メゾスコピック世界への挑戦

KURENAI : Kyoto University Research Information Repository
Title
Author(s)
Citation
Issue Date
URL
5)カオスと量子物理学 : メゾスコピック世界への挑戦(第
42回 物性若手夏の学校(1997年度))
中村, 勝弘
物性研究 (1997), 69(3): 347-357
1997-12-20
http://hdl.handle.net/2433/96237
Right
Type
Textversion
Departmental Bulletin Paper
publisher
Kyoto University
「
第4
2回 物性若手夏の学校」
カオス と量子物理学 :メゾス コピック世界への挑戦
大阪市立大学工学部
中村勝弘
カオスは、その研究対象 を少数 自由度系か ら複雑系へ と裾野 を広 げ研究者人口を徐 々
に増や しつつある
。
この背景 には、 自然現象の生 きた理解 を目指 したい とい うわれわ
れの認識論的要求がある。他方、量子物理学は、既 によく確立 した学問であ り現代の
ハイテクノロジーを理論 的に支 えている。 この講義では、両者の問の興味深 いつなが
りについてわか りやすい解説 を試み、ついで、メゾス コピック世界 の最先端の実験 に
おける量子 カオスの重要な役割 について言及す る。
1. 古典系でのカオス、そ して量子系 におけるカオス的拡散の抑圧
木々の菜のそ よぎか ら大気 の乱流 までカオスはいたるところに顔 を出す。カオスは、
惑星の運動 と同様、ニュー トンの運動法則 に支配 されなが ら、偶然性 を示 し予測不可
能 となる不可思議 な運動である。 ところで、極微の世界 を支配す る量子 はカオスによっ
て どんな影響 を受 けるのか ?ミクロな世界 にカオスはあるのか ?ここでは、 カオスの
概要 と量子系での電子波束の抑圧 されたパ イこね運動 について述べ る0
ピッチ ャーの投 げたボールの運動や太陽系の惑星の周期運動 は、ニュー トンの運動
法則 に支酎 されている。 この法則 は、現在の状態が決 まれば、未来の状態が一通 りに
決 まるとい う決定論的性質 を持つ。 しか し、自然界 には、決定論由運動法則 に従いな
が ら、偶然性 を示 し、予測不可能 となる不可思議な運動が数多 くある。水漏 れの蛇 口
か ら落ちる水滴 の時間間隔は、水量が少 ない と等 間隔で規則的であるが、水量が多 く
なるとランダムになって しまう。 更 に、水道の栓 をひねってみる。 栓 を少 しひねると、
倫郭のはっきりした規則正 しい水 の流れが見 られる しか し、栓 を大 きくひねって、
水 を勢い よく出す と、水 の表面の形は複雑 にな り、時々刻 々変化す る乱流 となる。 木々
。
の葉のそ よぎや、夏の入道雲、台風 な ども、決定論的運動法則 に従いなが ら、ランダ
ムな変動 を示す カオスである
。
カオスでは、初期状態の微小 な誤差が、運動 によって急激 に拡大 され、長時間の後
科学 と
に巨大な誤差 となる。 このことを最初 に指摘 したのは、ポアンカレである (「
具体的には、連星)
方法」 (1908))。彼 は、 2つの星が相互作用す るシステム (
ー
3
47
-
講義 ノー ト
での惑星の運動 は、ニュー トンの運動方程式で記述 されるが、その解 はあまりにも込
み入 っていて図を書 くことさえで きない と述べている。実際、惑星が一方の星で何回
まわって他方の星で何 回まわるか を前 もって予測することは不可能である (
ポアンカ
レ「
天体力学の方法」 (1899)[
1
1
。
(
a
)
dO
'
4,
∩
振動
安定多舶
∩
石回転
.
