リレートーク ∼コロイド・界面との懸け橋 フランクザッパはコロイド界面化学の 夢を見るか? (独)海洋研究開発機構 出口 茂 新しい物質を合成したり、新しいプロセスを開発し の呪文を唱えたら、あっという間にナノエマルション たとき、おうおうにして命名するチャンスが訪れる。 ができるという光景であった。そこでプロセスには その際には短くて語呂が良く、簡単に覚えてもらえる 「MAGIC」という名前を付けようと思いついた。とこ ような名前をつけたい、と誰もが思うものである。例 こまでは良かったのだが、その後の語呂合わせは困難 え ば 乳 化 の 世 界 で 良 く 知 ら れ た、Phase Inversion を極めた。 大変な試行錯誤の末、 最初にひねり出したの Temperature の頭文字を取った PIT は、語呂も良く覚 が「MAGIQ : eMulsificAtion from hydrothermal えやすい好例である。また昨年、ハーバード大学の homoGeneous solution Induced by Quenching」。 今 か ら Aizenberg らのグループが、防氷・防霜性に優れた表 考えれば無理矢理感が満載だが、当時は最後の文字を 面の作成に成功したと報告したが[1]、内容もさること Q にできたことも含めて大変気に入っていた。 な が ら、 こ の 表 面 を“slippery liquid-infused porous ところが名前も考えて論文を書き上げ、投稿前にそ surfaces”、略して「SLIPS」と名付けたネーミングセ の道の大家に原稿を見て頂いたところ、 「論文の内容 ンスも抜群である。 「簡潔」 「語呂が良い」 「内容を良 はさておき、この略称の付け方はなんぼなんでもアカ く表した」の 3 拍子が揃ったまさに理想的なネーミン ンやろ」との厳しいご指摘。ここからは論文そっちの グである。 けで、 語呂合わせに多大な労力を費やすはめになった。 しかしながら英単語の頭文字を単純に並べただけで 同じような苦労をしている人は世界中にたくさんいる 良い略称になるというのは奇跡的な例であり、実際に ようで、 「Acronym Creator」なるウエブサイトがある は命名に膨大な時間をかけてしまうことがままある。 のを見つけて使っては見たものの、候補として上がっ 特に、略称を最初に思いつき、それに合うように語呂 てくるのは、ピンとこないものばかり。仕方が無いの 合わせを始めてしまったあかつきには、尚更である。 で英語の辞書を片っ端から引いては使えそうな単語を 筆者らは最近、様々な油と任意の割合で自由に混ざ リストアップし、ようやくたどり着いたのが、 「MAGIQ りあうという高温・高圧の超臨界水の特異な性質を利 : Monodisperse nAnodroplet Generation In Quenched [2] 用したナノ乳化手法を確立した 。やり方は非常に単 純で、油と超臨界水を混ぜて均一溶液を調製した後、 hydrothermal solution」。MAGIQ の A が 残 念 な ま ま な のには目をつぶり投稿した。 レビューアーの一人から、 室温まで急速冷却して相分離を誘起する。その際にナ 「nAnodroplet と単語の 2 文字目を取り上げて略語をつ ノサイズの油滴がボトムアップで生成される。油を混 くるのはいかがなものか?」とのまさかの鋭い指摘が ぜてからナノエマルションを回収するまでに要する時 返ってきたが、 「この名前がいかに新技術の特長を簡 間がたったの 10 秒以下というのが一つの大きな特長 潔に表しているか」をとうとうと書いて、何とかレ である。 ビューアーの OK を取り付けることができた。担当エ さて短時間でナノエマルションが生成できることが デ ィ タ ー は 気 に 入 っ て く れ た よ う で、 「Magic わかったとき、筆者が頭に思い浮かべたのは「奥様は Process」なるそのままのタイトルでジャーナルから 魔女」の主人公であるサマンサが水と油を混ぜて魔法 プレスリリースが出ている[3]。 — 47 — C & I Commun Vo.38 No.4 論文を書くときのタイトルもまた、大いに悩むとこ 参考文献 ろである。その際「音楽」に元ネタを求めた例が多数 [1] Kim, P. et al. Liquid-infused nanostructured surfaces 見受けられる。例えば 1995 年に J. Am Chem. Soc. に掲 with extreme anti-ice and anti-frost performance., 載された“There is a Hole in My Bucky”というタイト ACS Nano, 6, 6569-6577 (2012). ルの論文がある[4]。このタイトルの出所は、 “There’s [5] [ 2 ] Deguchi, S. & Ifuku, N. Bottom-up formation of 。