有機塩素化合物の微生物分解

有機塩素化合物の微生物分解
Microbial degradation of chlorinated organic compounds
片山 新太
*
Arata KATAYAMA
*
名古屋大学エコトピア科学研究所
EcoTopia Sicence Institute, Nagoya University
摘 要
有機塩素系溶媒、油、重金属などによる土壌・地下水汚染は、日本各地でみられそ
の浄化が進められている。汚染土壌の掘削除去を基本とする物理化学的な浄化技術に
比べ、微生物を用いた浄化(バイオレメディエーション)
技術は、その安価なことから
注目されてきた。特に、高濃度汚染域を掘削除去した後の残留汚染に対して、科学的
自然減衰、反応ゾーン、透過性反応浄化壁などの受動的なバイオレメディエーション
技術が期待されている。有機塩素化合物のバイオレメディエーションで必要な脱塩素
反応と芳香環分解反応に関して、好気性浄化微生物の研究が長い間先行してきたが、
近年の嫌気培養技術の発展により、嫌気性浄化微生物に関する研究が進み、有機塩素
化合物を電子受容体として脱塩素(脱ハロゲン呼吸)する嫌気微生物や、芳香環を嫌気
的酸化分解する微生物の存在が明らかとなってきた。現在では、酸素濃度の低い地下
地盤における有機塩素系溶媒汚染に対しては、嫌気性微生物の脱塩素反応を利用した
原位置バイオレメディエーション技術が、好気性微生物を用いた技術よりも重要とな
っている。また、現地での有機塩素化合物の浄化反応の進行状況を把握するための微
生物モニタリング技術や、バイオレメディエーション技術自体の環境影響評価が重要
性を増している。
キーワード:脱塩素反応、土壌汚染対策法、バイオレメディエーション技術、
微生物モニタリング、芳香環酸化分解
Key words:dechlorination, soil pollution counter act, bioremediation technologies,
microbial monitoring, oxidation of aromatic ring
1.はじめに
表層から数十 cm までは、植物遺体を中心とした
有機物とともに様々な栄養分が存在し、微生物バイ
オマス量も大きく、またその活性も高い。しかし、
表層から 1 m 以上深くなると、土壌中の有機物含
量はしばしば 0.1%未満に低下し、窒素・リンなど
の栄養分も不足することから、微生物バイオマス量
1)
や活性は表層に比べて 100 分の 1 未満に減少する 。
油や塩素系有機溶媒のように表面張力の低い液体を
土壌表面に注ぐと水と異なり速やかに土壌に浸透し
容易に 1 m よりも深いところまで到達する。特に
水よりも密度の高い塩素系溶媒の場合は、地下水の
下面にある不透水帯まで達する。このような地下地
盤の微生物の活性は低いのが通常であり、表層であ
れば速やかに好気性分解を受けるベンゼンのような
物質でも、半減期が数十年以上となるのが一般的で
2)
ある 。
土壌地下水汚染は、ひとたび起こると長期間汚染
が続くことから、
その浄化対策は必要不可欠である。
しかし、大気や水に比べ人の身体に直接触れること
の少ない土壌に対しては、守るべき環境という意識
が低く、多くの化学物質が土地に穴を掘って埋めら
れたり、土地にしみ込ませたりされてきた。法的管
理の点からみても、食物に関係する農用地に対して
は農用地土壌汚染防止法が 1970 年に設定されたが、
人々の住んでいる市街地に対しては 1991 年になっ
て初めて環境基準が設定されたのが実情である(表
1)。このような意識の低さは、その典型的として
使用禁止となった有機塩素系農薬が、農林水産省と
環境省(当時環境庁)の指導によって 1970 年代に各
地に埋設されたことにもみることができる(現在、
埋設農薬として問題となっている)。現在の土壌地
下水汚染の浄化は、これまでのこのような自分たち
の不適切な行動の後始末をしているといえる。2000
年以降に対策・処理が必要になった主な事例を表 2
受付;2009 年 12 月 30 日,受理:2010 年 1 月 15 日
*
〒 464-8603 名古屋市千種区不老町 F3-4(670),e-mail:[email protected]
2010 AIRIES
45
片山:有機塩素化合物の微生物分解
表 1 我が国における土壌・地下水汚染に関わるリスク
管理.
