Kobe University Repository : Kernel Title 震災記録を収集・保存し,将来に役立てる : 神戸大学「震 災文庫」の10年 Author(s) 渡邊, 隆弘 Citation 図書館界, 57(2): 73-77 Issue date 2005-07 Resource Type Journal Article / 学術雑誌論文 Resource Version author URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/90001085 Create Date: 2014-11-14 図書(非市販の冊子形態を含む)は約 4,900 タイ トルあり、地方自治体のほか、病院・保健関係、ボ ランティア団体など、まとまった報告書が様々な団 体から発行されている。雑誌は約 2,900 タイトルあ るが、総合誌・学術誌以外に、趣味の雑誌や情報誌 など広範にわたる。 新聞については、現在は特集記事を切り抜く程度 であるが、震災発生から 1996 年 3 月分までの約 1 年分は各紙の原紙を保存している。新聞形態のもの では、行政の広報紙や様々なミニコミ紙も貴重な資 料であり、1,700~1,800 タイトル程度を収集してい る。 チラシ・ポスターなど一枚もの資料が約 5,400 枚 ある。震災直後は手書きチラシや FAX による連絡な どが目立ち、復興段階に入ると様々な催しの案内が 主となる。その他、パンフレット、レジュメ、会議 資料、避難所資料などの紙媒体資料を「パンフレッ ト類」とカテゴライズし、約 4,500 タイトルを収集 している。 地図、写真、映像、音声などの資料も収集してお り、一般の方が撮影・録音されたものも多い。 震災記録を収集・保存し、将来に役立てる -神戸大学「震災文庫」の 10 年 渡邊隆弘(神戸大学附属図書館) 神戸大学附属図書館では、被災地にある総合大学 図書館の責務との認識から、阪神・淡路大震災関係 資料を網羅的に収集する「震災文庫1」を 1995 年に 開設した。また、インターネットにより情報発信す る「震災デジタルアーカイブ」事業も行っている。 災害記録の収集・保存・提供は、他の報告で示さ れる直接的な災害対応に比べれば「後衛」に位置す るが、図書館という専門家組織の能力を被災地で生 かしていく社会的活動の一つの姿と考えている。10 年目を迎えた「震災文庫」の活動と、その活動から 見えてきたことについて報告する。 1. 「震災文庫」10 年の歩み 1995 年 1 月 17 日の震災で図書館も大きな被害を 受けたが、3 月までに基本的復旧を果たし、その頃 から関係資料収集への関心が生まれた。5 月から本 格的に収集活動を開始し、10 月 30 日に 1,000 余点 の資料で「震災文庫」一般公開を開始した。同時に 「震災文庫ホームページ」も開設している。 震災文庫活動には、発足当初から「三大方針」と もいうべきものがあった。公開できるなら、どのよ うな断片的資料でも集める「網羅的収集」 、大学構成 員や研究者に限らない「一般公開」 、時間的・空間的 制約を打破する「インターネットの最大限利用」で ある。 上記の「方針」を含め、この 10 年の活動にそれほ ど大きな変化はない。 震災 10 年となる今年度は図書 館増築に伴う文庫室のリニューアル、初めてとなる 展示会開催を果たした。 2005 年 1 月現在で約 39,000 点(雑誌・広報紙を号単位で数えた点数。タイトル 単位では約 20,000)の収集資料となっている。震災 直後の数年ほどではないが、近年も年間 2,000~ 3,000 点の新規受入がある。 3.資料の収集と保存 網羅的収集のため、市販資料は少数派であり、大 部分の資料は関係者からの寄贈である。確実に寄贈 いただくには、能動的な収集活動が欠かせない。資 料の存在・発生の把握(出版流通情報に頼れない) 、 資料発生源とのコンタクト(連絡先調査を行い、寄 贈依頼) 、文庫活動への認知を高める広報活動など、 いずれもさまざまなアンテナを持つことが必要であ る。 