自然対流場における流れのモード変化・安定性とカオス性 石 田 秀 士

自然対流場における流れのモード変化・安定性とカオス性
石 田 秀 士*, 木 本 日 出 夫*
1.はじめに
相的推移的であり,かつ(3)周期点が稠密である,
ときカオスであると定義している.ここで(1)は V
“カオス”は非線形力学の分野では 1980 年以
内部の任意のある点を初期値として採用し,その
降主要なテーマとして頻繁に扱われるようになっ
点を含む領域を考えたとき,その内部の適当な点
たが,我々熱流体工学分野の研究者・技術者にと
(全てではない)を別の初期値として選択すると,
ってあまり馴染みのある言葉とはいえない.その
その領域の大きさ(すなわち初期値の誤差)がいく
理由として“カオス”を扱うためには非定常現象
ら小さくてもその初期値の差違に基づいて有限時
を扱う必要があるのに対し,工学的には時間(アン
間内(有限回の写像)にある一定の差違を生じさせ
サンブル)平均的な特性が重要であり,複雑な非定
ることが可能であることを示しており,これはす
常現象をそのまま扱う必要はないことや,解析に
なわちその力学系の予測不能性を示している.次
用いるべきナビエ・ストークス方程式を解くため
に(2)は V 内で定義された任意の(開)領域 A から任
の計算機の能力不足,さらには時間・空間分解能
意の領域 B まで有限時間内に動く点が領域 A 内に
の高い測定方法の問題等々が挙げられるだろう.
必ず存在することを示しており,これはすなわち
しかし近年の DNS(直接数値シミュレーション)に
力学的な意味での V 内部の分解不可能性を示して
象徴されるような計算機・計算法の発達や PIV を
いる.一方(3)は(1)(2)のような複雑性に加えてな
始めとする計測技術の発達により,方法論的には
お V 内部の不動点,すなわち有限時間内に元の状
熱流体場のカオスをかなり詳しく調べることが可
態に戻るような点が V 内部で,実数の集合の中の
能となってきた.
有理数の集合と同じような密度で存在するような
本稿では熱対流場のカオスについて一通り述べ
ある種の規則性を有することを示している.この
た後,“カオス”を乱流や流れの安定性といった
定義の中で最も重要視されるのは(1)の SDIC であ
我々に馴染みのある概念の中で捉えることを目的
り,この性質を有する力学系は一般にカオス的と
として,自然対流場を対象に加熱量等のパラメー
呼ばれる2).本稿において“カオス性”はこの意味
タの値の変化に伴う現象の変化をカオスもしくは
で用いている.
カオス的性質を判別する指標の変化から考察する
2.2 散逸系とアトラクタ
ことを試みる.
質点系における位置と運動量(速度)のようにそ
2.熱対流場におけるカオス
の運動の状態を定める変数を座標に用いて空間を
構成するときこれを位相空間(状態空間)と呼ぶ.
2.1 カオスの定義
位相空間と状態空間は空間の構成方法が少し違う
“カオス”の定義は研究者によって異なるのが
のであるが本稿では区別しない.このような空間
現状であるが,Devaney1)は対象としている力学
上ではある時点での運動の状態は一点(状態点)
系(写像)について,それが定義されている領域(区
で表され,ある初期値からの運動は一本の曲線(軌
間)V 内で(1)初期値鋭敏依存性(SDIC: Sensitive
道)で表現される.
Dependence on Initial Conditions)を持ち,(2)位
熱対流現象をはじめ,多くの物理現象において
* 大阪大学 大学院基礎工学研究科 システム人
間系専攻 機械科学分野
(Hideshi Ishida,Hideo Kimoto)
はラグランジュの意味で安定3),すなわち時間的に
速度,温度といった物理量は時間的に常に有限値
を保っており(有界),さらに位相空間上の状態点
石田・木本:自然対流場における流れのモード変化・安定性とカオス性
で構成された領域の体積は時間の経過と共に一定
数が正の要素があると,前述の有界性を保つため
値を保っているか,減少傾向を示す.このとき前
に必ずリアプノフ数が負となる要素が存在し,こ
者は Hamilton 系,後者は散逸(的)系と呼ばれる.
