「哲学塾最終発表」 塾生登録番号 7700160011 東洋大学法学部企業法

「哲学塾最終発表」
塾生登録番号 7700160011
東洋大学法学部企業法学科
佐越 紀孝
私が哲学塾に入塾し、成長したと思うことは 2 つあります。1 つは自分の意見を言える時
と言えない時があることに気づいたことです。これは特定の授業から得られたことという
よりは、受けてきた授業および塾生とのディスカッションを通じて気付いたことです。2 つ
目は、苦しいことも含めて楽しいことだと感じられるようになったことです。
まず 1 つ目のことについて述べていきたいと思います。私が哲学塾に入塾したきっかけ
は、自分の意見を言えるような人間になりたいと思ったからです。私は民法の模擬裁判を
行うゼミにいましたが、そこであまり意見を言えないでいました。すると、後で私が勉強
してきたノートを見た先輩や同期から、
「これ、言ってくれれば良かったのに」と言われる
ことが多々ありました。また、就活中に、グループディスカッションがあり、いつも自分
の意見を言えないでいました。このような経験から、今は学生だから他人にあまり迷惑を
かけていないけれど、社会人になった時にこんな感じだとダメだと思いました。そのころ
に、東洋大学のホームページを閲覧していて、目に入ったのが哲学塾でした。そこで、私
にとって新しい環境である哲学塾で、場数を踏んで、経験を積んでいこうと考えたのです。
哲学塾に入塾後、様々な議題について、話し合ってきました。第一回目から、自分でも
意外なほど、自分の意見を言えていたように思います。しかし、やはり自分の意見をあま
り言えない回もありました。そこで、自分の意見を言える時と言えない時があることに気
がつきました。では、何が原因で言えなかったのだろうと考えました。
そこでまず、言える時と言えない時の考え方の違いを比較して見ました。自分の意見が
言える時の意識は、①適当にやろう、②わからないことがたくさんあるから相手の意見を
聞こう、③それでもわからなかったらしょうがない、④余計なことかもしれないけど気づ
いたことがあったら言おう、⑤時間がなくなってもいいや、そういう感じでした。
一方で、言えない時の意識は、❶抜かりなくやろう、❷○○さんの考えていることは今
の話し合いには必要ないのではないか、❸わからな過ぎてやばいどうしよう、❹こういう
ことも考えられそうだけど、話の腰を折りそうだからやめとこう、❺時間が足りなくてや
ばいどうしよう、という感じでした。
振り返ってみると、自分の意見を言えてる時は、自分の意見と他人の意見のバランスが
適切で、言えない時は、自分で考えた方法とか順番とか正解とかにこだわり過ぎてガチガ
チだったんだなと思いました。
これは、哲学塾に入塾して、ディスカッションの回数を重ねていたからこそ、早めに上記
のことに気付けたのかなと思います。気付けたというだけですが、そこが大事だと私は思
います。あと、今後改善していくために、考え過ぎない、自分の意見を大切にし過ぎない、
早めに行動する、普段から準備する、分からないことをハッキリさせる(無知の知?)、よ
うにしていきたいと思いました。
次に、2 つ目について述べていきたいと思います。これは、この文章を書いている現在、
自動車免許取得に向けて新潟で免許合宿をしているのですが、その時に哲学塾で学んだこ
とが役に立ったという話です。
私は 12 月 24 日から新潟に免許合宿に行きました。免許を取る理由は特にないです。仕
事で使うわけでもないし、特に車が好きなわけではないのです。にもかかわらず、親がマ
ニュアル車の免許をとれとれとうるさいので、仕方なくこの期間に行くことにしました。
免許合宿 1 日目にして、早くも教官にガミガミ言われました。ひさびさに他人から強く言
われたので、かなり落ち込みました。その結果、1 日目にも関わらず、既に「やめたい」と
思っていました。以前の私だったら、このまま嫌々ながら教習を受け続け、教官に対して
もあまり良い印象を抱かなかったかもしれません。しかし、この時私は、哲学塾で竹村牧
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男学長がおっしゃっていた、
「ならぬ堪忍するが堪忍」という言葉を思い出しました。今が
そういう時なんじゃないかと思いました。そこで、「やめたいほど辛い」けれど、「もう少
し頑張ってみよう」と思いました。そして、友達に愚痴を聞いてもらったり、ネットで色々
と検索していくうちに、教官もただ理不尽に怒っているわけではなく、悪いところをちゃ
んと指摘して改善してもらうために敢えてきつく言っているんだと考えられるようになり
ました。それならば、むしろ教えてくれること自体が有難いことだと考え、次の教習から
は、事前の予習復習、挨拶、教官への感謝、わからないことは正直にいうことを心掛けま
した。
また、第十回のかねパッケージ社長の金坂良一様の授業でやった人生設計の自動車免許
合宿版を作りました。なぜかというと、私は、あの回で、自分の人生設計をして見たこと
で、自分のやりたいことを明確にしたおかげで、自分の進路に対する不安が前向きなもの
に変わったからです。つまり、目標を定めて、そこに向かって頑張るということを考えま
した。具体的に言えば、今回免許合宿で免許を取ったら、どんなことになるか?車を買え
る、ドライブに行ける、もしかしたら仕事で役に立つかもしれない、もしかしたら、交通
費が安くなるかもしれないなど、前向きなことを考え、それを一応の目標にすることで、
今少し辛いのは、後々自分のためになるんだと考えられるようになりました。
このように、哲学塾で学んだことを生かし、意識を切り替えることで、教官にきついこ
とを言われても、なんとか合宿を続けていけそうだと思えるようになりました。また、行
動も変えて言ったことで、教官の態度も少し変わったように感じました。具体的には、第
一回目の教習ではボロクソに言ってきた教官と同じ教官に当たることがありました。一回
目には教習を終えた時に何も言われなかったのですが、2 回目の時には「頑張ってね!」と
言われました。たまたまかもしれないけれど、嬉しかったです。そのとき、辛いことも含
めて楽しいと思いました。それからの教習は、相変わらず教官にガミガミ言われるけれど、
そんなに辛くもなく、運転中は楽しいなと思えるようになりました。また、哲学塾に入っ
ていなかったら、もしかしたらそういう事に気付けなかったかもしれないので、やってい
てよかったと思いました。
このように、私が哲学塾で学んだことは知識や技術というよりは、意識とか考え方の面
だと思います。それは、無ければ無いなりに生きて行けると思います。けれど、自分がよ
り良く生きる、あるいはより良いコミュニケーションをとるためにはやっぱりあった方が
よいと思います。また、そういうことは、普段の生活で特に支障がなかったら、気付かな
いと思います。だから、哲学塾でのディスカッションとか、免許合宿とか、普段の生活で
はなかなか体験できないようなことに、自分の意思あるいはそうでなくても、飛び込んで
みるのは大切なことだと感じました。また、今回私はたまたま免許合宿で哲学塾で学んだ
ことを活かす機会がありました。やっぱり、学んだことは実際に使ってみるということが
大切だと思います。知識だけ詰め込んで頭でっかちになっても、意味がないと思います。
そういう意味でも、今まで以上に、いろんな事に挑戦して行こうと思えるようになった事
が、一番成長した部分かなと思います。
以上、
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