1/6 World Trends マクロ経済分析レポート トランプ政権誕生の衝撃と、新興国、資源国 ~政策運営のあり様は可能性にもリスクにもなり得る~ 発表日:2016年11月16日(水) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 今月8日の米大統領選ではトランプ氏が勝利し、同日実施された議会選でも上下院ともに共和党が多数派 を維持した。トランプ次期政権では減税やインフラ投資拡充などの政策が景気を押し上げると期待され、 通常は新興国などへの恩恵が見込まれるが、同氏の掲げる保護主義姿勢がその恩恵を相殺するリスクがあ る。景気回復が早期の利上げを促し、新興国からの資金流出を加速させる可能性にも注意が必要である。 アジアで最も注目されるのが中国への対応である。高い輸入関税は現実的ではない一方、為替操作国の認 定を通商取引に使うことで人民元の切り上げを強硬に求める可能性はある。そうなれば中国への依存度を 高めてきたアジア新興国にとっても玉突き的に外需を下押しして景気の足かせとなると予想される。中国 の景気対策がアジア景気を下支えする可能性はあるものの、その勢いが乏しくなることは避けられない。 トランプ政権の誕生は中南米諸国を直撃するとの見方は強い。メキシコは経済的にも米国への依存度が突 出するなか、通商政策の見直しも打撃となるとみられる。他方、モノカルチャー国家が多いなかで米国の 景気加速は米国への輸出を押し上げる可能性はある。ただし、域内の製造業はメキシコが席捲すると見込 まれるなか、原油相場の低迷が穀物市況の調整などを通じて地域経済を下押しする可能性にも要注意だ。 中東やロシアなどの産油国にとって、トランプ次期政権による環境規制撤廃によるシェール関連投資の拡 大は原油相場の重石となることで景気浮揚の種を摘むと見込まれる。SWFの存在感低下は金融市場の動 揺を増幅させる可能性もある。米国の対ロ政策を転換させる可能性はあるが、それは既存秩序の崩壊を招 くリスクもある。中東情勢が混沌化する可能性もあり、事態の劇的改善を望むことは難しいであろう。 今月8日に実施された米国大統領選挙では、共和党候補のドナルド・トランプ氏が過半数の選挙人を獲得する こととなり、来年1月に第 45 代大統領となることが決定した。さらに、同日に実施された議会選挙において は上下院ともに共和党が過半数を維持することが決定しており、オバマ政権下で続いた「ねじれ議会」状態が 解消することとなった。なお、上院における共和党の獲得議席数は「絶対安定多数」とされる水準には及ばな いものの、オバマ政権の下では「ねじれ議会」を理由に政権の政策運営が滞る事態がしばしば散見されたこと を勘案すれば、そうしたリスクは大きく後退すると期待される。トランプ氏を巡っては、選挙戦の最中から 「アメリカを再び偉大な国に」とするスローガンの下で自国利益の最大化を目指して通商協定の見直しによる 保護主義的な経済政策を志向する姿勢をみせたほか、宗教や人種、民族、文化などに関連した暴言を連発した ことで外交及び安全保障政策などに関するスタンスも不透明であり、こうした点が地政学リスクを生むなど新 たな懸念要因となることを危惧する声は少なくない。その一方で米国経済の動向を考えると、足下で底堅い景 気拡大が続くなか、トランプ次期政権では大幅な減税が行われるほか、巨額のインフラ投資に向けた財政投入 が行われる上、オバマ政権下で進められた環境関連規制を撤廃するなど(今月初めに発効したパリ協定破棄に も言及)、財源の問題などを度外視すれば景気押し上げに繋がると見込まれる材料は多い。実際には、トラン プ氏が選挙戦で打ち出した政策はある意味で「空手形」に近く、すでに社会保障やメディケア(公的医療保険 制度)関連ではオバマ政権下で導入された政策を引き継ぐなどの動きもみられるなどその他の政策についても 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/6 「満額回答」とはならないことは想像に難くない。とはいえ、上述のような景気押し上げ効果に繋がる政策が 一部でも実施されることは当面の米国経済にとってはプラスに作用することが期待されるなか、世界最大の経 済規模である上に世界最大の輸入国でもある米国経済の加速は“通常の場合”米国向けの輸出押し上げを通じ て新興国や資源国にとってもプラスの効果を持つと期待される。