No.41~名目GDP600兆円を達成するためのマネタリーベース~GDP

景気循環研究所
嶋中雄二の景気サイクル最前線
No.41 2016 年 12 月 20 日
名目GDP600 兆円を達成するためのマネタリーベース
~GDP改定で年率 80 兆円に~
私は「変節」したのか?
日銀は、12 月 20 日の金融政策決定会合で、現状の金融政策を維持した。市場の予想通りだ
った。ところで、先週 12 月 15 日のブルームバーグ日高正裕記者らの記事「金融政策は当面無
風、来週会合は約1年ぶりに全員一致‐日銀サーベイ」に取り上げられた私のコメントを巡っ
て、あるファンドマネージャーから、「嶋中さんもついに変節したのではないか、と話題にな
っていますよ」との指摘を受けた。
同記事によると、「(中略)嶋中雄二所長は、内閣府の国内総生産(GDP)基準改定で 2015
年度の名目GDPが 31.6 兆円かさ上げされたため、20 年度下期に名目GDP600 兆円を達成
するのに必要なマネタリーベース拡大ペースは年率 80 兆円増と、現在のめどと変わらなくな
ったと指摘。『市場の動きが一方的になる場合には金融政策を発動すべきだが、性急である必
要はない』という」と書かれている。
全くその通りのことを私は発言しているのだが、これが「変節」と映るのは、最近あちこち
で「リフレ派の敗北」が取り沙汰されているのに加え、おそらく私が、これまでずっと日銀に
対して追加金融緩和を求めてきたためだろう。
しかし、私の場合は常に、名目GDPの伸び率目標(通常は年率 3%)からタイムラグを考
慮して1年半前時点で必要なマネタリーベースの伸び率を逆算して、年間いくらのペースで増
額が必要、という具合に量の問題を考えてきた。もともとの出発点は、我々が 2013 年 3 月 19
日に実施した試算に遡る。すなわち、15 年 1~3 月期時点で、マネタリーベースの平残が 259
兆円であれば、13 年 4~6 月期以降の 2 年間で、名目GDP成長率を年率 3%にまで持ってい
くことが可能だとする、いわゆる修正「マッカラム・ルール」による試算である(図1)。
図1. 1 年半前のマネタリーベースの後を追う名目 GDP
(修正マッカラム・ルールによる推定)
136
(トレンド=100)
(トレンド=100)
128
126
132
128
124
120
●名目GDP(トレント゛除去後)のマネタリーベース(同、6四半期ラグ)に対する
長期的な弾性値(β)は0.11(推計期間:83年1-3月期~12年10-12月期)
124
●必要マネタリーベース増減率(6四半期前)
=名目GDPのトレンド成長率-流通速度のトレンド変動率
+(1/β)×( 名目GDP成長率目標-名目GDPのトレンド成長率)
120
122
118
116
114
116
112
112
名目GDP(四半期、右目盛)
110
108
108
106
104
104
100
102
100
96
98
マネタリーベース
(1年半先行、月次、左目盛)
92
96
88
94
73
75
77
79
81
83
85
87
89
91
93
95
97
99
01
03
05
07
09
11
13
15
(注 )マ ネ タ リ ー ベ ー ス 、 名 目 GDPは 、実 額 の ト レ ン ド を 100と し て 計 算 。 ト レ ン ト ゛ は HPフ ィ ル タ ー に よ り 抽 出 。
17
(年)
(資 料 )内 閣 府 、 日 本 銀 行 資 料 を も と に 三 菱 UFJモ ル ガ ン ・ ス タ ン レ ー 証 券 景 気 循 環 研 究 所 作 成 。 初 出 は 、 嶋 中 雄 二
「 黒 田 日 銀 の マ ネ ー 拡 大 」 、 三 菱 U F J モ ル ガ ン ・ ス タ ン レ ー 証 券 景 気 循 環 研 究 所 『 嶋 中 雄 二 の 月 例 景 気 報 告 No.35』
13年 3月 19日 。
巻末に重要なお知らせを記載、ご参照下さい。
1
実際には、その後 13 年 4 月 4 日に、黒田日銀は「2 年で 2 倍」の 270 兆円にマネタリーベー
ス(末残)を拡大することになったわけだが、これに先行していた我々の試算額は、後から出
された日銀のマネタリーベース目標とそれほど変わらない金額だった。
この際に用いた方法をベースとして計算すると、2020 年度下期に名目GDPを 600 兆円に引
き上げるために必要な 1 年半前(先述の通り、タイムラグ分)までのマネタリーベースの増加
ペースは、年率 95 兆円増(同 20.1%増)というのが、12 月 8 日のGDPの基準改定前までの
情勢であった(図 2)
図 2. マネタリーベース(平残)の推移
(兆円)
19年度上期
676兆円
1000
500
20年度下期 名目GDP600兆円 達成には、
19年度上期までにマネタリーベースを
676兆円に拡大させることが必要に
(年率95兆円増、20.1%増)
16年度上期
390兆円
100
50
2006
2008
2010
2012
2014
2016
2018
2020
( 年度半 期)
(注)名目GDP(トレンド除去後)のマネタリーベース(同、3半期前)の変動に対する弾性値(0.09、
92年度上期~15年度上期)をもとに推計。
(資料)日本銀行、内閣府資料をもとに三菱UFJモルガン・スタンレー証券景気循環研究所作成
名目GDPが 31.6 兆円も上振れ
しかし、改定により、15 年度の名目GDPは改定前の 500.6 兆円から改定後は 532.2 兆円に
かさ上げされた(表 1)。20 年度に名目GDPが 600 兆円に達するのに必要な成長率は 3.7%
であったものが、改定後には 2.4%に下がったのである。
表 1. 「2020 年度名目 GDP600 兆円」達成に必要な成長率
2015年度
名目GDP
1993SNA
名目GDP
2008SNA
500.6
532.2
兆円
600
兆円
2.4
%
2020年度
600
達成に必要な成長率
年率
3.7