不安定多様体
●安定圏定点 (
楕円型不動点)
* 不安定圏定点 (
双曲型不動点)
(b
)
双
慧
同
坐
也ヽ
汀
図1
dβ/dt
0
′
双
碧
空
喜
妻
盃
蓋
遠妻
′
汀β
㌔
不
ら
激
安
出
曲
定
て
型
振 り子 におけるカオスの発生
(
a
)周期撃力が働いていないとき ; (
b)周期撃力が働いているとき
1
996) より転載)
(
井上政義 : 「カオス と複雑系の科学」 (日本実業出版社 (
ここでは、振 り子 を例 にとってカオスの発生 を詳 しく説明 しよう (
図 1参照) 。
(
摩擦の効果は無視で きるとす る。 ) 振 り子は、重力に起因する復元力 により、鉛
直真下の平衡位置の回 りで微小 な周期運動 をす る。 しか し、一回の撃力で大 きな初速
度 を与えると、鉄棒選手の 「
大車輪」の ように、鉛直真上 を何 回 も通過す る回転運動
をする。 しか し、これは振幅が大 きいだけで、結局、周期運動である。微小周期運動
-3
4
8-
「第4
2回 物性若手夏の学校」
と「
大車輪」運動の境界 にセパラ トリックス という運動がある。これは、倒立状態か
ら出発 して回転落下 し、再び倒立状態に戻る運動である 今、半周期 ごとに、撃力を
加えると、セパ ラ トリックスお よびそれに近い周期運動は、周期性 (
規則性)を失な
い予測不可能な運動 とな り、カオスが発生する。
このように、振 り子か ら、大気乱流、そ して連星での惑星の運動 (3体問題)など
に見 られる周期運動の消失 (
一般には トーラスの崩壊) とカオスの発生は、普遍的な
性質を持っている。
ところで、カオスは流行の学問で、それに対 して、量子物理学は既 によく確立 した
。
学問である。両者の問にどういう面白いつなが りがあるのだろう? 量子力学の基礎
方程式はシュレーディンガー方程式である。シュレーディンガー方程式は、波動関数に
対する線形方程式なので、カオス という非線形の振 る舞いを記述できない。今、量子
古典対応 を見るために、古典的にカオスを示す系 を量子力学で取扱い、量子系のダイ
2
]。
ナミックスがカオスを模倣できないことを示そう[
位相空間の大域的な構造 を捉えるには、個々の軌道を追いかけるよりは、軌道の統
計集団の時間発展、つまり、拡散を考察 したほうが便利である。古典力学の分布関数
は、位相空間での点の集団の分布 とその拡散 を記述できる。位相空間上での初期値の
塊 (
これを位相液滴 とい う)が時間の経過 とともにどう拡散するかを考えてみよう。
位相液滴はまづ、 リアプノフ指数が正 となる方向に引 き伸ばされる。保存系では、
面積が保存 されるか ら、位相液滴は伸びる方向とは独立な方向にかならず収縮する
位相空間は有界なので、液滴は、ず-と伸びっぱなしではな く、ある時点で折 り返 し
が起 こる 引 き伸ばしと折 り畳みを交互 に何回も繰 り返 して次第に複雑なパ ターンが
作 られてい く。古典論のこのようなカオス的拡散のことをパイこね変換 という。
ついで、古典論のカオス的拡散に対応する量子系のダイナミックスを考察 して見 よ
う (
図 2参照)。量子系では、分布関数に相当するものは、 (
状態ベク トルの統計集
団を表わす)密度演算子のコヒーレン ト状態 (
不確定性 を最小 にする状態)での対角
表示である。これによって、量子系 を記述する状態ベク トルを位相空間上で表示する
ことが可能 となる。古典論の初期値の塊 に対応するものは、ガウス的分布 をする波束
である。そのガウス的波束が、パイこね変換で複雑なそ して自己相似なパ ターンへ と
。
。
変化 してい く。 しか し、量子力学では、不確定性原理 により、位相空間の分解能にプ
ランク定数のスケールの限界がある。 そのため、パイこね変換 を無限回続けることが
できない。パイこね変換は、ガウス的波束を次第に細 くなってい く紐の織物に変えて
しまう。 しか し、紐 自体の幅がプランク定数のスケールになったとき、量子 ダイナミッ
クスはもはや古典ダイナミックスを模倣できない。その時刻 をクロスオーバー・タイ
ムと呼ぶ。クロスオーバー・タイム以後の時間では、隣 り合 う紐が干渉 しあって複雑
なネッ トワークができる いったん、ネットワークができると、パイこね変換の様な
劇的なダイナミックスは起 こらない。つまり、量子系でのカオス的拡散は、クロスオー
。
-
3 4 9
-
講義 ノー ト
バ ー・タイム以後 は抑圧 されて しまう。
クロスオーバ
ー ・
タイム
●
⑳
図 2 波束の量子 ダイナ ミックス.
