輸入爬虫類に寄生するマダニの病原体媒介リスク

輸入爬虫類に寄生するマダニの病原体媒介リスク
Risk of infectious diseases on invasive ticks associated with imported reptiles
高野 愛 ・川端 寛樹
*
*
Ai TAKANO and Hiroki KAWABATA
国立感染症研究所 細菌第一部
Department of Bacteriology I, National Institute of Infectious Diseases
摘 要
野生動物の移動に随伴して感染症病原体の移動リスクが生じることが知られてい
る。わが国では哺乳類等の輸入に随伴した病原体侵入例はこれまでも調査,報告され
ているが,爬虫類とその寄生マダニに関してはほとんど調査がなされていない。そこ
で本研究では爬虫類およびその寄生マダニによる病原微生物の国内侵入ならびに国内
での定着の有無について調査を行った。輸入爬虫類およびその寄生マダニから既知お
よび未知ボレリアを複数種,ならびにヒト病原性リケッチア類とその近縁種を検出し
た。他方,絶滅危惧種であるセマルハコガメ等の寄生マダニからは類似菌が見いださ
れたものの,輸入爬虫類由来菌と一致する菌は見いだされなかった。輸入爬虫類から
寄生マダニおよびその内在細菌が見いだされ,その一部についてはヒト等に対する感
染リスクが危惧される細菌種も含まれていたことから,これら病原微生物に関するモ
ニタリングおよび侵入阻止体制の確立が急務と考えられた。
キーワード:ボレリア,マダニ,輸入爬虫類,リケッチア
Key words:borrelia, ticks, imported reptiles, rickettsia
1.はじめに 微生物は,自然界での非人為的移動(鳥の渡りな
ど)によってこれまで世界に拡散し,多様な生態系
の中で適応,定着してきたが,20 世紀以降,交通
手段の発達,物資の輸出入の増大に比例して,その
人為的な移動が急速にかつ頻繁になり,また通常は
起こりえない遠距離の移動が起こるようになってき
た。近年では,SARS ウイルス感染者の航空機移動
に付随した病原ウイルスの急速な多国間拡大などの
報告に加え,北米産プレーリードックの輸出に付随
した野兎病菌の移動など,愛玩動物などの移動によ
る危険な病原体の移動も認められている。このよう
な公衆衛生の観点から,本邦を含め世界各国で生物
の輸入規制強化が法規制により図られてきている。
これと同様に,アメリカではマダニ媒介性の感染症
の一種,ウシ心水病病原体のエーリキア属細菌が爬
虫類に寄生したマダニによってアフリカより侵入
し,カリブ海諸国畜産業に打撃を与えた事件がよく
1)-3)
。本邦でも,これら爬虫類等を含
知られている
む野生動物の輸入に随伴したマダニの侵入が見出さ
れていることから,早急に,輸入動物随伴性の節足
動物がもたらす,公衆衛生上および生態系へ与える
リスクの評価を行う必要がある。そこで本研究で
は,本邦ではこれまで全く顧みられなかった,爬虫
類等を含む輸入動物随伴性節足動物であるマダニと
マダニ媒介性細菌等に焦点をあて,これらの随伴微
生物について国内侵入の実態調査を行った。また調
査で分離された微生物については実験的に生体への
感染リスクについて評価を行うとともに,公衆衛生
上および生態系へ与えるリスク拡大の可能性につい
ても検証を行った。
2.研究方法
2.1 爬虫類および爬虫類寄生マダニの収集と
ボレリアの検出
2.1.1 輸入爬虫類,寄生マダニからのボレリア
の検出
本研究では,トーゴ,ガーナ,スーダン,ザンビ
ア,マダガスタル,ウズベキスタン,スリナム,ロ
シア,ヨルダンから輸入された爬虫類,およびスリ
ランカの野生爬虫類から採取された外部寄生マダニ
を,宇根有美博士(麻布大学),五箇公一博士(国立
