●人工臓器 ─ 最近の進歩 人工血管 ─脱細胞組織をベースにした再生型小口径血管─ 国立循環器病研究センター研究所・生体医工学部 山岡 哲二 Tetsuji YAMAOKA ち着くこととなる 3) 。 1 . はじめに 我が国では,年間約 70,000 本の人工血管が使用され,そ 3. 小口径人工血管開発の常識と非常識 の市場は 80 億円に上る。市販されている人工血管は,ポリ PET と ePTFE という材質の人工血管作製における守備 エチレンテレフタレート(PET)繊維製,延伸ポリテトラフ 範囲は明確である。PET 繊維のメリヤス編みや平織りとい ルオロエチレン(ePTFE)製,ポリウレタン製,生体由来材 う形状,キンク(折れ曲がりで管がつぶれる状況)を防ぐた 料製であり,近年,国産人工血管も少しずつシェアを伸ば めの蛇腹構造や,器質化(仮性内膜の形成を通じた血管壁 しつつある 1) 。非常に安定した人工臓器と思われがちであ の治癒)を目指した内腔のベロア構造化など,いずれも, るが,必ずしも完成されたものではなく,解決すべき大き タンパク質吸着,血小板粘着,細胞付着の亢進につながる な課題は,感染,成長する小児患者に対する適応の困難さ, ものであり,いわゆる抗血栓性を示すものではない。その そして,小口径血管の早期閉塞である。国立循環器病研究 ために,主に直径 10 mm 以上の大口径血管として使用され センター研究所では,これらの問題点を解決すべく異種脱 ており,最小口径でも 7 mm 程度が開存性の限度である。 細胞組織をベースとした人工血管開発を進め,最近,大き 一方,ePTFE はその高い疎水性のために,タンパク質吸着 な成果をあげるに至った。 性・細胞接着性が低い,いわゆる抗血栓性材料の一つであ り,その結果,直径 5 mm 程度の中口径血管も市販されて 人工血管 2. いる。小児 Blalock-Taussig(BT)シャントという特殊な適 世界で初めての合成材料製の人工血管は,Voorhees らに より 1952 年に報告された。彼らは,Vinyon N(ポリ塩化ビ 応に関しては長さが数 cm の利用ではあるものの,直径 3 mm の ePTFE 製人工血管も市販されている。 ニル繊維)シートで作製した大口径人工血管(長さ 1 ∼ 6 このような状況を考えると,未だ実用化されていない小 cm)を成犬腹部大動脈に 15 例移植し,半年近い開存を報告 口径人工血管の開発戦略としては,さらに優れた抗血栓性 している 2) 。初期の人工心臓と同様に合成材料の柔軟かつ を達成するのが妥当であり,我々もその方針で研究を続け 強靱な特徴が選ばれた理由であろう。その数年後には我が てきた。超親水性やタンパク分子排除界面などがその例で 国においてナイロン製などの人工血管が臨床で用いられて あろう。また,血管内皮細胞を内腔面に播種したハイブリッ いる。高強度合成繊維であるナイロンは 1935 年に発明さ ド型人工血管も,同じ方向性を目指した戦略である。しか れており,素材として選ばれた。当時の合成材料は,いず しながら,いずれの場合にも,臨床現場で要求されている れも,パラシュートやワイシャツの生地の転用であったが, ようなサイズの小口径人工血管の実現を期待させるような 間もなく,現在主流である PET と ePTFE の二大材料に落 動物実験結果は得られていないと言わざるを得ない。我々 は,これまで大口径血管や人工弁への応用を目指して研究 ■著者連絡先 国立循環器病研究センター研究所・生体医工学部 (〒 565-8565 大阪府吹田市藤白台 5-7-1) E-mail. [email protected] 184 してきた脱細胞組織をベースにして,2009 年より小口径血 管の開発を開始した。 人工臓器 42 巻 3 号 2013 年 4. 脱細胞組織 上述した高分子材料を用いた人工血管よりも,動物組織 を人工血管として用いる研究の歴史は長い。精力的に動物 実験を進めた Coleman らの 1951 年の論文の冒頭には“The experimental transfer of vascular segments from one animal to another is not new”と記されている 4) 。そして,1950 年 頃にはアルコール処理したヒトやヒツジ,ウマの動脈が臨 床でも用いられたが,その後,高分子製の血管が主流とな 図 1 ラット腹部大動脈への脱細胞血管の移植 (A)移植部,(B)移植後。 り現在に至っている 3) 。 生体組織をそのまま使用するには,言うまでもなく拒絶 反応の問題がある。そこで,ヒト,あるいは動物の組織から, 径約 1 mm の脱細胞ラット腹部大動脈血管の移植後の開存 免疫原性の主たる原因である細胞成分を除去して,細胞外 性は低く,ヘパリン未使用下での 1ヶ月開存率は 20%以下 マトリックスのみを残した脱細胞組織を移植組織として, であった(図 1)。移植手技の問題などさまざまな方向から 使用する検討が続けられている 5) 検討した結果,次のような結論に達した。脱細胞組織は, 。さまざまな脱細胞組織 が 検 討 さ れ て い る が,例 え ば 脱 細 胞 ヒ ト 真 皮 で あ る 言うまでもなく主にコラーゲン組織からなっており,コ Alloderm ® は,認可を受けた医療機器として広く使用され ラーゲンが血液凝固を強く誘導することは古くから知られ ている 6),7) ている。すなわち,上述の大口径・中口径血管の議論から, 。