現代日本社会における国際移民とジェンダー関係の再編に関する研究 ――女性移住者のエンパワーメントと新しい主体形成の検討にむけて―― (課題番号13837004) 2001(平成 13)年度~2003(平成 15)年度 科学研究費補助金(基礎研究(C)(1))研究成果報告書 2004(平成 16)年 3 月 研究代表者 伊 藤 るり (お茶の水女子大学 ジェンダー研究センター 教授) はじめに 本報告書は、2001(平成 13)年度~2003(平成 15)年度科学研究費補助金基 盤研究(C)(1)「現代日本社会における国際移動とジェンダー関係の再編に関す る研究――女性移住者のエンパワーメントと新しい主体形成の検討にむけて― ―」(課題番号 13837004)の成果報告書である。 本研究は、1970 年代末以降に来日し、現在日本に生活拠点を置く新来移住者 (いわゆる「ニュー・カマー」)のうち、女性移住者の状況に焦点を当てながら、日 本への移住、ならびに滞日経験が移住者にもたらすジェンダー関係の再編過程 を社会学的な観点から解明し、あわせて女性移住者のエンパワーメントと新しい 主体形成の可能性を検討することを主たる目的とした。特に、女性移住者自身に よる相互扶助や組織化の試み、そしてこれらの活動をつうじての主体形成のありよ うを捉えるため、彼女らの社会活動と経済活動に注目し、その実態を捉えようとし た。具体的には、フィリピン、ブラジル、韓国、タイからの女性移住者の事例を検討 した。また研究の過程では、ニューカマー女性移住者のほかに、以下の二つのケ ースを対象に含めることになった。一つは、在日コリアン女性 1 世の事例であり、 いま一つは、ニューカマーのうち、男性の比重が圧倒的に大きいパキスタン人とそ の配偶者として彼らを支える日本人女性の事例である。この二つが加わることによ って、ニューカマー女性移住者の状況を相対化し、現代日本社会における国際 移動とジェンダー再編の展開をより広い観点から捉えようとした。 本研究は、お茶の水女子大学ジェンダー研究センター内の関連研究会として 2000 年 度 よ り 活 動 し て き た 「 国 際 移 動 と ジ ェ ン ダ ー 」 研 究 会 ( International Migration and Gender, 通称 IMAGE 研究会)のメンバーが中心となって進めてき た。研究分担者のほかに、多くの大学院生、国内外の研究者が研究協力者として 継続的に、あるいは短期日本滞在の期間を利用して研究会にかかわってきた。本 報告書はそうした多彩なメンバーとの研究交流・活動の成果の一部を表している。 ところで、本研究は多くの方々の協力によって可能となった。何よりもまず、忙し い日常を縫ってわたしたちの面接調査や参与観察に快く時間を割いてくださった 女性移住者の皆さん、またその家族の方々に、心からお礼を申し上げたい。この 研究は彼女たちの理解と協力なしには成立しなかった。 研究会の運営にあたっては、藤掛洋子(東京家政学院大学)、平野恵子(日本 学術振興会特別研究員)、竹内ゆり(お茶の水女子大学教務補佐員)、また報告 書の作成にあたっては、越智方美(お茶の水女子大学大学院博士後期課程)、 中村雪子(同博士前期課程)、大橋史恵(同博士後期課程)各氏のサポートを得 た。記して謝意を表したい。 2004(平成 16)年 5 月 研究代表者 伊藤 るり 現代日本社会における国際移動とジェンダー関係の再編に関する研究 2004 年 3 月 i ■研究組織 研究代表者 伊藤るり (お茶の水女子大学ジェンダー研究センター教授) 研究分担者 足立眞理子(大阪女子大学人文学部女性学研究センター主任教授) イシカワ・エウニセ・アケミ(鹿児島国際大学国際文化学部助教授) 稲葉奈々子(茨城大学人文学部助教授) 定松文(広島国際学院大学現代社会学部助教授) 研究協力者 小ヶ谷千穂(日本学術振興会特別研究員・一橋大学) 徐阿貴(お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程、21 世紀 COE プログラム研究員) ブレンダ・レスレション・T・テネグラ(お茶の水女子大学大学院人間文化 研究科博士後期課程) 徳永理彩(一橋大学大学院博士後期課程) 福田友子(都立大学大学院博士後期課程) 山中啓子(カリフォルニア大学バークレー校社会変動研究所研究員) 柳蓮淑(お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程) ■研究経費 直接経費(千円) 間接経費(千円) 合計(千円) 平成 13 年度 1,600 0 1,600 平成 14 年度 1,600 0 1,600 平成 15 年度 900 0 900 総計 4,100 0 4,100 ■研究期間に発表された成果 足立眞理子、2001、「グローバリゼーションと非連続」伊豫谷登士翁編『経済のグローバリゼー ションとジェンダー』明石書店。 