テストは受験者と試験者を共に試す

JOPTシンポジウム2015「会話×コミュニケーション×評価」講演
2015年3月26日(木) 13:15‐14:45
筑波大学(東京キャンパス)134講義室
テストは受験者と試験者を共に試す
―言語熟達度評価の歴史‐共同体性について―
柳瀬陽介(広島大学)
yosuke@hiroshima‐u.ac.jp
http://yanaseyosuke.blogspot.jp/1
本日の構成
1. 「わかる」とは
–
「意味」の意味
2. 「できる」とは
– コミュニケーション能力の個人還元と標準化は
可能か?
3. 「会話テスト」とは
– テストのテスト、テストのコミュニケーション
2
1 「わかる」とは
―「意味」の意味―
• ダマシオ的言語論:からだ・こころ・あたま
• デューイ的意味論:諸現象のつながりの身体
実感
• オースティン・ルーマン的意味論:表の意味・
裏の意味・全体的意味
3
1.1 ダマシオ的言語論
―からだ・こころ・あたま―
• 言語は、「からだ」の情動 (emotion, 生理学
的・生化学的反応)を起点とし、
• 「こころ」で、情動が自覚され感情 (feeling) と
なり(≒ 中核意識 core consciousness) 、
• 「あたま」においての思考 (≒ 拡張意識
extended consciousness)となり、
• ことばの使用につながる。
Antonio Damasio (1944‐)
http://yosukeyanase.blogspot.jp/2012/12/emotions‐and‐feelings‐according‐to.html
体系的拡張意識
感情(中核意識)
狭義の情動
(社会的情動)
狭義の情動
(主要情動)
狭義の情動
(背景的情動)
撹
乱
広義の情動
(恒常性維持、苦痛・快楽への自動的反応、欲求と欲動)
環境
「からだ」
「こころ」
拡張意識
「あたま」
「ことば」
「あたま」
「今・ここ」を超えて、
意識世界を展開
(拡張意識)
「こころ」
(中核意識)
「今・ここ」で、情動を
感情 (feeling) として
自覚
「からだ」
(非意識・原初意識)
生理学的・生化学的
な情動 (emotion)
6
「あたま」
(拡張意識)
こ
と
ば
の
表
現
こ
と
ば
の
「こころ」
(中核意識)
「からだ」
(非意識・原初意識)
学
習
・
獲
得
7
「あたま」
(拡張意識)
「こころ」
「からだ」
(非意識・原初意識)
こ
と
ば
身につかない
訓
練
8
「あたま」
(拡張意識)
「こころ」
こ
と
ば
丸暗記
「からだ」
9
1.2 デューイ的意味論
―諸現象のつながりの身体実感―
• 「身体実感」 = 「情感」
• 「情感」 = 「情動」 + 「感情」
• 子どもは “hat”という語の観念をどのように獲
得するか。
• 抽象語の獲得もその延長上。
Lakoff & Johnson
野口三千三
竹内敏晴
John Dewey (1859 ‐ 1952)
http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2013/09/john‐dewey‐1916‐democracy‐and‐education.html 10
ダマシオやデューイが
近代言語学と異なる点
近代言語学
• 言語の自律性
– 社会的な実在
– 脳内の物理的実在
• 外在的意味論
– 指示(関係)による説明
– 観念の表象による説明
Chomsky
ダマシオ・デューイ
• 最初に身体・生活ありき
– 言語は身体の動きの延長
– 言語は生活と切り離せない
• 内在的意味論
– 使用による「説明」
– 「世界内存在」
– 身体実感による「説明」
Wittgenstein
Heidegger
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1.3 オースティン・ルーマン的意味論
―表の意味・裏の意味・全体的意味―
• オースティンの発話行為論
1. 発話行為 (locutionary act)
– 語の文字通りの意味を伝える
2. 発話内行為 (illocutionary act)
– 語に込められた話者の意味を伝える
3. 発話媒介行為・効果 (perlocutionary act/effect)
– 発語によって生じる行為・効果
J.L.Austin (1911‐1960)
12
ルーマンの意味論
1. 情報 (Information, information)
2. 提示/伝達 (Mitteilung, utterance/announcement)
3. 理解 (Verstehen, understanding)
情報と提示の差異が観察し理解され、次の行
動に接続された時にコミュニケーションが成立す
る。コミュニケーションは、三極の統一体である。
情報
理解
提示
13
自己参照・自己準拠・自己言及
Selbstreferenz, self‐reference
