日本金属学会誌 第 69 巻 第 10 号(2005)859 862 1 液体 LiTl 合金の状態図と 7Li ナイトシフト 清 水 雄 太2 伊 丹 俊 夫3 北海道大学大学院理学研究科化学専攻 J. Japan Inst. Metals, Vol. 69, No. 10 (2005), pp. 859 862 2005 The Japan Institute of Metals Phase Diagram and 7Li Knight Shift of Liquid Li Tl Alloys 2 and Toshio Itami 3 Yuta Shimizu Division of Chemistry, Graduate School of Science, Hokkaido University, Sapporo 0600810 The 7Li NMR Knight shift was measured for liquid LiTl alloys. Prior to this NMR measurement, DSC measurements were carried out to know the exact liquidus temperatures. Except for some trivial points, the phase diagram determined is almost same as the previous one; the solid compound at the maximum liquidus temperature was observed at 50 atTl; the eutectic point was detected at 84.8 atTl. The 7Li Knight shift, K, decreases rapidly with the addition of Tl up to 20 atTl. In the concentration range from 20 to 50 atTl, the K keeps a constant value, which is 60 of 7Li Knight shift for the pure liquid Li. Such a decrease of the K is considered as an indication for the strong charge transfer from Li to Tl. The Zintl ion formation is expected in this concentration range of liquid LiTl alloys. These tendencies are similar to the previous studies for liquid LiGa and LiIn alloys. However, beyond 50 atTl, the K increases slightly and reaches to the constant value (70 of 7Li Knight shift for the pure liquid Li). Such a back donation of charge is absent for liquid LiGa and LiIn alloys. It is considered that the tendency of the Zintl ion formation for liquid LiTl alloys is slightly weaker compared with the cases of liquid LiGa and LiIn alloys. (Received June 23, 2005; Accepted August 1, 2005) Keywords: Knight shift, phase diagram, liquid metal 合物中では,負の電荷を帯びた 13 族原子はダイヤモンド格 1. 緒 言 子を形成する.言い替えると,電荷移動効果によって負の電 荷を帯びた 13 族原子は共有結合によって互いに 4 面体構造 リチウム合金は,現在,広く普及しているバッテリーの中 を形成する.アルカリ原子はこのダイヤモンド格子の隙間を で重要なリチウムバッテリー材料として,特に注目されてい 占める. Zintl 相形成は電子的性質に深く影響していると考 る.良質のリチウムバッテリーを得るためには,固体状態に えられる.電子的性質の研究を実施する上で, Zintl 相のよ おけるリチウム合金について,電子移動などの物理化学的性 うな金属間化合物構造単位が融体中で存在するかどうかを探 質を明らかにしなければならない.さらに,新たなリチウム 索することは非常に興味深い. 材料の開発や製造過程の最適化のために,液体状態における このように,電荷移動の程度は Zintl 相形成を理解する上 リチウム合金の物理化学的性質についても明確にすることが で重要である.ナイトシフトは電荷移動を検出するのに適し 重要である.しかし,特に液体状態でのリチウムは非常に活 ている.液体 LiTl 合金のように,非常に高い活性および高 性であるため,取り扱いが困難であることから実験的研究が い蒸気圧をもった液体試料のナイトシフトの測定はできるだ 乏しいのが現状である. け低い温度で測定することが望ましい.したがって,正確な 基礎的な観点からも,アルカリ多価金属系は非常に興味が 液相線温度を知るために DSC 測定を実施した.