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第 10 回「脂肪族求核置換反応 (1)」
有機化学Ⅰ 講義資料
第 10 回「脂肪族求核置換反応 (1)」
第6回から第9回にかけて、多重結合を持つ sp2 炭素・sp 炭素上で起きる反応につい
て学んだ。それでは、sp3 炭素上で起きる反応についてはどうだろうか。
sp3 炭素上には4本のσ結合がある。σ結合の反応性は、π結合よりも低いことはす
でに学んだ(第6回)。特に、これらのσ結合がすべて、炭素との電気陰性度の違いが
小さい原子(炭素・水素)と結合している場合には、反応性は低い(下左図)。しかし、
炭素との電気陰性度が異なる原子と結合している場合はどうだろうか。この時は、σ結
合は分極している。従って、極性反応が起きる可能性がある(下右図)。
R1
R4
R3
R1
C
R4
R3
R2
!+
C !–
X
今回から2回にわたって、正に分極した sp3 炭素上で起きる置換反応について学ぶ。
この反応では、sp3 炭素上に結合した電気的陰性な原子または置換基が、他の電気的陰
性な原子または置換基に置き換わる。
RCH2X
RCH2Y
Y–
+
X–
+
この反応を、脂肪族求核置換反応 aliphatic nucleophilic substitution と呼ぶ。
「脂肪族」
とは、「sp3 炭素原子上で起きる」という意味であり、「求核」とは「正に分極した炭素
原子に求核剤が攻撃する」ことを意味している。脂肪族求核置換反応には、反応が起き
る炭素原子の性質によって、反応機構が異なる二種類の反応が存在することが知られて
いる。これらはそれぞれ「SN1 反応」「SN2 反応」と呼ばれる。今回は、まず SN2 反応
について学ぶ。
注1:「脂肪族」とは、本来「芳香族」aromatic に対応する言葉であり、「芳香族性」を持たな
い有機化合物のことを指す。しかし、我々はまだ芳香族性について学んでいないので、ここでは
「sp3 炭素を持つ化合物」と仮に解釈しておく。
置換反応において、置換される原子または基を脱離基 leaving group と呼ぶ。上の反
応式では、X が脱離基である。あとで学ぶように、脱離基と求核剤の性質は、置換反応
の反応性と深く関係している。
RCH2X
+
RCH2Y
Y–
+
X–
–1–
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第 10 回「脂肪族求核置換反応 (1)」
有機化学Ⅰ 講義資料
1. ハロゲン置換基を持つ有機化合物の命名法
置換反応の本題に入る前に、今回からしばしば登場する「ハロゲン置換基を持つ有機
化合物」の命名法について説明しておく。このような化合物を、ハロゲンを「置換基」
と見なして命名する方法をすでに学んだ(第3回)。しかし、ハロゲン置換基を持つ有
機化合物にはもう一つの命名法があり、しばしば使われる。
例えば、ブロモメタンは臭化メチル methyl bromide と呼ばれることがある。これは、
「メチル基と臭化物イオンが結合した化合物」という意味である。このように、「アル
キル基+官能基名」という形で化合物を命名する方法を基官能命名法 radicofunctional
nomenclature と呼ぶ。これに対して、以前学んだ「アルカン+置換基」という形で命
名する方法を置換命名法 substitutive nomenclature と呼ぶ。
CH3Br
ハロゲン置換基の名称は、置換命名法では「フルオロ・クロロ・ブロモ・ヨード」だ
が、基官能命名法では「フッ化・塩化・臭化・ヨウ化」となることに注意。英語では、
それぞれ「fluoro, chloro, bromo, iodo」と「fluoride, chloride, bromide, iodide」とな
る。混用しないように注意する。
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
問:次の化合物を、置換命名法と基官能命名法でそれぞれ命名しなさい。
F
CH3CH2Br
I
Cl
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
2. 臭化メチルと求核剤の反応:SN2 反応
臭化メチル(ブロモメタン)は、HO–のような強い求核剤と反応して、臭素原子が求
核剤に置き換わった生成物を与える。
CH3Br
+
–OH
CH3OH
+
Br–
この反応の機構について考えてみよう。先ほど述べたように、この反応のポイントは、
C–Br 結合が分極していることである。炭素原子は正に分極しているため、電子不足で
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ある。つまり、求電子性を持つ。
HH
δ– δ+
Br
C
H
従って、求核剤 (HO–)はこの炭素原子に向かっていくであろう。
HH
δ– δ+
+
Br
C
–OH
H
このとき、求核剤は背面攻撃する(第8回の「環状ブロモニウムイオンと求核剤の反
応」と同様である)。つまり、正に分極した C 原子に向かって、求核剤のローンペアが
背後から近づいて行き、新しい結合を作る。それと同時に、C–Br 結合の電子が押し出
