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 ヨーン・ウ
ッツォンの描いた
日本建築のコンセプ
トスケッチに対す る応答 2015 年 3 月 片寄健太 1. 研 究 の 動 機 ジークフリート・ギーディオンの「空間・時間・
南太平洋、ハワイ、日本、中国、中近東などで、そ
建築」でウッツォンの描いた日本建築のコンセプト
れらの国々の伝統文化の中から新しいデザイン・ヴ
スケッチを知った。それは基壇の上に雄大な屋根が
ォキャブラリーを見出すことが楽しみだったよう
浮かんだイメージを表現していた。基壇と屋根の間
だ。2)日本建築からは、基壇と屋根の建築思想へ至
には何も描かれていない。ここには建築要素ではな
るインスピレーションを得ている。 い建具が自由に配置される。日本人にとって基壇と
ウッツォンの建築空間と構成手法に関する先行
屋根の間にあるユカ(床)を含めた造作は、家具の
する研究によると、基壇と屋根の空間の構成手法は、
ようなものであり、室内で靴を脱ぐのはそのためだ
断面構成に特徴が見出せる。 とデンマーク人の彼は考えたらしい。 『「基壇」には「機能」の分離「空間演出」
「場所性
の実現」といった 3 つの目的があり、「屋根」は基
壇の特徴を活かし、示すもので、「屋根と基壇の間
図 1
に魔法がある」と述べ、断面構成にその特徴が見出
日本建築は雄大豪壮な基壇と屋根を持ちながら、
せることが分かった。』3)(図 2) 繊細な比例の意匠をも含んでいる。木細い障子や優
美な柱や梁などをスケッチに描かなかったのはな
ぜだろう。ウッツォンの建築思想がどんなものだっ
たのかを知り、自分の感性と照らし合わせてみたい。 ウッツォンはシドニーオペラハウスの設計者で、
これは彼が日本建築からインスピレーションを受
けた建築だと説明される。Philip Drew の著作 1)で
は基壇と屋根の日本建築のスケッチと、オペラハウ
このような日本建築のコンセプトが最も分かり
スの初期のコンセプトスケッチが併置されている。
やすい形で現れたもののひとつに、大相撲の土俵が
(図 1)ウッツォンは的確に日本建築の特徴を捉え
ある。土俵(基壇)の上に神明造の屋根が柱なしに
たと思う。しかし、日本建築は多くの要素を含んで
吊るされた現在の相撲競技場は、ウッツォンの描い
いて、ウッツォンの考えるものとは違った捉え方も
た日本建築のコンセプトスケッチそのものだ。彼は
出来る。自分の感性で日本建築を見つめ直し、ウッ
日本の空間リテラシーを的確に見抜いた。(図 3) ツォンとは異なる見解を示したい。 2. ウ ッ ツ ォ ン の 建 築 思 想 へ の 日 本 建 築 の 影 響 孤独を愛し、他人から干渉されることを好まない
人で、首都から離れたへレベックに住んで家族と仕
事に専念していたウッツォン。彼がエンジョイした
のは休日の海外旅行で、特に好んだのはメキシコ、 図2
図3
3. も う ひ と つ の 日 本 建 築 あ る い は 高 床 式 倉 庫 3.3 屋 根 の 構 架 3.1 ユ カ ( 床 ) の 建 築 切妻と寄棟とでは、元来構造法が異なる。今日で
太田博太郎は日本住宅について論じる中で、床を
はどちらも梁の上に束を立てた和小屋であるが、古
特異な点として指摘する。 い寄棟の農家の小屋組は、合掌による構法になって
いると太田博太郎は観測する。寄棟の合掌による構
『日本人は坐って生活しているので、ユカができた
法は垂木の配置が放射状になる部分ができる。これ
のだと考えるのが普通のようである。しかし、私は
は竪穴住居の平面が円みをもっていて、放射状垂木
これとは逆に、ユカがあったから坐る生活が今日ま
の屋根で、円形平面を実現した原始時代以来の伝統
で続いていると解している。 だと指摘する。切妻は束あるいは柱によって棟木を
古代においては、世界各国とも直接地面に坐して
支え、垂木は平行に配置される。 いた。ところが、次第に椅子や寝台ができて、腰掛
けの生活に移っていった。西欧でも、シナでも、み
『このように考えると、切妻と寄棟とは構造的に別
な同じである。ところが、それらに対して、現在ま
系統に属するものとみなければならず、日本の住宅
で胡坐や正坐の坐法をとっているものも若干ある。
は次のように、 日本はそのうちの一つで、世界の文明国のうちでは
高床-切妻(束による構架) -平行垂木 特別なものといえる。』4) -炊事場別 南方系 竪穴-寄棟(合掌による構架)-放射状垂木 続けて椅子や寝台には地面の湿気を避けること
-炊事場一緒 北方系 と、貴族の権威を表すために座の位置を高くする意
の二つの系統があり、前者は貴族住宅として発展し、
味があるとし、日本の場合には床を高くすることで
後者はそのまま庶民住宅として残り、庶民住宅は次
それらに対応したと述べる。これには歴史的な理由
第に貴族住宅の影響をうけてユカを張るようにな
があると考えていて、倉も住居も高床であった地方