2
. カオスの半古典量子化 :グッツヴィラ-の トレース公式
カオスは、古典力学 に固有 な概念である
。
カオスの量子論的兆候 を捉 えるには、古典
軌道 を用いた量子力学、つ ま り、半古典理論が最適である。量子物理学で基本的な物
理量 はエネルギー固有値 (
束縛系)やβ行列 (
開放系)である。 これ らの量 は、プロ
パゲーターか ら求め られる。プロパゲーター自体 は、半古典極 限で古典軌道 とその安
2,
3
]。
定性の知識だけを用いて計算で きる [
Ⅳ次元空間を運動す る質量机の粒子 を量子力学で考察 しよう。 この定常状態は、ハ
∑
"
,
I
q)
ニー(
h2/
2,
a)
∂2/aq
u
・
2
・V(
q"q2,
・・・,
qN)を用いて、時間に依存
ミル トニアンH(
しないシュレーデ ィンガー方程式 により記述 される.その解の知見 (
固有値伍Jや状
態密 kp(
E)
-∑
EEn
)) はグリーン関数 G(
q"
,
q'
・
E)
A、ら得 られる。 とこ,
ろがグ
〟 6(
リーン関数 は時間発展 を記述す るプロパ ゲーター
K(
q一
・
,
q・
;
i
)
…<q"
I
e.
mt
/
AI
q>
(
1
)
のラプラス変換 に他 な らない。 したが って、シュレーデ ィンガー方程式 を解 く問
題は K(
q'
'
,
q;
i
)
を求めることに帰着す る。
ファインマ ンの径路積分法 によると、プロパゲーターKは古典措像 に基づいて次
の ように表わされる :
-3
5
0-
「
第4
2回 物性若手夏の学校」
こ
こで、
l
q
(
'
.
I
:
q
:
D
l
q
]
e
x /
A
)
Wl
q]
)・
K(
qH
,
qt
;
t
)
pt
(
i
wl
q](
.L(
q,
4klt
(
2)
(
3
)
はラグランジアンLを用 いて表 わ され る古典作用関数である。(
2)は無 限個 の古典
径路 についての和 を意味す るが、半古典極 限 (
A-0
)
では(
2
)
の被積分 関数が激 し
く振動 して互 いに相殺す るので、鞍点
(
4)
=0
8耶 q]
とその周 りの揺 らぎを取 り入 れるだけで十分良い近似 となる :
K(
q"
,
qT
;
t
)
-(
2xi
h)"/
2∑
j
I
S
j
l
βe
x
p(
i
Wj
/
Ai
q
,
.
)I
jはq(
0)
=ql
を始点 と Lq(
i
)
=q一
一
を終 点 とす る古典軌道で、ハ ミ)
I
,トンの原理 (
4)
(
つ ま りハ ミル トンの運動方程式)を満 たすo Wi
,Siそ してI
L
jの各値 は 個 々の軌
-de
t
t
-∂2
wi
/
∂q"∂
q
†はヤ コピアンの逆数であるo
衛 か ら計算 されるo SJ
F
L
,
(
Z,
nf d
2)
は、モース ・マス ロフ指数 巧(
qとqt
t
の間にお けるSJ
の特異点の個数)に
位相の飛 び〟2をか けた ものであ る。
(
a)
(
b)
図3
トーラス と周期軌道 :(
a)2次元 トーラス。互 い に直交す る閉径路 は r1
,
㌔
をあ らわす ;(
b)既約 な閉径路 で表 された一般の周期軌道。
-
3 5 1
1
講義 ノー ト
先に述べた ようにプロパゲータ一gのラプラス変換か らグリーン関数G(
q"
,
qP)
が待 られる。特 にその トレ-スをとると
5
)
I
d
qi
-(
i/
h
)
Idte
x
p(
i
別売
)
K(
q
,
qJ)
)・
()
r G(
T
E
(
5)を具体的に計算 してい くが、その手順は背景の古典力学系が可積分であるか非
可積分であるかにより著 しく異なる そこで両者 を別々に考察 しよう
完全可積分系(
独立な運動の恒量の数が自由度Ⅳと一致する系)
では、位相空間は
。
。
図 3の ような トーラスで埋め尽 くされ、Ⅳ個の既約な閉径路仁 に対する作用積分
h
- plq
S
丸
(
k-1・
2,
.