の方向について軌道は接近(折り畳み)すること
ある初期値に基づく運動は位相空間上である図形
になる.この引き延ばしと折り畳みはカオスの特
を描くが,ラグランジュの意味で安定な散逸系で
徴であるが,上述の理由によりアトラクタが存在
は前述の体積の減少に対応して,十分時間が経っ
する系では,このカオス的な特徴の存在証明には
たところでアトラクタと呼ばれる図形に漸近する.
N 個のうち最大のリアプノフ指数λが正になるこ
そして多くの熱対流場はこの性質を満たしている.
とを示すだけで十分であり,このとき系は SDIC
このような系でカオスの性質を調べるためにはア
を有すると判断される.この最大リアプノフ指数
トラクタの性質を調べるだけで十分である.
を効率的に計算する方法をWolf5)が提案している.
ただし熱対流場は偏微分方程式系によって支配
次に一般化次元であるが,この説明の前にフラ
されており,有限個のパラメータ(温度・速度など)
クタル次元(容量次元)を説明しておくと分かり
を抽出することでその熱対流場の状態を一意に決
やすいだろう.位相空間上に構成されたアトラク
定することはできない.また多くの実験では特定
タについて,それを構成する軌道に沿って一定の
の点における特定のパラメータの値についての時
時間間隔で取り出した軌道上の状態点の集合を考
系列データしか得られないのが普通である.
える.もしこの図形が1次元的であればある軌道
4)
この点に関し,Takens は一つの量 x(t)から遅
上の点を中心として半径 r の(超)球内部に入る状
れ時間τを用いて次のような m 次元(疑似)位相
態点の数は r に比例するだろう.そしてもしこの
空間
図形が2次元的であればその数は r2 に比例すると
(x(t), x(t+τ),・・・,x(t+(m-1)τ)
考えられる.このように半径 r の球内部の状態点
を構成するとき,この空間内に形成されたアトラ
の数が rαに比例するときその図形の次元をα次元
クタが,元のアトラクタの特徴を保有(再構築)し
と定めることができ,このように定義された次元
ていることを示した.これは埋め込みの方法
をフラクタル次元と呼ぶ.非整数次元の図形はフ
(embedding technique)と呼ばれ,上記の m は埋
ラクタルと定義され,一般にカオス的変動を表す
め込み次元と呼ばれる.まさにこの方法により熱
アトラクタ(ストレンジアトラクタ)はフラクタル
対流場のカオスが分析可能になったと言っていい
となる.この他にも与えられたアトラクタの軌道
だろう.
に沿って一定時間間隔で抽出された状態点の組み
以下では上述のアトラクタが存在する力学系に
合わせのうち,与えられた距離より短いものの割
ついて,そのカオス的特徴を抽出するための指標
合を算出した相関積分と呼ばれる量を用いて定義
について述べる.
される相関次元もよく用いられる.こういった次
2.3 カオスの指標
元を一般化し,パラメータ q を含む形で表された
カオスは幾つかの指標を組み合わせて判断する
次元が一般化次元(レニイ次元)で Dq で表現される.
が,本稿に関連するものとしてリアプノフ(指)数
ここで D0 はフラクタル次元に一致し,D2 は相関
と一般化次元を説明しておく.