また,ヒト由来脱細胞弁(ホモグラフト)とし ては,Cr yoLife 社の SynerGraft ® 8) がよく知られている。 コラーゲンでできたチューブ構造が小口径血管として開存 SynerGraft ® は浸透圧により細胞成分を破壊した後に,酵 しなくても何ら不思議はない。 素による細胞成分の分解と,残渣の除去により作製されて 一方で,生体血管とほぼ同様のコンプライアンスを有し, いる。近年,臓器全体から細胞成分を除去して,その後に 自己組織と置き換わる可能性がある脱細胞組織は,やはり 組織細胞を再播種するという研究論文が相次いで報告され 魅力的である。そこで我々は,小口径人工血管の開存性を た。心臓 9),肺 10),肝臓 11) など,脱細胞組織の外観は極め 向上させる新たな戦略として,脱細胞化血管内腔面の内皮 て良好であり,ますます脱細胞研究に期待が集まる。 化形成の生物学的促進技術を開発した。具体的には,内皮 話を脱細胞血管に戻すと,組織から細胞を除去する過程 細胞,あるいは,血管内皮前駆細胞(EPC)と呼ばれる,末 で最も重要なのは,構造タンパク質の構造を保持したまま 梢血中を循環する細胞を特異的に接着させるペプチドリガ 細胞成分のみを取り除くことである。多くの脱細胞研究グ ンド(REDV)を脱細胞化血管内腔に配列化させた。この ループが,デキストラン硫酸ナトリウム(SDS)などの界面 REDV 配列と,コラーゲンが結合するペプチド配列 14) から 活性剤で細胞成分を除去し,その後トリトン X-100 などで なる血管表面修飾プローブを用いることで,化学反応など 処理して十分に洗浄しているが,残存界面活性剤が移植後 を用いることなく安全かつ迅速に脱細胞化組織の界面を修 の組織浸潤を遅延させることが懸念されている。 飾する手法を開発した。 修飾した血管内腔面に対する正 国立循環器病研究センターでは,新たな脱細胞化心血管 常ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)の特異的接着性を共焦 組織の研究を開始し,藤里らは,約 10,000 気圧という超高 点レーザー顕微鏡により評価した結果,播種した HUVEC 圧で組織を処理した後に緩衝液などで洗浄することで,構 の約 80%以上の細胞が配列特異的に接着することが明ら 造タンパク質の力学強度を保持したままで,効率よく細胞 かとなった。さらに,脱細胞化したラット下行大動脈をプ 成分を除去できることを見出した 12),13) ローブで修飾し,Sprague Dawley(SD)ラット腹部下行動 。この技術に基づ 脈に移植して Magnetic Resonance Imaging(MRI)により いて小口径血管の開発を開始した。 5. 開存性を評価したところ,移植後 1ヶ月において,ほぼ全 世界初小口径ロングバイパスの開発 例で開存していること,さらに,組織染色は内皮組織の構 冠動脈バイパスや閉塞性動脈硬化症の治療のためにも, 築を示すことが明らかとなった(図 2)。一方で,コントロー 小口径人工血管に対する期待は大きい。上述した超高圧脱 ル配列を用いた場合や非修飾の脱細胞化組織では 20 ∼ 細胞血管は,ミニブタ肺動脈弁および大口径血管移植にお 40%程度の開存率にとどまり,有意な内皮化形成は認めら いて良好な成績を収めていたが,同様の手法で作製した内 れなかった。 人工臓器 42 巻 3 号 2013 年 185 図 2 ラット腹部大動脈移植後の Magnetic Resonance Imaging(MRI)による開存性評価 (A)内腔修飾脱細胞大動脈,(B)未処理脱細胞大動脈。 実は,ラットを用いた小口径人工血管の開存は 1980 年 代より多く報告されている。それにもかかわらず,未だに 小口径人工血管が実用化されていない最大の原因は,臨床 で要求される口径や長さの血管では,十分な開存性が示さ れていないためである。冠動脈バイパス術では内径 2 mm 程度で長さが 10 cm 程度,また,閉塞性動脈硬化症など下 4 肢に対するディスタルバイパス術では,内径 2 mm 程度で 長さ 30 cm 程度が要求されると考えている。 そこで,上述した技術をダチョウ頸動脈に施して小口径 血管を作製することとした。我が国では,意外に多くのダ チョウが食肉用として飼育されており,飼育環境が良好で あるのみならず安定供給ルートも確保できる。ダチョウ頸 Left femoral artery 動脈を利用することで,内径 2 ∼ 4 mm,長さ 20 ∼ 80 cm の 脱細胞小口径血管を作製することが可能となり,その開存 性評価法として,内径 2 mm,長さ 30 cm のロングバイパス 図 3 ミニブタ大腿動脈−大腿動脈(F-F)交差バイパスモデル を用いた小口径人工血管移植実験 をミニブタ大腿動脈−大腿動脈(F-F)交差バイパス術に適 用した。驚くべきことに,内腔処理をしない脱細胞血管が 数日以内に完全塞栓するのに対して,REDV 処理した血管 しなければ本当の小口径血管の完成とはいえず,検討を続 は 3 週間にわたって全例開存という結果が得られている。 けている。 血管内視鏡観察により,内腔面には血栓が存在しないこと, さらに組織観察からは 30 cm の血管の中央部であっても 3 週間で既にフォンビルブランド陽性の内膜用組織が完成し 本研究は,循環器病研究開発費(22-2-4) ,および,戦略的 イノベーション創出推進プログラム(S- イノベ)によって ていることも明らかとなっている(図 3) 。 実施された。 おわりに 6. 