我が国の小麦輸入における輸送パターンに関する研究

第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
我が国の小麦輸入における輸送パターンに関する研究
正会員
正会員
○鈴木 理沙
(広島商船高等専門学校) 正会員
永岩 健一郎 (広島商船高等専門学校)
黒川
久幸(東京海洋大学)
要旨
本研究では我が国の小麦輸入を例に、国際バルク戦略港湾政策で検討されている大型船の投入に向けた港
の集約や連携港湾を活用する際の、具体的な連携の仕方について基礎的な検討を行った。現状では海外から
の穀物輸送船の国内港への輸送パターンは二港揚げが最も多い。よって検討内容を小麦輸入における二港揚
げを対象に、穀物輸送船の代表的な船型に大型化した場合の CO2 排出量の削減効果について検討する。ここ
で、二港揚げについては国内全体で輸入する際のファーストポートを一つに集約する場合と、国内を東・西
二つのエリア別にファーストポートを二つに集約する場合について検討を行う。その結果、より大きな削減
のための対策として初めに大型船の投入を優先させて、その後に輸送パターンの対策として国内港の集約を
エリア別に分けて検討する必要がある事が分かった。
キーワード:物流・海運、CO2 排出量、ドライバルク貨物輸送
1.はじめに
船に関する既存研究は、特定の港湾の航路水深やバ
ース水深に関するものがある(4)(5)。また、国際バル
現在、地球温暖化が問題となっているが、外航海
運による CO2 排出量は IMO の推計によると、約 9 億
トンと言われている
ク戦略港湾政策に関するものとして、鉄鉱石輸送船
(1)(2)
。さらに今後も世界の海上
を対象とした大型船の投入による連携港湾の活用が、
(3)
荷動き量の増加に伴い 、外航海運による CO2 排出
CO2 排出量と物流コストに与える影響について明ら
量はさらに増加し続けると予測されている。よって
かにしたものがある(6)。
外航海運による CO2 排出量の削減は重要である。
しかし、既存研究ではドライバルク船の具体的な
一方、国際バルク戦略港湾政策では物流コスト削
港の集約による輸送パターンの検討はされておらず、
減や CO2 排出量削減のために、船舶の大型化を図る
従って望ましい輸送パターンについての検討はされ
事が目的とされている。そのため、従来産出国の輸
ていない。そこで、本研究では小麦輸入を例に、輸
出港から国内の各港に個別に輸入されていた貨物に
入する際のファーストポートとなる国内港を国内全
ついて、政策では指定する港湾を経由して輸入する
体で一つに集約して二港揚げを行う場合と、ファー
輸送パターンの検討が進められている。しかし、現
ストポートとなる国内港を東・西エリア別に二つに
状では具体的な輸送パターンや船型については十分
集約して二港揚げを行う場合を対象に、大型船を投
な検討が行われてない。
入した際の CO2 排出量削減効果の検討を行う。
そこで本研究では港の集約について基礎的な検
討を行う。具体的には我が国が 9 割以上を輸入に依
3.我が国の小麦輸入の概要
存する小麦輸入を対象とする。我が国に寄港する穀
3.1
我が国の小麦輸入の現状
物輸送船は、国内港への二港揚げという輸送パター
2010 年度の我が国の外国産食糧用小麦の輸入量
ンが最も多い。従って、小麦輸入の二港揚げを例に、
は 4,959,000 トンである(7)。図 1 より輸入相手国別
国内全体の場合と国内を東・西エリア別に分けた場
の輸入量の割合で見ると、アメリカが 58.3%、オー
合を対象として、大型船の投入による CO2 排出量の
ストラリアが 22.1%、カナダが 19.5%である、
削減効果について検討を行う。
続いて、本研究で対象とする小麦の輸出入港につ
いて説明する。海外産出国の輸出港については、農
2.既存研究
林水産省へのヒアリングより、America が Portland
外航海運における CO2 排出量に関する既存研究は、 港、Australia が Fremantle 港、Canada が Vancouver
定期船(コンテナ船)が中心であり、ドライバルク船
