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同時発表:
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文部科学記者会(資料配布)
科学記者会(資料配布)
表面に敏感な低速電子の走行距離を正確に計算するアルゴリズムの開発
~材料のナノ表面層の計測・分析の高精度化~
平成26年 8月 6日
独立行政法人 物質・材料研究機構
1.独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:潮田資勝)極限計測ユニット・表面化学分析グループ
の达博 ポスドク研究員、篠塚寛志 元ポスドク研究員、吉川英樹 グループリーダー、田沼繁夫 特別研
究員、中国科学技術大学 丁澤軍教授らの研究チームは、物質内を走行する表面に敏感なエネルギーの
低い低速電子がエネルギーの情報を保持する平均走行距離を正確に計算するための理論的なアルゴリ
ズムを開発しました。この平均走行距離に関する情報は、物質より放出された電子を計測し,表面分析
を行う場合に分析領域に関する深さの情報を与えるものであり,必要不可欠なものです。
2.ナノメートルスケールの表面層・界面層は、触媒、電池、半導体、センサー、防食材などの種々の
機能材料においてその特性を左右します。そこで、そこに存在する元素の量とその化学結合状態を知る
ことは、機能材料の性能向上や新材料の開発にとって不可欠です。そのためには表面・界面層に存在す
る元素の存在状態を担う電子(結合電子)の正確な分析・計測が必要となります。これには X 線や電
子などの外部からの刺激により物質の外に取り出された結合電子のエネルギーとその強度分布測定が
利用されます。その際、測定されたデータが得られたのは、表面からどの深さの範囲だったのかを明ら
かにすることが必要です。この深さの範囲は,元のエネルギーを保ったままで電子が物質内を進むこと
ができる距離である非弾性平均自由行程 1)という物理量により求めることができます。この非弾性平均
自由行程を実験的・理論的に求める研究は 1970 年代より世界中で行われてきましたが、特に表面に敏
感な低速電子(特に 200 eV 以下)では難しく,この値を決めることは長い間の課題となっていました。
3.物質中の非弾性平均自由行程は、その物質のエネルギー損失関数 2)が完全に知られていれば理論的
に正確に計算することができます。エネルギー損失関数とは,物質が電磁波と相互作用するときの大き
さを表すもので,物質内での散乱現象で電子が失うエネルギー量および運動量の変化で記述されます。
ところが従来のモデル関数では、エネルギー損失に運動量変化が伴う場合の寿命を考慮しておらず、運
動量変化の起こらない限られた条件下での部分的なエネルギー損失関数(光学的エネルギー損失関数と
呼ばれる)しか求めることはできませんでした。これでは非弾性平均自由行程を求めるエネルギー損失
関数としては不完全です。特に表面に敏感な低速電子では近似式も成り立たず、問題は深刻でした。そ
こで,この問題を克服するために、光学的エネルギー損失関数を多数個の関数を組み合わせた合成関数
で記述するとともに,運動量の変化を正確に表現する新規なモデル関数を導入することで、ほぼ完全な
エネルギー損失関数を得ることに成功しました。この計算方法を使うことにより、高輝度放射光施設を
使った分光測定(拡張 X 線吸収微細構造分光測定 3) )により求められた銅やモリブデンの低速電子の
非弾性平均自由行程の実験値により近い値を理論的に予測し,そのエネルギーと物質による違いを説明
することができました。これにより永年の課題に対する解決法の糸口を示すことが出来ました。
4.本研究によって、電子を使って原子数層レベルの物質表層の元素の定量分析・化学結合状態分析を
行う際の正確さを向上させることが可能になりました。本研究成果は、Physical Review Letter 誌のオン
ライン速報版で公開されます。
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研究の背景
サブナノメートル~数十ナノメートルの厚さを持つ"表面層"や"界面層"は、触媒、電池、半導体集積
回路、センサー、耐熱合金、防食コーティング材などの種々の機能材料においてその機能を発現する舞
台となっています。その表面層・界面層のナノメートルの舞台で、多種類の元素がどのように化学結合