次元に一致する.一般にアトラクタの次元が2以
リアプノフ数は位相空間上の近接する2点につ
上になるとフラクタル次元は通常のアルゴリズム
いてその距離の拡大率の対数をとったものを時間
(Box-Counting 法)で求めにくくなるが,相関次元
平均したものである.N 次元位相空間では N 個の
は比較的簡単に求まり,この計算法を
独立な方向に対応して N 個のリアプノフ指数が
Grassberger ら 6)が提案している.フラクタル次
存在する.この指数が正の場合,対応する方向に
元,相関次元の間には D0≧D2 の関係があるが,
ついて近接する二点間の距離は時間的に指数関数
多くの場合これらは非常に近い値をとると考えて
的に引き延ばされ,結果として SDIC が生じるこ
よい.リアプノフ数と一般化次元は,SDIC に加
とになる.アトラクタが存在する系でリアプノフ
えて Devaney のカオスの定義の所で述べた周期
石田・木本:自然対流場における流れのモード変化・安定性とカオス性
点の稠密性をも包括した概念であるコロモゴロフ
Lyapunov の意味での安定な系(Lyapunov の意味
エントロピーを媒介にして相互に関連づけられる
で不安定でない系)と比べて条件が厳しく,説明は
ことが知られている .
省略するが大域的指数漸近安定 3)や完全安定 3)8)に
2.4 安定性と SDIC との関連
対応する概念になっている.
ここで本稿のテーマの一つである SDIC と安定
よって線形安定性解析の意味での不安定性と
性との関連について補足しておきたい.
SDIC の比較のためには本来の SDIC とは別の概
Lyapunov は常微分方程式の解 x(t)ついて,あ
念を導入する必要がある.
る t0>0 に対する値 x(t0)を含む領域を考えたとき,
一般に SDIC を測る手段として位相空間上の近
7)
その内部の適当な点(全てではない)を別の t=t0
接する2点間の距離が近似的にある(狭義)単調
での値として選択すると,その領域の大きさ(すな
増加関数のべき乗に従って増加するとき,そのべ
わち t=t0 での値の誤差)がいくら小さくてもその
き指数が正の場合に SDIC 有りと判別する方法が
t=t0 での値の差違に基づいて有限時間内(有限回
考えられる.この指数のマイナスをとったものは
の写像)にある一定の差違を生じさせることが可
2点間距離における与えられた単調増加関数に対
能であるとき,その系を不安定と定義している 3).
する特性数と定義される
これを 2.1 節の SDIC の定義と比較していただ
味での不安定と対応づけるためにはこの単調増加
きたい.SDIC ではある位相空間上の領域 V 内の
関数として指数関数を選択すればよい.この場合
全ての初期値を対象にし,ある決められた時点以
の特性数は最大リアプノフ数に-1 をかけたものに
降の解の振る舞いを問題にしているのに対して,
一致する.そこで本稿では安定性とカオス性を比
Lyapunov の意味での不安定では考察の対象をあ
較する際の指標として最大リアプノフ指数を用い
る t=0 での決められた初期値に基づく解の周辺に
ている.
限定する代わりに t=t0>0 の全ての時点で誤差が
存在した場合の振る舞いを問題にしている以外は
9)
.線形安定性解析の意
3.カオス性から見た自然対流場
両者は一致しており,この SDIC と Lyapunov の
3.1 振動する密閉容器内部の自然対流場
意味での不安定性,すなわち本稿の意味でのカオ
さて熱対流場のカオスについて一通り説明した
ス性と不安定性は定義上はよく対応している.し
ところで実際の自然対流場をカオス性の観点から
かしながらカオス性が不安定性に含まれるのか,
調べてみよう.
一致するのかといった包含関係については別途検
討する必要がある.
