対数-指数関数によるNi基超合金のクリープ曲線近似

日本金属学会誌 第 69 巻 第 2 号(2005)229
232
対数指数関数による Ni 基超合金のクリープ曲線近似
伊津野仁史
横川忠晴
原田広史
物質・材料研究機構材料研究所超耐熱材料グループ
J. Japan Inst. Metals, Vol. 69, No. 2 (2005), pp. 229 
232
 2005 The Japan Institute of Metals
A Creep Curve Regression of NiBase Superalloys Using Logexponential Functions
Hitoshi Izuno, Tadaharu Yokokawa and Hiroshi Harada
High Temperature Materials Group, Materials Engineering Laboratory, National Institute for Materials Science, Tsukuba 3050005
A new creep constitutive equation for Ni
base superalloys under high temperature
low stress condition was proposed previC/137 MPa. In this paper, an
ously. This creep curve had good reproducibility of the creep behavior under the condition of 1100°
improvement of this creep constitutive equation is reported; in particular, to achieve better regression at the early secondary
creep stage with a logarithmic function. The refined creep constitutive equation was fitted to the same creep curves that had been
with the previous equation and an improved regression was obtained. The new creep curve gives very good estimations especially
for creep ratios of all creep stages. The result of multi regression with composition for an additional parameter, due to the improvement, is also reported.
(Received October 22, 2004; Accepted January 14, 2005)
Keywords: nickelbase superalloy, creep curve prediction, creep constitutive equation, minimal creep rate, logarithmic function
プ,二次クリープおよび三次クリープ領域に対応する式であ
1.
緒
言
る.一次クリープ領域の形状決定には式( 2 )にあらわれる
パラメータ A1, c1, m が,二次および三次クリープ領域に対
析出強化型 Ni 基超合金(以下,Ni 基超合金と略)は,す
g′
しては式( 3 )のそれぞれ A2, c2, A3, c3,二次および三次ク
ぐれた高温クリープ強度を持ち,ジェットエンジンなどのガ
リープ領域に対して l が強く関与している.式( 2 )は一般
スタービンの高温部材料として用いられている.この高いク
には ·y = y exp (- bt )という微分方程式を満たし,人口統計
相が高温低応力下で異方的
リープ強度は,析出相である g ′
学などで Gompertz 曲線9) と呼ばれている成長飽和曲線の
粗大化(ラフト化)することが主要因といわれている1,2).
一種である.式( 1 )はそれに一般的な指数曲線を加算した
Ni 基超合金のクリープ曲線はラフト化を反映した特異な
ものと考えることができる.
S 字曲線の形状を示す非定常クリープである.この特異な形
われわれはこの構成式を用い,非線形フィッティングによ
状をよく説明できるクリープ構成式を用いたクリープ挙動の
り NIMS 開発の Ni 基超合金計 23 種類の 1100 °
C / 137 MPa
記述は機械特性を有効に生かすガスタービン設計において重
におけるクリープ曲線を近似し,一次クリープ領域がよく再
要である.また合金組成とクリープ挙動の関係を明らかにす
組成お
現できることを報告した7) .また,同 23 種合金の g ′
ることで,より高性能な Ni 基超合金の開発を行うことが期
よび組織因子から式( 2 )( 3 )の 8 つのパラメータを重回帰
量および組織因子の各クリープ領域への寄与につ
分析し,g ′
待されている.
非定常クリープ挙動の考えにもとづくクリープ構成式とし
いても報告し,重回帰結果を用いることにより材料組成およ
ては Wilshire & Evans による u 法3,4),および転位の運動を
び組織因子からクリープ曲線を直接予測することが可能であ
考慮した丸山らによる改良 u 法5,6) が知られている.しかし
ることを報告した8).
これらはラフト化という組織変化が考慮された式ではなく,
他方,式( 1 )の問題点としては,二次クリープ初期の再
S 字状の一次クリープ部分は再現できない.このため, Ni
現性の悪さがあげられる.式( 1 )を数学的に検討すると,
基超合金に合ったクリープ構成式を考案する必要がある.
式( 2 )が飽和点に達する t = 2m の時点を越えたあたりでク
我々はさきに,指数関数を組み合わせたクリープ構成式を
提案した7,8).
リープ速度が最小になる部分が存在する.その後,指数関数
的に伸びは増加するが,これに対して実際に観察されるク
e=I×(A1+S2+S3)
(1)
I=exp (-exp (-(t-m)/c1))(t≫2m → I  1)
(2)
リープ速度はむしろゆるやかに減少し,最小クリープ速度を
Si=Ai exp ((t-l)/ci)
(3)
示すのは指数的伸びが顕著になる直前の二次クリープ領域後
ここでは e クリープひずみ,I, S2, S3 はそれぞれ一次クリー
半であることが知られている.式( 1 )のこの特性は特にク
リープ挙動では,二次クリープ領域に入ってしばらくはク
230
第
日 本 金 属 学 会 誌(2005)
69
巻
リープ速度を予測する際に問題となるものであり,また二次
クリープ領域前半でのクリープ歪に近似計算が引きずられ,
しばしば一次クリープ歪量を実際より大きく評価してしまう
ケースが見られた.本論ではこの部分を改良し, Ni 基特有
のクリープ挙動をより高い再現性で説明するクリープ構成式
を提案する.
