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学研・教科の研究
95
第 号
1
◎安全で楽しい柔道の授業づくり《前編》…………………………… 5
◎平成22年度 体力・運動能力調査結果を受けて……………………
平成 22 年度 体力・運動能力調査結果を受けて
−これからの体育・保健体育を考える−
国立教育政策研究所 教育課程調査官 白旗和也
1.はじめに
向に変わったところが4カ所で確認するこ
子どもの体力については,昭和60年頃に比べて低
とができる。また,新体力テストの合計点
下傾向が継続していると言われてきた。しかし,文
では,すべての年代において平成 10 ~ 22
部科学省から発表されている最近の「体力・運動能
年度(13 年間)の過去最高の記録になっ
力調査の結果」によれば,やや明るい兆しが見える
ている。
表現が続いている。特に新体力テスト施行後の走・
(p.2 表1参照。
)
跳・投能力の状況については,平成19年度調査では
「低下の傾向を示していない」こと,平成20年度調
しかし,これは新体力テスト導入後の話である。
査においては「ほとんどの項目で横ばいおよび向上
長期的に展望すると,「体力水準が高かった昭和60
の兆しがみられる」こと,平成21年度調査において
年頃と比較すると,中学生男子の50m走,ハンドボ
は「すべての項目で横ばいおよび向上がみられる」
ール投げを除き,依然低い水準になっている。」の
ことと示されている。そして,平成22年度は,以下
である。
のように発表された。
毎年,この数値はさまざまに捉えられ,そして社
会全体に影響を与えてきているが,そもそも,この
基礎的運動能力である,走,跳,投にか
値は平均値である。傾向を示しているにすぎない。
かる持久走,50 m走,立ち幅とび,ソフ
いくらこの値が上がっても,子ども一人一人にとっ
トボール投げ・ハンドボール投げでは,小
ては,自分の記録こそが意味あるものである。つま
学生男子の立ち幅とびを除く全ての項目
り,子どもの体力を平均値で判断するのではなく,
で,横ばいまたは向上傾向がみられる。さ
学校においては,子ども一人一人にとっての体力を
らに昨年度の横ばい傾向から本年度向上傾
意味あるものにしていかなければならないであろう。
1
学研・教科の研究
表 1 新体力テスト施行後(平成10~22年度)の体力・運動能力の推移
小学生(11 歳)
握力
男 子
低 下
上体起こし 長座体前屈 反復横とび 20m シャトルラン
向 上
横ばい
向 上
向 上
向 上
低 下
横ばい
向 上
女 子
横ばい
向 上
横ばい
向 上
向 上
向 上
横ばい
向 上
向 上
中学生(13 歳)
握力
男 子
低 下
向 上
向 上
向 上
女 子
横ばい
向 上
向 上
向 上
高校生(16 歳)
握力
男 子
横ばい
向 上
向 上
向 上
女 子
横ばい
向 上
向 上
向 上
上体起こし 長座体前屈 反復横とび 20m シャトルラン
50m 走
立ち幅とび ボール投げ
持久走
50m 走
向 上
横ばい
向 上
横ばい
横ばい
向 上
向 上
向 上
向 上
向 上
向 上
向 上
持久走
50m 走
向 上
横ばい
横ばい
横ばい
横ばい
向 上
向 上
横ばい
向 上
向 上
横ばい
向 上
上体起こし 長座体前屈 反復横とび 20m シャトルラン
立ち幅とび ボール投げ
合計点
立ち幅とび ボール投げ
合計点
合計点
(文部科学省「平成 22 年度体力・運動能力調査結果の概要」)
2.調査結果への影響
神面までを含めているのである。よって,体力・運
前記したようにこれまでの体力低下に対し,「体
動能力調査で測れる体力は,ここで述べられている
力・運動能力調査の結果」では,一定の成果が得ら
体力のほんの一部にすぎないことを認識しておく必
れたことを示している。国では体力の向上に向け,
要がある。
「子どもの体力向上のための総合的な方策について
(答申)」で方向づけをし,教育振興基本計画をは
じめ,スポーツ立国戦略などに位置づけ,体力向上
に向けた各種事業や広報活動などを展開してきた。
3.運動をしない子の
一層の体力低下が問題
