を示すという主張とは全く整合的ではなく、むしろ、流動性
の低下を示しているとも考えられる。
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クレジット市場の流動性分析
図表6
投資適格社債:流動性コスト・スコア(LCS)
3.00
2.50
2.00
1.50
1.00
0.50
0.00
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
出所:バークレイズ 2014年12月31日時点 このほか、ビッド・アスク・スプレッドに基づき流動性を定量的に計測する指標として、バ
ークレイズが開発した「流動性コスト・スコア(LCS)」がある。バークレイズはLCSの算出
において、機関投資家との取引金額を念頭に置き、売り買い双方向の取引を行う場合の
コストの債券価格に対する割合を「流動性」と定義している。同社のトレーダーは、毎日
数千銘柄の社債に対してビッド・アスク・スプレッドを提示しているが、これらは気配価
格(いわゆる「インディケーション・プライス」)であることが多く、その水準で実際に取
引可能(いわゆる「ファーム・プライス」)とは限らない。LCSの方が対象銘柄数が多いた
め、流動性を計る指標としては前述のBASIよりも正確なようである。バークレイズは、同
年限の米国債に対する社債スプレッドのビッドとアスクの差に、当該銘柄のオプション
調整後スプレッドのデュレーション(OASD)を乗じて、LCSを算出する。例えば、OASD
が5である社債について、トレーダーがビッド・スプレッドとして+125bp、アスク・スプレ
ッドとして+110bpという価格を提示した場合、ビッド・アスク・スプレッドが15bpである
ことから、当該銘柄のLCSは5 ×0.15% = 0.75%となる。つまり、売り買い双方向の取引
を行うことによって、社債価格の75bpのコストが発生することになる。
バークレイズがLCSを開発したのは2007年1月であり、2つの有名なモーゲージ系ヘッジ・
ファンドが破綻して金融危機の引き金を引いた2007年6月よりも前の時期については、デ
ータが限定的であることから、LCSを推測することは容易ではない。しかし、2002∼2007
年のクレジット市場の状況についての当社の理解に基づき、この当時のLCSは2007年前
半と同様の水準だったと合理的に推測することが可能と思われる。その後、平均的な投
資適格社債の売り買い双方向の取引にかかるコストは、2008年に急上昇した後、金融
危機の時期を通して高水準で推移し、2011年から足元にかけてはやや水準を切り下げ
ている(図表6)。ここで重要な点は、LCSは金融危機前の水準(0.5)から2014年12月に
は2倍(1.0)に上昇したことである。この指標は、現在のクレジット市場では金融危機前
の時期と比べて取引コストが上昇しているため、社債価格に大きな影響が生じているこ
とを明確に示しているようである。
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クレジット市場の流動性分析
流動性を改善する戦略
クレジット・トレーディングの流動性が変化したことに伴い、ポートフォリオ・マネージャーはあら
ゆる市場環境において流動性を十分に確保するため、積極的に対応することが必要になったと
当社は認識している。まず、この目的において当社がとった最もわかりやすい対応として、流動
性が低いと考える銘柄や発行体については、大きな新発プレミアムをストレートに要求してい
る。必要な新発プレミアムを算出する際には、発行体の信用力、企業価値、公に取引可能な社
債残高、社債発行額、引受証券会社の数及び力量、業種などの要素を考慮している。
このほか当社では、取引フローが不安定になりやすいポートフォリオにおいては、さまざまなデ
リバティブを活用している。具体的には、大きな金額で頻繁に取引され、ビッド・アスク・スプレ
ッドが比較的小さいクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)のインデックス(CDX)と、CDXを
参照するオプションを活用しているが、これらの商品には固有のリスクが内在することも念頭
に置いている。これらの商品を適切な形でクレジット・ポートフォリオに取り入れることによって、
ボラティリティを抑制し、流動性を高めることが可能になる。また、iBoxxハイ・イールド債イン
デックスなどを参照するトータル・リターン・スワップも、ポートフォリオの流動性を管理する上
で有効な手段になり得るが、仕組みがやや複雑であり、決済プロセスの透明性に劣るため、当
社による利用はこれまで限定的だった。このほか、分散を図ることによってもポートフォリオの