特に、資料発生の把握がまず第一であり、毎日の 新聞記事をチェックし、震災関連の催しや資料発行 があれば直ちに寄贈依頼を出すのが基本的活動であ る。その他、多くの資料が生まれる機関とは発生の 都度寄贈いただける協力関係を築くこと、大学図書 館という場を生かして通常受入資料や学術データベ ースを渉猟すること、 積極的な広報活動を行うこと、 なども重要である。多くは労働集約的作業であり、 資料費はともかく、人手と手間をかけないと集まら ない。 資料寄贈依頼やデジタル化許諾依頼などを行うと、 「こんなものでも資料になるのか」という反応から 「それならこれも」と発展することも多い。資料を 2.さまざまな震災資料 震災に関係ある内容ならどのような資料でも収集 するため、多様な媒体から成っている。また、一部 分だけが震災関係という資料も多く、抜刷・切抜・ 抜粋等の収集形態も常用しており、資料となる単位 という見地からも多様性を帯びている。 1 5.震災記録収集・保存活動と震災文庫 阪神・淡路大震災については、震災直後から大量 の資料が発生しており、これまでの災害等と比べて も特徴的なことといえる。その要因は、一つにはさ まざまな人々の「記録意識」の高まりである。自ら の体験を残したい、残さなくてはならないという強 い意志に、情報発信を容易にする技術進歩があいま って、多様な組織・個人による膨大な記録が発生し ている。もう一つの要因として、さまざまな人々の 「記録保存意識」の高まりもある。図書館員を含む 専門家だけでなく、一般市民の保存意識も着実に高 まっており、本来保存を意識しなかったチラシ等の 資料が残っていくことになる。 そうした市民意識を専門家がどう受けとめるかが 問題となるが、図書館以外での団体でも震災直後か ら記録保存の動きは様々に行われてきた。 「震災・ま ちのアーカイブ」に代表される被災地域の NPO や、 歴史研究者による「史料ネット」 (神戸大)などの研 究者組織の活動がある。また、兵庫県の「人と防災 未来センター」は博物館・文書館の機能を持ってお り、 被災地の戸別訪問等の手法で約 18 万件の資料を 収蔵している。そうした中での震災文庫の特徴を挙 げれば、当たり前のことながら「図書館」における 収集・保存だという点であろう。 「人と防災未来セン ター」は非常に個人的な、直ちに公開できない種類 の資料をも集め、保存を第一に考えた収集(公開さ れているのは全体から見ればごく一部) といえるが、 震災文庫は一般公開を前提にした資料収集あるいは 整理を行っている。 一方、図書館界における震災資料収集活動に目を 転じると、ここでも震災文庫だけが活動を行ってい るわけではない。神戸市立中央図書館をはじめとし て、多くの公共図書館・大学図書館で独自に資料収 集がなされてきた。その中での震災文庫の特徴をあ げるとすれば、チラシ・ポスター・広報紙といった、 図書館ではあまり本格的に扱われてこなかった資料 を積極的に収集対象としていることである。このた め収集・整理・保存・利用のすべての面で未体験の 部分があり、試行錯誤を重ねている。 めぐるやりとりが更なる資料を呼ぶ、連鎖反応とで もいうべきものがある。 「網羅的収集」といった抽象 表現ではなく、 具体的な資料を挟んで対話をすると、 より大きなインパクトを持つようである。 資料保存については「公開と両立した保存」を行 い、利用してもらいつつ劣化をできる限り防ぐこと を目指している。カードケースやクリアファイルな どに収納し、直接触ることなく閲覧が可能な方式を とっている。また、写真を PhotoCD 化するなどデジ タル技術による保存も行っている。 4.資料の公開と利用 来館利用とインターネット利用(デジタルアーカ イブ)を利用方法の両輪と考え、両者ともに、所属 等を問わず広く一般に開放している。来館利用につ いては、開館時間は平日 11-17 時とし、利用資格は 問わない。保存のため館外貸出を行っておらず、閲 覧・複写による利用である。1995 年の公開当初は 2 ヶ月で 400 人の利用者があったが、最近ではそれほ どでなく、月 40 人程度である。