足立眞理子、2003、「予めの排除と内なる排除――グローバリゼーションの境界域――」『現代 思想』第31巻第1号、86~92頁。 イシカワ・エウニセ・アケミ、2001、「ブラジルの日系人社会における婚姻関係――日系人社会 の凝集性強化の戦略としての結婚――」『鹿児島国際大学国際文化学部論集』第 2 巻、第 1 号、37~47 頁。 イシカワ・エウニセ・アケミ、2003、“Migration movement from Brazil to Japan - The social adaptation of Japanese-Brazilian in Japan”『地域総合研究』第 30 巻第 2 号、1~9 頁。 ii ITO, Ruri, 2001, “La política de inmigración japonesa frente al fenómeno de inmigración femenina: El caso de la inmigratnes filipinas,” Zona Franca (Centro de Estudios interdisciplinarios sobre las mujeres, Facultad de Humanidades y Artes, Universidad nacional de Rosario), año IX, Número doble: 9/10, setiembre, pp.96-103. 伊藤るり 2002 「脱領域化するシティズンシップとジェンダー規範――滞日フィリピン人女性の 状況をめぐる試論――」お茶の水女子大学「グローバル化とジェンダー規範」研究会編『グ ローバル化とジェンダー規範に関する研究報告書』、35-45 頁。 伊藤るり 2002 「国際移動とジェンダーの再編」原ひろ子編著『比較文化研究――ジェンダ ーの視点から――』放送大学教育振興会所収、229-252 頁。 伊藤るり 2003 「アジア NIEs のジェンダー・レジームと外国人家事労働者」『ポスト・フェミニズ ム』作品社、94-98 頁。 ITO, Ruri, 2003, “Inter-Asian Migration and Gender Regimes: Questioning ‘Feminization of Migration’,” Keynote Address for the International Conference on “Women and Migration in Asia”, Developing Countries Research Centre, University of Delhi, India, December 10-13, 2003. 稲葉奈々子、2002、 「序章:国際移動とジェンダー」「日本におけるタイ人女性」『国際結婚に おけるタイ人女性の現状』財団法人女性のためのアジア平和国民基金調査報告、1-9 頁、 21-39 頁。 稲葉奈々子、2003、「移住女性の権利保障:宣言と行動計画から考える」反差別国際運動日 本委員会編『マイノリティ女性の視点を政策に!社会に!: 女性差別撤廃委員会日本報告 書審査を通して』解放出版社、202-210 頁。 小ヶ谷千穂、2003、「日本における女性移住者たち――女性化する移民の流れの構造と女性 たちの闘争」、日仏コロック「国際的な人の移動 ――日本とフランスの諸問題をめぐって」 (主催:日仏会館フランス事務所、在日フランス大使館、6 月 21 日)、日仏会館。 定松文、2002、「国際結婚にみる家族の問題―フィリピン人女性と日本人男性の結婚・離婚を めぐって」宮島喬・加納弘勝編『シリーズ国際社会② 変容する日本社会と文化』東京大学 出版会、41-68頁。 