むしろ,平成22年度の体力・運動能力調査で注目
特に平成20年度より実施した「全国体力・運動能力,
すべきは,運動の実施頻度の二極化である。これも
運動習慣等調査」以降,体力低下への危機感をもっ
文部科学省は,次のように報告している。
た各都道府県教育委員会が具体的な取り組みを展開
『体力水準が高かった昭和60年度と実施頻度を比
し,それに呼応して各学校では,年間を通じて学校
較すると,運動・スポーツを「ほとんど毎日」する
教育活動全体を通じた体育・健康に関する活動や地
人の率は,小学生(10,11歳)では男女とも低下し
域・保護者と連携した活動を実践してきた結果,こ
ているが,中学・高校生(12〜17歳)では男子で向
のような兆しが見られてきたのであろう。まさに全
上,女子ではほとんど変化していない。一方,「し
国で地道に努力した結果にほかならない。
ない」人の率は,ほとんどの年齢で昭和60年度より
しかし,体力低下が問題であるということは,世
間の常識として語られているものの,いったい何が
も増加する傾向を示しており,その傾向は女子にお
いて顕著である。
問題なのであろうか。体力が必要ないので自然に低
また,「しない」人の率は年齢が上がるにつれ高
下したのでは何がまずいのだろうか。このことにつ
くなり,18〜19歳の女子においては,約2人に1人
いて,中央教育審議会答申「幼稚園,小学校,中学
が運動・スポーツをしていない。』
(p.3図1参照)
校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の
このことから,すべての子どもが運動をしないわ
改善について」では,『体力は,人間の活動の源で
けではなく,運動しない子どもが一層増加したこと
あり,健康の維持のほか意欲や気力といった精神面
が明らかである。
の充実に大きくかかわっており,「生きる力」の重
これでは,スポーツ基本法の第二条で示されてい
要な要素である。子どもたちの体力の低下は,将来
る「スポーツは,これを通じて幸福で豊かな生活を
的に国民全体の体力の低下につながり,社会全体の
営むことが人々の権利であることに鑑み,国民が生
活力や文化を支える力が失われることにもなりかね
涯にわたりあらゆる機会とあらゆる場所において,
ない。』と述べられている。つまり,体力とは運動
自主的かつ自律的にその適性及び健康状態に応じて
パフォーマンスのみを指すものではなく,健康や精
行うことができるようにすることを旨として,推進
2
図 1 運動・スポーツの実施頻度の年次比較
●男子「ほとんど毎日」
●男子「ほとんど毎日」
100
100
%
%
80
80
昭和 60 年度
昭和
平成 60
22 年度
平成 22 年度
100
100
%
%
80
80
60
60
60
60
40
40
40
40
20
20
20
20
0
0 10
10
11
11
12
12
13
13
14
14
15
15
16
16
17
17
18
18
19 歳
19 歳
●男子「しない」
●男子「しない」
100
100
%
%
80
80
昭和 60 年度
昭和
平成 60
22 年度
平成 22 年度
40
40
40
40
20
20
20
20
12
12
13
13
14
14
15
15
16
16
17
17
18
18
19 歳
19 歳
11
11
12
12
13
13
14
14
15
15
16
16
17
17
18
18
19 歳
19 歳
◆女子「しない」
◆女子「しない」
100
100
%
%
80
80
60
60
11
11
昭和 60 年度
昭和
平成 60
22 年度
平成 22 年度
0
0 10
10
60
60
0
0 10
10
◆女子「ほとんど毎日」
◆女子「ほとんど毎日」
昭和 60 年度
昭和
平成 60
22 年度
平成 22 年度
0
0 10
10
11
11
12
12
13
13
14
14
15
15
(注)図中の「ほとんど毎日」は運動・スポーツを週3日以上,「しない」は実施しないものを示している。
16
16
17
17
18
18
19 歳
19 歳
(文部科学省「平成 22 年度体力・運動能力調査結果の概要」)
されなければならない。」ことは,かなり遠き道で
