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ドラッグデリバリーシステムの可能性を大きく広げる、生体にやさしいメソポーラス粒子
平成27年3月10日
独立行政法人 物質・材料研究機構
概要
1.独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:潮田 資勝)国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の川上 亘
作MANA研究者、張 紹玲 ポスドク研究員、有賀 克彦主任研究者らの研究グループは、生体成分であるリ
ン脂質1)のみから構成されるドラッグデリバリーシステム2)に好適な多孔性粒子(メソポーラス粒子3))の
開発に成功しました。
2.ドラッグデリバリーシステムを可能にする材料の一つとしてメソポーラス材料があります。従来の研究
ではシリカ、カーボン等の「固い」材料が用いられており、生体内における安全性に懸念がありました。
本研究で開発したメソポーラス材料は生体由来物質のみで構成されており、高い生体安全性が見込まれま
す。
3. ドラッグデリバリーを可能にする物質開発の障壁の1つとして認可の問題があります。医薬品として認
可を受けるためには、製品そのものの試験に先立って、添加剤単体の安全性を担保しなければなりません。
そのため製薬企業は、新規添加剤の使用を可能な限り回避する傾向にあり、新規ドラッグデリバリー担体
を開発する上で大きな障害となっていました。しかし、本研究で用いたリン脂質は既にエマルションやリ
ポソーム4)として使用実績があり、新規添加剤ではありません。これは実用化に際して大きな利点です。
4.本材料は、メソ孔3)を有する多孔性粒子で、粒子径の均一性は高く、組成に依存した 5~20 µm程度の粒
子径を持ちます。バルク密度が 0.02 g/cm3程度の非常に軽い粉体で、空気力学径に換算すると 1~3 µm程
度です。これは、粉末吸入剤の担体としての利用を想定すると最適な値です。
5.本材料は生体膜と同様の脂質ニ分子膜5)で構成されているため、メソポーラス粒子の特長に加えリポソ
ームの特長も併せ持ちます。例えば、疎水性薬物、親水性薬物の両方に利用することができます。疎水性
薬物は脂質ニ分子膜内に埋め込むことができ、親水性薬物は脂質ニ分子膜間の親水領域に挟むことができ
ます。細孔内にも薬物を入れることができ、様々な物性の薬物担体として機能します。リン脂質は修飾が
容易なため、様々な表面改質が可能と考えられます。
6.本材料は凍結乾燥のみで簡単に調製できるため、工業化に適しています。あらゆる投与経路を想定した
医薬品用担体、および化粧品原料等としての利用が期待されます。粒子の個性的な形状は、商品の付加価
値にもなり得ます。
7.本研究成果は、米国化学会の雑誌「The Journal of Physical Chemistry C」で近くオンライン公開され、
3/11 からつくば国際会議場で開催される MANA Symposium でも発表されます(3/12、3:20p.m.~
“Bio-inspired nanoarchitectonics for early and patient-oriented medical treatment” by K. Kawakami)
。
1
研究の背景
医薬品は一般的に経口投与や注射などによって体内に送り込まれますが、そのような手法では薬
物が体全体に送り届けられます。実際に医薬品が必要とされる体内部位は限定されているので、体
全体への薬物の拡散によって薬効が十分に得られなかったり、副作用が生じたりといった問題が生
じます。薬物を必要な場所に必要なときにだけ運ぶ技術はドラッグデリバリーシステムと呼ばれ、
多くの場合は機能を持たせた薬物担体が利用されます。
薬物担体の中でも、リン脂質で構成される小胞体であるリポソームは、高い生体親和性や、広範
な物性を示す薬物を搭載できる能力などが特長であり、最も代表的と言えます。しかしながらリポ
ソームが大きな効果を発揮するのは液体である注射剤に限定されます。一方で、医薬品の主流であ
る固形製剤で利用できる主立った薬物担体技術は存在しませんでした。主に固形製剤への適用を念
頭に置いた今回の材料は、ドラッグデリバリーシステムの可能性を大きく広げると言えます。
多孔性材料も、ドラッグデリバリーシステムのための材料として広く研究が行われてきました。
しかしながら、これらの研究ではシリカ、カーボン等の「固い」材料が使われており、経口、経皮
製剤以外への適用は安全性の点で大きな懸念があります。今回の材料は素材にリン脂質を用いた「柔
らかい材料」で、メソポーラス材料の医療応用への可能性を大きく広げるものです。