しかしながら、トランプ氏は上述のように選 挙戦で保護主義的な経済政策を志向する姿勢を前面に押し出し、結果として「ラストベルト(Rust Belt)」 と称される同国中西部や北東部といった重工業や製造業が盛んな地域での支持率向上が同氏の勝利を後押しし たことを勘案すれば、政権運営に当たってこうした動きを強めるリスクは残る。なお、一部にはトランプ氏に よる「勝利演説」やその後の対応などをみて、同氏が長年に亘ってビジネス界に身を置いてきたことを理由に 現実主義的な対応を行うとの「希望的観測」を強める向きもある。ただし、今回の大統領選において多くの人 及び主要マスコミが抱いていたヒラリー・クリントン候補が勝利するといった「希望的観測」が現実にならな かったことを勘案すれば、安易にそうした見方に流れることは望ましいものではなく慎重な姿勢が必要である。 その意味においては、米国経済の加速が必ずしも新興国や資源国にとってプラスに繋がるものとはなり得ない 可能性が残る。今回の大統領選では得票率ではクリントン氏がトランプ氏を上回るなど、2000 年の大統領選 (ジョージ・W・ブッシュ氏が勝利)の際と同様に国民の間で不人気な政権が誕生するなか、ブッシュ政権で は政権発足直後に発生した米国同時多発テロ(いわゆる「9.11」)発生が政権の求心力向上に繋がったが、ト ランプ次期政権では如何に求心力を高めるかが課題になっており、支持層に対する「ゼロ回答」の対応は難し いと予想される。さらに、米国では世界金融危機後に3度に亘り量的金融緩和政策が実施されており、昨年末 には利上げに踏み切る動きをみせたものの、その後は緩和的な姿勢が採られるなど長期に亘って金融緩和が常 態化する環境が続いてきた。仮にトランプ次期政権による政策運営が景気加速を促すことに繋がれば、Fed (連邦準備制度理事会)としては早期の利上げに動く必要に迫られることも予想され、そうなれば米国をはじ めとする先進国から新興国や資源国などに流入してきた資金の巻き戻しを促す可能性がある。こうした動きは 新興国や資源国には資金流出を通じて自国通貨安圧力となるなか、米国の輸入拡大が促される状況下では通貨 安による価格競争力の向上も相俟って新興国や資源国にとって景気の押し上げに繋がると見込まれるが、上述 のように米国が保護主義的な姿勢を強めればこうした目論みは大きく外れる。その結果、多くの新興国や資源 国にとって通貨安は輸入インフレ圧力を高めるだけであり、資金流出が国内信用拡大の圧迫要因となり内需の 足かせとなる可能性も勘案すれば、多くの新興国及び資源国の景気にとって下押し圧力となるリスクもある。 したがって、新興国や資源国にとってはトランプ次期政権による通商政策や外交的な対応など、依然として不 透明な分野が今後のこれらの経済をみる上で大きな鍵を握っていると言える。本稿では大まかな地域ごとに考 え得る影響を考察することにしたい。 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/6 【アジアを中心とする新興国】 アジア地域においては、トランプ氏が政権公約として「45%」という法外な輸入関税を課すとしたほか、大統 領就任後早々に「為替操作国」と認定するなどの考えをみせている中国との対応が重要になることは間違いな い。というのも、ここ数年に亘ってASEAN(東南ア 図 1 アジア新興国の対米依存度の比較 ジア諸国連合)を中心とする多くのアジア新興国におい ては、中国が高い経済成長を実現する一方で同国内での 生産コストが高まるなか、川上部門を中心に「チャイ ナ・プラス・ワン」といった形で生産拠点の移転が進ん できたこともあり、中国経済との連動性を高める展開が 続いてきた。したがって、足下における中国経済の減速 は多くのアジア新興国にとって、中国向け輸出に下押し 圧力が掛かることで景気の重石となるなど、これまで中 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 国の高い経済成長の恩恵に浴してきた反動に直面していると判断出来る。こうしたなか、トランプ次期政権の 政策運営による米国経済の加速は、中国への依存度を高めてきたアジア新興国にとって、輸出の重心を米国に 幾分シフトさせることに繋がると期待されるものの、トランプ氏が掲げる保護主義的な政策がこの動きに影響 を与えるかは不透明と判断出来る。