• 話し手も聞き手も、情報・提示・理解のそれぞ
れにおいて、参照できるのは自分の意識だけ
である。
• コミュニケーションの三側面・三極のどれも、
自分自身に準拠したものである。
• 話し手は聞き手の心に直接何かを移送する
ことはできないし、聞き手も話し手の心に直接
アクセスすることはできない。
14
INFORMATION
SOURCE
TRANSMITTER
RECEIVER
SIGNAL
DESTINATION
RECEIVED
SIGNAL
MESSAGE
MESSAGE
NOISE
SOURCE
Schematic diagram of a general communication system (Shannon, 1948, p. 2)
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y = F (x)
x
F
y
Trivial Machine
y = F (x, G (x, G (x))
x
F
y
G
Non‐Trivial Machine
Aさん と Bさん の間でのコミュニケーション
発語行為
発語行為
理解
理解
発語内行為
発語行為
発語内行為
発語媒介効果
発語内行為
発語媒介効果
Communication as an event
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オースティン・ルーマン的意味論での用語
• 「表の意味」
– 発話行為によって示される情報(文字通りの意味)
– ただし情報は一人ひとりの自己参照によって得られ
る。
• 「裏の意味」
– 発話内行為での告示(話者の意味)
– ただし聞き手は話者の意味を、聞き手自身への自
己参照によって推測する。
• 「全体的意味」
– 表の意味と裏の意味のコントラストを理解すること。
– この理解によって、次の行為へと接続される。 19
完全な相互意思疎通などない
全体的意味
全体的意味
裏の意味
裏の意味
表の意味
表の意味
裏の意味
表の意味
全体的意味
全体的意味
裏の意味
表の意味
表の意味
表の意味
裏の意味
Communication as an event
裏の意味
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ルーマンのシステム理論で
コミュニケーションについて考える
• コミュニケーションシステム(「社会システム」)
– コミュニケーションはコミュニケーションの次元で展
開され、当事者それぞれの意識の次元までは入り
込めない。
• 意識システム(「心的システム」)
– 当事者それぞれの意識は、その当事者以外の意識
にもコミュニケーションにも直接アクセスできないが、
コミュニケーションのリソースとして使われる。
• 生体システム(「有機体」)
– 意識は生体システムのごく一部にしかアクセスできないが、
意識は生体システムに依拠している。
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意識システムとコミュニケーションシステム
それぞれの自己参照(自己準拠)
コミュニケーションシステム
意識
システム
意識
システム
生体
システム
意識
システム
生体
システム
生体
システム
「わかる」の暫定的定義
• コミュニケーションにおいて、参加者それぞれ
が自分の意識において
• 参加者それぞれにとって、とりあえず支障が
ない程度に、
• コミュニケーションの次の展開の可能性が予
感できること。
– 「完全な情報伝達・相互理解」は幻想
– コミュニケーションに「誤解」はつきもの
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「コミュニケーション」の暫定的定義
• コミュニケーションとは、
• 当事者のそれぞれがそれぞれに、
• 自分にとっては必然的でない他者の言動を、
• 自分の言動にとっての不可避の所与として受
け入れ続け、
• 言動を続けること。
個人で完結する行為ではない。
個人の能力に還元できることではない。
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2 「できる」とは
― コミュニケーション能力の個人還元と標準化 ―
• チョムスキーの理想化
– Competenceのpartial realizationが
(communicative) performance
• ハイムズの宣言
– Communicative performanceは、個人還元も標準
化もできない。
• 若干の考察
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2.1 チョムスキー (Chomsky)
• 言語学は「個人心理学」 (individual psychology) (1986, p. 3)