年
法律
1970
農用地土壌汚染防止法
1973
廃棄物処理法
1976
市街地土壌汚染対策指針
1989
有害物質含有排水の地下浸透禁止
(水濁法)
1991
土壌環境基準
国有地土壌汚染対策指針
1996
地下水浄化措置命令
1997
地下水環境基準
土壌・地下水汚染調査対策指針策定
1998
居住地土壌のダイオキシン類ガイドライン値の設定
1999
ダイオキシン対策法
土壌・地下水汚染調査対策指針の改訂
2001
PCB 廃棄物特別処理法
2002
土壌汚染対策法
2004
ストックホルム条約発効(POPs)
2006
埋設農薬調査・掘削等マニュアル
油汚染対策ガイドライン
2009
土壌汚染対策法改正
表 2 日本における対策・処理の必要な土壌地下
水汚染の事例
(2000 年以降)
.
塩素系有機溶剤による地下水汚染
油による土壌地下水汚染
硝酸による農用地の地下水汚染
ダイオキシン類(PCB 含む)
による土壌地下水汚染
カドミウムによる農用地汚染
鉛・ヒ素による市街地汚染
埋設農薬
有機塩素系殺虫剤の農用地汚染
に示す。土地およびそれに付随する地下水に関する
情報は、その土地を所有する人の個人情報とされて
いるため、土壌汚染の事例が公開されることは少な
いが、2008 年度の土壌汚染対策の受注実績をみる
3)
と 2,855 件とされ 、非常に多くの汚染箇所の浄化
対策が進められている。本稿では、汚染事例の多い
有機塩素化合物を中心に、微生物を用いた浄化(バ
イオレメディエーション)技術の現状を紹介する。
2.汚染の発見から浄化まで
土壌汚染対策法が 2003 年 2 月 15 日に施行され、
化学物質を使用した事業所の土地を売買する際に
は、汚染の有無を調べることが義務づけられた。表 3
に土壌汚染対策法における基準を示す。この基準を
超える値がみつかると「汚染している(リスク有
り)」とされ、図 1 に示すような流れで対策が進め
られる。土壌および地下水の環境基準にあげられた
化学物質を、その特性から、第 1 種特定有害物質(揮
発性有機化合物)
、第 2 種特定有害物質
(重金属類)、
第 3 種特定有害物質(農薬及び PCB)の 3 群に分け
て、異なる対応策をとることが示されている。例え
ば、第 2 種有害物質に対して行われる原位置不溶化
処理は、第 1 種および第 3 種有害物質に対して行う
ことはできない。また、第 2 溶出基準は、排水基準
と同じ値が設定されており、この値を超えるとより
厳格な対策、すなわち何らかの浄化処理が求められ
る。揮発性有機化合物の封じ込め処理や重金属類の
不溶化処理、農薬・PCB の原位置封じ込めは対策
として認められない。
浄化対策には様々なものがあるが、表 4 のよう
4, 5)
に分類される 。燃焼・熱処理の代表的なものは、
地面に高圧電気を通して発生するジュール熱で
汚染の発見
応急措置
汚染の特性評価
汚染源,汚染範囲,汚染物質
汚染調査
リスク評価
処理不要
浄化対策の選定
修復範囲,修復目標,修復手法・技術
修復工法の適用
修復技術,副産物,二次汚染,コスト
修復の評価
達成度(濃度,範囲,生態系)
修復終了
図1 汚染の発見から浄化までの流れ.
土壌汚染対策法の公布(2002 年)以降,汚染が発見された場合,汚染の状況とその対応策,さらに経緯から修復終了まで,自治体
に報告するようになってきた.
46
地球環境 Vol.15 No.1 45-53
(2010)
表 3 土壌汚染対策法における特定有害物質の種類と指定基準値.