さらに、中国に対して法外な輸入関税を課す事態となれば、中国も米国に 対して報復関税を課すことは容易に想像出来るなど実効性に乏しい上、中国から米国への輸出の太宗は米国資 本をはじめとするグローバル企業によるものが占めていることを勘案すれば、米国経済にも「しっぺ返し」と なることは間違いない。よって、このような政策が安易に採られる可能性は高くないと予想されるものの、輸 入関税に比べると「為替操作国」の認定を通商交渉などの切り札として利用することは比較的容易と見込まれ、 米国が中国に対して人民元相場の切り上げを求める動きに繋がることが考えられる。現状において人民元はI MF(国際通貨基金)が加盟国に配分する資金融通の権利及びその単位である特別引出権(SDR)の構成通 貨となるなど、形式的には「国際通貨」の仲間入りを果たしているが、その取引実態は閉鎖的な環境にある上、 当局による恣意性も排除出来ないなど名ばかりの状況が続いている。足下では政策期待が米ドル高圧力となる なか、トランプ次期政権が企業に対する海外利益に対す 図 2 アジア新興国の対中依存度の比較 る課税猶予を廃止する代わりに一度に限り適用税率を 10%と低率にする考えを示したことで中国国内から海外 への資金流出が加速するとの見通しも後押しする形で人 民元安圧力に拍車が掛かっており、当局もこうした動き を容認している可能性がある。ただし、実態としての人 民元相場はその他の主要通貨が下落したことで実効ベー スでは横這いで推移するなど価格競争力の向上には必ず しも繋がっていないなか、米国が中国当局に対して人民 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 元相場の切り上げを求め、仮にその動きに応ずる事態となれば中国の輸出に一段と下押し圧力が掛かることは 避けられない。そうなれば、中国経済との連動性が高いアジア新興国にとっては「玉突き的」に中国向け輸出 に下押し圧力が掛かることで景気の足かせとなる事態も予想される。また、仮にトランプ次期政権が保護主義 的な姿勢を強めるなかで、米国資本のグローバル企業に対して対外直接投資を抑制させるような動きを強める 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 4/6 ことになれば、経常赤字を抱えるなど対外収支が脆弱な国を中心に資金流出圧力が一段と加速する可能性もあ る。なお、そうした最悪の事態が発現した場合においても、中国当局は自身が掲げる経済成長率「目標」の実 現に向けて歳出拡大による景気下支えを図ると見込まれ、このことがアジア新興国景気の下支えに繋がると予 想されるものの、これまでのように内需と外需が両輪のように経済成長をけん引する形にはなりにくく、結果 的に景気の勢いに乏しい展開が続く状況になると考えられる。 【中南米諸国】 トランプ次期政権が保護主義的な政策運営を志向する場合、その影響を最も受けやすいと考えられるのが中南 米諸国であろう。特に、隣国メキシコに対してトランプ氏は数々の罵詈雑言を浴びせるとともに、国境に沿っ て「巨大な壁」を建設することにより不法移民の流入を止めるほか、メキシコからの移民による本国への送金 を没収するなどいった暴挙に近い発言を繰り返してきた。なお、米国が依然として堅調な景気拡大を続ける源 泉の一つは旺盛な移民流入に伴う労働力人口の増加であ 図 3 主要な中南米諸国の対米依存度の比較 ること、メキシコからの移民とは限らないものの、シリ コンバレーをはじめとするIT関連の「ニューエコノミ ー」の担い手の多くは移民であることを勘案すれば、移 民政策に失敗することは米国経済の勢いを削ぐ可能性が あることには注意が必要である。他方、メキシコ経済に とっては主要な中南米諸国の中でも相対的に輸出依存度 が高い上、輸出全体に占める米国向けの割合が8割を上 回るなど米国経済への依存度が極めて高いことを勘案す (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 れば、トランプ次期政権が保護主義的な政策運営を行うことによる経済への打撃は極めて高い。さらに、ここ 数年は米国資本のみならず、日本やドイツなど世界的な自動車メーカーがメキシコを北米向けの輸出拠点とし て投資を活発化させてきたことを勘案すれば、企業の投資活動などに与える影響も大きい。