動きをつくる運動(遊び)」は,発達の段階を踏まえ
あることが予想される。
ると,体力を高めることを学習の直接の目的とする
しかし,憂いてばかりはいられない。すべての子
ことは難しい。しかし,将来の体力向上につなげて
どもが必ず運動する場が用意されているではないか。
いくためには,この時期にさまざまな体の基本的な
言うまでもなく体育・保健体育の時間である。全国
動きを培っておくことが重要であることから,教師
の子どもの運動への取組を変えようとするならば,
は基本的な動きを身に付ける意図をもちながら,子
この充実なくしては考えられない。
どもは提示された動きに夢中になって取り組むうち
4.体育科・保健体育科における
体力向上
に結果として動きが身に付いている授業が望まれる
ところである。よって子どもたちが夢中になる魅力
的な教材づくりが重要であろう。
平成20年3月に告示された学習指導要領では小学
高学年では,四つの体力要素を学び,それらを高
校,中学校で授業時数が増加されたが,その理由は
めるためのねらいをもって運動するところが,「多
子どもの体力低下傾向が続いていることや運動する
様な動きをつくる運動(遊び)」との基本的な違い
子としない子の二極化傾向があることを踏まえての
である。しかし,体力を高めることを目標とした領
ことであった。
域(内容)であるが,限られた時間数であるので,
特に,「体つくり運動」領域においては,教師が
体力の高め方を学ぶことが学習の中心である。特に
その趣旨を理解し,子どもが自己の体に関心をもて
小学校では,それらを正しい運動の行い方を通して
るようにしていくことが必須である。
学ぶことが大切である。
小学校低学年・中学年に位置づけられた「多様な
そして,中学校では,第1,第2学年では,自己
3
学研・教科の研究
の健康や体力の状態に応じて,体力を高める運動を
図 2 楽しさと体力の関係
行い,それらを組み合わせて運動の計画に取り組む
◉
「体育の授業は楽しいですか」
(中学校女子)
こと,第3学年では,ねらいに応じて,健康の保持
55
点
増進や調和のとれた体力の向上を図るための運動の
ようにその場で直接体力を高めることよりも,そこ
で学んだことを学校の教育活動全体や実生活で生か
す,ひいては生涯にわたって生かすことができる自
己にあった体力の高め方を学習することが大切であ
る。
また,普段から体を動かさないことには体力の向
上は望めないことから,他の領域の授業でも,運動
そのものの心地よさ,そして楽しさや喜びをすべて
50
体力合計点
計画を立て取り組むことが,指導内容になる。この
52.4
全国平均
46.2
45
41.4
40
38.8
35
30
楽しい
楽しくない
(文部科学省「平成21年度全国体力・運動能力,
運動習慣等調査」
)
5.まとめにかえて
の子どもに味わわせることができるようにすること
いくら便利な世の中になったとしても,人々にと
が課題である。図2に示したように,平成21年度全
って体力が低下することは,決して望まれることは
国体力・運動能力,運動習慣等調査では,体育の授
ないであろう。体力とは生きる力の重要な要素であ
業を楽しいと感じている生徒ほど新体力テストの合
るからだ。だからといって新体力テストの結果だけ
計点が高い傾向がみられている。
を捉えて,ひたすらに,その数値の向上だけを目指
また,中学校であれば,さまざまな領域の中でも
すようであっては,体力の本質に迫れない。あまり,
技能を高めるための体力への意識がもてるようにす
体力を狭義に捉えず,調和のとれた体力の向上が望
ることも大切である。運動への主体性が身に付けば,
まれるところである。そして,子どもの体力と同時
結果として体力が高まることに近づくわけである。
に大人の体力(自分の体力)についても気を配るこ
そして,小学校であれば,体つくり運動の授業を
とが,体力そのものを理解し,生活につながる体力
生かして体育的行事や休み時間などの業間でも運動
向上に向け,実感を伴った指導ができるのではない
に取り組む仕掛けが必要となろう。
だろうか。
4
安全で楽しい柔道の授業づくり《前編》
東京都八王子市立第六中学校 校長 日本中学校体育連盟柔道競技部 競技部長