をし、その化学結合を担う電子(結合電子)が材料内でどのようなエネルギー状態にあるかを知ること
は、様々な機能材料の性能向上や新材料の開発にとって不可欠です。そのためには表面層・界面層のナ
ノメートルの舞台だけを見る特別な目が必要になります。
その目の役割をするのが、Ⅹ線や電子の照射によって物質の外に取り出した結合電子を検知する電子
分光法と呼ばれる技術です。目が光の色の違いを識別するように、電子分光法は結合電子のエネルギー
の違いを識別します。物質内の結合電子のエネルギーは、その物質内の原子同士の化学結合に依存した
特徴的な値を持ちます。Ⅹ線のエネルギーをもらった物質内の結合電子は、各電子の結合エネルギーの
エネルギー差を保ったまま物質外に取り出されます。従って、物質外に取り出された結合電子のエネル
ギーを識別することで、その電子が持っていた結合エネルギーを算出することが出来ます。
一方、元のエネルギーを保ったままで電子が物質内を進むことができる距離(非弾性平均自由行程)
が試料毎にあり、電子分光で得られた情報は、この距離に応じた深さより浅い範囲にある結合電子から
のものになります。従って、電子分光に関して、実際の深さに対応した情報を得るには非弾性平均自由
行程の値を正確に知る必要があります。
1970年代より材料種と電子の運動エネルギーを様々に変えた条件で、この非弾性平均自由行程が世界
の多くの研究者によって調べられました。現在ではTPP-2M(Tanuma-Powell-Pennの式)という利便性の高
い一般式が著者らから提案*)され、ISOの国際標準規格でも使われていますが,電子の運動エネルギーが
200 eV以下になると、その値は不正確になり、適用範囲が限定されてしまいます。そこで,表面敏感な
200 eV以下の低速電子の非弾性平均自由行程の決定が長い間の懸案となっていました。この低エネルギ
ー領域の電子に関する情報は材料のナノレベルの表面観察には不可欠です。
研究の成果
物質中の非弾性平均自由行程は、その物質のエネルギー損失関数 2)が完全に知られていれば理論的に
正確に導出することができます。エネルギー損失関数は、物質内で電子が失ったエネルギー量とそれと
同時に失った運動量で記述され、電子がエネルギーを失う確率を与える関数です。ところが従来のエネ
ルギー損失関数におけるモデル関数(デルタ関数)では、運動量変化を伴う場合に、その寿命を考慮し
ていないことから、運動量変化に関係する項を正確に求めるのは非常に困難なため、この項に大きな近
似を使っておりました。言い換えますと、従来は運動量変化がゼロの特殊条件下だけであれば正確な値
が得られる不完全な形のエネルギー損失関数(光学的エネルギー損失関数)を基に非弾性平均自由行程
を算出せざるを得ませんでした。この近似の取扱いは、200 eV 以上の高エネルギーの条件では非弾性平
均自由行程の算出にほとんど悪影響を与えないのですが、原子層レベルの表層に敏感な 200 eV 以下の
低エネルギーの条件では非弾性平均自由行程が不正確になると言う悪影響を生じます。この問題を克服
する為、光学的エネルギー損失関数を多数個の関数を組み合わせた合成関数で記述するとともに,運動
量の変化を正確に表現する新規なモデル関数を導入することで、運動量変化が大きな一般条件でもエネ
ルギー損失関数を正確に推定するアルゴリズムを開発することができました。これによりほぼ完全なエ
ネルギー損失関数を得ることに成功しました。その結果、図1に示したように、放射光施設を使った拡
張 X 線吸収微細構造分光測定 3)により求められた銅やモリブデン(ただし、モリブデンの図は省略)の
低エネルギー領域での非弾性平均自由行程の実験値を理論的に予測することができました。また、200
~ 1000 eV の中エネルギー領域でも、従来の計算手法に比べて信頼性の高い実験結果により近い値を得
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ることができました。
(図2参照)
これにより永年の課題に対する解決法の糸口を示すことが出来ました。
波及効果と今後の展開
今回開発したアルゴリズムを使って、化合物を含む他の様々な物質に適用することによって、200 eV
の低エネルギーの領域も含めた広いエネルギー範囲で非弾性平均自由行程を正確に求めることにより、
電子分光法の観察深さを正確に推定することができ、ナノレベルの非破壊表面解析を含めた分析技術の
正確さの向上を実現できると期待されます。
*)
