Information Knowledge Database. Title 一酸化 - 東京女子医科大学

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一酸化炭素中毒,青酸中毒およびストリキニーネ中毒に
おける血清生化学的成分の変動について
阿部, 和枝; 吉成, 京子; 猪熊, テイ; 中村, 茂基
東京女子医科大学雑誌, 47(3):351-359, 1977
http://hdl.handle.net/10470/3143
Twinkle:Tokyo Women's Medical University - Information & Knowledge Database.
http://ir.twmu.ac.jp/dspace/
55
(書鷹薦59第二52筆1骨)
一酸化炭素中一毒,青酸中毒および
ストリキニー.ネ中毒における血清
生化学的成分の変動について
東京女子医科大学法医学教室(主任
助教授
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師
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吉成京子教授)
和 .枝・教 授
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(受付 昭和51年12月28日)
Changes of Cbemical Components in Serum in Ca驚bon Mono瓢de・,
Cyanideg and Strych㎡艶e Po量soning
Ka甜e ABE, M.D., Kyoko YOSHINAR1, M D., Tei INOKUMA, M.D. and
S1五geki NAKAMURA
Departmellt of I.egal hlcdicine(Director:Pro£Kyoko YOSHINARI),
Tokyo Women,s Medical College
Changcs in the正bllowhlg twelve chemical components in thc serum of the rabbits poisoned by carbon
monoxide, by cyanide and by strychnine were studied. Components examined are glutamic oxaloacetic
transam至nase(GOT), glutamic pyruvic transaminase(GPT), lactic dehydrogenase(LDH), alkaline
phosphatase(AI.P), glucose, total cholestero1, total protein, albumin, uric acid, urea−N(BUN), calcium
and inorganic phosphate. These findings werc compared with those obtained仕om acute suflbcation
group by tracheal compression and also from 30 minutes suflbcation group by cannula.
L Carbon monoxide poisoning appeared similar to thc chronic sufR)cation in the e飴cts on serum
biochemical components except glucose wh五ch did not show any signi丘callt increase at the t五me of death.
2. In cyanide poisoning, GPT, total cholesterol and albumin showed significant decrease, but the
change in ALP was not clear. This behavior of the serum is much d五Hセrent仕om that obtained by other
poisonings or suHbcation, It was considered to be due to the toxic eHヒcts of cyanide.
3,In strychnine poisoロing, resembling in acute suHbcation, all of the twelve biochemical com.
ponents were increased.
1・緒 言
化学的研究を行なってきた1)働4).
一酸化炭酸中毒,青酸中毒,ストリキニーネ中
このような中毒性窒息を,古畑は,その窒息状
…毒については数多くの研究があるが,当教室にお
態により,一酸化炭素中毒はAnemic Asphyxia,
いても,.中毒性窒息としてその生理学的および生
青酸中毒はH三stotoxic AsPhyxia,ストリキニー
一351一
56
ネ中毒はAnoxic Asphyxiaというように分類し
血糖,総コレステロール,総蛋白,アルブミン,尿酸,
た5).
尿素窒素(BUN),カルシウム(Ca),無機燐.
4.採血および検査材料
これら中毒の死因がそれぞれ一種の窒息(As−
phyxia)であるならぽ,血清生化学的成分もまた窒
中毒前および死亡時に頚静脈より,死後15分に下大静
息様変化を示すかも知れない.しかし中毒作用な
脈より,毎回2.5m1を採血し,これを遠心分離して凍
結保存し,2日以内に測定した.
どにより窒息とは異なった動態が現われることは
】皿.実験成績
当然考えられる.たとえぽ青酸中毒においては,
1.血清生化学的成分の変動
その電撃的な瞬間死をショック死とするもの6),
Table 1.は中毒性窒息としてのCO中毒, CN
経口投与した場合は心臓死か,心臓障害を伴う呼
中毒,St中毒の血清生化学的成分の変動を示し
吸死であり,少量の静脈内注射の場合は内窒息
ている.対照としてFig・3に用いた急性窒息は
(組織死)であるというもの7)もある.