種別
特定有害物質
0.002
0.002
0.02
1,2‐ジクロロエタン
0.004
0.004
0.04
1,1‐ジクロロエチレン
0.02
0.02
0.2
シス‐1,2‐ジクロロエチレン
0.04
0.04
0.4
0.002
0.002
0.02
0.02
0.02
0.2
0.01
0.01
0.1
1,1,1‐トリクロロエタン
1
1
3
1,1,2‐トリクロロエタン
0.006
0.006
0.06
トリクロロエチレン
0.03
0.03
0.3
ベンゼン
0.01
0.01
0.1
カドミウムとその化合物
0.01
0.01
150
0.3
六価クロム化合物
0.05
0.05
250
1.5
1
シアン化合物
不検出
不検出
遊離シアン
50
水銀とその化合物
0.0005
0.0005
15
0.005
アルキル水銀
不検出
不検出
不検出
セレンとその化合物
0.01
0.01
150
0.3
鉛とその化合物
0.01
0.01
150
0.3
砒素とその化合物
0.01
0.01
150
0.3
フッ素とその化合物
0.8
0.8
4000
24
1
1
4000
30
0.003
0.003
0.03
ホウ素とその化合物
シマジン
第3種
特定有害物質
(農薬・PCB)
溶出量
含有量
第2溶出量
指定基準
指定基準
基準
(mg/ L) (mg/kg) (mg/ L)
四塩化炭素
第1種
1,3‐ジクロロプロペン
特定有害物質
ジクロロメタン
(揮発性有機
化合物
(VOC)) テトラクロロエチレン
第2種
特定有害物質
(重金属類)
地下水基準
(mg/ L)
チオベンカルブ
0.02
0.02
0.2
チウラム
0.006
0.006
0.06
PCB
不検出
不検出
0.003
有機リン
不検出
不検出
1
表 4 土壌・地下水汚染の処理技術の特徴.
項目
燃焼・熱処理
化学処理
微生物浄化
植物浄化
対象化合物
有機化合物
重金属
有機化合物
重金属
有機化合物
*
(重金属)
有機化合物
重金属
高濃度汚染
適
適
不適
不適
複合汚染への適用性
可
可
難
難
原位置処理
不可
可
可
低濃度広範囲汚染
不適
不適
適
適
掘削深度
掘削深度
深
1m 程度
中~大
中~大
小
小
必要なエネルギー
大
大
小
小
浄化期間
短
短
中~長
長
環境条件の影響
小
小
大
大
制御のしやすさ
易
易
難
中
浄化深度
初期コスト
不可
**
*水銀の還元揮発処理など
**原位置掘削・資材導入技術と組み合わせれば可能
47
片山:有機塩素化合物の微生物分解
1,600℃まで温度を上げて土粒子を溶融し、有機物
は完全に酸化分解、
重金属は封じ込めを行う技術や、
重油とともに燃焼する技術である。化学処理は、ゼ
ロ価の鉄による有機塩素系溶媒の脱塩素処理や、マ
グネシウム系処理剤による重金属の不溶化処理が代
表的である。微生物浄化は油汚染浄化
(好気性菌)や
塩素系有機溶媒(嫌気性菌)
に使われている。植物浄
化は、特に重金属を吸収する植物を用いた浄化技術
が期待されているが、浄化期間が長いことからまだ
実用化されるまでには至っていない。燃焼・熱処理
や化学処理は、掘削除去した土壌の処理技術として
用いられるのが一般的である。一方、微生物浄化や
植物浄化では掘削しないで原位置で処理することが
可能であり、それによって安価であることまた、輸
送による汚染拡散のリスクがないこと等の利点があ
ることからその利用が期待されている。
3.微 生物を用いた浄化(バイオレメディエーショ
ン)
技術
懸念され実例はほとんど無い。
一般に第 2 溶出基準を超えるような高濃度汚染域
は掘削処理によって除去するが、その周辺の低濃度
汚染域の 3 次元的広がりを把握することは難しく、
全て掘削によって除去することは不可能な場合がほ
とんどである。その結果、残留する低濃度汚染域が
地下水の汚染源となって、長期間地下水の汚染が起
こる現象がみられることが多い。その場合、地下水
の浄化処理をやめると地下水汚染レベルが上昇して
しまうという、いわゆる「リバウンド」現象が起こ
る(図 3)。この「リバウンド」現象は、浄化終了の
判断を難しくすることから、この点の解決が実際の
浄化処理の課題となっている。この様な残留汚染は、
低濃度で広範囲に広がる汚染であり、バイオレメデ
ィエーション技術に向いた条件である。そのため、
浄化最後の段階でバイオレメディエーションに移行
して浄化を終了することが行われるようになった。
このときには、積極的な浄化処理は終了しているの
浄化開始
A
浄化終了
汚染濃度
バイオレメディエーション技術には、土着微生物
を活性化して実施するバイオスティミュレーション
と、浄化微生物を環境中へ導入するバイオオーグメ
ンテーションの 2 つの技術がある。また、その工法
として、掘削した土壌に適用するランドファーミン
グやバイオパイル等の方法が、多く用いられている
6)
(図 2) 。原位置浄化は、掘削の不要な安価な浄化
技術として最も期待されている。地下水系への栄養
分やガスの吹き込みまでは実施例が多いが、浄化微
生物を注入することは、微生物による二次的影響が
“リバウンド”
環境基準
時間
期待
図 3 地下水汚染でしばしばみられるリバウンド現象.
