同時発表: 筑波研究学園都市記者会(資料配布) 文部科学記者会(資料配布) 科学記者会(資料配布) 超分子マシンの運動を簡便な力学操作で制御することに成功 ~手の動きで分子を操ることができる界面技術~ 配布日時:平成 27 年 6 月 18 日 14 時 国立研究開発法人 物質・材料研究機構 概要 1.国立研究開発法人物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 超分子ユニット(ユニ ット長:有賀 克彦)の中西和嘉 MANA 研究員らは、ストラックライド大学(イギリス)のデヴィッド・ チャン博士と共同で、分子マシン(機械的動きをする分子)が水面上で集まることを利用し、ごく小さい 力学的エネルギーを使ってこれを簡単に動かせることを明らかにしました。本研究の成果は、センサー材 料などへの応用を目指して研究されている様々な分子マシンを、力学的エネルギーにより動かす基盤技術 となることが期待できます。 2.力学的エネルギーがどのように機械を動かすかは、目に見えるマクロなレベルでは、良く理解され、 応用されてきました。一方、分子マシンのようなナノレベルでは、全体の力がどのように伝わり、分子の 構造や機能に影響するのかを測定する方法が限られており、あまりよく知られていませんでした。しかし このような動作原理を理解することは、力学的エネルギーを分子レベルで用い、分子レベルの機械を自在 に動かすために必須です。 3.今回、気体と水の境界面(気水界面)に集まった分子マシン(超分子 1) 集合体)に対して、力学的エ ネルギーを与えることで、 分子にかかる圧力や分子の構造変化などを詳細に測定することに成功しました。 本研究では、分子マシンとして、ペンチの形を模したビナフチル 2) 分子を用いました。ビナフチル分子は、 気水界面に向きをそろえて並び、単分子1層の集まりから成る膜を形成します。水面で仕切り板を動かす ことで、この膜に外から力学的エネルギーを加えて、圧縮したり拡張させたりすると、その中のビナフチ ル分子を効率よく繰り返し開閉することができ、非常に小さな力で開閉の角度を制御することが可能であ ることが分かりました。 4.これまでは、分子マシンの構造変化について 3 次元の状態で測定が行われていましたが、気水界面で は 2 次元であるため、状態を単純化できます。さらにこの超分子集合体は、厚みは分子レベルと非常に小 さいですが、面積は目に見えるほど大きく、手でも動かすことができる仕切り板の移動を、機械で精密に 制御することによって分子の構造変化を観察できるため、現象の詳細な理解が比較的簡易に可能となりま した。また、今回用いた力学的エネルギーは、通常分子マシンを動かすのに使われる光や熱エネルギーと 比較し桁違いに小さいため、本技術は、簡便かつ省エネの新しいナノ技術となることが期待されます。 5.本研究は 、日本学術振興会科学研究費補助金 新学術領域研究『柔らかな分子系』 (領域代表:理化学 研究所 田原 太平)の一環として行われました。 6.本研究成果は、ドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」にて 2015 年 6 月 12 日にオ ンライン速報版として公開されました。 (論文:D. Ishikawa, T. Mori, Y. Yonamine, W. Nakanishi*, D. L. Cheung*, J. P. Hill, and K. Ariga* "Mechanochemical tuning of binaphthyl conformation at the air-water interface" Angew. Chem. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201503363) 研究の背景 目に見えるマクロなレベルでは、力学的エネルギーがどのように機械を動かすために使われるかについ ては良く理解されており、広く応用されています。一方、分子でできたナノサイズの機械(分子マシン) は、力を刺激として応答するセンサー材料や、エネルギー変換材料への応用を目指して研究が行われてき ましたが、力が分子にどのように伝わり、構造や機能に影響するのか、測定する方法が限られており、あ まりよく知られていませんでした(図1) 。このような動作原理を理解することは、力学的エネルギーを分 子レベルで用い、分子レベルの機械を自在に動かすために必須です。 図1.マクロサイズの機械とナノサイズの分子機械の違い 力学的エネルギーを利用した分子構造の制御は、歴史的には、結晶に大きな力を加えることで、分子構 造を変化させる研究がなされてきましたが、近年、より大きな変化や応用性が見込まれるソフトマテリア ルでの研究が始められています(図2) 。 図2.力学的に分子構造を制御する方法。 結晶を用いた場合(上段) 、ポリマーなどのソフトマテリアルを用いた場合(中段) 、本法の、気水界面を用いる方法(下段) 。 2 結晶中では、分子は配向しているため、外部から力を加えると、分子に対しても望みの方向に力を加え、 変形させることが可能ですが、許容される変化率は、ほとんどの場合体積にして1%未満と小さく、発展 性が見込めませんでした。一方、ポリマーなどのソフトマテリアルでは、大きな変化率を許容するという メリットがありますが、材料中の分子の配向性が低く、望みの方向に効率よく、力を分子に伝えることが 困難でした。我々は、分子の配向性を高く保ちつつ、大きな変化率を許容する気体と水の界面(気水界面) を、力学的エネルギーを用いて分子構造を制御する場として利用しました。 研究内容と成果 本研究では、分子マシンとして、ペンチの形を模した、キラル 3)な両親媒性 4)ビナフチル分子を用いま した(以下、ビナフチル分子) (図3a) 。ビナフチル分子は、気水界面に向きをそろえて並び、単分子1層 の集まりから成る超分子膜(単分子膜)を形成します(図3b) 。