この検討に関して一つ注意しておかなければな
Air
Hot wall
Th
Cold wall
g
らない.一般に安定性の解析の際よく用いられる
線形安定性解析では,ある解に対して加えられる
微小擾乱が指数関数的に増幅,減衰するときそれ
b sin( Ω t)
y
x
Tc
Adiabatic wall
∂T
=0
∂y
ぞれ不安定,安定と判別しそれ以外は中立と定め
る.しかしこの意味での不安定は上で定義した
図1 計算モデル
Lyapunov の意味での不安定の条件と比べて明ら
かに厳しい.すなわち Lyapunov の意味での不安
まず最初の例として図1に示されるような縦横
定では適当な時点で対象とする解との間に差違が
比が1の矩形密閉容器を考える.この容器の向か
生じさえすればよいのに対して,線形安定性解析
って左面,右面は鉛直面でそれぞれ温度 Th,Tc[℃]
の意味での不安定では常にある解の近傍の点はそ
(Th>Tc とする)で固定されており,上下面は断熱と
の解から離れる,それもべき乗の関数ではダメで
する.また紙面に垂直な方向は一様であるとして
指数関数的に離れることを要求するのである.同
現象の2次元性を仮定する.この現象を支配する
時に線形安定性解析の意味での安定な力学系は
無次元パラメータは高温壁・低温壁間の温度差に
石田・木本:自然対流場における流れのモード変化・安定性とカオス性
基づく浮力を無次元化したグラスホフ数 Gr と流
体の粘性係数と熱拡散係数の比であるプラントル
数 Pr であるが,これをそれぞれ 1.4×104,0.71(常
温常圧の空気)に固定するとき,内部に形成される
流れ場は単なる時計回りの循環流である.
タから埋め込みの方法により6次元位相空間を構
7
6
T
.S
.A
.N
u
4
3
É
2
成し,この空間上で再構築されたアトラクタを図
JJ
JJJ É
J ÉÉÉ É
JÉ
É
É
JÉ
É
J J ÉÉ
J J JÉJ J JÉJ É É
É
É
5
É JÉÉ
É É ÉÉ
ÉJ
3に示している 11).
ただし図では遅れ時間τを 0.01
とし,基準となる時間からτ,3τ,5τ後の値から図を
ÉÉJÉ
É
描いている.図中でω=10,40,991,2560, 5120 はそ
Fu
J 石田・木本(1999)
1
れぞれ流れのモード・,・,・,・,・に属している.
0
1
10
102
103
104
ω[ -]
105
図2 時間・壁表面平均ヌセルト数
ではこの容器に b sin(Ωt)で表現される鉛直方向
振動を加え,その周波数を変化させたときどのよ
うな流れ場の変化が生じるであろうか.振動を加
える際に,容器や流体に与える平均運動エネルギ
ーを固定するため上下方向の最大速さ bΩを無次
(a) ω=10
(b) ω=40
元化した振動グラスホフ数G を固定した場合に,
Fu ら 10)はこの値が 106 の時,無次元振動角速度ω
の変化に伴って静止状態での重力と振動による重
力の干渉により5つの流れのモードが発生するこ
とを数値計算により示した.この変化について著
者らの数値計算結果に基づいて若干の修正を加え
たものを表 1 にまとめている.また左右の伝熱面
(c) ω=991(準定常状態)
(d) ω=991
(初期状態)
について各点の熱伝達率を無次元化した局所ヌセ
ルト数を面全体で平均したものを壁表面平均ヌセ
ルト数(S.A.Nu),その時間平均値を時間・壁表面
平均ヌセルト数(T.S.A.Nu)とするとき,ωの変化
に伴う T.S.A.Nu の変化を図2に示している.
この図と表1を比較すると T.S.A.Nu の勾配の
変化と流れのモード変化の間に対応が見られる.
Fu らはこのような T.S.A.Nu の変化や容器内部の
(e) ω=2560
(f) ω=5120
図3 ωの変化に伴うアトラクタの変化
渦度の最大値の変化,熱対流場の定性的な変化等
により表1に示している類型化を提案しているが,
モード・(ω=10),モード・(ω=40)では流れ場は容
次に示すように S.A.Nu から求まるアトラクタの
器の振動に合わせて周期変動するため,アトラク
幾何学構造により定性・定量的に分類が可能であ
タは閉曲線(リミットサイクル)を構成しているが,
る.
