「乙川のぽんつく」 - ホクギン経済研究所

新潟方言・郷土史研究家
大 田 朋 子
プロフィール
新潟市出身(出生地は柏崎市)
東京で大学・研究室生活を経てUターン
雑誌記者、コピーライター、ライター、インタビュアーの仕事をす
るうちに、方言や習俗、歴史に魅せられ、研究、普及につとめる
心理学・新潟学等講師、経営学修士(MBA)、新潟郷土史研究会会員
著書「独断大田流にいがた弁講座」(新潟日報事業社)
「おもしろ えちご塾」(恒文社)等
「乙川のぽんつく」
最初にお断りしますが、当稿に登場する人物は不特
定のものであります。
このタイトルを見て、多くの人はドッキリ・ビックリする
はずです。私もある機会に、この表記に遭遇してたまげ
ました。たまげながらも書くことにします。あぁ、これで
不特定とはいえ多くの乙川さんを敵に回すことになるか
も知れません。あぁ神様仏様、ついでに乙川様、お許し
ください。
と、前置きはこの辺にして、ぽんつくは愛知の岡崎方
言で、魚釣りのこと。それも川魚獲りを指すことが多い
ようです。この地方を流れる川がモンダイの乙川(おっ
かわ)。ですから乙川のぽんつくとは、乙川で行う魚釣
りのこと。新潟ではさしずめ「信濃川の魚釣り」といっ
たところでしょう。だから、乙川さんという人への個人攻
撃ではありませんので、ご安心を。
しかし、新潟をはじめ、山形や徳島、九州の一部に
みられるように全国に点在する「ぽんつく」は、その多
くがバカやアホという罵りことばです。とくに、新潟で
は、バカ!やアホ!より、ぽんつくは、救いようのないダメ
な人…といった感じがあります。
九州某所に、実際「ぽんつく」というお菓子があるせ
いで、一般的には「ぽんつくは九州のことば」と思われ
ているようです。かの地ではちょっと間抜けだけど憎め
ない人の意味で使い、その意をお菓子の名に込めたと
いうことです。
さて、所変わればことばも変わり、意味も変わり、あ
る地では、ほのぼの系魚獲りの意味で使われているこ
とばが、別の地では罵りことばなんて、おもしろ過ぎる、
いや、誤解を生ずるので要注意。これは方言には比較
的よくあることです。たとえば、我が新潟県では当たり
前のように使用している「ばかことば」。
「ばーか、おも
しぇ」
(とてもおもしろい)、
「ばーか、上手」
(とても上
ホクギンMonthly 2014.11
手)、
「ばーか、元気そう」
(とても元気そう)、
「ばー
か、はーやぃ」
(とても早い)という誉めことばが、他県
人には罵りことばとして受け取られてしまいます。
県内では、身体が辛いという意味で「こわい」を使う
地域がありますが、一般的には、何かを恐れている意
味で受け取られてしまうこともあります。地域によって
は、
「えらい」が「疲れた」の意味で使われて、土地の言
葉を知らない人にとっては、これまた誤解を生じてしま
うことも。実際、一緒に力仕事した人が、
「あぁ、えら
かったね、えらい、えらい」と口にして、周りは「??」と
なったこともあるのです。
また、
「その棚をつって」といわれ、
「え?なんで、大
工仕事させるんだ!?」とびっくりしたというエピソード
もあります。つるは愛知・岐阜方面を中心にした「移動
する」という方言で、新潟の一部の地域でも使用されて
います。県内にも家具等を「吊り持ちする」という表現
をする地(主に柏崎)もあり、これに通じるようです。
それにつけても、罵りことばと思われているぽんつ
く、なぜ、魚獲りなのか?調べてみたところ、ぽんつくと
は、網状のタモやザル、手ぬぐい等で、小魚をすくい取
ることを指すようです。もしかして、
「ポンとタモやザル
を投げてすくう」が短縮して「ぽんすく」、転じて「ぽん
つく」になったのでしょうか?不謹慎にも、私はひょっと
こ面つけた乙川さんという人が、ザルをもってドジョウ
か鮒をすくっている安来節の
図を思い浮かべてしまいまし
たが、これもぽんつくというリ
ズミカルでどことなくおかしさ
を感じさせる語感のせいで
しょう。地域によってがらりと
意味の変わることば、まだま
だいっぺことあるはずです。