第3章 中世の日本と世界 第1節 世界の動きと武家政治の始まり 「武家政治の始まり」に関わるキーワード ①10~13世紀頃の世界:中国と朝鮮半島の動き ②貴族から武士へ:武士のおこり(源氏・平氏)→院政と戦乱→平氏政権の誕生 ③鎌倉幕府の成立:平氏滅亡→源氏、鎌倉幕府の成立、封建制度 武士の暮らし ④武家政治の広まり:北条氏の執権政治 承久の乱→幕府の支配の広がり 御成敗式目の制定 ⑤新しい仏教と文化:民衆の暮らしと社会の変化 新しい仏教 鎌倉文化 単元を貫く課題 「武士が朝廷に代わり、政治の実権を握ったのはなぜだろうか?」 【10~13世紀頃の世界】 第1時 大陸をまたぐ大帝国【知】 「モンゴル帝国は世界にどのような影響をあたえたのだろうか?」 kw:中国の動き:宋(朱子学)→モンゴル帝国(貿易や文化交流も盛んに)→元(日 本へ元寇) 朝鮮半島の動き:高麗←モンゴル軍への抵抗 ・10~13世紀の中国と朝鮮半島の動きを知ることができた。 ・強大なモンゴル帝国は世界に大きな影響を与えた。日本とも今後元寇で関係してく るようになる。 【貴族から武士へ】 第2時 貴族から武士へ【関・資】 「武士はどのようにして政治の実権を握るようになったのだろうか?」 kw:武士のおこり(源氏と平氏)→ 院政(白河上皇)→ 保元の乱・平治の乱 →平氏(平清盛)が実権を握る ・武士がどのようにしておこったかが分かり、朝廷側も様々な争いに武士の力を使っ たために、武士が台頭してきた。 ・平氏が政治の実権をにぎるまでの動きが分かった。今までの貴族と天皇の政治と違 うところは何だろうか。 【鎌倉幕府の成立】 第3時 「一所懸命」の戦い【思・資】 「鎌倉幕府は、武士たちをどのようにまとめていったのだろうか?」 kw:源頼朝、源義経→平氏をほろぼす 源頼朝(守護・地頭 征夷大将軍)鎌倉幕府 の成立 封建制度(将軍と御家人の結びつき 御恩と奉公) 武士の暮らし ・鎌倉幕府の将軍と御家人の結びつきが強いのは、土地を仲立ちとした御恩と奉公の主 従関係があるからだ。 ・武士の館は、貴族の寝殿造りと比べて、戦いに備えた実用的な面が多くある。 【武家政治の広がり】 第4時 いざ鎌倉【思】 「多くの御家人が、朝廷ではなく幕府の味方をしたのはなぜだろうか?」 kw:源氏が3代で絶える→北条氏が執権として政治を動かす(執権政治) 後鳥羽上皇 →承久の乱← 北条政子(勝利):幕府の支配が広がる 六波羅探題 御成敗式目の制定(北条泰時) ・承久の乱で幕府側が勝利した理由は、武力に勝っただけでなく、土地を仲立ちとした 主従関係や頼朝以降の深いつながりがあったからではないか。 ・承久の乱の勝利と御成敗式目の制定などで、幕府の支配は西国へ大きく広がっていっ た。 【新しい仏教と文化】 第5時 祇園精舎の鐘の声【知】 「鎌倉時代には、民衆はどのような暮らしをし、どのような文化が生まれたのだろう か?」 kw:農業の発達(かんがい技術、二毛作、農具、肥料)→地頭を訴える農民、強まる 村の結びつき 商業の発達(問丸 市 宋銭) 新しい仏教(浄土宗、浄土真宗、時宗、日蓮宗、禅宗)←戦乱や飢饉から 鎌倉文化:貴族→武士や民衆へ(平家物語、方丈記、徒然草、新古今和歌集、東 大寺南大門の金剛力士像、絵巻物、似絵) ・民衆にも分かりやすい仏教が広まったのは、戦乱や飢饉が続いた時代が背景にあった からだ。 ・武士や民衆の力が伸びることで、貴族中心の文化から新しい文化の動きが生まれてき た。 まとめ 武士が実権を握った後、鎌倉幕府の支配が続いた理由をまとめましょう。 p54 目標 評価規準 1 大陸をまたぐ大帝国 宋の中国統一や高麗の朝鮮統一から、やがてモンゴル帝国が広大な地域を支配 していくなかで、商業や文化が発達し、宋銭・禅宗・朱子学などが日本にもた らされたことを理解する。 宋の中国統一や高麗の朝鮮統一から、やがてモンゴル帝国が広大な地域を支配 していくなかで、商業や文化が発達し、日本にもたらされたことを理解してい る。【知】 学習内容・発問 指導上の留意点 ○1「マルコポーロの東方見聞録」を読 ・日本 む。 「チパング」とはどこの国ですか。 *元寇の時期にあたる Ⅰ 見 通 し ○1「ベネチアの港」から元までの行路 を地図で確認する。 