みずほインサイト グローバル 2017 年 2 月 15 日 世界経済は循環的な回復局面 市場調査部主席エコノミスト 3Lの世界に変化の兆し 03-3591-1244 武内浩二 [email protected] ○ グローバル経済は、①ITサイクルの改善、②中国輸入の持ち直し、③資源価格の上昇などを背景 に循環的な回復局面に至っており、こうした状況は当面続く見通しである ○ 3L(低成長・低インフレ・低金利)の状況は継続しているが、成長率や長期金利は上昇基調に転 じており、変化の兆しも見え始めた ○ リスク要因としては、①トランプ政権による保護主義政策、②急速なドル高進行、③欧州政治の混 乱、④中国金融リスクなどを警戒する必要がある 1.回復モメンタム強まる世界経済 トランプ政権の誕生によって先行きの不確実性は高まっているが、ダウ平均は2万ドルを上回って最 高値を更新するなど世界の株価指数は総じて堅調に推移しており、株式市場では先行きの景気に対し て楽観的な見方が強まっているようにみえる。こうした背景には、勿論トランプ政権の財政拡張政策 や規制緩和への期待はあるものの、それに加えて足元のグローバル経済が良好であることが挙げられ よう。足元までのグローバル経済の動向を概観すると、2015年は中国経済の下振れや資源価格の下落 を受けて新興国経済の減速が鮮明となり、 2016年初にかけては新興国の減速が先進国 図表1 へも波及したことで、世界経済全体が減速 (Pt) 58 を余儀なくされた。ただし、2016年後半か 世界 らは徐々に回復に転じ、特に終盤以降は回 先進国 56 新興国 復モメンタムが強まっているようである。 各国企業の購買担当者へのアンケートによ 上昇基調に転じている(図表1)。同指標が ← 景気 業PMIは、2016年後半からグローバルに 54 拡張 って企業の業況感を知ることができる製造 先進国、新興国がそろって改善の動きを示 →縮小 すのは、2013年後半から2014年前半にかけ グローバル製造業PMI 52 50 48 ての回復局面以来である。本稿では、こう した回復の持続性やリスク要因について考 察する。 先進国・新興国が 同時に改善 46 11 12 13 (資料) Markitより、みずほ総合研究所作成 1 14 15 16 17 (年) 2.世界経済回復の背景にある 3 つの要因 世界の輸出や生産動向をみると、共に2016年終盤から急回復している(図表2)。輸出や生産の回復 要因としては、①ITサイクルの改善、②中国の内需回復に伴う輸入の持ち直し、③資源価格の上昇 などが考えられる。 ITサイクルについては、2016年後半から改善局面に転じているようである。四半期ごとの世界半 導体売上高をみると、2016年第2四半期を底に急増しており、グローバルなIT市況の改善を示唆して いる。また、グローバルなITサイクルと日本のIT関連需要の動向には強い関係性がみられるが、 日本の電子部品・デバイスの出荷指数をみても、2016年後半から増加に転じている。一方で、在庫指 数は大幅に低下しており、在庫出荷バランスが大きく改善している。こうした在庫出荷バランスの改 善を踏まえれば、当面生産増の動きが続きそうである。ちなみに、過去の電子部品・デバイスの在庫 循環図をみると、循環サイクルは3~4年、出荷拡大期は2~3年程度となっている。2016年後半から拡 大期間が始まったとすれば、過去の動きからは少なくとも2017年中は改善が続くことが見込まれよう。 次に中国の輸入の持ち直しについては、輸入数量の動きをみると、2016年10~12月まで5四半期連続 で前年比プラスとなっている。輸入増の背景には、資源・素材部門などでの生産・在庫調整の進展が あげられる。また、住宅投資や携帯電話向けIT需要の拡大なども輸入回復に寄与したとみられる。 今後については、生産在庫バランス改善による在庫復元の動きやインフラ投資による財政の下支えか らしばらくは輸入の回復局面が続くとみられる。ただし、住宅購入抑制策の影響から住宅投資の減速 が見込まれることや生産能力過剰業種の調整が継続することなどを踏まえれば、回復の勢いは徐々に 鈍化していくことになろう。 3点目の資源価格については、2014年以降下落基調が続き、特に原油価格の下落は資源国経済の下押 し圧力になるとともに、金融市場の混乱を通じてその他の新興国や先進国経済にとっても重石となっ ていた。