モード・の流れ場は常に時計周りの循環流である
S.A.Nu の十分時間が経過した後の時系列デー
のに対して,モード・では回転方向の反転に伴っ
表1 流れのモード変化
て一時的に別の渦構造が形成され1周期内部に2
石田・木本:自然対流場における流れのモード変化・安定性とカオス性
つの S.A.Nu のピークが現れるため,モード・の
てのベークライト板とアクリル側壁並びに整流化
ような単純な円形とはならない.またモード・
のための上面・前面のナイロンメッシュシートで
(ω=991)では最終的(quasi-static state:図 3(c))に
構成されている.熱源として素線径 0.2mm のニ
はモード・と同じ循環流であるが,振動の初期で
クロム線をベークライト板上に水平に設置し,印
不規則変動が現れる場合が多く,特に
加する電圧を調整することで 40W/m の熱量を発
ω=1496,1778 では t<10 で規則変動が観測されな
生させた.網箱内部の温度分布は素線形 0.1mm
12)
.このような不規則変動状態でのアトラ
のクロメル・アルメル熱電対のプローブを用いて
クタ(図 3(d))を見ると極めてランダム性の強い形
測定したが,その際トラバーサーを用いて外部か
状となっているのが分かる.モード・(ω=2560)で
ら移動させながら各測定点に対してサンプリング
は再びリミットサイクルが現れ,さらにモード・
周波数 10Hz で 100 秒間の測定を行った.
かった
(w=5120)では加振周波数に無関係な場に固有の
振動数による振動が発生し,この周波数と振動周
波数が非有理数比をとることからリミットサイク
Wall Plume
Mesh Screen
Sheet
ルとはならず,ここではメビウスの輪で知られる
形状(ツイスト)が現れている.このように流れ
つく.
これらのアトラクタから相関次元を求めるとリ
ミットサイクルでは 1 次元,ツイストでは2次元
Urea
Resin
Plate
という値が得られ,ω=1496,1778 の不規則変動デ
ータからはそれぞれ 3.3, 2.8 次元という非整数次
元が得られた.不規則変動状態のデータからはま
1100
のモード変化はアトラクタの形状の変化に対応が
C-A
Thermocouple
X
Line Heat
Source
Vibratory
Frame
た最大リアプノフ指数が正の値が得られ,このよ
Copper Wire
0
うな変動がカオス性を示すことが確認された.
Y
350
さてこの不規則変動状態であるが,これは Fu
ら 10)も述べているように容器内部に形成された複
180
数の渦が不規則に移動することによって維持され
ており,この渦は代表長さ(容器の大きさ)と同じ
図4 網箱及び水平線熱源
空間スケール,並びに代表時間(加振周期)と同じ
時間スケールを持っていることから,変動量から
流れ場の安定性を実験的に判別するため線熱源
定義される代表スケールと異なる時間・空間スケ
の 5mm 上方に素線径 0.2mm の銅線を水平に張り,
ールに支配された状態であるいわゆる乱流とは異
これをコンピュータ制御されたパルスモーターを
なる.このような状態は静止状態で温度差(Gr)を
用いて水平方向に振幅約 3mm の一定周波数(0.5
大きくしたケース 13)や縦横比を大きくしたケース
∼2.0Hz)で振動させ,その振動に対応する(無次
14)
元)温度振幅を FFT を用いて抽出し,この高さ方
でも確認されている.すなわちカオスは乱流よ
りも広い概念 8)であると言えるのである.
向変化を調べた.温度測定は温度場の2次元性を
3.2 水平加熱体上方の自然対流場
あらかじめ確認した上で専ら図に示される熱源中
次に鉛直断熱壁に埋め込まれた水平線熱源上方
央を通る x-y 鉛直面上で行い,また得られた量の
の自然対流場を考える.この熱対流場の安定性と
誤差を評価するため,同一条件での実験を 10 回
カオス性を実験的に扱うため約 4m 四方の実験小
繰り返し行った.
部屋の内部に制振性に優れた台を設置し,その上
上述の水平線熱源上方に形成される自然対流場
に図4に示す網箱を設置した.網箱は鉛直壁とし
は,熱源からの高さ X,並びに X 軸上の温度から
石田・木本:自然対流場における流れのモード変化・安定性とカオス性
周囲温度を引くことによって得られる温度差をそ
小さい方向へシフトしているが,これは田中ら
れぞれ代表長さ,代表温度差とした修正グラスホ
16)が指摘しているようにブシネスク近似に基づ
フ数 G,無次元周波数βによって支配されており
く解析による影響であると考えられる.βが小さ
(Pr は固定),安定性及びカオス性(最大リアプノフ
い領域では逆に中立領域が中立曲線の内側に張り
指数λ)は同一の G-β空間上に図示できる.