..
・
N)
(
6)
が重要な役割を演 じる。(
5)
の時間積分の後、力学変数をp,
qか ら作用 ・角変数へ と
変換する。すると、 どんな周期軌道 も既約な閉径路の適当な連鎖 (
図 3) と トポ
ロジー的に同等 とな り、有効作用は作用積分β.の巻数倍(
ら)
の算術和で表わされる.
5)
は
結局、 (
o c
oN
n
G
(
E
)
&
Ⅴ
完:
●
●
L
罠口e
x
p
l
uk
(
SJh叫 )
]
Ⅴ (トexpli(Si/A-tJt)])-1
-
(
7
)
となる f
L
h
はれ に対するモース・マスロフ指数mA
か ら決まる。VはⅣ次元空間の体
7)
の極か ら
積である。 (
。
jp(E).dq-(n 'm
r
.
k
4)
A
k/
(
nk-0,
1
,
2,
...
)・
(
8)
(
8
)
はまさしくEi
ns
t
e
i
n・
Br
il
l
o
un
i・
Ke
l
l
e
r(
EBX)
の量子化別である。こうして量
子力学の半古典極限は前期量子論の結果 を再現することが明 らかになった。そ し
AM トーラス と固有値 との問には一対一の対応関係があることも確認で きた.
てE
量子化則(
8
)
は、 もともと実験別であるウィーン・ブランクのスケーリング則 によ
り支持 されてお り、完全可積分系でのみ成立する。
グッツヴィラ-は、シュレ-デインガ一・ファインマンの量子力学の形式がカオ
スを示す系 に対 して も有効 と仮定 し非可積分系における半古典量子化条件 を純粋
な好奇心か ら追究 した。それによると、p,
q座標か ら作用 ・角変数への変換は トー
5)
のq績分 においてさらに鞍
ラスが崩壊 しているので もはや意味が無い。そこで(
点法を適用すると
-3
5
2-
「
第4
2回 物性若手夏の学校」
∂W(
q,
q)
/
∂ql
E∂W(
q"
,
qy∂q.
f
+∂W(
q一
一
,
q'
yaq14=
q
・
=
.
=
pI
-P.
=0・
(
9)
運動量に関する (
9)
の条件は(
5
)
の トレースをとる条件 qt
=q'
=qと併せると、周期
軌道のみがn G(
E)
に寄与することを意味する。(
逆説的なことにカオス軌道は寄与
しない。) 実際、分岐のない完全カオス系において正のリアプノフ指数を持つ孤
立 した(
不安定)
周期軌道が存在する。この様な軌道はカオスの海の中で測度はゼロ
であるが無限個存在する。
5)
に取 り入れて
全ての周期軌道か らの寄与 を(
f
a
(
E)expti
l
l
S
a/
h-F
L
a]
)
TtG(
E)
≡
(
10)
ここで
f
a
(
E)-(
2∬i
h)
-i
"-1
'
′
2
T
a
圃
(
ll)
/
2
α はエネルギーEを持つ基本周期軌道、そ してI
aがその繰 り返 し回数である。
3
aに対応する作用 と周期がそれぞれ Sa
(
E)(
-j
ap'd
q)とTa
(
E)(
-S
a/a
E)であるo
は軌道に垂直な方向の不安定性の指数である '
.