しかし、2016年後半からOPECによる減産期待などを背景に原油価格は緩やかな上昇に転じ、 図表2 世界の輸出・生産動向 (前年比、%) 6 輸出数量 図表3 OECD景気先行指数 (長期平均=100) 102 鉱工業生産 5 改善を示唆 101 4 3 100 2 1 99 0 98 ▲1 米国 ユーロ圏 日本 ▲2 14 15 16 (年) (資料)CPB Nether ands Bureau for Economic Policy and Analysisより、 みずほ総合研究所 97 2011 12 13 (資料) OECDより、みずほ総合研究所作成 2 14 15 16 (年) 資源国経済の持ち直しに寄与するとともに、金融市場の落ち着きによるマインド改善からグローバル にもプラスの影響を及ぼしているといえよう。原油価格はOPECの減産を受けた需給バランスの改善か ら当面上昇基調が続く見通しであり、金融市場の安定を通じてグローバル経済の下支え要因となろう。 ただし、今後については、景気の押し上げという観点からは、その圧力は徐々に減退していくことに なろう。引き続き資源国経済の回復には寄与し、米国のエネルギー関連投資の増加などプラス効果が 期待される一方、持続的な資源価格の上昇は多くの先進国にとっては企業のコスト増やインフレ圧力 の高まりによる実質個人所得の低下という負の側面が強まるという面も併せ持つためである。 以上のことから、当面はITサイクルの改善や中国輸入の回復を背景に、グローバル経済の循環的 な回復局面が続きそうである。こうした見方は、6カ月程度先の景気動向を示す主要国の景気先行指数 が2017年前半の景気改善傾向を示唆していることとも整合的である(図表3)。さらに、2017年後半か らは米新政権による減税やインフラ投資などの財政拡張策がグローバル経済の下支え要因として加わ ってくる見込みである。特に減税策については、上下両院を制した共和党の政策とも合致することか ら、相応の規模での実施が期待されよう。 3.3Lの状況に変化の兆し ところで、みずほ総合研究所では、従来からグローバル経済は先進国を中心に低成長・低インフレ・ 低金利という3Lの状況に陥っているという見方を示してきた。では、上述のようにグローバル経済 が回復をした場合、3Lの状況を脱することができるであろうか。 みずほ総合研究所の予測対象国についてはみずほ総研予測、その他の国についてはIMFの予測を 使って世界全体の成長率予想を算出すると、2017 年の成長率は 3.5%、2018 年は 3.7%となる。この 水準はリーマン・ショック以前と比較すると、依然として下振れしており、低成長の状況は継続して いると判断できる(図表 4)。ただし、成長率は徐々にではあるが上昇ペースの加速を見込んでおり、 仮にトランプ政権の減税や規制緩和が米国の潜在成長率を押し上げるようであれば、中期的には低成 図表4 先進国・新興国のGDP成長率 図表5 12 先進国・新興国のインフレ率 (%) 世界 先進国 新興国 10 世界的な ディスインフレ傾向 に変化の兆し? 8 6 4 2 0 ▲2 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 (注)エネルギー・食料を含む総合消費者物価の上昇率。 (資料)IMF "International Financial Statistics"より、みずほ総合研究所作成 3 16 (年) 長を脱する可能性も指摘できよう。インフレ率についても、リーマン・ショック以降先進国を中心に 低下傾向が続き、2015年以降は新興国においても低下が顕著となった。しかし、足元では資源価格の 持ち直しなどからディスインフレ傾向に歯止めが掛る兆しが見え始めている(図表5)。だだし、主要 先進国におけるコアインフレ率の上昇は未だ緩慢であり、現状ではグローバルな低インフレから脱す ることが展望できる状況にはない。長期金利については、低成長・低インフレ下で主要先進国で低下 傾向が続いてきたことに加え、日欧の量的緩和拡大やマイナス金利政策導入によって過去最低水準を 更新する状況が続いてきた。しかし、2016年半ばに英国の国民投票によるEU離脱派勝利を受けたリ スクオフによる債券買いで金利の底をつけた後は、日米欧共に長期金利の低下にも歯止めが掛ってい る(図表6)。今後は利上げ局面の米国は緩やかな上昇基調を辿ると予想され、仮に景気に過熱感がみ られるような状況となれば、利上げペースの加速が意識される中で一段の金利上昇も否定はできない であろう。