評価 4「13世紀ごろの世界と、モンゴ ル帝国の広がり」 *元の前がモンゴル帝国であること を確認して、地図帳の世界地図で その広さを確認する。 モンゴル帝国は世界にどのような影響をあたえたのだろうか? ○なぜ、モンゴル帝国は広大な地域 を支配できたのでしょうか。 集団解決 ペア活動 Ⅱ 解 決 活 動 *地理 P29 で学んだ遊牧民のくらし を思い出し、馬が強力な戦力であ ることを導き出す。 「モンゴル軍が 来た。壊した。焼いた。殺した。 奪った。去った」という言葉の通 り、周辺諸国に恐れられた。 高麗も服従させられるが、30年 にわたる抵抗が元寇を遅らせた。 ○中国の「宋」、「モンゴル帝国(元)」、 *工芸品、科学技術、学問、仏教等、 宋の中国統 朝鮮半島の「高麗」の3国の時代に、 が伝わった。教科書から抜き出し 一や高麗の 他国へ交易によって伝わったものを、 朝鮮統一か てまとめる。 それぞれまとめましょう。 地図や図など、それぞれが工夫し ら、やがて モンゴル帝 てまとめる。 Ⅲ ま と め ○政治の中心が、第2章から第3章では ・貴族から武士へ変化する。 どう変化していくでしょうか。 P52「藤原氏の屋敷」と P53「壇ノ浦 *源平の旗が運動会の紅白のルーツ の戦い」の絵巻物を比較して考える。 の説にもふれる。 Ⅳ 振 り 返 り ○次時の予告を行う。 国が広大な 地域を支配 していくな かで、商業 や文化が発 達し、日本 にもたらさ れたことを 理解してい る。【知】 p56 目標 評価規準 2 貴族から武士へ 武士がおこった背景や、武士団として勢力を伸ばし、政治の実権を握っていっ た理由について資料から考える。 武士がしだいに勢力を伸ばし、ついに政権を握ったことに関心を高め、その過 程を意欲的に追究しようとしている。【関】 「白河上皇の警護をする武官」 「平治の乱」の絵を活用し、武士が勢力を伸ばし ていった理由について調べている。【資】 学習内容・発問 ○①武士はどのようにして生まれたの でしょうか。 指導上の留意点 ・農民や豪族たちが領地を守るため に一族や従者を武装させた。 評価 武士がしだ いに勢力を 伸ばし、つ Ⅰ 見 通 し ○2「武士団のしくみ]の図から、武士 団はどのような特徴がありますか。 ・棟梁をリーダーに上下関係がはっ きりしており、多くの武士が連合 して大規模なまとまりとなってい る。 平将門と藤原純友の反乱も確認す る。 武士はどのようにして政治の実権を握るようになったのだろうか? いに政権を 握ったこと に関心を高 め、その過程 を意欲的に 追究しよう としている 【関】 Ⅱ 解 決 活 動 ○白河上皇の院政とは何か確認する。 *「わが心にかなわぬもの、賀茂川 の水、双六のさい、山法師」と、 力をふるう。 ○1「白河上皇を警護する武官」と 3「平治の乱」の絵を比べて、武 士の立場はどう変化しましたか。 自力解決 ノート 集団解決 グループ活動 WBで発表 ・院や貴族の警護をする立場から、 争いを武力で解決することで急速 に地位を高めた。 *保元の乱は肉親同士が争い、平治 の 乱 は 平 氏 と 源 氏 の 争い で あ っ た。 「白河上皇 の警護をす る武官」「平 治の乱」の 絵を活用し、 武士が勢力 を伸ばして ○平氏の政治と、藤原氏の摂関政治 と比べて、似ているところと、違 うところをまとめましょう。 Ⅲ ま と め Ⅳ 振 り 返 り ○武士のおこり~平氏政権の誕生まで の流れをまとめましょう。 ○次時の予告を行う。 ・似ている:娘を天皇のきさきとし て、高い位や役職を占め、広大な 公領や荘園を支配した ・違う:強い武力を持っている 宋 と貿易をして収入があった ・もう一度授業を振り返り、ノート にまとめる。感想も書かせたい。 いった理由 について調 べている。 【資】 p58 目標 評価規準 Ⅰ 見 通 し 3「一所懸命」の戦い 鎌倉幕府の成立までの経緯を理解し、土地を仲立ちとした将軍と御家人との主 従関係のしくみが、武士の暮らしと深く関わっていることを考える。 武家政権を確立するために頼朝がつくったしくみや行った政策を、平氏の政治 と比較して多角的に考察している。【思】 「武士の館」や「笠懸」の絵を活用し、武士の暮らしの特色や心構えなどにつ いて調べている。