寵
篭 -de
も(
-∂2
s
a/
叫⊥
叫 ⊥)L
叶.I
(
12)
(
lo♭(
12)
か らグッツヴィラ-の トレース公式
C
E
)
)
1
1
号T
a
貫く
d
e
t
(
MiI1)
E)
-T
r Go
(
E)
-(
i
h
r G(
T
〉 1′
2
×exp(
i
l
(
S
a/
A-pa)
)
(
13)
が得 られる T
r G。
(
E)は長 さゼロの軌道か らの寄与である。Ma
は線形化 されたポ
O
アンカレ写像で軌道αに垂直な変分叫(
ニ)
の時間発展 を記述する :
8
q`
二
十
l
'
-Ma
d
q
?.
(
14)
Maの固有値毎 ま固定点のタイプに依存 し、不安定お よび安定軌道のそれぞれに対
xp(
±u
a)お よび e
xp(
iu
d)となる 特 に双曲型固定点を持つホモクリニッ
しAo=e
q(
>o)を用いて
クな軌道に対 してはリアプノフ指数 u
。
-3
5
3-
講義 ノー ト
(
1
5)
de
t
(
Mi-1)
=4s
i
nh 2( iuJ2)
.
(
13)
の表式はカオス系の半古典固有値 (
固有状態)が周期軌道の複雑な干渉の結果
AM トーラスが
として得 られることを示 している ここで一つの大 きな問題は、K
消滅 しているので、(
13)
の周期軌道和は無限に長い周期の軌道を含むことである。
。
Esエン トロピーをh氾とすると、周期がTt>>1)以下の軌道の数は
Nt
T)
-
e
xp(
h氾n/
tで、周期Tを持つ項の振幅はA(
TD
s
・
Te
xp(
hS
T/
2)
である。軌道の周期
E
がア以下の項の寄与はA(
T
D×N(
I)-exp(
hES
T!
2)
となる.このため(
13)
はそのまま
では指数関数的発散 をし、条件収束 させるなんらかの工夫が必要である。
この困難を解決するために幾つかの試みがなされている。リーマンのゼータ関
数のゼロ点分布の解析か ら発見 された 1つの方法は、まず(
1
5)
を
[
2s
i
nh(
l
uJ2)
】
1
-∑ こ。e
xpl
-i
(
k・i)
u
a]
13)
に代入す ると
と展開 し,(
一
l
′
ユ
・r
G(
EH t
G。
(
E,g 志 I
n∈(
BD ・
(
16)
J
A
J expli(SJh-,a,d2)]を用いて定義 されるルエル・ゼー
ここで;(
E)は重みt
q
タ関数
n
○
)
ロ
;(
E)
a
k
)
1
ロ (
1t
a
A
(
17)
である。(
17)
の形か ら;
(
E)
の極がエネルギー固有値 を与えることがわかる。(
17)
の積和 を展開 し、比較的短い周期の軌道を拾 うだけで良 く収れんした結果が得 ら
れる。実際、グッツヴィラ-は異方的有効質量 を持つシリコン中の ドナーの不規
則スペク トルを上の方法で計算 し量子論の結果 と比較的良 く一致する結果を得た。
以上の結果は、閉 じた系 に対 して有効である。どリア- ドの両側に伝導性細線
のついた開放系では、細線部の波動関数をも取 り入れた半古典理論が必要である
その場合は、β行列の半古典的表式が得 られ、電気伝導度の計算が可能 となる
。
[
4
]。
3. メゾス フピック物理 とカオスの量子論的兆候
カオスは、伝統的な学問体系である量子力学や量子物理学 とどの ように交差するのだ
-
3
5 4
-
「
第4
2回 物性若手夏の学校」
ろう? (1) カオスの量子力学的兆候 は何 だろう? (2) カオスの出現 は量子物理学
の枠組みにどの ような影響 を与えるのか ?などについて述べ る。特 に、メゾス コピッ
ク世界の最近の研究 を紹介 し、カオスの量子論的兆 しを明 らかにす る0
メゾス コピック物理学は、 ミクロとマクロの中間の世界、つ まり、ナノスケールか
らサブミクロンのスケールの世界の物理現象 を対象 とする研究テーマある[
5
]。 量子
カオス とメゾス コピック物理 とは深い関係があ り、カオスの量子論的兆候 (
量子 カオ
ス) を捉 えることは、メゾス コピック物理の大 きなテーマの一つである[
4,
6
].