出しているが,これはこの領域の増幅率が小さい
X
XX
X
XX
X
X
X
X
X
X
安定
X
X
X
XX
X
X
X
X
X
X
X
X
X
X
X
C 中立
X
X
X
X
X
XX
X
X
X
X
X
X
J 不安定
X
X
X
X
C
CCC
C
b r un ch cu t
C
JJ
0 .2 5
0 .2
β
f=2.0Hz
f=1.4Hz
JJJJJJJJJJ
JJJJJJJJJJJ
JJJJJJJJJJJ
J
JJ
J
C
C
C
C
JJJJJ f=1.0Hz
XCCCC
X
X
X
X
JJJJJJJJJJJJJJJJJ
CC
CCCC JJJJJJJJJJJJJJJJJJJJ
C
C
C
C
CCJ
XCCCCCC
XX
XXXX
JJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJ f=0.7Hz
CJJJJJJJJJJJJJJJJ
CCCCCCCCC
X
X
X
X
JJ
X
X
X
X
X
CCJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJ
X
XXX
CC
CCCCCCCC
f=0.5Hz
CCCCCCCCCCCCC
CCCCCCCC
0 .1 5
0 .1
0 .0 5
ために実験的に安定性を判別することが難しいこ
とが原因である.
α= 0
0 .0 0 3
α= 0 .0 2
α= 0 .0 4
α= 0 .0 6
α= 0 .0 8
0 .0 0 2
..
0 .0 0 1
f =0 .7 Hz
f =1 .0 Hz
f =1 .4 Hz
0
20
0
20
40
60
80
40
60
G
80
100
120
100 120 140 160
図7 プルームの温度分散
G
図5 壁面プルームの安定・不安定特性
次に同じく加振状態の温度変動の時系列データ
から最大リアプノフ指数λを計算し,計算の際の
0 .3 5
X
C
0 .3
J
0 .2 5
β
f =0 .5 Hz
f =2 .0 Hz
Vθ
0 .3
λ<0
X
X
XXX
X
X
中立
X
XX
X
X
X
XX
X
X
X
X
X
X
X
X
X
X
X
J
f=2.0Hz
X
X
X
J
J
X
λ>0
JXCC
XC
XX
X
XC
X
XX
XX
XX
W a kiXXXtXXX
aXX
ni
XXX
XXXX
XXX
XXX
0 .2
誤差
0 .1
0 .0 5
や実験誤差を考慮してαと同様の符号の判
別を行った.結果を図6に示している.
この図を見ると加振周波数βにかかわらずカオ
ス性はおおよそ 70<G<85 の範囲で発生している.