されて、Br 原子上のローンペアとなる。
HH
δ– δ+
Br
C
+
–OH
H
その結果、C–O 結合が新たに生成し、同時に C–Br 結合は切断されて、反応は完結
する。
HH
Br– +
C
OH
H
この反応の電子の流れを分子軌道で示すと、次のようになる。この反応では、C–O
結合の生成と C–Br 結合の切断が同時に起きる。つまり、遷移状態では C–O、C–Br が
ともに「半分結合している」状態になっている。
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O上のローンペア
C–Br σ結合
HH
Br
–OH
C
H
遷移状態
HH
!–
Br
C
!–
OH
H
HH
Br–
OH
H
C–O σ結合
Br上のローンペア
C
遷移状態を含めて反応式を書くと、下のようになる。「‡」は「ダブルダガー」と読
み、遷移状態を表す記号である。遷移状態での「半分結合している状態」を、下の式で
は点線で示した。
HH
!– !+
+
Br
C
!–
Br
–OH
H
HH
C
!–
OH
HH
Br– +
C
H
OH
H
この反応を SN2 反応 (SN2 reaction)と呼ぶ。S は「置換」substitution、N は「求核」
nucleophilic を意味する。なお、N は下付き文字で書くことになっている。
「2」は「二
分子反応」のことで、遷移状態の形成にハロゲン化アルキルと求核剤の両方が関わって
いることを表している。
SN2 反応をエネルギー図で書くと、下のようになる。山の頂上が遷移状態に対応する。
!–
Br
HH
C
遷移状態
!–
OH
エネルギー
H
HH
Br
HH
–OH
C
Br–
H
C
OH
H
反応座標
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SN2 反応は、極めて適用範囲が広い。この重要な反応をより良く理解するために、
「求
核剤の種類」「脱離基の種類」「アルキル基の種類」「反応の立体化学」という四つの視
点から SN2 反応を見て行くことにする。
3. 求核剤の種類
ブロモメタンと反応する求核剤は、HO–に限らず、非常に多くの種類がある。ローン
ペアを持っている化学種はすべて原理的には求核剤として働き得ると考えてよい。いく
つかの例を下に挙げる。
CH3–Br
+
NH3
CH3–NH3 +
Br–
CH3–Br
+
–SR
CH3–SR
Br–
CH3–Br
+
C CR
+
CH3 C CR
+
Br–
上の一番目の、アンモニアとの反応に注意すること。アンモニアは、HO– やその他
の求核剤と異なり、負電荷を持たない中性分子である。中性分子が SN2 の求核剤とし
て働く場合は、生成物は正電荷を持ち、ローンペアを持っていた原子(アンモニアの場
合は窒素原子)に形式電荷のプラスがつく。
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
問:次の SN2 反応の生成物を示しなさい。巻き矢印とローンペアも書くこと。
(a) CH3CH2–Br + CH3
(c)
O–
C
O
CH2–Br + –OCH2CH3
H3C
CH3
N
CH3
(b)
CH3CH2CH2–I +
(d)
CH2=CHCH2–Cl + C N
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
SN2 で求核剤として働く化学種はたくさんあるが、その反応性 reactivity には大きな
差がある。反応性とは「反応のしやすさ」のことであり、具体的には「反応の速さ」つ
まり「反応速度」で表される。求核剤の反応性のことを求核性 nucleophilicity とも呼ぶ。
求核剤の反応性は多くの要因に影響される。原則として、塩基性が高い化学種は求核
性が高いと考えてよい。たとえば、HO– と CH3COO– (酢酸の共役塩基)では、HO– の
方が強い塩基であり、従って強い求核剤である。
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CH3–Br + HO–
CH3–Br + CH3COO–
>
この関係は、次のように考えれば理解しやすい。
「塩基性が高い」とは「H+ と結合し
やすい」ことを意味する。一方、
「求核性が高い」とは「正に分極した C と結合しやす
い」ことを意味する。これらの「結合しやすさ」は、どちらもローンペアの電子のエネ
ルギーによって決まっており、電子のエネルギーが高いほど結合しやすい。これが、化
学種の塩基性と求核性の間に相関が見られる理由である。
HO–
CH3COO–
塩基性 H+との結合
高い 低い 作りやすい
作りにくい
ローンペアの
エネルギー
高い
低い
Cδ+との結合
求核性 作りやすい
作りにくい
高い 低い SN2 反応でよく用いられる求核剤を、強さの順に分類して紹介しておく。なお、
「pKa
= ○○」と書いてあるのは、共役酸の pKa である。この値が大きいほど、塩基性が強い。
(1) 非常に強い求核剤
pKa ~ 25
C CR
非常に強い塩基であるため、求核性が極めて高い。これよりもさらに強い求核剤とし