特 に盛んなのは、ガリウム・ヒ素などの半導体のヘテロ接合界面にスタジアム型の
量子 ドッ トやシナイ・どリア- ド型のアンチ ドッ トを微細加工 して伝導電子の量子輸
送 を測定することである (
図 4参照)。 この場合、電子の平均 自由行程が ドッ トの長
さよりも長 く、電子は壁 に弾性散乱 される以外 は弾道的に、つま り\バ リスティック
に飛行 している。スタジアムやシナイ・どリア- ドでの点粒子の運動はカオス的であ
る。 しか し、今の場合、 どリア- ドのサイズはナノスケールであ り、点粒子は電子な
ので、量子力学で運動 を記述 し、 さらに電気伝導度 を計算する必要がある。こうして、
カオスの量子力学的兆候が電気伝導度 に現われて くる。
半導体のヘテロ接合界面の伝導領域では、ゲー ト電圧 を制御す ることにより、電子
濃度を通常の金属 に比べて非常 に小 さ くで きる。その結果、電子問のクーロン相互作
用 (
多体効果)は無視で き、-電子措像が よく成立する。 現在 なされている実験 は、
磁場の作用す るどリア- ドの電気抵抗 を測定 し、その磁場依存性 を考察す ることであ
る スタジアム・どリア- ドの場合、アハロノフ・ボーム振動の出現以前の弱磁場領
。
域 に磁場の転移点 Bcがあって、電気抵抗 はβ
C以下の磁場では競慢 にしか変化 しない
が、B
c以上の磁場では激 しい規則振動 をする。
古典論で考 えると、電子 は、磁場 をかけるとサイクロ トロン連動 をし、スタジアム
c以下では、電子はほ
の中では、壁 との衝突 をともなうので複雑 な運動が現われる. B
c以上で
ぼ直進運動 をす るか ら位相空間はカオスで占有 されて構造的に安定にな り、B
はカオスの.
一部が トーラスで置 き換わるので位相空間が不安定 になる。 このことが、
電気抵抗の磁場依存性 に反映する。
今の ところ、実験結果 自体 はそれほど刺激的ではないが、量子 カオスの基礎理論が
最先端技術 を用いた量子輸送の実験で検証 され始めた とい うところに大 きな意味があ
る。 この種の実験 は既 に世界的な広が りを見せてお り、量子 ドッ トについては、米国
Tベル研のグループ、そ して、アンチ ドッ トに
のスタンフォー ド大学のグループやATi
ついては ドイツのシュ トウッ トガル トのマ ックス・ブランク研究所で盛んに実験が行わ
れている。 日本で も、埼玉の理研で実験が開始 されつつある。
量子 カオス と量子干渉効果 (
特 にアハ ロノフ・ボーム効果)の関連 も大事 な問題で
ある 正方形 ビリア- ドの中心部 を円状 に くりぬいた もの、これはシナイのどリアドの一種である 円と正方形の壁の間を弾性衝突 を繰 りかえすバ リスティックな運動
。
。
-
35 5
-
講義 ノー ト
は、初期条件が何であって もいつ もカオスになる。今、中心部 に磁束 を貫通 させ、正
方形の両端 にリー ド線 をつけて磁気抵抗 を測定す ると、磁束量子 を周期 とす るアハ ロ
ノフ・ボーム (
殖)
振動があ らわれ、 この振動 はカオスの量子論的兆候 をおおいか くし
て しまう。 しか し、A
B
振動 を入射電子のエネルギーに関 して平均 をとった時、磁束量
A
A
S
)
振動が出現す る
子の半分 を周期 とす るアル トシューラ一・アロノフ・ス ピヴァク (
可能性がある。実際、私達の研究グループは、A
A
S
振動の解析 的な表式 を半古典論で
理論的に導出す ることに成功 した [
7
]。 結果 を見 ると、高次の巻数 を持つ軌道 に対応
す る高調波成分の振幅が、 どリア- ドの可積分性 に大 きく依存 してお り、 カオスの兆
A
S
振動 を通 じて捉 えることが可能であることを示唆 している0
候 をA