港、France が Le Havre 港とした。輸入港について
等の不定期船に関するものは少ない。ドライバルク
は参考文献(8)と国土交通省の港湾調査(2010 年度)
10
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
3.2
より麦の輸入実績のあった 19 港を対象として、下記
我が国の小麦輸入の流通経路
の表 1 に示した。続いて、港湾調査より輸出相手国
外国産食糧用小麦の流通経路は、図 2 に示すよう
別の各輸入港への麦輸入量のデータが得られる。こ
に、政府が国家貿易により一元的に輸入し、需要者
れより、2010 年度の小麦の輸入量推計に、港湾調査
に売り渡している(7)。
また、図 2 より小麦は最終的にパンやめんとして
における麦の各国内港の輸出相手国からの輸入量の
比を乗じて、
本研究で対象とする 4 つの輸出港から、
消費されるために、流通過程において製粉工場をは
各国内港への小麦輸入量とした。これらの推計結果
じめとした各種の加工工程を経ている。主に製粉工
を下記の表 1 に示す。
また、
港湾調査より推計した、
場では小麦粉が製造され、その小麦粉を原料として
海外輸出港別の輸出量を表 2 に示す。
二次加工工場でパン、
めんや菓子が製造されている。
その他
0.1%
カナダ
19.5%
アメリカ
58.3%
オーストラリア
22.1%
出典)参考文献(7)より作成
出典)参考文献(7)より引用
図1
我が国の食糧用小麦の輸出国別輸入量の割合
図2
我が国の食糧用小麦の流通経路
表1
小麦の国内港別輸入量の推計結果
3.3
て
我が国の小麦輸入の輸送パターンについ
港名
輸入量推計(トン)
割合
千葉
神戸
918,091
677,586
18.5%
13.7%
博多
名古屋
596,910
584,519
416,531
12.0%
11.8%
川崎
鹿島
407,379
306,941
横浜
東京
264,452
211,600
大阪
清水
水島
我が国のドライバルク貨物輸入について、
LMIU(Lloyd’s
Marine Intelligence Unit)の船舶
動静データ(2010)より、一般バルカーが海外輸出港
8.4%
8.2%
から日本のどの港に寄港しているかのかについて分
6.2%
5.3%
析した。具体的には、表 1 と表 2 に示した小麦輸入
における輸出港から、国内輸入港に連続で寄港する
130,611
122,684
4.3%
2.6%
2.5%
坂出
小樽
114,979
73,751
2.3%
1.5%
二港揚げや三港揚げが最も多い事が分かった。さら
広島
函館
36,642
36,146
21,070
0.7%
0.7%
に、一部四港揚げや五港揚げも見られた。複数港揚
四日市
仙台塩釜
姫路
新潟
その結果、
一港揚げが必ずしも多いわけではなく、
げにおける輸送パターンの国内港の組み合わせとし
0.4%
0.4%
て、千葉港や神戸港への寄港が多いものの、基本的
0.2%
0.1%
に寄港の輸送パターンが決まっていないことが分か
7,067
4,959,000 100.0%
合計
表2
20,865
11,178
船舶のデータを抽出した。
った。
4. CO2 排出量の推計方法
小麦の輸出港別輸入量の推計結果
港名
輸出量推計(トン)
参考文献(9)より、一つの航路における CO2 排出量
割合
Portland(OR USA)
Fremantle
2,630,327
1,246,874
53%
25%
Vancouver(CAN)
Le Havre
1,080,269
1,530
4,959,000
22%
0%
100%
合計
の算出式を下記の式(1)に示す。式(1)より CO2 排出
量は年間航海日数に 1 日当たりの CO2 排出原単位を
乗じて算出する。
11
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検討を行った。
(1)
これより、現状の CO2 排出量は、291,080 トンとな
CO2: CO2 排出量[kg-CO2]
った。続いて、船舶の大型化による削減量の検討結