栄養(窒素、リン)
浄化微生物
観測井戸
河川
栄養(窒素、リン)
浄化微生物
A
地下水
B
注入井戸
観測井戸
河川
空気
C
B
栄養(窒素、リン)
地下水
浄化微生物
透過性反応浄化壁
不飽和層
観測井戸
河川
C
流れ
地下水帯
図 2 油汚染に対する代表的な微生物浄化技術.
A:ランドファーミング,B:バイオパイル,
C:原位置浄化.
48
地下水
図 4 微生物浄化技術で期待される受動的浄化技術.
A:科学的自然減衰,B:反応ゾーン,C:透過性反応
浄化壁.
地球環境 Vol.15 No.1 45-53
(2010)
表 5 有害化学物質の分解反応と微生物の増殖の関係.
1.微生物が分解によってエネルギーを得て増殖するもの
分解代謝物が中心代謝経路物質となって,ATP 生産に
つながる
分解に伴う微生物増殖によって,分解速度が増加
2.微生物が分解によってエネルギーを得ないもの
「共役代謝」または「コメタボリスム」と呼ばれる
分解代謝物が中心代謝経路物質にならず ATP 生産しな
い
分解微生物は、他のエネルギー源が必要
分解に伴う微生物増殖は必ずしも起こらない
図 5 ベルギー,アントワープ郊外の透過性反応浄化壁
の例.
左の駐車場側から右の牧草地へ有機塩素系溶媒で汚染し
た地下水が流入するのを防止するため,ゼロ価の鉄と嫌
気微生物の両方を使った透過性反応浄化壁が真ん中手前
から奥に埋められている.写真の中程の白いマーカーが
浄化壁の幅を示している.
で、地下水の汲み上げ等の動力を使わない受動的バ
イオレメディエーション技術、科学的自然減衰が用
2)
いられる(図 4) 。これは、土着微生物による浄化
反応によって汚染域が縮小するのを観測するのみで
積極的な処理は行わないというものである。環境省
では、科学的自然減衰に移行の際には、5 年以内の
汚染物質濃度の環境基準以下への低下が予測される
ことを目安としている。科学的自然減衰では浄化時
間が長すぎる場合は、反応ゾーン(土着微生物の浄
化反応を活性化させる資材の導入を行って浄化速度
の高い反応ゾーンを形成し、その下流で浄化程度を
観測・確認する)
や透過性反応浄化壁
(浄化微生物を
固定化した多孔性の浄化壁を地面に埋め込み、地下
水が透過する際に浄化を行う)などの促進減衰技術
7)
の適用が可能である 。科学的自然減衰は、米国で
実施例が多く、日本では反応ゾーンの実施例が多い。
透過性反応浄化壁は EU で実施例が多い
(図 5)
。
4.有機塩素化合物の浄化における微生物反応
有機塩素化合物の浄化を微生物で行う際には、そ
こで起こる微生物反応の把握が重要である。微生物
が有機塩素化合物を分解浄化するには、有機塩素化
合物の脱塩素反応と炭素骨格の酸化反応の 2 つが大
事な反応である。この反応が、ATP 生産につなが
る中心代謝経路(エンブデンマイヤーホッフ経路や
TCA 回路)に結びつくと、微生物は有機塩素化合物
の分解に伴って ATP 生産を行って増殖し、結果と
して浄化速度の促進がみられる。そのため、有機塩
素化合物の分解に伴って増殖がみられる微生物群を
利用したバイオレメディエーションが望ましい(表
5)。一方、中心代謝経路に結びつかない場合(共役
代謝、コメタボリスム)は、基質特異性の低い酵素
によって一部分化学構造の変化を受けて、有害代謝