同誌掲載の「窒息時における血清生化的成分の変
急性窒息,慢性窒息については,すでに,そ
動」において報告してあるものである.
の血清生化学的成分12項目の測定成績を報告し
Fig・1,2は各中毒時における各成分の変動
た8).これら中毒の血清生化学的成分についても
に,対照としての急性窒息を加え図示したもので
同様の測定を行ない,各中毒時における動態を把
ある.
握し,窒息との相違についても検討を行なったの
1)GOT;CO中毒, CN中毒, St中毒とも,
で,それらについて報告する.
増加を示したが,死亡時では有意差はなく,死後
且 実験方法
15分値で有意の変動がみられ,急性窒息において
1.実験動物
雄性ウサギ(平均体重2.Okg)を計24匹使用した.
も同様であった.
2.致死方法
2)GPT;CO中毒とSt中毒が増加を示した
ウサギを仰臥位に固定する.
が,CO中毒では有意の変動ではなく,St中毒で
a)一酸化炭素中毒(以後CO中毒と称す)
は死亡時,死後15分値とも有意の増加であった.
空気1’と都市ガス5Zを混入したビニール袋でウサ
これに対してCN中毒では,死亡時,死後15分値
ギの鼻口部を密閉し,三内のガスの混入した空気のみを
呼吸させて平均21分で死亡させた.
に有意の減少がみられた.急性窒息では死亡時,
死後15分値とも有意の増加を示した.
b)青酸中毒(以後CN中毒と称す)
特級シアン化カリウム試薬を用いて作成した1%KCN
3)LDH;3中毒ともに,死後15分値で有意
溶液を,4.Omg/kg耳静脈より注射し,平均5分で死
の増加を示したが,CO中毒の増加が著明であっ
亡させた.
た,急性窒息では死亡時,死後15分値ともに有意
c)ストリキニーネ中毒(以後St中毒と称す)
の増加を示した.
局方硝酸ストリキニーネを用いて作成した0.75%硝酸
4)ALP;CO中毒, CN中毒ではほとんど変
ストリキニーネ溶液を,11mg/kg皮下注射し,平均6分
化がなく,また有意性も示さなかった.St中毒
で死亡させた.
では軽度ながら,死亡時,死後15分値で有意の増
3.血清生化学的成分の測定
加を示した.急性窒息では死亡時,死後15分値に
測定はNECクリナライザーを用いて,以下の12項目
有意の増加がみられた.
について行なった.それぞれの分析方法は同誌掲載の
5)血糖;CO中毒では有意の変化はみられな
“窒息時における血清生化学的成分の変動”におけると
かった.これは,CO吸入直後全例増加をみた
同様である.
測定項目
が,致死時間が平均より長い例では,以後低下を
GOT, GPT,瓦DH, ALP(アルカリフォスファターゼ),
示したためである.CN中毒, St中毒では死亡
一352一
57
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Acu曾。 Suπoca量ion
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Fi8。1
Changes of serum GOT, GPT, LDH ALP, Glucose and Total Cholesterol in tQxic asphyxia
時,死後15分値ともに有意の増加がみられた.
息では死亡時に有意の増加がみられた.
急性窒息でも死亡時,死後15分値ともに有意の
増加を示した.
6)総コレステロール;CO中毒では有意の変
動はみられず,CN中毒では死後15分値で有意の
減少がみられた.St中毒では死亡時,死後15分
8) アルブミン;CO中毒では有意の変動はみ
られなかったが,CN中毒では死亡時,死後15分
値ともに有意の減少がみられた.St中毒では死
亡時に有意の増加がみられた。
急性窒息では有意の変動はみられなかった。
値とも有意の増加を示した.急性窒息では死後15
分値に有意の増加がみられた.