c4: CO2 排出原単位[kg-CO2/年]
果を図 3 に示す。
DST:航海距離[海里]
V:航海速力[海里/年]
1,800
1,600
5. 小麦輸入における輸送パターンの検討
1,400
5.1
1,200
検討の内容
1,000
2007 年における各穀物輸送船の国内での平均寄
800
港回数は、
参考文献(10)より 2.56 回である。そこで、
600
小麦輸入における二港揚げの輸送パターンを対象と
400
する。具体的には、次の二つの場合を対象として、
200
大型船を投入した場合の影響についてそれぞれ検討
0
現状 Handymax
を行う。①国内全体のファーストポートとして輸入
量の最も多い千葉港へ荷揚げした後、その他の 18
図3
の港いずれかで荷揚げを行う二港揚げ②国内を東・
計算結果
Panamax
New Panamax
Capesize
千葉港との二港揚げによる CO2 排出量(トン)
西エリアの二つに分けてそれぞれのエリア別にファ
ーストポートとなる国内港を一つに集約して行う二
図 3 より、千葉港との二港揚げの場合、船型を大
港揚げ (ファーストポート:東エリア・千葉港、西
型化していくにつれて CO2 排出量が減少していく事
エリア・神戸港)について検討する。続いて、大型船
が分かった。具体的には、現状の Handymax から
の投入について説明する。まず、現状の船型と速度
Panamax に大型化した場合は 91,946 トンの CO2 排出
については船舶動静データより、一般バルカーの平
量の削減効果が見込め、New Panamax に大型化した
均船型 36,843DWT、平均速度 15.6 ノットとした。そ
場合は 101,565 トン、Capesize に大型化した場合は
して、大型化については参考文献(10)より、表 3 に
143,741 トンの削減効果が見込める事が分かった。
示す穀物輸送船の平均船型まで大型化をした際の、
(10) よ り 、 Handymax サ イ ズ の 船 型 を 35,000 -
5.3 ファーストポートをエリア別に集約する
場合
54,999DWT としている。これより、現状の船型の
次に、本節では表 4 に示すように、国内を東・西
CO2 排出量の削減効果を検討する。また、同参考文献
36,843DWT を Handymax サイズの基準の大きさとして、 エリアに分けて、エリア別にファーストポートとな
る集約港を分ける。ファーストポートは、東エリア
ここから大型化した場合の検討を行うこととする。
では千葉港、西エリアでは神戸港として、各エリア
表3
における二港揚げを対象に、大型船を投入した場合
穀物輸送船の平均船型
船型Type
Mini
Handy
Handymax
Panamax
New Panamax
Capesize
の CO2 排出量の削減効果について検討を行った。
平均船型(DWT)
14,477
27,957
46,095
70,765
78,308
147,020
表4
東西エリアの対象港
東エリア
集中港
出典)参考文献(10)より作成
5.2
場合
ファーストポートを千葉港に集約する
千葉港
本節では、国内全体のファーストポートとして千
その他の港
川崎港
船を投入した場合の CO2 排出量の削減効果について
12
その他の港
名古屋港
東京港
博多港
横浜港
大阪港
鹿島港
小樽港
神戸港
水島港
清水港
函館港
坂出港
仙台塩釜港
広島港
四日市港
新潟港
葉港を集約港とした場合の二港揚げを対象に、大型
西エリア
集中港
姫路港
第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日
6. おわりに
まず、現状の CO2 排出量について 5.2 と同様に
本研究では我が国の小麦輸入を例に港の集約に
推計した結果、291,080 トン(東エリア 140,923 トン、
ついて基礎的な検討を行った。その結果、エリア別
西エリア 150,003 トン)となった。
に分けるよりも大型船の投入の方が CO2 排出量の削
続いて、大型船の投入による検討結果を下記の図
減効果が一桁大きいことが分かった。
4 に示す。