S. Tanuma, C. J. Powell, D. R. Penn, Surf. Interface Anal. 1994, 21, 165.
用語解説
(1) 非弾性平均自由行程
あるエネルギーをもった電子が物質内を走行する際に、その運動エネルギーを失う非弾性散乱を受け
るまでに走行する平均の距離。
(2) エネルギー損失関数
本来は、物質が電磁波と相互作用するときの大きさを表すものです。走行する電子は電磁波をまとい
ますので、この電磁波と物質が相互作用する大きさをエネルギー損失関数で記述することで、走行する
電子が物質と相互作用する大きさを記述することが出来ます。
物質を電子が走行する際に、その電子の運動エネルギーが物質内で吸収されることで、物質の化学結
合を司っている価電子や内殻電子が高いエネルギー準位に移動したり分子振動が起こったりします。こ
れら励起された状態が生じる確率は、走行する電子の運動エネルギーE と物質の種類とに依存し、かつ
励起状態を作るときに電子が失ったエネルギー量ΔE と運動量Δq にも依存します。この励起された状
態が発生する確率を E、 ΔE、Δq を使って記述したものが今回のプレス発表で言う処のエネルギー損
失関数です。
(3) 拡張 X 線吸収微細構造分光測定
原子の内殻準位の吸収端から数百 eV 増加したエネルギーまでのエネルギー範囲でのⅩ線吸収スペク
トルに見られる微細構造の計測。一般的にⅩ線のエネルギーを可変にできる放射光施設において測定し
ます。この微細構造を解析することによって、特定の原子に着目して原子間距離を求めることができま
す。この微細構造に見られる振動現象の振幅が非弾性平均自由行程の値によって変化するため、微細構
造を解析することよって非弾性平均自由行程を求めることができます。
問い合わせ先
(研究に関すること)
〒305-0044 茨城県つくば市並木1丁目 1-1
独立行政法人物質・材料研究機構
表面化学分析グループ
吉川 英樹(よしかわ ひでき)
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Tel:029-859-2451 Fax:029-859-2723
E-mail : [email protected]
(報道担当)
〒305-0047 茨城県つくば市千現 1-2-1
独立行政法人物質・材料研究機構
企画部門広報室
TEL:029-859-2026 FAX:029-859-2017
掲載論文
題目:Extended Mermin method for calculating the electron inelastic mean free path
著者:B. Da, H. Shinotsuka, H. Yoshikawa, Z. J. Ding, and S. Tanuma
雑誌:Physical Review Letters
掲載日:8月6日
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図1 電子のエネルギーに対する銅の非弾性平均自由行程。従来のアルゴリズムを使った理論的予測
(青色、緑色、黄土色の破線)と新開発のアルゴリズムを使った理論的予測(赤色の実線)
。放射光施
設を使った拡張 X 線吸収微細構造分光測定により新たに求められた実験値(エラーバーが付いた黒色の
点線)
。60 eV 以下では依然実験値とのずれが見られるが、これは交換相関相互作用を考慮していないこ
とが一因で、今後の課題です。
図 2 電子のエネルギーに対する銅の非弾性平均自由行程。
従来のアルゴリズムを使った理論的予測
(赤
い帯)と新開発のアルゴリズムを使った理論的予測(赤色の実線)と正確さが向上した実験データ(■)
。
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