課金の善と悪―中国のスマホゲーム課金 の現状と問題点

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課金の善と悪−中国のスマホゲーム課金の現状と問題点
レポート
課金の善と悪―中国のスマホゲーム課金
の現状と問題点
客員研究員(長崎県海外技術研修員) 施 耀青
【上海市政府より派遣
(所属:崇明県人民政府 市場監督管理局廟鎮所)】
現在、世界中ではスマートフォン向けのゲームが流行っている。今年1月に発表された「2016
年度の世界モバイルゲーム産業白書」によると、世界のモバイルゲーム市場規模は2016年に369
億ドルに達し、世界のゲーム市場全体の37%を占めた。このうちスマホゲームは主導的な地位を
キープし、2016年の市場規模が270億ドルになった。スマホゲームはもはやゲームの主として考
えられている。
中国もここ数年程でスマホゲームの伸びが物凄く、新しいゲームが発表されては古いものが淘
汰され、また新しいものが開発されるという展開になっている。通勤時の地下鉄でも、微信
(Wechat)などのコミュニケーションアプリのほかに、多くの人がゲームを楽しむ様子をよく目
にしている。中国人のゲームアプリに対する課金額は世界でも屈指だとよく言われている。
そんなスマホゲームだからこそ怖いことがある。それは課金と呼ばれるシステムである。
1.課金モデル
中国においてスマホゲームは多くのタイトルが無料であり、アプリ内課金・アイテム課金によ
るF2P(フリー・トゥ・プレイ)という形になる。有料ゲームでもアイテム課金が組み合わされ
ているゲームなども存在するが、一般的ではない。
iOS向けのゲームに対する課金は、ゲーム内でのアイテム購入・充値(チャージ)はApple ID
を通じて行われる。中国におけるApple IDへの支払い方法は主にクレジットカード(VISA、
Master、銀聯カードなど)である。
一方、Android向けのゲームにおける課金方法は、今では第三者決済サービスが主流である。
支付宝(Alipay)、財付通(Tenpay)など、ゲームアプリ側では複数の決済サービスをユーザが
選択できるように対応している。
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なお、代表的な第三者決済サービスである支付宝では、サイト課金システム(課金時には、ゲー
ムアプリから支付宝のWebサイトにリダイレクトして支払い)と端末課金システム(課金時には、
Alipayの専用アプリを起動させて支払い)の2つの方法が存在している。
2.主流の課金システム
(1)VIPシステム
VIPシステムとは、プレイヤーの課金の累計額
によってゲーム内での特権を得ることができる
ゲームシステムである。ゲーム内での特権とは、
キャラの見た目の変化、ステージクリア時のボー
ナス、パラメーターが強化されるなどのことであ
る。このシステムは、課金すればするほど、それ
に見合った恩恵が得られるようになっている。そ
のため、ゲームの設計もVIPシステムのなかでも
上位の方に併せて作っている傾向がある。
http://appmarketinglabo.net/app-taiwanchinaより
例えば、今中国で大人気の「刀塔伝奇」
(日本語名:ソウルクラッシュ)というゲームでは
VIPレベルが15段階にランク分けされている。最初はVIP0からスタートし、400∼500円を払えば
月額会員(VIP3)になる。次に累計3,000∼4,000円の課金でVIP6になる。さらに累計15,000円以
上の課金でVIP10になって「王様VIP」と進んでいく。そして、20万円以上を払えばVIPの最高
ランクである「神様VIP」になる。VIP15とVIP0を比較すると、勝負にならないくらい強さが違う。
「神様VIP」になるにはゲームによって異なるが、累計の課金額で数十万円∼数百万円必要な
ゲームもある。高額課金者を頂点にしたアクティブユーザーのピラミッドをつくっている。その
ため、無課金者のような下層ユーザーは課金しなくても居るだけでいい。積極的にゲームに参加
してもらって神様が気持ちよく倒せる存在であればいい。