産物が残留する場合が多い。分解に伴う増殖は期待
できない。好気性細菌によるトリクロロエチレンの
酸化分解は共役代謝の例で、室内で容器内分解試験
を行うと図 6 に示すような有害な中間代謝産物が
8)
生成する 。野外環境中では、別の微生物がこれら
中間代謝産物を分解するものと考えられるが、分解
速度によっては環境中への蓄積の可能性もあるため
注意が必要となる。塩素数が 1 つ増えたテトラクロ
ロエチレンの場合は、好気性微生物による分解の報
告例はない。塩素数が多くなると好気条件での分解
が進まなくなり、むしろ嫌気性条件で脱塩素反応が
起きやすくなる。そのため、嫌気性条件でのバイオ
レメディエーション技術が開発されている。テトラ
クロロエチレンの場合、嫌気性微生物によって無害
なエチレンまで脱塩素することが可能である(図
7)
。1, 2- シスジクロロエチレンおよび塩化ビニルの
脱塩素反応は、Dehalococcoides 属細菌にのみ観察
9, 10)
される
。汚染現場でも有害な 1, 2- シスジクロロ
エチレンが残留する例が多い。無害なエチレンまで
浄化するためには Dehalococcoides 属細菌が必須と
考えられており、Dehalococcoides 属細菌の環境中
での検出技術が重要となっている。この脱塩素反応
は、脂肪族塩素系化合物を電子受容体として行うも
ので ATP 生産と結びついており、脱塩素に伴って
微生物は増殖する。これは、脱ハロゲン呼吸と呼ば
11)
れている 。電子供与体として水素、ギ酸、酢酸、
ピルビン酸、乳酸などを利用する。嫌気的な地下水
下部に残留する有機塩素系溶媒の浄化を目的とし
て、これらの電子供与体を地下水帯に供給して嫌気
性脱ハロゲン呼吸微生物を活性化し、浄化を行う原
位置浄化あるいは反応ゾーン型の浄化が行われてい
る。地下水帯に注入のしやすい液状で取り扱え、地
下水中で水素、ギ酸、酢酸、ピルビン酸、乳酸を生
じる様々な電子供与体資材が市販されている。
芳香族塩素化合物の場合も、塩素数が少ないと好
気性分解反応がみられるが、塩素数が増えるとむし
ろ嫌気性条件下での脱塩素反応が進みやすくなる。
ポリ塩化ビフェニルの例では、好気性微生物による
分解は、塩素数が 4 つまでのもので、それ以上にな
ると好気性の分解はほとんど進まない。塩素数が 5
つ以上になると嫌気性条件での還元的脱塩素反応が
49
片山:有機塩素化合物の微生物分解
Cl
Cl
Cl
Cl
C
CH
H
O
Cl
C
Cl
C
Cl
O
Cl
C
Cl
Cl
C
O
Cl
O
C OH
H2
C
Cl
Cl
OH
HC
H
Cl
C
Cl
C
Cl
OH
OH
CH
C
C
Cl
O
OH
H
CO2
C
O
O
図 6 好気性細菌によるトリクロロエチレンの酸化(共役代謝).
好気性のメタン酸化細菌(メタンモノオキシナーゼ),フェノール酸化細菌(フェノールオキ
シゲナーゼ)およびトルエン酸化細菌(トルエンジオキシゲナーゼ)は,その基質特性の低い
オキシゲナーゼによってトリクロロエチレンを共役代謝する.上側の代謝経路をとると,代謝
産物に有害なトリクロロ酢酸が生じる点が問題である.トリクロロエチレンは,水より重く
地下水帯の底に存在し,嫌気的な条件で残留していることが多いこともあり,この好気性微
生物反応を用いた浄化技術はあまり使われていない.