トランプ氏は大統 領選を通じてTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に反対、NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉な ど、様々な通商協定の見直しを示唆する考えを示してきたが、メキシコはTPP発効によるプラスの効果を最 も享受し得る国の一つと見做されてきたことも、トランプ政権の誕生そのものが経済にマイナスの影響を与え るとの見方に繋がっている。なお、その他の中南米諸国についてみた場合、トランプ次期政権による政策運営 を通じて米国経済が加速感を強めることは、アジアの新興国などと比較するとプラスに作用する面が大きく出 る可能性が予想される。その背景には、多くの中南米諸国経済は単一の財、とりわけ鉱物資源などに依存する 「モノカルチャー」的な色合いが強い上、輸出についても鉱物資源をはじめとする一次産品の割合が極めて高 いなど、米国の輸出と必ずしも競合しにくい特徴が挙げられる。したがって、トランプ次期政権によるインフ ラ投資拡充の動きを受けて米国内における建設需要が拡大することは、米国内における建材需要の拡大を促す ことで関連する資源輸入を押し上げることとなり、チリの銅や木材(住宅用建材向け)のほか、ペルーの銅や 鉛、亜鉛、錫、ブラジルの鉄鋼石や木材(住宅用建材向け)などはその典型例になるとみられる。事実、トラ ンプ氏の勝利が確定して以降、国際金融市場においてはトランプ次期政権によるインフラ投資の拡充を材料に 鉄鋼石や銅をはじめとする鉱物資源価格が上昇基調を強める動きがみられる。その一方、多くの中南米諸国は 経常赤字を抱えるなど対外収支が脆弱である上、ここ数年は国際商品市況の低迷長期化に伴い財政状況が悪化 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 5/6 するなど「双子の赤字」が懸念される国もあるなど、国際金融市場の動揺による影響を受けやすい面を有する。 さらに、鉄鋼石をはじめとする鉱物資源についてはプラスの効果が期待されるものの、エクアドルやベネズエ ラ、コロンビアなどにとって主要輸出財となっている原油については必ずしも同様の理屈は当てはまりにくい。 というのも、トランプ次期政権は環境関連規制を撤廃する考えを示しており、米国においてはシェールオイル 関連の投資が再び活況を呈することも予想され、その結果として世界的な需給環境は緩みやすい展開が持続す ることで相場の重石となると見込まれる。また、原油相 図 4 中南米諸国の製造業一般工の月給比較 場が低位安定で推移することになれば、バイオエタノー ルに対する需要も高まりにくい状況が続くと予想され、 代替エネルギー源となってきたとうもろこしや大豆、サ トウキビなどについても食料向けの供給が拡大すること で相場が抑えられることにも繋がろう。大豆相場の低迷 はアルゼンチン経済にとって死活問題となるだけに、同 国経済の勢いを削ぐことも懸念される。そして、米国が 保護主義的な政策を志向することにより、中南米諸国間 (出所)JETRO「2015 年投資コスト比較」より作成 では製造業の競争激化に繋がることが予想されるなか、製造業の生産コストを比較するとメキシコの労働コス トは他の中南米諸国を圧倒する低水準である上、その生産性の高さを勘案すればメキシコ製品が中南米市場を 席捲する可能性はある。しかしながら、消費市場として中南米諸国が束になったとしても米国の市場規模に適 う水準ではないことを勘案すれば、メキシコは生産能力を持て余すことになり、結果的にバランスシート調整 を余儀なくされる。その意味において、中南米諸国にとってもトランプ次期政権の誕生は功罪相半ばするとい うところであるが、プラスばかりではない点には注意が必要と言えよう。 【中東やロシアをはじめとする産油国】 上述したように、トランプ次期政権は環境関連規制を撤廃する考えをみせており、その結果として米国内でシ ェールオイル関連の投資が活発化することが予想されるなか、原油相場については先行きにおいても上値の重 い展開が続く可能性が高いとみられる。OPEC(石油 図 5 世界的な貿易量と経済成長の関係 輸出国機構)諸国やロシアなどは、今年9月の臨時総会 で予想外の形で減産合意に至っており、長期に亘る市況 低迷が各国経済に深刻な打撃をもたらすなかで原油相場 の維持に向けた姿勢で協調している。