発表論文 - IHI

2 ストローク予混合燃焼式デュアルフューエルエンジンの開発
ディーゼルユナイテッド
○寺本 潤 廣瀬 孝行 梅本 義幸
IHI 山田 剛 増田 裕
2 ストローク型デュアルフューエルエンジンのガ
1.
はじめに
ス燃焼方式として,ディーゼルエンジンの重油の代
わりに 30[MPa]程度に加圧した燃料ガスを燃焼室内
近年の環境意識の高まりとともに,舶用機関にお
へ高圧で直接噴射し,拡散燃焼を行なう方式が考案
いても環境規制の強化が進められている.現在,国
されている(3)(4).しかしながら,エンジン単体で低
際海事機関(IMO)において,以下の規制に向けた取
NOX 化が困難であると共に,LNG を液体の状態で加圧
(1)
する場合にはタンク内で蒸発したガスを再液化する
り組みが行なわれている .
装置が必要であること(5),さらに,機関室内に高圧
① 硫黄酸化物(SOX)の規制(燃料油中の S 分規制)
ガスが供給されることで安全面での不安が指摘され
② 窒素酸化物(NOX)の排出低減(3 次規制)
るなど,運用上の懸念も多い.
③ 温室効果ガス(GHG)の排出低減
そこで,4 ストローク型エンジンのガス燃焼時と
同様の低 NOX 化が可能な予混合燃焼方式を,低圧ガ
特に,NOX については1次規制値からの 80%低減が
求められている(1).このような厳しい規制への対応
ス噴射によって実現させる 2 ストローク型デュアル
フューエルエンジンの開発を行なった.
策の一つとして,燃料を運転中に重油から LNG へ切
り換えることが可能なデュアルフューエルエンジン
2.ガス燃焼方式の概略
の搭載が検討されている.デュアルフューエルエン
ジンは,従来の舶用燃料油による運転時の排気に比
図1に 2 ストローク型エンジンの各ガス燃焼方式
べて SOX や粒子状物質が少ない.また,単位発熱量
の違いを示す.燃料ガスを上死点付近で噴射し,パ
当たりの燃料に含まれる炭素原子数の違いから,ガ
イロット噴霧によって着火させる拡散燃焼方式では,
スエンジンから排出される CO2 排出量を,重油を燃
前述のとおり従来の重油によるディーゼル機関と同
料とするディーゼルエンジンよりも 20~30%少なく
様にエンジン単体での NOX 排出率を低減させること
でき,温室効果ガスの排出低減においても優位であ
が困難である.予混合燃焼方式では,予混合気を希
る.
薄化させることでエンジン単体での NOX 生成を抑え
既に世の中で商用化されているガスエンジンの大
ることが可能である.
半は 4 ストローク型であり(2),大型船舶に求められ
2 ストローク型エンジンではクランク軸が1回転
る大出力,低回転数,高熱効率および高い信頼性の
する間に1回燃焼を行なうため,掃気行程中に排気
両立を実現できる 2 ストローク型低速デュアルフュ
と吸気が同時に行なわれている.このため,予混合
ーエルエンジンは,その技術的な難しさからほとん
気を 2 ストローク型エンジンへ供給する場合には,
ど実用化されていない.
以下の問題が懸念される.
図1
2 ストローク型機関の各燃焼方式の違い
① 掃気期間中に燃焼室内に存在する高温の既燃ガ
スと予混合気が接触する事による予混合気の不
正着火.
② 掃気期間中に燃焼室内へ供給された予混合気が
そのまま流出されてしまう未燃燃料の排出.
3.数値解析による検討結果
前述の懸念事項を回避するため,エンジンのライ
ナ壁に設けたガス噴射弁から燃料ガスを燃焼室へ直
接噴射させ,その噴射時期をコントロールする事に
よって,掃気ポートから流入する新気(空気)と燃
料を適時混合させて予混合気を形成する方式を考案
した.掃気ポートから流入した吸入新気(空気)が
既燃ガスを上方へ押し出しながらガス弁位置よりも
高い位置に到達した時期に燃料ガスを噴射する事に
よって,排気ガスと燃料ガス(予混合気)の間に空
気の層を形成させることで,燃料ガスと高温の既燃
ガスとの直接接触にともなう不正着火を防止できる
と同時に,燃料ガスの噴射時期を適切に調節する事
によって,予混合気がそのまま流出されてしまう未
燃燃料の排出も低減できる.また,本方式はピスト
ン圧縮によって燃焼室内圧力が上昇する前に,燃料
ガスの噴射を完了するため,燃料ガスを高圧にする
必要がなく,低圧での噴射が可能となる.