【資】 学習内容・発問 ○源平の争い→平氏滅亡→鎌倉幕府の 成立までを確認する。 4「源氏の系図」から、頼朝、義仲、 義経のその後にもふれる。 指導上の留意点 評価 *源平の争いには興味深いエピソー ドがあるので、プリントや地図を準 備して、ポイントを教師が話す。 鎌倉幕府は、武士たちをどのようにまとめていったのだろうか? ○頼朝は、なぜ鎌倉に幕府を開いた のでしょうか。 ○p61 5「鎌倉幕府のしくみ」と 「平氏の政治」を比べて、違うと ころをまとめましょう。 Ⅱ 解 決 活 動 5「武士の館」から ①絵巻物の特徴を振り返ろう (p12.13) ②貴族の寝殿造(p44)と比べて、 武士の館らしい特徴を、三つあげ ましょう。 ③馬や猿、鷹が飼われているのは、 なぜでしょう。 自力解決 集団解決 Ⅲ ま と め Ⅳ 振 り 返 り ノート グループ活動 WBで発表 ○鎌倉幕府の成立は、どの時期が適当だ と思いますか。理由も書きなさい。 ○次時の予告を行う。 武家政権を 確立するた めに頼朝が つくったし くみや行っ た政策を、 平氏の政治 ・全国を支配するために、国ごと幕 と比較して 多角的に考 府の守護、地頭をおいた。 ・鎌倉の3つの機関が、軍事、政治、 察している。 【思】 裁判と現実的である。 ・守りやすい地形だった。 (1「鎌倉」と2「切通し」の写真) ・源氏にゆかりのある土地だった。 (4「源氏の系図」頼義、義家から) ・貴族の政治がやられていた京都か らはなれた所にいたかった。 ・将軍と御家人が、土地を仲立ちと した強い結びつきがある。(一所 懸命の意味) ①登場人物が2回出てくる。 ②「戦いに関係するものをすべて見 つけよう」という発問もできる。 ③武芸の 訓練に はげん で戦に備え た。 ①東日本 の荘園 や公領 の支配権を 朝廷から認められる。 ②国ごとに守護・地頭をおくことを 朝廷に認めさせる。 ③朝廷か ら征夷 大将軍 に任命され る。 *見方を 変える ことで 1192年 だけでないことを考えさせる。 「武士の館」 や「笠懸」の 絵を活用し、 武士の暮ら しの特色や 心構えなど について調 べている。 【資】 p60 4 いざ鎌倉 目標 評価規準 Ⅰ 見 通 し 幕府の支配が広がるきっかけになった承久の乱で、御家人たちが幕府側に結集 した理由について考える。 承久の乱で御家人たちが幕府側に結集した理由について、 「北条政子の訴え」を もとに考察し、説明している。【思】 学習内容・発問 指導上の留意点 ○源氏が3代で絶える状況を説明する。 *幕府内の権力争いから、北条氏が 3「北条氏の系図と、源氏の将軍との 実権をにぎるが、混乱する。 関係」 →後鳥羽 上皇が 朝廷の 力を回復さ せようと挙兵(承久の乱) 多くの御家人が、朝廷ではなく幕府の味方をしたのはなぜだろうか? 1「後鳥羽上皇の北条氏追討の命令」と 朝廷側に対して ・御家人は朝廷から直接土地をもらってい 「北条政子の訴え」を読む。 ない。貴族の中心の政治になるので生活 Ⅱ 解 決 活 動 Ⅲ ま と め Ⅳ 振 り 返 り 評価 ○承久の乱の時に、多くの御家人が、 朝廷ではなく幕府の味方をしたの はなぜでしょうか? 朝廷側と幕 府側の2つの側面で御家人の気持 ちを考えましょう。 自力解決 ノート 集団解決 グループ活動 WBで発表 は苦しくなる。 幕府側に対して ・今こそ土地や官職をもらっている御家人 にとり義務を果たすときだ。 (「御恩と奉 公」の関係から) ・頼朝は大番役を6ヶ月に縮めてくれたり 生活をよくなるように様々な取組をして くれた。その恩に報いたい。 ○承久の乱の後、御家人の思いはどうな りましたか? 4「承久の乱と、その後の動き」の地図 ・幕府に味方した御家人を、西日本 の 守 護 や 地 頭 に任 命 して い る の で、御恩が実現した。 *御成敗式目の制定など、幕府の支 配が安定した。 ○武士が実権を握った後、鎌倉幕府の支 配が続いた理由をまとめましょう。 *元寇を学習する時に、対比させた い。 ○次時の予告を行う。 承久の乱で 御家人たち が幕府側に 結集した理 由について、 「北条政子 の訴え」をも とに考察し、 説明してい る。 