7)総蛋白;CO中毒, CN中毒では有意の変
9) 尿酸;CO中毒, CN中毒, St中毒ともに
死亡時,死後15分値で有意の増加を示したが,CO
中毒の増加が著明であった,
動はみられなかったが,St中毒では,死亡時,
死時15分値ともに有意の増加がみられた.急性窒
急性窒息についても死亡時,死後15分値で有意
の増加がみられた。
一353一
58
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F蓋g.2 Changes of serum Total Proteln, Albumin, Uric Acid, BUN, Ca and Inorganic Phosphate ill
toxic asphyxia
10)BUN;CO中毒, CN中毒, St中口とも,
で有意の増加がみられた.
軽度ながら死亡時,死後15分値で有意の増加がみ
2.死亡時における増加率の比較
られた.急性窒息における変動も同様であった.
Fig・3は,死一時における各血清生化学的成分
11)カルシウム;CO中毒, CN中毒, St中毒
の増加率を示したものである.この増加率変動パ
とも,死亡時,死後15分値で有意の増加を示し
ターンより,各中毒の特徴をとらえ,かつ窒息と
た.急性窒息も同様の増加を示した,
の相違点を見出だそうとしたものである.あらた
に対照として慢性窒息を加えて図示したが,これ
12)無機燐…;CO中毒, CN中毒, St中毒と
も,死亡時,死後15分値で有意の増加を示した
は,細孔内径が0.3mlnのガラス製カニューレを
が,死亡時の変動はCO中毒が一番大きかった.
用いることにより,平均30分間で死亡したカニュ
急性窒息においても同様に,死亡時,死後15分値
ーレ法による慢性窒息群である.
一354一
59
Table l Changes of serum biochemical components in toxic asphyxia
:
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F丑g.3 The rate of increase of serum biochemical components in tox三。 asphyxla
and acute & chronic (30’) suffocation at death time
対照として用いた急性窒息,30分間慢性窒息は
みられた.しかし,総体的にみて増加率のパター
ともにその死因はAnoxic Asphyxiaと考えられ
ンは同様な傾向を示した.これら対照の増加率の
るが,この両者を比較すると,急性窒息に対して
パターンと中毒性窒息としての3画面の増加率の
慢性窒息では,GOT, LDH,尿酸,無機燐の増加
パターンを比較すると,CO中毒では,ほぼ致
と,1血糖,総蛋白,アルブミツの減少する傾向が
死時間の等しい対照の慢性窒息と類似のパターン
一355一
60
を示している.血糖だけが異なった変動を示した
性の変化,あるいは細胞の変性,崩壊による酵素
が,慢性窒息においても致死時間がさらに長びく
の逸出,③血清中の酵素の破壊あるいは排泄障
と,血糖の減少する傾向がみられるので,とくに
害,④1血清中における酵素阻害あるいは促進物
異なった変動を示しているとは言い難い.しかし
質の増減によつて活性が変化する,などが考えら
急性窒息や他の2つの中毒とは明らかに異なるも
れているが,通常最も重要視されているのは②で
のであった,
あるm).GOTは急性心筋硬塞で活性値が上昇す
ることは早くから知られており,そのほか肝疾患
CN中毒では, GPT, ALP,総コレステロール,
総蛋白,アルブミンなどがマイナスの増加率を示
した.血糖,BUN,カルシウム,無機燐は対照の
急性窒息と類似の増加率を示した.
時や骨格筋障害でも上昇する.GPTは各種肝障
害時に上昇をきたす.LDH活性値の上昇は急性
肝炎や心筋硬塞などにみられ,ALPは骨疾患や
肝胆道疾患において一L昇がみられる.
St中毒では, GOTの増加率はやや少ないが,
対照の急性窒息とほぼ同様な増加率のハターンを
1血糖は,健康時は動的平衡状態を維持してお
示した.
り,これは肝を中心とする血糖それ自身による自
IV・考
動調節機構と,さらに間脳,自律神経系,内分泌
察
.…酸化炭素中毒,青酸中毒,ストリキニーネ中
系の平衡状態によっても調節されている.種々の
毒が,中毒性の一種の窒息と見倣されていること
疾患によりこの平衡が乱れると,おのおの特有の
は緒言にも述べたが,それらの機序につき概括し
異常血糖値を示す.