◆はじめに
田中裕之
(投げる側)は,自分のために相手が投げられてく
4月より,中学校の新学習指導要領の全面実施に
れるのだから,けがをしないよう最大限の配慮をす
伴い,武道の必修化(男女必修)が始まる。その中
る。互いに支え合い,高め合う良好な人間関係を築
で,多くの学校で柔道を選択することが予想されて
くことが事故防止の点からも大切なポイントとなる。
いるが,一部報道では,柔道事故の危険性が取り上
この関係育成のため,気持ちを態度に表すのが礼
げられ,柔道の授業を不安視する声も上がっている。
生徒の技能の習得状況を考えず,基本原則を無視
した指導を行えば,指導効果が上がらないだけでな
く,どの体育的活動にも危険は内在する。特に,柔
道は直接相手と組み合って投げたり,制したりする
競技である。不適切な指導は事故の危険性を高めて
しまう。
一方,生徒の能力に見合った段階的な指導を行え
である。礼を重んじることが,相手を尊重する心を
育て,けがをしない,させない意識を高める。
【礼の実践】
○ 武道場への入・退場時 →施設,備品に対して
○ 授業開始・終了時 →教師,仲間の生徒に対して
○ 相手と組んで行う活動
での開始・終了時 →相手の生徒に対して
◎ 授業開始・終了時の「黙想」
ば,事故の危険性は決して高くはないとも指摘され
自分が技能を高められるのは,武道場や畳のおか
ている 。また,受け身を身に付けることで,他の
げ,指導してくださる先生のおかげ,投げられてく
活動でのけがを防止することにも役立つ,有用性が
れる仲間のおかげという感謝の気持ちを形に表すこ
高い競技ともいえる。
とが相手を尊重する心の育成につながる。
*1
しかし,これら事故の危険性の高低にかかわらず,
そのためには,形から入ることも大切となる。た
当然,安全は全てに最優先される。危険を予見し,
とえ意識の低い生徒でも,50分の授業時間内に何回
事故を起こさないための指導や配慮を行わなければ
も礼を行えば,自然と身に付けることができる。
たとえ体育館に畳を敷いた仮設の武道場であって
ならない。
その基盤に立ち,事故の危険性が増大する場面,
女子生徒への配慮なども押さえながら,生徒が安全
も,入口で礼を行うことにより,体育館が特別な場
となり,意識が高まっていく。
かつ楽しく,柔道のすばらしさを体感できる授業づ
また,正座して姿勢
くりのポイントを,今号と次号の2回に分けて述べ
を正し,静かに目を閉
る。
じて内省する「黙想」
▼黙想
を授業開始・終了時に
◆安全に配慮した指導の実際
1.「礼」を重んじる心の育成
励行する。
激しい動きの中で柔
「相手を尊重」
(『中学校学習指導要領』)する心の
道を学ぶ本当の目的を見失わないよう,自分を見つ
育成は,武道必修化のねらいの一つでもある。柔道
めさせる。開始時には,これからの授業での心構え
は,相手がいて初めて成り立つ競技である。痛いか
を再確認し,終了時には,自分の授業を振り返って
ら投げられたくないと思うのは自然の感情だが,受
総括する。動の中に静を求め,自分を見つめる場を
(投げられる側)は,自分が投げられることによっ
設定することは,事故防止のみならず,武道の心の
て相手が上達するのだから,潔く受け身を取る。取
理解にもつながっていく。
うけ
とり
*1「安全な「柔道」指導をどう実現するか」,『教職研修』2011年11月号,本村清人
5
学研・教科の研究
2.無理なく楽しめる指導ポイント
安全な転び方の稽古であるという意識を強調するこ
単元計画を作成する際,以下のポイントを押さえ
ることで,安全に,柔道の楽しさを味わわせながら
とが重要である。
(※生徒の興味を引くために,安易に投げ技の学習
をすることは厳禁であることは言うまでもない)
技能向上を図ることができる。
らんどり
(1)受け身の基本原則を習得
(4)立ち技乱取(=試合練習)は慎重に
投げられても正しい受け身を取ることができれば
らんどり
乱取
(=試合練習)を行わなければならないという
けがはしない。そのためまず第一に,正しい受け身
原則はない。受け身や技の習得が不十分なまま立ち
の習得を目指す。
技の乱取を行えば,事故の危険性が増大する。移動
らんどり
ただし,事故を恐れるあまり,完璧な受け身の型