【思】 p62 目標 評価規準 5 祇園精舎の鐘の声 民衆の暮らしとの関わりから、鎌倉時代に生まれた新しい仏教や文化の特色に ついて調べ、発表する。 農業技術や商業の発達、それにともなう生活の向上、鎌倉仏教や文化の特色に ついて調べ、分かりやすく説明している。【資】 学習内容・発問 ○平安時代の文化について振り返る。 Ⅰ 見 通 し Ⅱ 解 決 活 動 Ⅲ ま と め Ⅳ 振 り 返 り 指導上の留意点 評価 *貴族中心で、民衆は文化の担い手 とはならなかった。 鎌倉時代には、民衆はどのような暮らしをし、どのような 仏教や文化が生まれたのだろうか、発表しよう ○6つのテーマに分かれて、「平安 時代とどう変化したか」の視点を 入れて、みんなに分かりやすく説 明しましょう。 教科書→補足資料、図書、パソコン 集団解決 グループ活動 各グループ、黒板を使い分かりやすく 説明する。 ○鎌倉時代の「新しい仏教と文化」につ いて、民衆の暮らしとの関わりから まとめましょう。 ○次時の予告を行う。 ①農業(P64 地頭を訴える農民) ②商業(P65 中世の市を訪ねて) ・2つの資料を読み解く。 ③仏教(念仏、題目) ④仏教(禅宗) ⑤鎌倉文化(文学) ⑥鎌倉文化(建築・絵画) ・国語の教科書、短い映像、資 料等準備する。 *教室を出て、パソコン室、図書 室等を利用する場合は、時数や 内容等再度計画する。1時間で 終わらせるなら、だらだらせず、 タイムマネジメントをしっかり 行う。 ・貴族から武士・民衆へ文化の新 しい動きが起こった。 ・農業技術や商業の発達で、主体 的に暮らしを変えていこうとす る民衆も生まれた。 *室町時代の民衆の成長へつなげ る。 農業技術や 商業の発達、 それにとも なう生活の 向上、鎌倉仏 教や文化の 特色につい て調べ、分か りやすく説 明している。 【資】 第3章 中世の日本と世界 第2節 ゆれ動く武家政治と社会 「ゆれ動く武家政治」に関わるキーワード ①元寇と鎌倉幕府の滅亡 元寇→徳政令→鎌倉幕府滅亡 ②南北朝の内乱と室町幕府の成立 建武の新政→後醍醐天皇と足利尊氏の対立→南北朝の内乱→室町幕府(足利義満) ③④東アジアとの交流 倭寇の活動 ・明(勘合貿易)・朝鮮・琉球王国・アイヌ民族との交易 ⑤産業の発達と民衆の成長 産業や流通の発達→村や町のまとまり、自治が高まる ⑥下剋上の世 民衆の成長→土一揆・一向一揆、応仁の乱→下剋上、戦国時代へ(戦国大名) ⑦室町文化 室町文化:公家と武家の文化がとけ合う、禅宗の影響、民衆に広まる文化 単元を貫く課題 「武士が朝廷に代わり、政治の実権を握ったのはなぜだろうか?」 【元寇と鎌倉幕府の滅亡】 第1時 海から押し寄せる元軍【思】 「強い主従関係で結ばれていた鎌倉幕府がほろんだのはなぜだろうか?」 kw:元寇(文永の役・弘安の役 北条時宗)→恩賞が与えられず不満高まる→徳政令 →幕府の力おとろえる→幕府ほろぶ(後醍醐天皇・足利尊氏) ・元寇で戦った御家人たちは、土地や役職等の恩賞を期待したが与えられなかった。 ・御恩と奉公で結びついた封建制度がゆらいだので、幕府はほろんでいった。 【南北朝の内乱と室町幕府の成立】 第2時 このごろ都にはやるもの【資】 「建武の新政から室町幕府成立まで、どういう動きがあったのだろう?」 kw:建武の新政(後醍醐天皇→←足利尊氏)→南北朝の内乱→足利義満がまとめる 室町幕府:管領(守護大名がなる〉が力を持つ ・建武の新政がうまくいかなかったのは、天皇や公家中心の政治に武士が反発をした からだ。 ・室町幕府は守護大名との関係を考えながら政治を行ったので、鎌倉幕府と比べて幕 府の力が強くなかった。 【東アジアとの交流】 第3時 行き交う海賊船と貿易船【資】 第4時 北と南で開かれた交易【知】 「室町時代、東アジアの国々とどのようなつながりがあったのだろうか?」 kw:倭寇(日本人→中国や朝鮮半島の人々も)→勘合貿易をして取り締まる 中国:元→明へ 朝鮮半島:高麗→朝鮮 琉球王国 蝦夷地(アイヌ民族) *日本と貿易を行う ・東アジアの国々と交流があり、倭寇の海賊船や正式な貿易船が行き交っていた。 ・明や朝鮮と国が変わっても、様々な文化や技術が日本に影響を与えている。 ・琉球王国と蝦夷地のアイヌ民族とも、交易や争いなど、様々なつながりがあった。 