また、レファレンス は来館・電話・電子メールを問わず、様々な質問に できる限り対応することとしている。 「震災デジタルアーカイブ」では詳細な資料目録 のほか、多くの資料をまるごとデジタル化し、机上 での閲覧を可能にしている。1995 年ごろはインター ネットがようやく普及し始めた時期であったが、1. で前述したように、空間的・時間的制約を打破する 情報提供を目指してインターネットを積極的に利用 することとした。文庫開設と同時にホームページを 立ち上げ、資料目録の検索などを提供している。そ の後、1999 年に文部省(当時)の特別予算措置によ り「神戸大学電子図書館システム」事業がスタート し、その中核コンテンツとして資料そのもののデジ タル化を本格的に進めることとなった。2005 年 1 月 現在、図書・冊子等約 1,000 点(約 35,000 ページ) 、 チラシ・ビラ等約 3,000 点、写真約 24,000 枚、その 他映像・音声資料等をデジタル公開しており、震災 文庫トップページのアクセス数は月約 6,000 件 (2004 年の月平均)となっている。なお、デジタル 化にあたっては、チラシ 1 枚であっても著作権者の 了解を得ている。写真等の二次利用申し出も急増し ており、震災関係の基本情報源の一つとして認知さ れてきているようである。 6.震災記録の持つ意味: 「震災文庫展示会」から 今年度、神戸大学「阪神・淡路大震災十周年事業」 の一環として、 「震災文庫展示会」を開催した。図書 館のホールを会場に、11 月 8~14 日(学園祭の週末 2 を含む)の開催であり、会期中に記念講演会も開催 した。 「報道せよ!」 (新聞号外など) 、 「空から見た傷 跡」 (航空写真、被災地図など) 、 「行政と住民による 私たちのまちづくり」 (行政資料、 市民の要望書など) 、 「避難所では…」 (神戸大避難所資料など) 、 「ボラン ティア活動資料」 (当時の手書きチラシなど) 、 「震災 直後の鉄道輸送」 (駅貼りポスターなど) 、 「こころの 復興」 (音楽 CD など) 、 「明日への備えを」 (防災マニ ュアル、非常袋など)の 8 テーマで 115 点の資料を 展示し、別途デジタルアーカイブを体験できる電子 展示も用意した。 本発表者も展示会準備に携わったが、個人的には いくつかの不安を感じていた。 震災から 10 年も経っ た時期に交通至便とはいえない大学まで足を運んで 見てみようという人がどれだけいるのか、貴重書展 示等と違い一つ一つの震災資料は地味なものが多い (さりとえ、無理にセンセーショナルに構成するこ とは避けたい) 、 そもそも 100 点ぐらいの資料で震災 を(あるいは震災文庫を)表現できるのか、こうい った展示内容が被災された方にどう映るのか(被災 者には今さら見るもない当たり前のことばかりでは ないか) 、などである。 開催してみると、1 週間で 887 名(講演会 99 名を 含む)の来場者があり、うち学外者(多くは一般市 民)が 650 名以上であった。この人数も成功と評価 しているが、来場者の平均滞在時間が長く熱心に見 て下さった方が多かったこと、来場者アンケートの 回収率が高くコメントを寄せて下さった方も大変多 かったこと、来場者と係員あるいは来場者同士で震 災時の体験等を話題に会話が起こる場面も非常に多 かったこと、展示会場に寄贈資料を持ってきて下さ った方も数名おられたこと、など、当初の不安はほ ぼ杞憂に終わった。 来場者アンケートに寄せられたコメントには印象 的なものが数多くあった。例えば、 「震災被災者にと って、当時の状況がその時はつかめませんでした」 というコメントがある。展示資料は被災者にとって は当たり前の内容ばかりでは、と不安を持っていた が、考えてみれば被災当時は誰もが行動半径が極め て狭くなっており、被災地外より情報不足なのであ る。 「忘れかけていた、心の深くに閉じこめていた記 憶に少々ふれることができ、心の有様が少し開かさ れた気がします」というコメントもある。忘れかけ 3 た記憶を思い起こすことが望ましいかどうかは人そ れぞれだと思うが、それが力になる人もいるという ことであろう。