(2)ガチャ課金
ガチャとは、抽選によって、ゲーム内で用いるカードやアイテムを購入する仕組みである。中
国では、オンラインゲームに対する規制として、2009年から2010年にかけてガチャ及びコンプガ
チャに相当する仕組みを違法とする通知が文化部によって発表されていた。これらの通知は、ス
マホゲームに対しても適用されるものと考えられる。しかし、これらの通知による規制が存在す
るものの、実際にはカードゲームを中心にしてランダムに景品が提供されるガチャに相当する仕
組みを取り入れたゲームも多く存在している。
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基本プレイは無料であるが、ガチャで引き当て
る以外の入手法がないカードやアイテムが存在す
る。課金しなければ自力での攻略が困難であるが、
ガチャで良いカードやアイテムを入手すると攻略
がずっと楽になる。
大体そういうパターンだから、ガチャの確率を
表示していないとか、入手確率が低すぎるなど、
様々な不平不満の声がユーザーから挙がっている。
(画像はイメージである。)
http://www.5577.com/up/2014-10/14137716856475416.jpg
より
3.課金システムの問題点
(1)目的と結果が一致しない
現在中国で人気のスマホゲームが抱える共通の問題点は、課金をしてもユーザーが満足する良
い結果になる可能性が低い、という点である。別の例えにすれば、北海道行きの航空券を買った
のに、結局行き先は沖縄だったという感じである。
たとえ、どのレアカードやアイテムがどの程度の確率で出現するのかという細い設定は公表さ
れていても、具体的にどのくらい課金をすれば出るのかがまだブラックボックスになっている。
そのため、実際に手に入れた人が「このくらい課金しました」と言わないと真実が見えない。
開発側にとっては、たとえ個別の確率を表示することが義務付けられても、その確率が規制さ
れない限り、1%でもいい、0.1%でもいい、信じられないほど低い確率を設定することができ
るわけである。
(2)ゲーム会社が虚栄心を煽る
現実世界の物販取引だとレア物というのは数が決められているが、スマホゲームの場合はデー
タを配布しているだけであり、いくら多くの人が手に入れても制限なく配布できる。また、少し
時間が経つと手に入れている人が増えていき、希少価値は段々と薄れていくこととなっても、
「もっと強い新しいレアキャラを作ろう」とか「コラボの限定キャラを配布しよう」などという
対応を図れば、簡単に常にユーザーが課金をしたくなるような環境を作り出せる。
ゲーム会社にとっては、売り上げのために、ユーザー(特に高額課金者)が払ってもらえばあ
りがたい。直接支払いに繋がるシステムとしてガチャのようなランダム型課金アイテムは、レア
カードやアイテムの入手確率をかなり低く設定したとしても、
「運が悪いから引き当てられなかっ
た」という理由で全て解決でき、非常に利益率が高く、ユーザーにお金を払ってもらいやすい方
法だと言える。
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その他に、VIPのような課金システムが他人より優位に立ちたいという心理を上手く利用し、
ユーザーの金銭感覚を狂わせたり、射幸心を煽ったりして、どんどん課金させる。まさに「Payto-Win」
(たくさん課金した者が勝ち)というゲームデザインとしては悪の仕組みだと言えよう。
実は中国のスマホゲームに多く見られる課金システムは、かつてMMORPG等のオンライン
ゲームのユーザーからは、Pay-to-Winになるとして嫌われていたシステムであるが、なぜかスマ
ホゲーム市場では基本的に広く許容されている。
(3)ユーザー自身の原因
「じゃ、ユーザー側がやめればいいじゃない」という人はいるが、最近のスマホゲームがギャ
ンブル依存症と同じようなユーザーを生み出しているようなので、そう簡単にやめられないよう
な気がする。
説明するには、まずスキナーの箱という実験を紹介し
よう。スキナー箱に絶食させておいたネズミを入れ、ブ
ザーが鳴ったときたまたまレバーを押すとエサがもらえ