【産業の発達と民衆の成長】 第5時 団結する村、にぎわう町【資】 「室町時代、村や町がどのように発展したのだろう?」 kw:産業の発達(二毛作、牛馬耕、肥料→様々な商品作物→手工業、特産物、鍛冶・ 鋳物業、鉱山業)→流通の発達(港町、馬借、市、宋銭・明銭) 村:惣という自治組織 町:座(同業者ごとの組合)、都市の発達:町衆 ・農業の発展から、商業や鉱工業、流通業等、様々な仕事の種類が増えている。 ・農業や産業の発達により、村や町は力をつけ、自治を行うようになった。 業の発達に yp り ・ 【下剋上の世】 【】 第6時 下剋上の世へ【知】 「どうして下剋上の世になったのだろうか?」 kw:力をつける民衆(土一揆、一向一揆)と応仁の乱→下剋上の世に 戦国大名の支配(分国法、城下町)戦国時代へ ・下剋上の風潮は、土一揆等の人々の行動と応仁の乱の影響が大きい。 ・室町時代に武家政治がゆれ始め、戦国大名の登場で本格的な戦乱の世となってしまった。 【室町文化】 第7時 今につながる文化の芽生え【関・知】 「室町時代の文化は、どのような特色があるだろうか?」 kw:室町文化 ①公家と武家の文化がとけ合う→能、狂言、連歌 禅宗の影響→銀閣(足利義政、書院造)、雪舟の水墨画 ②民衆に広まる文化(広がる仏教、行事、盆踊り、お伽草子) ・室町文化は公家と武家の文化がとけ合い、禅宗の影響を受けている。 ・室町時代から始まり、今に伝えられている文化や行事が多くある。 まとめ ・鎌倉時代と比べて、室町時代の武家政治が揺れ動いたのはどうしてかを まとめましょう。 p68 目標 評価規準 6 海から押し寄せる元軍 元寇が幕府政治に及ぼした影響や、鎌倉幕府が滅亡した要因について、幕府と 御家人の関係や悪党の出現などとの関わりから考える。 御家人の窮乏やそれに対する徳政令など、元寇が幕府政治に及ぼした影響と、 鎌倉幕府が滅亡した要因について、幕府と御家人の関係や悪党の出現などと関 わらせて考察している。【思】 学習内容・発問 〇1「元軍と戦う御家人」から、元軍と 御家人の違いはなんでしょう。 Ⅰ 見 通 し 指導上の留意点 ・小学校で既習しているので、集団 戦や武器の違いなど簡単に確認す る。 評価 〇2度目の時は14万の大軍で攻めて ・石垣を築き準備をした ・元の戦法 きたのに、元が敗北したのはどうして を知っている幕府軍が抵抗した でしょう。 ・暴風雨 ・元の国以外の兵士もい てやる気がでなかった ・馬が使え ない ・勝てば恩賞がもらえる 強い主従関係で結ばれていた鎌倉幕府がほろんだのはなぜだろうか? Ⅱ 解 決 活 動 Ⅲ ま と め Ⅳ 振 り 返 り ○強い主従関係で結ばれていた鎌倉 幕府がほろんだのはなぜだろう か? 自力解決 ノート 集団解決 グループ活動 WBで発表 ○幕府と御家人たちの関係から、幕府が おとろえていった原因を説明しまし ょう。 ○次時の予告を行う。 御家人の窮 乏やそれに 対する徳政 令など、元 寇が幕府政 治に及ぼし た影響と、 鎌倉幕府が 滅亡した要 因につい て、幕府と 御家人の関 *御恩と奉公の関係を、「承久の乱」 係や悪党の の時の状況と比較して、もう一度 出現などと ノートにまとめる。 関わらせて 考察してい る。【思】 ・元寇に対する恩賞を、御家人たち に与えることができず、御家人の 生活が苦しくなる。 ・徳政令の結果、御家人は借金がで きなくなり、ますます厳しくなる。 ・北条氏が自分たち一族に有利な政 治を行い、不満が高まる。 ・悪党とよばれる振興の武士や幕府 内からも反対する武士が生まれ た。 p70 目標 評価規準 7 このごろ都にはやるもの 建武の新政が失敗した理由について考えるとともに、室町幕府のしくみをと らえ、幕府は有力な守護大名によって支えられていたことに気づく。 「二条河原の落書」の資料から社会の様子を読み取るとともに、 「主な守護大名 と、その領地」の地図から多くの守護大名によって幕府が支えられていたこと を読み取っている。【資】 学習内容・発問 Ⅰ 見 通 し ○1「鴨川の河原に立てられた札」 を読んで、京都の町はどのような 状態でしょうか。 自力解決 ノート 指導上の留意点 ・落ち着いていない ・正しいこと が通らない 混乱している 等 *鎌倉幕府滅亡後の、建武の新政の 内容と2年余りでこの政治が終わ ったことを確認する。 