また、今回の成果は、バイオ医薬品の開発にも影響を及ぼすと考えられます。近年の創薬は低分
子薬物からバイオ医薬品に急速に転換しており、2013 年以降は世界における売上上位 10 品目のう
ち、7 品目がバイオ医薬品で占めるに至っています。しかしながらバイオ医薬品は、分子が大きい
ために消化管から吸収されにくく、さらには消化酵素で分解されます。従って経口投与ではほとん
ど吸収されず、現状はほとんど注射剤としての開発を余儀なくされています。
本材料はあらゆる投与経路で利用が想定されますが、とくに有望と考えられるのが、粉末吸入剤
の担体としての利用です。吸入剤はこれまで肺疾患を治療するために利用されてきましたが、肺は
全身に投与する薬物の入り口としても機能します。バイオ医薬品は経口製剤化できないため経肺投
与が有望視されており、インスリン吸入剤は既に実用化されています。吸入剤には様々な形態があ
りますが、中でも粉末吸入剤は、多量の薬物を投与できること、安定性が確保しやすいこと、比較
的投与が容易なことなどから、最も有用性が高いと言えます。粉末吸入剤を効果的に肺深部に送り
届けるためには、空気力学径にして 1~3 µm 程度の粒子が最適です。空気力学径は幾何学的な粒子
径と密度から算出されますが、凝集性を防ぐためには幾何学的粒子径が大きく、密度が小さい粒子
が適しています。我々の多孔性粒子は以上の要件に合致する特性を有しています。
ドラッグデリバリーシステムの開発研究は、大学等において非常に活発に繰り広げられています
が、実用化されるものは極めて限定的です。理由は様々ですが、新規添加剤を用いることが大きな
障害のひとつです。医薬品として認可を受けるためには、製品そのものの試験に先立って、添加剤
単体の安全性を担保しなければなりません。そのため製薬企業は、新規添加剤の使用を可能な限り
回避します。我々が用いたリン脂質は既にエマルションやリポソームの素材として利用されており、
ドラッグデリバリーシステムのための素材として、最も豊富な実績と知見があります。これは実用
化に際して大きな利点です。
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成果の内容
図 1 は、我々が開発した多孔性粒子の例です。粒子径は組成に依存して 5~20 µm 程度ですが、
特定の組成においては均一です。細孔径も組成に依存しますが、メソ孔が主体です。図中に示す通
り、リポソームと同様に、本材料内でリン脂質はニ分子膜を形成して配列しています。調製時の水
の添加の有無で形状は大きく異なり、非水系ではシャープな構造を持ちますが、水を加えることに
よって紫陽花のような柔らかい印象の外観に変わります。
本粒子の調製手順を図 2 に示します。まずリン脂質をシクロヘキサンと t-ブタノールの混液に溶
解します。ここで疎水性薬物を混ぜることもできます。リン脂質として、我々は主に水添大豆レシ
チンを用いていますが、他の脂質も利用可能です。この溶液は、17~18℃付近に液液相分離温度を
有します。この温度以下に冷却するとマイクロオーダーの液滴が現れ、その中で溶解度の低下によ
ってリン脂質が析出し、液滴によって球に成形されます。その固体粒子を凍結乾燥すると、溶媒が
抜けることによって細孔が形成され、図 1 のような多孔性粒子が得られます。本プロセスは熱力学
現象を巧みに使用しているため、凍結乾燥機の中で調製を完結することができ非常に簡便です。リ
ポソームは工業スケールでの調製が比較的難しく、それが実用化を妨げる一因となりましたが、我々
の粒子は工業的にも容易に製造できると期待されます。
最初の水添大豆レシチン溶液には、水を添加することも可能です。この場合、油中水滴型マイク
ロエマルション7)が形成されます。マイクロエマルションの中には水相が存在するため、親水性薬
物はこの中に溶かすことができます。親水性成分は、最終的に得られる粒子の中では、脂質ニ分子
膜間に挟まれます。親水性成分の量を増やすと、脂質ニ分子間の距離が大きくなることが観察され
ています。この手順で調製した粒子は、図1(c, d)のような柔らかい印象の外観になります。
本材料は多孔性粒子であるため、その細孔内にも薬物を封入できます。複数の薬物封入メカニズ
ムを有することにより、薬物の放出パターンを制御できます。図 2 に FITC デキストランを封入し
た場合の、水中での薬物放出パターンを示します。急速な放出と、それに続く緩やかの放出の二段
階の放出パターンは、薬物がふたつのメカニズムで保持されていることを示唆しています。
本材料の比表面積は~70 m2/g、バルク密度は 0.02 g/cm3程度で、非常に軽い粉体です。空気力学
径に換算すると 1~3 µm程度で、粉末吸入剤の担体として最適な値です。肺は非常に脆弱な器官で