• 言語学の対象は、理念的な話者‐聴者 (an ideal speaker‐listener) の言語能力 (competence)
• 現実の言語運用 (performance) は、言語能力を直接
に反映しているわけではない。(1965, pp. 3‐4)
その後の「コミュニケーション能力」に関する応用言
語学の理論も、個人心理学的能力観を継承
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2.2 ハイムズ (Hymes)
• Here the performance of a person is not identical with a behavioral record, or with the imperfect or partial realization of individual competence. It takes into account the interaction between competence (knowledge, ability for use), the competence of others, and the cybernetic and emergent properties of events themselves. A performance, as an event, may have properties (patterns and dynamics) not reducible to terms of individual or standardized competence. (p.283)
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翻訳(意訳)
• 一人の人間の振る舞いをそのまま記録して、その記録
でコミュニケーションを表すことができたとは言えない。
• また、コミュニケーションとは、個人の能力が(そのまま
ではないにせよ)実現されたものであるとも言えない。
• コミュニケーションでの振る舞いを考える際には、(知識
・使用に関する)個人の能力、他の当事者の能力、そし
て出来事自体がもつ自己展開的・創発的特性などが相
互作用することを考慮に入れなければならない。
• ここで言う振る舞いとは、出来事であり、個人的能力や
標準化された能力に還元できない特性(パターンや動
性)をもちうるものである。
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2.3 若干の考察
• Bachman の用語の変遷
– Communicative Language Ability (1991)
から
– Language Ability (1996)
– Target Language Use (1996)
へ
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考察1
• 「コミュニケーション能力」とは理念として想定
することはできるが、概念として具体化するこ
とはできないのではないか?
• 概念としてのコミュニケーション能力は幻想で
はないのか?
カントの『純粋理性批判』での枠組み:
感性(直感)、知性(概念)、理性(理念)
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考察2
• 「コミュニケーション」は、そもそも社会的(=複
数の「私」が絡む)理念であり、それを個人の心
理的能力に還元することは誤りではないか。
• コミュニケーション(社会システム)は、意識(心
的システム)を前提とし、意識は有機体(生体シ
ステム)を前提とするが、だからといって、意識
の研究(心理学)を極めればコミュニケーション
が解明されるわけではないし、有機体の研究(
生物学・神経科学)を極めれば意識が解明され
るわけではないのではないか。
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3 「会話テスト」とは
― それが試し試されること ―
•
•
•
•
言語再生と言語使用の区別
「会話」とは?(ルーマン的定義)
会話の「テスト」とは?
テストのテスト、テストのコミュニケーション
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3.1 言語再生と言語使用の区別
• 「言語再生」 (language reproduction)
– 予め定められた言語表現の必然的な産出
• 「言語使用」 (language use)
– コミュニケーションという偶発的 (contingent) で自
己参照的 (self‐referential) な出来事に即応し、新
たなコミュニケーションへと展開してゆく言語産出
• 「言語テスト」はどちらの「できる」を測定?
– “Ah, you’re interested in language, not communication.”