総コレステロールは,糖尿病,甲状腺機能低下
てみると次の如くである.
すなわち,CO中毒では, CO吸入により速や
症,胆道閉塞などで高値を示し,肝細胞障害など
かにCO−Hbを形成し,.【血L中酸素容量は減少し,
で低回を示す.
Hbと結合したCOがHbより02の解離を阻害
総蛋白の増加は主にグロブリンによるものであ
して,その結果Anoxiaを呈する.青酸中毒にお
り,アルブミンは絶対量として増加することはな
いては,青酸は呼吸中枢をはじめ中枢神経系を麻
いといわれている.ただ脱水症などmL液濃縮があ
痺させ,心臓も刺激伝導系の麻痺により収縮作用
る場合は,見かけ上,アルブミン濃度が高値を示
が失われる.また各臓器,組織の細胞において,
すことがある11).
酸化酵素を阻害して血中の酸素消費をはばみ組織
尿酸やBUNは,【鼠清中の非蛋白性含N物質
窒息をおこすとされている.また青酸中毒もHb
と結合してCN−Hbを形成して生体内の呼吸を阻
(NPN)に含まれており,含N物質の終末代謝産
物として主に腎を介して体外に排泄される.
害するとの説もあるが,CN−Hbが組織の呼吸を
BUNはNPNの約50%を占め,腎機能低下,
妨げ,組織窒息をおこさせる程には結合は強力か
腎不全などで上昇する.尿酸は,痛風,腎疾患,
つ敏速ではなく9),この点が一酸化炭素中毒とは
高乳酸血症などで上昇する.
異なるところである.ストリキニーネ中毒では激
カルシウ.ムはその約50∼60%がイオン化分画で
しい強直性けいれんをおこし,このため呼吸運動
あり,他の大部分は蛋白特にアルブミンと結合し,
が阻害され窒息をおこすとされている.
…部が非イオン透析分画である.血液pHの上昇
(アルカローシス)では,イオン化カルシウム低
次に測定した血清生化学的成分の変動する場合
について簡単にのべる.GOT, GPT, LDH, ALP
下,pHの下降(アシドーシス)ではイオン化カ
などの諸酵素は,種々の疾患において臓器,組織
ルシウムの上昇をおこす.
が障害を受けると細胞より血中に逸出または遊出
無機燐は,血清カルシウムと比べて大きな変動
してくる.血中酵素変動の諸要因としては,①
値を示す.無機燐は主に腎の細尿管からの再吸収
組織における酵素産生の異常,②細胞の膜透過
によって調節されており,糸球体濾過率が低下す
一356一
61
ると,尿素窒素や残余窒素などの貯留に引続き無
し,死亡時には減少を示したものである.血糖低
機燐の上昇がみられる.そうすると血清カルシウ
下は致死時間が平均時間21分より長い例にみられ
ムが減少し,無機燐の排泄を高めるよう作用す
た.Table 2はCO中毒における血糖の変動を,
る.
増加した群と減少した群に分けたものであり,経
Fig・3において対照として用いた恋気窒息と
過時間をとって示してある.CO中毒における血
30分間慢性窒息の増加率のパターンは,anoxic
糖増加の機序としては,まずCOの血糖調節機
Asphyxiaの変動パターンであり,これらの変動を
構への直接作用と,さらにAnoxiaの作用とが考
みると,急性窒息と比較して慢性窒息ではGOT,
えられる.
エDH,尿酸,無機燐の増加が著明であり,血糖,
Table 2 Comparison of Glucose levels in CO
総蛋白,アルブミンなどが逆に低値を示してい
poisoning(mean value)
る.これは窒息経過時間が長びくことにより生体
Increase group l Decrease gnou p
Time
への侵襲が増加し,アシドーシスの増強や,心筋
(N=4)(N;4)
討「1,灰㎎β1)
96.3(㎎/d1)
befoτe
をはじめとする組織障害の増加などがあらわれた
ことを示しているとも考えられる.また慢性窒息
129.0
5min,
15min.