しながらの投げ込みや連絡技を用いた投げ込みなど
の習得のみにこだわっていては,指導時間はいくら
の約束練習を行うことで,立ち技の乱取を行わなく
あっても足りない。正しい転び方・倒れ方を身に付
とも十分に柔道の真髄を体感できる。
けるという認識をもつことが大切である。
らんどり
しかし,指導が進むと相手と本気で組み合い,試
特に女子の場合,日常生活の中で転んだり倒れた
合をしてみたくなるのは当然の感情である。その際,
らんどり
りする場面が少ない子も多い。そのため,男子と比
寝技の乱取ならば,けがの危険性も少なく,柔道の
較して,転ぶことへの恐怖心を強くしたり,倒れる
攻防の醍醐味を味わえる。基本動作の習得が進んだ
際に手をついたりする生徒が多く出る可能性が高い。
ら,寝技の乱取を実施することで,安全に柔道の攻
低→高,遅→速,弱→強など,段階的な技能習得を
防の楽しさを味わわせることも可能である。
計画することが必要である。
らんどり
3.人・モノによる安全確保
(2)けがをしない体づくり
意識化と同時に,十分な準備運動,回転運動(前
全国的に見ると,十分な広さの専用武道場が整備
転・後転など)や,けがをしない体づくりを目指す
されていない学校も少なくない。体育館や余裕教室
補強運動も忘れてはならない。腕立て伏せ,腹筋,
に畳を敷いて授業を行う場合,事故の危険性は高ま
背筋,ブリッジなどを毎時間設定し,習慣化させる
る。しかし,人や施設・備品を工夫することによっ
ことが重要である。ブリッジは他の学校体育で行う
て安全性を確保することができる。もちろん,専用
競技にはあまり例を見ない,柔道特有の頸部強化運
武道場であっても,事故防止の視点で,施設,備品
動である。生徒の実態に合わせて取り入れるとよい。
の再点検を行うことが大切である。
▶前ブリッジ(左)
(1)施設・備品点検
仮設の武道場で心配されるのは,ずれた畳の隙間
後ブリッジ(右)
に足の指を挟んで起こる捻挫や脱臼などの危険であ
る。ずれを防止するための多様な器具が市販されて
いるが,一番の事故防止は危機管理意識である。畳
のずれは人が直す習慣づけに勝る防止策はない。畳
うけ
(3)投げ技の中で,受が正しい倒れ方を習得
事故を恐れて寝技の指導に終始し,投げ技の楽し
がずれた状態で柔道をしない,させない習慣づけが
必須である。
さや醍醐味を味わわせないのでは,柔道を学ぶ意義
毎日見慣れた施設であっても,安全確保の視点で
が半減してしまう。受け身の基本原則(後述)を習
見直せば,事故の危険性を発見できる。安易に置か
得し,正しい転び方・倒れ方ができるようになった
れている用器具を整理し,衝撃吸収材やマットを置
ら,投げ技の導入と,正しい転び方・倒れ方との並
くなど,最大限の配慮を行う必要がある。
行学習を開始するとよい。互いに組んで,取が投げ
(2)隣の生徒との安全確保
とり
うけ
うけ
技に近い形で受を倒してみる。受は圧力を受けて倒
隣の生徒との接触による事故の危険性も忘れては
れる中で,実戦的な,けがをしない正しい転び方を
ならない。他の生徒との予期せぬ接触はけがに直結
習得できる。投げ技は取の稽古だけではなく,受の
する。授業では30~40名の生徒が活動し,十分な広
とり
6
うけ
さを確保できない場合も多い。そこで,
①畳の線を利用して生徒の立ち位置を明確にして,
生徒間の距離を一定に保つ。
②全員を右組みで動作させる。
体の一部
(肩・肘など)
だけに衝撃が集中し
ないよう,体全体が
自然に畳につくよう
にする。
後頭部を打た
ないようにあ
ごを引く。
③全員が同時に同じ動作を行うよう,指示を明確
に出す。
秩序と規律は安全の出発点である。全員が,距離
衝撃吸収とタイミン
グをとるため,手で
畳を勢いよく打つ。
を保って同じ動きをすることで,接触事故の危険性
を減少させられる。
全員が同じ動作をしても,右組みと左組みの生徒
▲受け身の基本原則
がいた場合,投げる方向が逆になり,全員が右組み
後頭部を畳に打ちつけてしまう。倒れる際に,手で
の場合の2倍の間隔が必要である。本来柔道は,左
畳を打つ動作に合わせてあごを引くタイミングを学
右の技を繰り出せることが理想の姿である。
習する。これは,どの受け身にも共通する基本原則