図 2 燃焼室内における温度分布の解析結果
予混合燃焼方式の実現可能性を評価するために
CFD 解析による検討を実施した.燃焼室内の温度分
布を図 2 に示す.本解析結果から,燃料ガス噴射開
始時期には排気弁下部近辺に既燃ガスがあるものの
噴射終了時期には,不正着火を起こすような高温の
既燃ガスは燃焼室内に残留していない.
に伴う不正着火およびノッキング等の異常燃焼は発
生していない.また,排気中の全炭化水素(THC)
は数百[ppmC]程度であり,噴射された燃料が未燃の
まま直接排気される割合は4ストローク型ガスエン
ジンと同等レベルを実現できる事が分かった.以上
のことから,3 章で示した方式によって 2 ストロー
ク型予混合燃焼式ガスエンジンを実現できる事がエ
ンジン試験によって実証された.
図 3 CFD 解析結果(燃料ガス分布)
図 3 にライナに取付けられたガス噴射弁から噴射
された燃料ガスのクランク角度ごとの濃度分布を示
す.噴射された燃料ガスはほとんど排気へ流出して
おらず,圧縮完了時には噴射された燃料ガスは周囲
空気と混合する.このことから,本手法は 2 ストロ
ーク型予混合燃焼方式の実現手法として有望である
事が確認された.
4.エンジン試験および試験結果
本手法による予混合燃焼方式の実現性を実証すると
ともに,解析検討では把握しきれない技術課題の抽
出のため,既存の重油焚きディーゼルエンジンの1
気筒のみをガス燃焼仕様に改造し,エンジン試験を
実施した.ガス運転時の燃焼室内圧力を図 4 に示す.
しかしながら,出力 40%以上においては,図 4 の
矢印が示す推定着火時期よりも早い時期(☆印部)に
燃焼が開始しており,過早着火状態である事が分か
った.
各出力での予混合気の濃度について調べたところ,
図 5 に示すように,燃焼室出口に設けた A/F センサ
によって求めた当量比(Local φ)が,燃焼室内にト
ラップされる空気量と燃料ガス流量を元に算出した
平均当量比(Over all φ)よりも大きくなっており,
燃料ガスと空気との混合が不十分なために燃料ガス
濃度の高い部分が存在する事が分かった.これまで
の研究から,過濃予混合気が存在する場合に燃焼室
中の潤滑油の自着火によって過早着火が発生するこ
とがわかっており,このことから,高出力時には燃
料ガスの混合が不十分なため過早着火が生じたと言
える(6)(7).逆に低出力域では,意図的に過濃予混合
気部分を形成させることで,低出力時においても失
火状態に至らず安定した運転が可能なことも分かっ
た.
図 4 燃焼室内圧力波形
本結果から分かるように,いずれの出力において
も 2 章で指摘したような既燃ガスと燃料ガスの接触
図 5 予混合気濃度の計測結果
5.燃料ガスの混合促進
燃料ガスの混合促進による過早着火の低減効果を
検証するために,ディーゼルエンジンの 1 気筒のみ
に図 6 に示すような噴射装置を搭載し,1 気筒ガス
エンジン試験を実施した.なお,本噴射装置は掃気
ポート部に燃料ガスを噴射し,空気と燃料ガスを混
合しながら燃焼室内へ予混合気を供給する方式(掃
気ポート噴射方式)であり,図 7 に示す CFD 解析結
果からも,燃料ガスの混合が促進し,局所的な過濃
領域が削減できている事がわかる.
図 8 燃焼室内圧力波形の比較
6.大口径機関での実現性検討
世の中では大型のデュアルフューエルエンジンが
求められているものの,予混合燃焼方式はシリンダ
径が大きく,回転数が低くなることにより,ノッキ
ング等の不正着火が発生しやすくなることが知られ
ている.そこで大口径化の可能性を検討するために,
図 6 掃気ポートガス噴射装置
試験用機関 W-X72DF によるエンジン試験を実施中で
ある.
本機関の諸元を表 8 に機関外観を図 9 に示す.