環境研究所)より分与を受けた。また輸入爬虫類(計
17 頭)は安楽殺後,全血および臓器の一部を採取し
ボレリア培養ならびにボレリア DNA 検出に供し
た。寄生マダニについては,解剖可能な成虫,若虫
受付;2012 年 3 月 22 日,受理:2012 年 6 月 7 日
*
〒 162-8640 東京都新宿区戸山 1-23-1,e-mail:[email protected]
2012 AIRIES
167
高野・川端:輸入爬虫類に寄生するマダニの病原体媒介リスク
の生個体は実体顕微鏡下で解剖後,中腸組織,唾液
腺,およびマダニ体液を含むその他の組織について
ボレリアの培養,および PCR 法によるボレリア
DNA の検出に使用した。解剖不可能な若虫,幼虫,
または死個体については,マダニ全組織から DNA
抽出を行い PCR 法によるボレリア DNA の検出に
使用した。ボレリアの培養には BSK 培地を用い,
34℃にて培養を行った。PCR のための DNA 抽出は
DNA T issue kit(Qiagen)を用い,常法に従って
DNA 抽出・精製を行った。PCR および増幅 DNA
の塩基配列決定に使用した DNA プライマーは表 1
に示した。
2.1.2 国 内爬虫類寄生マダニからの病原体分離,
検出
西表島に棲息するセマルハコガメおよびヤエヤマ
イシガメよりカメキララマダニを採取し,2.1.1 に
示した方法と同様にボレリアの分離および DNA 検
出を行った。西表島に生息するセマルハコガメは天
然記念物に指定されていることから,これらカメ類
からの組織採取は行っていない。また,竹富町教育
委員会より天然記念物現状変更許可を受けてマダニ
採取調査は行われた。
2.2 検出されたボレリア属細菌の遺伝学的解析
2.2.1 遺伝学的系統解析
2.1.1 により得られた増幅 DNA は常法によりその
塩基配列を決定した。DNA 配列のアライメントに
は MEGA4 ソフトウエアを用い,近隣結合法
(NJ 法)
により系統樹を作成した。Bootstrap 試験は Kimura-2-parameter による塩基置換モデルに基づき試行
した。
2.2.2 16SrRNA 遺伝子-23SrRNA 遺伝子間の
遺伝子構造
16SrRNA 遺伝子-23SrRNA 遺伝子間の遺伝子構
造はライム病群ボレリア,回帰熱群ボレリアを区別
する上で重要である。そこで本研究で見いだされた
ボレリアについて,この領域の遺伝子配列を PCR
ダイレクトシークエンスにより決定し,回帰熱群ボ
レリア,ライム病群ボレリアと遺伝子構成について
比較した。
2.3 ボレリアのマダニ体内分布
病原体ボレリアがマダニの唾液腺内部へ侵入する
ことが吸血源動物へのボレリア伝播に必須である。
そこで本研究では,共焦点レーザー顕微鏡を用いマ
ダニ唾液腺組織中のボレリアを蛍光免疫染色により
検出するとともに,イメージング解析によりボレリ
アの唾液腺組織内での局在を調べた。方法は Fisher
8)
らの原法 に若干の変更を加えボレリア検出を行っ
5)
た 。
2.4 病原体感染モデル
2.4.1 爬虫類モデル
ボレリアの爬虫類感染モデルは確立されていな
い。そこで本研究ではアメリカ国内での繁殖個体,
ケヅメリクガメ(Geochelone sulcata,60~150 g)を
暫定的に感染モデルとして用いた。B. turcica 接種
株としては IST7 株,Tick83S 株,Tortoise4M1 株
もしくは Tortoise5BLO1 株,Borrelia sp. GP type
としては Tor toise13BLO1 株,Tor toise14H1 株,
Tor toise14M1 株もしくは Tor toise19S1 株を用い
表 1 本研究で用いたボレリアの検出および増幅 DNA の塩基配列決定に用いた PCR プライマー一覧.
