﹁ あ の 特 殊 犯 で ノ ン ケ で い ら れ る の は 、 お 前 と 俺 く ら い だ ﹂ 意味ありげに笑う。 ﹁ ほ ん と だ な ﹂ ﹁ こ っ ち も ノ ン ケ だ し ﹂ 大嘘だが仕方ない。 ﹁ 俺 の こ と は 好 み で は な い ら し い よ ﹂ 思わず笑いが込み上げ、窓の外へ視線を逃がした。 ﹁ ゲ イ だ と い う 噂 だ ﹂ ﹁ 何 が ﹂ 気を付けろよ、と声を潜める。倉沢はちらりと坂上を見遣った。 ﹁ ま た と ん で も な い 美 形 と 知 り 合 い だ な お 前 も ﹂ ﹁ 知 っ て る の か ? ﹂ ﹁ 神 奈 川 県 警 の 佐 竹 さ ん か ﹂ ﹁ 朝 倉 の 元 上 司 だ ﹂ 皮肉っぽい笑みを浮かべるのは第二特殊犯主任の坂上だ。 ﹁ 潜 入 捜 査 官 に 知 り 合 い が い た と は び っ く り だ ﹂ できた。倉沢は眼鏡を外し、首を振った。 え る と 、 食 器 の 触 れ 合 う 音 、 ざ わ め き 、 下 品 な 笑 い 声 が 聞 こ え て き て 、﹁ で は 、 再 会 に 乾 杯 ﹂ と い う 佐 竹 の 声 が 飛 び 込 ん 運転席を見もしないで乗り込む。車はそのまま緩やかに発進しJR新宿駅へ向かった。無線を触ってスピーカーに切り替 二丁目を早足で抜けて新宿御苑の方向へ歩く。新宿通りを左に折れ、アパホテル前で待っていると車が近付いてきた。 624 そういう坂上はバレンタインのたびにデスクの上がチョコレートで埋まる。すべて男から。律儀なこの主任はちゃんと ホワイトデーにお返しをするから笑えるのだった。それを奥さんが買いに行くというおまけつきだ。 俺が佐竹と暮らしていると知ったらどう思うだろう? そんなことを一瞬考えたらまた笑いが込み上げてきた。 ﹁ 何 だ 、 良 い こ と で も あ っ た の か ﹂ ﹁ い や ﹂ 口許を隠しながら、倉沢は咳払いした。 スピーカーからは佐竹の朗らかな声と露木の低いぼそぼそ声がBGMのように続いている。 倉沢が坂上へ訊いた。 ﹁ 盗 聴 器 は ? ﹂ ﹁ 順 調 だ 。山 内 は 何 度 か 溝 口 と 電 話 で 連 絡 を 取 り 合 っ て い る 。電 話 口 で 名 前 を 呼 ぶ あ た り 、盗 聴 さ れ て い る と は 夢 に も 思 っ ていないだろう﹂ ﹁ 問 題 は 、 ど う や っ て 露 木 に 辿 り 着 く か ﹂ ﹁ そ こ だ 。 事 件 フ ァ イ ル の 管 理 者 は 露 木 だ が 、 関 与 し て い る と は 限 ら な い 可 能 性 も ま だ あ る ﹂ 二人とも押し黙る。新宿駅が目の前に見えてきて、坂上が大きな交差点を越えて歩道へ付けた。 ﹁ 今 は 盗 聴 を 続 け よ う 。 そ れ に 佐 竹 が 何 か 探 り 出 し て く れ る か も し れ な い ﹂ ﹁ え ら く 買 っ て る じ ゃ な い か ﹂ 倉沢が何か言おうと口を開きかけた時、佐竹の声が聴こえてきた。 ﹁ 可 愛 ら し い カ フ ス で す ね ﹂ ﹁ あ あ 、 こ れ か 。 操 舵 輪 だ よ ﹂ ごそごそと音がする。 ﹁ 素 敵 ﹂ 625 生したのだろうか。 の棟方航は何者だ。なぜこんな人生を歩まなくてはならなかったのか。その無念を晴らすため、また彼もどこかの世へ再 の知らないところで再び何かが動くのだろうか。棟方航が忽然と浮上し、誠吾たちが消えた。その意味は? そもそもこ ホームへの階段を下りながら倉沢は考え続けた。棟方航の事件を立証したらどうなるのだろう? どこかの時空で、俺 た。今夜は当直だった。 倉沢はスピーカーを切った。あとは佐竹の音声は倉沢だけが受信する。坂上は倉沢を降ろしてそのまま桜田門へ向かっ おおかた露木のクソ野郎が佐竹へ手を翳して自慢でもしているのだろう。 626
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