後日、著 dodecane-in-water nanoemulsions from hydro- 者自身がインタビューに答えて、 「まさかあのタイト thermal homogeneous solutions., Angew. Chem. Int., ルそのままでアクセプトされるとは思っていなかっ Ed., 52, 6409-6412 (2013). a Hole in My Bucket”という童謡である た」と述べていたのを記憶している。また 2006 年には [3] A Magic Process : A Bottom-up process for making Nano Lett. に“Oops They Did It Again! Carbon Nanotubes dodecane-in-water nanoemulsions. <http://as.wiley. Hoax Scientists in Viability Assays”という論文が掲載さ com/WileyCDA/PressRelease/pressReleaseId- れ て い る が[6]、 そ の タ イ ト ル の 出 所 は あ き ら か に 108806.html> Britney Spears のヒット曲“Oops!... I Did It Again”で [ 4 ] Hummelen, J.C., Prato, M. & Wudl, F. There is a [7] ある 。 hole in my bucky., J. Am. Chem. Soc., 117, 7003- 自然科学において、とりわけ命名に強い影響力を及 7004 (1995). ぼしているミュージシャンといえば、フランクザッパ [ 5 ] There’s a Hole in My Bucket. <http://en.wikipedia. (Frank Zappa)をおいて他にはいないであろう[8]。 org/wiki/There’s_a_Hole_in_My_Bucket> 「Natural Phenomena Named After Frank Zappa」 と 題 し [ 6 ] Wörle-Knirsch, J.M., Pulskamp, K. & Krug, H.F. たホームページには、彼にちなんで名前が付けられた Oops they did it again! Carbon nanotubes hoax 遺 伝 子 や 動 物、植物 が多数リストアップされ て い scientists in viability assays., Nano Lett., 6, 1261- る [9] 。また ZapA という名前が付けられた遺伝子の発 見 を 報 告 し た 論 文 で は、Acknowledgement に“We 1268 (2006). [ 7 ] Oops!... I Did It Again. <http://en.wikipedia.org/ wiki/Oops!..._I_Did_It_Again> especially thank the late Frank Zappa for inspiration and assistance with genetic nomenclature”とわざわざ丁寧に [ 8 ] Frank Zappa. <http://en.wikipedia.org/wiki/Frank_ [10] 記載されている 。 Zappa> さて筆者が所属する(独)海洋研究開発機構、海洋・ [ 9 ] Natural Phenomena Named After Frank Zappa. 極限環境生物圏領域は、深海に生息する生物を研究す <http://homepage.ntlworld.com/andymurkin/ るのが主たるミッションの一つである。 幸いなことに、 Resources/MusicRes/ZapRes/natphen.html > まだまだ人の手が入っていない深海からは、新しい生 [10] Wassif, C., Cheek, D. & Belas, R. Molecular anal- 物が比較的簡単に見つかる。こうして見つかった生物 ysis of a metalloprotease from Proteus mirabilis. J. は、論文に記載した時点で公式に新種、新属などとし Bacteriol., 177, 5790-5798 (1995). て認められことになるのだが、その際、発見者に命名 権が与えられる。筆者が密かに抱いている野望は、 「成 り上がり」な微生物を見つけて E. yazawaensis と命名すること。実現したあかつきには、ぜひとも部 会でロゴ入りタオルの製作をお願いしたいと思います。 C & I Commun Vo.38 No.4 — 48 —
© Copyright 2024 ExpyDoc