資料寄贈時などにも聞かれる言葉だ が、 「5 年間位はまともに見れませんでしたが、最近 になって普通に見れる様になりました」というもの もあり、時間を経ての提供にもそれなりの意味があ る。また、神戸大学生も 100 名余りが来場したが、 被災した学生(学部生)も当時は小学生であり、他 地域出身の学生も含めて、強い印象を与えたようで ある。 震災文庫開設以来はじめて開催した展示会であっ たが、図書館職員にとっても、震災記録を収集・保 存していく活動の意味を改めて考えるよい機会とな った。 7.中越大震災の被災地で:我々にはできなかった こと 2004 年 10 月 23 日の中越大震災でも、資料収集・ 情報提供活動が現地の図書館によって行われており、 阪神・淡路大震災当時の我々にはできなかったよう な優れた活動もある。WWW 上で伺い知れる範囲で 紹介を行う。 新潟県立図書館では、 「新潟県中越大震災関係文献 速報」を 11 月分から WWW 公開し、関係資料コーナー の設置も行っている2。震災文庫の収集開始は震災か ら 3~4 ヶ月後であり、 非常に早い立ち上がりだと感 じる。 長岡赤十字病院図書室や新潟県立看護大学図書館 では、災害医療・看護情報を中心に活発な情報提供 活動を行っている。このうち長岡赤十字病院図書室 ではホームページ「電脳版図書室だより」に「新潟 県中越大震災」ページ3を 11 月 9 日に開設し、イン ターネットでみる地震・災害・復興情報リンク集(図 書館/医療・看護/メディア/赤十字・行政/地震・ 気象・交通) 、関連図書・文献リスト( 「たこつぼ型 心筋症」 「生活不活発病」などその時々に必要となる テーマ別のものも)を掲載している。震災文庫が行 っている蓄積的な資料収集とはまた違った形の、機 動的な情報提供であり、災害時に図書館が果たすべ き役割の一つの形といえよう。 8.おわりに -震災文庫のこれまでとこれから 1995 年の震災文庫開設時点で約 2,000 点(うち約 1,000 点が整理済)だった資料は、約 39,000 点まで 成長しているが、当初からこのような姿が予想され ていたわけではない。 今にして思えば、 「網羅的収集」 (もとよりすべてを集められているわけではない が)という方針はずいぶん無謀なことだったのかも しれない。また、1.で「10 年の歩み」を述べたが、 開設後はそれほど顕著なメルクマールはなく、当初 の方針を考え直すことなく地道・愚直に資料収集を 続けてきた。誤解を恐れずにいえば、この「無謀」 と「愚直」が今日の震災文庫を育ててきた。 近年、大学や大学図書館をめぐる状況の変化は激 しく、大学図書館活動の中で震災文庫をどう位置づ けていくかを問い直す必要もあるが、市民や各種団 体の幅広い協力のもとに行ってきた震災資料収集・ 提供の永続は責務であり、地域社会とのより強い紐 帯を模索しながら今後も活動していかなければなら ないと考えている。 震災文庫 http://www.lib.kobe-u.ac.jp/eqb/ [引用日:2005-03-27] 稲葉洋子「震災資料の保存と公開:神戸大学「震 災文庫」を中心として」 『大学図書館研究』55, 1999.3. p.54-64. 渡邊隆弘「震災デジタルアーカイブにおけるメタ データの管理と検索:資料中の構成要素の取扱 いを中心に」 『図書館界』56(1), 2004.5 p.14-29 稲葉洋子『阪神・淡路段震災と図書館活動:神戸 大学「震災文庫」の挑戦』WE プロデュース, 2005.3. 91p 2 新潟県立図書館 http://www.pref-lib.niigata.niigata.jp/ [引用日:2005-03-27] トップページに「新潟県中越大震災について」あ り 3 長岡赤十字病院図書室『新潟県中越大震災』 http://www.nagaoka.jrc.or.jp/lib/earthquake.ht m [引用日:2005-03-27] 1 4
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