流動性の改善が期待される。すなわち、当社のポートフォリオでは900社以上の発行体の社債
を保有しているが、このようにエクスポージャーを広くとることによって、ポートフォリオ・マネー
ジャーには現金が必要な場合の選択肢が広がる。最後に、JNK(ハイ・イールド債)やLQD(投
資適格社債)などのクレジット・セクターの上場投資信託(ETF)の市場規模が拡大した結果、デ
ィーラーによる大口取引が増加していることを指摘しておきたい。流動性が高いETFについては、
売り買いいずれについても、タイトなビッド・アスク・スプレッド(10セント以下)で2,000万ドルを
超える取引が可能である。ポートフォリオ・マネージャーはこれらのETFを活用することによって、
クレジット市場において迅速かつ効率的に代替ポジションを構築することができる。これらを
適切に活用すれば、クレジット・ポートフォリオの流動性が改善するというメリットが、アルファ
を断念することによるデメリットを上回ることがある。
当社のポートフォリオ・マネージャーは、これらの戦略がポートフォリオに与える影響を定量化す
る上で、リスク管理チームが開発したストレス下におけるポートフォリオの流動性を推計するモデ
ルを活用している。このモデルでは、FRBNY及び国際資本市場協会(ICMA)から入手したレポ取
引のヘアカット率を分析し、その他の情報を加味した上で、各保有銘柄の流動性スコア(1から5
まで)を決定する。レポ取引のヘアカット率は、市場のストレスが高まった場合に備えて設定さ
れるため、市場混乱時の流動性の状況を推測する上で有益な情報源である。そして、各銘柄の
スコアを合算することによって、ポートフォリオ全体の流動性の絶対レベル又は相対レベル(対
ベンチマーク)が把握可能となる。
結論及び投資における意味合い
新しい規制の導入や内部リスク管理体制の強化を背景に、銀行が自己勘定取引を行う余地は狭
まり、社債の保有コストは増加した。その結果、社債市場でスムーズに取引することは、適時に提
示価格で取引可能か否かという観点において、一層困難になった。一方、運用マネージャーには、
前述の流動性を改善する戦略のほか、電子取引プラットフォームの利用という選択肢があり、登
録した電子取引プラットフォーム上で社債の売買を行うことが可能であるが、これまでのところ
は小額の取引が大半を占める。というのも、機関投資家の大半は、透明性の問題や非常に高い
コストがかかる可能性を意識して、大口の注文を出すことに消極的なため、その結果、需給バラン
スに対する懸念が増幅されている。具体的には、電子取引プラットフォームでは売り手と買い手
が特定されてしまうほか(透明性の問題)、一部の市場参加者はサービスの内容が手数料に見
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クレジット市場の流動性分析
合わないと感じている。一方で、MarketAxess、TradeWeb、ブルームバーグを初めとする大手
のベンダーや、新規参入ベンダーの多くは、大手資産運用会社による大口の取引を後押しする
ような方法を模索している。当社は電子取引プラットフォーム上で社債をほとんど取引してい
ないが、引き続き大手のベンダーと協調して、当社の顧客に付加価値をもたらす形で流動性
を確実に高めるような電子取引プラットフォームの開発に取り組んでいる。
当社では、当社の審査に合格したディーラーと、建設的かつ協調的な関係を維持することを
重視している。すなわち、たとえクレジット市場の環境が悪化し、流動性の確保が難しくなる
ような状況になったとしても、当社は常日頃からディーラーと良好な関係を保つ事を心掛けて
いるため、
十分な顧客ポートフォリオ管理が継続できるものと考える。当面の間、取引の流動
性は限定的な状態が続くとみられるが、いずれは電子取引プラットフォームが既存のディーラ
ー仲介の枠組みを補完するようになるだろう。もっとも、これは数年先になる可能性が高いた
め、当社は引き続き、クレジット・ポートフォリオの流動性を細かく分析し、市場環境にかかわ
らず十分な流動性を確保することを心がけている。
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リスク・ディスクロージャー
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ウエスタン・アセット・マネジメント株式会社について
業務の種類: 金融商品取引業者(投資運用業、投資助言・代理業、第二種金融商品取引業)
登録番号: 関東財務局長(金商)第427号
加入協会: 一般社団法人日本投資顧問業協会(会員番号 011-01319)
一般社団法人投資信託協会
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