では急性窒息に比較して生体の防御作用の働く時
…
death time l
期を持つから,単純に組織障害の増加とのみ解釈
183.9
.i鋤畦L遡・・
できない動態を示すことを考慮しなければならな
123.4
114.6
92.7
85.3
い.病理組織学的には,急性窒息でも,心臓や肝
臓などに変性。壊死が認められることがあると言
われるが12),窒息経過時間が長くなると,病理組
Table 2に示されるようにCO吸入後5分まで
は過血糖が出現している.これはCOの中枢神
織学的な変化所見が明瞭になることが認められて
経系に対する刺激作用の結果,自律神経系を介し
いる13)14)9
て直接解糖系に作用したものであると考えられ
各中毒の増加率の変動パターンをみると,CO
る.これは,Anoxiaの影響の考えられない100
中毒では致死時間のほぼ等しい対照の慢性窒息と
ppm程度のごく低濃度のCO吸入に際しても過
類似の変動を示したが,血糖のみは,慢性窒息の
血糖をみること17),また脊髄ウサギを用いた実
増加率が高かった.
験18)などからも容易に推察され,血中における遊
各成分についてみると,まず酵素類では,GOT,
離のCOの作用であると考えられる.しかし血
LDHに著明な増加がみられた.これは主に心筋
糖調節機構に遊離の状態で作用する時間は極めて
に由来すると考えられるが,動物実験において,
短かい19).次いでCO−Hb濃度上昇によるAnoxia
組織学的にも心筋内に微小出血や壊死像が散在す
の影響により交感神経を介してアドレナリンが分
ることが報告されており15),また小川らは殆ど肝
泌され20),またCO吸入それ自体も強烈なアド
には含まれていないCPKもS・GOT値と平行し
レナリン分泌作用を有しているといわれ,これら
て異常高値を示すことから,S−GOT値の上昇の
の結果Table 2の増加群は過血糖が継続してみら
大部分は心筋の壊死に由来する可能性が強いとい
れたと考えられる.Table 2の減少群のように5
っており16),この点からも心筋からの由来が推測
分後より血糖値が低下を示した原因については,
される.
致死時間の長い例ではAnoxiaの進行速度も遅れ
血糖については,CO中毒では著明な過血糖を
るためアドレナリγの分泌も強烈ではなく,他方
みることが知られているが,今回の実験でも8例
では副交感神経インシュリン系の活動もあって血
中4例に死亡時過血糖がみられた.残りの4例は
糖抑制がおこったと考えられる.つまり,解糖系
CO吸入直後は過血糖をみたが,以後低下を示
が交感神経,副交感神経の二重支配を受けている
一357一
62
ため両者の興奮度の差異が血糖値に相違をもたら
がら青酸の阻害作用も大なるものと考えられる.
したと考えられ,また致死時間が長くなるにつれ
総コレステロールは肝細胞障害時には低下すると
て末梢での血糖消費も増大すると考えられるの
で,これらの結果としてCO中毒時の皿L糖値は
いわれるが,急性CN中毒の病理組織学的所見
においては特記すべき変化はみられないことか
種々の変動を示したと考えられる.
ら24),減少を示したのは,青酸がコレステロール
総コレステロール,総蛋白,アルブミン,尿
代謝過程に何らかの障害をもたらしたためと考え
酸,BUN,カルシウム,無機燐はFig.3よりその
られる.CN中毒では毛細血管は青酸によって容
増加率は対照の慢性窒息と同様な動態を示した.
易に脈管のれん縮,麻痺性拡張をおこし,透過性
総蛋白,アルブミンはTable 1.Fig・2.の如
の著しい変調をきたし,血液中の液性成分は血管
く有意ではないが減少を示している.これはCO
外に漏出する7).また血液内あるいは臓器内SH
吸入により毛細管の透過性が充直したために,
物質と共に血液グルタチオンも著しい増減をみる
アルブミンの血管外漏出がおこったためであろ
が,グルタチオンの減少はKCNの静脈注射にお
う2D. CO中毒時のアルブミンの毛細管透過性尤
いて減少度は著しいとされている25).これらのこ
進は単なるhypoxiaによる変化より相対的に大
とより,青酸の中毒および解毒作用と生体内硫黄
きいという報告もある22).尿酸,BUN,カルシウ
化合物とが密接な関係を有することが予想され,
ム,無機燐の増加は窒息時には必ずみられる所見
含硫黄血漿タンパク成分が遊離青酸の減少に大き
であり,特に尿酸,無機燐は経過時間とともに著
な役割を占めていると考えられる26).