表 8 機関諸元表
図 7 CFD 解析結果の比較
図 8 に燃料ガスと空気の混合がよい場合(掃気ポー
ト噴射方式)と悪い場合(ライナ噴射方式)の燃焼室
内圧力波形を示す.出力 80%近辺において,燃料ガ
スの混合がよい場合は矢印が示す推定着火時期より
も後に燃焼が開始しており(☆印部),過早着火が抑
制できていることがわかる.
7.まとめ
これまでの技術検討およびエンジン試験の結果か
ら以下の知見を得ることができた.
(1) 2ストローク型予混合燃焼式デュアルフューエ
ルエンジンが実現できることをエンジン試験に
よって実証した.
(2) 燃料ガスの混合促進によって,希薄予混合気を
形成できれば,過早着火を低減できることが,
図 9 試験機関外観
エンジン試験によって明らかになった.
本試験機関は Wärtsilä 型 2 ストロークディーゼル
現在,Winterthur Gas & Diesel 社(略称: Win
機関を元に,デュアルフューエル仕様へ設計変更し
G&D 社,旧 Wärtsilä Switzerland)および Wärtsilä
たものである.ガス運転時の着火源として,少ない
社と協力し,2 ストローク型予混合燃焼式デュアル
燃料油で安定した着火を得るため図 10 に示す予燃
フューエル機関の実用化に向けた開発を進めている.
焼室方式のパイロット噴射弁を採用している.これ
今後 W-X72DF テスト機関を用いて以下の性能改善を
により,全投入エネルギのわずか 1%の噴射量で安定
実施する.
した着火を実現させている.
(8)
(1) 安全性と燃料ガス混合促進の両立
(2) ガス運転モード時の安定性向上
(3) ディーゼル運転時の熱効率向上
謝辞
本研究開発はWin G&D社およびWärtsilä社と共同
で実施したものであり,Win G&D社およびWärtsilä
図 10 パイロット燃料噴射システム
社の技術支援に感謝致します.また,掃気ポートガ
ス噴射装置に関する研究開発は国土交通省,日本海
ディーゼル運転時とガス運転時では,要求される
事協会の『平成26年度次世代海洋環境関連技術研究
排気弁の開閉タイミングおよび掃気圧力等が異なる.
開発費補助金』事業の支援を得て実施したものです.
そこで, W-X72DF 機関では 4 ストローク・デュアル
エンジン試験に御協力頂いた船主および関係機関の
フューエルエンジンで実績のある電子制御システム
方々に対し感謝の意を表します.
「UNIC」を用いることによってディーゼル運転とガ
ス運転のスムーズな切り替えを実現させている(8).
参考文献
(1) International
Maritime
Organization,
"Revised MARPOL Annex VI, Regulations for
the Prevention of Air Pollution from Ships
and NOx Technical Code 2008", 2009.
(2) S.TAKAHASHI,
S.GOTO,
S.NAKAYAMA,
and Y.NISHI, "Result in Service operation of
1.3MW Micro-Pilot Gas Engine, and its
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2007.
(3) Rene Sejer Laursen, Veslemoy Winge Rudh,
"Environment-friendly Operation using LPG
on the MAN B&W Dual Fuel ME-GI Engine",
CIMAC Paper, No.300, 2010.
(4) Lars R. JULIUSSEN, Michael J. KRYGER,
Anders ANDREASEN, "MAN B&W ME-GI
Engines. Recent Research and Results",
Proceedings of ISME KOBE, (2011)
(5) 柴田ほか,「ME-GI 機関を搭載した LNG 船の
紹介」
, 日本マリンエンジニアリング学会第 85
回学術講演会論文集, pp199-200, (2013)
(6) Hiroshi
Kimihiko
Tajima,
Sugiura,
Motomu
Kunimitsu,
Daisuke
Tsuru :
Development of High-efficiency Gas Engine
through Observation and Simulation of
Knocking Phenomena, CIMAC Paper, No.213,
(2010)
(7) Takayuki Hirose, Hirohide Furutani, Yutaka
Masuda,
Yoshiyuki
Umemoto,
Yamada,
“Technical
Challenge
Takeshi
for
the
2-Stroke Premixed Combustion Gas Engine
(Pre-ignition
Behavior
and
Overcoming
Technique) ", CIMAC Paper, No.185, (2013)
(8) R.Holtbecker, “Features and Application of
Wärtsilä 2-stroke Low Pressure DF Engines”,
Wärtsilä Technical Seminar,(2014)