EU Trends イタリア銀行救済へ 発表日:2016年12月26日(月) ~下位行救済に例外適用は?~ 第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 田中 理 03-5221-4527 ◇ イタリア政府は自力増資を断念した同国第3位行の救済に乗り出す。EUの銀行破綻処理ルールの例 外適用が認められ、ベイルインの対象を問題行の株主と劣後債に限定し、さらに個人の劣後債は優先 債に転換され、損失負担から除外される可能性が高い。ただ、①下位行救済にもベイルインの例外が 認められるか、②最大200億ユーロのセーフティーネットが銀行部門全体の信頼回復に十分か、③長期 停滞により不良債権が新規に発生する恐れがないか、④銀行救済に財政資金を投入することで政治リ スクが高まらないか、⑤財政規律違反を問われる恐れがないかなど、残された課題も多い。 不良債権処理の原資として年内に50億ユーロの資本増強を目指していた世界最古のイタリア第3位行は 23日、増資計画を断念し、政府に公的資金注入と流動性供給の支援要請をした。それに先駆けて同国議会 は銀行救済により最大200億ユーロ(同国のGDPの約1.2%)の政府債務拡大を許容する法令を承認し、 同法に基づき第3位行の救済に乗り出す。同行はEUの「銀行再生破綻処理指令(BRRD)」の第34条4項d 号の例外規定に基づく「予防的な資本注入(precautionary recapitalisation)」の活用を模索している。 例外適用が認められなければ、同行救済はEUの「単一破綻処理委員会(single resolution board)」が 主導し、政府資金を投入する前に、株主、劣後債、優先債、預金保護対象外の高額預金の順に、問題行の 利害関係者に総負債の8%相当の損失負担(ベイルイン)が求められる。例外適用が認められた場合も、 「国家救済規則(State Aid Rule)」に基づき、株主と劣後債のベイルインが必要になる(詳細は12月16 日付けレポート「イタリアの銀行救済の法的根拠」と同21日付けレポート「イタリアの銀行救済の法的根 拠(続)」を参照されたい)。イタリアでは銀行劣後債の半分程度を個人が保有しており、劣後債のベイ ルインは年金生活者などを直撃するため、政治的に難しい。問題行のケースでは、約4万人の個人が合計 20億ユーロ相当の劣後債を保有している。政府は国家救済規則の例外規定に基づき、個人の劣後債保有者 に損失負担を求めないことを目指している。 現在検討されているスキームでは、機関投資家が保有する劣後債は額面を25%減額した株式に転換され る一方、個人が保有する劣後債は同額の株式に転換された後、問題行が発行する同額の優先債と交換され、 交換後の株式を政府が購入する。個人を直接救済しないのは、国家救済規則の例外を適用しやすくするた めとみられる。2015年の中堅行救済では、ベイルイン対象の劣後債を保有していた年金生活者が自殺した ことを受け、政府は劣後債を保有していた個人を事後的に補償した。だが、補償額は損失額の80%にとど まったうえ、一定額以上の所得(年間所得3.5万ユーロ)を得たり、資産(10万ユーロ)を保有している対 象者については、購入時に販売者から十分にリスクを説明されなかったことを証明するなど、煩雑な手続 きを経なければ補償を受けることが出来なかった。今回のスキームに所得・資産制限が適用されるか、販 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 1 売者側が説明義務責任を怠ったかの証明が必要になるかは定かでないが、事後的補償に比べて個人の劣後 債保有者への打撃は少ない。 今後は欧州委員会の関連部局や大手行の監督を担うECBの「単一監督委員会(single supervisory board)」などが、新たな再建計画の実行可能性やベイルインの例外適用の妥当性を判断することになる。 ドイツの政治家などからは、検討されている救済策がEUのルールに反するとの声も一部で上がっている。 だが、EU高官のこれまでの発言から判断して、問題行の救済については予防的な資本注入の例外適用が ........ 認められそうだ。問題行の場合、7月のストレステストで負荷シナリオ時の資本不足が指摘され、ECB から不良債権処理の加速と資本増強を求められた。資本注入が必要になった背景を、営業上の損失を穴埋 めするものではなく、当局から不良債権処理の加速を求められ、その原資に充てるため自力増資を目指し たが、政局混乱による金融市場の動揺もあり、自力増資が困難になったと説明すれば、予防的な資本注入 の要件を満たす可能性が高い。イタリア政府は200億ユーロの銀行救済基金は今回問題となっている銀行以 外にも利用することを想定している。だが、同行以外の救済に予防的な資本注入の例外が認められるかは、 ケース・バイ・ケースの判断が必要となり、一気にイタリアの銀行問題が解決すると考えるのは難しい。 また、国家救済規則の例外規定に基づき、個人の投資家を保護するスキームについては、同等の取り扱い を求める機関投資家が問題行や国を相手取って訴訟を提起する可能性がある。全ての個人を救済する必要 があるか、一定程度の損失負担を求めるべきではないか、と言った問題も提起されている。 最大200億ユーロの政府資金は資本注入と流動性供給に充てられる。問題となっている第3位行の救済に 数十億ユーロが充てられ、残りは今後の銀行救済の予備資金となる。同国の銀行部門は3,600億ユーロ規模 の不良債権を抱え、最上位行が目標とする引き当て率を前提に考えれば、必要な資本増強資金は500億ユー ロ程度に達するとの試算もある。上位行は自力増資や資産売却を通じて必要資金を捻出することが出来る として、下位行救済に追加資金が必要となる可能性が高いことを考えれば、政府資金の規模は心許ない。 なお、民間が出資する銀行救済基金(アトランテ)は21日、2つの地方銀行に追加で資本注入をすること を発表している。同国では景気底入れに伴い新規の不良債権の発生が止まってきているが、政局不透明感 と銀行問題の再燃により、景気に再びブレーキが掛かる恐れがある。改革加速を目指したレンツィ前首相 の議会制度改正が国民投票で否決されたことを受け、長期停滞から抜け出すことが出来るかは不透明だ。 しかも、下位行救済に予防的な資本注入の例外が認められない場合、優先債や預金保護対象外の高額預金 がベイルインの対象となる可能性もあり、預金流出が加速しかねない。カナダの格付け会社DBRSは来 年2月3日までにイタリア国債の格付けを見直す予定で、1ノッチ格下げされれば、ECBが利用する4 社の最上位格付けがBBB格に転落し、資金供給オペの利用時に差し出す担保の評価価値が割り引かれる。 これまでと同額の資金供給を受けるには追加で担保を差し出す必要に迫られ、資金供給オペの利用頻度の 高い下位行にとってコスト増加要因となる。実際に利用するかどうかは別として、銀行救済時には十分な セーフティーネットを準備するのが定石だが、イタリアの場合、巨額の財政資金を銀行救済に充てれば、 ①政治的な批判が高まり、近い将来に予定される総選挙で政権与党への逆風となることや、②欧州委員会 から財政規律違反を問われる恐れから、救済規模を小額にとどめた可能性がある。見せ金を惜しんだ結果、 追加の銀行救済が必要となれば、「予防的かつ一時的な救済」というベイルインの例外適用も危うくなる。 なお、12月初旬に議会を通過した来年度予算案は、震災復興や難民危機対応を考慮しても、欧州委員会の 想定対比で拡張的となっている。銀行救済が一時的なものと判断されれば、構造的な財政収支の計算には 含まれないが、その場合も公的債務残高には加算される。 以上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2
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