なお,本発表は 2004 年日本金属学会秋期大会において発
表した10).
2.
クリープ構成式の改良
式( 1 )は先に述べた二次クリープ領域前期以外において
は非常によい近似性を持っている.このため,改良にあたっ
て全体的な式の形を極端に変更するのは好ましくない.とこ
ろで,二次クリープ領域前期のクリープ曲線形状はクリープ
速度がゆるやかに減少する,CC 材などで見られるクリープ
Fig. 1 Creep curve regression using new creep constitutive
equation.
曲線の加工硬化成分のそれに近い.以上二点の理由からいく
つかの形の式について比較検討した結果,従来の一次クリー
プ領域に対数関数を乗じ,S2, S3 を加算する形のものがもっ
とも適しているとの結果を得た.
今回改良したクリープ曲線近似を下に示す.一次クリープ
領域は式( 4 )のように修正される.
=exp (-exp (-(t-m)/c1))×log ( bt+e )
I′
(4)
+ ∑ Ai exp ((t-l)/ci)
e = A 1 ×I ′
(5)
i=2, 3
Ai, ci, m, l はそれぞれ式( 2 )( 3 )と同様の意味を持つパラ
メータ,b が新たに加えられた項にふくまれるパラメータ,
また e は指数関数の底である.b が大きければ二次クリープ
領域前半でのクリープ速度が大きくなる.また t=0 の時点
で log ( bt+e )=1 となることに注意されたい.
Fig. 2
A non
logarithmic creep curve.
式( 5 )を用い,式( 1 )においてさきに検討したのと同様,
NIMS 開発の Ni 基超合金 23 種類の 1100 °
C / 137 MPa にお
けるクリープ曲線の非線形フィッティングを行った.得られ
リープ領域初期における対数的なクリープ変形が見られな
たパラメータの組を従来の対応するパラメータと比較し,本
い,非対数的クリープ曲線であると結論づけられる.このよ
改良の影響を調べた.加えて,近似結果からクリープ速度曲
うなクリープ曲線に対しては, b= 0 とすることで表現でき
線を求め,従来のクリープ速度算出方法との比較を行った.
る.今回,b が極端に小さく,ないし近似計算そのものがう
まく行えなかったクリープ曲線はいずれもこのような形状の
3.
クリープ近似結果
ものであったことに注意したい.
式( 1 )と式( 5 )の対応する各パラメータのうち,一次ク
Fig. 1 に式( 5 )が非常によく適応できた合金のクリープ曲
リープ領域にかかわる A1, c1, m の比較を Fig. 3 に示す.式
線近似を示す.□が式( 1 )による,○が今回の式( 5 )によ
( 1 )での近似による値を横軸,式( 5 )での近似による値を
る曲線近似である.一次クリープ領域後半から二次クリープ
縦軸としてプロットしてある.一次クリープ領域の持続時間
領域前半部にかけての再現性が劇的に向上していることがわ
はほぼ 2m と評価されるが, m に関しては変動は少なかっ
かる.
た.これは今回の改良が一次クリープ領域の時間方向での近
一方, Ni 基超合金には Fig. 2 に示されるように一次ク
似性には影響していないことを意味する.他方,一次クリー
リープ領域が明瞭でないクリープ挙動を示すものも見られ
プ歪の大きさをあらわすパラメータ A1 にかんしては変動が
る.この形のクリープ曲線に式( 1 )を適応すると,一次ク
大きく,式( 1 )による近似では過大に評価されがちであっ
リープ領域が非常に小さいものとして表現された.対して式
た値が全体的に小さくなっている.このことから今回の改良
( 5 )を適応させると,対数部分にふくまれるパラメータ b
が先に述べた問題を修正していることがわかる.なお,二次
の値が計算誤差と比較して有意ではなくなるほど小さくなっ
および三次クリープ領域にかかわるパラメータ A2, c2, A3, c3
た.ここで式( 4 )で b=0 とおけば式( 4 )=式( 2 )となるこ
および l に関してはパラメータの変動傾向は顕著ではなか
とに注意すれば, Fig. 2 のようなクリープ曲線は,二次ク
った.
第
2
号
231
対数
指数関数による Ni 基超合金のクリープ曲線近似
Fig. 3
Effect of the revision of A1, c1 and m.
Table 1
Multi regression coefficients of b and c1.
Co
Cr
b
-0.003
-0.107
c1
-2.74
27.91
-29.13
13.13
Ta
Hf
Re
Ir
0.094
W
-0.012
b
0.018
-0.086
-0.370
-0.014
c1
0.55
135.35
62.19
6.17
misfit
b
0.416
c1
Fig. 4 Creep ratio calculation using new creep constitutive
equation.
Mo
5.