(資料)内閣府『国民経済計算』をもとに三菱 UFJ モルガン ・スタンレー証券
景気循環研究所作成
このため、前述のように以前は、20 年度(下期)に名目GDP600 兆円を達成するために必
要なマネタリーベース(平残)は、19 年度上期までに年率 95 兆円増(同 20.1%増)ペースで
行かなければならなかったものが、GDP改定後は、丁度現在、日銀が「めど」としている年
率 80 兆円増(同 17.3%増)でよいことになってしまったのである(図 3)。
巻末に重要なお知らせを記載、ご参照下さい。
2
図 3. マネタリーベース(平残)の推移
(兆円)
19年度上期
629兆円
1000
500
20年度下期 名目GDP600兆円 達成には、
19年度上期までにマネタリーベースを
629兆円に拡大させることが必要に
(年率80兆円増、17.3%増)
16年度上期
390兆円
100
50
2006
2008
2010
2012
2014
2016
2018
2020
( 年度半 期)
(注)名目 GDP(トレンド除去後)のマネタリーベース(同、3 半期前)の変動に対する弾性値(0.11、
80 年度下期~16 年度上期)をもとに推計
(資料)日本銀行、内閣府資料をもとに三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券景気循環研究所作成
したがって、20 年度に名目GDPを 600 兆円と目標設定している現政権にとって、必要とさ
れる日銀によるマネタリーベース(平残)の供給は、1年半のタイムラグを考慮して 19 年度
上期に 629 兆円(16 年度上期は 390 兆円)となり、そこまでは現状の年 80 兆円ペースで行く
のが、適正な成長通貨の供給ということになる。逆にいえば、この考え方に基づく限り、当分
の間、年 80 兆円ペースを大きく減少させるようなテーパリングは望ましくない。
このように、私の発言が変化したのは、GDP統計の改定によって、必要マネタリーベース
の量が、改定前と比較すれば縮小することになったからであって、けっして私自身の考え方が
変わったからではないことを申し上げておきたい。
(以上)
三菱UFJモルガン・スタンレー証券 景気循環研究所
東京都千代田区大手町 1-9-2
大手町フィナンシャルシティグランキューブ
参与 景気循環研究所長
嶋中 雄二
03-6627-5130
[email protected]
巻末に重要なお知らせを記載、ご参照下さい。
3
本資料は信頼できると思われる各種データに基づいて作成されていますが、当社はその正確性、完全性を保証するものではありません。本
資料で直接あるいは間接に採り上げられている有価証券は、価格の変動や、発行者の経営・財務状況の変化およびそれらに関する外部評価
の変化、金利・為替の変動などにより投資元本を割り込むリスクがあります。ここに示したすべての内容は、当社の現時点での判断を示している
に過ぎません。本資料は、お客様への情報提供のみを目的としたものであり、特定の有価証券の売買あるいは特定の証券取引の勧誘を目的と
したものではありません。本資料にて言及されている投資やサービスはお客様に適切なものであるとは限りません。また、投資等に関するアドバ
イスを含んでおりません。当社は、本資料の論旨と一致しない他のレポートを発行している、或いは今後発行する場合があります。本資料でイン
ターネットのアドレス等を記載している場合がありますが、当社自身のアドレスが記載されている場合を除き、ウェッブサイト等の内容について当
社は一切責任を負いません。本資料の利用に際してはお客様ご自身でご判断くださいますようお願い申し上げます。
当社および関係会社の役職員は、本資料に記載された証券について、ポジションを保有している場合があります。当社および関係会社は、
本資料に記載された証券、同証券に基づくオプション、先物その他の金融派生商品について、買いまたは売りのポジションを有している場合が
あり、今後自己勘定で売買を行うことがあります。また、当社および関係会社は、本資料に記載された会社に対して、引受等の投資銀行業務、
その他サービスを提供し、かつ同サービスの勧誘を行う場合があります。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券の役員(会社法に規定する取締役、執行役、監査役又はこれらに準ずる者をいう)が、以下の会社の役員
を兼任しております:三菱UFJフィナンシャル・グループ、カブドットコム証券、三菱倉庫。
債券取引には別途手数料はかかりません。手数料相当額はお客様にご提示申し上げる価格に含まれております。
本資料は当社の著作物であり、著作権法により保護されております。当社の事前の承諾なく、本資料の全部もしくは一部を引用または複製、
転送等により使用することを禁じます。
c 2016 Mitsubishi UFJ Morgan Stanley Securities Co., Ltd. All rights reserved.
Copyright ◯
〒100-8127 東京都千代田区大手町 1-9-2 大手町フィナンシャルシティグランキューブ 三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券株式会社 景気循
環研究所
(商号)
三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第 2336 号
(加入協会) 日本証券業協会・一般社団法人金融先物取引業協会・一般社団法人日本投資顧問業協会・一般社団法人第二種金融商品取
引業協会
本資料は、英国において同国the Prudential Regulation Authorityとthe Financial Conduct Authorityの監督下にあるMUFG Securities
EMEA plcが配布致します。また、米国においては、MUFG Securities Americas Inc.が配布致します。
巻末に重要なお知らせを記載、ご参照下さい。
4