一方、金融緩和を続ける日本やドイツの金利上昇は限定的であり、特に日銀がイールドカ ーブコントロールを導入したことで、日本の長期金利は0%近傍での推移が続くことになろう。 以上のように、グローバルな3Lの状況は当面継続するとみられるが、成長率や長期金利には変化 の兆しも見え始めており、今後振り返ってみれば、2016~17年が3Lから脱する端境期であったと評 価できる日が来るかもしれない。 4.先行きの不確実性を高めるリスク要因 メインシナリオでは世界経済の回復局面が当面続きやすいこと、米国を中心に景気上振れのシナリ オによって3Lの状況から脱する可能性もあることを指摘した。しかし、一方で先行きの経済の不透 明感を示す経済政策不確実性指数(グローバル)は昨年来上昇基調を強めており、グローバル経済の 下振れリスクについての警戒は怠れない(図表7)。2017年の世界経済を展望すれば、地政学的リスク も含め様々なリスク要因が考えられるが、特に留意すべき要因をあげるとすれば、①トランプ政権に よる保護主義政策、②急速なドル高進行、③欧州政治の混乱、④中国金融リスクなどであろう。 図表6 主要先進国の長期金利 図表7 経済政策不確実性指数(グローバル) (Pt) 350 300 250 200 150 100 50 0 07 08 09 10 11 12 13 14 (資料) Economic Policy Uncertaintyより、みずほ総合研究所作成 4 15 16 17 (年) まず、トランプ政権による保護主義政策に関しては、新大統領は就任早々に環太平洋パートナーシ ップ協定(TPP)撤退や北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉を表明し、SNSを利用した個別企業へ の批判も頻繁に行っている。今後、国境調整や為替政策への圧力などを含めて保護主義政策が一段と 強まれば、グローバル貿易の縮小を通じて世界経済を下振れさせる可能性があろう。みずほ総合研究 所が試算した結果、米国の輸入が 10 %減少すると仮定した場合には、グローバル貿易を通じて世界 経済には 1 %強の下押し圧力が掛かることになる。また、米国経済自身もこの試算に含まれる輸出相 手国の景気減速の影響に加え、試算には含まれない国境調整による実質的な輸入額の上昇による企業 のコスト増や個人の実質所得の減少、反移民政策による労働力人口の減少など、保護主義が景気に大 きな悪影響を及ぼす可能性がある。 米国の政策については、財政拡張と利上げというポシリーミックスが急速なドル高を誘発するリス クも抱えている。急速なドル高は、グローバル企業の収益悪化や輸出の減少から米国経済に悪影響を 及ぼすほか、新興国リスクを高める可能性がある。ドル高によって新興国通貨が下落すれば、対外債 務負担の増加につながるため、特に経常赤字で外貨準備も手薄な国の外貨繰りには警戒が必要になる。 また、資本流出で金利が上昇すれば、国内債務負担も増加することになる。多くの新興国では、これ までの高成長の中で国内債務が積み上がっており、金利上昇による債務負担増加は、家計や企業の行 動を委縮させると共に金融機関の不良債権増大にもつながる可能性があり、景気への悪影響が懸念さ れる。 欧州の政治動向については、2017年はオランダ下院選挙(3月)、フランス大統領選挙(4・5月)、ド イツ議会選挙(9月)と主要国の選挙が実施される予定であり、選挙結果によっては政治的混乱から経 済に悪影響を及ぼすリスクがある。 2016 年の英国国民投票でのEU離脱派勝利は世界に激震を走ら せたが、EUに対する懐疑的な見方は欧州大陸にも広がっている。選挙が予定されている各国におい ても、EUに懐疑的な政党の勢力が増しており、警戒が必要である。特に、フランスでは極右政党で ある国民戦線のルペン党首が世論調査で首位に立っており、現状の予想では決選投票では勝てないと の見方が優勢ではあるが、英国国民投票や米大統領選の例もあり、選挙結果は予断を許さない。仮に ルペン大統領誕生といった結果になれば、フランスのEU離脱やその後のEU崩壊懸念も台頭するこ とから、マインド悪化が欧州景気を下振れさせるほか、EUの対応が一枚岩ではなくなる中で脆弱性 が指摘される欧州の金融機関問題が火を噴く可能性もあり、グローバル経済の下振れリスクを高める ことになろう。 中国については、過剰生産能力問題を抱えていることから、常に経済の下振れリスクがある。