定松文、2003、「8 章 行政サービスと施策」、「4 章 年金と医療」『広島市外国人市民意識調 査報告書』。 現代日本社会における国際移動とジェンダー関係の再編に関する研究 2004 年 3 月 iii 目 次 はじめに i 第 1 章. 女性移住者のエンパワーメントと主体形成 伊藤るり 1. 2. 3. 1 女性移住者とアジアのなかの日本 女性移住者のエンパワーメントと主体形成 2.1 社会活動――市民社会への参加と交渉 2.2 経済活動――労働市場から排除の下での生存戦略 ジェンダー関係の再編との関連で 第Ⅰ部 社会活動 ――市民社会への参加と交渉 第 2 章 移民統合過程における女性の役割と意義 ――日系ブラジル人母親グループの教育支援事例の考察 山中啓子 11 1. 移民政策と定住過程における女性の役割 2. ブラジル人女性の社会進出と子供の教育 ――静岡県浜松市の事例 3. ブラジル人母親の会による教育支援活動 3-1 PTAと町内会との協力 3-2 浜松市役所との協力 3-3 市民グループとの協力 4. 国際移動の歴史と市民活動 5. 結論 第 3 章 滞日フィリピン女性の社会活動の多層性 ――日本における「移民/移動の女性化」のコンテクストからの一考察 小ヶ谷千穂 29 1. はじめに――滞日フィリピン女性研究の現在と本稿の位置づけ 2. 「移民/移動の女性化」と移住女性の社会・組織活動:日本の位置 づけ 2-1 日本における「移民/移動の女性化」と滞日フィリピン女性 2-2 滞日フィリピン女性の社会・組織活動――概観 3. 移住女性組織の役割とその目的 ――キミナルの議論からの示唆 3-1 対ホスト社会のアイデンティティ戦略――内部批判から実 践的な異議申し立てへ 3-2 コミュニティ内部の関係――リーダーシップの所在と「滞日 フィリピン女性」へのまなざし 3-3 組織活動との家族・親族内交渉の相互作用 3-4 次世代への期待と自分たちの能力アピール――JFC への 英語教育と地域の英語教育への参加 3-5 理念と現実のはざまで――求められる、「仲介」のローカル な「仲介」 4. 滞日フィリピン女性の活動におけるトランスナショナリズム 5. まとめと今後の課題 第 4 章 組織化と社会構造 ――在日フィリピン人女性の組織化と非組織化にみる要因分析 定松文 1. はじめに 2. 移民の権利と制度的障壁 3. 行為主体と表象/代弁 3-1 カテゴリーと行為主体 3-2 「表象/代弁」と解釈 4. フィリピン人女性の組織化と非組織化 4-1 組織の概要 4-1-1 首都圏相談支援団体 4-1-2 地方自助グループ 4-1-3 地方都市内ネットワーク 4-2 中心的な人物の特徴 4-2-1 首都圏相談支援団体の心理カウンセラー 4-2-2 地方自助グループのリーダー 4-2-3 地方都市内ネットワークの中核 4-3 組織化と日本社会 5. 組織化と社会構造 53 第 5 章 行為者としての移住女性 ――サービスの受け手から担い手へ 稲葉奈々子 1. はじめに 2. ある地方都市の現状 2-1 全国の傾向からみる茨城県の外国人支援組織 2-2 茨城県の外国人支援組織の概要 2-3 民間支援組織の基盤 2-4 組織の規模 2-5 予算規模 2-6 財政基盤 2-7 活動内容 2-8 外国人出身地 2-9 年齢層・性別 2-10 配偶関係・子供 2-11 就業状況 2-12 移住女性にかかわる活動について 2-13 生活習慣や考え方の違い 2-14 医療に関連する問題 2-15 国際結婚をめぐる問題 73 現代日本社会における国際移動とジェンダー関係の再編に関する研究 2004 年 3 月 2-16 育児 2-17 コミュニケーション 2-18 宗教 2-19 行政との連携 2-20 どのようなプログラムが必要か 2-21 具体的に進める計画があるもの 2-22 そのために必要な条件 3. 行為者へ――今後の課題 4. アクション&リサーチ 第 6 章 在日韓国・朝鮮1世女性の主体形成とエンパワーメント ――東大阪市での実践から 徐阿貴 1. 2. 3. 4. 5. 6. 