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3.2 「会話」とは (ルーマン的定義)
• 世間での「会話のマナー」
– 個人的信念が入り込みやすい話題は避ける(政
治、宗教、スポーツなど)。
– 相手が困惑しそうな話題は避ける(年齢、婚姻、
子ども、収入など)
– 否定的感情をもたらすような話題は避ける(悪口
、うわさ話)
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https://kotobank.jp/word/%E5%AF%BE%E8%A9%B1‐92315
35
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ルーマン的な「会話」の定義
• ルーマンによる「文化」の定義
– コミュニケーション過程においてすばやい受容が
可能になるテーマのストック。
– こうしたテーマのストックがとくにコミュニケーショ
ンのために保管されている場合、それをゼマンテ
ィーク (Semantik, 「話題集」)と呼ぶ。
• 「会話」とは、「ゼマンティーク(話題集)に基づ
く言語再生的側面の強い言語使用」と定義で
きるかもしれない。
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3.3 会話の「テスト」とは
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会話も歴史‐共同体的に成立
• 会話の慣習(話題集・構造・規則)も歴史‐共同
体的に成立するものであり、変遷する。
• 言語再生的側面が強すぎる慣習的会話
– 無難だが退屈
• 言語使用的側面が強い脱慣習的会話
– リスクと引き換えに興味深い
• 言語再生的会話に言語使用的会話が加えら
れ続けることにより、会話の慣習も長い時間を
経て変化するのでは? (例、セクハラ発言)
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会話が「できる」とは?
• 保守的定義
– 会話の慣習(話題集・構造・規則)に基づく典型
的言語再生ができる。
• 先進的定義
– 会話の慣習に基づく典型的言語再生ができるだ
けでなく、慣習から逸脱した言語使用が、会話相
手とのコミュニケーションを促進するような形でで
きる。
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「テスト」:認定による権力生成制度
• 保守的定義の会話テスト
– 日本語共同体で「無難な話ができる」ことの認定
– 言語再生的側面(必然性)が強いので制度化が
可能
• 先進的定義の会話テスト
– 日本語共同体で「会話の名手」であることの認定
– 言語使用的側面(偶発性)が強く、制度化がほぼ
不可能これ以上の検討は割愛
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3.4 テストのテスト、テストのコミュニケーション
• 保守的定義の会話テストは、テスト作成者が「
何を無難な会話」と判断するかを示している。
• その判断が無批判的に権力化されるなら、そ
の権力は乱用・誤用される。
• その判断が固定化されるなら、現実の会話の
言語使用的側面を否定してしまう。
• 保守的定義による会話テストでさえ、その判断
についての判断(ルーマン:二次観察)がされな
ければ、いびつな制度的権力となるのではない
か。
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ルーマン的示唆
• 会話テストでの判断という一次観察を観察(二
次観察)する仕組みが必要では?
• 二次観察は、一次観察が何を・どのように判断
しているか・していないかを明らかにする。
• しかし、その二次観察もさらなる二次観察の対
象となる(どのような二次観察も「最終的なテスト
」ではない)。
• 言い換えるなら、テストはコミュニケーションの話
題になり続けなければならないのではないか。
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ルーマン・アレント的示唆
• さらなるコミュニケーションを不要とするよう
な「客観的」あるいは「科学的」な会話テスト
を主張することは、会話のコミュニケーション
的性質や歴史‐共同体性を否定することでは
ないか。
• 会話テストの「客観性」あるいは健全さは、
二次観察の連続というコミュニケーションに
よって担保される。
• そのコミュニケーションは、制度的権力に民
主的権力(自生的活力)を与えるだろう。
44
3.5 まとめ
• ことばが「わかる」ことも、コミュニケーションが
「できる」ことも、世界・他者・自己との関わり
における出来事。
• 「会話」は、言語再生的側面が主な慣習的言
語産出。
• 会話を制度的テストの対象とすることは不可
能ではないだろうが、そのテストの判断につ
いて語り続けなければならない。
45
ご清聴に
感謝します
46
― 参考文献の代わりに ―
• 本日の主張に重なる著作
– 柳瀬陽介・小泉清裕 (2015) 『小学校からの英語教育』 岩
波ブックレット
• ルーマン
– http://ha2.seikyou.ne.jp/home/yanase/Luhmann.html#080204
• 応用言語学のコミュニケーション能力論
– http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2014/10/2014.html
• ダマシオ
– http://yosukeyanase.blogspot.jp/2012/06/another‐short‐summary‐of‐
damasios.html
• アレント
– http://ir.lib.hiroshima‐u.ac.jp/en/00033585
– http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2008/03/blog‐post.html
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