単分子膜を外から力学的エネルギーを加 えて圧縮したり、拡張させたりすると、ビナフチル分子のペンチの開き具合に対応する角度が変化し、ペ ンチが開閉する動きに似た運動をすることが分かりました(図3c)。 図3.両親媒性ビナフチルの構造と、気水界面での圧縮による分子変形の模式図 a) 左より、両親媒性ビナフチルを模したペンチ、両親媒性ビナフチルの化学式、両親媒性ビナフチルの 3 次元構造。 b), c) 気水界面に両親媒性ビナフチルが並び、圧縮と拡張により、ペンチの開閉に類似した構造変化(配座変化)が 起こる様子 具体的には、気水界面で形成した単分子膜を圧縮し、徐々に力学的エネルギーを与えていくと、構造の 。理論計算により、ビナフチ 指標となる、分子あたりの CD5) 強度が増強することを観測しました(図4a) ルの開き具合を徐々に小さくしていくと、CD 強度が増強することが示唆され(図4b) 、このシミュレー ションと観測結果を比較し、ビナフチルの開き具合を表す角度は,安定構造である-90 度 6) から、圧縮に より-80 度 6) まで鋭角方向に変化することが分かりました。また、単分子膜の圧縮と拡張により、この分 子ペンチの閉開は連続して起こすことが可能であることも確認しました。 また、気水界面で行う本手法を用いれば、単分子膜に与えられる力学的エネルギーは 0.01 kcal/mol 単位 3 で正確に制御することが可能です。本研究では、徐々にビナフチル分子に力学的エネルギーを与え、開き 具合を-80 度 6) に変形するのに 0.94 kcal/mol を与えました。通常、分子の機械を動かすのに使われる光や 熱エネルギーは数十 kcal/mol 必要で、今回用いた力学的エネルギーは 1 kcal/mol 程度であることから、桁 違いに小さいことがわかりました。本技術は、柔らかい分子構造を精密に制御する新しい方法であるとと もに、簡便かつ省エネの新しいナノ技術となることが期待されます。 図4.気水界面で行った力学刺激によるビナフチル単分子構造制御。 a)CD スペクトルの変化の実験データ、b) CD スペクトルの計算シミュレーション 今後の展開 本研究の成果は、 様々な分子マシンを力学的エネルギーにより動かす基盤技術となることが期待できます。 また、 今回用いた力学的エネルギーは、 通常分子マシンを動かすのに使われる光や熱エネルギーと比較し、 桁違いに小さいことから、本技術は、簡便かつ省エネの新しいナノ技術となることが期待されます。 掲載論文 題目:Mechanochemical tuning of binaphthyl conformation at the air-water interface 著者:D. Ishikawa, T. Mori, Y. Yonamine, W. Nakanishi*, D. L. Cheung*, J. P. Hill, and K. Ariga* 雑誌:Angew. Chem., Int. Ed. 掲載日時: 2015 年 6 月 12 日(金) 用語解説 (1) 超分子 原子が共有結合で結びついてできているものを分子とよぶが、複数の分子がより弱い水素結合などの力に よって結びついてできた高次の構造をもつ分子を超分子と呼ぶ。 (2) ビナフチル ベンゼン環が2つ縮環した構造をナフタレンといい、ナフタレンが 1 本の単結合で連結された分子の総称 をビナフチルと言う。ビナフチルの多くがキラリティー(右手と左手の様に、3 次元の図形や物体が、そ の鏡像と重ね合わすことができない性質)を有し、様々な用途(センサー、触媒等)に用いられている。 (3) キラル 右手と左手の様に、3 次元の図形や物体が、その鏡像と重ね合わすことができない性質。キラルな分子と は、右手か左手かのいずれかの性質を持つ分子。 4 (4) 両親媒性 水と油、両方になじむ性質。 (5) CD Circular dichroism, 円偏光二色性。 キラルな分子は円二色性(Circular Dichroism, CD)を持ち、そのスペクトルの形や強度は分子の構造に依存す る。 (6) -(マイナス)何度 プラス(正)角は時計反対回りの、マイナス(負)角は時計まわりの角度変化を示す。今回使用している分 子は時計回りのねじれを有するキラル分子であり、そのねじれ角度は負で表される。 本件に関するお問い合わせ先 (研究内容に関すること) 国立研究開発法人 物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 超分子ユニット 超分子グループ MANA 研究者 中西 和嘉(なかにし わか) E-mail: [email protected] TEL: 029-860-4892 URL: http://www.nims.go.jp/super/HP/Nakanishi/Nakanishi%20for%20home%20page.htm (中西不在時対応) 国立研究開発法人 物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 超分子ユニット 超分子グループ ユニット長 有賀 克彦 E-mail: [email protected] TEL: 029-860-4597 URL: http://www.nims.go.jp/mana/member/principal_investigator/katsuhiko_ariga.html (報道・広報に関すること) 国立研究開発法人 物質・材料研究機構 企画部門 広報室 〒305-0047 茨城県つくば市千現 1-2-1 TEL: 029-859-2026, FAX: 029-859-2017 E-mail: [email protected] 5
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