ただ し、2017年については、秋に共産党大会を控えていることもあり、財政政策などによって過度な景気 減速は避けられるであろう。一方で、過剰生産能力の裏側にある過剰債務問題については、足元でリ スクが高まっている。中国では、企業債務が拡大を続ける中、投資収益率が低下し、金利上昇に対す る脆弱性が高まっている。こうした中、中国当局は昨年後半から住宅市況の過熱や資本流出の拡大、 インフレ加速などへの対応から金利の高め誘導に舵を切っている。また、理財商品などのシャドーバ ンキングを通じた資金調達拡大を抑制するため金融規制も強化している。米国の利上げペースの加速 や中国内のインフレ加速によって金利が急上昇した場合や金融規制の強化に対する市場の過剰反応が 起きた場合、債券市場におけるバブル崩壊や理財商品のデフォルト増加につながり、金融機関の経営 5 悪化を通じて実体経済にも大きな悪影響が及ぶ可能性がある。近年、中国経済のグローバル経済に与 える影響が大きくなっていることも踏まえれば、こうした中国の金融リスクについては一定の留意が 必要であろう。 5.おわりに 本稿では、グローバル経済がITサイクルの改善や中国輸入の持ち直しを背景に循環的な回復局面 に至っており、こうした状況は当面続く見通しであることを指摘した。その上で、3L(低成長・低 インフレ・低金利)の状況は継続しているが、これを脱する変化の兆しが見え始めたことについて言 及した。一方、リスク要因としては、米新政権の保護主義政策や欧州政治の混乱、中国金融リスクな どを警戒する必要があるとの見方を示した。 みずほ総合研究所では、こうした認識のもと、2 月 14 日に内外経済見通しの改訂を公表した(図表 8)。各国経済見通しの詳細や金融市場の見通しに関しては、脚注のレポート1を参照されたい。 図表 8 世界経済見通し総括表 (前年比、%) 暦年 2014年 2015年 2016年 2017年 2018年 (実績) (実績) (予測) (予測) (予測) (%ポイント) 2016年 2017年 (12月予測) 2016年 2017年 (12月予測からの修正幅) 3.6 3.4 3.3 3.8 3.9 3.3 3.7 - 0.1 日米ユーロ圏 1.6 2.2 1.6 1.9 1.9 1.5 1.7 0.1 0.2 米国 2.4 2.6 1.6 2.3 2.3 1.6 2.2 - 0.1 ユーロ圏 1.2 2.0 1.7 1.5 1.6 1.6 1.3 0.1 0.2 日本 0.3 1.2 1.0 1.3 1.4 1.0 1.1 - 0.2 6.0 6.1 6.0 6.0 - - 予測対象地域計 6.4 6.1 6.0 中国 7.3 6.9 6.7 6.5 6.4 6.7 6.5 - - NIEs 3.5 2.0 2.1 2.2 2.5 2.0 2.2 0.1 - ASEAN5 4.6 4.8 4.9 4.8 5.0 4.8 4.7 0.1 0.1 インド 7.0 7.2 7.0 7.5 7.5 7.0 7.6 - ▲ 0.1 オーストラリア 2.7 2.4 2.4 2.2 2.7 2.4 2.5 - ▲ 0.3 ブラジル 0.1 ▲ 3.8 ▲ 3.4 1.0 2.0 ▲ 3.4 1.0 - - ロシア 0.7 ▲ 2.8 ▲ 0.2 1.0 1.5 ▲ 0.7 1.0 0.5 - 日本(年度) ▲ 0.4 1.3 1.2 1.4 1.3 1.2 1.2 - 0.2 93 49 43 57 65 43 55 0 2 アジア 原油価格(WTI,$/bbl) (注)予測対象地域計はIMFによる2014年GDPシェア(PPP)により計算。 (資料)IMFより、 みずほ総合研究所作成 1 「2016・17・18 年度内外経済見通し」 (みずほ総合研究所 『内外経済見通し』 2017 年 2 月 14 日) http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/forecast/outlook_170214.pdf ●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに 基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 6
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