ったと解すべきであろう。』4) からの渡来人が、高床の家屋を伝えたとしている。 3.2 土 間 の 建 築 仏教伝来以前の神社建築は切妻であり、程度の高
日本住宅の床について論じる一方で、太田博太郎
い構法とされていた。仏教建築の伝統が入ってから
は民家の土間に着目する。 は、寄棟や入母屋が重要な建築に用いられるように
なった。 『一度ユカを用いた住宅が、また土間になったとは
ユカのある高床の建築は伝統的には切妻であり、
考えられないから、近世の土間の家は竪穴以来の伝
古来の価値観では寄棟よりも高く評価されていた。 統をつぐものであること自明であろう。』4) 以上により、屋根の構造法と住居形式の系統には
関連があることが分かった。ここで一度屋根自体の
ユカの発生が貴族の座の位置を高めることであ
起源について、私が見つけた事例を見ながら考えた
ることは、民家の竪穴の土間との対称性だと言える。 い。 私は、太田博太郎のこの主張により、ウッツォン
「ヤネ」は「屋根」と書く。「屋」に「根」がつ
の考えとは違う日本建築の概念を示す勇気をもら
いて「屋根」となる。建物を表す「屋」に「根」の
った。椅子ではなくユカの高さで貴族と農民、寝殿
字をつけるのには訳がありそうだ。 造と竪穴住居の対称性を獲得するところが、日本の
根とは大地に張るものである。大地に張った根は
建築文化の大きな特徴だという考えに至った。 土の中から地上に幹を伸ばすために重要な役割を
果たしている。木に例えると、地中に張り巡らせた
を含むことになる。 根が地上に立つ柱のような幹を支え、屋根のような
堀立柱とユカと切妻の建築の原型として、高床式
枝や葉を出している。堀立柱の建築と木の構造を比
倉庫を挙げる。 較すると屋根の「根」の意味が汲み取れる。実際に
物を貯蔵する倉庫は窓を必要としない。校倉の壁
屋根の語源にはいくつかの説があるが、柱梁の構架
を持つ高床の倉をよく見かける。窓のような開口部
の技術が生まれる以前、大地に斜めに立てかけた垂
を自由に設けるには、柱と梁の構架が便利であるが、
木の上から下までを草で葺いた屋根は、大地に根を
倉ではせいろう組の構造を用いることが一般に認
張るような構造であり、それで根の字がついている
知されている。柱と梁ではない、壁の構造である。
と言われている。 安藤邦廣は、小屋と倉の民家論の中で、板壁の倉に
屋根という言葉と建築造形が興味深いかたちで
着目している。 一致した事例を紹介する。(図 4) 『せいろう組は森林資源に恵まれた日本列島で、古
代より伊勢神宮等の社殿や正倉院の校倉など、寺院
の倉庫建築として使われてきた。また中世には長者
の米倉としても絵巻物に描かれている。そして江戸
時代以降になると民家の倉として、主に中部以北の
山間部の集落でせいろう倉は多様な展開を見せて
図 4 びぜんしよしながちょうみなみがた
これは岡山県備前市吉永町南方にある神社。備前
たくらうしがみしゃ
市吉永町福満には田倉牛神社という社殿がなく、神
みなみがた
いる。』5) 3.1〜 3.4 のまとめとして、これから私が提示す
職も置かない神社がある。その信仰の影響で、南 方
る日本建築に学んだ構成手法は、次のようになる。 にも同じ形式の神社がある。幹が根元から大きく曲
・浮遊する床 がった木を根の部分を残して伐り、鳥居の表現に使
・掘立柱に支えられた切妻屋根 っている。地面と平行になった幹の上部には、水平
・開口部のない壁 な屋根が架けられ、屋根に根が生えたような造形だ。 4. 結 論 元来の屋根は大地とのつながりを持つものであ
ヨーン・ウッツォンの描いた日本建築のコンセプ
ると私は考える。基壇ではなく、地中から木の幹の
トスケッチに対する応答としてもうひとつの日本
ように伸びる掘立柱こそ屋根のある建築のプリミ
建築のコンセプトスケッチを提示する。(図 5) ティブな形式だと考える。 3.4 高 床 式 倉 庫 の 壁 以上の考察より、掘立柱に支えられたユカと切妻
屋根の建築が、ウッツォンの基壇と屋根の構成手法
に対峙するもう一つの日本建築の概念として示せ
ることが分かった。 2 で引用した論文によると、断面に基壇と屋根の
構成手法の特徴が見出せるとしている。私の捉える
日本建築の概念を断面構成で表現することで、より
明確に比較できるようにしたい。これには壁の要素
図 5 脚注 1) Philip Drew「Sydney Opera House」 2)三上祐三「シドニーオペラハウスの光と影」 3)山崎篤史、末包信吾「ヨーン・ウッツォンの建築作品に おける空間とその構成手法に関する研究」 4)太田博太郎「日本住居史の研究」 5)安藤邦廣「小屋と倉」 図 1 Philip Drew「Sydney Opera House」 図 2 山崎篤史、末包信吾「ヨーン・ウッツォンの建築作品 における空間とその構成手法に関する研究」 図 3 Wikimedia ファイル:両国国技館 Tsuriyane 図 4 撮影:片寄健太 図 5 作画:片寄健太