f=1.4Hz
これは加振周波数以外の周波数成分の増幅による
XC
X
X
X
X
X
X
X
X
X
XX
X
X
X
X
X
X
X
X
X
X
X
X
XXX
JJJJJJJJJJJJX
C
J
C
J
X
X
X
X
X
X
XX
XX
X
XJ
XC
X
XC
XX
X
X
X
X
XXXXXXXX
X
XC
X
X
X
X
X
X
X
X
X
X
X
X
X
X
XCJXX
XXXXXXX X
XC
X
XJC
XXC
XX
f=1.0Hz
XXXXXX XXXX
XXXX
XXXX
X
X
X
X
X
X
X
X
X
X
X
X
XX
X
X
X
X
XX
XX
X
X
X
XX
XXXXXXX
X
X
XX
CXX
XX
XC
X
X
XX
X
XCC
X
XX
X
XX
X
XX
X
XX
X
X
XX
X
XX
XXXXXJJJXX
X
X
XX
X
X
X
X
JX
XXXXX
X
X
X
X
XX
JX
XX
XXC
X
X
XX
JCJJ
X
X
X
C
XXX
X
X
X
X
X
X
X
X
XXX
X
X
X
X
X
X
f=0.7Hz
XXXXXXXXXXXX
0 .1 5
13)
ものであるが,このカオス性の発生する G=70 は
線形安定性解析の意味で不安定な周波数成分が存
在し始める臨界修正グラスホフ数(本実験では
G=50 前後)よりはるかに大きく,カオス的変動を
f=0.5Hz
示す領域は上述の意味での不安定領域に含まれて
0
20
40
60
G
80
100
120
図6 壁面プルームのカオス性
いることに注目すべきである.図7に示す温度の
分散(温度の変動エネルギー)の変化のグラフを
見ると,この 70<G<85 は温度の分散がある程度
大きくなったところからそれが減衰するまでの領
実験的に得られた無次元温度振幅の高さ方向増
域に対応しており,これらの結果はカオス性が線
幅率を指数換算したものをαとすると,実験誤差
形メカニズムによって増幅された変動エネルギー
を考慮してもなおα>0 の場合不安定,α<0 の場合
が非線形メカニズムによって散逸する過程で生じ
安定それ以外を中立と判別した.判別結果を図5
る2次流れ構造の生成(この場合は乱流)と関係が
に示している.図中で実線は Wakitani15)が線形安
あることを示唆している.すなわちカオス性は線
定性解析によって求めた中立曲線を示しており,
形安定性解析の意味での不安定よりも狭い(含ま
曲線の内部が不安定領域である.図の中立曲線と
れる)概念であると言える.G>85 では温度分散
実験的に得られた中立領域(△印)を比較すると,β
はほとんど0か加振の影響と思われるほぼ一定値
が大きい領域で実験的に得られた中立領域がG の
石田・木本:自然対流場における流れのモード変化・安定性とカオス性
に落ち着いており,流れは中立的・層流的である.
従ってカオス性の消滅は流れの再層流化に対応し
ており,ここでも流れのモード変化をカオス性の
変化により分類することが可能であることが示さ
れた.
4.おわりに
本稿では乱流や安定性といった我々に比較的馴
染みのある概念とカオスとの関係ついて述べ,カ
オス性は乱流より広く,線形安定性解析の意味で
の不安定よりも狭い概念であることを示した.ま
た流れのモード変化をカオスとそれに関連する指
標により分類できることを示した.ではこれらの
結果をどのように応用するか.残念ながらこの問
いに対する明快な答えを著者らは持ち合わせてい
ない.
ただ言えることは,従来の周波数分析のような
方法では複雑な時間変動からは連続スペクトルが
得られるだけで定量化が不可能であるのに対し,
本稿で紹介したカオス性に関連する指標を用いれ
ば極めて多くの情報が得られ,時間変動の複雑性
の定量化や指標の変化を通じての現象の分類等々
が可能となる.このことにより似通った条件下(同
一系列の製品と置き換えてよい)でおこる現象間
の定量比較や過去のデータとのより詳細な比較が
可能となることが期待される.また本稿で示した
ようにカオスは不安定に含まれる概念であるので,
カオス性を減じる方向の設計はシステムを安定化
する方向性と一致しており,本稿で紹介した指標
はこのための指針となりうる.
いずれにせよ今後は時系列データ解析ツールと
して従来の周波数分析等に本稿で紹介した指標を
加え,技術者全体でその有効性について検討し,
経験を蓄積する必要があるのではないかと考えて
いる.
参考文献
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12) 石田秀士,木本日出夫:”容器内自然対流場におけ
る平均熱伝達特性に対する加振の影響”,日本機械学
会論文集(B 編),65, 635(1999) pp. 2413-2419.
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間の自然対流場の準定常性とカオス性",日本機械学
会論文集(B 編), 65,630(1999) pp. 761-767
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流場及びカオス性に対する容器のアスペクト比の影
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16) 田中宏和,辻俊博,長野靖尚:“熱駆動流の安定性
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