本研究では, 持たれる.すなわち,金属間化合物を形成し,例えば, LiTl 合金の状態図および液体状態の 7Li ナイトシフトの実 “Zintl 相”形成のような非常に興味深い特徴を有している. 験的研究を実施した.さらに,7Li ナイトシフトの測定を固 “Zintl 相”とは,固体状態において,周期表中のアルカリ金 体状態についても実施した.これらの結果について,特に液 属と 13 族原子間で典型的に形成される化合物である.Zintl 体状態における Li13 族原子合金系の傾向の中で議論した. 相の概念によると13),アルカリ金属からより電気陰性度の 大きな 13 族原子へ電子が移動する.その結果,負の電荷を 2. 実 験 方 法 帯びた 13 族原子は C, Ge および Si と等電子構造となる. したがって,アルカリ原子と 13 族原子間の等原子数比の化 1 Mater. Trans. 45(2004) 26302633 に掲載 2 北海道大学大学院生(Graduate Student, Hokkaido University) 3 Corresponding author, Email: itami@sci.hokudai.ac.jp すべての試料は酸素,窒素および水分 1 ppm 以下のアル ゴン還流式グローブボックスの中で作成した.使用した試薬 Li(92.5 at 7Li)および Tl の純度はそれぞれ 99.9である. DSC 測定は DSC200 ( SEIKO Instrument Inc )を使用して 860 第 日 本 金 属 学 会 誌(2005) 69 巻 実施した.秤量した Li および Tl をモリブデン製るつぼに入 ると,液体状態の 7Li ナイトシフトは急激に減少し,約 20 れ,液相線温度より約 100 K 高い温度で均一融解した.こ atTl で,純粋 Li のナイトシフトの約 60の値となった. の融解試料を攪拌した後,銅板上で急冷した.急冷した試料 20 ~ 50 at Tl の濃度範囲では,7 Li ナイトシフトはほぼ一 の約 10 mg をステンレス製 DSC 測定用セルに密封した.同 定の値となった. 50 at Tl 以上では,7 Li ナイトシフトは じ組成に対して 2 個の DSC 試料を作成した.ひとつのセル やや増加し,純粋 Li のナイトシフトの約 70の値でほぼ一 に対して数回の測定を実施した.同一組成の DSC シグナル 定となった. Fig. 3 は 7Li ナイトシフトの温度依存性 dK / についてはほぼ一致した結果が得られた.温度較正は In, dT である.7Li ナイトシフトの温度依存性は 20~50 atTl Sn, Pb,および Sb の融点を測定することにより実施した. の濃度範囲で広いピークを示した. 測定における加熱,冷却速度は 2 K / min であった.相転移 温度の決定は加熱過程の DSC シグナルを用いて実施した. 7Li 4. 考 察 ナイトシフトは Bruker CXP40 を用いて決定した.共 鳴周波数は 14.87 MHz である.測定温度範囲として上限は 今回のナイトシフト測定において,正確な液相線温度を知 833 K ,下限は液相線温度より 20 K 高い温度とした.液体 るために,正確な状態図が必要であった.過去の文献のアル 状態の測定後,固体状態の測定を 443 K において実施した. ナイトシフト測定用の微粒子試料を作成するため,モリブ デン製るつぼ中で DSC 測定用に作成した急冷試料と LiF 粉 末(99.9 purity, Wako Chemical)を液相線温度より 100 K 高い温度でステンレス製スパチュラを用いて激しく攪拌した 後,冷却した.得られた微粒子試料と LiF 粉末の混合物を ガラスセルに真空封入し,NMR 測定に用いた.これらの合 金の LiF に対する溶解度は,測定温度範囲ではほとんど無 視できるほど小さいことが確認されている4) .測定の際, LiF 粉末の 7Li ピークは合金の 7Li ナイトシフトの参照ピー クとして用いた. 3. 実 験 結 果 Fig. 1 は今回決定された LiTl 合金の状態図と文献5)との 比較である.文献値と比較して,いくつかの点を除いてほぼ 一致した結果が得られた.Fig. 2 は 7Li ナイトシフトの組成 依存性である.この図において,液相線温度より数 K 高い 温度における液相におけるナイトシフトは固相における値よ りやや小さい値を示した.純粋リチウムの液体状態のナイト Fig. 2 The 7Li Knight shift, K, of LiTl alloys at temperatures just above the liquidus temperature (open circle) and at the solid temperature (443 K) (open square). シフトは文献値と非常に良く一致した6). Li に Tl を添加す Fig. 1 Phase diagram of LiTl system in comparison with the literature (Grube and Schaufler5) (Solid line)) and the present experiment (open circle). Fig. 3 The temperature derivative of the 7Li Knight shift, dK/ dT, of liquid LiTl alloys. 