これらの結果により’タンパク類の減少がみられ
明な増加を示す.CO中毒におけるこれらの変化
は窒息と同様,CO−Hb形成による酸素欠乏によ
たと考えられる.
り嫌気的解糖が増大して乳酸が蓄積して代謝性ア
血糖,尿酸,BUN,カルシウム,無機燐は有意
シドーシスを示し,また腎機能低下などの機能障
の増加を示したが,これは対照の急性窒息と同様
害も加わってこのような変化がみられたと考えら
の変動であった.急性窒息時には必らず見られる
れる.
所見であり,CN中毒においてもその所見がみら
これら各血清生化学的成分の変動よりCO中
れたことより,その死因を呼吸中枢麻痺をはじめ
毒では,代謝性アシドーシスなどの酸塩基平衡障
とした窒息死であるとすることができると考えら
害,血管壁透過性充進による血漿の血管外漏出や
れる.しかしFig.3の変動パターンをみると,
心筋の変性壊死などの循環機能障害などがおこる
その変化は特徴的であり,他の窒息とは容易に判
ことが推察される.
別可能であった.
St中毒ではFig.3によりその変動パターンは
次にCN中毒であるが, Fig・3.より対照の急
性窒息とはその変動パターンがかなり異なってお
対照の急性窒息と同様であることが認められる.
り,青酸の中毒作用が強く現われたことを示して
St中毒では激しい強直性けいれんにより呼吸運
いると考えられる.CN中毒では酵素類,コレス
動が阻害されるが,今回のような11mg/kgの硝酸
テロール,タンパク類の増加率が低いのが特徴で
ストリキニーネ投与では,完全に呼吸運動が阻害
あり,中でもGPT, ALP,総コレステロール,総
されて気管圧閉による急性窒息と同様な所見が得
蛋白,アルブミンがマイナスの増加率を示してい
られたと考えられる.すなわち,組織の酸素欠乏
る.∫血清酵素減少の要因には,組織における酵素
により肝臓をはじめとする臓器組織の細胞の変性
産生活の減少,血清中の酵素の破壊,阻害物質の
や崩壊,また膜の透過性尤進による酵素の血中遊
増加などが考えられるが10),青酸には酵素阻害作
出,アドレナリン分泌による血糖の増加,また呼
用があり,血清A正Pはその80∼90%が抑制され
吸性アシドーシスに次いで嫌気的解糖増大により
る28).またGPTは肝に最も多く存在するところ
乳酸が蓄積して代謝性アシドーシスが加わるなど
一358一
63
の酸塩基平衡障害がおき,これらの結果,尿酸,
あるのは青酸中毒のみであり,一酸化炭素中毒,
BUN,カルシウム,無機燐,などの増加がみられ
ストリキニーネ中毒においては,窒息との鑑別は
たと考えられる.またSt中毒では対照の急性窒
困難であると思われる.
息と同様に総蛋白,アルブミンの増加傾向がみら
れた.これら成分の増加はPCO2上昇などによ
(本論文の要旨は第42回東京女子医科大学学会総会に
おいて発表した).