てアミドアニオン –NH2 があるが、反応性が高すぎて副反応(あとで学ぶ)を起こすこ
とが多いため、中性のアンモニア NH3 の方が求核剤として実用的である。
(2) 強い求核剤
–OH
pKa = 15.7
–OR
pKa = 15~16
これらも「強い求核剤」に分類される。副反応を起こしがちであるが、共役酸の H2O
や ROH は SN2 の求核剤として弱すぎるため、他の選択肢がないことも多い。
(3) やや強い求核剤
O
pKa = 10
C N
pKa = 9.1
NH3
pKa = 9.4
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R
R'
N
pKa ~ 11
R"
pKa ~ 10
–SR
これらは適度に高い求核性を持ち、SN2 反応に適している。アンモニアとアミンは中
性の求核剤であることに注意。
(4) 中程度の求核剤
O
R
C
O–
pKa ~ 5
求核性は(1)∼(3)にくらべてかなり小さくなるが、反応条件を選べば(適切な溶媒の
選択、温度など)SN2 反応が円滑に進行する。カルボン酸エステルを合成する方法とし
て、実用性は高い。
(5) 弱い求核剤
H2O
pKa = –1.7
ROH
pKa ~ –2
O
R
C
pKa ~ –6
OH
これらは SN2 反応の求核剤としては適さない。むしろ、反応を起こさないことを利
用して、溶媒として利用される。しかしながら、弱いながらも求核性を持っていること
は記憶しておく必要がある。環状ブロモニウムイオン(第 8 回)やカルボカチオン(あ
とで学ぶ SN1 反応)のように強い求電子剤が存在する時に溶媒として使うと、反応を
起こしてしまう。
(6) 番外編:ハロゲン
pKa
F–
Cl–
3.2
–7
Br–
–9
I–
–10
フッ化物以外のハロゲン化物は、極めて塩基性が低いため、求核性が低い。また、フ
ッ化物もプロトン性溶媒中では強く水素結合を受けるため、やはり求核性が低い。しか
し、ハロゲン化物が求核剤として働く反応は、有機化学で意外に頻繁に出て来る。多く
の場合、非プロトン性極性溶媒(次回に学ぶ)を使って、求核性を高めて反応させる。
また、(5) の時と同じように、強い求電子剤とは反応が可能である。
–7–
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­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
問:次の化学種を、求核性の高い方から順に並べなさい。
(b)
(a)
O
(c)
CH3OH
(d)
CH3O–
CH3
O–
C
O
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
4. 脱離基の種類
SN2 反応における脱離基は、電気陰性度の高い原子で sp3 炭素に結合しているもので
ある。置換反応が進行すると、炭素との結合が切れて、そこにあった電子をこの原子が
ローンペアとして受け入れる。
HH
δ– δ+
+
Br
C
HH
–OH
Br– +
H
C
OH
H
従って、ある置換基が脱離基として機能するかどうかは、「炭素との結合が切れてロ
ーンペアになった状態」が安定かどうかで決まる。脱離基の「脱離しやすさ」のことを
脱離能 leaving group ability と呼ぶ。
脱離能に関する一般的な規則として、「塩基性の低い基ほど脱離能が高い」というこ
とが知られている。ここでもまた「塩基性」という指標が登場した。「脱離しやすさ」
は「求核性の高さ」のちょうど反対であるから、同じように考えることができる。例え
ば、F–と I–では I– の方が脱離能が高い。
CH3–F + HO–
CH3–I + HO–
<
F– の方が I–よりも強い塩基なので、H–F 結合よりも H–I 結合の方が切れやすい。
H–X 結合・C–X 結合の「切れやすさ」は、
「結合しやすさ」のちょうど反対になる。求
核剤のところで議論した通り、
「H–X 結合が強い=切れにくい」のは X のローンペア電
子のエネルギーが高いことを意味しており、この場合 C‒X 結合も強い=切れにくい。
従って、C–F 結合よりも C–I 結合の方が切れやすい、すなわち I–の方が脱離能が高い
と言える。
–8–
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塩基性 H+との結合
強い 弱い 作りやすい
作りにくい
F–
I–
ローンペアの
エネルギー
高い
低い
Cδ+との結合
脱離能 強い
弱い
低い 高い ­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
問:以下の化合物が SN2 反応を起こすとき、脱離基となる部分を示しなさい。また、
3つの化合物を SN2 反応を起こしやすいものから順に並べなさい。
O
(a)
O
S
(b)
O
CH3
O
(c)
O
CH3
CH3
Cl
H3C
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
5. アルキル基の種類
SN2 反応の機構をもう一度書いてみよう。
HH
!– !+
+
Br
C
!–
Br
–OH
H
HH
C
HH
!–
OH