91 はじめに 大阪の在日韓国・朝鮮人 公立夜間中学の在日韓国・朝鮮女性 東大阪市の夜間中学独立運動とその展開 在日女性の語りから 5-1 夜間中学に入るまで 5-2 在日韓国・朝鮮女性の公共空間 5-3 T 夜間中学独立運動 5-4 もうひとつの学びの場――自主夜間中学 5-5 「昼の居場所」づくり――デイハウスの開設 ジェンダー視点からみた在日1世女性の公領域参加 第 7 章 脱領域化するシティズンシップとジェンダー規範 ――滞日フィリピン人女性の状況をめぐる試論 伊藤るり 1. 2. 3. 4. 109 脱領域化するシティズンシップへの接近 滞日フィリピン人女性移住者の法的な地位 ――シティズンシップの垂直的次元 結社活動と社会構成員アイデンティティ ――シティズンシップの水平的次元 結びに代えて――バイカルチュラリティという企て 第Ⅱ部 経済活動 ――労働市場から排除の下での生存戦略 第 8 章 Negotiating and Embedding Business in “Social Circles”: A Survival Strategy Brenda Resurecion T. Tenegra 1. 2. 3. Introduction Networks as Resources The Respondents: The ‘Agents’ 129 4. 5. 6. 7. “Home” and “Social Circles” Network as an Economic Activity The ‘Other Face’ of Successful Networking Concluding Remarks 第 9 章 在日ブラジル人女性の経済活動、婚姻、〈個〉の実現 イシカワ・エウニセ・アケミ 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 139 はじめに 調査方法 来日する日系人の動機 来日する日系人女性の場合 日本で日系人が就く仕事の現状 日本でビジネス開業した日系人女性たち ブラジル人女性と地域社会(日本社会) 経済的自立と結婚・離婚の概念 第 10 章 国際結婚とエスニック・ビジネスに見るジェンダー関係 ――滞日パキスタン人男性と日本人女性を事例として 福田友子 1. 2. 3. 4. 5. 155 問題の所在 パキスタン人による日本出稼ぎの背景と実態 2-1 パキスタン人移民の歴史的背景――1940 年代~1980 年代 2-2 パキスタン人の日本出稼ぎブーム――1980 年代後半 滞日パキスタン人の国際結婚とジェンダー関係 3-1 滞日パキスタン人のジェンダー・バランス 3-2 国際結婚と在留特別許可 3-3 国際結婚とジェンダー関係 エスニック・ビジネスに見るジェンダー関係 ――中古車輸出業者の場合 4-1 エスニック・ビジネスの位置付け 4-2 中古車輸出業の概要 4-3 中古車輸出業におけるジェンダー関係 4-4 親族ネットワークの役割とジェンダー関係 結論 第 11 章 ニューカマー韓国人女性のネットワーク形成 ――契(ケ)を中心として 柳蓮淑 1. 2. 3. 4. 5. 183 はじめに 調査概要 韓国における契の事例とネットワーク形成 3-1 契について 3-2 契と女性 3-3 韓国における事例分析―「番号契」を中心に― 日本における契の再生産とネットワーク形成 4-1 日本における韓国人のネットワーク 4-2 契の形成過程―「セマウル契」を中心に― 4-2-1 ネットワーク機能としての契 4-2-2 「セマウル契」の仕組み おわりに 現代日本社会における国際移動とジェンダー関係の再編に関する研究 2004 年 3 月 付録 第 12 章 マレーシアにおける移住女性の居場所 location ――言語空間・移住者コミュニティ・消費文化 徳永理彩 1. 2. 3. 4. 5. 203 はじめに:移住女性の経験へのアプローチ マレーシアにおける「移住の女性化」 2-1 マレーシアの移住労働者 2-2 マレーシアの開発政策との関わり マレーシアの言説空間の中の移住女性 ――「同一宗教ルール」論争より 3-1 提案の概要と背景 3-2 ミドルクラスの反発 3-3 論争の小括:ミドルクラスの居場所、移住女性の居場所 移住女性が経験する多民族・宗教国家マレーシア 4-1 教会コミュニティと技能訓練コース 4-2 都市消費文化における移住女性の居場所 ――グローバル/ローカルな消費者として まとめと課題
© Copyright 2024 ExpyDoc