Cl
C
Cl
Cl
Cl
Cl
Cl
Cl
Cl
Cl
C
C
CH
CH
CH
H2C
CH
H2C
CH2
Cl
Dehalococcoides
Anaeromyxobacter, Desulfomonile, Desulfovibrio,
Desulfuromonas, Geobacter, Sulfurospirillum
Dehalospirillum, Desulfitobacterium, Dehalobacter
図 7 嫌気性脱塩素微生物によるテトラクロロエチレンの脱塩素反応.
Dehalococcoides 属細菌はエチレンまで脱塩化水素反応を行うが,その他の微生物はシ
ス - ジクロロエチレンまでしか脱塩素できない.ここに挙げた微生物は,いずれも脱塩素
呼吸による増殖(ATP 生産)が可能である.Clostridium 属細菌や Enterobacter 属細菌に,
共役代謝による脱塩素反応が報告されている.
CH2COOH
COOH
OH
OH
HO
OH
Catechol
HOOC
OH
Protocatechuate
HOOC
ortho
clevage
meta
clevage
ortho
clevage
COOH
COOH
COOH
COOH
OH
cis,cis-muconate
OH
Gentisate
meta
clevage
HOOC
HOOC
2-hydroxymuconic
semialdehyde
C
O
O
maleylpyruvate
TCA cycle
図 8 好気性条件における芳香環の微生物酸化分解.
好気性条件における芳香環の微生物酸化分解では,カテコール,プロ
トカテキュ酸,ゲンチジン酸のいずれかの形に誘導して,それぞれ対
応するジオキシゲナーゼで酸化して環開裂する.ジオキシゲナーゼの
タイプによってオルト開裂(1,2- ジオキシゲナーゼ)か,メタ開裂(2,3ジオキシゲナーゼ)が起こる.プロトカテキュ酸のオルト解裂生成物
は 3- カルボキシ - シス,シス - ムコン酸,メタ解裂は 2- ヒドロキシ
-4- カルボキシムコン酸セミアルデヒドである(図中では省略してい
る).各代謝産物はさらに数段の反応の後に TCA 回路に入って ATP
生産が行われ,微生物の増殖につながる.
50
地球環境 Vol.15 No.1 45-53
(2010)
Benzene
OH
2[H]
H2O
Phenol
CH3-X
X
COSCoA
OH
CO2
COO COO
CH3
-
COO 4‐Hydroxybenzoate
Benzoyl‐CoA
Fumarate
Benzylsuccinate
Toluene
COSCoA
O
HO
2ATP+2[H]
Benzoyl‐CoA
H2O
COSCoA
COSCoA
COSCoA
NAD+ NADH+H+
COSCoA
HO
COOH
2H2O
Acetyl ‐CoA
図 9 嫌気性条件での芳香環の微生物分解.
芳香環を修飾反応した後にベンゾイル Co-A に誘導し,環を還元してから開裂反応を行い,
Acetyl-CoA を通して TCA 回路に入り ATP 生産を行う(微生物の増殖につながる).