第 10 号 液体 LiTl 合金の状態図と 7Li ナイトシフト 861 カリ多価金属系の状態図はしばしば不正確である710) .し 物の液相線温度が低い場合のみである.これは,液体 LiTl かし,Fig. 1 に示すように,本実験と文献値5)は非常に良い 合金が液体 Li Ga および Li In 合金と比較して,金属間化 一致を示した.最高液相線温度を示す固相金属間化合物は 合物の安定度および液体中での化学的近距離秩序の形成傾向 50 at Tl に存在した.共晶組成は 84.8 at Tl であった. が弱いことを示している.実際に,Li13 族原子合金系の状 11 金属間化合物付 多少異なる点は以下の通りである. 態図において,LiTl 合金のみはっきりとした共晶点が金属 過去 近の液相線温度は過去の文献より約 5 K 高かった. 間化合物組成より Tl 過剰側に見られる.これは Tl 過剰領 に報告されている金属間化合物 LiTl と b Tl との二固相領 域において,相分離傾向があること,および化学的近距離秩 液体と b 域が検出されなかった. Tl の共存線と a Tl と 序の結合エネルギーが小さいことを暗示している.アルカ K)5)ではなく,(97.4 リ13 族原子合金系の液体状態の化学的近距離秩序につい bTl の共存線の交点は(98 atTl, 484 atTl, 487 K)であった11). 金属中において,核と伝導 s 電子が直接接触相互作用する ことがナイトシフトの原因となる.このような条件下ではナ イトシフトは次式のように表される12), K= 8p VxPPF(C). 3 (1) この式において, V は原子体積(原子 1 コあたりの体積), xP はパウリのスピン磁化率および PF ( C )はフェルミエネル ギーを持つ s 電子の核における平均接触密度である. 電荷移動効果をより詳しく議論するために,7Li 核におけ る s 電子の接触密度の変化を相対接触密度 d(C )によって調 べることにした.d(C)は次のように定義される. d(C)=PF(C)/PF(0). ここで,PF(C)は濃度 C atTl の合金の (2) 7Li 核における平均 接触密度である.また,PF(0)は純粋 Li の 7Li 核における平 均接触密度である.PF(C)は xP と V が既知であるならば, ナイトシフトの測定値から決定することができる.しかし, 液体 LiTl 合金における V と xP の文献値を見つけることが できなかった.そこで,合金の xP については,液体状態に おけるそれぞれの構成元素の xP 間で,モル分率に対して直 線的に値が変化すると仮定した13) . V については 2 つの場 合を仮定した.場合 1(Case 1)として,原子体積は理想溶液 Fig. 4 The relative contact density of conduction selectron at the 7Li nucleus, d(C), of liquid LiTl alloys at temperatures just above the liquidus temperatures. Case 1 (open circle): the volume obeys the ideal solution behavior; Case 2 (open square): the volume contraction on alloying is taken into account. のように振舞うとした( Li と Tl の原子体積間で,モル分率 に対して直線的に変化するとした14) ).場合 2 ( Case 2 )とし て,液体 LiIn 合金15)と同様な体積収縮が起きるとした.こ のとき,25 atTl で約 20の体積収縮があると仮定した. d(C)の組成依存性を Fig. 4 に示す. d (C)の挙動は場合 1 と場合 2 の両方の場合で同様な変化を示した. d (C )の値は 約 20 at Tl までは急激に減少した.7 Li 核近傍における相 対接触密度の減少は Li 原子からより電気的に陰性な Tl 原子 への電荷移動と対応する. 20 ~ 50 at Tl の濃度範囲では d ( C )はほぼ一定の値(場合 1 では純粋 Li の液体状態の値の 約 60)をとった.この結果は,液体 LiTl 合金において, 強い電荷移動および化学的近距離秩序が形成されていること を示唆する.これらの傾向は液体 Li Ga16) および Li In 合 金15,17)についての過去の研究結果と類似している.しかし, Fig. 5 に示すように,液体 LiTl 合金のみ 7Li ナイトシフト の値が 50 atTl を超えたところでやや増加している.この ような多価原子から Li 原子への電荷の逆供与は液体 Li Ga および LiIn 合金では見られない. Table 1 を参考に電荷の逆供与が存在する条件を考察す る.電荷の逆供与が存在するのは,相対ナイトシフト ( K ( C )/ K ( Li ))の最小値が大きく,かつ, 1 1 金属間化合 Fig. 5 The comparison of the Knight shift among liquid LiTl, LiGa16) and LiIn15,17) alloys at temperatures close to the liquidus temperature. 