増幅遺伝子
Borrelia flaB
Borrelia 16SrRNA
Borrelia gyrB
Tick mt rrs
168
プライマー名
塩基配列(5’-3’
)
BflaPAD
GATCA
(G/A)GC
(T/A)CAA
(C/T)ATAACCA
(A/T)
ATGCA
BflaPBU, nest
GCTGAAGAGCTTGGAATGCAACC
BflaPCR, nest
TGATCAGTTATCATTCTAATAGCA
BflaPDU
AGATTCAAGTCTGTTTTGGAAAGC
rrs-F1(3-26)
ATAACGAAGAGTTTGATCCTGGCT
rrs-F2(682-703)
GGTGTAAGGGTGGAATCTGTTG
rrs-R3(749-768)
TTTCGTGACTCAGCGTCAGT
rrs-R4(1542-1520)
AAAGGAGGTGATCCAGCC
(A/G)
CACT
gyrB 3'
GGCTCTTGAAACAATAACAGACATCGC
gyrB 5'
GGTTTATGAGTTATGTTGCTAGTAATATTCAAGTGC
gyrB 5'+3
GCTGATGCTGATGTTGATGG
gyrB 5' NIID1
ATGA(A/G)
TTATGTTGCTAGTAA
(C/T)ATTC
gyrB 5'-1 NIID
GGACTTCATGG
(A/T)GTTGG
(A/T)
ATTTC
gyrB 3' NIID1
AG(C/T)
GCATT(A/C)
TG(C/T)
TCAATAAATTCT
gyrB 3' NIID2
TC
(C/T)
TAAC
(C/T)
TCATC(C/T)
TCTATT
gyrB 3' NIID3
AAGAA
(G/C)T
(C/T)CTAAC(C/T)
TCATC
gyrB3'-1 NIID
TCAACATTAAGCAT
(C/T)TT(A/C/G)
CCCCA
gyrB3'-3 NIID
ACC
(C/T)CTTGAAAAAGT
(C/T)TGTC
mtrrs(1)
CTGCTCAATGATTTTTTAAATTGCTGTGG
mtrrs(2)
CCGGTCTGAACTCAGATCAAGTA
引用文献
4)
Sato et al.
5)
Takano et al.
6)
Schwan et al.
5)
Takano et al.
7)
Ushijima et al.
地球環境 Vol.17 No.2 167-174
(2012)
た。これら分離株を BSK 培地にて増菌後,1 個体
計 50μl(0.5 ml チューブ)にて RT-PCR を行った。
3
6
逆転写は 42℃30 分,95℃5 分,PCR の反応条件は
当たり 2×10 ~1×10 Borrelia 細胞を腹腔内に接種
した。実験は 2 匹 1 群で行い,培地接種群,未接種
35 サイクルの(95℃30 秒,52℃30 秒,72℃30 秒),
群を陰性対照として用いた。
72℃5 分である。さらに PuReTaqTM Ready-To-Go
2.4.2 マウスモデル
PCR beads( GE Healthcare)を用いて nested-PCR
マウス感染実験には,回帰熱群ボレリア,ライム
を行った。1μl の R T-PCR 産物を template とし,
病群ボレリアの実験感染モデルである C3H/HeN マ
各 5 0 pmol の プ ラ イ マ ー( C C H F - F 3 : 5 ’
ウス(5 週齢♀)を用いた。接種株は IST7 株,T14H-GAATGTGCATGGGTTAGCTC-3’と CCHF-R2:
1vir clone 1 株,および BF-17 株を用いた。陽性対
GACATCACAATTTCACCAGG-3’)を計 50μl(0.5 ml
照として B. burgdor feri B31 clone 5A4 株(感染性
チューブ)で上と同様の反応条件で PCR を行った。
株),陰性対照として B. burgdorferi B31 clone 5A13
3.結果および考察
株(非感染性株)を用いた。B. burgdorferi B31 clone
化株はテキサス大学 Norris 博士より分与を受けた。
3.1 輸入爬虫類および寄生マダニにおける
2.5 パ ルスフィールド電気泳動法(PFGE)による
ボレリア保菌率
ケヅメリクガメからの再分離株解析
9)
本研究では,試験した 17 頭の輸入爬虫類のうち
PFGE は Pei らの方法 に従って行った。ゲノム
DNA 切断には制限酵素 BssHI もしくは MluI を用いた。
12 頭でボレリア感染が見出された。Testudo 属リク
2.6 リケッチア,エーリキア,アナプラズマ等
ガメより分離されたボレリアは,B. turcica と同定
マダニ媒介性細菌の検出
された。また Geochelone 属リクガメより分離され
2.1.1 で用いたマダニ材料を用い,Rickettsiae
たボレリアは,B. turcica と類縁の新種ボレリア
(Rickettsia 属,Anaplasma 属および Ehrlichia 属)の
(Borrelia sp. GP-type)であった。これらボレリアは
リクガメの皮膚組織のみならず血液から高率で分離
DNA 検出を試みた。Rickettsia 属細菌の検出は
10)
11),12)