しかしながら、そ の後は各国間での具体的な減産量を巡る調整が困難なな か、直近 10 月のOPEC加盟国による産油量は依然と して拡大基調が続いており、上述の減産合意で設定され た目標に従えば平均で2~3%程度の減産が必要な計算 (出所)IMF “World Economic Outlook Oct. 2016 Database”より作成 となる。トランプ次期政権の政策運営による米国景気の加速は原油需要の押し上げに繋がると見込まれる一方、 保護主義的な政策が世界的な貿易拡大の阻害要因となれば世界経済の成長の足かせとなることで、全世界的な 原油需要にとっても下押し圧力となることが懸念される。そうした状況にも拘らず米国において増産投資が一 段と活発化して供給拡大の動きが広がれば、世界的に原油の供給過剰状態の長期化が予想されるとともに、需 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 6/6 給のダブつきは再び市況低迷をもたらすことが懸念される。一部のOPEC諸国では昨年末以降IMFなどに 救済を求める動きをみせる一方、足下では原油相場の底入れを受けて各国は落ち着きを取り戻しているものの、 現状から景気回復に繋がる材料に乏しい展開が続くと予想される。この結果、国際金融市場にとっては重要な 資金供給源の一つとなってきた中東産油国などによるソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)の存在感は一 段と低下を余儀なくされるとみられる。この影響は金融市場が「リスク・オン」ムードに浴している際には表 面化しないものの、不測の事態によって一転して「リスク・オフ」となった時に「最後の買い手」になる云わ ば「掴まされ役」の不在、ないし役割後退ということで事態打開を長引かせるリスクになることが懸念されよ う。また、中東においてトランプ次期政権の政策運営のなかで重要な鍵を握るのは対IS(通称「イスラム 国」)への対応であり、空爆強化やISの資金源の遮断といった手段で対抗する姿勢をみせるなか、最も注目 を集めているのは主戦場となっているシリアへの対応であろう。シリアにおいては、アサド政権と反政府勢力 がいがみ合うなか、その間隙を突く形でISが支配地域を拡大して「三つ巴」の状態に陥っているが、アサド 政権の背後にあるロシアの支援の存在が事態収拾を難しくさせる一因になっている。こうしたなかでトランプ 氏は「ISとの戦闘に注力すべき」との考えを示しており、オバマ政権下ではNATO(北大西洋条約機構) の一員として欧州諸国などとともに反政府勢力に肩入れする姿勢を続けてきた展開から大きく変わることも予 想される。また、トランプ氏はロシアのプーチン大統領に対して好意的な評価を繰り返しており、足下では原 油相場の底入れなどを受けて「最悪期」を過ぎつつあるロシア経済の浮揚の足かせとなっている経済制裁が解 かれるとの見方も浮上している。ただし、トランプ次期政権によるシリアでの戦略変更はシリア国内における 対米感情に悪影響を及ぼす可能性や「ウクライナ問題」を発端に共同歩調を採ってきたNATO諸国の足並み の乱れを生むことも予想され、既存秩序の分断といった予想外の結果に繋がるリスクもある。おそらくこうし たなかでロシアは制裁解除という「漁夫の利」を得ることになる可能性はあるが、こうした動きがロシア経済 の勢いを再び取り戻すことに繋がると考えるのは早計であろう。「共和党主流派」はトランプ氏と距離を置い ている影響でトランプ次期政権の中枢にこうした面々が名を連ねる可能性は低いと見込まれ、このことは米国 の対ロ姿勢の転換を促すとの見方はあるものの、議会では依然として主流派が多数を占める状況にあることを 勘案すれば、急激に舵を切ることで議会との対立が深まる可能性もある。今回の大統領選においてはロシアに よるサイバー攻撃がトランプ候補の勝利を後押ししたとの見方もあり、このことは同氏の対ロ感の改善に繋が っている可能性はあるが、その矛先がトランプ氏に向かうことになれば一転して態度が硬化することも予想さ れる。その意味では、産油国を取り巻く状況はここ数年に比べて改善するものの、そのことが劇的改善に繋が るとは見込みにくいのが実情と言えよう。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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