進みやすくなる。この嫌気性脱塩素反応も、脂肪族
塩素系溶媒の脱塩素反応と同様に、Dehalococcoides 属細菌、Dehalobacter 属細菌、Desulfitobacteri9, 10)
um 属細菌に、その活性が観察されている
が、
芳香族塩素系化合物の脱塩素菌にはまだ見つかって
12, 13)
いない種の存在も予想されている
。芳香族塩素
化合物の浄化の場合は、単に脱塩素反応だけでは芳
香環を持つ物質が残留し依然として有害であるた
め、芳香環の酸化分解を行ってはじめて浄化が終了
する。好気性条件下では、ジオキシゲナーゼ活性を
持つ細菌類(Sphingomonas 属や Rhodococus 属の類
縁細菌が代表的)
が、
カテコール、プロトカテキュ酸、
ゲンチジン酸を酸化的に開裂反応し、得られた代謝
産物を TCA 回路に入るようにさらに代謝を行う(図
14)
8) 。したがって、分解に伴う ATP 生産があり、
微生物は増殖する一方、化合物は CO 2 まで完全分
解する。一方、嫌気性条件下では芳香環の分解は起
こらないのでは無いかと言われてきたが、Azoarcus
属細菌や Dechloromonas 属細菌が嫌気性条件で、
水分子の酸素を利用して芳香環を酸化分解すること
15, 16)
が見いだされた(図 9) 。これまでは、芳香族塩
素化合物の微生物浄化の際には、嫌気的条件で脱塩
素した後に好気性条件にして酸化分解することが必
要と考えられており、これを現実の汚染現場で行う
ことは実質不可能で実用的なバイオレメディエーシ
ョン技術の構築は難しいとされてきた。しかし、嫌
気性条件でも芳香環の酸化分解を進めることが可能
であることがわかり、嫌気性条件のまま高度に塩素
化された芳香族化合物を無害化するバイオレメディ
17)
エーション技術が提案 され、その開発・発展が期
待されている。
5.バイオレメディエーション実施における微生物
のモニタリング
上記の Dehalococcoides 属細菌によるテトラクロ
ロエチレンの脱塩素浄化の例にみられるように、バ
イオレメディエーション技術の適用時には、汚染環
境中でどんな微生物がどのように働いているかを把
握しながら実施することが求められる。環境中の微
生物を検出するためには、現在では培養によらない
18)
各種の方法が可能となっている(表 6) 。バイオレ
メディエーションを担う浄化微生物の検出では、汚
染現地における浄化微生物の数量(バイオマス)また
は活性を評価し、それに基づき現地における浄化速
度の推定ができることが重要な点である。その観点
から、クロロエチレン類による汚染地下水中におけ
る Dehalococcoides 属細菌の 16S- リボソーム RNA
19)
遺伝子の PCR 検出による浄化予測 が最も成功し
ている例で、商業的に検出用プライマーセットがキ
ットとして販売されている。これは、上述したよう
に Dehalococcoides 属細菌がテトラクロロエチレン
をエチレンまで完全脱塩素化する唯一既知の細菌で
あり、分類学的マーカーである 16S- リボソーム
RNA 遺伝子の検出により活性が予測できるためで
ある。一方、汚染現地における微生物群集の多様な
16S- リボソーム RNA 遺伝子の DGGE 解析や
t-RFLP 解析は広く行われているが、バイオレメデ
ィエーションの浄化速度予測には結びついていな
い。浄化速度予測につながるという観点から有望な
20)
ものは、油汚染に対する呼吸鎖キノン解析 や、対
象汚染物質の浄化の鍵となる分解遺伝子またはその
メッセンジャーRNA の定量的 PCR によるコピー数
評価などがあげられる。
このような微生物のモニタリング技術は、土着微
生物の中に有望な微生物がないために外部から浄化
51
片山:有機塩素化合物の微生物分解
表 6 浄化微生物群の検出解析技術.
検出方法
微生物バイオマス
分類学的構造
野外浄化微生物の検出
直接顕微鏡法
◎(個人差)
△(DNA プローブ法,低
解像度)
リン脂質脂肪酸
○
△
(低解像度)
○ C 標識特異的脂肪酸
検出
呼吸鎖キノン
○
○
(発酵菌を除く)
○ C, C 標識特異的キ
ノン検出
16S-rRNA 遺伝子
△(DNA 抽出効率)
◎ PCR-DGGE 解析や
PCR-t-RFLP 解析
○ C 標識特異的遺伝子
検出,特異的プライマー
による検出
分解遺伝子
○(特定微生物に限定,
q-PCR)
×特定分解遺伝子検出
○特定分解遺伝子の検出
(遺伝子型)
mRNA
○(特定微生物に限定,
q-RT-PCR)
×特定分解遺伝子検出
○特定分解遺伝子検出
(表現型)
酵素/タンパク質
○特定酵素検出(表現型) △
○細胞分裂阻害剤
13
13
14
13
○特手酵素検出(表現型)
表 7 微生物によるバイオレメディエーション利用指針(バイオオーグメンテーションが対象).