,ompAされた。このことは,本ボレリアがリクガメ体内で
17 kDa 抗原遺伝子 PCR ,gltA-PCR
13)
PCR を用いた。また Anaplasma 属細菌の検出は
菌血症を起こしていることを示している。また本ボ
14)
Kim らの方法 に従って行った。Ehrlichia 属細菌
レリアは筋肉,膀胱といった結合組織を多く含む部
15)
の検出は Inayoshi らの方法 に準じて行った。
位からも分離されたことから,感染ボレリアはリク
2.7 クリミア・コンゴ出血熱ウイルスの検出
ガメに全身感染を起こしていること,またライム病
2.1.1 で用いたマダニ材料の内,RNA が回収でき
群ボレリアと同様に,結合組織を含む臓器に何らか
た 11 検体,およびリクガメ血液 16 検体をクリミ
の因子を介して定着し,慢性の感染を引き起こして
ア・コンゴ出血熱ウイルスゲノム検出に用いた。
いる可能性が考えられた。爬虫類寄生マダニとして
QIAamp Viral RNA Mini kit
(QIAGEN)
を用いてウイ
Amblyomma latum,A. transversale,A. sparsum,
ルス RNA を抽出後,Ready-To-Go R T-PCR Beads
A. dissimile,A. trimaculatum,および Hyalomma
(GE Healthcare)を用いて RT-PCR を行った。5μl
aegyptium が見いだされた。これらマダニのうち,
の抽出 RNA を template とし,各 50 pmol のプライ
A. dissimile を除く 2 属 5 種では , そのボレリア陽性
マー(CCHF-F2:5’-TGGACACCTTCACAAACTC-3’ 率は,DNA 検出,分離ともに 60%以上であった
と CCHF-R3:5’-GACAAATTCCCTGCACCA-3’)を (図 1)。一方で,母数は少ないが,A. latum のボレ
図 1 爬虫類寄生マダニのボレリア DNA 陽性率.
169
高野・川端:輸入爬虫類に寄生するマダニの病原体媒介リスク
リア陽性率は寄生動物種,輸入国などによって異な
type)はいずれも B. turcica と類縁であり,B. turcica
る可能性が考えられた。このことは動物輸出国,輸
と単一系統からなる一群を形成すること,またライ
入動物種,また感染している微生物種の組み合わせ
ム病群ボレリア,回帰熱群ボレリアとは独立した一
によりその汚染率が異なる可能性を示唆している。
群であることから(図 2 および表 3),これら一連の
上記ボレリア細菌が外来性爬虫類および外来性マダ
ボレリアが新型ボレリアであると考え,爬虫類ボレ
ニの侵入にともないすでに国内侵入,定着している
リア
(Reptile-associated borreliae,以下 REP borreliae
可能性が危惧されたことから,2009 年度には天然
と略す)の存在を提唱した。
記念物であるセマルハコガメ寄生性のカメキララマ
3.3 16SrRNA 遺伝子-23SrRNA 遺伝子間の
ダニに焦点を絞り,病原体分離検出を試みた。その
遺伝子構成の解析,および mRNA の発現
結果,西表島産カメ寄生のカメキララマダニ 228 個
これまで回帰熱群ボレリアは,16SrRNA 遺伝子
体中 72 個体より上記ボレリアに類似のボレリア
-23SrRNA 遺伝子間領域に,ライム病群ボレリア
(Borrelia sp. tAG)が検出された(表 2)。これらが海
では見出されない外来性因子であると考えられてい
外より移入されたものか日本在来のものであるか
る hypoxanthine-guanine phosphoribosyltransferase
遺伝子(hpt),adenylosuccinate synthetase 遺伝子
は,今後さらなる検討が必要と考えられる。
3.2 House-keeping 遺伝子による検出ボレリアの (purA),および adenylosuccinate lyase 遺伝子
(purB)を有していることが知られている。そこで
系統解析
本研究では B. turcica IST7 株,および Borrelia sp.
検出されたボレリアに関して,house-keeping 遺
BF-type の BF-16 株について本領域の primer walk伝子である 16SrRNA 遺伝子,鞭毛抗原遺伝子
(gyrB)
ing 法によるダイレクトシークエンスを行い,その
(flaB)
,および gyrase B サブユニット遺伝子
について塩基配列を決定し,各々の近縁関係を調べ
遺伝子構成を調べた。その結果,本ボレリアでは回
た。この結果から,本研究で見出された新種爬虫類
帰熱群ボレリアの遺伝子構成に加え,新たに malt由来ボレリア
(Borrelia sp. GP-type,Borrelia sp. BFose-6'-phosphate glucosidase 遺伝子(glvA)および
type,Borrelia sp. ST-type および Borrelia sp. tAGphosphotransferase system maltose-specific enzyme
表 2 西表島でリクガメ寄生性マダニの各ステージにおける Borrelia sp. tAG
陽性率.