謝 辞 また,これらの成果は,馬原淳博士をはじめ,染川将太氏, 小口径人工血管の開存性を得るための戦略は,中口径血 管開発の延長線上にはなく,生体組織と極めて近い物性を 三橋直人氏,佐久間貴大氏,小林直樹氏の精力的かつ多大な 研究努力によるものです。この場を借りて深謝いたします。 有する脱細胞組織を選択したこと,および,末梢血中を循 環する血管内皮前駆細胞などの効率よい補足効果という, いわば積極的抗血栓性によって達成されたと考えられる。 このアスペクト比の血管の初期開存性達成は世界初と考え ているが,今後,中長期における自己組織への置換を達成 186 本稿の著者には規定された COI はない。 文 献 1) 医療機器・用品年鑑 2011 年版.アールアンドディ,名古屋 , 2011, 71-7 人工臓器 42 巻 3 号 2013 年 2) Voorhees AB Jr, Jaretzki A 3rd, Blakemore AH: The use of tubes constr ucted from vinyon“N”cloth in bridging arterial defects. Ann Surg 135: 332-6, 1952 3) 上野 明:記念講演 わが国の血管外科の歩み.日血管外 誌 1: 1-13, 1992 4) Coleman CC Jr, Deterling RA Jr, Parshley MS: Experimental studies of preser ved aortic homografts. Ann Surg 134: 868-77, 1951 5) Badylak S, Liang A, Record R, et al: Endothelial cell adherence to small intestinal submucosa: an acellular bioscaffold. Biomaterials 20: 2257-63, 1999 6) Crapo PM, Gilbert TW, Badylak SF: An overview of tissue and whole organ decellularization processes. Biomaterials 32: 3233-43, 2011 7) LifeCell 社ホームページ.AlloDerm® Regenerative Tissue Matrix. Available from: http://www.lifecell.com/allodermregenerative-tissue-matrix/8/ 8) Cr yoLife 社ホームページ.SynerGraft ® Technologies. Available from: http://www.cr yolife.com/products/ synergraft-technologies 9) O t t H C , M a t t h i e s e n T S , G o h S K , e t a l : P e r f u s i o n - 10) 11) 12) 13) 14) decellularized matrix: using nature’s platform to engineer a bioartificial heart. Nat Med 14: 213-21, 2008 Panoskaltsis-Mortari A, Weiss DJ: Breathing new life into lung transplantation therapy: Mol Ther 18: 1581-3, 2010 U yg un BE , S o to -Gu ti er r ez A, Ya gi H , e t a l : O r ga n reengineering through development of a transplantable recellularized liver graft using decellularized liver matrix. Nat Med 16: 814-20, 2010 Fujisato T, Minatoya K, Yamazaki S, et al: Cardiovascular Regeneration Therapies Using T issue Engineering Approaches, ed by Mori H, Matsuda H, Springer, Tokyo, 2005, 83-94 Ehashi T, Nishigaito A, Fujisato T, et al: Peripheral nerve regeneration and electrophysiological recovery with CIPtreated allogeneic acellular nerves. J Biomater Sci Polym Ed 22: 627-40, 2011 M o X , A n Y, Yu n C S , e t a l : N a n o p a r t i c l e - a s s i s t e d visualization of binding interactions between collagen mimetic peptide and collagen fibers. Angew Chem Int Ed Engl 45: 2267-70, 2006 人工臓器 42 巻 3 号 2013 年 187
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