862 第 日 本 金 属 学 会 誌(2005) Table 1 The characteristic features of the phase diagram and the electronic properties. ``(yes)'' and ``(no)'' represent respectively the presence and the absence of the back donation from group XIII atoms to Li atoms; K min and K (Li) are respectively the minimum value of the 7Li Knight shift, K, in liquid alloys and K for pure liquid Li. Resistivity maximum Liquidus temperature at 1 : 1 [mQ cm](temperature) System /Maximum intermetallic compound concentration Li Ga 1003 K Li In 903 K Li Tl 783 K 168( 923 K)/ 32 atGa 163( 923 K)/ 25 atIn 175(1073 K)/ 25 atTl Minimum value of relative Knight shift (K min/K(Li)) 0.46 (no) 結 5. 巻 論 液体 LiTl 合金において,20 atTl 以上の濃度で Li から Tl への電荷移動が強く起きている.この傾向は液体 LiGa, LiIn 合金においても同様である.しかし,液体 LiTl 合金 のみ 50 atTl 以上の Tl 過剰領域で,Tl 原子から Li 原子へ の電荷の逆供与が存在する.このような挙動は少なくとも 50 at Tl 濃度域まで,イオン性構造ユニットが存在するこ 0.48 (no) とを示している. 0.58 (yes) 文 て,すでに,1. 緒言において Zintl 相モデルが説明された. しかし,このモデルはあまりにも理想化されすぎている.あ るにしても,そのようなイオン性構造単位の断片が存在しう 1) 2) 3) 4) るのみであると考えられる.もし,完全な Zintl 相,すなわ ち無限長の共有結合が存在するならば,液体の流動性は失わ れると考えられる.今回の研究で見出された液体 LiTl 合金 系の 50 at Tl より Tl 過剰領域における電荷の逆供与現象 の存在は,このようなイオン性構造単位の断片が,少なくと も固体で金属間化合物が存在する濃度域の 50 at Tl まで 5) 6) 7) 8) は,液体状態でも存在していることを暗示している.また, Fig. 3 に示す 20~ 50 at Tl の濃度範囲における 7Li ナイト シフトの温度依存性の比較的大きな値からも弱い結合のイオ 9) 10) ン性構造単位の断片が存在することが示唆される. Li 過剰領域でのみ,固体状態における 7Li ナイトシフトの 測定が実施可能であった.得られた値は液体状態の値と比較 して約 10 小さい.この固体状態のデータは, Fig. 1 の状 態図に見られるような多種の金属間化合物の混合状態のナイ トシフトに対応している.この 7Li ナイトシフトについて, 11) 12) 13) 14) 15) 固体と液体状態を比較すると,液体状態の Li 原子から Tl 原 子への電荷移動は固体状態に比べて減少していると結論づけ ることができる. 69 16) 17) 献 E. Zintl and G. Woltersdorf: Z. Elektrochem. 41(1935) 876879. E. Zintl: Angew. Chem. 52(1939) 16. E. Zintl and G. Brauer: Z. physic. Chem. 20B(1933) 245271. E. M. Levin, C. R. Robbins and H. F. McMurdie: Phase Diagram for Ceramists, (The American Ceramic Society, Columbus, Ohio, 1964) pp. 468. G. Grube and G. Schaufler: Z. Electrochem. 40(1934) 593600. G. C. Carter, L. H. Bennett and D. J. Kahan: Metallic shifts in NMR, (Pergamon Press, Oxford, New York, 1977) pp. 239 245. S. Takeda and S. Tamaki: J. Phys. F: Metal Phys. 18(1988) L45. R. Xu, T. de Jonge and W. van der Lugt: Phys. Rev. B: Condensed Matter and Materials Physics 45(22)(1992) 12788 12792. W. van der Lugt, T. Itami, M. Shimoji and J. A. Meijer: Z. Phys. 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