80.07
Vf
-0.388
37.19
Ti
0.085
-30.6
Nb
0.034
5.81
Ru
0.010
-0.06
intercept
0.463
-70.97
パラメータ b の重回帰分析結果
今回式( 5 )で新たにつけ加えられたパラメータ b を g ′
相
相量を説明変数
中の添加元素量および格子ミスフィット,g ′
4.
クリープ速度の評価
として重回帰分析を行った.重回帰分析の結果を Table 1 に
示す.比較のために,本改良が大きく影響した c1 について
材料評価においては最小クリープ速度の概念が重要である
も,b と同じ説明変数で再計算した重回帰結果を示す.
と考えられている.しかしながら現在行われている Ni 基超
まず b と c1 の大きさとクリープ曲線の形状との関係を
合金の長時間クリープ試験においては測定点が厖大な量にな
Fig. 5 に模式的に示す.Fig. 5(a)に示すように,b が大きけ
り,また測定点間のクリープ伸びに対して測定値のゆらぎが
れば二次クリープ領域でのクリープ曲線がより対数曲線的と
大きいため,実験データの差分から直接クリープ速度曲線を
なる.また,Fig. 5 (b )に示すように c1 が大きければ一次ク
求めることは困難であった.この問題の解決のためには移動
リープ速度は小さくなる.
平均法や Lagrange の補間法が用いられていたが,微分可能
Table 1 より,格子ミスフィットの絶対値に対する重回帰
なクリープ構成式によるクリープ曲線の近似式が求められれ
係数が大きく,これが b を増加させることがわかる.対し
ば,煩雑な操作なしに実験データから最小クリープ速度を求
相量,Re は b を小さくしている.この結果は c1 の重回
て g′
めることが可能になる.
帰結果とは全く逆の傾向を示している.例えば格子ミスフィ
式( 5 )によるクリープ曲線近似から得られたクリープ速
ットの値が大きければ b は大きく, c1 は小さくなり,結果
度曲線の近似の例を Fig. 4 に示す.クリープ曲線から手作
として急激な一次クリープ歪にひきつづいて対数的な二次ク
業で求めた曲線,式( 1 )から算出したクリープ速度曲線を
リープ歪が現れることになる.このことは顕著な一次クリー
比較のために示してある.先に式( 1 )の問題点として指摘
プ歪をもつクリープ曲線においては,二次クリープ歪の対数
した最小クリープに関する問題が今回の改良によって解決さ
的傾向がより顕著に現れていると結論づけられるものである.
れており,全体としてよいクリープ速度曲線の近似になって
量および組織因子から予
いる.式( 5 )の各パラメータは g ′
6.
結
言
測可能であるため,このことは材料組成および組織因子から
ただちに最小クリープ速度の推定が可能となることを意味す
る.
以前提案した Ni 基超合金のためのクリープ構成式を改良
し,より再現性の高いクリープ構成式を得た.本構成式は一
232
日 本 金 属 学 会 誌(2005)
文
Fig. 5
Figure of the effect of the largeness of b and c1.
次クリープから二次クリープ領域にかけて,単なる成長曲線
過程では説明できないクリープ歪を表現するものである.本
構成式中のパラメータを検討した結果,以前提案したクリー
プ構成式の改良となっていることが確認された.また,ク
リープ速度に関して非常によい推定を与えるものとなった.
第
69
巻
献
1) J. X. Zhang, T. Murakumo, Y. Koizumi, T. Kobayashi, H.
Harada and S. Masaki Jr.: Metal. Mater. Trans. 33A(2002)
3741
3746.
2) T. Ichitsubo, D. Koumoto, M. Hirao, K, Tanaka, M. Osawa, T.
4044.
Yokokawa and H. Harada: Acta Mater. 52(2003) 4033
3) R. W. Evans, J. D. Parker and B. Wilshire: Recent Advances in
Creep and Fracture of Engineering Materials and Structures,
(Pineridge Press, Swansea, 1969) p. 135.
4) R. W. Evans, I. Beden and B. Wilshire: Creep and Fracture of Engineering Materials and Structures, (Pinebridge Press, Swansea,
1984) p. 1277.
5) K. Maruyama, C. Harada and H. Oikawa: J. Soc. Mater. Sci.,
1295.
Japan 34(1985) 1289
519.
6) H. Oikawa: J. Japan Inst. Metals 25(1986) 514
7) H. Izuno, T. Yokokawa, M. Osawa, S. Odaka and H. Harada:
Collected Abstracts of the 2003 Autumn Meeting of the Japan
Inst. Metals (2003) p. 443.
8) H. Izuno, T. Yokokawa, M. Osawa, S. Odaka and H. Harada: J.
529.
Japan Inst. Metals 68(2004) 526
9) B. Gompertz: Phil. Trans. Roy. Soc. London 123(1832) 513
585.
10) H. Izuno, T. Yokokawa and H. Harada: Collected Abstracts of
the 2004 Autumun Meeting of the Japan Inst. Metals (2004)
p. 410.