「いち誉め、にザンゾ、さん惚れ、し風邪」

新潟方言・郷土史研究家
大 田 朋 子
プロフィール
新潟市出身(出生地は柏崎市)
東京で大学・研究室生活を経てUターン
雑誌記者、コピーライター、ライター、インタビュアーの仕事をす
るうちに、方言や習俗、歴史に魅せられ、研究、普及につとめる
心理学・新潟学等講師、経営学修士(MBA)、新潟郷土史研究会会員
著書「独断大田流にいがた弁講座」(新潟日報事業社)
「おもしろ えちご塾」(恒文社)
「郷土とことわざ」(人間の科学新社・共著)等
「いち誉め、にザンゾ、さん惚れ、し風邪」
春といえば花粉症、という方も多いと思います。
内に点在)ですが、くしゃみ一回は良いとして、二
さて花粉症には「くしゃみ」がつきものですが、方
回目の時は縁起が悪いので、やでもか三回して誰か
言や言い伝えの宝庫新潟県には、このくしゃみに関
に惚れられていることにする、というこれまた面倒
する言い伝え、まじないことばが多く見られます。
というか、おもしろいまじない習慣を聞きました。
科学的根拠云々よりも、昔からくしゃみは「噂され
花粉症でくしゃみ連発の人は、どうするのだろう
ている証」「風邪引く予兆」とされ、「ハクショ
か!?と余計な心配をしてしまいましたが、一回・
ン」とくれば、ちょっとお下品ですが(噂したと思
三回は誉めた・惚れたで吉、二回・四回は、悪口や
われる相手に)「チクショウ!」と手短に口にする
風邪で凶、で日本人のゲン担ぎが推察されます。
人(主に男性)も見受けられます。
元来くしゃみは、古今東西人々にとって「不思
また、一般的に「ひとつ誉められ、ふたつ噂、
議」「普通と違う」「怪しい」ものとされてきまし
みっつ惚れられ」等くしゃみの数の言い伝え(?)
た。今も英語圏ではくしゃみをした人に対して居合
もあり、これが新潟県には地域によって様々なもの
わせた人が「ブレス ユウ!」、ドイツ語圏では
があります。
「ゲズント ハイト!」というように、スペイン、
新潟市の阿賀北周辺では、かつて「いち思い、に
フランス、イタリアからロシアまで、「お大事に」
ザンゾ(悪口)、さん惚れ、し風邪」とされ、一回
の意味の合いの手(?)を入れるようです。韓国で
か三回の時は思っているであろう相手に向かって
は、ごく親しい人には「お大事に」の意味合いを口
「会いたきゃ来い、ここに居た」と返すまじないこ
にするとの説も。
とばがありました。
日本では、直接他人に応えず自問自答する、とい
旧京ヶ瀬村(現阿賀野市)では「いち誉め、にザ
うのも秘すれば花…といったところでしょうか。と
ンゾ、さん惚れ、し風邪」とされ、やはり一回か三
りわけ、このくしゃみに関する自問自答が県内には
回のくしゃみには「用事あらば来い」と返します。
多くみられるのも興味深いことです。県内には「く
旧栃尾市(現長岡市)では「ひとつ思わればな、
しゃみをすると、鼻から魂が抜ける」という言い伝
ふたつこなさればな、みっつ見染められばな、よっ
えもあり、くしゃみの後は
つ風邪ひきばな」とされ、同様に一回か三回の時は
体調やら行いに慎重になっ
「思うたら来いや」と速やかに口にしたといいます
たようですが、科学の発達
から、くしゃみひとつとってもオオゴトでありま
していない時代ならではの
す。
人々の知恵が窺えます。と
新潟市の山の下の言い伝えでは「いち誉め、にザ
いうことで、みなさまもど
ンゾ、さん惚れ、し風邪」で旧京ヶ瀬村と同様(県
うぞお大事に。
くしゅん
くしゅん
くしゅん
ホクギンMonthly 2015.5