最後 に、量子 カオスの展望 についてふれ よう 量子 カオスの研究は、単 にカオスの
量子論的兆候 を見 るだけでな く、量子力学の枠組みの一般化 をも射程 に入れる。
。
古典的に規則運動 しか示 さない、いわゆる可積分系では、量子力学の枠箪 みが揺 ら
ぐことはないが、古典的にカオス を示す系 に対 してはこの華 組み (
正準変数の問の交
換関係) を正当化す るものがない。確 かに、量子力学 は超伝導 も量子ホール効果 も説
明で きる し、場の量子論 も実験 を良 く説明で きる
。
しか し、 これは、 カオスによる補
正が、 さまざまな機構 (
不純物、 ランダムポテンシャルなど) により蔽いか くされて
いることに起 因する。 しか し、量子 ドッ トな どのメゾス コピック系では、少数 自由度
系であるためカオス との対応関係が透明であ り、カオス を許容 しない量子力学の限界
が見 える可能性がある。 実際、カオス を許容す る量子力学の建設は 21世紀 を目前 に
した大 きな課題である。
ニー
:
+
,-
図4
㌔
-
半導体のヘテロ接合界面 と量子 ドッ ト.
-3
5
6-
「
第4
2回 物性若手夏の学校」
参考文献
【
1
]カオスに関す る平易 な読み物 は
森肇 :カオス-流転す る自然,
岩波書店 (
1
9
95)
.
【
2
]量子 カオスに関す る平易 な読み物は
中村勝弘 :カオス と量子物理学-パ ラダイムの交差点に挑 む (
別冊数理科学),
1
997)
.:図 2と図 4はこの本か ら転載 したものである.
サイエ ンス社 (
量子 カオスの教科書 は
K.
Na
n mu
k
ra:Qz
L
aT
dz
L
mCha併-ANe
z
L
J
Par
a
di
gmo
fNo
nl
i
T
Z
e
ar
,
Ca
mbr
idgeUm
ive
r
s
i
t
yPr
e
s
s(イギ リス,
1
99
3)
.
DynaT
ni
c
s
【
3]半古典量子化の教科書 は、
M.
C.
Gut
z
il
w
l
e
r
:Chao
si
nCl
伽s
i
c
alandQuant
z
L
T
nMe
c
hani
c
s
,
Spi
rnge
r(ドイツ,
1
990)
.
[
4
]量子カオス とメゾス コピック物理 に関する教科書は
E.
Na
ka
mu
ra:Qz
L
aT
uumV
e
r
S
Z
L
SChao
s-Qz
L
e
S
t
i
o
T
WEme
r
gi
n
gP1
0
T
n
S,
El
uwe
rAc
a
de
i cPu
m
l)
l
i
s
he
r
s(
オランダ,
1
997)
.
Me
s
o
s
c
o
pi
cCo
s
T
nO
[
5
】主 として拡散領域 を扱 ったメゾス コピック物理の教科書は、
1
9
97)
.
川畑有郷 :メゾス コピック系の物理学、培風館 (
】カオス と量子輸送 に関する最新の実験 (
Ma
rc
us
,
We
i
s
sなど)と理論(
La
rki
n ,
[
6
Be
e
na
kke
r
,
Wi
l
ki
ns
o
nなど)の特集号は
Chao
saT
dQuant
uT
n升αT
WPO
,
・
ti
nMe
s
o
s
c
.
o
pi
cCo
g
,
nO
S
,
e
d
i
t
e
dbyK
Na
n
k u
ra・
.
Spe
c
i
li
a
s
s
ueo
fCha
o
s
,
So
l
i
t
o
nSa
n dFr
ac
t
lS(
a
Pe
r
ga
no
n)
,
Vo
l
.
8,
No.7&8(
1
997)
.
,
37
08(
1
996);
[
7
]S.
Xa
wa
ba
t
aa
ndE.
Na
ka
mwa:
∫.
Phys
.
So
c
.
Jpn.
65
Subm
it
t
e
dt
oPhys
.
Re
v.
Le
t
t
.
-
35 7
-