*
REP borreliae
(Borrelia sp. tAG)
陽性マダニ数
(陽性率,%)
*
マダニステージ
調査マダニ数
幼虫
124
31
(25)
若虫
76
30
(39.47)
オス
7
(42.86)
3
メス
21
(38.1)
8
合計
228
72
(31.58)
培養法による分離結果および PCR 法による検出結果を統合.
図 2 16SrRNA 遺伝子による代表的な株を用いた系統解析.
170
地球環境 Vol.17 No.2 167-174
(2012)
表 3 16SrRNA
(A)
および gyrB
(B)
各遺伝子塩基配列による相同性一覧.
A.Similarity matrix; 16SrRNA
B. turcica
IST7
Borrelia sp.
GP-type
Tortoise14M1
Borrelia sp.
BF-type
BF-16
Borrelia sp.
ST-type
Tick98M
REP borreliae
B. turcica
IST7
(AB473539)
Borrelia sp. GP-type
Tortoise14M1
(AB473533)
99.93%
Borrelia sp. BF-type
BF-16
(AB473538)
98.79%
98.72%
Borrelia sp. ST-type
Tick98M
(AB473531)
98.99%
98.93%
99.40%
B31
(AE000783)
97.32%
97.25%
96.78%
97.18%
DAH
(CP000048)
98.52%
98.59%
97.99%
98.05%
B. turcica
IST7
Borrelia sp.
GP-type
Tortoise14M1
Borrelia sp.
BF-type
BF-16
Borrelia sp.
ST-type
Tick98M
ライム病群ボレリア
B. burgdorferi
回帰熱群ボレリア
B. hermsii
B.Similarity matrix; gyrB
REP Borrelia
B. turcica
IST7
(AB473535)
Borrelia sp. GP-type
Tortoise14M1
(AB473537)
95.80%
Borrelia sp. BF-type
BF-16
(AB473534)
87.04%
87.10%
Borrelia sp. ST-type
Tick98M
(AB473536)
87.36%
87.79%
90.32%
B31
(AE000783)
81.22%
81.22%
79.85%
79.89%
DAH
(AY597716)
87.16%
87.27%
84.47%
84.46%
ライム病群ボレリア
B. burgdorferi
回帰熱群ボレリア
B. hermsii
IICB component 遺伝子(glvC)の存在を見いだし
た。本遺伝子がボレリアにどのような phenotype を
付与するのかについては不明である。hpt,purAB
は回帰熱群ボレリアにおいてプリン体合成に関与
8
し,結果として高レベルでのボレリア菌血症(10
cells/ml)を引き起こすことが知られている。今回
発見されたボレリアについても,爬虫類血液からボ
レリアが分離されたことから同様の機能を有してい
る可能性が高い。また PCR および Southern hybridization 解析により,これら遺伝子群は今回見いだ
された REP borreliae 内で高度に保存されていると
考えられた。
3.4 マダニ体内でのボレリアの分布
本研究では共焦点レーザー顕微鏡を用い,唾液腺
内に侵入したボレリアの観察を行った。実験に使用
した唾液腺組織は,2 房存在する唾液腺組織のう
ち,一方でボレリア DNA が検出されたマダニを用
いた。他方の唾液腺にてボレリア DNA が検出され
たマダニ個体については,唾液腺組織内に侵入して
いるボレリア像が観察された。このことは,ボレリ
アが唾液腺組織内へ侵入し,すでに感染のための準
備ができていること,すなわち本マダニがこれらボ
レリアの好適ベクターである可能性が強く示唆され
た(図 3)。このことは,これらマダニのみの移入に
よっても本ボレリアが国内侵入しうること,さらに
は本ボレリアに感受性のある国内棲息動物にこのマ
ダニが吸血することでボレリア感染が引き起こされ
る可能性が高いことを示している。西表島で見出さ
れたボレリア Borrelia sp. tAG は,ライム病群ボレ
リア同様,吸血個体においてのみ,唾液腺内に見出
16)
されることを明らかにした 。
171
高野・川端:輸入爬虫類に寄生するマダニの病原体媒介リスク
3.5 ボレリア感染実験
3.5.1 ケヅケリクガメを用いた感染実験
使用したボレリア株のうち,Tor toise14H1 株,
および Tor toise19S1 株が接種リクガメより再分離
された。またこれら株を clone 化し再接種後,再分
離されたボレリアと合わせ PFGE 解析を行った。そ
の結果これら再分離株は,PFGE 解析により接種株
と同様の制限酵素切断パターンを示したことから,
これらボレリア株はケヅケリクガメに感染すること
が明らかとなった。感染リクガメの病理学的考察等
は行っていないが,今後,本リクガメが REP bor5)
reliae の感染モデルになる可能性も考えられた 。
図 3 マダニ唾液腺内ボレリア.