あるため、利用できる添加剤の種類は大きく限定されます。本材料はリン脂質のみで構成されてい
るため、肺にも利用できると期待されます。
本材料は、水と接触すると膨潤して徐々に構造を変化させます。その速さは組成に依存しますが、
水添大豆レシチンのみから形成される粒子の場合には、5 時間程度で完全に膨潤します。この過程
の制御はまだ研究段階ですが、うまく制御することで生体膜への作用を調節できるものと期待され
ます。
3
図1
多孔性リン脂質粒子の外観(電子顕微鏡写真)
(a, b)非水系(有機溶媒のみ)で作製した粒子、
(c, d)水存在下で作製した粒子
いずれも水添大豆レシチンのみ使用。溶媒中の水の有無により、形状が大きく変化する。
図2
多孔性リン脂質粒子調製法の概略(左)と薬物放出挙動の例(右)
多孔性粒子は、リン脂質溶液の相分離現象を利用した凍結乾燥によって調製した。詳細
は本文参照。右側は FITC デキストランを封入した場合の、水中における放出パターン。
急速な放出と、それに続く緩やかの放出の二段階の放出挙動が観察され、FITC デキスト
ランが細孔内と脂質ニ分子膜間に分かれて取り込まれていることが示唆された。
4
波及効果と今後の展開
近年の新規薬物は製剤化が困難なことが多く、ドラッグデリバリー技術の発展は今後の医療の進
歩に大きく貢献することができます。広く開発されている薬物担体はほとんどが注射剤を想定して
いますが、本材料は固体粒子であり、さらに極めて安全性の高いリン脂質のみで構成されており、
全く新しいタイプの担体と言えます。新規添加剤を用いていないことから製品化のハードルも低く、
製薬企業との連携によって実用化が大いに見込めます。
備考
本研究は、文部科学省 WPI(世界トップレベル研究拠点)プログラムの援助を受けて行われまし
た。
掲載論文
題目:Totally Phospholipidic Mesoporous Particles
著者:S. Zhang, K. Kawakami, L.K. Shresta, G. C. Jayakumar, J. P Hill , K. Ariga
雑誌:The Journal of Physical Chemistry C (2015) (号・ページは現時点では未定)
用語解説
1)リン脂質
生体膜の主要成分であり、安全性が高いために医薬品の添加剤としても広く利用されている。親水
基と、二本の疎水鎖から成る構造が一般的。
2)ドラッグデリバリーシステム
通常医薬品は、生体に投与されると体全体に広がるため、薬が届いてほしい部位に十分に行き届か
なかったり、不必要な部位で副作用を起こしたりすることがある。薬を所望のタイミングで所望の部
位に届けるための技術がドラッグデリバリーシステムである。標的部位と親和性を持たせて薬物を集
積させる手法や、粒子に内包して薬物を少しずつ放出する手法、さらには人為的に刺激を与えてそれ
に応じて薬物を放出させる手法など、様々な方法が開発されている。なおドラッグデリバリーで薬を
運ぶキャリア(担体)をドラッグデリバリー担体と呼ぶ。
3)メソポーラス粒子
2-50 nm程度の細孔(メソ孔)を有する粒子。触媒や貯蔵材料など様々な用途に向けて活発な研究
が行われており、そのひとつに薬物担体としての利用を挙げることができる。シリカ、シリコン、カ
ーボン、金属錯体など、「固い」材料が一般に用いられる。
4)リポソーム
リン脂質によって構成される小胞体で、ドラッグデリバリーシステムに用いられる代表的な薬物担
体。
5)脂質ニ分子膜
5
リン脂質が配向して形成される構造(図1)で、疎水鎖を内側にして表面は親水的な性質を持つ。
細胞膜の基本構造であり、リポソームも同様に脂質ニ分子膜から形成されている。我々の材料におい
ては、この脂質ニ分子膜がさらに積層した構造となっている。
6)マイクロエマルション
水・油(有機溶媒)、両親媒性分子の3成分系において、両親媒性分子が自発的に油水界面で会合し
て形成する平衡状態の溶液。水の中に油滴が形成される水中油滴型と、油の中に水滴が形成される油
中水滴型がある。
本件に関するお問い合わせ先
(研究内容に関すること)
独立行政法人物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点
MANA 研究者 川上 亘作(かわかみ こうさく)
E-mail: [email protected]
TEL: 029-860-4424
(報道担当)
独立行政法人物質・材料研究機構
企画部門 広報室
〒305-0047 茨城県つくば市千現 1-2-1
TEL: 029-859-2026、FAX: 029-859-2017
E-mail: [email protected]
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