Br– +
H
C
OH
H
ここで、反応物(ブロモメタン)の3つの水素原子を、一つずつアルキル基に置き換
えてみる。これは、原料のメチル基を一級・二級・三級のアルキル基に置き換えること
に対応する。
HH
Br
H
+ –OH
C
H
Br
H
H
+ –OH
C
Br
R
R
+ –OH
C
+ –OH
C
R
R
R
Br
R
アルキル基 R は、水素原子に比べると立体的に「かさ高い」。「かさ高い」とは、占
める空間の体積が大きい、という意味である。かさ高い置換基が増えると、求核剤が C
に背面攻撃する際に邪魔になるため、攻撃が成功する確率が下がってしまう。従って、
SN2 反応の速度は、メチル>一級>二級の順に遅くなる。三級のハロゲン化アルキルは
SN2 反応を全く起こさない。このように、かさ高い置換基が邪魔することによって反応
が阻害される効果のことを、立体障害 steric hindrance と呼ぶ。
アルキル基の種類による特殊な例として、3-ブロモプロペン(臭化アリル)のような
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アリル型のハロゲン化アルキルは、アリル型でないものに比べて SN2 反応を起こしや
すい。これは、SN2 反応の遷移状態において、炭素原子が少し正に分極しており、従っ
てカルボカチオンと同じようにπ共役による安定化を受けるためである。
CH2 CHCH2 Br
+ Cl–
CH3CH2CH2 Br + Cl–
注4:この説明によれば、二級のハロゲン化アルキルは(超共役の効果があるため)一級のハロ
ゲン化アルキルよりも SN2 反応が速くなりそうだが、そうはならない。超共役の効果よりも、
立体障害が増えることによる減速効果の方が大きいためである。
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
問:次の化合物を、SN2 の反応性が高いものから順に並べなさい。
(b)
(a)
Br
(c)
(d)
Br
Br
Br
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
6. SN2 反応の立体化学
最初に述べた通り、SN2 反応での求核剤は、背面攻撃を行う。
HH
!– !+
+
Br
C
–OH
H
!–
Br
HH
C
!–
OH
H
HH
Br– +
C
OH
H
ここで、反応点の炭素原子の立体配置を見ると、反応前後で反転していることがわか
るだろう。これを「立体反転」inversion of configuration と呼ぶ。強風で傘が「おちょ
こ」になるのと似ている。
環状化合物の SN2 反応では、立体反転を意識することが必要である。たとえば下の
ように、シクロアルカンの炭素上の反応を考えてみる。
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H
Br
H +
cis-1-
OH + Br–
–OH
trans-4-
-4-
出発物質のメチル基と Br は cis だったのに、生成物のメチル基と OH 基は trans に
なっている。これは、SN2 反応に伴って立体反転が起きたためである。
遷移状態を図示すると、下のようになる。
δ–
Br
Br
H +
H
H
–OH
OH + Br–
δ–
OH
同じ反応をくさび形結合で書くと、下のようになる。メチル基の立体配置が変化して
いないことに注意。
Br
OH
+
+ Br–
–OH
環状化合物でなくとも、不斉炭素(4つの異なる置換基を持つ炭素。第 12 回参照)
上に脱離基がある場合は、立体反転を考慮する必要がある。これは次の問題に出てくる。
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
問:次の SN2 反応の生成物は何か。
CH3S–
Br
­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­­
7. まとめ
・ 電気陰性の置換基が sp3 炭素に結合した化合物は、求核剤と反応して、置換基が求
核剤で置き換わった化合物を生成する。この反応を脂肪族求核置換反応と呼ぶ。
・ 脂肪族求核置換反応のうち、反応点の sp3 炭素に求核剤が結合すると同時に置換基
が脱離する反応を SN2 反応と呼ぶ。
・ SN2 反応の速度は、求核剤が強いほど速い。求核剤の強さは、一般には塩基性が高
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いものほど強い。
・ SN2 反応の速度は、脱離基の脱離能が高いほど速い。脱離能は、塩基性が低いもの
ほど高い。
・ SN2 反応は立体障害の影響を強く受ける。このため、反応性はアルキル基の種類に
大きな影響を受け、メチル>一級アルキル>二級アルキルの順になる。三級アルキル
ハロゲン化物は SN2 反応を行わない。
・ アリル型のハロゲン化アルキルの SN2 反応は、遷移状態が安定化を受けるため、極
めて速く進行する。
・ SN2 反応は、反応点の炭素上で立体反転を伴って進行する。
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