右組み,左組みの個性を潰すのではなく,あくま
であり,この動作が習得できなければ,投げ技の学
でも導入として安全確保の観点から,全員右組みで
習には進めない。
動作させることで,不用意な事故を防止できる。
②部分的・段階的な指導
(3)見取り稽古
柔道に限らず,効果的な技能習得には,動作を細
生徒を2名1組編成にするのではなく,3名1組
分化して個別の動作ごとの習得を図ることや,軽易
編成にすれば,1組当たりの活動スペースを広く確
な動作から難易度を徐々に上げて段階的に指導する
保できる。また,2名が組んで活動しているとき,
ことが必要である。
残った1名が,ⓐ2名の動作の技能評価,ⓑ他の組
との接触防止などの役割を担うことにより,安全性
を確保しながら授業の質を向上させられる。
4.事故を未然に防止する指導ポイント
実際の指導場面で,事故を予見し,事故を起こさ
ない指導の工夫を行うことが,安全管理の最も重要
まず,後ろ受け身で受け身の基本的な動作を学習
する。
後ろ受け身の習得には,以下の段階を踏めば,倒
れることの恐怖心が和らぎ,容易に習得できる。
段階1
寝た状態で,畳を
打つ動作
なポイントである。他の競技と異なる,柔道特有の
動きに起因する事故に対して,事故を未然に防ぐた
めの指導ポイントを押さえる必要がある。
(1)受け身
受け身には,後ろ受け身,横受け身,前受け身,
前回り受け身がある。安全確保は最重要事項である
段階2
座った状態から,
後ろに倒れて畳を
打つ動作
が,10数時間の授業で全ての受け身を完全に身に付
けることは困難である。
そこで,目的を明確にした指導を徹底する。受け
身を学ぶ最終目的は,決して模範的な受け身の型を
習得することではない。技を受けて倒れたり転んだ
りしてもけがをしない体の動きを身に付けることで
段階3
蹲踞の状態から,
後ろに倒れて畳を
打つ動作
ある。
①受け身の基本原則
最初からあごを引いていると,倒れた衝撃で逆に
7
学研・教科の研究
おうてん
段階4
中腰の状態で相手と向
押し合う
かい合って押し合い,
しい。しかし,前方に横転気味に体を回転させる動
作ならば恐怖心が少なく,容易に動作できる。
p.7に示した基本原則を踏まえていれば,前方に
圧力をかけられた状態
で畳を打つ動作
投げられても安全かつ容易に受け身を取ることがで
きる。そこで,導入段階では完成型の前回り受け身
おうてん
の習得を目指すのではなく,「横転」受け身(下の
資料1参照)を取り入れて投げ技の導入と並行学習
段階5
することも,一つの方法である。
実際に投げられた状態
(相手が足を刈る動作
に応じて)で,後ろに
倒れて畳を打つ動作
次号《後編》では,主に投げ技の指導場面を例に,
事故が起こりやすいポイントと,安全確保のための
指導の工夫を紹介する。
■授業づくりの参考になる文献の紹介
おうてん
③「横転」受け身(変形前回り受け身)
・『柔道の安全指導』,全日本柔道連盟
・『柔道への想い』,全日本柔道連盟
・『柔道授業づくり教本(DVD付き)』,全日本柔道連盟
前方に投げられたとき,体を大きく投げ出して回
・『中学校体育 男女必修「武道」指導の手引き』,学研教育みらい
転する前回り受け身を取るが,初心者には習得が難
※写真はすべて著者提供
おうてん
資 料 1「横転」受け身
おうてん
▶「横転」受け身の連続動作
学研・教科の研究
保健体育ジャーナル[95号]
◎発行人……石津正文
◎編集人……近藤 茂
◎発行所……株式会社 学研教育みらい
おうてん
▶体落としと「横転」受け身
◎お問い合わせは,「学校教育事業部」へ
〒141-8416 東京都品川区西五反田2-11-8 学研ビル
内容については,Tel.03-6431-1568(編集) それ以外のことは,Tel.03-6431-1151(販売)
URL:http://gakkokyoiku.gakken.co.jp/
◎『保健体育ジャーナル』は,上記ホームページ上でもご覧いただけます。
平成24(2012)年1月発行 ※この冊子は,環境に配慮して作られた紙,植物油インキを使用し,CTP方式で印刷しています。
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9300003170