評価 二条河原の 落書」の資 料から社会 の様子を読 み取ってい る。【資】 建武の新政から室町幕府成立まで、どういう動きがあったのだろう? Ⅱ 解 決 活 動 Ⅲ ま と め Ⅳ 振 り 返 り ○建武の新政はどうして2年余りで終 わったのでしょうか。 *「鎌倉幕府滅亡後、武士や民衆はど のようなことを後醍醐天皇に期待 したのだろうか?」と問うことで 考えさせたい。 ・公家を重んじ、それまでのやり方 を 変 え る 天 皇 中 心 の 政治 へ の 不 満。 ・武士たちは恩賞がもらえず不公平 感が起こる ○二度も裏切った足利尊氏をどう思い ますか。 自力解決 ノート *自由な発想で考えさせる。 楠木正成と反対で、戦前は悪く思 われており、歴史観も時代により 変化することも付け加える。 ○4「主な守護大名と、その領地」と5 「室町幕府のしくみ」を見て、室町幕 府と守護大名の力関係を説明しまし ょう。 ・幕府以上の領地を持つ守護大名が 管領という将軍の補佐役になった ため、幕府は強い力を持ったわけ ではなかった。 ○室町幕府と鎌倉幕府のしくみを比べ て、どのような共通点や違いがあるか まとめましょう。 *p61 5「鎌倉幕府のしくみ」と比 較して、もう一度、室町幕府と守 護大名の関係をまとめる。 ○次時の予告を行う。 「主な守護 大名と、そ の領地」の 地図から多 くの守護大 名によって 幕府が支え られていた ことを読み 取ってい る。【資】 p72 目標 評価規準 8 行き交う海賊船と貿易船 中国や朝鮮半島で倭寇の活動が活発化するなか、明や朝鮮が成立し、日本と国 交を結んで貿易を行ったことをまとめ、表現する。 日本と明・朝鮮との関係を、貿易品やもたらされた文化等にふれながら図にま とめている。【資】 学習内容・発問 Ⅰ 見 通 し ①5の図から、倭寇は何をしていま すか。 ②倭寇と明軍の違いを見つけましょ う。 個人解決 ノート *倭寇図巻は左右に絵が続くので、画像 で見せることができたら紹介する。 指導上の留意点 *1「倭寇と明軍との戦い」5「倭 寇の活動」(倭寇図巻) ①物を奪っている ②装備や服装の違いに注目させる。 *4「室町時代の海上交通」の地図 で、倭寇の根拠地が日本であるこ と、明、朝鮮の沿岸に大きな被害 を与えていることを確認する。 評価 室町時代、東アジアの国々とどのようなつながりがあったのだろうか? Ⅱ 解 決 活 動 ○勘合貿易は、明と室町幕府にとって、 明:6「勘合」のように、正式な貿 どのような利点がありますか。 易船と倭寇の海賊船を区別す ることができたので、倭寇の活 動を抑えられた。 幕府:2「足利義満が明の皇帝から 与えられた印」のように、幕 府だけが明と貿易ができる ため、利益を独占することが できた。 ○「日本、明、朝鮮、倭寇の関係を、 貿易品やもたらされた文化も書き こみながら図にまとめましょう。 個人解決 集団解決 *分かりやすくまとめる。 貿易品 や文化 は本文 から抜き出 す。 ノート グループ活動 Ⅲ ま と め ○足利義満の時、室町幕府は強い力を持 った。その理由をまとめましょう。 Ⅳ 振 り 返 り ○次時の予告を行う。 ・南北朝を合一させ、幕府に政治の 権限を集中させた。 ・倭寇を取り締まることで、明との 貿易の利益を独占した。 日本と明・ 朝鮮との関 係を、貿易 品やもたら された文化 などにふれ ながら図に まとめてい る。【資】 p74 9 北と南で開かれた交易 目標 評価規準 Ⅰ 見 通 し 琉球では、琉球王国がアジアの国々を結ぶ中継貿易で栄えるなかで独自の文 化を発展させ、蝦夷地では、先住民として暮らすアイヌ民族がまとまりを強 め、交易を行うなかで和人との争いも起こったことを理解する。 琉球では琉球王国が中継貿易で栄え、蝦夷地でもアイヌ民族が和人と交易を行 うなかで争いも起こったことを理解している。【知】 学習内容・発問 指導上の留意点 ○琉球王国の2「万国津梁の鐘」に刻ま 意味:琉球国は南海の景勝の地にあ れている文字を読んでみましょう。 って、朝鮮のすぐれたところを集 ≪琉球国は南海の勝地にして、三韓の秀 め、中国と日本とは非常に親密な をあつめ、大明をもって輔車となし、 関係にある。