小三角はボレリア(赤)を示す.
3.5.2 マウス感染実験
ライム病群ボレリア感染モデル動物は関節炎等の
再現性が高い C3H/HeN マウスが頻繁に用いられて
いる。また回帰熱群ボレリアの菌血症モデルにも
C3H/HeN マウスが用いられており,本ボレリアに
おいても C3H/HeN マウス感染モデルが適用できる
か否かを評価した。しかしながら感染 4 週間後には
これら爬虫類ボレリア接種マウスでは一部で抗体の
上昇が確認されたものの,ボレリアは再分離されな
かった。また関節炎等の症状も見いだされなかっ
た。近年,吸血宿主へのボレリア感染には補体成分
である H 因子結合タンパク質(BbCRASP,erp など)
が必要であり,さらには,これら因子によって動物
種特異的な血清耐性が付与される可能性が示されて
いる。本ボレリアについては,今後血清耐性を付与
するボレリア遺伝子について検索を行うこと,また
それら遺伝子によってコードされる抗原の生化学的
性状解析が必要であると考えられた。
3.6 リケッチア,エーリキア,アナプラズマ等
マダニ媒介性細菌の検出
試験に供した 76 検体中 33 検体からリケッチア
DNA が,また 6 検体からエーリキア DNA が検出
された(表 4). 検出されたリケッチアについては複
数のリケッチア遺伝子(ompA,gltA)の塩基配列に
基づいた系統解析を行い,これらの輸入マダニ類が
多様なリケッチア種を保有していることが示され
た。特にアフリカより輸入されたリクガメ寄生の
A. sparsum 等からヒト病原性リケッチアである
Rickettsia africae 近縁種が見出された。またエーリ
キア属細菌の groEL 遺伝子配列に基づく系統解析
から,本研究で見出されたエーリキア属細菌はヒト
病原体である Ehrlichia chaf feensis である可能性が
強く示唆された。
表 4 本研究で見出された輸入爬虫類寄生マダニ 76 個体におけるリケッチア,エーリキア細菌保菌率.
輸出国
吸血源動物
マダニ種
Rickettsia spp.
Ehrlichia spp.
Python regius
Amblyomma latum
Amblyomma transversale
0/4
15/17
0/4
0/17
アフリカ
ガーナ共和国
マダガスカル共和国
Phelsuma dubia
Amblyomma latum
1/1
0/1
スーダン共和国
Geochelone pardalis babcocki
Amblyomma sparsum
0/2
0/2
トーゴ共和国
Python regius
Amblyomma latum
0/3
0/3
ザンビア共和国
Geochelone pardalis babcocki
Amblyomma sparsum
7/17
4/17
Iguana iguana
Amblyomma dissimile
0/3
0/3
ウズベキスタン共和国
Testudo horsfieldii
Hyalomma aegyptium
1/1
0/1
ロシア連邦
Testudo horsfieldii
Hyalomma aegyptium
0/2
0/2
ヨルダン・ハシュミット王国
Testudo graeca
Hyalomma aegyptium
1/11
2/11
Boiga forsteni
Amblyomma trimaculatum
8/15
0/15
33/76(43.4%)
6/76(7.9%)
南アメリカ
スリナム共和国
中央アジア
中東
南アジア
スリランカ民主社会主義共和国
合計(陽性率,%)
172
地球環境 Vol.17 No.2 167-174
(2012)
3.7 輸入動物からのクリミア・コンゴ出血熱
ウイルスゲノム検出
2.7 の方法によりクリミア・コンゴ出血熱ウイル
スゲノム検出を試みたがいずれの検体においてもウ
イルスゲノムは検出限界以下であった。
Cowdria ruminantium by the Gulf coast tick Amblyomma maculatum: danger of introducing heartwater
and benign African theileriasis onto the American
mainland. American Journal of Veterinary Research,
43, 1279-1282.