文
る酸塩基平衡障害により血管壁に変調をきたし,
液性成分の血管外漏出がおこり,血液濃縮,粘稠
27 (6) 298∼303 (1957)
度の増加などがおこったためと考えられる.総蛋
2)堀 昭:東女医大誌31(7)327∼336(1961)
3)吉成京子・堀 昭・猪熊テイ・小栗備恵:
白,アルブミンの増加は,他の中毒性窒息や対照
東女医大誌33(10)453∼466(1963)
の慢性窒息ではみられなかった変動であり,これ
4)堀 昭・猪熊テイ・白倉悦子:東女医大誌
らの変化からもSt中毒は急性窒息と同様Aaoxic
Asphyx三aであり,激しい強直性げいれんにより
36 (8) 4ユ6∼421 (1966)
5)古畑種基:簡明法医学 改訂第12版金原出版
東京(1971)49頁
6)平瀬文子:日法医誌3(3)118∼122(1949)
7)岡部柾雄;北海道瓢飲153196∼3237(1937)
8)阿部和枝・吉成京子・猪熊テイ・中村茂基:
完全に呼吸が阻害されたことにより組織が酸素欠
乏をおこし窒息死したことを示していると考えら
れる.
V・総
献
1)酒井節子・根本 永・岩本千鶴子:東女医大誌
第60次郎本法医学会総会講演要旨(1976)129頁
括
9)上野正吉:新法医学3南南山堂東京(1963)
一酸化炭素中毒,青酸中毒,ス・トリキニーネ中
292頁
毒における血清生化学的成分の動態を,12項目に
10)田村善蔵・織田敏次編:血清酵素 医学書院
東京(1970)6頁
ついて測定し,また死亡時におけるこれら成分の
11)河合忠:日本臨床通巻第406号1976年秋
増加率の変動パターンより,気管圧閉による急性
季増刊1812∼1820(1976)
窒息,カユーレ法30分間慢性窒息との異同点につ
12)上野正吉;新法医学3版南山堂東京(1963)
いても検討を行なって,次のような結論を得た.
94頁
13)Wagner, HJ.3 Acta Med Leg Soc 19335
1)一酸化炭素中毒においては,血清生化学的
(1966)
成分は,致死時間の等しい対照の慢性窒息とほぼ
14)Harreveld, A. alld F.1. KhatlabこJNeuro−
path Exp Neurol 26(4)521∼536(1967)
同様な変動を示した.血糖値は幅広い変動を示
15)松藤 元:一酸化炭素の毒物学労働科学叢書
36労働科学研究所神奈川(1974)76頁
16)小川道雄・田原一郎・鵜飼 卓・杉本 侃:
外科治療28(3)358∼362(1973)
17)平野英男・井上幽趣・田波潤一郎:日衛府22
し,対照の慢性窒息に比較して減少傾向を示した
が,この傾向は,より長い窒息時間(70分,120
分)の慢性窒息においては,やはり見られる傾向
であった.
(5) 559∼ 562 (1967)
2)青酸中毒では,酵素類,アルブミンなど
に,阻害作用や代謝障害など,青酸の中毒作用の
18)井上雄元:千葉医会誌45597∼603(1970)
19)平野英男・井上壮年・田波潤一郎:日衛誌23
影響と認められる所見がみられたが,その他の成
20)倉沢和秀;日生理誌17798∼806(1955)
分は,急性窒息様変動を示した.
3) ストリキニーネ中毒では,一酸化炭素中毒
(3) 286∼ 292 (1968)
21) Pa暫ving, H・1ヨ1・3 scand J CIin Lab Invest 30
49∼56(1972)
22)S董99aard・Andersen, J., F.B. Pe重ersen, T.1.
や青酸中毒と異なって,総蛋白やアルブミンにお
Hansen and Kl. Mellemgaard 3 Scand J
いても,増加傾向を認め,12項目すべてが増加を
Clin Lab Invest 103(Supp1)39∼48(1968、
23/Gutman, A.B. and B. Jones 3 Proc Soc Exp
示し,対照の急性窒息と同様な所見を示した.
Blo Med 71572∼575(1949)
4)上記12項目における血清生化学的成分の変
24)芦沢文治:科学警察研究所報告13(3)320∼
335 (1960)
動よりみて,一酸化炭素中毒,青酸中毒,ストリ
25)吉沢幸雄:東北医誌19(12)955∼974(1936)
26)沼田 一1信州医聖14(5)559∼598(1965)
キニーネ中毒のうちで,窒息との鑑別の可能性の
一359一