(1)
浄化事業計画の作成
(ア)
利用微生物の種類と名称
(イ)
浄化事業の内容:対象物質,浄化目標濃度,浄化期間
(ウ)
実施方法:作業区域・周辺の概要,利用微生物の導入方法,モニタリング実施方法,浄化終了方法
(エ)
安全管理の方法
利用微生物の拡散防止策,栄養物質等の拡散防止策,浄化対象物質の拡散防止策,安全管理体制の整備,記録保管,
緊急時・事故時の対策
(2)
生態系等への影響評価の実施
(ア)
利用微生物の情報
分類学的位置,分離源,使用の歴史・現状,生理学的・生態学的特性,利用微生物の検出および識別方法
(イ)
浄化技術の情報
浄化技術の内容,分解生成物・分解経路,作業区域における利用微生物の特性,栄養物質の情報
(ウ)
作業区域およびその周辺の情報
作業区域の特徴,浄化対象物質の情報,汚染状況
(エ)
ア~ウの情報に基づく生態系等への影響評価
① 利用微生物の浄化終了後の増殖の可能性
② 作業区域における他の微生物群集への影響
③ 作業区域とその周辺の主要動植物および人に対する病原性・有害性
④ 浄化対象物質の拡散の可能性
⑤ 添加する栄養物質等の拡散の可能性
⑥ 浄化終了後の有害分解生成物の残留の可能性
(3)
浄化事業の実施
(ア)
浄化事業の実施
(イ)
モニタリングの実施
(ウ)
浄化事業の終了
対象物質の濃度低下,利用微生物の濃度低下,分解生成物の残留なし,計画遵守
(4)
国による確認
浄化事業計画が指針にあっているか,経済産業大臣及び環境大臣へ確認することができる
微生物を導入するバイオオーグメンテーション技術
でも非常に重要である。その際には、対象となる導
入した特定微生物のモニタリングだけでなく、土着
の微生物群とその活性のモニタリングも必要となる
(表 7)。その際には、土着微生物のバイオマスや分
類学的構造に着目した解析が必要となることから、
上述した多様な 16S- リボソーム RNA 遺伝子の
DGGE 解析や t-RFLP 解析、リン脂質脂肪酸解析、
呼吸鎖キノン解析などが有用なモニタリング技術と
なると考えられる。
6.おわりに
土壌汚染が発覚すると、速やかに掘削除去して新
たな汚染のない土壌を埋め戻すことが行われてき
52
た。
これは汚染土の完全浄化という意味では良いが、
一方で掘削除去には運搬エネルギー等の多くのエネ
ルギーが消費され、二酸化炭素排出削減の必要な現
代では、土壌汚染を地球温暖化の問題にすり替えて
いるとの指摘がされるようになった。このようにリ
スクを化学物質の曝露による直接リスクだけで考え
るのではなく、多面的に評価する必要性が生じてい
る。
原位置で行うバイオレメディエーション浄化は、
掘削除去後に燃焼・熱処理や化学処理を行うのに較
べ、浄化時間が長くかかるが、エネルギー消費量は
少ない。大気・水・土壌・地下水の汚染を比較する
と、大気・水の汚染は速やかに解決するが土壌・地
下水の汚染は最後まで残ると予想されている。消費
エネルギーの小さなバイオレメディエーション技術
の一層の研究開発が望まれる。
地球環境 Vol.15 No.1 45-53
(2010)
謝
辞
neering, 104, 268-274.
13)Yoshida, N., Y. Yoshida, Y. Handa, H.-K. Kim, S. Ichi-
本研究の一部は、文部科学省科学研究費基盤研究
B および独立行政法人新エネルギー・産業技術総合
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片山 新太
Arata KATAYAMA
名古屋大学エコトピア科学研究
所教授。専門は、化学環境工学お
よび微生物生態工学。土壌・地下
水中に残留する有機塩素系化合物
の微生物を用いた浄化技術に関す
る研究を進めている。最近は特に、
酸素濃度の低い地下地盤の汚染を
想定し、嫌気性微生物の脱塩素反応による浄化について研究
を進めている。
53