2) Burridge, M. J., L. A. Simmons, T. F. Peter and S. M.
4.おわりに
Mahan(2002)Increasing risks of introduction of
heartwater onto the American mainland associated
財務省統計によれば,輸入爬虫類数は年間 30 万
頭以上であることから,本研究で見出されたボレリ
アやリケッチア等の細菌種が国内に多数侵入してい
るものと思われる。しかしながら,わが国では感染
症法,狂犬病予防法,家畜伝染病予防法により,ヒ
ト以外の一部動物種について国際間移動の規制があ
る一方で,これら法律は爬虫類を対象としていない
こと,また本研究で爬虫類に外部寄生虫していたマ
ダニ種はいずれも家畜伝染病予防法の規制対象とな
っていないことから,爬虫類,爬虫類寄生マダニを
介した病原体の国内侵入を阻止することは現状の法
体系ではできない。これまでに,これら侵入マダニ
の国内定着,および内在性細菌によるヒトや家畜,
愛玩動物などへの健康被害は確認されていないが,
将来的には人的被害が出る可能性が高く,今後は法
整備等を含めた予防措置を早急に検討するととも
に,爬虫類輸入業者や愛好家など,利用者に対する
普及啓発が重要と考えられる。
with animal movements. Annals of the New York
Academy of Sciences, 969, 269-274.
3) Burridge, M. J. and L. A. Simmons
(2003)Exotic
ticks introduced into the United States on imported
reptiles from 1962 to 2001 and their potential roles in
international dissemination of diseases. Veterinary
Parasitology, 113, 289-320.
4) Sato, Y., T. Konishi, Y. Hashimoto, H. Takahashi, K.
Nakaya, M. Fukunaga and M. Nakao
(1997)Rapid diagnosis of lyme disease: Flagellin gene-based nested
polymerase chain reaction for identification of causative Borrelia species. International Journal of
Infectious Diseases, 2, 64-73.
5) Takano, A., K. Goka, Y. Une, Y. Shimada, H. Fujita, T.
Shiino, H. Watanabe and H. Kawabata(2010)Isolation and characterization of a novel Borrelia group of
tick-borne borreliae from imported reptiles and their
associated ticks. Environmental Microbiology, 12,
134-146.
謝
辞
6) Schwan, T. G., S. J. Raffel, M. E. Schrumpf, P. F.
Policastro, J. A. Rawlings, R. S. Lane, E. B.
本研究を遂行するにあたって,海外からの輸入爬
虫類およびその寄生マダニ収集にご尽力下さいまし
た,五箇公一博士
(国立環境研究所)
,宇根有美博士
(麻布大学)
の両博士に深謝する。ケヅメリクガメを
用いた感染実験は,宇根有美博士,島田優一氏(麻
布大学)のご助力を得て行われた。リケッチア,エ
ーリキア,アナプラズマの遺伝子検出は安藤秀二博
士,坂田明子氏
(国立感染症研究所)
に,クリミア・
コンゴ出血熱ウイルスゲノム検出は西條政幸博士
(国立感染症研究所)
に,ボレリアの培養,遺伝子検
出は小笠原由美子氏,武藤麻紀氏(国立感染症研究
所)
にご協力頂いた。本研究は,平成 20~22 年度環
境研究総合推進費「非意図的な随伴侵入生物の生態
リ ス ク 評 価 と 対 策 に 関 す る 研 究( 課 題 番 号 :
」
,および厚生労働科学研
D-0801,代表:五箇公一)
究費補助金(新型インフルエンザ等新興・再興感染
症研究事業)
「海外からの侵入が危惧される野生鳥獣
媒介性感染症の疫学,診断・予防法等に関する研究
(H22- 新興 - 一般 -009)」により行われた。
Breitschwerdt, and S. F. Porcella(2005)Phylogenetic
analysis of the spirochetes Borrelia parkeri and Borrelia turicatae and the potential for tick-borne relapsing fever in Florida. Journal of Clinical Microbiology,
43, 3851-3859.