従って、CO2 排出量の削減に向けた取組みでは、ま
ず大型船の投入を行い、次に港の集約に関してエリ
350,000
ア別に分けた輸送パターンにする事が有効である事
300,000
が分かった。
250,000
200,000
150,000
参考文献
100,000
(1) International Maritime Organization(IMO):
Second IMO GHG Study 2009, 2009.4
50,000
(2) IMO: PREVENTION OF AIR POLLUTION FROM
0
現状(Handymax)
CO2排出量(トン)合計
Panamax
New Panamax
東エリア CO2排出量(トン)
Capesize
SHIPS ,http://www.imo.org/inCludes/blastD
西エリア CO2排出量(トン)
ataOnly.asp/data_id%3D26047/INF-10.pdf,20
図4
東・西エリア別の二港揚げによる計算結果
09
(3) 公益社団法人
図 4 より 5.2 の結果と同様に船型を大型化してい
荷動き量(出典
日本海事センター:世界の海上
IHS 社),
くにつれて CO2 排出量が減少していく事が分かった。
http://www.jpmac.or.jp/relation/transport
具体的には、
現状の Handymax から Panamax に大型化
_graph/1_1.pdf
した場合は 91,445 トンの CO2 排出量の削減効果が見
(4) 高橋宏直,竹村慎治:国土技術政策総合研究所
込め、New Panamax に大型化した場合は 101,012 ト
資料 No.549 , NILIM-AIS による大型バルク船
ン、Capesize に大型化した場合は 142,959 トンの削
の複数寄港実績に関する分析,2009.12
(5) 高橋宏直,竹村慎治:国土技術政策総合研究所
減効果が見込める事が分かった。
次に、千葉港との二港揚げと比較すると下記の表
資料 No.588, NILIM-AIS によるバルク船(トウ
5 よりエリア別の港の集約のほうがより大きな削減
モロコシ、石炭、鉄鉱石)入港時の喫水実態に
効果がある事が分かった。
関する分析,2010.3
(6) 鈴木理沙,黒川久幸,鶴田三郎:我が国のドライ
表 5 千葉港との二港揚げと東・西エリア別の二港
バルク港湾における政策効果の検証に関する
揚げの CO2 排出量の差(トン)
研
現状 Handymax
Panamax
New Panamax
Capesize
究
,
日
本
航
海
学
会
論
文
集,Vol.127,pp.181-188,2012.9
千葉との 東・西エリア 千葉との二港揚げとエ
二港揚げ 別の二港揚げ リア別の二港揚げの差
292,751
291,080
1,672
200,806
199,634
1,172
191,187
190,067
1,119
149,011
148,121
890
(7) 農林水産省:麦の需給に関する見通し,平成 24
年 3 月,
http://www.maff.go.jp/j/seisan/boueki/mug
i_zyukyuu/pdf/24_mitoushi.pdf
5.4
考察
(8) 農林水産省総合食料局:図解
5.2 と 5.3 より、輸送パターンの決め方よりも船
今後の麦政策の
あり方,平成 18 年 3 月発行
舶の大型化の方が CO2 排出量の削減に大きな効果が
(9) 赤倉康寛,瀬間基広:国土技術政策総合研究所
ある事が分かった。さらに二港揚げについては、エ
資料 No.560,我が国へのドライバルク貨物輸送
リアを分けた方がより CO2 排出量削減に効果がある
の効率化に向けた一考察,2009.12
事が分かった。
(10) 赤倉康寛,二田義規,渡部富博:国土技術政策総
よって、CO2 排出量削減のためには大型船の投入を
合研究所資料 No.525 , 北東アジアにおける三
優先させて、その後に輸送パターンについてエリア
大バルク貨物の輸送動向の分析,2009.3
を分けて港を集約する必要がある事が分かった。
13