るようにしておくと、やがて、ネズミはブザーの音に反
応してレバーを押すようになり、ブザーが鳴った直後に
ネズミがレバーを押す頻度(確率)が増加していく。
http://www.counselorweb.jp/article/
441254429.htmlより
このネズミを見て、何か見覚えがあるのかというと、ガチャにはまっている高額課金者によく
似ていることであろう。
実験をガチャに当てはめてみると、依存症の人の心理は「出る確率はかなり低いと分かってい
ても、次こそは出ると勝ちへの期待が大きすぎるからやめられない」、言い換えれば、「次こそは
勝つと思うからやめられずにガチャガチャ」と説明できる。
これはまるでギャンブルのように、基本的に負けるが、たまに大勝ちをするということである。
レアカードやアイテムを当てた時の高揚感、神様VIPになって天辺に立つ達成感などが癖になり、
「どうしてもやめられず、気がついたらすでに数万円、数十万円もの課金をしてしまった」とい
うことにもなる。おまけにスマホゲームはSNSと結びついて「レアカードやアイテムを手に入れ
た」ということをネット上に発信できることで、高揚感と自己顕示を満たすため、依存症になり
がちである。
4.課金という行為そのものは悪ではない
ここまで散々スマホゲームの課金システムについて言及してきたが、課金行為そのものは決し
て悪ではないと思う。
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中国では、アプリを無料で使うのは当たり前だと思うユーザーが結構いるような気がする。同
じ機能で有料と無料があれば、当然無料を選択する人が大多数であるが、その無料アプリがリリー
スされるまでに要した工数は決してゼロではない。ゲーム会社は慈善事業でゲームを配信してい
るわけではない。もし、無料ゲームに課金システムがなければ、会社側の利益がまったくと言っ
ていいほどなくなるであろう。ゲーム会社にとってスマホゲームというのはあくまでも儲かるも
のである。
ところで、中国のネットでは課金をするユーザーに対してRMB戦士(廃課金者という意味)
など揶揄される呼び方がある。あまり良い意味で使われている言葉ではないような気がする。
確かに、課金をすることなくプレイをして、地道にキャラを強くしたり、内容を充実させてき
たユーザーからすると、途中から入ってきたのにお金の力で自分より良い環境を整える人に対し
て「ずるい」と感じるかもしれない。
しかし、冷静に考えれば、課金してるユーザーは別にずるくない。良い環境を手に入れるため
の対価としてお金を払っているので、別に悪いことをしているわけではない。
別の例えにすると、東京から大阪まで移動するのに「飛行機を使う」か「新幹線を使う」かと
いう選択肢があるのと同じである。通常より多く支払いをすることで「移動時間の短縮や快適さ
などの価値」を購入しているのである。
スマホゲームも同じで、地道にガチャをするか課金をして一気に好きなキャラを手に入れるの
かの違いだけである。自分の生活に影響が出ないレベルであれば、1万円だろうが100万円だろ
うが課金額は構わないと思う。
5.最後に
上記のように、課金をするという行為自体は批判しないが、中国のスマホゲームの課金システ
ムでは、あまりにもユーザーが一方的に搾取されすぎるという問題点があるため、見直す必要が
ある。
日本では、課金システムが席巻するスマホゲーム市場はいま、比較的低額の課金で遊べる「ポ
ケモンGO」や任天堂の買い切り型ゲーム「スーパーマリオラン」がヒット。流れは着実に変わ
りつつある。基本プレイ無料というビジネスモデルではかなり難しいが、中国のゲーム会社にも
市場に風穴を開けるほど良質でユーザーフレンドリーな課金システムを作ってほしい。
一方、ユーザー側は中毒にならない範囲で課金して好きなゲームを回せば誰からも責められる
ことではなかろう。なにせ、人間は現実に生きている、我々にとってゲームはただの暇つぶしに
過ぎない。夢を見すぎず、ゲームの課金地獄にはまらないようにほどほどにしたほうがいいと思う。
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