7) Ushijima, Y., J. H. Jr. Oliver, J. E. Keirans, M. Tsurumi, H. Kawabata, H. Watanabe and M. Fukunaga
(2003)Mitochondrial sequence variation in Carios
(Neumann), a parasite of seabirds, collected
capensis
on Torishima Island in Japan. Journal of Parasitology,
89, 196-198.
8) Fisher, M. A., D. Grimm, A. K. Henion, A. F. Elias, P.
E. Stewart, P. A. Rosa and F. C. Gherardini(2005)
Borrelia burgdorferi sigma54 is required for mammalian infection and vector transmission but not for tick
colonization. Proceedings of the National Academy of
Sciences of the United States of America, 102, 51625167.
9) Pei, Y., J. Terajima, Y. Saito, R. Suzuki, N. Takai, H.
Izumiya, T. Morita-Ishihara, M. Ohnishi, M. Miura,
引用文献
S. Iyoda, J. Mitobe, B. Wang and H. Watanabe(2008)
Molecular characterization of enterohemorrhagic
1) Uilenberg, G.
(1982)
Experimental transmission of
Escherichia coli O157: H7 isolates dispersed across
173
高野・川端:輸入爬虫類に寄生するマダニの病原体媒介リスク
Japan by pulsed-field gel electrophoresis and multi-
15)Inayoshi, M., H. Naitou, F. Kawamori, T. Masuzawa
ple-locus variable-number tandem repeat analysis.
and N. Ohashi
(2004)Characterization of Ehrlichia
Japanese Journal of Infectious Diseases, 61, 58-64.
species from Ixodes ovatus ticks at the foot of Mt.
10)Anderson, B. E., B. R. Baumstark and W. J. Bellini
Fuji, Japan. Microbiology and Immunology, 48, 737-
(1988)
Expression of the gene encoding the 17-kilodalton antigen from Rickettsia rickettsii: transcription
and posttranslational modification. Journal of
Bacteriology, 170, 4493-4500.
745.
16)Takano, A., H. Fujita, T. Kadosaka, S. Konnai, T.
Tajima, H. Watanabe, M. Ohnishi and H. Kawabata
(2011)
Characterization of Reptile-associated borrelia
11)Mediannikov, O. Y., Y. Sidelnikov, L. Ivanov, E.
in the vector tick, Amblyomma geoemydae, and its as-
Mokretsova, P. E. Fournier, I. Tarasevich and D.
sociation with Lyme disease and Relapsing fever
Raoult
(2004)
Acute tick-borne rickettsiosis caused
Borrelia spp. Environmental Microbiology Report, 3,
by Rickettsia heilongjiangensis in Russian Far East.
632-637.
Emerging Infectious Diseases, 10, 810-817.
12)Regnery, R. L., C. L. Spruill and B. D. Plikaytis
(1991)
Genotypic identification of rickettsiae and estimation
of intraspecies sequence divergence for portions of
two rickettsial genes. Journal of Bacteriology, 173,
1576-1589.
13)Noda, H., U. G. Munderloh and T. J. Kurtti(1997)Endosymbionts of ticks and their relationship to Wolbachia spp. and tick-borne pathogens of humans and
animals. Applied Environmental Microbiology, 63,
3926-3932.
14)Kim, H. Y., J. Mott, N. Zhi, T. Tajima and Y. Rikihisa
(2002)
Cytokine gene expression by peripheral blood
leukocytes in horses experimentally infected with
Anaplasma phagocytophila. Clinical Diagnosis and
Laboratory Immunology, 9, 1079-1084.
174
高野 愛
Ai TAKANO
岐阜大学連合獣医学研究科博士課程修
了
(獣医学博士)
。専門は,マダニ媒介性
細菌感染症。疫学研究の他,媒介微生物
の適合進化に興味を持ち,マダニと細菌
の双方の視点より基礎研究を行っている。
川端 寛樹
Hiroki KAWABATA
静岡県立大学大学院薬学研究科修了
(薬学博士)。専門は細菌感染症学(主に
スピロヘータ感染症,節足動物媒介性感
染症)。2004 年より国立感染症研究所細
菌第一部第 4 室室長。2007 年より岐阜
大学連合獣医学研究科客員准教授兼任。