この日中の間にあっ 日域をもって唇歯となす。この二中間 て湧き出る理想の島である。船を にありて湧出せる蓬莱の島なり。舟楫 もって万国の架け橋となり、珍し をもって万国の津梁となし、異産至宝 い 宝 は い た ると こ ろ に満 ち て い は十方刹に充満せり≫ る。 ○どんなことを言っているのでしょう *船を使い、アジア各国をつなぎな か。 がら交易をしている。 評価 室町時代、東アジアの国々とどのようなつながりがあったのだろうか? Ⅱ 解 決 活 動 Ⅲ ま と め Ⅳ 振 り 返 り ○琉球王国とアイヌの人たちが、そ れぞれ ①交易していた地域、国 ②交易品 について略地図を書いて、まとめ ましょう。 個人解決 集団解決 ノート グループ活動 ○2時間学んできた「東アジアとの交 流」について、まとめましょう。 ○次時の予告を行う。 *今後、沖縄、北海道として、地理、 公民でも出てくる。特色ある地域 としてだけでなく、差別や戦争等 の問題も出てくるので、3年間を 見据えて学ばせたい。 本州か らの和 人の進 出で生活が 圧迫されて、争いがしばしばおこ ったことも説明する。 *グローバル化の現代と違うが、さ ま ざ ま な 国 と のつ な がり が あ っ たことを振り返らせたい。 琉球では琉 球王国が中 継貿易で栄 え、蝦夷地 でもアイヌ 民族が和人 と交易を行 うなかで争 いも起こっ たことを理 解してい る。【知】 p76 目標 評価規準 Ⅰ 見 通 し 10 団結する村、にぎわう町 農業生産の向上を背景に、産業や流通が発達し、村の惣や都市の町衆による 自治が行われるようになったことを読み取る。 農業や手工業などの産業の発達の様子を、 「月次風俗図屏風」等の資料を活用し て調べている。【資】 学習内容・発問 指導上の留意点 評価 ○1「室町時代の頃の田植えの様子」 と、P62 3「鎌倉時代の田植えの 様子」と比べてみましょう。 ・人が多い ・お祭りが豪華で活 気がある ・田が大きい *産業や都市の様子を示す、2~ 7の絵も見る。 農業や手工 業などの産 業の発達の 様子を、「月 次風俗図屏 風」等の資料 を活用して 調べている。 【資】 個人解決 集団解決 ノート グループ活動 室町時代、村や町がどのように発展したのだろう? 鎌倉時代と比べて、 ①村(農業)と町(商業)はそれぞ れどう変化したでしょうか。 ②共通点は何でしょうか。 Ⅱ 解 決 活 動 Ⅲ ま と め Ⅳ 振 り 返 り ①個人解決 ②集団解決 ノート グループ活動 WBで発表 ①村→・惣と呼ばれる自治組織がで き、協力して田植えを行っ たり、生活の決まりなどつ くった。 ・二毛作、牛馬耕、肥料、かんがい 技術等の進歩で、収穫が増加した。 ・商品作物(P14)の栽培が進み、特産 物が各地で生まれた。 町→・同業者ごとに座という組合を つくり商品の営業や販売を独 占した ・各地で特産物が作られるようにな った。 ・特産物の輸送のために交通が発達 し、馬借という運送業者が活躍し た。 ②・惣や座のように、村や同業者ご との集団が組織されていった・ ・農業でも商業でも特産物が各地 で生まれ、馬借などによって各地 に運ばれ、村と町が結びついた。 ○その後、農村と都市ではどのような動 きが起こるでしょうか。 ・農村→借金帳消しを求める土一揆 が各地で起こる。 ・都市→堺や京都等、有力な商工業 者が町衆という自治組織を つくり、大名に対抗するよ うになる。 ○次時の予告を行う。 *土一揆は次回行う。 p78 目標 評価規準 Ⅰ 見 通 し 11 下剋上の世へ 応仁の乱の影響で、民衆の自治の進展である一揆が活発化し、各地に戦国大名 が割拠し、実力で領国を支配する下剋上の原因となったことを理解する。 応仁の乱の影響で、民衆の自治の進展である一揆が活発化し、各地に戦国大名 が割拠し、実力で領国を支配する下剋上の原因となったことを理解している。 【知】 学習内容・発問 指導上の留意点 ②正長元年より前は、神戸四か郷に ○1「正長の土一揆の碑文」から 謝金はない。(借金がなくなった) ①碑文を声に出して読んでみましょう。 ②「負い目」とは借金のことです。この ③農民や馬借 うれしい気持ちを残 したい。 (石碑のすみに小さくこっ 文の意味を、現在の言葉で言い表して そり刻んだ人々の気持ちも注目さ みましょう。 せたい。) ③この文を石に刻んだのはどのような 人々でしょう。また、それはなぜでし *尋尊の「大乗院日記目録」等の資 料も活用しても良い。 ょう。 評価 どうして下剋上の世になったのだろうか? ○民衆が自立して土一揆のように様々 な要求をするようになるが、幕府はな ぜ対応できなかったのでしょう。 Ⅱ 解 決 活 動 Ⅲ ま と め Ⅳ 振 り 返 り ○幕府がおとろえていくなか、どう いう変化が起こってきましたか。 民衆と武士の2つにスローガンを 決めてまとめなさい。 個人解決 ノート 集団解決 グループ学習 WBで発表 ○鎌倉時代と比べて、室町時代の武家政 治が揺れ動いたのはどうしてかをま とめましょう。 ○次時の予告を行う。 ・応仁の乱が起こり、京都が戦場 応仁の乱の となり、幕府の力がおとろえた。 影響で、民 衆の自治の 進展である 一揆が活発 ・民衆が自治を行う国の誕生 化し、各地 山城の国一揆で守護大名を追い出 に戦国大名 し8年近く自治を行う。 が割拠し、 加賀の一向一揆で100年近く自 実力で領国 治を行う(4「一向一揆の旗」)。 を支配する ・戦国大名の誕生 下剋上の原 下剋上の風潮のなか、戦国大名が 因となった 生まれ頭角を現す。分国法をつく ことを理解 り、城下町をつくる。 している。 →戦国時代になる ・この節を振り返り、守護大名の 【知】 支えで成り立つ室町幕府や民衆 の成長、応仁の乱等、振り返っ て自分の言葉でまとめる。 p80 目標 評価規準 Ⅰ 見 通 し 12 今につながる文化の芽生え 室町文化の特色について、武家と公家の交流、禅宗の影響、民衆への広まり、 等について理解し、今日まで受け継がれているものが多いことに気づく。 日本の伝統文化に関心を高め、室町時代に生まれた文化で現代に受け継がれて いるものを意欲的に見つけ出そうとしている。【関】 室町文化の特色について、武家と公家の交流、禅宗の影響、民衆への広まりな ど、政治的・社会的な背景との関わりから理解している。【知】 学習内容・発問 ○教科書の写真から、室町時代の代表的 な作品を紹介する。 「深める」 Ⅲ ま と め Ⅳ 振 り 返 り 評価 *写真だけでなく、短い映像がれば 見せたい。 室町時代の文化は、どのような特色があるだろうか? ○室町文化の特色を、次の3つの側 面に分けてまとめましょう。 自力解決 ノート Ⅱ 解 決 活 動 指導上の留意点 ①足利義政の頃の文化(東山文化) は、他の文化と比べてどのような イメージがありますか。 ②どうして、落ち着いた特色なので しょうか。 ③民衆や地方にこの文化は広まって いったのはなぜでしょうか。 自力解決 ノート 集団解決 グループ活動 ②③はWBで発表 ○京都から地方へ移り住んだ貴族が文 化を広めたまちはありますか。 ○室町時代に生まれた文化で現代に受 け継がれているものを書き出そう。 ○次時の予告を行う。 ・とけ合う文化 ・禅宗の影響 ・民衆に広まる文化 *自分で教科書を見てノートにま とめる。 室町文化の 特色につい て、武家と公 家の交流、禅 宗の影響、民 衆への広ま ①派手ではない、落ち着いた、わび、 りなど、政治 さびのある文化。 的・社会的な ②禅宗の影響もあるが、応仁の乱で 背景との関 混乱する中、人々は落ち着きのあ わりから理 る文化を心のよりどころとしたの 解している。 ではないか? 【知】 ③貴族と武士の文化を合わせて親し みやすくしている。 差別を受けていた人々が優れた芸 能や庭園を残している。その作者 の思いが人々を共感させた。 応仁の乱で貴族が京都を逃れて、 地方へ移り住んだ。 ・ 中村(現四万十市)の一条氏 日本の伝統 文化に関心 ・民衆に広がる仏教 を高め、室町 ・節分、七夕等の行事 盆踊り 時代に生ま ・浦島太郎等の御伽草子 れた文化で *歴史の窓「庭園づくりに活躍し 現代に受け た人々」を部落差別問題の歴史 継がれてい 学習の入口として、学校の人権 るものを意 学 習 計 画 と 関 連 づ け な が ら 行 欲的に見つ け出そうと う。 している。 【関】
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